コラボカフェが再びやってくるぞ!

2018.07.27 Friday

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     こんにちは、BakaFireです。向こう数週間、本作は様々なイベントを控えております。まさに明日28日に開催される大阪での大規模大会「炎熱の大交流祭」翌週の8月4日、5日を開催期間とする『第壱拡張』のプレリリース大会、そしてその翌週には8月10日から12日にコミックマーケット94が開催され『第壱拡張』の先行販売が行われます。

     そちらに向け、本日はこのブログだけでなく、公式サイトに特設ページを更新いたしました。そちらのページでは『第壱拡張:神語起譚』にまつわる様々な情報をお伝えしております。お時間が許すならば、ぜひともお越しくださいませ。

     重要ですので、コミックマーケット94での頒布場所だけはこちらの記事でも掲載しておきましょう。西4階企業ブース3213「ラッセル」となります。また、今回は製品は置いてはおりませんが「DLsite.com/にじよめ」でもPVなど上映しております(片方で完売した際に誤解を招くなど、混乱を避けるための措置となります)。

     しかしそこまでで一段落というわけではありません。『第壱拡張』の発売後を盛り上げるため、次の素晴らしいイベントも用意いたしました! そう、昨年12月に開催され、大好評のうちに幕を閉じたコラボカフェの第二段を開催するのです!

     



    第二段はよりワンダフルな内容に!

     

     場所については前回と同様に上野のボードゲームカフェ「ムスビヨリ」様となります。開催期間は8月18日から9月下旬までの約1か月間。前回よりも長い期間にわたってお楽しみいただけます。

     

     

     

     前回と同様の文言となりますが、ムスビヨリ様は和風をコンセプトとしたボードゲームカフェであるため、本作の世界観を再現しやすく、さらにゲームを遊ぶ場でもあります。まさしく本作とコラボするにはベストと言えるでしょう!
     
     これもまた繰り返しとなりますが、ご協力いただきました創作集団タルヲシル株式会社様、株式会社エイシス様、有限会社センキ様に、この場で深くお礼申し上げます。
     
     
     さて、内容がパワーアップするとのことですが、実際のところ何が変わるのでしょうか。第二段をやるにあたって重要なことですが、前回十分に良かった点を無理に変えすぎる必要はありません。事実、特典、イベント、店内仕様など多くの点は前回の形が保たれています。
     
     それではより良くできる部分とは? お答えしましょう。メニューです! 今回はより本作のメガミたちの個性を活かせるよう、メニューの内容によりこだわっているのです。
     
     実際のところ前回は私もムスビヨリ様もコラボカフェを行うのは初めてで、手探りである個所が多かったのは否めません。今回は前回の知見を活かし、より余裕のある状態でメニューの開発が行えたのです。メニューの内容には大いに自信があります。開催時期の直前には、メニューに関しての記事を1本書かせて頂きますので、ご期待くださいませ!
     
     おおっと、このように焦らすだけでは実につまらないというものですね。開発中のメニューの写真を、ひとつご覧いただきましょう!

     


     
     
    前回同様、様々な企画もございます。

     

     上記の通り、前回でご好評いただきました様々な企画は今回も踏襲しております。改めてご紹介いたしましょう。
     
     
    店内が桜降る代仕様に、さらに対戦卓を常備します!

     

     開催期間中、店内は本作のメガミたちや桜花結晶により彩られ、スペシャルな内装になります。さらにテーブルのいくつかには本作のボードと桜花結晶が常備され、お越しになればすぐに対戦できるようになるのです!

    ※ 本作常設ではない卓もありますので、他のボードゲームもお楽しみいただけます。

     


    限定コースターの付いた特別メニューも登場!

     

     期間中はメニューの中に、本作をイメージした限定メニューが登場します。メニューの詳細は近日中にムスビヨリ様にて発表されますので、ご期待くださいませ。

     さらにそれらのメニューをご注文いただきましたら、特典としてメガミのイラストが描かれたコースターをランダムに1つお贈りいたします。
     
     そしてこちらのコースターは第二段となります。前回はユリナ、サイネ、ヒミカ、トコヨ、オボロ、ユキヒ、シンラといった基本に近いメガミたちでしたが、今回はハガネ、チカゲ、クルル、サリヤ、ライラ、ウツロ、ホノカといった拡張のメガミたちに注目しているのです!

     


     

    オープニングイベント、エンディングイベントももちろん開催!

     

     特別な日付にはもちろん特別なイベントを開催いたします。初日、8月18日と最終日には大会も楽しめるスペシャルな交流会が開かれます。特に初日は私、BakaFireが参加するだけでなく、イラストレーターのTOKIAME先生にもお越しいただきます。新たな祭の開幕を、一緒に楽しみましょう!
     
     店内面積の都合で参加できるのは20名までとなりますので、イベントへの申し込み開始時刻は前回と同様に、厳格に時間を決めて開始させて頂きます。
     
     そちらの日付や時刻につきましては来週の私の記事で間違いなくお伝えできるようにいたします。お手数おかけして申し訳ございませんが、そちらをご確認ください。
     
     
    毎週1回の平日大会や中間イベントも開催!

     

     さらにコラボカフェ期間中は毎週1回、ムスビヨリにて平日大会を開催いたします。ちょうどコラボカフェ期間はシーズン2の序盤。新たな環境を見定めるべく、修練を重ねると共にカフェも楽しんでしまいましょう!
     
     それに加えて9月頭には一風変わった特殊ルール大会による中間イベントも開催いたしますよ! クレイジーなお祭りにもご期待あれ!

     


     今回はここまでとなります。本日はコラボカフェ以外にももうひとつちょっとした記事を書かせて頂きます。そちらもお見逃しなく!
     
     次回の更新は来週、大会イベントが次の時代へと進む話をさせて頂きます。併せてコラボカフェのオープニングイベントの予約開始時間もお伝えいたします。ご期待くださいませ。

    『桜降る代の神語り』第60話:狂気の坩堝

    2018.07.20 Friday

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       誰でも脅威の不在は願うものだろう。生きている限り、人は安心を求めるものだ。闇昏千影は最悪なことに、そんな大いなる脅威――それも、狂気そのものと出くわしてしまった。

       

       一度離れられたことは、状況としては幸運だろうね。しかし、心のうちにおいてはどうかな。居るか居ないか分からなくても関係ない。いやむしろ、分からないからこそ恐ろしいんだ。脅威も、狂気も、そこにいるかもしれないからこそ恐ろしいんだからね。

       

       

       


       最初私は、叫びたい衝動を抑えるのに必死だった。

       

      「はぁーっ……」

       

       一つ、最後に大きく息を吐いて、荒れる感情をなんとか胸の内に留めることに成功する。それでも、ホロビとの再会を邪魔された怒りは、私を取り囲んでいる薬品棚をいつ拳の形で襲うか分からなかった。
       何も、まさにその瞬間に来ることはないのに。
       あのメガミの言動から察するに、滅灯毒から発されるホロビの気配に惹かれてきたようだ。少しくらいは覚悟していたが、かといってどこかに置いてくるなんてできない。ホロビ自身の気配と混ざればあるいは、と思っていたけれど、無駄だったようだ。

       

       ひとりぼっち。その感覚に、少し身震いした。ホロビを奪われ彷徨っていたあのときに似ているようで、もっと相応しい出来事があるような気もする。
       クルルの道具の効果は、理屈こそ不明なものの結果は歴然。床板を叩いて符丁を送ってみても、藤峰は反応しなかった。受け取る余裕がないのか、受け取れるほど近くにはいないのか……おそらく後者だろう。
       幸いだったのは、周辺に人の動きがなさそう、ということ。クルルが私を捕まえるのに、研究員たちを動員しないとも限らなかったが、至って静かなままである。

       

      (だから、まだ、千影にはやれます)

       

       クルルのあの様子では、私と離れ離れになったのは誤算のはずに違いない。ヤツが私を見失っているうちに、一人だろうとホロビを助け出すのだ。
       もちろん、他二人との合流なんて待てるわけもない。より広域の符丁には口笛などを使うが、それですら発見される手がかりになりかねない。半ば偶然でやり過ごせたが、もう一度クルルに見つかることはそのまま死を意味する。それだけは、断じて避けなければならない。絶対にだ。

       

       屋敷のどこぞとも知れない場所に移動させられたのは、ある意味運が良かったかもしれなかった。どちらにせよ、隠し部屋への扉をどう開けるのか、調べる必要があったのだから、押し通って引き返すよりも被害は少なく済んだはずである。
       あの場所まで戻りながら、手がかりを手に入れる。言うは易く行うは難し、と言ったところではあるものの、これは絶対にやり遂げなければいけない任務だ。ここで引き下がったら、より厳重な場所にホロビが移される可能性だってあるのだから。

       

       そうと行動方針を決めた私は、念を入れて周辺の音を再び探ってから、慎重に廊下へ身を躍らせる。ただ薬が置いてあるだけの場所にもう用はなかった。
       研究所は、ついさっき死線を潜り抜けたのが嘘のように静寂に沈んでいた。無音が耳に痛いのは夜間の潜入任務では普通だが、それにしても度を越している。かなり外れのほうにいるのだろうか。落ち着かせたはずの心臓の音が耳障りで仕方ない。
       と、一つ向こうの曲がり角で、灯りがゆら、と。

       

      「…………」

       

       じっ、と。押し黙って、止めた抜き足に力を込めて構える。
       だが、誰かが現れる気配はない。足音もないことを確認して、再び歩を進める。
       クルルは研究員たちとは違い、灯りを持っていなかった。だから、注視すべきは増す明るさではなく落ちる影。今回は行灯の炎がただ揺らめいただけのようだったが、いつそれがあのメガミがやってきた証になるとも限らない。

       

       ふすまに耳を当て、中に誰もいないことを確認してから、指二本分ほど開ける。そして、らしいものがなければ次へ。
       各部屋を吟味する時間もない今、私が探しているのは私室だ。それも調度が整っているものが望ましい。地道な潜入であれば迂闊な覚書をゴミから探してもいいが、秘密を握っているような立場ある者の身の回りから調べるのが最も手っ取り早い。

