2018年10月禁止改定

2018.10.01 Monday

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     私どもはバランス調整の宣言と、それに基づく理念に従い毎月第一月曜日にカードの禁止改訂を行います。この記事はその2018年10月のものです。禁止カードを出すことそのものについて疑問や不安を感じる方は、こちらよりリンクしている宣言か、それを要約した理念をご一読いただければ幸いです。

     

     

    2018年10月禁止カード

     

    全体で禁止

    Thallya's Masterpiece

     

    トコヨ/ユキヒで禁止

    二重奏:吹弾陽明

     

     これらの禁止はシーズン2の間、即ち11月下旬まで継続し、『第弐拡張』でのカード更新を通して解除されます。

     

     こんにちは、BakaFireです。シーズン2も中盤へと入り、環境の様子も明らかになってきました。しかしまだ全容が明らかになったとはとても言えず、様々なデッキがしのぎを削っている状況と言えます。
     
     そして上記の禁止カードの一覧は、9月のものから変化していません。つまり新たな禁止カードは出されていないということです。今の環境への評価をお伝えしつつ、説明いたしましょう。


     

    今の環境への評価、
    そしてなぜ禁止カードを出さないのか

     

     シーズン2への評価は9月に行ったものからほとんど変化していません。9月の状況から比較して、魅力あふれる強力なデッキがいくつか生まれ洗練されています。しかしそれらはいずれも考慮すべき有力な選択肢のひとつに過ぎず、ゲームを破壊するような問題のある存在とは判断していません。

     

     大変すばらしいことに現状のバランスは(『第二幕』最終段階と並び)過去最良(※1)であり、多くのメガミが輝ける環境を実現できています。
     
     但し、このようにすばらしい状況の中にも改善の余地はあります。第一に、現状では存在してしまっている禁止カードを解除できるようにカード更新を行うのは私どもの義務です。次に、現状でも勝ちやすいメガミと勝ち辛いメガミは(シーズン1よりはるかに小さな課題になったとはいえ)存在しています(※2)。
     
     しかしこの水準の課題で禁止カードを追加してしまうようでは、ゲームはむしろ狭苦しく、つまらないものになってしまうと私どもは考えております。これらの課題について取り組み続け、カード更新にて改善を続けるとお約束します。他方で少なくともこれまででは最善のバランスには仕上げられていると判断し、禁止カードは出さないのです。
     
    ※1 実際のところは『新幕』の良い点と悪い点、『第二幕』の良い点と悪い点は大きく異なっており、それらを総合的に比較して並び立つゲームになったと評価しています。
     
    ※2 特に、これまでに生じたことのなかった独特な問題が生まれている可能性を観測しつつあり、それについて注視しています。但しこの問題はその性質ゆえに禁止カードへと結びつきづらく、結果として今回の禁止改訂への影響はありませんでした。迂遠な言い回しで申し訳ない限りですが、この問題(の可能性)への報告はシーズン2→3のカード更新で必ずお伝えいたします。

     

     

     

     本日は以上となります。次回の禁止改訂は11月3日に福岡で開かれる大規模イベントを終えてすぐ、11月5日(月)となりますが、このタイミングは『第弐拡張』発売の直前となります。それゆえ、私どもは基本的には禁止カードの追加は行わないつもりです。

    『桜降る代の神語り』閑話:ある最後の閑話

    2018.09.28 Friday

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       茜色に焼けた空に、数えるほどの雲が浮かんでいる。よい月夜になると喜ぶ者は多いだろうが、密かに動く存在にとっては、あと少しでもいいから空を覆って欲しくなるところだ。
       そんな逢魔が刻、咲ヶ原の深い森の入り口は、立ち入る者を飲み込む禍々しい口のようであった。そんな場所を見下ろすように、こぢんまりとした丘にぽつんと佇む白衣の影が一つ。

       

      「贅沢は言えんな」

       

       ひとりごちたオボロの目は、不運を切り捨てる言葉とは裏腹に、どこか物憂げに伏せられていた。
       瑞泉城攻略に向けた作戦の決行まであとしばし。日が沈んだそのときには、開戦を告げる鐘が地響きとして鳴らされることだろう。オボロの参加しなかった強襲部隊は、今は遠く南に見える御蕾山の頂で、その刻を今かと待っているはずだった。
       と、オボロの傍に人の形をした黒い風が三つ、吹き込んだ。

       

      「ご無事で何よりです、オボロ様」
      「誰の心配をしている。……首尾のほどは?」

       

       片膝をつき、かしずく三人はいずれも里の実力者。個の腕も然り、部隊を的確に運用する術も身に着けた、オボロの信頼も厚い忍たちである。
       戦いは、英雄として本拠地に向かった者たちだけのものではない。彼らもまた、彼らなりの戦いを進めていた。

       

      「はっ! 牛飼へ移動中だった兵団へ、二度の夜襲を敢行、菰珠への足止めに成功しています。例の絡繰兵で構成されていましたが、部隊の練度は低かったようで」
      「旧龍ノ宮領は、どうも蟹河侵攻の一派がたむろしてたみたいです。合流されたらまずかったですが、勝手に分断してたわけですからね……奴ら、身動きとれずに補給を切らして、領民との軋轢が生まれ始めてますよ」

       

       ふむ、と頷いたオボロに、残りの一人が、

       

      「それは銭金を是非褒めてやってくれ」
      「ほう? あやつの功績はそれほどか」
      「顔の広さには感心しました。商人誰もが、手紙一枚で当意即妙とばかりに動き始めるのです。きっと身銭を切って、商機を与えていたのでしょう。どうも現地の商人も反瑞泉が多数だったようで、結果、翌日には赤南の港から多くの荷馬車が西に消え、物もなくなり、駐屯していた兵団が自活するだけで手一杯の有様に」

       

       瑞泉はあくまで武力によって各地の恭順を得られた段階であり、直接的な支配体制を敷き終わったわけではなかった。故に、未だ大部分を商人に頼らざるを得なかった兵站は、行軍そのものに慣れていない彼らにとって急所であった。
       いかにメガミの力を引き出せる軍団であろうとも、平和であったこの地では教科書通りにしか考える脳を持たない。
       影は、そこを狙い、乱す。それが、陽動という彼らの為すべきことであった。

       

      「加えて本日、指揮官一人の拉致に成功したこともあって、当面の混乱は必至かと」
      「略奪の心配をせねばならんほどにうまくいっているようだな。よくやってくれた」

       

       僅かに頬を緩めたオボロに、手短に報告を終えた三人が立ち上がる。
       と、

       

      「榊原は……うまくやったでしょうか」

       

       それは、ここにはいない忍の名であった。
       オボロの視線は北に向く。その先で、榊原には為すべきことあった。

       

      「あやつならば問題なかろうよ。それに……」
      「…………」

       

       ただ沈黙でもって答える忍たちに、オボロはいくらか苦々しげに続けた。それは彼らに対する感情などではなく、もっと遠く、ともすればどこにいるかも分からない相手への想いだ。

       

      「それに、これは連中の計画によるものだ。どうせ上手くいくようできている」
      「高く買われているのですね」
      「払う対価がこうも悪質でなければ結構なのだがな。全く、この札の切り方、よくもまあこれほどたちが悪くなれるものだと感心するよ。……だから、最後までこの計画のことは言う気になれなかった。特に、揺波の前ではな」

       

       懺悔のようなオボロの言葉に、誰も、何も言えなかった。ただゆらゆらと、中身のない白衣の袖が、穏やかな風にはためいている。
       いたたまれなくなったのか、忍は実務上の問いを挟む。

       

      「連中の言う誘導路とやらによれば、ここを通るのですね」

       

       ああ、とだけ返したオボロに、これ以上この会話を続ける意志はなかった。
       何故なら、もう改めて説明するだけの余地がないことを、彼女だけは肌身で感じていたからだ。
       僅かに遅れて、忍たちの顔がこわばる。

       

      「オボロ様ッ!」

       

       瞬時に身をかがめ、濃くなってきた夕闇に紛れようとする三人の忍。
       彼らが捉えたのは、高速で南下してくる大きな気配だ。姿こそまだ見えないというのに、存在するだけで人々にピリピリとした警戒心を抱かせるような、そんな気配の持ち主が、こちらに向かってくるのである。

       

       待ち構えていた存在の到来か、とオボロも全身にゆるく力を漲らせる。
       だが、

       

      「いや、待て」

       

       配置につくべくこの場を離脱しようとしていた忍たちを呼び止めた。
       その間も気配はどんどん近づいてくる。それは人よりも、あるいは馬よりも速く、吹き荒ぶ風のように疾い。
       それは丘の下をずっと走り抜けようとしていたようだったが、夕闇にぬらりと立つオボロの姿に気づいたようで、進路を曲げた。
       そして、土を撒き散らしながら速さを殺し、オボロの前で止まる。

       

      「こんばんは、オボロさん」
      「何故お主らが……」

       

       待ち人ではないその二柱――ライラと、彼女に抱きかかえられたユキノが、夕暮れの丘に風となって現れた。

       

       

       

       

       


      「ライちゃん、ありがとね」
      「ちょっと、やすむ」

       

       ユキノが、速度によってえぐれた地面に足をつける。荒く息をするライラはそのままどっかりと腰を落とし、憚ることなく疲労を吐き出していた。
       ユキノはオボロの左腕がないことを気づいて眉をひそめたが、それに言及することなく話を切り出した。

       

      「わたしたち……千影ちゃんたちを助けに行くところだったの」
      「おぉ……! そういえば、うちの連中が世話になったらしいな。事情を聞き及んでいるのであれば話は早い。拙者たちも陽動として、闇昏姉弟を始めとしたミコトたちを支援する立場にある」

       

       登場に意表を突かれはしたものの、ここでの加勢は願ったり叶ったりである。いかにオボロと言えど笑みが浮かぶ。
       しかし、ユキノも、ライラも、オボロを見る目に仲間と巡り合った喜びを浮かべているわけでは、決してなかった。

       

      「……どうした?」

       

       何かを異様に気にしている素振りの二柱に、思わず訊ねてしまう。
       すると、ユキノは滲み始めていたぎこちなさをしまい込み、じっとオボロの目を見つめて問いかけた。

       

      「ねえ、オボロさん……支援、って本当に陽動だけ?」
      「え……」

       

       意味を掴みかねたオボロが声を詰まらせると、そこにライラが言葉を重ねる。

       

      「風が、震えてる。すごい力、怖い。壊れそうなくらいの、怒り……」
      「…………」
      「らいも、ユキノも、感じた。それ、オボロ知らない、変。だから――」
      「あなたがこんなことするはずないって分かってるの。でも、ここにいるってことは、知ってるってことでしょう? わたしには見えるわ、とっても歪な縁の通い路が」

       

       だから、と継いだユキノが、再び問う。

       

      「教えて? ザンカに何をしたの?」

       

