『桜降る代の神語り』第15話:誰がための決闘か

2017.02.17 Friday

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     天音揺波と龍ノ宮一志の決闘。いよいよこれを語る時が来たみたいだ。
     常勝を誇った末、一人のミコトがたどり着いた一つの終着点。
     数多の因果が絡まり、収束した果てに迎える決着は、決して見逃されてはいけないものだ。
     さあ、君の心にその尋常ならざる決着を刻み込もうじゃないか。

     


     夜の静けさとは違う、早朝のそれ。まだ陽も満足に顔を出し切っていない時間帯の城内は、無音に近い。戦闘態勢とあって感覚を研ぎすませている揺波は、働く者たち特有の騒がしさを耳にしてはいるが、それだけだ。足を進める度、炊事場があると思しき方角からの僅かな声すらも消えていく。
     揺波を先導するように行くのは龍ノ宮。二人の姿は、城の敷地内にある神座桜へ向かう一途にあった。

     

    「……どなたもいらっしゃらないようですが」
    「ああ」
    「いいんですか?」
    「構わんさ。こいつは、ケジメの問題だ」

     

     少し前に、戦い方を考えたまま寝入ってしまっていた揺波を起こしたのは、この龍ノ宮当人であった。開口一番に「決闘するぞ」と言われれば、流石の揺波と言えど目が覚める。
     いきなりのことではあったが、戦うことそのものへの迷いはなかった。けれど一方で、父親に声すらかけようとしなかったこと、他に誰も付き添いがいないことに疑問を抱かなかったかというと、否だ。

     

     頭の中では昨夜のように、戦術の検討が細微に至って行われていた。不可解な状況への疑問は、その膨大な流量の思考に押し流されていく程度ではあったが、ただひとつ、明確に揺波の頭の一部を占めていたのは、龍ノ宮の雰囲気である。
     決闘に臨む者の空気と言われれば頷くしかない。けれど、いつものような……それこそ以前観た決闘で見せた飄々とした態度が、嘘のように潜められていた。

     

     どしりと、いくらか重い足取りもまた揺波の目には奇妙に映る。
     格上相手との戦いを前に気負うのは、本来ならば自分の立場ではないだろうか、と。

     

    「ヒミカがいねえのだけは残念だが……とっととおっ始めようぜ、揺波」

     

     桜色にきらめく大樹の下、ようやくまともに顔を見せた龍ノ宮は、不敵に笑っていた。
     存念を捨てた揺波が無言で応じ、距離を取った両者の宣言により、天音揺波と龍ノ宮一志の桜花決闘は幕を開ける。
     唾を飲む音すらしない、とても静かな幕開けだった。

     

     


     銃声、銃声、そして銃声。

     

    「くっ……」

     

     銃口を見てなんとか身体を射線上からずらそうとするも、龍ノ宮の的確な狙いがそれを許さない。纏っていた結晶が、盾としての役割を果たして散っていく。
     近接戦しか選択肢にない揺波にとって、肉薄するまでに負う傷は必要経費である。どれほど手負いになろうとも、懐に入らなければ何も始まらない。しかし頭では分かっていても、二丁の銃に短時間で守りが削られていく現実は堪えるものだった。
     速度を。もっと、身体を前に。相手の喉元まで。

     

    「ふッ……!」

     

     揺波の選択は、自分から動いていくこと。足捌きに集中し、動きを読まれないように揺らぎを持たせながら、さらに距離を詰めていく。
     相手も同様に近接戦を主としているのであれば、不用意に間合いに入ることは避けがたい。対応を用意しておかねば後の先を取られてしまうからだ。しかし銃のような飛び道具相手には対応の択がそもそもなく、故に危険だろうと全力で疾駆するのが正しい。対応しようという考えを捨てるところから対策は始まる。

     

    「おほっ」

     

     龍ノ宮のそのこぼれた笑いは、選択が的確であることに驚かされたかのようだった。
     ただ、捉えかけていた彼の姿は、手の届かないところへと消えることになる。一瞬でもうもうと視界を遮ったのは煙幕だ。足音が、向こう側へと消えていく。

     

    「逃しません!」

     

     この一手に対する揺波の反応は、あまりにも素早かった。
     直前まで自分の居た位置を前のめりに素早く脱すると、その空間を穿つような軌跡が煙に描かれる。煙幕は距離を取る機会を生むだけで、相手の姿を見失うという点ではどちらも条件は一緒。むしろ、狙われ続けていたという戦況を鑑みれば、一瞬であろうと間隙が生じる。

     

     限界まで身を低く。自身も煙に紛れるようにして、食らいつくように前へ。
     一発。左肩を穿ち、結晶を奪った銃声は、もう目の前だった。

     

    「いやァァッ!」

     

     飛び込んだ先に、全体重を乗せた袈裟斬りを放つ。確信を持ったその一撃は、金属音に弾かれる。
    視線を上げれば、獰猛に口端を吊り上げた龍ノ宮の顔。
     その瞬きの合間にすら満たない僅かな視線の交錯が、接近戦の開始を告げる。


    揺波の決闘が、ようやく始まりを迎えた。

     

     


     飛び道具というものは、近接武器以上に間合いがなければ強みを失う。単純な威力面でもそうだが、何より攻撃とするための手続きが必要になる。例えば隣の人間に矢を放とうと弦を引き絞っていても、その間に弓や矢を押さえられてしまえば無駄となる。銃はその手続きが極小とはいえ、『狙いをつけて』『引き金を引く』という手順が必要なことには相違ない。
     最悪突き出せば殺傷できる武器との一番の違いはそこだろう、と揺波は考えていた。

     

    「やぁッ! たッ!」

     

     手を休めることなく、ぐいぐい押し込むように刃を叩きつける。大半は銃でそらされているが、一度ならずも龍ノ宮に傷を負わせることに成功していた。
     ここまでくるのに揺波の払った犠牲は多大だ。あと一度でも間合いを離されてしまったら、その瞬間弾雨を浴びて敗北を喫するのは間違いなかった。
     絶対に逃がさない。まるで噛み付くように肉薄し続ける。

     

    「はっ、ははッ!」

     

     そんな彼女の剣戟は、さも愉快そうな龍ノ宮によって捌かれている。それを戦いの高揚と呼ぶのは容易い。けれどその喜色は、どこか嬉しさを味わっているかのようでもあった。無論、今までの人生で最も必死な揺波がその機微に気づく由もなかった。
     彼女の目が向けられているのは、ただ戦局のみ。