       

       ひと部屋、またひと部屋と覗き、僅かながら埋められていく地図からの推測も交えながら、努めて冷静に探索を急ぐ。
       そして調べた数が十を超えた頃、突き当りに設けられたふすまに珍しく鍵がついていることに気づいた。ふすまの縁と柱に用意した取っ掛かりを両方またぐように錠がかけられている。見上げれば、欄間には歯車を並べた模様の彫刻が成されていた。

       

       漂ってくる当たりの匂いに、私は取り出した二本の針をすぐさま鍵穴に差し込んだ。その錠は一応の警戒のつもりなのか特別なものではなく、あっさり外れてしまう。罠の可能性を考えてしまうほどだが、私には部屋の主に心当たりがあった。
       私室というより広間のほうが似つかわしい畳敷きの部屋に侵入した私は、爪の先ほどの隙間だけ残してふすまを閉じた。書き物机の上の硯には墨汁がまだ揺蕩っており、束にして積んでいたであろう資料の山が、その脇で見事に崩壊していた。

       

       座布団の横で空になっている金色の茶碗を見て、ここがクルルの手下である五条の部屋だと確信した。短い付き合いだったが、クルルの前では迂闊に出せない見栄っ張りを、こういった趣味の悪い調度品で発散していたことは知っていた。
       彼の立場の高さを思い出しながら、散らばった資料の中から目についた書を手にとった。綴じ方が雑だったのか、解けて中を私に向けて晒していた。少しだけ見えた紙面には、人体らしき図が載っている。

       

      (実験の記録でしょうか……)

       

       それは、ミコトを捕まえてあれこれ試しているのなら、という妥当な推測だった。
       だが、実際に内容を目にした私は硬直した。

       

      「う……」

       

       そして、その内容が冗談や空想の類ではなく、事実を淡々と記録しているのだと理解して、背筋を舐め上げられているような気分になった。
       結論から言えば、それらは神渉装置、ひいてはメガミの力を引き出す研究に関する実験の記録であり、ミコトに対する実験の記録でもあった。
       これによれば、過去にはミコトの肉体そのものに着目して様々な実験を行ったようだった。切り落としたり、継ぎ接ぎしたり、特に手への執着を見せていたそれは、無感情に成果がないことを報告していた。

       

       別の一冊もまた同じようなものだった。そこには、装置に人間を繋ぐのみならず、人の身体の部位を絡繰で置き換える実験の記録が綴られていた。手足や臓腑を置き換えるのだから、当然失われた命にも言及されている。あくまで、淡々と。
       さらに読み進めていくと、途中から字が少々汚くなり始めた。人間の頭部の挿絵に悪寒が走るが、そこに添えられた生々しい文章が、被験者自ら筆を執ったものだと気づいて身の毛がよだつ。五条綴という被験者の名前を見たところで、狂気が染み込んでくるような錯覚に陥った私は、その書を投げ捨てた。

       

      (オボロ様の実験動物のほうが、まだ可愛く見えますね……)

       

       気分を害しただけで収穫のなかった資料を捨て置き、部屋の探索へ戻る。
       壁際では転倒を免れた書架が大量の書物を床に吐き出していたが、似たような実験記録かもしれないことを考えると後回しにしたかった。
       と、彷徨わせていた視線は、倒れていた棚に注がれた。下敷きになっている大量のがらくたの中に、いくつか彩りが生まれていたのだ。

       

      「また……」

       

       それは寄木細工の小箱たちであった。秘密箱である可能性も浮かんで気にはなるものの、クルルの落とした謎の絡繰との相関を嫌でも考えてしまう。何が起きるか分からない以上、なるべく近寄りたくなかった。
       だが、転がっていた小箱の近くに、紙で緩く包まれた小箱を見つけた私は、流石に見逃すことができずに、手袋をしっかり嵌めてから拾い上げた。小箱自体はやはり秘密箱だったようで、分かりやすい口がどこにも見当たらなかった。
       手がかりになったのは、その包んでいた紙のほうである。

       

      (『新東南地下階段用。人員選抜……了。指揮・浅田。着工は――』……)

       

       さらにその覚書は、日取りと費用の話が続いていた。筆跡からするに五条のものだ。
       この小箱がどこかの場所を示している……それを理解した私は口を歪めた。これだけ分かれば十分だった。
       これが、鍵だ。もっと言えば、扉そのものだ。連中はこの研究所に仕込んだ隠し部屋を、秘密箱に見立てて設計しているのだ。

       

      (どれがあの部屋のものかは分かりませんが、関係ありません……!)

       

       いっそのこと、全て解いて全て覚えてしまえばいいのだ。そうでなくとも、秘密箱の解法は手がつけられないほど選択肢が多いわけではない。一通りの解き方を知っていれば、あとは試行と観察が鍵となる。この程度は子どもの頃から仕込まれていたものだし、覚えてしまうのも可能である。

       

       だから、そう。あとはあの場所に戻るだけ。
       その、はずだった。

       

      「ごじょぉーーーーーーんっ!!」
      「……!?」

       

       あまりに緊張感に欠けたその叫び声に思わず振り返った私は、いきなり差し込んできた明かりを背負った、女にしては大きな人影を認めてしまった。
       私が侵入してきたほうとは、反対側のふすまを開け放ったその女は、私の姿を認めると首を傾げ、しかし得心がいったように頷いた。
       ふざけたように敬礼する姿が、場違いにもほどがあった。

       

      「同志ナニガシ、ハッケンであります!」

       

       クルルが一歩、私へ踏み出したのを見て、私は一目散にその場から逃げ出すことを選んだ。

       

      「ひぁ……!」
      「あっ、あれぇー? 鬼ごっこの時間じゃありませんよーぅ」

       

       出会ったら死。顕現体のメガミとはそれだけの爆弾であり、この地上で最も敵に回してはいけない存在である。決まりのない殺し合いにおいて、そもそも力を借りる側が、貸す側に敵う道理などない。万が一の綱渡り自体が、命をすり減らすのだ。
       この期に及んでクルルはまだ私のことを研究員だと認識しているようだった。けれど、手下のミコトも実験台にするような輩では、それだけでは命は保証できない。

       

       迅速にクルルとは逆の廊下に駆け込むが、追う足音はゆったりとしたままだ。
       けれど、

       

      「しょうがないですねー。えいや☆」

       

       その一声の後、ガコン、という音と共に、私の行く手を大きな物体が遮った。
       いきなり天井からぶら下がるようにして落ちてきたそれは、樹で円を模った上で、中心軸から木製の鳥の羽根のようなものが三枚取り付けられていた。
       意表を突かれ、咄嗟に距離を取った私を他所に、その三枚の羽根がぐるぐると回り始める。それは一呼吸置く暇もなく、目で追うことができないほどに加速し、結果として廊下を猛烈な嵐が吹き荒れた。

       

      「あっ……や、あぁ……ッ!」

       

       経験したことのない強風に耐えきれず、咄嗟に柱を掴んだ手も離してしまい、廊下を無様に転がされた挙げ句、広間まで引きずり戻された。
       慌てて起き上がり、風の弱い位置で体勢を立て直す。退路は風起こしの絡繰で塞がれた一つを除き、残り二箇所。クルルが入ってきた場所か、さらにその奥か。どちらもクルルの側であり、絶望的なまでに遠い。

       

       さらに、苦無をこれ見よがしに構えたところで、クルルの歩みは止まらない。ただひたすら、懐の滅灯毒に意識を注いでいる。
       それがホロビとの関係を邪な目で見られているようで、我慢ならなかった。だから私は、クルルを大きく迂回するような軌道で駆け出しながら、苦無をヤツの脳天目掛けて放った。

       

      「おぅっ……!?」

       

       クルルは避けようともせず、額に直撃した苦無の衝撃で頭を仰け反らせている。

       

      (そ、そんな程度で終わるはずありません……!)

       

       できればそうであって欲しいと願いつつ、退路へ向かってひた走る私だったが、そこへまたしても場違いな声が。

       

      「くるるーん☆ ひらめきましたっ!」

       

       

       仰け反らせていた頭を勢いよく戻したクルルは、血も出さずに額に苦無が刺さったまま、笑顔を作っていた。もちろん、その笑顔は私に向けられている。

       

      「ひぅ……!」
      「簡単なことでした! 活きが良くて困ってるなら、活きを悪くすればいいじゃありませんか!」
      「なに、を……」

       

       私の抗議も聞かず、ヤツは手のひらを上に向けると、なにもない場所から数々の木片が現れた。そしてひとりでに組み上がっていくそれに恐れを覚えた私は、妨害するようにヤツの右手めがけて毒針を放つ。

       

      「およ」

       

       またしても、クルルは避ける素振りすら見せなかった。針先に塗った、身体を弛緩させる毒が瞬く間に巡り、だらん、と腕が垂れ下がる。
       しかし、だ。
       それでも絡繰は、小箱の形となって元の位置で着実に組み上がっていた。

       

      「は――」

       

       阻止ができなければ、無慈悲に攻撃が繰り出されるのは道理だった。
       使えない腕の代わりに、宙に留まる小箱へクルルは顎を振り落とす。

       

      「ぽちっとな」
      「ぇ、ぁ……」

       

       突然、全身から力の抜けた私は、走り続けることができずに膝をついた。意識はひたすら逃走を叫んでいるのに、そのために必要な大切な何かが失われてしまったようだった。
       なんとか力の入らない脚を交互に出し、少しでもこの場から逃れようとする。行方を眩ませようと背後に放った毒煙幕も、名残のような風にゆるゆると押し流されてしまって意味を成さない。

       

      (こ、こんな意味の分からない存在、相手にするほうがどうかしています……! 逃げます……逃げるんです……! 千影の、脚ッ……うご、いてッ……!)