       それはどこか、非道を否定してくれるという期待を含んでいた。確証に至るだけの材料を持ちながら、今起きていることは同族の手によってもたらされた悪行ではないのだと、そう答えてくれることを願うように伺っていた
       けれどオボロは、即座に応えなかった。首を横に振ることも、縦に振ることもなく、ユキノたちを追い越すように数歩歩き、ただ背中を見せた。

       

      「ふぅー……」

       

       大きく、長く、皆に聞こえるように息を吐く。
       彼女はそのまま振り返ることなく、淡々と答えを紡ぎ始める。

       

      「ザンカは、拙者たちの切り札だ。三人の人間を切り札として決戦の地に送り込んだように、ザンカもまたメガミにおける切り札として送り込んだ。それだけだ」
      「切り札、って……そんな様子じゃ――」
      「なあ、ザンカの封印を施したのが誰か、知っていたか?」

       

       突然の質問に、ユキノは短く否を返した。
       オボロはそれに、ふ、と笑うと、

       

      「シンラだよ」
      「……!」
      「拙者も初耳だった、納得はしたがな。――だからこそ、下準備の時間はいくらでもあったのだろう。長い年月をかけて、言葉の毒を染み込ませて……こういうときのための駒として使えるよう、仕込んであったに違いない」

       

       不穏な言葉に、ライラの耳が力を失ったように伏せられる。

       

      「ザンカは今、狂気に堕ちている。そしてシンラの手によって封印を解かれ、忘我の中、敵の居城に向かっている。この騒動に幕を降す力としてな」
      「うぅ……それ、ひどい」
      「どうしても越えがたい障壁が一つ、あったものでな。ザンカがいなければ、この戦の勝敗は目に見えている。……まあ、シンラのことだ、これ幸いとザンカを始末するつもりで投じたのやもしれん」

       

       すくめてみせた肩が、返答の終わりを示していた。
       明かされた事実の重さに耐えかねて、ライラは背後で控えていた忍たちの顔色を伺う。ただ、オボロにここまで同行している以上、彼らもまた真相を知る身であり、逸らされた目が何よりも雄弁に主の言葉を肯定していた。
       と、

       

      「あなたはそれでいいの?」

       

       ユキノの険しい視線が、オボロの背中に刺さる。もはや期待は消え、糾弾と呼ぶべきその問いは、真っ直ぐに小さなメガミへと向けられていた。

       

      「望んだわけではない」

       

       返答は、早かった。
       淡々と、けれどいち早く否定したがっているように。

       

      「これが、合理的な手段なのだ」
      「……っ!」

       

       声色は変わらない。自らの判断を、オボロは翻さなかった。
       それでも考えを改めてもらおうと、ユキノは回り込んでオボロの両肩を掴む。ただ、返ってくる感触は左腕の欠損だけでは足りないほどに軽く、絶句する。
       その最中、オボロの眼尻が夕日に小さく煌めいていることに気づいたユキノは、自分の理解が浅かったことを理解して、一歩下がった。

       

      「ごめんなさい……」

       

       それは、謝罪でもあり、赦しでもあった。
       各々自由に振る舞うメガミの中でも、オボロは明確に立場を持つ稀有な存在である。目的のために常に顕現体で活動し、忍の里で人と共に暮らす――それは、単にミコトに力を貸し与える以上の関係を、人々と育んでいるということもでもあった。
       選択とは、切り捨てること。風来坊なメガミであれば、抱えているものは少ない。けれど多くの人々の命運を握ったオボロにとっては、そこに厳しい取捨選択が生じる。

       

       難しい判断は後悔を生む。決意は、その後悔を覆い隠す。
       けれど、オボロの中で溜まり、醸成されていったその後悔は自責の念となって、彼女ですらも蝕んでいた。
       そして合理性の鎧が綻んだ結果が、表情を変えないオボロが僅かに滲ませた涙であった。

       

      「構わんさ」

       

       じっくりと目をつぶってその涙を追い出すオボロ。
       ユキノはそんな彼女に、取り繕ったような優しい言葉をかけることはなかった。苦しみを一端でも理解した今、寄り添うことだって気休めにしかならない。
       だからこそユキノは、不安を滲ませながら、胸に手を当ててこう言ったのだ。

       

      「わたしなら……できることが、あるかもしれない」

       

       

       

       

       


       空気が、張り裂けるようだった。
       暗い森から漂う不気味さを正面から食らいつくしてしまうかのように、到来したソレによって殺伐とした空間が生み出される。

       

      「……!」

       

       覚悟はしていたはずなのに、その暴力的な威圧感にオボロは息を呑んだ。
       狂気、敵意、殺意……撒き散らされた刺々しい負の感情に、いかに夕闇が地に広がろうとも、この場にいる誰もが、地を駆けるソレをはっきりと視認した。

       

       おそらく、それは女の形をしていた。憤怒を全身に漲らせた女は、身の丈ほどもある長い黒髪を怨嗟の炎のように揺らめかせ、焦点どころか意識の定まらないまま、見えない何かを辿るように大地を蹴っていた。
       その手に持つのは、野太刀どころか、刀と呼ぶことすら憚られる巨大な刃。大男と肩を並べるような刃渡りに、無骨に力を誇示するような肉厚の刀身、そして人の腕ほどもある柄――そのどれもが、およそこの世の存在を相手にするとは思えないほどの尺度であり、彼女はそんな大業物を片手で持ち運んでいた。

       

      「…………」

       

       煮詰められた感情に声すら蒸発させた、目を血走らせるその女こそ、武神ザンカ。
       かつて、天音揺波へ不器用ながら暖かく語りかけた、戦好きのメガミの面影はそこにない。誰かの血を求めてひとりでに歩き回る一本の刀になってしまったように、根幹から存在そのものが塗り替えられたかのようだった。
       北の山間から点々と広がっていた森より現れたザンカは、ただ己の感情のみと向き合っているかのようにひた走っていたが、オボロたちの目前に迫るより遥か前で、その脚を緩めた。

       

      「……っ!」

       

       すわ見つかったか、と固まる一行。
       だが、ザンカが見つけたのはオボロたちではなかった。

       

      「ァ……ガアァァッッ!」

       

       突然、わなわなと手を震わせたかと思えば、言葉にならない叫びを上げ始める。
       そして、ザンカが癇癪を起こしたように刃を地面に叩きつけると、彼女の右手側にそびえていた樹々が千切れ飛んだ。地面にはさらに、巨人がつけたひっかき傷のような、斬撃の痕が一条走っていた。

       

      「アアァッ! アッ、アッ、アアァァァァァッ!」

       

       地面に彼女が見出したらしい何かに向かって、高ぶるままに感情をぶつける。
       やがて怒りの矛先が足元以外にもあることを――それが彼女の進む先に確かに存在していることを理解したようで、定まらない視線が森のその向こうを向いた。
       ……駆け出すその姿は、まさに爆発と呼ぶべきであった。
       現れたときよりなお速く、彼我の距離が存在することが嘘のような冗談じみた速度で、ザンカは再び走り始めた。

       

       不用意に目をつけられてあの暴力に曝されないよう、オボロは姿勢を低く保つ。忍たちも、ライラもそれに倣っていた。
       けれどユキノだけは、物怖じせず立ったままだ。

       

      「何をするつもりだ! 危険だぞ!」

       

       ザンカの登場によって端に追いやられていたユキノの言葉が、オボロの脳裏に蘇る。
       しかし、彼女が警告に応じることはなかった。
       ユキノは、自分というものを失っているザンカをしっかりと見定め、ほっとしたように胸の前で両手を合わせた。

       

      「やっぱり、強くて、温かい縁があるわ……」
      「……なに?」
      「わたしにできるのは、縁を紡ぐ、ほんのささやかな手助けだけ。歪な縁に埋もれて今は見えない、その縁を少しだけ表に出してあげる」

       

       そう言うユキノが両手を前に差し出すと、淡い光が現れる。日没まであと僅かという暗がりにあっても人の目を焼くほどではない。まるでそれは、夜空に現れた一粒の雪のようだ。
       光はユキノの手を離れ、がむしゃらに進むザンカへと吸い込まれていった。目に見える変化はなく、ザンカは気づいてすらいないようで、黒髪を暴れさせながらオボロたちの前を嵐のように抜けていった。

       

      「……ライちゃん、行きましょう」
      「わかった。らい、まだ、がんばる……!」

       

       呼びかけに応じ、再びユキノを抱きかかえるライラの足元から、風が巻き上がった。ただ、オボロの知るそれと比べて随分と弱々しい。
       別れ際、ライラの腕の中でユキノは、

       

      「わたしたちも千影ちゃんたちを助けに行くわ。オボロさんは――」
      「拙者はもはや指揮をこなすので精一杯。為すべきことを為す、ただそれだけだ」

       

       きっぱりとした返事に、ユキノに憂いの色を浮ぶ。

       

      「……そうね。じゃあ」
      「また。次は一緒に、にく、食べる」

       

       にかり、と八重歯を見せて笑ったライラに、オボロが苦笑した。
       そして、「そうね、また」と追従するユキノの声を合図に、風が爆発したように場に吹き荒れた。二柱は、月明かりに移り変わりつつある夜陰に飛び込むように、ザンカを追って南の森の中へと消えていった。
       あとには四人の忍が残されるばかりとなり、物々しい気配も余韻を残すのみである。

       

      「……あとは、彼女らがうまくやってくれることを祈る他ないな」

       

       呟くオボロからは歯がゆさが隠しきれていなかった。
       三柱を見送ったその先には、山を越え、ここからでは手の届かない決戦の地がある。

       

      「願わくは、拙者の欠片が、未来を拓く一助となっていることを」

       

       オボロの右手が、失われた左腕の付け根を抑えた。





       こうして物語の欠片は、全て揃った。

       英雄たちから少し外れた、しかしそれでも決して欠かせぬ小さな物語。
       ある時は、三柱のメガミたちの葛藤を。
       ある時は、少し奇妙な男女の出会いを。
       ある時は、弟の見つけた必然の縁を。
       ある時は、愚かで滑稽な脱出劇を。
       そしてある時は、この陰謀の始まりを。

       閑話を語るのは、これで終わり。あとは全ての欠片を結び、物語を結末へと進めるのみ。

       そして忍のメガミは、英雄たちに望みを託し、舞台を降りた。最後に願わくば、彼女の意志が、未来の力とならんことを。

       

       

       








       そして未来、即ち今。異相の技は、その力をあなたの手の中にも。

       

       

       

       

       

       

       

      語り:カナヱ
      『桜降代之戦絵巻 第五巻』より
      作:五十嵐月夜  原案:BakaFire  挿絵:TOKIAME

       

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      黒幕よ雄弁に語れ(中篇)

      2018.09.28 Friday

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        秘密の議事録一挙公開

         

         

         こんにちは、BakaFireです。今回の記事はシンラ特集の中篇となります。前篇をまだお読みでない方は、こちらから読まれることをお勧めします

         

         このシリーズは特定のメガミに注目して、本作のデザインを語るというものです。今回は新シリーズ第3回にして累計第8回となります。

         

