全国大会レポート(前篇)

2017.07.14 Friday

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     皆様、お久しぶりでございます。あるいはゲーム関連記事をお読みいただいている皆様、いつもお世話になっております。BakaFireです。本日は、久方ぶりの大会レポートを掲載いたします。

     

     大変ありがたいことに本作の世界が広がり、様々な未来が拓けつつあります。それもあなたが遊び続けて下さっているからです。改めて、お礼を伝えさせてください。 その一方で私個人のスケジュールはより忙しくなり、申し訳ないながら大会レポートを定期掲載するのは難しくなってしまいました。誠に申し訳ございません。

     

     しかし、本日は例外です。そう、2017年7月2日、「桜降る代に決闘を 全国大会」が開催されたのですから! 本日の記事はそのレポートとなります。長くなりますが、何卒お付き合いいただければと思います。

     

     いくつかのゲーム関連記事でも書きましたが、経緯も簡単に説明しておきましょう。現在は多くの地方で公式イベント、公認イベントが開催されておりますが、その地方間での交流の場は用意されていませんでした。そこで大規模な交流イベントとして、全国大会を開こうと思い至ったのです。同時に本作はちょうど一周年を迎えんとしていたため、一周年の記念としても程よいものでした。

     

     イベントの流れとして、まずは全国各地で予選大会を開催しました。それを通過できるのは参加者の上位25%のみです。それを潜り抜けた猛者たちが東京へと集い、決戦の舞台に立つのです。さあ、前置きはこのくらいで十分でしょう。さっそく、舞台を見に行こうではないですか!

     

     

    全国から強豪たちのエントリーだ!

     

     決戦の舞台は東京の大会ではおなじみ、イエローサブマリン秋葉原RPGショップ様となります。人数は100%正確なカウントではないのですが、73名のご来場を頂きました。スタッフを入れると80名を超える人数ということもあり、ショップ全体に加え、ひとつ下の階のマジッカーズ★ハイパーアリーナ様の一部も使用しました。ご来場いただいた皆様、そしてプレイスペースを使わせて頂いたショップの皆様、あらためてお礼申し上げます。ありがとうございました!

     

    多数のご参加、本当にありがとうございました!!

     

     来場者のうち、全国大会本戦にご参加いただいたのは48名でした(Twitterでは49名とアナウンスしましたが、1名が遅刻により辞退されました)。

     

    本戦受付。集う強者たち……。

     

     本大会は関東、関西、北海道、新潟、福岡、名古屋の6地方で予選が行われました。折角の機会ですので、地方の紹介をいたしましょう。

     

     関東は主に私が主催し、イエローサブマリン秋葉原RPGショップ様、ミスボド様、ゲームショップとど様にて定期的に公式大会が行われております。

     

     関西では想像を超える広がりを見せております。珊瑚さん、影牢さん(京都大会主催)といった熱心なプレイヤーの皆様と、ボードゲームショップDDT様、ひがっちゲームズ様といった熱心なショップに支えられ、全国でもNo1の大会数を誇っております。最近では他のショップでの大会も始まりました。

     

     北海道では第一幕から関東へと遠征を繰り返していたライムさんや、札幌でのゲーム会を主催されているうさぎさんの主導のもと、第二幕からさかんに大会が行われています。こにょっと。様やイエローサブマリン札幌RPGショップ様の助けもあり、安定した状況です。

     

     新潟では熱心なプレイヤーであるびくさんにより、定期的な大会が開催されています。大きな規模ではありませんがイベントが続いていることで、一定のプレイヤーが根付いております。

     

     福岡も近い状況です。こちらはイエローサブマリンマジッカーズ福岡店様により毎月1回の大会が安定して行われています。同じくそれにより、一定のプレイヤーが根付いている状態です。

     

     名古屋はプレイヤーがいることは分かっていましたが、イベントのない真空地帯でした。そこで関東の熱心なプレイヤーであるグリバーさんが名古屋予選を開催すべく、主催として遠征したのです。その際の流れもあり、大変ありがたいことに名古屋でのイベントも開催され始めました(そう、まさに明日の15日、名古屋初となる公認イベントが開かれますよ!)。今後も広がっていくことを期待しております。