       

       ゆっくりと距離を詰めてくるクルルは、先に自由になった左手の人差し指をぐりぐりとこめかみに押し当てながら、困惑の表情を浮かべている。当然のようにそのままになっている額の苦無や右手の毒針が、非現実めいた光景を生み出していた。

       

      「うーん、どうしてそんなに逃げるんでしょうか。くるるん、分かりません。ただ、ちょろーっと持ち物が気になるだけなんですから、ちょろーっと調べさせてもらったり、ちょろーっと脱いでもらったりしたいだけなんですってばぁ」
      「い、いや、です、よ……!」
      「むーぅ、しょうがないですねー。だったら一人で勝手に調べるからいいですっ! ぷんぷん!」

       

       ……正直なところ、ここまではまだ、クルルから敵意すら感じなかった。
       クルルの暴力は、台所に入り込んでしまった幼児が、玩具と同じ感覚で包丁を振り回しているような、そんな殺気の欠けたものだった。仕掛けが分からないということもそうだけれど、その殺気のなさは逆に攻撃の察知を困難にしている。それでいて、包丁の切れ味を理解しているのだからタチが悪い。

       

       けれど、そのお気楽そうな宣言が、きっかけだった。
       今まではただ、手段はともかくとして、興味の対象を引き寄せたいだけだった。
       今まではただ、私は滅灯毒に付随するおまけであった。
       それが、変わった。
       私を、明確な排除の対象とした、敵意に。

       

      「びりびりしても知りませんよー!」

       

       クルルの左手の上で組み上がっていくもの――それは、龍ノ宮領でミコトを攫っていた際、五条の使っていたあの雷を生み出す装置だった。
       ……確実に意識を奪うその絡繰を見て、私の恐怖は臨界を迎えた。

       

      「うぅぅぅぁぁぁぁぁあああ!!!」

       

       宙に投げた試験管の一本を、苦無で切り上げる。
       中に収められているのは毒ではない。薄闇の中、淡い桜の光を放つ一本の棒――この戦場においてミコトをミコトたらしめる、我々の力の源。
       私に与えられた最初で最後の神代枝が砕かれ、光と散った。

       

      「なんですと!?」
      「千影の――」

       

       クルルによって奪われた活力を埋めるように、桜の力がみなぎってくる。
       この手に現すのは、私たちを守るための番傘。

       

      「邪魔しないでくださいッ!!」

       

       ユキノに改造させた仕込み傘を振り回せば、桜の光に煌めく長い鎖をその柄から吐き出し、飛び道具となってクルルを強かに打ち付ける。
       けれど、それとクルルが装置を組み上げたのは、同時だった。
       装置が発する光は、目で追うよりも速く、私へ襲いかかった。

       

      「う、ぎょぉー!」
      「い、ぎぁ……っ……!」

       

       ふざけた悲鳴を上げて右に吹き飛んでいくクルルに対し、私の右半身は中から瞬時に焼かれたような痛みに感覚が曖昧になっていた。悪寒に従って寸前で手を離していたおかげでまだマシだったのかもしれない。雷が高い木に導かれるように、傘を伝った攻撃が手袋などお構いなしに私を貫いたのだ。
       ただ、得られた結晶の盾を私の手の前に配していたにも関わらず、それを無視して肉を穿ってきたことに狂いそうになる。このメガミは、私が今まで培ってきた生存のための経験則の悉くを嘲笑っているかのようだった。

       

       崩れそうになる膝をなんとか持ち直し、取り落とした傘を拾う隙も惜しんで手中に再顕現させる。たった一撃で満足に振るえなくなった傘は、もう盾として使うことしか考えていなかった。
       撤退だ。全力を注ぎ込んでの撤退だ。
       貴重な神代枝を使わされたからには――だからこそ、何が何でも逃げ延びる。ミコトとして全力を振るえようとも、英雄なんてくすぐったい響きの肩書を与えられようとも、メガミと戦うなんて自殺行為を図るつもりはない。そんな蛮勇は天音のほうがお似合いだ。

       

      「み、かずらっ……!」

       

       私の呼集に応じ、起き上がろうとしているクルルの周りの畳から、早回しをしたかのように数多の蔓――オボロ様の使役する壬蔓が生えてくる。そしてクルルを樹に見立てたように、その四肢に巻き付いていった。
       雁字搦めにされ、首も締められているヤツだが、その表情はぞっとするほどの笑顔だった。
       間違いなく、私自身にそれは向けられていた。

       

      「それ……噂の、いんすたんさくらぱぅわーに……間違いありません! どうやったんですか!? 圧縮の方法とか、知りたいです! っていうか自分で調べますし、くるるんにそれくださいよぅ! 意地悪しないでぇ!」
      「とび……かげッ!」

       

       無視して別の名を呼べば、宙空に光が結実し一体の大きな猛禽が姿を現す。
       無事だった左腕を掲げると、鳶影は私の手袋をがっしりと掴み取る。そのまま持ち上げ、クルルの開けた入り口から廊下へ飛び込んだ。その先では再びあの風起こし装置が天井から現れようとするが、鳶影の加速によって間一髪くぐり抜ける。
       右手で引っ掛けるようにして持ち続けていた傘の顕現を解き、後ろで回り始めた装置目掛けて一本の青い毒の入った試験管を放り投げた。直接攻撃は効かないが、風に乗った幻覚成分なら時間稼ぎくらいにはなるだろう。

       

       私は研究員たちに見つかる危険も顧みず、背後で喚き続ける狂ったメガミから逃げるのを鳶影に任せ、回復に努めた。
       私は、また死なずにいられたのだ。
       それがとても嬉しくて――とても、胸をざわつかせた。

       

       

       

       


       足音が増えたように聞こえたのは、気の所為でしかなかった。
       けれど、その帰結を私は受け入れ切れずにいた。

       

      「あぁ……う、ぅぅ……」

       

       神代枝の効果が終わり、鳶影が去った今、私は音を気にしながら移動する、元の動きに戻っていた。
       あれだけ派手にクルルがやったというのに、研究所が広すぎるせいか、日常茶飯事なのか、五条の部屋へ向かった忙しない足音は三人ひとまとまりのものだけだった。そんな幸運を噛み締めながら、私は隠し部屋の探索を続けていた。

       

       神代枝によって窮地を脱し、受けた痛みも鳶影の助けでだいぶ和らいでいた。
       けれど、身体は休まろうとも、心はむしろ削られていく一方。
       無理はない。私は、思い出してしまったのだ。
       あの日、同じように一人潰走することになった、陰陽本殿でのあの惨劇を。

       

      「あ、あぁぁ……またなんて、いやです。いや、ぁ……」

       

       音を拾えるから、という言い訳をしながら、壁に身体を預けるように進んでいく。
       今まで引っかかりを覚えていたのは、強大なメガミの脅威に曝される、という状況そのものだった。藤峰、楢橋とはぐれ、味方の姿が見えないことも同様だ。
       飲み込めていたようで、喉元につかえていた。
       それが、脳裏をよぎる血の海という形となって幻出し、私を蝕み始めていたのだ。

       

       耳できちんと足音を捉えているはずなのに、ありもしない別の足音が迫ってくるような気がしてならない。
       曲がり角を照らす行灯は揺らめいていないのに、そこに気配を感じてならない。
       あまつさえ、自分の身体によって生じた影が、追手のものに見えてならない。

       

       千鳥が迎えに来てくれるまで、私の心をずっと掴んで離さなかったものが、この局面で再び鎌首をもたげていた。里への誤解が解けたところで、ホロビを求めるに至ったあの事件を忘れられるはずがなかったのである。
       思えば、この想起は遅かれ早かれ為されていただろう。
       ホロビたちを助け出した次は、天音本隊への助力をする手はずになっている。そこに待ち受けるとされているのは、あのウツロだ。オボロ様は別の手を打っていると言っていたけれど、今はもう信じたくとも誰も信じられない。

       

      「ふーっ……! ふぅぅっ……!」

       

       また荒れ始めた息を、手で口元を覆って収めようとする。
       ……何を考えても、血みどろの結末に辿り着いてしまう。けれど、この頭を疎み、考えを断ち切ろうとする余地があることだけが幸いだった。

       

      (ホロビを……今は、ホロビのことだけを……)

       

       呪文のように唱え、荒れているなりになんとか任務へと考えを向ける。
       そうやって人気のない廊下を進んでいると、途中で左に折れるその先から、次第に他人の息遣いが聞こえてきた。動き回っている様子はなく、一箇所に留まっているようだった。
       ちら、と覗き見れば、暗がりの果てまでずっと牢の続く一角であった。

       

      (楢橋が、知り合いを牢から助けたと……)

       

       そんな情報を思い出した私は、衛兵の類がいないことを確認してから、牢の通りに入る。
       一つ目の牢には、誰も入っていなかった。
       二つ目の牢は、そもそも開いていた。
       そして三つ目の牢に差し掛かる、その直前だった。

       

      「だせッ! だせよォッ!」
      「っ……!?」

       

       ダン! と格子に掴みかかる音と共に、いきなり浴びせられた怒声に飛び退る。けれど、その男の声に含まれる怒りと怯えが、彼の境遇と心理をそのままを示していた。
       もう一度周囲を伺ってから、私は三つ目の牢を遠巻きに眺めた。
       予想通り、格子を掴むやつれた男の手の甲からは結晶が突き出ていた。捕らえられ実験台にされているらしいミコトに違いない。
       そのミコトは、私の姿を目の当たりにして、さらに吠え立てる。

       

      「ああぁぁぁぁッ! やめろ、これ以上俺を繋ぐんじゃない! 殺す、生きて出たらおまえら絶対に殺してやるからなッ! おまえらが奪ったヒミカ様の火で、全員焼き殺してやる……!」
      「…………」

       

       そんな届かない殺意を向けられて、今の私は研究員の姿であることを思い出した。
       ここが研究所内のどの位置にあたるのか、少しでも参考になる話を引き出そうと思ったのだが、彼を宥めて私の立場を理解してもらうその時間がもったいない。それに、今の大声で誰かが駆けつけてくるかもしれない。助け出すなんてもってのほかだ。