         前篇ではメガミ・シンラに関する歴史を説明し、彼女のコンセプトやキーワード「論壇」が生まれるまでの話をしました。中篇では『第二幕』での個々のカードに注目し、それらを通して彼女を語ります。『新幕』にまつわる話は後篇に行いますので、それまでお待ちください。
         
         
        カードの何に注目するか

         

         やり方もこれまでのものを踏襲します。以下にてまとめましょう。

         

        • カードの歴史と評価に注目する
        • 歴史とはカードが生まれた経緯を指す。
        • 歴史においてルールの変化が重要ならばそれも語る。
        • 評価はゲームにおける魅力、バランスの適切さ、メガミの気質の体現性の3点を見て行う。
        • 現在問題視している箇所や、カードへの否定的な見解も書く(出版から時間が経ち、皆様からのフィードバックを頂くと至らなかった点も見えてくるのです)
        • 否定的に書き、修正を匂わせたとしても、修正を急ぐつもりはない。

         

         『第一幕』から数えてもシンラは反省点が少ない部類のメガミであり、最終的なバランスにも大きく満足しています。特に、修正を要した多くのメガミが反省すべき愚かな過ちを持っているのに対して、シンラの修正はいずれも微調整だったのは喜ばしいことです。
         
         

         

         シンラの最も基本的な攻撃カードです。前篇でお伝えした通り、直接的な1ダメージはバランス上の問題があり、魔法攻撃のような感覚を出すために私どもは山札の破壊というやり方を取りました。
         
         そして同じく前篇で見たとおり、シンラのあり方には紆余曲折がありました。その流れの中でこのカードも当然変更され続けます。しかしながら、いつの時代でも山札を2〜3枚削るというコンセプトは変わりませんでした。たとえば、ブックがあった時代を見てみましょう。


        行動
        自カード⇒ダスト:1
        そうした場合、相手の山札を上から2枚を捨て札にする。

         

         ブックが没になった後は順当に攻撃カードになり、そして論壇が条件となるに際して削る枚数が3枚となりました。
         
         ここまでが発売前のことです。しかしこのカードは『第二幕決定版』での調整で上方修正が行われました。調整内容は2つ。論壇が取り除かれた代わりに削る枚数が2枚になり、山札がない場合は代わりに相手のオーラを削るようになりました。

         

         この調整は『第一幕』デザインでの失敗に端を発しています。私どもはその時点ではダストの価値を大きく見誤っていました。2年以上前にルールを作っている時点では、ダストを枯らすという立ち回りに気づいてすらいなかったのです。これらの戦略が確立していくにつれて、付与カードを使用することは思っていたよりも難しいと分かりました。

         

         そしてこの調整は、論壇の必然性を揺るがしました。『第二幕決定版』調整のタイミングは丁度『新幕』をデザインしていた真っ最中であったことも加え、この調整には歴史的な意味があったと言えます。この辺りは後篇で説明しましょう。

         

         


         

         シンラが攻撃カードを持ち、山札を削ると決まった時点でデザインされ、一度も変更されませんでした。
         
         シンラの山札や手札を支配するというコンセプトの時点で、彼女は幾ばくかのコントロール的要素を持つのは間違いありません。そうなると身を守る手段として相手の攻撃を打ち消すカードが必要でしょう。
         
         しかし単純に打ち消すだけでは強力過ぎます。そこで、相手にカードを1枚引かせることにしました。この効果はバランスを整えつつも、山札破壊という要素を防御的なカードに忍ばせられています。さらに言うなら一見して平等そうに見える一方、実際は全くもって平等ではない詭弁ぶりはまさしくシンラであり、彼女らしさもすばらしく体現していました。
         
         この時点ではルールはまだ変動し続けている段階でしたが、変化が起こるたびにこのカードの巧妙さは際立ちました。特に、焦燥や全力が加えられた際にこのカードはより魅力的になったと言えます。
         
         しかしながら、切札以外の何でも打ち消せてしまうようでは少しばかり万能すぎたため、『第二幕』調整では打ち消せる攻撃に制限が与えられました。その後は変更はなく、素晴らしいカードとして今も残り続けています。

         


         

         

         前篇で書いた通り、シンラは自分のリソースを差し出す代わりに、相手に不利益を与えるカードを持っていました。これです。


        呪いの火    《行動》
        自オーラ⇒相手オーラ:◇2
        そうした場合、相手に1ダメージを与える。

         

         しかし本作での1ライフは想像より重く、プレイテストの結果としてこのカードは取り除かれました。その後はしばらく行方をくらませましたが、ある機会に返ってきます。そう、全力カードの制定です。全力カードが生まれたのは比較的後の出来事だったのです。
         
         全力カードを取り入れると決めた時点で多くのメガミに全力カードが取り入れられていきました。シンラは初期には付与カードの上に桜花結晶を置く行動カードや、引用の原型などが与えられていましたが、それらは最終的には没になるか全力が外され、全力カードの枠からは除かれました。
         
         そして最終的にはシンラの全力カードの枠にはこのカードを改めて取り入れることになったのです。その際に攻撃カードとして、対応の余地や間合制限も加えられたほうが魅力的になると判断されました。
         
         このカードが選ばれた背景にはもう2つ要素があります。1つ目は「虚魚」です。当時は「虚魚」のテキストに魅力を感じていたため、無理やりそれを活用できるようなカードを入れようとしていました。オボロ特集でお話しした通り、それは失敗だったと考えています。
         
         もうひとつの狙いが前進の抑止でした。のちに他のカードでもお話ししますが、前進の方が後退より強く、それゆえに間合が近づきすぎてしまうという問題に私どもはある程度は気づいていたのです。

         

         その上で多様な戦略を生み出すために、相手のオーラを埋め、-/1のカードで削るという中遠距離戦略を取り入れようとしていました。このカードは2つの意味でそれをサポートすることができるため、有力な1枚だったのです。
         
         実際はフレアにリソースを溜めこみ、ダストを枯らす動きのためにその戦略は『第一幕』では全く機能しませんでした。これらの狙いは残念ながら失敗でしたが、幸いにしてこのカードそのものは魅力的であり、『第二幕』のバランス下で十分に活躍しました。

         


         

         

         シンラの移動カード枠です。移動カード枠についてはトコヨ特集をご覧ください。
         
         このカードそのものの歴史はとても古く、桜が降るより前の時点で共通カードに存在していました。しかしその時点ではヒミカ特集で書いた通り大剣(刀)と銃のシーソーは銃に傾いており、それを増長させていたこのカードは取り除かれ、現在の「バックステップ」の効果に置き換わることになります。
         
         そして時は流れ、移動カード枠が制定され、共通カードが取り除かれた時、このカードは改めて見直されることになります。その時点ではヒミカの危険な要素がかなり取り除かれ、シーソーはユリナに傾いていたため、戻しても問題ないと判断されたのです。
         
         では、誰のカードになるべきでしょうか。第一候補のヒミカはより相応しい「バックステップ」があったため違います。そこで我々はシンラの移動カード枠にすることにしました。
         
         2-7と広い間合を持っていますが、シンラはどちらかといえば後退方向を指向しています。その上で「相手に後退を行わせる」というフレーバー的要素がシンラに相応しかったのです。

         


         

         

         シンラが山札だけでなく、手札に干渉することも得意だということを表しています。しかしその際に、相手のカードを捨てたりするのでなく、そのまま使用してしまうのはどういうことでしょうか。
         
         この効果のヒントとなったのは当時私が強くやりこんでいた『ハースストーン』でした(※1)。そう、あの不愉快極まりないクソ聖職者です(※2)。私はヤツがこちらのデッキのコピーを2枚手札に加えるたびに叩き潰したいと……失礼、興味深いゲーム展開を生んでいると感じていたのです。
         
         その神髄は、本来自分ができないことを実現できる点にあります。このゲームはメガミ2柱を選び、それにより使えるカードが固定されるため、それ以上のカードは普通は使えません。そこで相手のカードを奪ってそのまま使えれば、普通でないことを起こせるのです。
         
         これは最高にワクワクするもので、ゲームに広がりを与えるものであったため、指針はそのままで印刷されることになりました。もちろん調整には紆余曲折があり、今よりも強力な代わりに全力カードだったり、より制限が厳しかったりしたことがありましたが、最終的には論壇を加える形で落ち着きました。
         
        ※1 今もやっていますが、あまり時間が取れない上に1ゲームに時間のかかるデッキを使っているため、低ランクでまったりやっております。最近は奇数ウォーリアかトグワグルドルイドを使っています。

        ※2 「デスロード」から出させられた「シールドメイデン」「ブーム」「シルヴァナス」やらを「埋葬」されて山札2枚差をつけられるたびに不愉快さで吐きそうになったのは良い思い出です。え? お前はアーマーを山ほど積んでいるだろうって? ははは、私は良いんですよ。

         


         

         

         抗弁は『第二幕決定版』の調整によりカードそのものが変更されており、もとは「壮語」というカードでした。「壮語」と言っても『新幕』における「壮語」とは似ても似つかず、納2で展開中に相手の基本動作《前進》を禁止するという効果でした。
         
         その「壮語」が生まれたのはデザインの末期であり、ここで語ったどのカードよりも原案が生まれたのは遅かったと言えます。「皆式理解」で後に書きますが、付与札の桜花結晶を回復する通常札が、その枠にはずっと存在していました。
         
         しかしそれが取り除かれ、私どもは代わりにカードを1枚追加する必要が生まれました。そこでデザインも末期だったこともあり、その時点でのゲームバランスに注目することにしたのです。
         
         ヒミカ特集で書いた通り、『第一幕』のデザインから、実際の『第一幕』環境までは実際のところユリナを中心とした接近戦と、ヒミカを中心とした遠距離戦のせめぎあいだったと言えます。しかしその時点ではシーソーはユリナの側に傾いていました。基本動作の前進の方が後退より強く作られている点は、今の『新幕』に至ってみれば全くもって正しいデザインだと感じていますが、この時点では洗練不足ゆえにバランスの問題も引き起こしていたのです。
         
         そこで私は前進を抑止し、中遠距離の戦いをサポートする1枚をここに追加することで、シーソーの傾きをましにしようとしたのです。結果としてバランスが十分なものになるとまではいきませんでしたが、この一枚は有意義に働き『第一幕』の戦いを見事に彩りました。
         
         しかし『第二幕』のバランスもある程度整い、環境が変遷した後はこのカードはもはや役割をほとんど失っていました(※)。そしてシンラがやや活躍し辛かった点と、強力な連続攻撃を行うデッキが(バランス調整をするほどではないものの)存在していた点を鑑みて、「抗弁」へと変更されたのです。

         

        ※ 納2の「森羅判証」の弾だった点を除いて。

         

         

         

         語る内容に重なりが多く、さらに都合がいいことに並んでいますのでまとめてお話ししましょう。

         