     

    「…………!」

     

     すなわち、龍ノ宮の両手にあった銃が霧散し、巨大な鉄槌を顕現させたという変化に。
     鉄槌の威力を知っていたとしても、揺波には後退は許されていない。けれど、前進もまた、反射的に行えるものではなかった。
     何百回と繰り返し脳内で彼我を戦わせていた揺波であっても、ついぞこの鉄槌への具体的な対策は得られていなかった。さらなる接近か、柔軟な間合い維持か。その結論は、選択を迫られた今であってもまだ出ていない。

     

     ほんの僅かに手を止め、足を迷わせる揺波。しかしその一瞬は、達人を相手取っている現状であまりにも長い一瞬だった。
     止める間もなく、鉄槌を振り回しながら龍ノ宮が後退していく。遠心力が吹き込まれているかのように、鉄槌は徐々に大きさを得ていく。既に刀で受け止めるどころか、逸らすことすら論外なほどに、目に見えて衝撃力が蓄えられていっている。

     

     逡巡する揺波の中では、鉄槌が壁となって立ちはだかっていた。
     近づいて刀で切る以上の戦術を持たない揺波は、言葉で弄するといった搦手は使えない。小道具も、役に立つ未来が見えずに全て置いてきた。相手が何をしてきたとしても、自分の身体と刀で対応するしか道は残されていない。
     一手間違えれば、叩き潰されて決着となるだろう。最低でもこの鉄槌の一撃を対処しなければ先はない。

     

    (勝機を……! 勝つための道を……!)

     

     自分の中に確実な正解は存在しない。だが、それでも答えを掴み取らなければ先はない。
     負ける。
     父のため、家のため、勝ち続けてきた自分が負ける。いくら勝敗が関係ない決闘だろうと、揺波は勝つことを宿命付けられたミコトである。
     負けることは、たとえ最強が相手だとしても、有り得なかった。有り得てはならなかった。

     

    「……っ!」

     

     一歩。踏み込む足は、負けてしまう自分を乗り越えるための一歩でもあった。
     振り回される暴力を前に、怖気づくことなく突進していく。もはや鉄槌の頭は人の身の丈に迫らんばかりであったが、彼女にその大小は関係なかった。
     何があっても、どうにかして、刃を届かせなければならないのだから。

     

    「来いよッ……!」

     

     挑発する龍ノ宮に、応とも言わずに揺波が飛び込んだのは、鉄槌の暴風圏内。踏み込んだ以上、避けるか、受け止めるかしなければならない。
     あの鉄槌を受け止めるには、揺波の手持ちの刀では不可能だ。無論、いくら強化されているとはいえ、素手で受け止めるのも言語道断。理論的に唯一対抗できると結論していたのは、揺波もまた象徴武器を顕現することであったが、ないものねだりをしても仕方がない。できるようになる保証もないとはいえ、こればかりは準備不足という他なかった。

     

     けれど、と揺波は己の両の手に極限まで意識を集中させる。
     象徴武器の顕現には、メガミの力を形にする、という技能が求められる。力を形に落とし込むことにより、強い力そのものを武器として振るうことが可能となる。メガミを宿したことによる恩恵に上乗せする形で相手を脅かす。
     だが、重要なのはメガミの力を直接振るう、ということにある。その分かりやすい例が象徴武器の顕現というだけであって、何もそれに固執することはない。

     

    「はあぁぁぁぁぁぁ……」

     

     今や全身に行き渡らせていた力すら、手に集中させる。現在進行系で注がれる力も、まるで逆噴射させるかのように、体外に出ていくことをひたすら想像する。
     ……揺波には、確実な正解はなかった。けれど、結実する前の可能性はあった。
     有効ではない、現実的ではない――浮かべた可能性を却下し続けた結果、ぽつんと残ったそれ。揺波は、ともすれば切り捨ててしまっていたかもしれない可能性に、一歩を踏み出した意思を滔々と吹き込んでいた。

     

    『そうだ……息巻け、我が力を以て……』

     

     そこでふと、濃縮された時の中、揺波は己の一歩を肯定してくれる、どこか懐かしさすら感じさせるような声を聞いた。その声に是とされるなら、自分の選択は間違っていないのだろう。そんな確信すら揺波には湧いてくる。

     

    『吹き荒らせ――』
    (そう――)
    (『嵐の如く!』)

     

     

     ならば後は、実らせるだけ。
     さらなる一歩を踏み出したミコトは、その可能性を、成就させる!

     

    「――ぁぁぁぁあああっ!!」
    「うおっ!」

     

     轟、と力の奔流が場を駆けた。ざわ、と桜がなびくのはもちろん、龍ノ宮ですらも僅かに体勢を崩すほどに強烈な力。
     揺波の目論見は結果的にうまくいった。力を全力で吐き出すという彼女の思念は、気流の形となって場に突発的な嵐をもたらした。力そのものを発散してぶつけられないか、という原案がうまく型にはまって昇華した形となる。

     

     暴力的だった鉄槌は、崩された龍ノ宮に連動するように威力を減じていた。止まってしまうほどではないが、打点もずれて会心の一撃を望み得ないだろう今、残った結晶を一点集中させれば受け止めきれる。
     計算した揺波は、結晶をまとわせた左腕を盾にするように構えた。
     そして、

     

    「……ッッ!!」

     

     ゴォン、と打撃を知らせる金属音と鐘の音。
     結晶が犠牲となってくれたにも関わらず、受け止めた左腕から全身を撹拌するかのような強烈な衝撃が伝わってくる。思わずたたらを踏みそうになるも、歯を食いしばって耐え、右脚のバネに溜め込んだ力を無駄にはしなかった。
     これが、得られる最後の好機だと分かっているからこそ、全てを振り切って反撃に打って出なければならない。もはや揺波は、本能に突き動かされていた。
     溜めた力を解放して一歩、踏み込めばそこに龍ノ宮がいる。

     

    「――ッくぁぁぁぁッ!!!」

     

     向かって左の懐に入り込む。体勢もろくに整っておらず、ただがむしゃらに切り上げることしかできないだろう。一撃を与えることはできても、これで倒し切るには至らないという嫌な確信があった。
     そして揺波は同時に感じていた。彼は瞬く間に反撃してくるだろう、と。
     この懐に至るまでに、揺波は全てを使い果たしていた。一振り、刀を振り上げればもう何もできることはない。そして返す刀で鉄槌に叩き潰され、負けるのだ、と揺波の理性は残酷な論理的帰結を叫んでいる。

     

    (知った、ことかああああああああああああっ!)