       

      「い、生きていれば、また会いましょう」
      「おい、なんだと!? 待て、出せっつってんだろッ!」

       

       今の私に他人を慮ってやれる余裕はない。八つ当たりのような別れの言葉を告げ、踵を返した私に投げつけられる罵声を聞き流し、足早にその場から遠ざかる。
       何も得られなかった寄り道のようだったが、ほんの少しだけ冷静になれた気がした。荒れている他人を見て自分を顧みることができれば、まだやれる。また静かな廊下に戻った私は、何度だってホロビへ至る道を探すのだ。

       

       ……それから私は、もうしばらく彷徨っていたが、途中で見覚えのある道に差し掛かった。楢橋が下手を打った、あの廊下だ。
       ようやく、頭の中で地図が繋がった。

       

      「ふひ……ひひ」

       

       思わず笑みが溢れる。あとはただ、記憶通りに辿っていくだけだった。
       室内で作業中の研究員がいたところで関係ない。正解の道を見つけ出した私の身体は、先程の戦闘が嘘のように軽かった。抜き足はよりいっそう無音で、私はひたすら無味乾燥な廊下を駆け抜けた。

       

       ……時間にして、どれほど経っただろうか。
       長い長い迂回の末、私はようやく隠し部屋の前まで戻ってきた。行灯以外何も置かれていない、うら寂しい廊下の最奥で、その扉はずっと待っていたように変わらぬ姿で私を出迎えてくれた。

       駆け寄った私は、自分の推測が当たっていたことに口が緩むのを抑えられなかった。この廊下の壁に一箇所だけ、凝視すると切れ目のようなものが伺える場所があった。何度か仕掛けを解いているうちに、切り口同士が擦れて目立ってしまっているのだ。
       よく、隅々まで観察し終えた私は、切れ目と擦れている箇所から、頭の中でいくつかあたりをつけていく。

       

      「あと少し……ホロビ……」

       

       予想した手順を試しながら、言い聞かせるように小さく口に出す。
       と、

       

      「……!」

       

       ずず、と。
       扉の真ん中より左、私の手と同じくらいの幅の板が、床を突き抜けて下にずれた。
       秘密箱の仕掛けの、その一手目が解かれたのだ。

       

       私は暗い興奮を抑えるのに精一杯だった。
       残されたホロビへの道は、あと何歩で終わるのだろう、と。

       

       

       

       

       


       拝借してきた行灯の灯りが、上から降り注ぐ光と混じり合う。

       

      「ぷはーっ!」

       

       黴臭い床下から逃れるように、外した床板から顔を出した楢橋が大きく新鮮な空気を取り込んだ。
       クルルとの遭遇後、千影同様に研究所の何処かへ飛ばされていた彼だが、そこは偶然にも過去侵入した際に通った道だった。隠し部屋との位置関係も把握しており、はぐれた二人を探しながらでもあっという間に付近まで戻ってこられたのである。

       

       ただ、千影の忠告を覚えていた楢橋は、先にたどり着いたから、と天井裏を使って隠し部屋に侵入することはしなかった。そのかわり、上がだめなら下から、と床下からの侵入を図ったのである。
       土にまみれた彼の腕には、これ見よがしに複製装置が取り付けられている。戻りがけに失敬したそれは大地の力を宿したものであり、複雑な研究所の土台を物ともせず、穴を掘っての侵入を大いに助けた。

       

      「ぺっ、ぺっ! うー、口に入った」

       

       彼が立つその部屋は、到るところに火の灯った行灯が配されており、彼が暗闇に惑うようなことはなかった。
       部屋そのものは大きいのだろう。けれど広さを感じさせないのは、物が雑多に置かれているためだ。書架はもちろん、瓶がぎっしりと収められた棚が並んでいたり、がらくたの山があちこちで積み上がっていたり、いまいち配置に秩序を感じられない。
       ただ、そんな部屋の中央にも、特別手をかけているとひと目で分かる品が安置されていた。

       

      「これこれ、これだよー」

       

       前面が硝子張りになった、筒のように丸みのある大きな容器。それが、何処かに繋がる何本もの太い線に繋がれていた。その隣には、似たような大きなのものが存在していただろう空白が残されている。
       彼がそれを見るのは、これで二度目だった。間近で見るそれは、中身も相まって柩のようだと不謹慎なことを考えてしまう。
       そして、この中で彼女が眠っているのを見るのも、二度目だった。

       

      「おっひさー、細音サン。……って、聞こえてないか」

       

       あのときから変わらず、一糸まとわぬ姿で寝かせられていたのは、救出対象の一人である氷雨細音その人だ。軽く表面を拳で叩いたところで返答はなかったが、小さく上下する胸が生を主張していた。
       まずはここから出そう。そう思い立つ楢橋だが、硝子の部分はいくら押したり引っ張ったりしたところで動く様子がなかった。泥棒とは違い、収められた箱を壊して中身が無事であるとも限らず、硝子面の破壊は避けたいところである。

       

      「なんだろなー、やっぱり絡繰仕掛けにでもなってるのかなー」

       

       額を拭いながら、袖の下でつけっぱなしだった、元々持っていたほうの複製装置を窮屈そうに外す。力技は通用しないと予想する彼は、柩の側面や太い線との繋ぎ目、さらには床までも念入りに調べて回る。

       

      「これは――これかっ? ……だめかあ」

       

       しかし、それらしい突起や穴、装飾はいくらあっても、柩の留め具が外れるとか、ひとりでに開き始めるとか、そういった結果が現れることはなかった。
       進展を得られないと悟った彼の目が留まったのは、そこここに積み上がったがらくたたちである。足りない部品が紛れ込んでいれば上々、苦肉の策でこじ開けるにしても道具が欲しいのは事実だった。

       

       そうやって、どっしりと腰を落ち着けて、使いみちが分からなかったり玩具にしか見えない物たちと格闘することしばらく。
       大量の歯車で目が回りそうになっていた彼とは別の声が、隠し部屋に生まれる。

       

      「おい、誰だ」
      「……っ!」

       

       びくり、肩を震わせ、手を止める楢橋。
       背後から投げかけられた誰何に、慎重に僅かだけ振り返る。
       今の楢橋と似た研究員らしき装いとは別に、目を引きつけられる猿のような形の赤い面をつけている。
       要注意人物とした挙げられていた、里を襲った赤面の男だ。

       

      「何故ここにいる。全員、表の片付けに回したはずだろう。怠け者はクルル様付きに回してやるからな」
      「…………」
      「答えろ。名前は? 所属は? それとも――答えられない理由でも、あるのか?」
      「っ……」

       

       息が詰まり、背中を冷や汗が流れる。
       楢橋にとって、追い詰められる状況というのはそう珍しいものではない。今回は命にかかわると頭では理解していても、度々お縄についている彼は、幼稚な策であってもごまかして逃げよう、という染み付いた思考に基づいて、手を動かしていた。
       一歩一歩、距離を詰めてくる赤面に焦りを覚えた楢橋は、先程までがらくたを漁っていたその手に、こつん、と当たった物に、惹きつけられた。

       

       彼の直感は、それを選択した。
       あとは、口八丁の時間である。

       

      「東で少女が泣いていたらこれを助け――」
      「……?」

       

       す、と無言のまま、背を向けて楢橋は腰を上げる。

       

      「西で淑女が嘆いていたらこれを助け――」
      「おい」
      「たとえ地の果て天の果て、その手は女の涙を拭うため、今日も人知れず夜を駆ける」

       

       立ち上がった楢橋が、拾ったそれを――歯を見せて笑う髭男の面を被った。
       そして、赤面の男へと振り返る。

       

      「愛の戦士・メガミマン、ここに参上!」

       

       ……何故だろうか。物音もあまり響かないはずのこの部屋の中で、楢橋の耳には、虚しく響き渡る己の名乗りが染み込んでいった。
       気まずい空気が両者の間に流れる。が、そういった沈黙に耐えられないのは他ならぬ楢橋自身であった。

       

      「……みたいな感じで、どうっすかね?」
      「なるほど、死にたいようだな」

       

       赤面の男の手の上では、馬鹿にされた怒りを示すかのように炎が燃え盛っていた。

       

       

       

       


       闇昏千影が何度手を伸ばそうとも、脅威は二度、三度と立ち塞がる。
       遠いあと一歩。彼女は果たしてこの狂気から逃れ、悲願を達せられるのだろうか。


       しかしその裏では、狂言めいた対峙が成立していたわけだ。どうにも馬鹿げているようだが意外にも笑えない。これもまた、欠かせぬ決戦の一つであるわけだからね。
       そう、次はこの仮面たちの衝突を語ることにしようじゃないか。

       

      語り:カナヱ
      『桜降代之戦絵巻 第五巻』より
      作:五十嵐月夜  原案:BakaFire  挿絵:TOKIAME

       

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      『桜降る代の神語り』第59話:潜入

      2018.07.13 Friday

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         闇昏千影たちの行動を語るには、時間を少し遡る必要がある。
         天音揺波たちが土石流に乗って順調に行程を消化している、まさにその最中。
         地震の余韻が未だに残る瑞泉の都を、闇昏千影たちは夜陰に紛れて侵攻していた。
         
         そう。彼女の大切な存在を、取り戻すためにね。

         

         

         


         港から蔵町を通り、西寄りに少しばかり北上すると、ぱったりと蔵がたち消える場所がある。用水路に囲まれたそこは人通りも少なく、木組みの塀にぐるりと囲まれた大屋敷だけが、尋ね人を拒むかのように月明かりの底で鎮座していた。
         千影は、夜空から逃れるように蔵の壁に背を預けながら、そんな屋敷をじっと見つめていた。あるいは彼女は、屋敷ではなく、その中にいるはずの誰かを壁越しに見つけ出そうとしているかのよう。瑞泉・クルルの研究所と目されるそここそが、彼女がこの地に来た大目的なのである。