         どちらも同名のカードはかなり長い間リストに存在しておりましたが、効果は異なるものでした。シンラの山札破壊の側面を強調するもので、「完全論破」は相手の山札が0枚ならば追加のダメージを与えるという効果です。「論破」はそれに繋がるよう、今の「立論」の立ち位置にありました。
         
         この条件は決死、境地などの条件にも似ているため、一時は掌握という名前でキーワードにもなりました。しかし、一般的な手段で(※)能動的に条件を満たせない点や、相手がケアできてしまう点、逆に言えば相手にケアを強要してしまう点。これらの要素が快適なゲーム体験を生まないと判断され、没になりました。
         
         その後、論壇が取り入れられることになり、併せて多くのカードが大きく変化します。その際に「完全論破」は今の効果となり、消費が3から4になったことを除いて一度も変更されませんでした。
         
         申し訳ないながら生まれた瞬間の動機はもはや覚えていませんが、シンラに論壇を取り入れ、山札を操作するという点でどういう魅力を出すかをデザイン班でブレインストーミングした際に出たアイデアだったのだろうと認識しています。
         
         「論破」も同時に作られ、こちらは通常札である代わりに、時間制限のある封印として差が与えられました。この際に「完全論破」の廉価版なので名前は「論破」になり、併せて今の「立論」には「立論」という名前が与えられることになります。

        ※ もちろん、シンラ固有のカードであれば満たしに行けるのですが、あまりに狭く、同時にそれらのカードが重要になりすぎてしまいます。

         


         

         

         ブックが没になり、付与カードが(細部のルールには紆余曲折がありながらも)定まっていく中、シンラは特に付与カードに注目しているメガミとしてデザインされていきました。
         
         そうなると必然的に、付与札に桜花結晶を置く、即ち付与札の期間を延長するカードというアイデアが生まれます。デザイン期間中のカードプールにはそのようなカードは多数存在しており、それゆえ書式も自/付与札といったように矢印効果で活用できるようにもなっていました。ダスト→自/付与札はもちろんのこと、自/付与札→自/付与札のような移動もあったのは興味深いところです。
         
         しかしプレイテストを重ねるうちに、この類の効果はより慎重に作らなければならないと分かりました。付与札のバランスやルールが整ううちに、最初はかなり適当に決められていた納の値が必然性を伴うようになり、下手に延長すると破綻するようなカードが現れ始めたのです。
         
         最終的にはこれらの効果の大半は没になり、切札に1枚だけ、比較的派手な効果で残すという形になりました。繰り返し付与札を伸ばし続けるようでは様々な問題が懸念されますが、ゲーム内に1回だけ派手に伸ばすくらいならば問題となり辛いのです。
         
         それでもまだひとつ、頭を悩ませる問題が残っていました。切札として1回しか使えない以上、2ターン、つまり桜花結晶4つ程度は伸ばさないとカードとして応用の幅が狭すぎます。しかし納2の付与札は原則的に1ターンしか残らないことを前提に設計されているため、これらの付与札を2ターンも伸ばすことには危険が伴いました。
         
         そこで閃いたアイデアが、置かれる桜花結晶の個数を、置く先の納の数で決めてしまうというものでした。これは素晴らしい解決策であり、それを取り入れてこのカードは完成となったのです。

         


         

         

         付与に桜花結晶を置くと決まり、ルールが紆余曲折している途中、その中の比較的早期からカードプールに存在し、カードの行う意図としては一度も変更されないまま印刷に至りました。
         
         カードをデザインした時に考えたのは、このようなルールを掻き乱すカードを用意するとロマンティックで楽しそうなことが起こるだろうという程度のものでした。
         
         しかしこのアイデアは私の想像をはるかに超えて大成功でした。様々な実用性のあるアイデアが『第一幕』から現在の『新幕』に至るまで生まれつづけ、ただの一度としてカード内容を変更されることなくカードプールに残り続けています。
         
         私はこのカードは単純なアイデアというだけでなく、「森羅判証」と併せてシンラのあり方の一つを定めた偉大なカードの1枚だと考えています。この辺りは、後篇でお話しさせて頂きましょう。

         


         

         

         シンラの最も象徴的なカードにして、様々な歴史を生み出した名カードと言えます。このカードの歴史を辿るには、あるフレーバーを満たすための存在という側面の歴史と、付与カードのボスであるという今の効果の歴史のそれぞれを見ていく必要があります。
         
         まずは前者から始めましょう。世界が和風になり、そしてメガミたちのキャラクターがゆっくりと定まっていき、人格が与えられ始めたころの話です。ユリナは主人公と定まりましたが、他のメガミたちにもそういう物語的位置づけを簡単には考えていました。
         
         『第一幕』の時点ではこの点の失敗として、ライバル(例えばリュウに対するケンのように)の不足があったのはサイネ特集でお話しした通りです。しかし他方で、主人公に対するラスボス、勇者に対する魔王は存在するべきだと考えていました。
         
         それこそが主人公のユリナに対する魔王のシンラです。ただし補足させて頂くと、この時点では公式小説『桜降る代の神語り』は始まるどころか企画すらされておらず、ストーリーのようなものはまともに決まっていませんでした。つまり、何をもって魔王であり、何においてユリナと対立してるかは当時はまるで決まっていなかったのです。
         
         しかしながら、シンラを魔王的な存在としてデザインしようという試みはこのような理由により、早期に始まりました。ですが魔王といっても色々あります。そしてシンラは中でも表舞台に立たず、裏で知略を巡らせる存在です。
         
         このような魔王になりきるにあたり、センセーショナルな瞬間はどのようなものでしょうか。私はそれは表舞台、戦いの場に立つ瞬間であり、それこそがいわば「第二形態」のようなものだと考えたのです。「森羅判証」は即ちシンラが黒幕であることを辞め、第二形態として戦いに立つというカードなのです。
         
         それゆえカードの効果は第二形態らしいものになります。要素は2つ。超常的なパワーを獲得できることと、一定時間が経過したら敗北することです。前者は当然ですが、後者もまた安易な変身が防止できたうえで緊迫感が出るため、重要な要素です。
         
         プレイ感はとても良く、コンセプトは完ぺきでした。しかしながら効果で得られる超常的なパワーの内容は中々に決めるのが難しく、何度か世界を滅ぼしながら(※)変遷していくことになります。
         
         一方で後者、付与カードのボスとしての歴史が始まったのはデザインの期間としてはかなり遅い時期となります。現在の効果は論壇が取り入れられた際のブレインストーミングで、「完全論破」らと同時に生まれました。

         

         この効果もまたシンラが付与を強く嗜好しているというだけではなく、彼女の勝ち筋の部分に強く関わっており、それゆえに魅力的なカードとなりました。こちらも「天地反駁」と同様に後篇でお話ししましょう。

         

        ※ ゲームバランスが著しく破壊されることを「世界を滅ぼす」と現在のバランス調整チームは読んでいます。最近の例ですと、『新幕』ウツロは世界を何度か滅ぼしています(未来のウツロ特集をお楽しみに!)。そして「森羅判証」でもあらゆるデッキに10:0を付けるふざけたデッキが生まれたりしていたのです。

         


         

         

         原初札は基本的には「メガミに挑戦!」で使用されるものです(メガミと挑戦者で対戦し、メガミ側は原初札を用いる代わりに1柱しか使えず、挑戦者は相手のメガミを見たうえで宿す2柱を選ぶ)。そのため、そのメガミ単独での戦いを実現できるようにデザインされます。特に通常札は、その戦いの円滑化が目的となります。
         
         シンラの欠点は、付与札の欠点と隣り合わせにあります。ダストがなければ付与札を出すのは難しく、それに加えてシンラは相手のオーラやフレアを削る手段が不足しています。ゆえにひどく脆い防御力をさらけ出さなければ強みが生かせず、ただ暴力によりボロカスにされるのです。
         
         そこでダストがなくても張れる付与であり、その上で相手のリソースを剥奪する効果が必要でした。私はそれに対してシンプルな回答を用意しました。付与札に置かれる桜花結晶を置くもととなる位置を、相手のオーラやフレアにしてしまうのです。
         
         ただで相手のオーラを5削り取れるカードははっきり言って意味不明であり、本来であれば「メガミに挑戦」であってもありえないカードです。しかしシンラの攻撃はほとんど相手のオーラを参照しないため、こと彼女に限れば驚いたことにバランスが取れているのです。
         
         
         

         

         原初札の切札も同様のコンセプトで作られますが、こちらは「刺激的で特殊な舞台を作る」ことを意識してデザインされます。
         
         正直にお伝えしますと、このカードの原案はデザイン班の誰かが出したものだったかと思います。私はそのカードを見た瞬間に一目ぼれし、これはシンラの原初札に違いないと確信したのです。そして私はこのベースアイデアをもとに、再起や納の値などを整え、「メガミに挑戦!」という舞台で適正なバランスに仕上げました。
         
         特にすばらしいのはテキストの頭の悪さ、そしてそれにも関わらず一見して意味が理解しやすいことです。この頭の悪さは「メガミに挑戦!」ではかなり重要な要素であり、そしてその上で意外にもバランスがとれているという結果になれば、それこそ傑作となるのです。

         

         実際、このカードは大成功でした。独特のプレイ感を持ちつつ、その上で攻略は可能。さらにメガミを言葉の力で封印するというシンラの権能もまた完璧に再現していたのです。「メガミに挑戦!」のなかでも屈指の一枚といっても過言ではありません。

         

         


         今回はここまでとなります。来週はシンラ特集の後篇をお送りします。ご期待くださいませ。

         

         


        前篇の付与札クイズの答え:アグリコラ
        桜花結晶を畑に埋めて増やすのです!

        舞台は福岡、大規模イベントを楽しもう!

        2018.09.21 Friday

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          新涼の大交流祭にこそ優雅なる舞台あり!

           

           

           こんにちは、BakaFireです。先日の今後の展望でも初報をお伝えいたしましたが、いよいよシーズン2を締めくくる大規模イベントのお話をする時がやって参りました。
           
           通例として初めてご覧になった方のための説明をいたしましょう。本作はある製品が発売してから、次の製品が発売するまでの間を1シーズンと定めています。そしてシーズンの間で拡張によるカードの追加、既存カードの更新、禁止カードの解除(これらの理念は詳しくはこちらをご覧ください)が行われます。
           
           そして現在は『新幕 第壱拡張』の発売から『新幕 第弐拡張』の発売までという、シーズン2の途中というわけです。
           
           私どもは各シーズンの終盤に、そのシーズンを締めくくり、頂点を決めるための大規模イベントを1回は開催します。それらは関東以外の地方で開催される見込みです(シーズンによっては全国大会を開催します。そちらは全国で予選が開催され、本戦を関東で開催します)。
           
           本日お知らせするのはシーズン2の大規模イベントです。そして今回の主役となる舞台は福岡となります。九州では『第二幕』の頃から定期的なイベント開催や全国大会の予選が開かれ、さらにシーズン1では九州全体での大きな交流祭も開かれました。
           
           今回のイベントを通して、九州でさらなる盛り上がりが起これば私としては嬉しい限りです。九州在住のプレイヤーの皆様、ぜひともご参加いただければ幸いです。
           
           そして遠征もまた、本作の魅力的な文化と感じております。遠くて厳しいという方も多いとは思いますが、もし興味がありましたらご一考くださいませ。普段とは異なるプレイヤーとの交流は、より楽しい体験に繋がると私は信じております。
           
           基本の説明はここまでとなります。それでは、イベントの内容を説明いたします。
           

           

           

          新涼の大交流祭

           

          日時:2018年11月3日(土) 11:40〜21:00(11:00開場)
          会場:福岡県中小企業振興センター301会議室
          バージョン:新幕
          参加費:500円
          定員:大会あり128人、大会なし24人
          当日受付:有(予約を強くお勧めします)
          レギュレーション:三拾一捨、5回戦+決勝トーナメント

           


          大会あり/なしに分けて申し込みが可能!
          よりカジュアルなイベントに!