     

     けれど、少なくともこの一太刀を止めることは、揺波の存在意義に反していた。勝利のために尽くす揺波にとって、たとえ残された手がこれしかなく、その先に敗北が待っているのだとしても、手を尽くさないという選択肢は最初から存在していなかった。
     故に切り上げる、執念の刃。

     

     果たして自分を負かす龍ノ宮は、どんな顔をしているのだろうか。
     そう、刀と共に顔を振り上げた揺波は、そこに彼の顔を認めた。

     

    「…………!?」

     

     安堵。そして、満足。
     目を閉じ、いっそ安らかささえ伝わってくる表情で、龍ノ宮は静かに微笑んでいた。
     これだけなら、まだ決闘への充実感を示すものかと考えられるだろう。

     

     ふっ、と。そんな音すら聞こえてきそうなほど唐突に、龍ノ宮の身体から力という力が抜け落ちた。
     おおよそ、向き合っているミコトに相応しくない様子だった。
     揺波の脳内を、異常を訴える警句が満たす。
     何故なら揺波は、持てる全力で切り上げている最中であり、

     

    (止め――――)

     

     力の抜けた人間が、その体躯を前に傾がせている最中であったから。

     

    「――――!」

     

     ……その一瞬だけは、揺波の認識からごっそりと抜け落ちていた。
     彼女の世界が次に色と音と取り戻したのは、ごとり、と一抱えもあるモノが地面に落ち、どさり、と人間大のモノが倒れ伏した音のおかげだった。
     それが、あまりに静かに始まった桜花決闘の、静かな終わりを告げる鈍い音だった。

     

     


     正常に場を認識できるようになるまで、揺波はしばらく時間を要した。
     その間一歩も動かなかった……いや、動けなかった揺波の足元は、真っ赤に染まっていた。

     

    「なん、で……」

     

     目の前に、頭と胴の別れた龍ノ宮が横たわっている。
     誰がどう見ても、死んでいた。
     誰がどう見ても、刀で首を切られ、死んでいた。
     揺波の手には感触だけが残っている。力はこもりきっていなかったが、太刀筋はさほど悪くなかったらしい。どうもそれは、藁束を切ったそれとほとんど変わらなかった。

     

    「えっ……なに……なん、なの……」

     

     じわじわと、事実が揺波の頭に染み込んでいく。
     ことここに至って揺波に取り乱す要素はなかった。それは、決して揺波が感情を忘れた非道の人間だから、というわけではない。

     

    「どうして……」

     

     当然だが、桜花決闘以外に真剣勝負をしない揺波に人を殺めた経験はない。人を切ったことはあっても、それは決闘中のミコトだけ。ろくに結晶を操れもしない新米か、自分の状態を把握せずに突っ込む阿呆でない限り、決闘中のミコトは体内の結晶に守られているため死ぬことはない。
     だから、そのどちらでもない龍ノ宮が、決闘中に命を落とすなどありえない。
     決闘中にミコトが死ぬのは事故であり、その事故ですら起きるのは極々稀だと教えられてきた揺波にとって、目の前に広がる血の海は、不可解が形をとって現れたかのようだった。

     

     殺してしまったという後悔はある。それでも、首を断った感触は、決闘を完遂したまでだという自負によっても、ある程度自衛のための正当化に成功していた。
     だから疑念が、彼女を棒立ちにさせる。
     桜の下、首を切られた元『最強』と共に。

     

    「だって、だったら、龍ノ宮さんは……」

     

     最後の一撃を結晶が肩代わりしてくれなかったということは、つまりそれ以前に龍ノ宮が結晶を失っていたということである。
    その意味するところは――

     

     

     

     そう、呆然と現実を整理していた揺波は、次の瞬間に全てを忘れた。

     

    「ひ……!」

     

     殺気。
     自分は今死んだ――そう彼女が思い込むのも致し方ないほどに濃密な、殺気。

     

    「…………」

     

     心が一瞬、恐怖に圧縮されて小指の先ほどになってしまったかのようだった。
     もしかしたら既に一度死に、あまりの恐ろしさに蘇ってしまったのかもしれない。支離滅裂な思考を生み出させるほどの恐怖は、背後から浴びせられる強烈な殺気によるものだった。
     足が竦むが、それ以上に揺波は殺気の根源へ振り向かずにはいられなかった。

     

     

    「……ぁ」

     

     その殺気は、かろうじて人の形をしていた。
     目の前の人間を必ず殺すという強い意志を示すように、めらめらと頭上で燃え盛る炎は、地獄の鬼が舌なめずりしているかのよう。あまりの激しさに、いくらも離れている間合いをなお無視して猛烈な熱を揺波に浴びせてくる。
     メガミ・ヒミカ。超常の存在であるところの彼女に、殺意を抱かれているという事実。

     

    「ぁ……ちが……」
    「なにが?」

     

     その意味するところは、死。
     勝とうなどという考えすら浮かばない、絶対的な力の顕現。それを前に揺波は、ただただ人生で初めての本物の死の恐怖に怯えるしかなかった。

     

    「私じゃ、な――」
    「おまえじゃなかったら誰なんだあぁぁァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
    「ひぁ……」

     

     ヒミカの周りの空間を、さらに豪炎が舐め尽くす。
     尻もちをついた揺波は、恐怖の傍ら疑念に逃げる。
     何故だ。どうしてこんなことになったんだ、と。

     

     


     この決闘だけに目を向けるならば、天音揺波の更なる一歩と、執念を伺わせる良い戦いだった……そう締めくくって良いだろうね。
     しかし、同時にこの戦いは明らかに異常だった。天音揺波の疑問も尤もだ。
     最強に勝利し、物語はめでたく完結、ちゃんちゃん……というわけにもいくまいよ。
     君から見ても、到底納得できるものではないだろう?
     ならばこそ、だ。次は縁の糸を手繰ろうじゃあないか。そして物語の裏側、因縁の結末と、その先を語ることとしよう。

     

    語り:カナヱ
    『桜降代之戦絵巻 第二巻』より
    作:五十嵐月夜  原案:BakaFire 挿絵:TOKIAME

     