         

         と、背後から聞こえてきたわざとらしい荒い息遣いに、彼女は張り詰めさせていた指の力を僅かに抜いた。

         

        「あぁ……居た居た……よかったぁー!」
        「遅いぞ」

         

         姿を現した楢橋へ、千影と共に警戒を緩めた藤峰が短く、声を抑えつつも叱咤する。地震によって商人たちが巣を突かれた蜂のように騒いでいたにも関わらず、不自然なまでに静かなここ蔵町の外れでは、楢橋の声はよく響いた。
         その意味を介した楢橋は、意図して声を潜めながらも、叱咤への反論を止めることはない。

         

        「そんなこと言ったってさー、もー! あんな厳つい連中の前に置いてくなんてありえなくない!? 場所知ってるオレっち見殺しにしちゃったら意味ないでしょー! 危ないから荷馬車も捨てなきゃいけなかったしさあ……おかげで疲れちゃったんだけど?」
        「見つかる危険を冒して時間稼ぎしてあげたんですから、感謝してくださいよ」
        「違うの! そうじゃなくて、むしろ今はこっちを労って!?」
        「だから無駄口を叩くな」

         

         再度の指摘に、楢橋は口を尖らせながら肩をすくめてみせる。
         そんな様子に呆れたように小さく息を吐いた藤峰は、背負っていた風呂敷包みの口を器用に片手で解き、腕の上で広げてみせた。
         その中に入っていたのは、真新しい三着の服だ。やや青の差した白地の上下であるが、黄色地の袖には半分になった歯車が、上下で噛み合うような模様の細かな刺繍が施されているのが目を引いた。

         

        「これで間違いないか?」
        「そう、ですね……。確かに奴らが――」
        「そうそうこれこれ! 一回着たしそりゃ覚えてるってー。流石銭金のおっさん、顔の広さだけはソンケーしちゃうね」
        「…………」

         

         楢橋に倣い、そのうちの一着を手に取る千影は、忌々しさを隠すことなくその瞳を澱ませる。
         二人から是を受け取った藤峰を皮切りに、示し合わせたように背中合わせとなって、その白装束に身を包み始める三人。今まで商人として振る舞ってきた千影たちは、袖に腕を通すことで研究員の身分を得ていくのである。

         

        「千影ちゃん、お着替えてつだおっ――」
        「刺しますよ」

         

         言葉とは裏腹に、振り向こうとした楢橋の顔のすぐ横を通って、一本の針が道に積まれたままになっていた空の木箱に浅く刺さる。その針の先が妖しく濡れていることに気づいた彼は、固まった笑顔のまま首を戻し、袴を履く作業に戻った。
         そんな楢橋だったが、ふと、

         

        「ねえ、そういえばなんで天井裏通らないの? 変装してるって言っても、入り方見つけるのにぶらぶらしてたら危ないっしょ。こそこそ上通ったほうが確実じゃない?」

         

         それは泥棒である彼にとっては、半分程度本気の疑問だった。金品へと一度たどり着けた経路というのは、カモがカモであり続ける限り有効だ。盗まれていることが分かったとて、精々置き場所を変えたり門番を叱るくらいで、根本となる天井裏への侵入経路を塞ぐ者はそうそういない。
         けれど、彼はそれなりに腕の立つ泥棒ではあるが、前科を延々数え上げられるくらいには縄をかけられている程度の泥棒でもある。
         彼が今、行動を共にしているのは、より深く陰に潜む者。そして、死に対する嗅覚を研ぎ澄ませた者である。

         

        「道筋は確実でも、安全性は確実ではありません。あなたたち、クルルに見つかったんですよね? 敵対してるメガミにですよ?」
        「いや、そうだけどさ。まあ、見つかったのオレっちじゃないけど」
        「千影なら、絶対に天井裏に罠を仕掛けます。向こうはこっちの狙いを分かってるんですから尚更です。一度使った道どころか、見つかった道を使うなんて自殺するようなものですよ……? 分かってるんですか……?」

         

         千影の嫌悪感は、楢橋にだけ向けられているわけではなかった。それはここまでの旅で初めて本格的に表現された感情であり、苦笑いで謝罪した彼をよそに、手袋で隠された右手の甲を撫でるにつれて、千影の中へと戻っていった。

         

        「よし、最後の確認だ」

         

         そして変装を終えた彼女は、藤峰の言葉をきっかけとするように、陰から月明かりに照らされた研究所を睥睨する。

         

        「これより我々は、瑞泉の研究所に潜入、楢橋の発見した隠し部屋への正規の入り口を探し出し、囚われているホロビ、氷雨細音両名を救出する。可能であれば二人を戦力とし、脱出。以降、天音本隊への支援へと移る。以上、質問は?」
        「早く……早く、行きましょう」
        「……ああ」

         

         研究員となった三人が、明るみに躍り出る。彼女たちが小橋を通って足を向けた先には、長く続く塀の切れ目、研究所の裏口がぽっかりと口を開けていた。
         守衛はいない。それに準じるであろう研究員は先程まで居たが、中から出てきた別の研究員たちに呼び戻されていたところを、先に到着した千影たちが確認していた。

         

         一歩、誰にも見咎められることなく、堂々と敷地へと踏み入れる。端に雑に放置された木材がうら寂しげだが、口を開ける玄関のその向こうに見えるのは、どたばた、と静寂とは程遠い忙しない人の駆け回る姿であった。

         

        「ホロビ……もうすぐですよ……」

         

         人知れず呟いた言葉は誰の耳にも留まることがなかったように、彼女たちの戦いは静かに、幕を開けた。

         

         

         

         


         迷宮、というほどではないが、いかんせん広い。見通しの立たない屋内というのは、それだけで強い方向感覚を求められる。天井からはある程度の数、行灯が吊り下げられているおかげで、暗闇でこそないものの、仄暗い屋敷は心理的にも歩きづらい場所である。
         しかし一方で、暗さというものは適切に扱えば味方となり、半端な備えはかえって自分に牙を剥く。

         

        「左」

         

         そう呟いた千影が視界の端に捉えていたのは、左手に伸びる廊下の先の四ツ辻に、うっすらと差し込んだ光だった。何者かが灯りを持って差し掛かったその兆候を察知し、三人は無用な接触を避けるべく、今いる広間から奥の廊下へと歩を速める。
         夜分にも関わらず、研究員たちの足音の数は千影が耳にしただけでも五人はいる。彼らは灯りを持って所内を巡っているらしく、もしかしたら商人たちのように備品設備の点検に追われていると思われた。千影としては、想定よりずっと少ない人数でいるうちに事を済ませたいところである。

         

         無論、研究員に化けているのは怪しまれないためであるが、千影や楢橋が服を覚えていたように、研究員の中に二人の顔を覚えている者がいないとも限らない。そんな者と出くわせば実力行使する他ないが、救出のための潜入で派手に行動する必要もない。
         何より、彼女たちには絶対に見つかってはならない相手がいるのだ。

         

        「逸れてる。右だね」
        「もう一本先だ。いるぞ」

         

         楢橋の頭の中の方向を頼りに進みつつ、忍二人が研究員を察知して誘導していく。三人の足音が限りなく小さいためか、一部屋挟んだ向こう側で床板が軋む音すらも、すぐ隣から聞こえてくるようであった。
         研究所は、作業を行うためと思しき広間がいくらかと、無数の小部屋がそれ以外を埋めるように乱立していた。文机の並んだ畳敷きの広間では、地震の影響か壁際で書架が何枚も背中を晒していて、所内での地震の被害の程度が伺える。

         

         と、

         

        「っ――! 痛ったぁ……!」
        「……!」

         

         左右を部屋に挟まれた廊下を行く中、楢橋が唐突に足を押さえてうめき始める。瞬時に藤峰が彼の口元を抑えにかかる。
         目で抗議する楢橋の視線を追うと、床に転がっていたのは行灯であった。頭上には、蔓のような紐が揺れており、地震によってちぎれ落ちたようだった。呆れたように灯りの消えたそれを拾い上げる千影はもちろん気づいていたが、夜目が十分利くのは忍二人だけなのだ。

         

         すぐさまこの場から離れようとする三人だが、悲鳴というものは押し殺していたとしてもよく通るものである。
         右手のふすまが、がらり、と開け放たれた。

         

        「ど、どうしました? 大丈夫ですか?」

         

         現れたのは、ひょろりと背の高い研究員だった。その部屋はどうも倉庫のようで、彼越しに中身を床にぶちまけたたくさんの木箱が転がっていた。
         研究員は目を眇めて千影の手元と足を押さえる楢橋を見比べて、得心がいったように頷くと、

         

        「あぁ、灯りも持たずに歩くからですよ。何転がってるか分からないんですから」
        「いやー、面目ない」
        「ガラス片でも踏んだら大事です。……しかし――」

         

         さらに彼は、三人の顔を順繰りに眺めて、首をひねった。
         そして、

         

        「今日の深夜の番は、原と近藤ではありませんでしたっけ……?」
        「…………」

         

         問を向けられた千影と藤峰の顔に、表情が張り付いた。
         だが、僅かに流れた沈黙を破ったのは、苦無の閃きでも、毒針の煌きでもない。
         二人の様子を見て取った楢橋が、にっこりと笑顔で研究員の肩を叩いた。

         

        「それが聞いてよー。瑞泉サマが臨時に増員せよとのお達しでさ、たまたま目についたオレたちに白羽の矢が立っちゃったわけ。地震で色々大変っしょー?」
        「増員か……それは助かりますけど、いくら大地震とはいえ瑞泉様が珍しいですね」
        「ほら、地震で物が倒れたりもそうだけど、大地が緩くなっちゃったりしてたら危険だから、って。万が一があっちゃ困るのはオレも分かる。分かるんだけど、それってオレも危ない目に遭うってことなんだよねえ」

         

         およよ、と嘘の涙を拭ってみせた楢橋。そんな彼に、研究員はふすまをさらに開けて三人を歓迎するが、

         