           

           大変ありがたいことに本作を新たに始めて下さっている方は増え続けております。他方で、それらの方々にイベントへと足を運んで頂き、より楽しめるようにするには幾ばくかのハードルが存在していると感じられ、私どもは頭を悩ませ、いくつかの試みを行っておりました。
           
           その中の一つ(※1)として、東京の交流祭ではそもそもの申し込みを「大会あり」と「大会なし」で分けることにしました(会場の大きさの都合より、東京では会場を分ける形にもなっています)。
           
           その試みは大成功でした。イベントに参加することにハードルの高さを感じていた方や、大会に出るよりはカジュアルに遊ぶことを求めていた方は「大会なし」に参加し、より幅広い方が参加しやすいイベントになったのです。
           
           この成功を受け、今回の大交流祭も「大会あり」と「大会なし」で申し込みを分ける形といたします。このイベントや実力者の対戦には興味があるものの、大会に出るとなると自信がないという方もご安心ください。大会なし形式で申し込み、お楽しみいただけます。
           
          ※1 ちなみにもう一つの試みであった使用メガミを限定した初心者大会については残念ながら求められていなかったようで、成功ではないと考えています。今の時点では、始めたばかりの方はカードプールの広さを懸念するというよりも、大会に出るという行為に不安を感じている状況にあると認識しております(もちろん個人差はあるでしょうが)。

           


          真剣勝負のレギュレーション
          三拾一捨を楽しもう!

           

           それでは、イベント内部の大会についてはどうでしょうか。

           

           大会では前回の大交流祭同様に、普段よりも実力が試されるレギュレーション、三拾一捨が用いられます。『新幕』で新たに本作に触れ、初めて見たという方もいらっしゃると思いますので、説明いたします。
           
           三拾一捨では当日の受付に際して、メガミを2柱ではなく3柱申請して頂きます。そして各試合において相手の3柱を確認し、お互い秘密裏にその中から1柱を取り除くのです。その上で同時に公開し、残った2柱で対戦します。
           
           この構造ゆえに、普段の大会では見なかったようなマッチングも頻発します。より多様な対戦に対応する実力が試される戦いになるのです。
           
           こうして聞くと厳しそうに感じるかもしれませんが、ルールが複雑ということはありません。多彩なマッチングに触れあえる、楽しさという点でも魅力的なレギュレーションですので、ぜひともこの機会に挑戦してみて頂けると嬉しい限りです。

           


          大交流祭の豪華賞品をお届け

           

           もちろん大交流祭ですので、豪華賞品でお届けいたします。紹介しましょう。

           

          上位賞(4勝1敗以上)

          • プロモーション集中力カード:シンラ
          • 限定アクリルフィギュア:ユキヒ

           

          ベスト4

          • 上位賞の内容
          • 任意のプロモーションタロット1枚

           

          優勝

          • 上位賞の内容
          • 全てのプロモーションタロット1枚ずつ
          • 全てのプロモーション集中力カード1枚ずつ
          • TOKIAME先生描き下ろし色紙

           


           限定アクリルフィギュアは大規模大会でしか手に入らない特別なものです。ちびメガミが描かれ、背面では世にも珍しいメガミの後姿を見ることもできます。毎回の大規模大会で異なるメガミとなりますので、そのメガミが入手できる機会は極めて限られます(もしかしたら未来で復刻はあり得ますが、大規模大会の上位という条件は変わりません)。
           
           プロモーション集中力:シンラは大規模大会の上位賞です。変更の予定はなく、大規模大会上位の証と考えてください。
           
           大規模大会での勝利は過去のプロモーションタロットを入手する大チャンスでもあります。ユリナ、ヒミカ、トコヨ、オボロ、ユキヒ、シンラ、サイネのいずれも可能です。特にユリナ、オボロ、シンラは今後はこの方法以外では入手はできません(ヒミカ、トコヨ、ユキヒ、サイネは復刻の可能性はありますが、いずれも大会の優勝賞品という形になります)。
           
           そして見事優勝した暁にはこれらすべてに加え、TOKIAME先生描きおろしの色紙をお贈りいたします。

           


          フリープレイでは新たなアナザー版メガミも登場!
          その他特殊テーブルもございます

           

           先述の「大会なし」で参加する皆様にもすばらしいニュースがございます。カジュアルにイベントで遊ぶだけでなく、新たな楽しさを味わえる試みがいくつもあるのです。
           
           中でも最大の目玉は新たなアナザー版メガミを用いて対戦できることです。大阪でのシーズン1大規模では『第壱拡張』に収録された「第一章」ユリナが使用できましたが、今回は『第弐拡張』に収録される新たなアナザー版メガミが使用できるのです。
           
           それだけではありません。普段の交流祭で遊べる物語テーブル、O2Dテーブル、大乱闘でもお楽しみいただけます(同じ内容のものが全国で開かれる11月の交流祭でも遊べます)。
           
           大会に参加したものの、残念ながら戦績が振るわず大会から抜けた方もこれらのカードを使ったゲームや、特殊テーブルをお楽しみいただけます。自由なやり方で、当イベントをお楽しみくださいませ!

           

          ※ これらのフリープレイは戦乱之陣でもあります。つまり十分な対戦を行えば(もちろん大会に参加している皆様も)プロモーション集中力カード「サリヤ」が獲得できます。
           
           
           以上となります。大規模大会は本日より申し込みが開始しております。こちらのフォームに必要事項を記載し、お早めにお申し込みいただければ幸いです。あなたのご参加、心よりお待ちしております!

           

           


          10月の交流祭も要チェックだ!

           

           おおっと、大交流祭のニュースはこれで終わりですが、もうひとつお伝えしたいことがございます。10月にも東京、大阪、名古屋、北海道、福岡、新潟で開催される交流祭についてのお知らせとなります。
           
           10月の交流祭では追加の参加賞として「集中力クッキー」を配布いたします。こちらはゲームで使って良し、食べて良しという逸品です。ぜひともおいしくお楽しみくださいませ(※2)
           
           そしてもう一つ。交流祭では戦乱ノ陣という、特定の回数対戦すればプロモーション集中力カードが貰えるというイベントもございました。今月、9月まではプロモーション集中力「オボロ」が獲得できましたが、10月からは新たなプロモーション集中力「サリヤ」の獲得が可能です。新たな集中力カードをいち早く入手できるチャンスでもあるのです!

           

           東京の交流祭は10月14日(日)に開催され、既に受け付けが始まっております。さらに新潟、福岡も申し込みが始まっておりますよ。その他の地方の予約も遠くないうちに始まりますので、お見逃しなく!
           
          ※2 申し訳ないながら個数には限りがございます。ご予約いただいた方には全て行き渡る見込みではありますが、場合によっては先着とさせて頂く可能性もございます。予めご了承くださいませ。

          『桜降る代の神語り』第64話:瑞泉驟雨

          2018.09.14 Friday

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             因果は巡り、その果てで天音揺波と瑞泉驟雨は向かい合う。
             もはや前置きはいらないだろう。
             その決戦を、今ここに語ろうじゃあないか。

             

             

             

             


            「よく来てくれた、天音揺波」

             

             端に笑いを乗せつつ、瑞泉はゆったりと立ち上がる。
             余裕をひけらかすような態度で待ち構えていた彼であったが、その装いはくつろぎとは程遠い。丁寧になめされた革の外套は彼の全身をすっぽりと覆っており、足袋を履いた足元と何も持たぬ手先、そして不敵に笑う首より他は、濃い飴色で塗りつぶされている。

             

             そんな瑞泉に、揺波は何も応じない。
             彼女の靴底が、一歩、敷居をまたぎ、畳を噛んだ。

             

            「遠路はるばる西から東へ、さぞかし大変だっただろう。それとも、我が城にたどり着く道のりのほうが険しかったかな? 息もつかせぬ侵攻の手立てには興味をそそられるが、まずは私の下までやってきたその意気を称えようじゃないか」

             

             いつの日かを繰り返すように、拍手の音が短く響く。
             そんな瑞泉に、揺波は何も答えない。
             彼女の瞳が、間断なく見渡していた空間全体から、瑞泉へと向けられる。

             

            「もちろん、退路へ振り返らなかった君の勇猛さもまた、称えるべきものだ。……なあ天音。君の切り札、あと何枚残っている?」

             

             せせら笑う彼は、つい先程階下で何が起きたのか、その目で見てきたようだった。
             そんな瑞泉に、揺波の奥歯がギリ、と軋む。
             彼女の手が、懐より取り出した神代枝を砕き、眼前に放った。

             

             天音揺波という存在が、戦いに向ける想いは単純だ。執着、歓喜、恐怖ーーそれら全ては、己が勝利することに紐付けられている。彼女にとって、戦いの相手とは勝ち負けとそこから生まれる想いを共有する同胞以外に大きな意味を持たなかった。
             だが、古鷹との望まぬ戦いを経て、自分の大切なものを目の前の男によって歪められた揺波は、ある感情を覚えていることに気づいた。

             

             殺意。
             勝敗を越え、喜怒哀楽も越え、生まれて初めての感情が、心の底からふつり、と湧いていた。神代枝の軌跡から引き出すように顕現させた斬華一閃は、限界を超えてむしろ凝縮された彼女の感情を代弁するかのように、鋭利な煌きを放っている。

             

            「ふっ……構わんよ。やろうじゃあないか。楽しい楽しい決闘を」
            「……っ!」

             

             桜もなければ、宣誓もない。
             偽りの決闘を終えた矢先に始まるのは、決闘でもなんでもない。
             一歩、踏み出したそれが、戦いの始まりを告げる合図だった。

             

             

             

             

             


             空間を切り裂くのは、鉛の塊だった。
             眼前にあてがった結晶の盾が、それを外側へと弾き、砕けた。

             

            「はッ!」

             