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    桜降る代のゆるい午後:第4回

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      メガミの日常をまったりお届け、そんなかんじのゆるい午後。

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      『桜降る代の神語り』第14話:前夜

      2017.02.10 Friday

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         そして、その夜―

         

         


         夜半。城内にあてがわれた氷雨細音の自室にて。
         座して、目を閉じ、心を落ち着けていく細音の姿が、ぽつり、と部屋にあった。
         視力のない細音にとって、瞼を落とすことは外界との接触を少しでも減らす行為でしかない。だから必然、半ば日課と化している夕食後の瞑想中にあって、余人と同じように彼女は目を閉ざしていた。龍ノ宮の城という慣れない場所なのだから、なお欠かすわけにはいかなかった。
         しかし、力んだ眉根は集中力の欠如を如実に表わしている。

         

        「はぁ……」

         

         自身で細音はそのことを自覚していた。乱される心を鎮めるための瞑想だったというのに、意識せずにはいられない有様となって久しい。
         頭の中を占める、天音揺波のあまりに平坦な勝利宣言。
         ただでさえ不当な決着にとって理解しがたい相手だったというのに、ここにきて天音揺波という存在をどう解釈していいものか、細音は延々と悩まされ続けていたのである。

         

         揺波が一定の技量を有していることは、細音にとって認むに吝かではない。薙刀を介して伝わってきた技そのものを否定するつもりはなかった。
         けれど揺波は、癇癪玉などという姑息な手段を用いて細音に勝利した。自身の技を否定してしまう、己の曲がったやつである、とずっと目の敵にしてきた。それから何度も脳裏をよぎったのは、もしも搦手でも勝ち得ない相手と戦うことになったとき、彼女は一体どういう気持ちになるのだろうか、という疑問だった。

         

         心の中の揺波は、素直に技を磨き上げることに終始しなかった己を悔いていた。
         だが、現実は違った。
         彼女の返答は、卑怯な手によって錆びた刀ではなく、丁寧に研ぎ澄まされたそれのように無機質だった。
         その乖離が理解不能な異物となって、細音の内側にべったりとまとわりついて離れないのである。

         

        「天音……」

         

         心の底からふつふつと止めどなく湧いてくる雑念。観念した細音は、自分の相棒を携え夜の散歩へと赴いた。

         

         

         


         同城内、締め切られたとある一室にて。
         雰囲気こそ決して軽くはないものの、楽に座して話し合う二人の男の態度は、既に一番重要な案件の処遇が決まった後の会議参席者のようだった。後はもう、確認をするように詰めていくだけの、そんな議論。

         

        「待機も順調に完了しているようで。懸念するとすれば、果たして捕捉しきれるのか、といったところですが」
        「なに、そう遠くへ行ったりはしないだろうよ。我々がそもそも手出しできないところまで勝手に行ってくれるのなら、それはそれで好都合だ。念のため諜報要員も用意しておいた。外聞などどうとでもできる」

         

         不敵に笑うは、会合中によりもなお毅然とした瑞泉驟雨だ。
         両者の盃は既に乾ききっている。一本だけの小徳利も空となってただの風景と化していた。

         

        「ましてや伝説になりかねん大捕り物だ。尾ひれは呆れるほどにつくだろう」
        「本当におとぎ話のようですな。駒を動かしている今でも、まだどこか信じられない自分がいます」
        「あながちそれも間違っていないのかもしれんな。もう目前とはいえ、手番で言えばいくらか先の話なのだから」
        「決着した後に回ってくる手番とは……驟雨殿の盤面は私には遠すぎる」

         

         対面していた男は、驟雨におもねる意思を隠そうともせずに笑った。
         今更それに気を悪くする驟雨ではない。いくらかは彼自身が望んだことだ。うっかり手を滑らせてさえくれなければなんだってよかった。

         

        「盤面、か……」

         

         ひとりごちる彼の目は、眼前の男ではなく、どこかさらに遠くに焦点を合わせていた。
         自分の打った一手によって変わる全てを見通さんとするように。

         

         

         


         城よりやや離れた山の麓、その廃神社前。
         今夜は月も星もよく出ている。炎を権能とするヒミカにとって、時にはめらめらと燃えるようですらある太陽が出ている昼間が好きなのは当然ではあるが、こうして宵闇にぽつりぽつりと火が灯されているような星空もまた好きだった。
         雨の夜は最悪だ。だから今日、話があるから、とあのシンラが呼び出してくるなんていう日に、せめて天候がよかったのは幸いであった。

         

        「……珍しく呼び出しておいてこんなに待たせるなんて」

         

         堪え性のない彼女は、空気の些細な変化でいち早く相手の到着を知る。
         自分の好きなことを気の向くままにやっているヒミカにとって、シンラは道の交わらないメガミの一人であった。彼女も彼女で好きなことをやっているのだろうが、シンラのやっている難しそうなことは理解ができないしするつもりもない。たまに会えば、なんだか馬鹿にされているような気がしてならず、苦手と言っていい相手だ。

         

         だから呼び出されたときも、わざわざ出向いてまで馬鹿にされるのかと思うと少しだけ腹立たしかった。こうして長いこと待たされているのだから、出会い頭に一発冗談交じりの銃弾をくれてやってもいいかな、なんて考えていた。
         だがそれ以上に、あのシンラがそうするだけの要件というものが気になって仕方がなかった。

         

         そもそもシンラが顕現していること自体が珍しい。口だけで動きたがらない彼女にそうさせるだけの何かがあった――いくらヒミカでもそう結論するのは容易かった。
         気にかけているミコト同士の決闘の話も大いに盛り上がる要素ではあったが、それに及ばないとしても大きな話なのだろう。それが面白いか否かは聞いてみないと分からないし、聞いても理解できるかもヒミカには分からなかったが。

         

        「よう、久しぶりだな」
        「ええ、お久しぶりです、ヒミカ」

         

         それもこれも、もうすぐ全て明らかになるだろう。
         弁論のメガミは、月を背にまるで作ったような笑顔でヒミカの前に現れた。

         

         

         

         


         某所、ひどく狭い暗闇の中。
         ホコリまみれの闇昏千影は、体の震えをなんとか押さえ込もうと、組んだ両手が白むまで力んでいた。こうでもしなければ、全身に回った恐怖が意思に関係なく暴れだし、大きな物音をたててのたうち回ってしまいそうだった。