        「だったら、ひとまず部品の整理を手伝って欲し――」
        「おーーーっと!」
        「……!?」


        「ごめんねえ。オレらほら、まず指示もらうように言われてるから行かないと。どこらへんにいるか分かる?」

         

         手を合わせての謝罪と共に投げかけられた、曖昧でしかない質問に研究員は納得したようで、一瞬だけ左に目線をそらし、

         

        「なるほど。クルル様なら二号実験室で見かけましたよ。五条さんも資料室にいたはずです」
        「ありがとー探してみる! あとで手伝いに来るから!」

         

         そのまま、研究員の目線の通り、今まで来た道を引き返していく楢橋と忍二人。角を曲がるなり、周囲に他の研究員がいないことを確認すると、音を立てぬよう注意を払いながら、全力で先程の倉庫の前を迂回する。
         その間、じと、とした冷ややで湿った眼差しを千影は楢橋に向けつつも、持ってきてしまっていた行灯を、落下していた別の行灯の傍に置き捨てる。

         

        「なにさー! 自分のお尻は自分で拭いたでしょ!」
        「次は知りませんよ」
        「おい、前だ」

         

         灯りと足音の予兆を受けて、警告する藤峰はどこか嘆息混じりだ。緊張感を失うほどのことではないが、忍にしてみればやり方の大きく異なる者との隠密行動を強いられているのだから、やりづらさを覚えるのもむべなるかな。
         さらに研究員の目をかいくぐりながら、一行は研究所の奥へと突き進んでいく。

         

         

         

         


         コンコン、という小気味の良い木を叩く音が一つ。それと比べてやや重くくぐもった、しかし同様に木を叩く音が一つ。それぞれ前者が右に広がる壁からのものであり、後者は突き当りの壁である。左手の壁は、やや離れた位置でふすまが閉まっていることからも分かる通り、その向こう側に部屋の存在が確認されていた。

         

        「……合ってるみたいですね」
        「どんなもんよ」

         

         得意げに胸を張る楢橋を他所に、千影は僅かに口端を吊り上げた。
         順調に研究所の探索を続けていた一行は、楢橋の記憶と感覚通りに隠し部屋の手前まで辿り着くことに成功していた。見た目上は経路の一つも存在せず、他と何一つ変わらない壁に囲まれた空間であるが、ここに至るまでの部屋の配置が巧妙で、よほど空間の把握に長ける者でなければ見つけることはできないだろう。

         

        「見た目によらず頑丈そうだな。金属で補強してあるのか……」
        「そのようで。用心深くて嫌になります」
        「単純な回転扉の類ではないな。こういう場合は仕掛けがありそうだが――たとえば、隠された取っ手を引っ張るなり、扉自体を変形させて回転できるようにするなり。とはいえ、迂闊に触って罠でも仕込まれていたら堪らんな」

         

         侵入方法を検討する藤峰は、行灯以外ほとんど物のない背後の廊下を一瞥して、小さく嘆息した。
         千影も概ね彼の意見に同意しているようで、

         

        「床を傾けて、自重で勝手に動かす、なんて仕掛けもありましたね。で、ですが、罠は最後にはどうせ待ち受けているものなんですから、腹をくくるしかないんです。幸い、罠避けが1人いるので、一回くらいは間違えてもなんとかなりますよ」
        「ねえ、なんでオレっちのほう向いてそんなこと言うの? ねえってば!」

         

         生贄にされては敵わない、と楢橋は慌てて代案を出す。

         

        「ほ、ほら。普通の力じゃ無理かもしれないけど、今はアレがあるから、ドカンと一発でいけたりしないかな!?」
        「アレ……もしかして、神代枝のことですか」
        「そうそう。メガミの力、ここでも使えるんでしょ? 扉くらい、こう……景気よく吹き飛ばせないもんかな」

         

         身振りで何かがはじけ飛ぶ光景を伝える彼の言葉に、千影と藤峰が少しの間視線を交わしあった。その顔色は決して否定的なものではなかったが、さりとて賛同するわけでもない。
         ややあって、千影は自分の考えを再確認したように答え始める。

         

        「だめですね。これは救出任務なんですから」

         

         えぇ、と残念がる楢橋へ、さらに彼女は、

         

        「救出対象が十全な状態であれば、速攻をかけるという手はないわけではないです。ですけど、ホロビたちが動けない状態だったら、追手を撒くにも一苦労でしょう。安全は最後まで考慮するべきです」
        「うーん、まあ、それは確かに」

         

         開かない扉に手を当てる千影の憂いは、再会まで数間と迫ったところで晴らされることはない。彼女の終着点は、ホロビを救出し、共に生き延びるところにあるのだから。

         

         ……だが。
         それを見据える千影であってもなお、やはり意識を削がれていたのかもしれない。
         自分の心を埋めてくれる者を前にして、恐怖の極地から得られる感性は、ほんの少しだけ、鈍っていた。

         

        「それにですよ。神代枝を使うなら、メガミにはまず気づかれるものと考えるよう言われていたでしょう? クルルとは、可能な限り接触を避けます。メガミから逃げながら救出なんて、できっこないです」

         

         千影がそう、一呼吸置いた、そのときだった。
         この仄暗い屋内に似つかわしくない、脳天気な声が、背後から。

         

        「呼びましたぁ?」

         


        『……っ!?』

         

         一斉に、千影たちは振り返った。
         ぬっ、と。満足に足元まで照らしきれていない灯りの中、隣の部屋の入り口から、一つの頭が真横に突き出ていた。角と歯車を模った髪飾りは重力に逆らう中、青みがかった桃色の髪が、だらんと垂れている。
         それから、ひょっこりと廊下に現れたその女の姿に、千影は震えを押さえつけるので精一杯になっていた。そしてその恐れは、明らかに異質な雰囲気と相まって、直接至近で相まみえたことのない藤峰と楢橋に伝搬する。

         

         クルル。この動乱の主犯格の一柱にして、狂気の生み手。
         千影たちの中に、何故現れたか、を問う者は誰もいなかった。最悪の状況が、想定通りに顕現した、ただその結果に疑問する余裕はない。彼女たちが――特に強く千影が思うのは、何故強大なメガミの接近を察知できなかったのか、ということだった。

         

        「おんや、おっかしーですねえ。ありゃ、むしろおかしくない? おかしくないわけがないわけがないないないなーい、なので、やっぱりおかしい気がするんですよぅ」
        「な、何が……でしょうか」

         

         慌てて言葉を絞り出したのは藤峰だ。
         彼の返答に、ゆっくり一歩ずつ、大げさに頭をひねるように身体を左右に揺らしながら近づいてくるクルルは、

         

        「なんかですねー、みょーなですねー、気配がですねー……うーん、なんでそれを追いかけたら、同志の皆さんに行き着いたんでしょーか。はい! そこのアナタ、元気よくお答えください」
        「え、うぇ!? オレ!?」
        「ぶー、時間切れです。回答権はくるるんに移ります」
        「あ、あの……」
        「でも分かんないんですよねえ……」

         

         両手の人差し指をこめかみに当て、うんうん唸っている。それが演技ではなく、ましてや謀るような意図などないことは、皆で感じ取っていた。
         現れたクルルは何か目的こそあれど、三人を研究員だと思いこんでいるようだった。それは、最悪の出会いを果たした侵入者側にとって最大の幸運でもある。
         藤峰と楢橋は、最初にして最後のその幸運を活かすべく、口を開く。

         

        「く、クルル様。先程の地震の影響で、不安定になっているだけかもしれませんよ。先程から一帯の整理と見回りをしていますが、特にそれらしいものは何も」
        「そうですそうです! 何かあったらお知らせしますから。あー、第一実験室の被害なんですけど、さっきクルル様に確認してもらいたいって言ってましたよ?」
        「そですねー……確かめてみるのが、やっぱりイチバンですよねえ」

         

         明らかに上の空だったその返答に、それ以上言葉を弄することはできなかった。
         一歩、一歩とさらに近づき、楢橋を押しのけ、彼女がたどり着いたのは千影の眼前。迫られた千影は、じり、と限界まで距離を取ろうとするも、元よりここは行き止まりである。

         

        「ここから――」
        「……!」

         

         そして千影は、ようやくクルルの捜し物と、何故接近に気づかなかったのか、その答えを同時に得た。
         焦点が定まっているのかいないのか、あやふやなクルルの視線は、千影の懐に熱く注がれている。クルルが今、それにだけ注目し、興味の全てを注いでいる。
         ……以前、実験台にしたはずの千影を、全く認識することなく。
         当時受けた印象と威圧感は、クルルのおぞましいほどの好奇心に晒された状況で得たものであって、注目されていない現状では気にかかるものではなかったのである。

         

         ただ、クルルにとって不可解だっただろうこの状況が、加速度的に彼女の歪で強大な好奇心を広げ始めていた。たとえ直接好奇の的にされておらずとも、千影にはそれが痛いほど感じ取れてしまう。
         感じ取れてしまうからこそ、千影は耐えられなかった。
         たとえ千影の顔を覚えていなかったとしても、隠し持った滅灯毒に向けられるその好奇心が、ホロビとの繋がりを断った事実には変わりないのだから。

         

        「みょーな気配が、するんですよねぇ」
        「ぅぁ……!」

         

         クルルが、千影の懐に手を伸ばそうとした瞬間、反射的に千影の苦無が閃いた。
         伸ばされたその右手に、黒が突き刺さる。

         

        「うおっとぉ!」

         

         痛みによる悲鳴ではなく、驚きのそれ。
         全く予期していなかったという表情でのけぞったクルルは、そのまま尻もちをついてしまう。
         つい反撃してしまった後悔と、あっけなく攻撃が通った困惑が千影に満ちる。男二人もその感情に倣うように、倒れたメガミの動向を身構えながら見守っている。

         