             次弾を撃つまでの一瞬の隙をついて、脚を前へと踊らせた揺波は、右の耳の傍を小さな何かが高速で駆け抜けていった感触を、その場に置き去りにした。
             瑞泉がまず構えたのは、ヒミカの情熱の炎で弾を撃ち出す銃だった。揺波にとってその炎は、燃え上がる城や里を想起させるものである。しかし今の彼女が考えるのは、久しぶりに見たその銃口に、身体がきちんと追いついているということだった。
             何より、今の揺波にはあのときになかったものがある。

             

            「行って!」

             

             指示するように左手で瑞泉を指し示すと、ざわめきをもって集まってきた桜の光の球たちが、一つの流れを作って敵へと殺到せんとする。目の前に厚い結晶の壁を作り、弾丸の雨の中で揺波も同時に間合いを詰める。
             龍ノ宮はあのとき、間合いを詰められきったと理解するや武器を持ち替えた。
             遠距離戦を挑んでくる相手を前に、揺波ができることは唯一つ。いかに少ない犠牲で己の得意な近接戦に持ち込ませるか、ということ。二柱がどちらも近距離が苦手ということは考えにくい以上、近接武器を持ち出させるのが初手の狙いだった。

             

            「おぉ、怖い」

             

             先に襲いかかった光の奔流を前に、瑞泉はその頭に角のついた兜を顕現させた。威力を減衰させられた桜の光たちは、無念とばかりに周囲の空間に溶けていく。
             銃と兜。その二つの力を確認した揺波は、守りの力ごと打ち砕かんとする気概で刀を握る手に力を込める。
             そして、至近距離で脅威が少ないことが露呈した相手の腹を切り払おうとした。
             だが、

             

            「な……!」

             

             瑞泉の身体が、後方へ浮いた。
             決して飛び退いたというわけではない。桜の光に頭を押さえつけられている以上、予備動作なしに躱すことなどありえないはずだった。ヒミカの力による爆風を利用したのかと一瞬疑うが、そのような音は聞こえない。

             

             視点を少しずらした揺波は、現象の理由を知る。
             瑞泉の背中から、猛禽を思わせるような翼が一対、生えていた。
             人間のものではない。けれど、ヒミカのものでも、ミズキのものでもない。
             三柱目の力に、揺波の身体が僅かに硬直する。
             さらに、

             

            「そうら」

             

             つい、と瑞泉が優雅な手付きで虚空を押しやった。
             それに連動するのは、逃げる瑞泉を追うべく意識を再び前に向けようとしていた揺波の全身であった。
             意図とは逆に、後ろへ跳んだのだ。

             

            「あっ……」

             

             刹那の間に得た感覚は、御することのできない浮遊感と、少しの脱力感。
             無防備ーーそんな言葉が彼女の脳裏をよぎった瞬間だ。
             仄暗い部屋のはずなのに、影が揺波を覆った。
             身の丈ほどもある巨大な鉄槌が、破壊の二文字となって側面から迫っていた。

             

             突然でこそあるが、再度の懐かしき光景に揺波の戦闘勘はすぐさま最適解をーーすなわち、力の奔流を吹き荒らすことによって、威力を低減させる策を呼び起こす。
             けれど、

             

            「ぇーー」

             

             でない。あの嵐が、出せない。
             それが、自らの内に流れる力が、先程の脱力によって滞っているためだと理解したときには、もう遅かった。

             

            「ぉ、ごぁ、ぁッ……!」

             

             暴力をまともにその身に受けた揺波が、畳の上を跳ねるように転がされる。せめて腕で頭への直撃を避けられたことだけが救いだったが、体内の結晶をかき集めてあてがってもなお身体の芯を揺さぶる衝撃に、一度、立ち上がり損ねた。
             なんとか瑞泉を正面に構え直すと、彼は鉄槌を虚空に還しているところであった。背中の翼も消えており、狐につままれたようですらある。

             

            「どうした?」
            「くっ……!」

             

             それでも揺波はもう一度前へと踏み出す。狙いをつけさせないように複雑に距離を詰めるその足捌きは、衝撃の余韻を全く感じさせない。
             間合いに入った揺波は、攻めを組み立てるための牽制として、踏み込みながらも次の流れを意識した斬撃を見舞う。
             対して瑞泉は、手にしていた銃で刀をそらす。そこまでは揺波の想定内であったが、問題なのは彼の手の軌跡から、黒い霧がもうもうと湧き出たことである。

             

            「……っ!」

             

             海玄が繰り出してきたあの不吉な霧だ。
             意表を突かれるものの、彼女にとってはただの目くらましでしかない。その向こう側に消えたとて、刃が防がれるわけでもないことは、先程の戦いでそれこそ嫌というほど思い知っている。
             瞬く間に視界を塞ぐ霧へ、揺波は下から右上へややすくい上げるように刀を振るう。ちょうどそれは瑞泉の下腹を捌くような高さであったが、海玄のときのような嫌な手応えは一切なかった。

             

             空振りという結果を理解する間もなく、黒い霧の中に、白んだ黄色の光が走った。
             バリ、バリ、と。
             まさにそれは雷雲。不吉さの果てに、大自然がもたらす破局が待っているような、そんな無慈悲な力の発露を感じさせる天蓋。
             そこから突き出された爪は、その天の力たる雷を纏い、揺波に迫った。

             

            「ぐ……」
            「ふははっ!」

             

             身を捩り、背中から倒れ込むようにして躱そうとするが、迅雷は揺波の左肩に三筋の痕と僅かな痺れを残す。
             本来ならここから、悪い体勢を立て直すべくわざと転んで跳ね起きる手もあった。だが、揺波にとって近接戦に持ち込むことは本望であり、そのための傷は厭わない。ここでは少しでも距離を詰めたままでいることが、彼女にとっての正解であった。
             ここを逃すことは、勝機を逃すことと同じーーその直感が、揺波に食いとどまらせるだけの力を発揮させる号令となる。

             

             背後に流れそうになった左足を杭を打つように踏ん張り、振り抜いた状態の右腕を、無理やり上段になるよう整える。左手を添えるだけの余裕はないが、勢いをつけるために無駄にする部位は一つもない。
             踏ん張ることで溜め込んだ力を飛びかかる力と変え、爪を繰り出した瑞泉を袈裟斬りにする。それが、現状可能な、最大の反撃であった。

             

            「ぅ、ぐ、あぁーー」

             

             だから、その力を解き放つために、揺波にそれ以外のことを対処する余裕など、ありはしなかった。いや、執念によって無理を通そうとしている中、余裕を残していたとしたら、全ての力を賭すという決断に偽りがあった、ということでもある。
             故に揺波は、結果を先に知ることになる。

             

            「ーーあ……?」

             

             左足の踏ん張りが、突如として効かなくなった。
             蓄えていた力は後ろへと抜け、勢いよく左足だけが持ち上がる。それにつられ、身体は逆に前へとーー瑞泉のいる側へと倒れ込む。

             

            「まったくーー」

             

             瑞泉の言葉と共に、揺波は脚を撫でる冷ややかな空気の存在を知った。
             そして、前へ傾ぐ視界は、彼女の足元だけが凍りついていることもまた、教えてくれた。
             爪の顕現を解いた彼が、その手に無骨な金属の拳を宿したことも。
             その鉄拳が、万全の踏み込みによって、振るわれることも。
             ……己が、無防備であることも。

             

            「愉快だ、なァッ!」
            「が、ぁ……!」

             

             顔面を襲った衝撃に、揺波の思考が一瞬飛んだ。
             殴り飛ばされた身体を止めようと、戻った思考は斬華一閃を突き立てることを選んだ。しかし、揺波が秘めた力ごと衝撃が吹き飛ばしてしまったかのように、ろくに入らない力では、畳の縁で止まった刀身に掴まり切ることができず、手を離してしまう。

             

            「あ……ぅぁ……」

             

             どうにか片膝で立ち上がり、斬華一閃を掴もうとする揺波であったが、その手は空を切る。見れば、斬華一閃の刀身は端から淡い光と消えていくところであった。
             神代枝の効果が切れた。
             ただ、揺波にとってそれそのものは、重要視するような出来事ではなかった。
             今の打撃により、揺波は結晶を全て失った。その事実の裏から囁いてくる敗北の存在に、瑞泉を睨む気力が無尽蔵に湧いてくるようだった。

             

            「は、はははっ! なんだその有様は。無敗のミコトが聞いて呆れるな」

             

             そんな彼女を見下ろしながら、嗤う瑞泉。
             と、鉄拳を含めた全ての武器の顕現を解いた彼だったが、左脇のあたりから着ていた外套の一部がはらり、とめくれ落ちた。

             

            「おっと……避け損ねたか」
            「それ、は……」

             

             わざとらしく肩をすくめる瑞泉とは対照的に、揺波が目を見開いたのは、彼のその外套の下にあるものを目にしたからであった。

             

            「気になるか? まあ、破れたままというのも不格好だからな」

             

             そう言って外套を脱ぎ捨てた瑞泉が纏っていたのは、奇怪な鎧であった。
             護りというにはあまりに隙間が多すぎるその鎧は、木を纏っている、と表現したほうが近いような代物で、身体の線に沿って幾本の木が蔦のように柔軟に張り付いて形を成している。
             そして最も目を引くのが、胴や袖、草摺にあたる部位に、いくつも埋め込まれた歯車である。当然のようにそれらは回転を続けているが、全体で揃っているということはなく、部位ごとに固有の時を刻んでいるようだった。

             

            「まさか……」

             

             揺波にとってその意匠は、今まで瑞泉が繰り出してきた理不尽な攻撃に、ある悪夢のような説明をもたらすのに十分なほど示唆的であった。
             揺波は、分かっていたはずだったのに、その理解でも不十分だったのである。
             これが、ただの戦いであるということを。
             この世を覆そうとしている者に、予断を持ってはならなかったのだと。

             

            「そうだ。これは君の想像通りのもので違いない」

             

             見せつけるように胸を開いてみせた瑞泉は、

             

            「知っての通り、複製装置はメガミの力を引き出すことのできる道具だ。君が使われたことがあるのは……<雫>に<滅>、それに<焔>といったところかな。ああ、架崎と浮雲を忘れていた。<空>に<雷>、それと<氷>もだな」
            「…………」
            「私は、それらの複製装置を扱うことができる。同時に、だ。正確には、それら『も』と言うべきだな。<護>、<巌>、<力>、<算>、<顎>、そして<忍>……計十二の複製装置を適切に連結し、内包したこの鎧があれば、私はその全ての力を使いこなすことができるのだよ」

             

             そして、彼は告げる。

             

            「これぞ名付けて、 神帯鎧 かみおびのよろい

             

             優越感に浸る瑞泉の言葉は、揺波にとって絶望の追認でしかなかった。一人を相手にするミコトにとって、想定外のメガミの技はそれだけで脅威である。それが十二柱分ともなれば、苦境は筆舌に尽くしがたい。
             その数のメガミが被害を受けているという現実は、揺波がここに立っている意味をさらに強めるものだ。けれど、どれほど背中を押されようとも、流れた涙の分だけ敵が強大になっている事実は変わらない。

             

             まだふらつく身体の回復を待つように、揺波は疑問を投げかける。

             