         

        「ホロビ、ほろびぃ……怖いです死にそうです死にたくありません……」

         

         極力小さく、蚊の声よりもなお小さく、言い聞かせるように、そして返答を強制するかのように千影は口走る。
         闇の中には彼女の姿しかない。けれど、「うん、うん」と、応じる者の声に安心するかのように頷いた。

         

        「ですよね。力を貸してくれないわけないですもんね、そうですよねホロビ。じゃないと私、絶対死んじゃいますぅ……絶対、絶対です、そうじゃなくても殺されるかもしれないんですからぁ……」

         

         そうしてまた、何者かに慰められたかのような間を置いて、「うん、そうですよね」と安心を得る千影。

         千影が話しているのは、自分自身でも、空想上の人物でもない。千影は、時折こうしてメガミ・ホロビと直接会話をすることができた。会話というよりも通じ合うと表現したほうが正しく、本来ミコトが声に出す必要はない。千影が口に出すのは、もはや改めようのない依存の結果である。
         無論、こういった対話は一般的なものではない。最低限、メガミが望む必要があり、それに加えてミコトの側にも高い素質や集中力が求められる。また、メガミも一人の人間に意識を集中する必要があるため、顕現して現世に現れている場合などは行えない。

         

        「殺すしかないですよね。千影がちゃんと、殺せればそれでいいんですよね。千影が殺される前に殺してしまえばそれで終わりなんですよね。できますよね? 千影とホロビなら、できますよね? そうですよね?」

         

         身体の震えを取り除くように、何度も何度も確認する。何度も何度もそうしたところで、何度も何度も湧いてくる恐怖に千影が勝てないのは、何度も何度も繰り返した日常だった。
         しかし死に怯える彼女は、今もこうして生きている。

         

        「ホロビ、ホロビ、ホロビ……」

         

         うわ言のように信ずるメガミの名を唱える少女は、何度目かも分からない日常が来るその時まで、祈りの手の形を崩すことはなかった。

         

         

         


         城内、天音家にあてがわれた室内にて。
         一日中政治的な戦いの場で揉まれていた父親が倒れるように布団に入ってからずっと、揺波は畳の上に座し、目を閉じていた。
         彼女のそれは、瞑想というには程遠かった。心こそ落ち着いてはいるが、頭の中では激しい立ち合いが常に繰り広げられていた。相手はもちろん、龍ノ宮一志。

         

         己との立ち合いを想像しながら、自分の一手に対して相手がどんな手を出すのか、過去に見た決闘の様子を思い出しながら考察していく。
         龍ノ宮の一手に対する対応はあらかた考え終えたが、結論が出たというよりも手札を集め終えた、と言ったほうが正しかった。攻めの手、守りの手双方共に出し切ってから、彼我の状態を考慮した上でもう一度頭の中で動かし、詰めていくつもりだった。

         

         勝算は、客観的に見てそれでもまだ限りなく低いものだった。
         けれど揺波は、その客観的な考察を煮詰めるように、時が許す限り延々と考え続ける。
         低い勝率は彼女にとって重要ではない。勝つために何を為すのが最善か、という命題の答えこそが求めるものだった。今まで特に労せずとも手に入ったそれを手ずから探さなければいけないことに対してですら、揺波は無感情であった。

         

         勝利のために、揺波はひたすら龍ノ宮の幻影を切り倒していく。
         豪気に笑う偉丈夫への確かな手応えは、未だ、ない。

         

         


         幾重もの縁が絡まれば、何かを成せる一方、耐えきれずに摩滅することだってある。
         それが縁だけだったらまだいいほうだ。けれど縁は、人と人の結びつきであり、人に影響しないわけがない。
         こうして各々が迎えた運命の夜、この後英雄譚の流れは決定的に変わる。
         歪に出来上がった縁の結び目が、キリキリと他を削ってしまう音が聞こえるくらいには、それは目前の話さ。

         

        語り:カナヱ
        『桜降代之戦絵巻 第二巻』より
        作:五十嵐月夜  原案:BakaFire 挿絵:TOKIAME

         

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        新たなメガミと世界を拡張

        2017.02.03 Friday

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           こんにちは、BakaFireです!

           

           月日が流れるのは早いものです。いよいよ、ゲームマーケット神戸に向けた話を始める時が来ました。以前の記事でもお伝えした通り、『桜降る代に決闘を』は本年中に3回の拡張を予定しており、その1回目はゲームマーケット神戸で行われます。

           こちらの記事ではまず、本作における拡張がどのような位置づけにあるのかをお話しします。その上でお待ちかね。新たなメガミを紹介します。さあ、早速はじめましょう!

           

           

          いかにして拡張されるか?

           

           ボードゲームやカードゲーム、特にトレーディング・カードゲームにおいて拡張は一般的なことです。しかし拡張と一言に言っても、その手法は様々です。カードを追加する。ボードを追加する。ルールを追加する。では本作はどうするのでしょうか。私どもは「メガミを追加する形でカードを追加する」ことにしました。そして拡張には、新たなメガミのカード全てが収録されます。

           この理念は『幕間:細音雪花』で、サイネが追加された点からもお分かり頂けるでしょう。ただあの時は、様々な問題を解決するためにカードの調整や変更も行う必要もありました。今回の拡張では、そのような形での変更は行いません。

           

           では、なぜこの手法を選んだのか。理由は大きく3つあります。説明しましょう。

           

          理由1:眼前構築の難度を適切なものにする

           

           本作の大きな特徴のひとつが眼前構築です。しかし、眼前構築は扱いやすいルールではありません。例えば膨大なカードプールの中から、30枚のデッキを組むゲームには眼前構築はかみ合いません。そのゲームを遊ぶ大半のプレイヤーにとって、即座に30枚ものデッキを組むのはあまりにも難しいためです。

           本作の拡張は、眼前構築を守る形でなされなければなりません。故に、メガミの中で「縦に」はカードを拡張できません。仮に各メガミの持つ通常札が1種類だけ増え、24枚から10枚を選ぶゲームに変化したとしましょう。一見しただけでは問題ないように感じられますが、それでもゲームの潜在的難しさは増しています。そしてその拡張を繰り返すのであれば、いつか難しさは眼前構築そのものを破壊してしまうでしょう。