     

     数多くのご参加を頂いたのは嬉しい誤算でしたが、お詫びすべきこともございます。私は本イベントを立ち上げるにあたり、地方から本戦にご参加いただくハードルは高いものだと想定していました。よって、30名程度が本戦にお越しいただければ嬉しいという気持ちでスケジュールを組んでいたのです。

     

     しかし蓋を開けてみたら、予選通過者59名のうち、48名もの方にご参加いただけました。その出席率にはお礼の言葉以外ありえませんが、本来予定していたスケジュールでは運営が厳しいと判断し、本戦と決勝の流れを変更することにしました。私どもの不準備により、その判断が前日、告知が当日となってしまったことを深くお詫び申し上げます。

     

     変更後の流れとしては、本戦は必ず4回戦とし、その結果の上位4名が決勝トーナメントに進出するというものになります。

     

     

    久方ぶりの三捨一拾!

     

     本戦の形式は三捨一拾です。公式大会としては久方ぶりで、実に昨年10月の第一幕最終大会以来となります。簡単に説明すると、大会申込の際に3柱のメガミを申請し、各試合で対戦相手がそのうちの1柱を除くというものです。各試合で読み合いや、普段やりこんでいないマッチングが起こることになり、より上級者向けの大会ルールなのです。

     

     あなたも気になっているでしょうし、全国大会での使用率レポートを行いましょう。猛者たちが選んだ3柱は、以下となります!

     

    ユリナ/ヒミカ/オボロ 1

    ユリナ/ヒミカ/チカゲ 2

    ユリナ/トコヨ/オボロ 2

    ユリナ/トコヨ/ユキヒ 15

    ユリナ/トコヨ/シンラ 3

    ユリナ/トコヨ/サイネ 1

    ユリナ/トコヨ/ハガネ 3

    ユリナ/オボロ/サイネ 1

    ユリナ/オボロ/ユキヒ 2

    ユリナ/ユキヒ/シンラ 1

    ユリナ/ユキヒ/ハガネ 2

    ユリナ/ユキヒ/チカゲ 1

    ユリナ/シンラ/サイネ 1

    ユリナ/サイネ/チカゲ 2

    ヒミカ/トコヨ/オボロ 1

    ヒミカ/トコヨ/ユキヒ 1

    ヒミカ/トコヨ/シンラ 1

    ヒミカ/トコヨ/チカゲ 1

    ヒミカ/オボロ/チカゲ 1

    ヒミカ/ユキヒ/サイネ 1

    ヒミカ/ユキヒ/チカゲ 1

    ヒミカ/サイネ/チカゲ 1

    トコヨ/ユキヒ/サイネ 1

    トコヨ/サイネ/チカゲ 1

    ユキヒ/サイネ/チカゲ 1

     

    ユリナ 37名 使用率77%

    ヒミカ 11名 使用率23%

    トコヨ 30名 使用率63%

    オボロ 7名  使用率15%

    ユキヒ 25名 使用率52%

    シンラ 6名  使用率13%

    サイネ 10名 使用率21%

    ハガネ 5名  使用率10%

    チカゲ 11名 使用率23%

     

     ご覧の通り、ユリナ/トコヨ/ユキヒが群を抜いて使用率1位となりました。さて、その結果がどうなったのか。詳しくは全国大会本戦のレポートの後となります。ご期待ください。

     

     

    全国大会本戦は波乱の予感……!