         と、そんな倒れたクルルの傍の床に、先程まではなかったものが転がっていた。
         それは、幾何学的な模様が四方に描かれた、いわゆる寄木細工だった。手のひら大よりも一回りほど大きな立方体のそれは、転倒に驚いたように天を向いた面をいきなりぱっくりと開いた。
         そして、それに気づいたクルルが、『やってしまった』というように、

         

        「あっ」
        「……!?」

         

         一瞬にして、淡い桃色の煙が場を覆い尽くした。
         理解不能の煙幕に、ひとまず天井に張り付いて逃げようと考える千影だが、それが叶うことはなかった。脚に力を溜めようとした途端、桃色に染まっていく世界が眼前と中心にして渦を巻き始めたのである。
         身体ではなく、感覚と意識がその渦に吸い込まれていく中、強烈なめまいに襲われたように、自分が動いているのかどうなのかさえ不確かになっていく。味方の無事を訊ねることすらもできず、思わず目頭を抑えていることにすら自信が持てない始末。次第にその認識も、立ちくらみのような思考の空白へと消えていった。

         

        「う、うぅ……」

         

         やがてその症状も収まってくると、武器に手をかけるだけの余裕が生まれた。目の前で倒れているはずのクルルに向けて小刀を向ける。
         だが、

         

        「え……」

         

         狂気のメガミは、いなかった。
         それどころか、藤峰も、楢橋も。
         あの謎の煙もねじれていく世界も、嘘だったかのように元の仄暗い研究所の一室だけが、千影の前に広がっていた。

         

         そう、一室である。
         今までいたはずの隠し扉の前の廊下ではなく……薬品棚が乱立した部屋。それが、千影の現在位置だった。
         因果の果てに、彼女は1人、どことも知れぬ場所に放り出されたのだ。

         

        「ふぅー……ふぅーっ……」

         

         高鳴る胸、そして懐の滅灯毒の感覚は変わらない。荒くなっていく呼吸を抑える千影の拳が、強く握りしめられ、それでも震えを孕み始める。
         壁一枚だった距離は、不可解の前に大きく後退したのだった。

         

         

         

         


         いかに人間を騙せると言っても、メガミを騙すのは簡単なことじゃあない。
         優れた感覚、感性……それを出し抜くのは難しいことだけれど、クルルのやつは予想すらも軽く飛び越えてくるから尚更だ。
         そして闇昏千影は、そんな狂気が徘徊する本拠地で、これからあてどない行程を辿ることになる。
         彼女は果たして、救いの手を伸ばし続けることができるのかな?

         

        語り:カナヱ
        『桜降代之戦絵巻 第五巻』より
        作:五十嵐月夜  原案:BakaFire  挿絵:TOKIAME

         

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        第壱拡張プレリリースを開催します!

        2018.07.07 Saturday

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          プレリリース開催!
          新幕 第壱拡張をいち早く体験しよう!

           

           

           こんにちは、BakaFireです。昨日にはクルル特集の後篇を更新したばかりですが、もうひとつあなたにお伝えしたいことがございましたので、本日も更新させて頂きます。似たような流れを先日の大規模大会の告知でも行いましたが、今回も大会関連の告知でございます。(ちなみに大規模大会は現在116名の方に参加申し込みを頂いており、残る席は12名となります。参加を希望され、まだお申込みいただいていない場合はぜひお早めに!)

           

           そうです。『第二幕』の拡張でも開催されてきたプレリリースについてお伝えする時がやってきたのです!
           
           『新幕』から新たにご参加いただいた皆様もいらっしゃるでしょうから、詳しく説明いたしましょう。プレリリース大会は次の拡張の先行発売直前に行われます。そしてプレリリース大会では拡張で参戦するメガミが使用でき、その遊び心地を一足早く体験できるのです。
           
          (とはいえ、申し訳ないながら実物のカードをお渡しすることはできません。そちらではプロキシカードを使用したイベントとなりますので、裏面が透明でないスリーブをご用意頂く必要があります。予めご了承ください)

           

           日程は8月4日(土)8月5日(日)となります。これら2日間はプレリリース期間となり、公式、準公式イベントとして全国でプレリリースイベントが開かれます。それぞれの地域での日程は以下の通りになります。


          東京 8/4(土)
          大阪 8/4(土)、8/5(日)
          愛知 8/5(日)
          福岡 8/4(土)、8/5(日)
          札幌 8/4(土)
          新潟 8/5(日)

           


          何が先行体験できるんだって?

           

           それでは今回のプレリリースでは、果たして何が先行体験できるのでしょうか。これまでの通例であれば次の拡張で新たに参戦するメガミが体験できるのが普通であり、『新幕 第壱拡張』ではウツロがそのメガミに当たります。
           
           しかし今回はより良い手段がありそうです。何せウツロは『第二幕』の『第参拡張』で参戦する際にもプレリリースが開かれているため大きな目新しさはありません。もちろん、『新幕』で参戦するにあたって様々なところが魅力的になるよう磨かれていますが、今回の場にベストかというと違うでしょう。
           
           今回は新たな試みについて、先行体験して頂こうと考えております。そう。『新幕 第壱拡張』に封入されるアナザー版メガミが使用できるのです! それも1柱ではありません。2柱が使用できるため、より多様なマッチングが期待できるプレリリースになるのです!

          (アナザー版メガミについて、今初めて聞いたという場合は以前の記事をご覧ください。こちらの最後辺りで詳しく書かせて頂いております)


           プレリリースのうち、「第壱拡張プレリリース:東京の部」は本日から申し込みが可能になっております。こちらのフォームに必要事項を記載し、お早めにお申し込みいただければ幸いです。あなたのご参加、心よりお待ちしております!

          狂気カラクリ博覧会(後篇)

          2018.07.06 Friday

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            イカれたカラクリを改造しよう!

             

             

             こんにちは、BakaFireです。今回の記事はクルル特集の後篇となります。前篇中篇をまだお読みでない方は、先に読まれることをお勧めします。
             
             このシリーズは特定のメガミに注目して、本作のデザインを語るというものです。今回は新シリーズ第2回にして累計第7回となります。

             

             前篇ではメガミ・クルルに関する歴史を説明し、彼女のキーワード「機巧」が生まれるまでの話をしました。中篇では『第二幕』での個々のカードに注目し、それらを通して彼女を語りました。そして今回の後篇では『新幕』における彼女についての話を行うことになります。
             
             このシリーズにおいて『新幕』の話を行うのはこれが初めてとなります。従って、『新幕』開発の流れを明らかにしつつ、そこで何があったのかをクルル中心の視点で語る必要がありそうです。
             
             それでは、さっそくはじめましょう!

             


            新幕はじめました

             

             『新幕』は『第二幕』の潜在的目標に由来するデザイン空間の枯渇を解消することを第一の目的として開発されました。さらに次いで問題解決を通して、気持ちよく爽快感のあり、同時に戦略性が保たれたゲームとすることも目的でした。
             
             詳しくは『新幕』開発の記事をお読みいただくとして、私どもはそれらの潜在的問題を改善するためにライフを10にして、離脱を追加し、メガミの適正距離を見直しました。
             
             それに合わせて必然的に変更すべき個所が生まれます。それは「ダメージの塩梅」です。当然の話ですが、ライフが10に増加するならば、カードが与えるダメージも増加しなくてはなりません。ダメージがそのままであれば当然プレイ時間は伸びることになり、もっさりとした、魅力的でないゲーム体験を与えることになってしまいます。
             
             事実、ライフを10にして離脱を入れたゲームを体験するための最初のテストでは適当にカードプールを作っていたこともあり、プレイ時間は50分にも及びました。ちなみにこの時点のテストでは、ユリナ、サイネ、ヒミカ、トコヨの基本4柱のカードプールのみでテストされていました。
             
             では、どの程度ダメージを増加させるべきでしょうか。本作を再構成が2、3回程度行われるゲームだと考えると、ライフは実質的には5〜6から7〜8へと変化しており、おおよそ1.25倍から1.4倍程度になっています。1ゲームのプレイ時間はある程度減らす方向に持って行きたいと考えているため、ダメージは1.4倍程度にするのが適切そうです。
             
             そうなると、全てのカードのライフへのダメージを1上げることはできません。ライフへのダメージを上げるべきカードと、そうでないカードを取捨選択する必要が生じます。

             


            メガミたちへと問いかけよう

             

             ここまでが分かった時点で4柱のカードプールについてダメージを吟味し、ひとまず遊んでみて楽しいと感じられる数字にできました(もちろん、バランスはまだまだ駄目ですが)。そして、ライフ10と離脱は間違いない判断だと確認できたのです。
             
             そこまできたら、全12柱のカードプールをいよいよ作ることになります。その時点で私は全てのメガミをじっくりと見直すため、以下の3項目について問いかけることにしました。

             

            • そのメガミの理念はどのようなものか
            • 変更すべきコンセプトはあるか
            • ダメージはどこで取るようにすべきか

             

             ここでまずはデザインの領分としてこれら3項目への解答を書かせて頂き、それを通してメガミたちに何があったのかを語ることにしましょう。


            そのメガミの理念はどのようなものか

             

             『新幕』にあたっての大きな試みとして、私は全てのメガミに対して「理念文書」の作成を行いました。これは以下の項目からなっています。

             

            目的

            • そのメガミを宿していてどんな気持ちよさを味わわせたいか

            コンセプト

            • どうやって目的を実現するか
            • キーワード能力はなぜ手段となるか
            • サブコンセプトは何で、なぜそれが必要なのか

            どのリソースにどれだけ触れるのか

            苦手なこと、できないことは何か

             

             この文章はここでは直接すべてをお見せすることは避けておきましょう。いつの日か、理念文書の話をより深くブログで行う日も来るかと思いますので、その時をご期待ください。
             
             この理念においてクルルは一切の問題なく「クレイジーな発明家の感覚を味わう」と答えられ、それは前篇でお話しした内容とほとんど同じでした。
             
             実際、この理念はハガネ、チカゲ、クルル、サリヤはスムーズに書けており、ハガネ特集やチカゲ特集でお伝えした「宿したプレイヤーにどのような楽しさを体験させたいのか」というコンセプトの再確認に過ぎません。つまりこの理念文書は『第一幕』初期からサイネまでの、明確な目的がまだ未成熟だったころのメガミたちのためのものとも言えます(とはいえ、いざ書いてみたら拡張4柱にもそれぞれ気づきはありましたが)。