           それゆえにメガミの種類そのものを増やし、カードを「横に」拡張するのです。

           

          理由2:イベント参加のハードルをできる限り上げない

           

           理由は他にもあります。それはイベントに参加するためのハードルを上げないようにするというものです。もし「縦に」拡張されてユリナのカードが1種増えたのであれば、大会でユリナを使うためには拡張の購入が必須となります。それは私どもの望むところではありません。少なくとも基本である『第二幕』さえ持っていれば、どのようなイベントにも参加できるようにしたいのです。

           もちろん、拡張がなければ新たなメガミは大会では使えません。しかし、既存のメガミ、例えばユリナとヒミカの組み合わせであれば、いつでも最善の形のまま大会で使えるのです。

           同様の理由で(初版から第二幕のように)カードを変化させる形での拡張も望ましくはありません。ただしこちらは理由1はクリアしているため、いつの日かは行う可能性があります。しかしそれは少なくとも今年ではないと判断しました。

           

          理由3:複雑さをモジュール化する

           

           最後の理由は、ゲームの複雑さをモジュール化することで、一定の枠内に留めることです。例えば既存のメガミでも、ユキヒは特殊なカード―傘カード―を使います。しかし対戦においてどちらのプレイヤーもユキヒを使っていなければ、傘カードの存在は忘れても問題ありません。

           今後も同様に、特殊な要素を持つメガミが登場する予定です。ですが「横に」拡張している限り、ゲームが複雑になり過ぎ、遊ぶに堪えないものとはなりません。なぜなら1回のゲームで使われるメガミは高々4柱であり、それらのメガミの要点に注目していれば十分だからです。逆に言えば、それ以外のメガミたちは無視できるのです。

           

           

           

          さあ、大地のメガミのお目見えだ

           

           さて、それではいよいよ新メガミを紹介しましょう。ですがお待ちください。彼女についてはすでに何度か、あなたは目にする機会があったかもしれません。ストーリー『桜降る代の神語り』、そして4コマ漫画『桜降る代のゆるい午後』にて彼女をご覧いただけてたのであれば、うれしい限りです。

           

           もしまだでしたら、続きを読む前にこれらをご一読いただくのもよいでしょう。ストーリーには別のプレビューカードもありますよ!

           

           すでにお読みになったか、残念ながら時間がないならばこのままお進みください。

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           よろしいですね。ではご覧あれ。大地を象徴するメガミ・ハガネのその力を!

           

           

           

           

           

           ハガネの鎚は自在な拡大縮小が可能です。そして最大の威力を発揮するのは、後退しながら鎚を拡大し、遠心力によってそれを叩き付ける時なのです。そのような大技を出している途中に、他の攻撃が行えるはずありません。

           

           これだけ見てワクワクするのは難しいかもしれません。ハガネの特性、遠心はオボロの設置と同様に、カードが持つ能力です。しかし設置とは違い、遠心は完全なるデメリット能力です。

           つまり遠心を持つカードを使うには2回の後退が必要だということです。間合が離れていれば、基本動作によるものでなくても構いません。さらに《攻撃》を行っていてはいけません。攻撃した後に後退し、その上で使用というわけにもいかないのです。

           

           ここまで話したのです。もちろん遠心を持つカードもお見せしましょう。ここまでの制限です。そりゃあもう、とんでもないカードに決まってるじゃないですか! 「遠心撃」と「鐘鳴らし」をご覧あれ!

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           本日は遠心というルール、そしてそれを用いた2枚のカードを紹介しました。後退というデメリットに見合った、パワフルなカードを楽しんで頂けたら嬉しいです。

           

           このパワーをいち早く体験する方法があります。それがプレリリースです。2/25(土)東京の秋葉原で開催される「立春の交流祭」ではプレリリース大会が併催され、ハガネを利用したゲームが楽しめます。あなたのご参加をお待ちしておりますよ!

           

          まだこれで終わりじゃない

           

           さてさて新たなメガミも紹介され、これにて一段落? いいえ、そんなことはありません。3月に向けた発表はまだ続きますよ。今月下旬にはさらなる情報をお伝えいたします。期待してお待ちくださいませ!

          『桜降る代の神語り』第13話:大家会合

          2017.02.03 Friday

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             さて。いよいよ当日だ。大家会合、その日を語る時が来た。
             平和への希望が滲んでいたようで、その実最後の分水嶺を迎えていたあの日。
             裏の裏で進行しきっていた計画の仕上げをするには、会合以上の場はなかったんだ。
             きっと君は聞いている間、言うほど不穏だろうか、と困惑するかもしれない。
             けれどね。不穏の足音っていうのは、悪者にしか聞こえないと相場は決まっているのさ。

             

             


             落ち着いた静けさがここにはある。重要な催しの最中だと揺波は信じられなかった。
             多くても、普段より五十も人間は増えていない。十を超す程度の著名な家々――その代表一行のみが、今回の大家会合の会場となっている龍ノ宮の居城に滞在している。宴会が始まっているわけでもないのに騒ぐような面々ではないし、静寂も当然と言えた。
             だが父・時忠に付きそい廊下を行く揺波は、耳に聞こえる静かさとは違った、感覚をくすぐるような騒がしさもまた感じていた。

             

            「こ、これ揺波。惚けるでない」
            「あ、ごめんなさい」
            「まあ付き添いはやることねえからなあ。当主の隣にいるのが仕事みてえなもんだからよ」

             

             同道していた龍ノ宮が、普段よりも静かに笑う。彼が誰も連れていないのは、本人こそが大家同士の抑止力として提示されるべきミコトであるからだろう。決闘時とはまるで別人のような紋付き袴姿は、彼が別格の為政者であると再確認させてくれるが、同時に今から立ち向かう者たちに対する鎧のように感じられた。
             揺波にとって父は頭がよく、自分の分からない政治をうまくやっているらしい存在だ。そんな父と同じかそれ以上の人たちとこれから色々話すのである。政も戦いだという言葉を信じるなら、きっと強者揃いなのだろうし、龍ノ宮が緊張するのも無理はない。

             

             ならば余計自分が言うべき言葉はないのだろう、と揺波は固く口を結んだ。
             が、

             

            「時忠殿の隣でにこにこしてりゃいいってこった。なんせ俺らは仲良しなんだから、なっ!」
            「むにゅ〜」

             