     

     全国の猛者たちが集う場なのですから、ドラマが起きないわけがありません。数多くの激闘が繰り広げられ、書き残すべきことは数多にも上ります。しかし申し訳ないながら私の見られる範囲や知識の範囲により、偏りが出てしまう箇所もございます。ご容赦くださいませ。

     

     48名もが参加している以上、第1回戦から波乱のマッチングが勃発します。まずは先程の地方紹介でも書かせて頂いた、ライムさんとグリバーさんが激突しました。今のふるよにを支えて頂いている素晴らしいプレイヤー同士の対決。第1回戦から激闘の末、ライムさんが勝利しました。

     

     同じく第1回戦。関西勢にとっては悲劇、あるいは喜劇が起きていました。ひいらさんとハガネLove2000万パワーズさんが激突したのです。どちらも大阪では実力者と知られるプレイヤーです。こちらも熱い戦いの結果、ひいらさんが勝利しました。

     ちなみにハガネLove2000万パワーズさんの本来のハンドルネームはのんのんびよりさんですが、予選を通過した大会にハガネLove2000万パワーズという名前で参加し、そのレコードシートが私のもとに届きましたので、本大会中はハガネLove2000万パワーズさんで通して頂くことにいたしました。

     

     

    第1回戦から注目のマッチアップが多発。これぞ全国大会!!

     

     続けて第2回戦。これまた同地方での激突が起こりました。もちろん、人数の多い関東や関西ならば普通のことなのですが、わずかに4人しか参加していない福岡勢も激突したのは想定外でした。

     

     他方で関東同士の激突も多発しています。そんな中、下克上の火が上がりました。totさんとカリンさんの対決でカリンさんが、つきのみちさんとローヴェレさんの対決でローヴェレさんが勝利したのです。totさんとつきのみちさんは第一幕でトップをひた走った本作のトッププレーヤーですが、全国大会は容赦がありません。ここで敗退となります。

     

    試合の合間を彩ったTOKIAME先生によるイラスト。写真は作成中の様子。

     

     3回戦ともなると、上位の熱気はすさまじいものとなります。ローヴェレさん(関東)対かよーださん(関東)、えとさん(関東)対トクPさん(関西)、ひいらさん(関西)対そねさん(関西)、ライムさん(北海道)対ぷよまんさん(関東)、カリンさん(関東)対とよひまさん(北海道)、舞茸さん(関東)対JUNさん(福岡)。いずれもすばらしい熱戦でしたが、さすがに誌面が足りません。ここでは割愛させて頂きます。

     

    参加者全員が主役!! 卓全てで激戦が繰り広げられています! 

     

     そして4回戦。全勝のプレイヤーは関東3名、関西2名、北海道1名となりました。 こちらでの勝者は確定で決勝トーナメントに進出となります。

     

     1戦目はローヴェレさんとひいらさんの対決です。ローヴェレさんもひいらさんも第二幕からイベントにご参加いただき、関東と関西それぞれで実力を発揮していったプレイヤーです。ここにひとつの東西対決が巻き起こりました。三拾一捨の結果、ローヴェレさんがユキヒ/チカゲ、ひいらさんがユリナ/ハガネとなります。ライフはひいらさんの圧倒的優位で進みますが、ローヴェレさんが絶妙なタイミングで「生きる道」を展開。ひいらさんは敗北を覚悟しますが冷静に攻撃を重ね、わずか1手の差で「生きる道」を阻止! ひいらさんの勝利となりました。

     

     2戦目はカリンさんとトクPさんの対決です。カリンさんは全国大会で復帰した関東の強豪。トクPさんは関西の強豪のひとりです。再び東西対決です。三拾一捨の結果、カリンさんがヒミカ/オボロ、トクPさんがトコヨ/ユキヒとなります。決闘開幕からカリンさんによる怒涛の怒涛の怒涛の銃撃、そして壬蔓とヴァーミリオンフィールドによる後退。速攻に成功し、こちらはカリンさんの勝利となりました。しかし、この二人の因縁はこれでは終わりませんでした。

     

     3戦目はライムさんと舞茸さんの対決です。舞茸さんもライムさんと同じく第一幕から参加しつづけた古参の戦士。三拾一捨の結果、まさに古参に相応しいユリナ/ユキヒのミラーとなりました。二人ともミラーにおいては先手後手の重要度が高いと判断し、かつてないほど熱いじゃんけんが行われます。そしてミラーらしいひりつく激戦の末、最後に立っていたのは舞茸さんでした。

     

    全勝卓。ここまで来ると先手後手の決定ですら熱い!