             


            コンセプトは変更すべきか

             

             理念文書がスムーズに書けた点や、『第弐拡張』が『第二幕』において大成功であった点を加味すると、クルルのコンセプトで変更すべきところはデザインの時点ではありませんでした。
             
             クルルへと大きな変化が与えられたのはバランス調整チームによるプレイテストが行われた後になります。それについては、もう少し後でお話ししましょう。

             


            ダメージはどこで取るようにすべきか

             

             クルルのダメージの取り方はいかれているため、どうすべきかは難しいところです。とはいえデザインの時点での私は、全てのメガミについてライフへのダメージが増え(そしてオーラへのダメージは若干ながら増え)ているため、クルルもライフへのダメージを向上すべきだろうとは考えていました。
             
             そこで私は「クルルはほとんどが上手くいったが「とるねーど」と「びっぐごーれむ」だけはいまひとつ活躍できていないので、強くすることにしよう」と考えました。
             
             ええ、今改めて書いてみると頭がおかしいとしか思えませんが、誤解なさらないでください。このカードリストを作っていたのは2017年8月から9月。つまり『第弐拡張』の発売から1、2か月しか経っていません。この時点ではクルルといえば「えれきてる」と「いんだすとりあ」であり、「びっぐごーれむ」と「とるねーど」は使い辛いという評価がほとんどでした。「びっぐごーれむ」軸のデッキが大会で大活躍して第二回全国大会の予選を大いに揺らしたのは実にそれから半年近く後、2018年3月の話なのです。
             
             そこで私は「びっぐごーれむ」「とるねーど」を次のように変更したのです。


            びっぐごーれむ
            消費3 行動
            【使用済】機巧(全全):あなたの終了フェイズに相手のライフに1ダメージを与えてもよい。そうした場合、山札を再構成する。
            【使用済】あなたが《全力》カードを使用した時、その解決後に基本動作を1回行ってもよい。

             

            とるねーど
            行動/全力
            機巧(攻攻):相手のオーラに5ダメージを与える。
            機巧(付付):相手のライフに2ダメージを与える。

             


            バランス調整チームへの受け渡し

             

             これらの質問への答えを踏まえてカードリストを作り、楽しさを確かめました。ことクルルにおいて、この部分は簡単なものでした。すでに上手くいっており、楽しいと分かっているものを再確認するだけでしたので、すぐに合格となったのです。
             
             そして私どもデザインチームは、個々の戦略が強すぎるかどうかはさほど見ず、楽しさが保たれているかどうかに専念しました。なぜかと言えばその時点でバランス調整チームの発足が確定していたからです。
             
             このタイミングは2017年9月。ちょうど『第二幕決定版』に向けた調整が行われていたころです。バランス調整チームはこの調整を通して仮運用され、『第二幕決定版』発売後から本格的に『新幕』のテストを開始したのです。

             


            4ターンでお前を消す方法を思いついたぞ!

             

             

             バランス調整チームの運用はこうして始まりました。最初の時点ではまずは10ライフと離脱、そしてパワフルな(ええ、結果として印刷されたものと比べてもさらにパワフルな)カードプールへと慣れることに苦心するとともに、バランス調整チームはその過程を大いに楽しんでいました。
             
             さらに素晴らしいニュースもあります。前篇と中篇で『第二幕』のプレイテストでは「クレイジーな発明家」は私一人しかいなかったため、ほぼ一人での調整を強いられたとお話ししました。しかし『新幕』でのバランス調整チームには大変ありがたいことに、そのような発明家が私以外に2名も所属していたのです。
             
             しかし時は流れメンバーが『新幕』に慣れてきたころ(『第二幕』でも実は「びっぐごーれむ」と「とるねーど」が強力だったことからも分かる通り)、このカードプールに眠っていた愚かな地雷はマッドサイエンティストたちにより発掘されることになります。。
             
             ある日、一人のプレイテスターが(まさにクレイジーな発明家らしく)笑いながらデッキを用意して現れました。そのデッキはこの上なくヤバい代物でした。メガミはヒミカ/クルル。詳しい説明は省きますが、第2ターンと第3ターンと第4ターンに3ダメージを与えるデッキです。当たり前ですが残りライフは1ですので、その時点で再構成ができないため相手は蒸発することになります。
             
             こうしてクルルは当然の如く、調整が求められることになりました。

             


            コンボオンリーからの脱皮

             

             私どもは最初、「びっぐごーれむ」と「とるねーど」の機巧条件を厳しくする形で調整を試みました。具体的には「びっぐごーれむ」には対応が追加され、「とるねーど」のライフ2ダメージは行動2つと付与2つという機巧条件になりました。こうして先程のデッキは機能しなくなり、世界には仮初の平和が与えられました。
             
             しかしこのカードプールに埋まっていた地雷はひとつだけではありませんでした。流石に先程のデッキよりはましではありますが、愚かな事態を引き起こしそうなデッキは次々と発見されていったのです。
             
             そしてその「愚かな事態を引き起こしそうだけど自明に愚かではない」デッキが大丈夫かどうかテストしつづけ、その結果を観察した結果、もうひとりの発明家から大きな提言がなされました。クルルは『第二幕』でも相性への依存が比較的大きいメガミでしたが、今のクルルはその依存が大きくなりすぎているというのです。
             
             それはデータからも明らかでした。それらのやばそうなデッキはユリナ/オボロなどのビートダウン的なデッキとぶつかると大体は粉砕され、実際は適正にも見えます。しかしこれらのマッチアップはプレイテストにおいてはある程度恣意的に作られています。
             
             問題となるのはコントロール的なデッキとのマッチアップです。その時点では「えれきてる」にも若干の上方修正があった点も含め、行動カードによる不可避かつ正確なダメージクロックにより、それらのデッキはクルルとマッチングした時点で自動的に敗北するのです。
             
             本作のような非対称の対戦ゲームにおいて、キャラクター間の相性は存在して然るべきです。しかしながら、それが行き過ぎてしまうのは問題です。少なくとも、見た時点で決着してしまうようなマッチアップは可能な限り少なくする必要があるのは確かでしょう。
             
             そこで私どもはクルルに抜本的な改革を行うことにしたのです。当時のクルルは綿密な事前準備によってクレイジーなコンボを成立させ、凶悪なダメージを打ち込むメガミになっていました。しかし、コンボがここまで強力だと先述した相性上の問題が発生します。
             
             他方でコンボを単に弱めると、今度は宿す価値のないメガミが誕生します。ビートダウンには10割勝てず、コントロールには五分ではゴミもいいところでしょう。そこで私どもは「えれきてる」や「とるねーど」のダメージ水準を昔の形に戻し、その代わりにクルルにはトコヨやシンラに代表されるようなコントロール的な立ち位置を幾ばくか与えることにしたのです。
             
             こうすることでビートダウンに対してはコントロール的なカードでいなすことで猛攻をしのぎ、コンボを成立させていくチャンスが生まれます。同時にコントロール側もコンボから刻まれる打点が緩和されるため、対処するチャンスが生じるようになるのです。
             
             しかし、メガミの間の差別化は意識しなくてはなりません。クルルがコントロールの要素を持つとはいえ、トコヨやシンラと近すぎる方向の内容とすると没個性へと繋がります。同時にクルルらしく、奇妙である必要があります。さらに注意点としてコントロールのダメージを妨害し過ぎない必要もあります。コントロールのデッキが攻める際は連続攻撃はあまり行わない傾向にあるため、逆に連続攻撃に対して強いデザインであるのが好ましいでしょう(但し『第二幕』の「音無砕氷」はダメです)。
             
             そのために開発されたのが『新幕』における「くるるーん」と、新たなカード「りふれくた」です。実際にプレイテストした結果、これは期待した通りの影響を与えていました。こうして、クルルはクレイジーなコンボだけではなく、新たな武器をもって『新幕』の舞台へと降り立ったのです。

             

             


            これまでの1か月半を踏まえて

             

             こうして『新幕』は無事に発売し、そして1か月半の時間が流れました。折角ですのでこの記事ではこの1か月半を踏まえた今の見解も気になる所です。
             
             しかしこの辺りを深く語ろうとすると、今のゲームバランスやカード更新にまつわる話まで踏み込むことになります。今回の主題からは外れますので、ここでは軽く触れる程度にとどめておきましょう。こちらは今後のカード更新に関する記事でお話しさせて頂きます。
             
             特に厄介なことに、クルルは他のメガミと比べて本質をつかみづらいメガミです。「第二幕」の際にも最初のフィードバックは「弱い」という意見が多く(実際はかなり強力なメガミでした)、あらゆる構築の全体像が見えるまでには実に半年近い時間がかかっています。それゆえに、今の時点で『新幕』で見えている物事が真実とは限らず、ことクルルに対してはより慎重な態度であるべきなのです。

             

             その上で今の環境に触れるならば、コンセプトは上手くいったように見え、良い魅力が出ているとうれしく思っています。全体的に、かなり成功しているのは間違いありません。
             
             しかし他方で、少しばかり上手くいくのが早すぎることに対して強く警戒しています。今後のカード更新において、クルルを改めて見つめ直す必要性は生じるだろうとも予見でき、その他の改善点の影響も踏まえると併せてすぐに更新すべき個所もあるだろうと考えています。しかし他方で先述の通り、総合的には慎重な態度で検討するべきなのは確かでしょう。

             

             

             これにて3回に渡るクルル特集は閉幕となります。正直なところ、『新幕』開発で最初に語らなければいけなかったのがこいつだったことには頭痛を禁じえませんでしたが、どうにか面白いお話ができていれば幸いです。
             
             次回の更新は明日。短い記事ではございますがプレリリース大会についてお知らせいたします。