             龍ノ宮に頬を弄ばれる。時忠は信じられないものを見た顔だが、何か言う前に先が開け、揺波たちを城の中庭が迎えた。
             大家会合は最初から全員が一つの机を囲んで議論するわけではない。会合はむしろ、家々の関係そのものを中心とした催事である。決闘という一対一のやりとりではなく、近隣の家と共に発展を目指そう……そのために、一処に集って友好を確認し、また新たな協力者と出会うという目的が半分以上を占めている。
             もちろん、こと今回に関して言えば同盟の存在を知らしめる場でもあるが、正式なそれは夕の宴会の前に予定されていた。

             

             中庭を囲む部屋は数多く、そのうちのいくらかでは庭を眺めながらの懇談が既に始まっていた。ただ、談笑する傍らでどうにも落ち着かない様子の者が大半である。それは、本題がいつ始まるのだろうか、といった焦れによるものだった。

             

            「おや……主催殿のお目見えじゃないか」

             

             そのまま庭に沿うように廊下を歩いていた揺波たちだったが、差し掛かった部屋から男が現れる。気疲れで染まったような初老の男だった。

             

            「おお、龍ノ宮殿」
            「隣にいるのはもしや天音か……?」
            「となるとあの娘が……」

             

             男はさほど声を張らなかったはずだったが、方方の部屋から顔を出した参加者の視線が続々注がれる。慣れた様子で適当に受け流す龍ノ宮とは対称的に、時忠は張り付かせた笑みに冷や汗をだらだらと流していた。
             しかし揺波は、そんな父の様子よりも、苦労を背負ったようなこの男が強そうなミコトであることよりも、なお気にかかることがあった。

             

            「細音さん……?」

             

             あまりに小さなつぶやきだったはずだが、男の後ろに控えていた、氷を思わせるような色合いの袴姿に薙刀を携えた少女は、ぴくり、と声をかけられたかのように眉を動かした。
             間違いなく、北の地で一戦交えた氷雨細音その人であった。
             何故ここにいるのか、あのおじさんとはどういう関係なんだろう、と揺波の頭に疑問が渦巻く。けれど今は、父の隣にいる、という大切な仕事の時間である。

             

            「随分と仲がいいじゃあないか。私とも是非、もう少し遊んでもらえると嬉しいんだがね」
            「あまり御出でにならないのは古鷹さんのほうでしょうに……随分とご無沙汰なように思えます」

             

             古鷹と呼ばれた男と龍ノ宮は互いに一礼。だが、隣にいた時忠には胡乱げな目を向け、

             

            「申し訳ないなあ。私の記憶が間違っていなければ、どうも未だお会いしたことがないと見える。龍ノ宮殿、こちらの方……ご紹介願えるだろうか」

             

             あまりにわざとらしい物言いだが、天音家が新顔なのは事実である。そしていくら自明であっても、招いた本人が紹介をしないわけにはいかない。

             

            「以前お話させてもらっていた天音家当主、天音時忠殿です。天音さん、こちら古鷹家当主の古鷹京詞殿」
            「え、ぁ、どうも天音でございます……」
            「ほう、あの? いやはや、話だけは色々と伺ってはいたんだが、これほどまで早く我々の席にいらっしゃるとは思わなくてなあ。よもや今日この日にお目にかかれようとは」

             

             時忠の深々としたお辞儀に対し、古鷹は軽く頷いただけだった。
             そんな古鷹の物言いに、同調する声が上がる。

             

            「そちらにいるのがあの無敗のミコトか。信じられん若さだ」
            「娘様なのでしょう? さぞ才気に溢れ、優秀な教育をなさったのでしょうなあ。おお、うちのミコトで勝てるかどうか」

             

             同調とは言っても、どれも隠そうともしない揶揄が含まれている。この場にいる大家の中で、天音の肩を持つのは龍ノ宮だけ――そんな空気が、昼下がりの庭に満ちる。
             無論、天音との同盟を決めたのは龍ノ宮本人である。こうなることも含めて、だ。そして彼は、皆が天音を異物として受け入れがたく感じているだけであって、この先どう馴染ませるかは自身に委ねられているのだと認識していた。それは昨日を合わせて、天音単体へ挨拶に来たのは一人もいないという事実も裏付けになっている。

             

            「天音さんは、古式ゆかしくも若々しい、そんな方々だということです。新しい風はいつだって必要だ。その風が、少しばかり強く吹いていたからって、しっかり根を張った皆さんは、どこ吹く風、といった様子だったのだと思っていますよ」

             

             龍ノ宮の援護は、けれど少しばかりの苦笑で終わった。
             気まずい沈黙に揺波も居住まいが悪い。これまでも決闘で負かした相手に恨みつらみのようなことを吐かれた経験はあったが、それよりももっとどうしようもないものに思えた。

             その空気を割ったのは、下駄が砂利を噛む足音と、圧を感じる老獪の言葉であった。

             

            「枯木にはどうも厳しい向かい風のようだがな」

             

             杖をついた禿頭の老人。言葉通りまさに年輪を重ねた枯れ木のような佇まいの男が、ゆっくりと揺波たちへと歩み寄る。
             隣にいる男は、揺波らのように控えている、といった印象ではなく、並び立っている、というほうが正しく思える。しかし為政者としては若く、けれど纏う空気は自信に満ちたそれ。手を見るにミコトであるが、古鷹以上に強いと揺波は直感していた。

             

            瑞泉海玄 ずいせんかいげん だ。からっ風相手ならちゃんと名乗っておかんと、儂のような枯木など簡単に吹き飛ばれてしまうからな。で、こやつは息子の 驟雨 しゅうう
            「父と違ってまだ根張りはいいほうだと自認しておりますので、色々手伝わせていただいております。どうぞ、お見知り置きを」

             

             父に対して便乗する驟雨。
             声を発した瞬間、視界の端で細音が反応したように身震いしたのを揺波は見逃さなかった。さらに薙刀を持つ手には力が込められているようで、もしかしたら彼女にも驟雨の強さが伝わっているか、あるいは既知の間柄なのかもしれない、と感想する。

             

             割って入った形となった瑞泉家であったが、後は任せたとばかりに海玄は杖で息子の足を小突く。手伝い、というのはただの比喩でしかなく、もう家督の多くが譲られ始めているのだ、とこの場にいる誰もが理解した。
             見下げる形となった時忠は慌てて庭に降りようとするが、驟雨はやんわりと手で制し、

             