     

     こうして、4戦すべてが終わり、3名の全勝者が決定しました!

     

     さて、これらの激闘を経て、全体の結果はどうなったのでしょうか。ここで、3勝1敗以上の組み合わせのデータをお伝えいたしましょう。先程の使用メガミのデータと見比べ、今後の参考にしていただければ幸いです。

     

    ユリナ/ヒミカ/チカゲ 1

    ユリナ/トコヨ/ユキヒ 7(全勝1名)

    ユリナ/トコヨ/ハガネ 1(全勝1名)

    ユリナ/ユキヒ/チカゲ 1

    ヒミカ/トコヨ/シンラ 1

    ヒミカ/オボロ/チカゲ 1(全勝1名)

    ヒミカ/ユキヒ/チカゲ 1

    トコヨ/サイネ/チカゲ 1

    ユキヒ/サイネ/チカゲ 1

     

    ユリナ 10名 上位率27%

    ヒミカ 4名  上位率36%

    トコヨ 10名 上位率33%

    オボロ 1名  上位率14%

    ユキヒ 10名 上位率40%

    シンラ 1名  上位率17%

    サイネ 2名  上位率20%

    ハガネ 1名  上位率20%

    チカゲ 6名  上位率55%

    上位率=上位人数÷使用人数×100(小数点第一位四捨五入)

     

     ユリナ/トコヨ/ユキヒは母数が多いだけあり、上位にも数多くが残ることになりました。半数弱が3勝1敗以上を達成しており、良い選択であるのは間違いなさそうです。しかし上位率をみると興味深い点もあります。群を抜いて高いのがチカゲ、それに次いでユキヒ、ヒミカといった形になりました。このデータをどのように分析し、いかに活かすかはあなたにお任せすることにいたしましょう。

     

    ベスト8決定!

     

     こうして全国大会本戦はひとまず終了し、ベスト8が出揃うことになりました。発表いたしましょう! 順位はオポネント・マッチ・ウィン・パーセンテージにて算出しています。

     

    第1位 カリンさん 関東

    第2位 ひいらさん 関西

    第2位 舞茸さん 関東

    第4位 トクPさん 関西

    第5位 ローヴェレさん 関東

    第5位 かよーださん 関東

    第5位 totさん 関東

    第5位 とよひまさん 北海道

    ベスト8そろい踏み! おめでとうございます!!

     

     以上の8名には賞品としてシンラのプロモーション集中力カードが贈られます。さらに、当日のサプライズ賞品として、TOKIAME先生謹製のアクリルちびトコヨも贈られました。おめでとうございます!

     

    優勝扇をバックに、大発生中のトコヨちゃん

     

     そして上位4名であるカリンさん、ひいらさん、舞茸さん、トクPさんが決勝トーナメントへと進出することになりました。

     

     さてさて、全国大会の激闘をさらにお伝えしたいのは山々ですが、さすがに熱くなりすぎたようで、明らかに長くなりすぎてしまいました。そこで全国大会レポートは前後篇として、後篇は来週にお届けすることにします。

     後篇では大発生大会、参加者皆様の面白コンポーネント紹介、そして決勝トーナメントのレポートを行います。ご期待くださいませ! お待たせしました! 後篇はこちらです。

     

     また、来週の更新では以前の展望でお伝えした、第弐拡張頒布に伴うバランス調整の話も行います。

    『桜降る代の神語り』第28話:奇妙な四人(細音側)

    2017.07.14 Friday

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       ひとつの壁を打ち破り、窮地を脱した氷雨細音。
       彼女を含めた奇妙な取り合わせの四人は、辛くも追手を撒くことに成功する。
       そして半日ほど費やした逃走劇の果て、押しかけた商屋の蔵で一行はようやく一息つくことができていた。
       よくまあ匿ってもらえたと思うだろうけど、あくまで『穏便』に協力してもらっただけさ。
       氷雨細音救出の影の立役者は、それができるだけの商人だったというだけの話だよ。