            「それも、クルルってメガミが、作った……ものなんですか」

             

             深く考えず、湧いた言葉をそのまま発しただけの問いに、瑞泉は失笑を漏らした。

             

            「この鎧はな。瑞泉の技術の粋を集め、クルルの閃きを分析し、そして私が最大限に活用できるように作り上げたものだ。メガミからの幸を待っているだけの我々ではない。侮ってもらっては困るな」
            「…………」

             

             てっきり、発明のメガミとやらが全ての謎の現象を生み出しているのだと思っていた揺波は、敵ながら瑞泉のことを評価せざるを得なかった。
             彼女には複製装置自体の使い勝手は分からない。けれど、特異な状況とはいえ最近ようやく二柱の力をそれなりに扱えるようになった経験から、複数のメガミの力を使いこなすことを容易いと断ずることはできない。
             彼もまた、天才であり、努力を重ねた達人ーーそう、認識を改める。

             

            「で……もう終わりか?」

             

             歩を進め、窓からの景色を眺める瑞泉の声は、せせら笑うそれだ。それに混じっていささかばかりの期待が込められているのを、揺波は感じ取っていた。
             待っていてくれるのであれば、それでいい。
             いくら下に見られようとも、息を整える時間には代えられない。
             結果こそが全てなのだから。

             

            「まだ……まだっ……!」

             

             回答と、次の神代枝が砕かれたのは同時だった。
             斬華一閃を手中に顕現し直し、屈んだ体勢から弾かれたように飛び出した。

             

            「そうこなくては!」

             

             愉悦を表す瑞泉が手を掲げる。それを合図として、彼の背後からいくつもの氷の礫が揺波へと吹き付け始めた。指先ほどの大きさからこぶし大のものまで、険しい北の吹雪よりもなお険しい道程が、彼女の前に広がった。
             小さいものであれば、当たろうが無視するだけだ。けれど、堪えるには大きすぎる氷塊には回避を強要され、思うように前へと進めない。

             

             さらに、胸元に迫った礫を、刀を小さく合わせて断ち切ろうとしたときである。
             礫がいきなり軌道を変え、揺波の腹部に突き刺さった。

             

            「う、ぐ……!?」
            「計算外という顔だな?」

             

             見れば、雹の届かない遠くに佇んでいた瑞泉は、その手に持った算盤を弾いていた。
             指が珠を弾くたび、氷の礫がぐにゃりと進路を変える。なまじ視認できる速度だからこそ追っていたそれらが揺り動かされ、回避と防御の狭間で脳が悲鳴を上げ始める。
             結局、眼前に斬華一閃を掲げ、意識を脅かす致命的な一打だけを防ごうとするも、計算を狂わせる珠算がある限り、状況を覆すための一手を計算することも難しい。

             

             そして、刀では防げない脚へと礫が迫ったときだ。
             無理やり前方への脱出を図ろうとした揺波は、視界の端できらめく何かを見咎めた。

             

            「ーーっと……!」
            「惜しい」

             

             差し込む月光を受け、足元で怪しく光るのは、極細の鋼線で編まれた迷宮。
             結晶の盾も構えずに勢いよく一歩を踏み出そうものなら、脚をずたずたに切り裂かれているところであった。味方を罠に巻き込んでは本末転倒だ、と忍の里で見せてもらっていなければ、気づかず術中にはまっていただろう。
             もちろん、回避を中断した揺波の脚を、前進する意志をくじくように硬い氷塊が打ち付ける。

             

            「い、っ……」

             

             肩代わりされてなお襲ってくる鈍い痛みに、けれど揺波は乱された先を見出していた。
             割合あっさりと至近を許した先ほどまでとは打って変わって、今の瑞泉は近づくことすらも許さないような立ち回りを演じている。それを叶えるだけの豊富な攻撃手段には舌を巻くしかないが、その変化が揺波にとっての鍵だった。

             

             焦り。保身。
             からかって野良犬に手を出したら、噛まれてしまったような、そんな心変わり。
             怯えるほどではないのだろう。けれど、疎んではいる。
             危険を自ら招くことを思いとどまった彼の真意ーーそれは、その危険が命を脅かす、取り返しのつかない失敗の元であると認識したためだ。

             

             海玄同様、彼もまた、その身を守る桜花結晶を持たない。
             どれだけ多くのメガミの力を扱えたとしても、斬りつけられれば死が待っている。
             見た目よりも遥かに遠くなった彼我の間合いは、そのまま瑞泉の命の残量だ。

             

             近づいて、致命の一撃を浴びせるーーそれが唯一にして最短の解である。
             揺波の本能は、それ以外の一切を切り捨てることを、己に許した。

             

            「斬華六道・羅」

             

             それは、自分への号令のようなものだった。
             今まで氷の礫に耐えながら、鉄の糸をいかに越えようと画策していた揺波が、目の前に広がった困難を断ち切るように、虚空を両断した。張力を失った鋼線がゆらめき、力なく畳へ落ちるが、宙に渡った細い光がなくなることはない。
             だが、

             

            「斬華六道ーー餓」

             

             

             斬華一閃を正眼に構えた揺波は、そのままの姿勢で前へ飛び出した。
             残った鋼鉄の糸に己の脚を引き裂かれても、構うことなく。
             軌道を変えて横殴りに飛来した氷の礫に打撃されても、構うことなく。

             

             天音揺波の桜花決闘は、勝利への道筋があるのなら傷を負うことも躊躇わない、そんな執着を体現する戦いである。
             しかし、これはもはや、決闘に勝つための戦い方ではない。
             ただただ目の前の敵を斬ることだけに特化した揺波は、己の内で燃える意志を賭すために、保身のための計算すらも打ち捨てていた。
             勝利という結果ではなく、斬り伏せるという目的にこそ、全神経が注がれる。

             

            「む……」

             

             変化を捉えたのは瑞泉もまた同様だった。淡々と猛進の足音を刻む揺波の気迫に、思わず表情を歪める。
             彼は礫の弾幕では不十分と見て、背中に生やした翼で宙へ浮かぶ。さらに、周囲に水球と黒い霧が出現し、それでも足りないと見てか、両側面に角を生やした、護りの象徴たる桜色の兜までをも顕現させる。

             

             瑞泉の判断は、正しい。
             今の揺波は、どれほど妨げられようとも、止まることはない。

             

            「ああぁぁぁぁッ……!」

             すぐにやってくるであろう痛みを覚悟するように、雄叫びを上げながら揺波は躊躇することなく瑞泉の守護領域に飛び込んでいく。
             まず、文字通り冷や水を浴びせるように、水球が揺波に向かって弾けた。ただ、彼女を襲ったのは刺すような冷たさではない。じゅう、という音が身体のあちこちから生じ、結晶で負担しきれなかった皮膚がひりついた痛みを訴える。

             

             酸の飛沫を抜けた矢先、次は黒い霧が彼女の腕にまとわりつく。込めていた力が、霧散してしまうかのように端から気力ごと抜けていくようだ。
             一気に前へ跳躍することで振り切るが、瑞泉へ肉薄したにも関わらず、一拍、斬華一閃を振るう手が遅れる。
             羽ばたき、剣戟を避けた瑞泉は、ついでとばかりに今一度大きく翼を動かした。

             

            「ふんッ!」
            「……っ!」

             

             生み出された強烈な風が、獲物を捉えそこねた揺波を押し返そうとする。
             しかし、そこで踏みとどまった揺波は、跳躍と共に鋭い突きを瑞泉の顔めがけて繰り出した。

             

            「あァッ!」

             

             高低差を物ともしない神速の一撃に、体捌きを満足に行えなかった瑞泉は、高度を下げながら顎を引くことで、切っ先を兜のある頭へずらすことを選択した。硬い感触に弾かれた斬華一閃が、誰もいない天を向く。
             加えて瑞泉は首を捻り、角に斬華一閃の刀身を巻き込んで床へ叩き落とそうとする。
             けれど、突然揺波の得物は、光と散った。

             

            「……!」

             わざと還した顕現武器を見送る間もなく、無事着地した揺波。その間際、もう一度顕現させなおした彼女の目は、瑞泉をーー彼に浴びせる一太刀を、もう見据えていた。
             高度を落とした瑞泉に覆いかぶさるように、揺波は再び跳び上がる。
             繰り出すのは、いくつもの勝利を得てきたあの技。たとえこれが決闘ですらない、泥にまみれるような戦いであろうとも、切れ味に不安があろうはずもない。

             

            「つき、かげっーー」

             

             生まれて初めて、ただ斬るためだけに、刃は振り落とされた。

             

            「おとおぉぉぉぉしッッ!!」

             

             

             対し、

             

            「チッ……!」

             

             瑞泉の兜がさらに光を強め、彼を囲む光の城壁が即座に展開される。回避不能と判断した彼は、真っ向から防御することを選んだ。
             壁は、揺波の刀を受け止めた。
             一瞬の静寂の後、衝突の余波が四方八方に撒き散らされ、爆発したかのように部屋の調度や畳、天井が吹き飛んでいく。

             

            「ううぅぅぁぁぁッッッ!!!!}
            「ぐ、ぐぅ……!」

             

             爆心地での拮抗は続く。刃は、確実に壁に食い込んでいた。
             最初の衝撃の余波を耐えきった双方だったが、両手で叩き込むように刀を押し込む揺波のほうが、重さを威力に転じられる分有利だった。無論、己の力を、そしてメガミの力を燃やし尽くさんと刃に乗せた爆発力は、高さ程度に左右されるものではない。

             

             もはやそれは、斬るというよりも、力をぶつけると表現するべき一撃だった。
             真っ直ぐに放たれたそれが、瑞泉の守りをじり、じり、と粉砕していく。
             そして、ダメ押しとばかりに意気を込めた。

             

            「はぁぁぁ……ーーァァァッ!!」
            「な……!」

             

             光の城壁が、崩れ落ちた。
             威力の大半を減衰させられながら、守りを打ち砕いた斬華一閃のその向こうに、むき出しになった瑞泉の顔がある。

             

            「くそ……!」

             

             地に引かれるように吸い込まれていった刃は、咄嗟に出された瑞泉の左腕によって致命の一撃とはならなかった。篭手の部分に据え付けられていた歯車たちは、主の身を守るようにして破壊される。
             ただ、繰り出した月影落の威力はそこで全て使い果たしてしまった。腕を断ち切って胴に届かせる余力はもうなく、揺波の身体はあとは無防備に着地するのみとなった。

             

             そこを見逃す瑞泉ではない。
             すぐさま鉄拳を右手に顕現させた彼は、邪魔だとばかりに城壁の残骸を踏みしめ、揺波の腹部を目一杯の力で殴り上げる。

             

            「はァッ!」
            「ごっーー」

             

             打点をずらすこともろくに叶わなかった揺波は、自分の結晶が全て吹き飛んだことを悟った。衝撃に、打点から身体が浮き上がり、打ち払われた斬華一閃が消滅する。


             けれど、揺波の瞳から光が失われることは、やはりない。
             この好機に、彼女の意志が叩き潰されることは、ない。

             