            「私としても、天音さんとは仲良くしたいのです。きっとここにいる者で、そう思っていない方はいらっしゃらないでしょう。特に現状、北を統べる形となった天音さんは、二次的なものを除けば、我々と利益の奪い合いをしているわけではないのですから」
            「そのような形に……なるのでしょうか」
            「幾分本家は南側ですが、言うなれば大家会合初の北の大家……それが天音さんなのです。奪い合いどころか、これから多くの有益なお話ができるものだと考えています。今までは、北の地についてお話したくとも、お相手がそもそもいませんでしたから」

             

             すらすらと、淀みなく褒めてくる驟雨に、時忠は縮まりきっていた肝がほぐされていくかのように表情を和らげていっていた。

             

            「ですが」

             

             否定が繋がれることによって、再び固まる父が哀れにすら思えてきた揺波である。
             天音や龍ノ宮だけではなく、皆に説くように驟雨は続けた。

             

            「父や、古鷹氏の懸念は誰も否定できるものではないでしょう。確かに事実として、天音さんは、攻めて、勝ち取った。そこに全体を想う論理はありません。龍ノ宮氏は古式ゆかしいとおっしゃりましたが、こうして協力し合う我々はそのような手段は用いないのです。仲間として迎えるならば、同じ道理を奉ずるのが筋、というものではないでしょうか」

             

             そこで、と驟雨は視線を龍ノ宮へと向ける。

             

            「この話は元々、龍ノ宮家と天音家が同盟を結ぶことに端を発するもの。ならば発起人である龍ノ宮氏が、天音家がこれから大家たる仲間であることを保証するべきであり、その保証において我々は天音家を快く歓迎すべきでしょう」
            「……その『保証』ってのは?」
            「旧来通りの使い方をしてきた古強者なのですから、大家への旅程もまたそれによって終えるのが最も美しい……そうは思いませんか?」


            「決闘、か」

             

             おお、と聴衆の歓声が上がる中、龍ノ宮が揺波を見やる。
             揺波も同じく見返すが、そのときにはもう、龍ノ宮の目は悪巧みに乗った子どものように輝いていた。揺波の、無機質で相手を見通さんとする瞳とは対称的であった。

             

            「よっしゃ! それで皆が納得してくれるってんなら文句はねえ。要はケジメつけさせろって話でしょうよ。丸く収めるんだったら十回でも百回でもやってやらあ! な! 天音さんや」
            「…………!?」

             

             背中を叩かれて、ようやく息の仕方を思い出したように口をぱくつかせる時忠。ややあって理解が追いつき、余力のない脳で損得計算をした結果とった行動は、恐る恐る実の娘を見ることであった。
             揺波はそれに、何も言わず小さく頷いた。

             

            「決まりだな。……けど、大家全員集めての決闘なんて都合がつきますかね」
            「我々に必要なのはあくまで龍ノ宮氏の『保証』……お互い納得行く形であれば、いっそヲウカの御前である必要すらないかと」

             

             他の大家から同意の拍手が鳴り、それが伝搬し、決の認識を庭にいる全員が共有した。
             天音の進撃は終わり、全体として時代を作っていく一員となる。
             それを正しく理解できていないのは、天音揺波ただ一人であった。

             

             


             天音の処遇という大きな懸案事項に決着がつき、それだけが気になっていたらしい大家代表たちも、必要な会談を行うべく三々五々個室に散っていった。方向性が決まればそれに応じて政局も動く。交友の側面が強くとも、ここは政治の場なのである。
             廊下の揺波は、今は一人きりだ。この後の同盟締結と大宴会にあれこれ備えるため、あてがわれていた自室に引っ込んだ父親を、床に座って待っている。
             と、

             

            「失礼……もしかしたら道を塞いでおりませんか? 私めくらなもので、どけてもらえると」

             

             揺波を揺波と認識しないまま声をかけてきたのは、先程も顔を合わせたばかりの細音であった。揺波は慌てて、長座をしていた己を改めた。

             

            「ごめんなさい、どうぞ」
            「天音……ッ!」

             

             明確に、薙刀を持つ手に力が篭もる。いくらなんでもこの場で刃を露わにすることはないだろうと揺波は思ったが、方向性は奇異であったが彼女も試合の後に恨み言をぶつけてきた対戦相手の一人である。一応、何が起きてもおかしくないように、刀に手をかける。
             ただ、細音はそれからすぐに力を抜き、小馬鹿にしたように笑った。

             

            「あなたの命運もこれまで、といったところでしょうか」
            「はぁ……」
            「無敗のミコトの通り名は返上しなければならないようで、さぞ残念でしょう」
            「うーん……どうして?」

             

             心底不思議そうに。
             その返答があまりに異質すぎて、細音は二の句を告げるのにやや時間を要した。

             

            「どう、して……も何も、相手はあの龍ノ宮ですよ? 万に一つも勝ち目はありません。ましてやあなたのような卑怯者が……」
            「どうして勝てないなんて思えるんですか?」
            「……本気で言ってるんですか。あの龍ノ宮に、あなたは勝つつもりでいるんですか」
            「うん」

             

             揺波の答えは、細音に向いていなかった。
             細音に対して割く思考能力は、そもそも『いかにして龍ノ宮一志に勝利するか』という命題で頭が埋め尽くされている揺波にあるわけもなかった。
             彼女の意識は、九割九分龍ノ宮という対戦相手に向けられている。

             

            「細音さんは、勝たないの?」
            「私なんかが勝てる相手では――」
            「私は、勝つ」

             

             

             そう決められているように、揺波はただただ答える。天音揺波という存在は、勝利のためにあるのだから。
             結局、父親が部屋から出てくるまでに揺波が自身から解答を得られることはなかった。
             いつの間にか去っていた細音からも、それが得られることはなかった。

             


             天音揺波と氷雨細音がここで再び交わるのは、もしかしたら賢明な君であったら想像できていたかもしれない。
             けれど、この大家会合の会場を中心として、もっとたくさんの縁が絡み合ったことになる。
             ある者はそれを望んで交わらせ、ある者はそれに望んで交わる。
             それによって生じた歪な縁の結び目、それがこの二人に、どのような結末をもたらすのだろうね。

             

            語り:カナヱ
            『桜降代之戦絵巻 第二巻』より
            作:五十嵐月夜  原案:BakaFire 挿絵:TOKIAME

             

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