       

       


      「ねーねー、おっさん。喉乾いたんだけど、お水欲しくない? お茶でもいいけど」
      「まだ目があるかもしれんだろう。日が暮れたら貴様をお茶汲みに使ってやるからありがたいと思え」
      「えぇー! やーだーよぉー、ここお酒しまってたりしないのー?」
      「贅沢言うな! 助けてやったんだからそれだけでありがたいと思え!」

       

       うぇー、とただでさえ狭い板間に寝転がり、足を遊ばせる軟派者の平太に対し、喝を入れた恰幅の良い中年の男。平太への尊大な態度とは裏腹に、きっちりと正座で居住まいを正している。ここまで長い間走り通しであった後ともなれば、平太のような若者でもへばるのは道理だというのに、未だ汗を垂らしたまま誰かの視線を気にしたように背筋を伸ばしている。
       どけられた荷の山に背を預けていた細音は、一同から警戒の色が抜けてきた頃合いと見て、話を切り出した。

       

      「あの……どなた様か存じませんが、助けていただいてありがとうございました」
      「ふん、ワシらが間に合ったからよかったものの、貴様のあの不甲斐なさ、一歩遅ければあやつらのいいようにされておっただろう。せいぜい感謝す――ぅぁ痛ぁっ!」
      「……?」

       

       同じく男の隣で荷にもたれかかっていたトコヨが、閉じた扇の角で男の膝を痛打する。目の見えない細音に、何事もなかったと主張するようにすまし顔を向ける彼女の姿に、男は痛みをこらえてさらに背筋を伸ばした。
       咳払い一つ、彼は少々威勢を落として、

       

      「ワシは銭金商會の長をやっとる 銭金舐蔵 ぜにかねなめぞう という者だ。貴様のいた北にまでこの名前が届いてるかは知らんが、ご覧の通り南じゃちっとは名の知れた大商人様よ」
      「私のこと、ご存知なのですか」
      「情報は金と天秤にかけられるくらいには大切だからな。むしろ、北で五本の指に入るとも謳われる決闘代行・氷雨細音を知らんとなれば恥もかく」
      「おぉ、細音サン、そんなにつよーいミコトサンだったんだ。かっくいー!」

       

       銭金が睨みつけると、飄々と笑顔で受け流した平太が寝返りをうって細音の足下に近づいた。しかし抱えていた薙刀の石突が、彼の頭の接近を許さない。
       そんな攻防などないように、涼しい顔の細音は銭金に問う。

       

      「商會の偉い方が、私の助けに来ていただいた、というのは少し突飛に思えるのですが……。そもそも私が囚われていた場所もどうやって?」
      「まあ焦るな。ワシだってなんでこんなことをしているのか分からん。燃えた店の始末も終えんままに赤南に下ったと思ったら、瑞泉の接収騒動に巻き込まれて、まぁた龍ノ宮城下に戻ってくるはめになった。挙句、迷子のミコト捜索に駆り出されたんだ、これが金にならんと思うと涙が出てくるぞ」
      「ちょーどいいとこにあんたがいたのが悪いのよ」
      「……というと、お知り合いで?」

       

       トコヨの挟んだ口に細音はさらに銭金に向けて重ねて問うが、応じたのは銭金ではなくトコヨだった。

       

      「まあね。だって細音ったら、予定の時間になってもどこにも見当たらないんだもの。で、どこほっつき歩いてるか探してたら、ちょうどこいつがいたから調べてもらったの。お金のことばっかり考えてるやつだけど、似たようなお友達はいっぱいいるみたいだからね」
      「いくら火事場で混沌としていようが、ワシら商人の耳はどこにでもある。郊外へ向かった貴様の足取りはすぐに掴めたさ。元より、そんな混沌の中にあってなお歪な人と物の流れってもんが薄々見えてきておってな。あのクルルの活発化も本当だったし、結果論だが貴様によってミコトの拉致が行われているともはっきりしたわけだ」

       