             強靭な意志をもって、両の脚をしかと床に着けた揺波の手は、迷うことなく次の神代枝を砕いていた。
             懐から抜き払うように掴み取った斬華一閃を手に、

             

            「やあぁぁァァァッ!」

             

             全力の守りを打ち砕かれた瑞泉へ、斬りかかる。
             ……それで、終わるはずだった。

             

            「……!?」

             

             大上段に振り上げた手が、動かない。
             後ろから、腕に巻き付けられた縄のようなもので、引っ張られているような感触。

             

            「やれやれ……その執念、恐ろしいにも程がある」

             

             冷や汗を流す瑞泉が、その言葉と共に深く息をつく。
             揺波の手には、影の茨が巻き付いていた。
             この城に到着するなり、襲ってきたあのメガミの茨が、腕に、身体に、脚に、瑞泉への進撃を妨げるかのように、絡みつく。

             

            「ウツロに力を貸しておいてもらって助かったな。この鎧でもまだ足りないとは」
            「はな、してっ……!」
            「だが、それももう終わろう」

             

             す、と掲げられた瑞泉の右手が、天を指す。
             衝撃波によって崩壊していた天井を越え、その指先は、星空の中、次第に集まってきた黒い雲を示していた。

             

            「天雷よ」

             

             

             それは、天の怒りを示すように。
             それは、天の嘆きを示すように。
             雷鳴轟く暗雲から、数多の雷撃が揺波へと落とされた。

             

            「が、あぁ……」

             

             己の内側から何度も焼かれるような痛みと痺れに、結晶の絶対的な不足が脳裏をよぎる。神代枝を使ったばかりだろうと、このまま打たれ続けては、心の前に身体が焼ききれてしまう。
             必死の抵抗で後ろ手に茨を何本か断ち切る揺波。そしてすぐさま、神代枝を納めていた帯の中へと手を伸ばす。

             

            「ーーーー」

             

             絶句。
             さらなる守りを求めて伸ばした手が、あの感触を得ることはなかった。
             与えられた神代枝は、すでに使い果たしてしまっていた。

             

            「ははは、ははははッ! 万策尽きたか、天音揺波……!」

             

             その哄笑に見返す手段はない。
             頭上で轟く雷鳴が、彼女の終わりの刻を告げているようだった。

             

             

             

             

             


             急な制動によって速度を得た剣の鞭が、空間を食い破るように現れた影色の壁に吸い込まれていった。
             悠々と攻撃を無力化したウツロが大鎌を振るえば、威力がそのまま飛来する影の刃という形となって、サリヤへと襲いかかる。

             

            「く……ぅぁッ!」

             

             無理やり舵を切って、地を這う刃を紙一重で躱す。
             サリヤの息は荒い。蛇のような姿に変形したヴィーナ自身の兵装のみならず、自らも剣ととって傷を負わせようと試みていたものの、実態はこのような一方的な展開の中、辛うじて踏みとどまっているというのが現状だった。

             

             千鳥も佐伯も倒れ、ジュリアを下ろすという非常手段に出てもなお状況が好転する兆しは見えない。遠くから破壊を撒き散らすウツロに対して逃げ回り続けるのは至難の業で、背後に負傷者がいては行動はさらに制限される。

             

             あとはもう、サリヤの体力が尽きるのを待つばかり。
             さしものジュリアも、倒れる佐伯の傍で絶望に瞳を濁らせ始めた、そのときだった。

             

            「ここは私がーー」

             

             突如、風のように場を駆けた白と青で彩られた人影が、ウツロへと肉薄する。
             大鎌の柄に抑えられたその一薙ぎは、八相の構えから振り落とすような薙刀によるもの。

             

            「お相手、します……!」

             

             激突による衝撃が場に広がり、ギリギリとした膠着が生み出される。
             闖入者たるサイネに、緩慢な動きでウツロの視点が移された。

             

            「メガミ……? 面倒。でも……」

             

             形を持たない鎌の柄を、ウツロの小さな手が、さらに強く握りしめられる。

             

            「負けない……!」
            「望むところですッ!」

             

             注目を引きつけられたと悟ったサイネは、一撃を防いだ柄の上で刃を素早く滑らせ、刀身側を握っていたウツロの右手を離させる。そこから振り戻した刃を間断なく繰り出し、ウツロを攻撃の渦中に縛り付けた。
             と、突然の出来事に理解が追いついていないサリヤに、場違いに能天気な声が呼びかける。

             

            「サリヤさぁーん!」
            「ヘイタくん!? じゃあ……!」

             

             腕を抑えながら駆けつける楢橋に先行して、忍装束に戻った千影と藤峰が負傷者の運搬と手当にあたる。予定されていたメガミ救助班の面々が、援護として到着したのだ。
             主が気が気でなかったサリヤは、ウツロと激しくぶつかりあうサイネをよそに、ジュリアの下へとヴィーナを走らせる。疲れから、安堵なのか、制御しきれずに一同の集まった傍にある塀に機体の端を軽くぶつけてしまう。
             そんな彼女の様子を見て、千影が蓋のついた小さな竹筒をサリヤに投げて渡す。

             

            「飲んでください。気休め程度ですが」
            「あ、ありがとう……」
            「ほら、千鳥も。寝てたら巻き込まれて死にますよ」

             

             朦朧とした意識の千鳥の口へ、薬液を無理やり突っ込む。同じような有様になっていた佐伯は、千鳥よりは軽症のようで、増えた面々にきちんと焦点を合わせ、薄く微笑んでいた。
             そんな中、現れた希望にすがりついたのはジュリアだった。

             

            「カミシロノエは……カミシロノエは、アリマセンカ!?」

             

             結果を見守ることしかできなかった彼女は、ぼろぼろになった従者たちに心を痛めていた。その痛みが、状況を少しでも改善できる力を持つ、己の生み出した道具を求めて止まない。
             だが、言い寄られた藤峰は、首を横に振った。

             

            「エ……」
            「すまない、こちらもなくなった。ただ、メガミを一柱、救出に成功した。助力も快諾してくれた」

             

             藤峰の険しい視線は、奮戦するサイネへと移り、そして天守の頂へと注がれた。

             

            「どうにか時間を稼ぐしかない。天音の勝利を祈って……」
            「ソンナ……」

             

             か細い希望に顔を伏せるジュリア。メガミの助けが得られても、ウツロの強さを目の当たりにしてしまった彼女は、決して現状を楽観視できない。謳われし存在としてウツロを認識する藤峰たちであればなおさらである。
             ただ、首の皮は一枚だろうと繋がっている。彼らの勝利条件は、ウツロの打倒ではなく瑞泉驟雨の打倒なのだから。

             

             そのためには、捨て身の覚悟でウツロを止める必要も出てくるだろう。
             だが、

             

            「がッーー」

             

             そんな決意を挫くように、空色の矢が一本、藤峰の右の太腿に突き刺さった。
             被弾の衝撃に藤峰が倒れ、苦悶の表情を浮かべる。血管を著しく傷つけたのか、鮮やかな血が傷口からわらわらと溢れ出してくる。

             

            「あ、ぐぁ……!」
            「キャァァッ!」

             

             目の前で血を見たジュリアの悲鳴をよそに、武器を持つ者は臨戦態勢に移る。
             その中でも千影は、矢の特徴に忌々しげに舌打ちを一つ鳴らすと、油断なく苦無を構えながら上空を見上げた。

             

            「浮雲……!」
            「相変わらず不景気な面晒してるじゃない、闇昏」

             

             夜空に映える、空と桜を混ぜ合わせたような色合いの翼。矢を放った残身をゆるりと解きながら、その場で羽ばたく浮雲は千影を見つけて嘲笑う。
             その余裕は、決して高度の差だけから来るものではなかった。二人、三人、と同じ翼を生やした者たちが、空を駆けて浮雲に並び、手にした弓に空色の矢をつがえる。

             

            「うそ……。だって……!」

             

             呆然とするサリヤの目には、外側から風を纏って塀に乗り上げてきた男たちの姿が映っていた。
             増援。援軍。
             土石流によって兵力を分断したこの作戦は、その妨害を敵軍が乗り越えるまでの時間で決着を着けることが大前提であった。少数精鋭の侵攻は、隠密行動と小回りのよさに利点を置くが、多勢に無勢という状況だけは避けなければならなかった。

             

             だが、浮雲の率いてきた兵たちは、着実にその数を増やしている。大軍というほどではなく、足の速い限られた人員であることは予想できるが、それでも手負いでメガミの力もないサリヤたちを制圧するには十分と思われる数である。
             そして何より、一度決壊した堤防は、その亀裂から洪水を吐き出すもの。
             奇襲によって稼いだ優位は、もう失われ始めていたのだ。

             

            「ち、ちちちち千影ちゃん? お知り合いなんだったら、せめてオレっちだけでも見逃させてくれない……?」
            「…………」

             

             黙殺する千影の目がせわしなく動く。目的を果たしきれていない彼女に、この現実はあまりに酷だった。
             そして、

             

            「……!?」

             

             天が唐突に唸りを上げ始めたかと思うと、ガガッ、ガガッ、と稲光が轟音と共に千影たちの目を焼いた。
             天雷は、瑞泉城の頂に降り注いでいた。
             痛みに歪んでいた藤峰の顔が、なお蒼白なものと化す。

             

             月明かりに浮かぶ、浮雲の壮絶な笑みが、声に出さずとも彼我の関係を物語っていた。
             絶体絶命にして、唯一の希望も光に焼かれた。
             誰もが言葉を失い、降りた沈黙に、遠く、メガミ同士の剣戟の音だけが慰みのように響いていた。

             

             

             

             

             


             しかし、このような絶望の中で、密かに笑みを湛えていた人物がいた。
             哄笑を響かせる瑞泉でも、獰猛に笑う浮雲でもない。
             この場において、その笑みに気づいた者はおそらくいなかっただろう。

             

             そして、彼だけが、その声を聞いていた。

             

            「機は熟しました。今がその時」

             

             最初に反応したのは、人の理を超えた二柱。次いで千影と浮雲が反応し、後の者は彼女らの動向を追うようにそちらへ目を向けた。


             その刹那ーー

             

             轟、と。
             世界が壊れるような音が、全員の身体を震わせた。

             

             

             

             

             


             命を取り合うような泥臭い戦いに、反則も何もあったものじゃあない。
             無敗で知られる天音揺波も、十二の力の前にはこうして膝を折った。
             瑞泉驟雨は決して大言壮語を吐いていたわけではなかったということさ。
             こうして彼女らは敗れ、物語は絶望で終わった。

             ――と、締めくくるのはまだ早いようだね。戦場に響いた轟音は、果たして……?

             

            語り:カナヱ
            『桜降代之戦絵巻 第五巻』より
            作:五十嵐月夜  原案:BakaFire  挿絵:TOKIAME

             

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