       さらに銭金は、件の地下牢や決闘場のある地域への秘密裏な物流の増加を足がかりにして、どうにか細音の行方を突き止めることができたのだと言う。
       ここまでの流れで一切出てこなかった平太は、地下牢に潜り込んだ銭金とトコヨ相手に、細音の情報と引き換えにして手八丁口八丁で助け出してもらったというわけだった。

       

      「切羽詰まっていたとはいえ、こんなクズの口車に乗らねばならなかったとは……」
      「なーんでさー。ちゃーんと細音サンがどこ行ったのか教えてあげたじゃーん!」
      「あぁ、決闘場見つけるまで随分手間取っちゃったわよねえ……」
      「うぇーん、ごめんねごめんね! 俺っちがもーっと錠前破りがうまかったら、颯爽と細音サンを助けて君を待っていられたのに……!」

       

       ふざけて仰向けに寝たまま胸を抑えてトコヨに片手を差し出す平太の態度に、トコヨ本人は極めて無関心であった。だがその一方で、顔を赤くしたり青ざめたりしている者がいた。

       

      「おい、貴様ッ!」
      「ん?」
      「貴様、よくもそんなふざけた口を利けたものだな! いいか、このお方はぁ痛っ……!」

       

       逼迫した銭金のその言葉は、身を乗り出してまで扇で頭を殴りつけてきたトコヨによって遮られる。ついた汗を彼の着物で拭うにこやかな彼女の目は、全く笑っていなかった。
       実のところ、銭金はトコヨを宿すミコトである。彼の審美眼はトコヨに認められる程度のものではあったが、決闘の実力が下の下なのはともかく、金銭的価値が第一という価値観のせいで、宿すことを許されていながら嫌われているという少々複雑な関係にある。
       そんな彼の紹介を遮った打撃の意味は、『余計な事を喋ったらただじゃおかない』というそれ。
       そう、トコヨはまだ己の正体を細音に打ち明けていないのである。

       

      「うわぁ、いたそー……おっさん大丈夫?」
      「なん、でも……ない…………けど、言葉遣いは、正せ……」

       

       それが、トコヨの前で銭金ができる精一杯の忠告だった。
       流石の細音も二人の上下関係を理解したのか、空笑いをこぼすと、助け舟ついでに気にかかっていた話題を差し向ける。

       

      「先ほど、南から逃げてきた、という旨のお話をしていたように思うのですが、なにかあったのでしょうか」

       

       項垂れながらも銭金はそれに納得したように、

       

      「ああ、瑞泉だ。やつらには気をつけるんだな。有事と称して赤南の港を占拠しおって、ワシの金も品もほとんど持っていきおった。接収とはよく言ったもんだ」
      「つまり、侵略を始めていると?」
      「さあな。あくまでも龍ノ宮の御用達としての見方だ。……まあ、あんなに手際よく港から攻めたんだ、龍ノ宮に入る金も物も、奴さんたち根こそぎ持っていくつもりだとしても不思議じゃなかろうよ。ワシらの商船にいち早く目をつけてたしな」

       

       だが、と銭金は一拍置いた。

       

      「それだけで終わらない何かを始めようとしていることは確かだ。あやつらが懐に入れようとしているものの目録に、人が加わっているかもしれんことは、氷雨――貴様を始めとしたミコトの拉致を、瑞泉の手の者が行っている可能性があることを加えて考えれば、だ。あながち間違っておらんとは思わないか?」
      「一体何を……」
      「まだ分からんし、どうなろうとワシは商いをうまく転がす方法を考えるだけだ。ただ、あいにくお仕えしてた一志殿はおっ死んじまわれた。喧嘩売ってきた瑞泉から巻き上げてやるのも悪くないが、災難続きから早々何をするにも色々手が足りないし、何よりワシらにすら薄っぺらく見える建前に、荒事が透けて見える。命あっての物種、弱っちいワシには――あ?」
      「あ……?」

       

       突然固まった銭金。焦点の定まらない目の裏で必死に計算を回していることは、頭に収まりきらない何かを数えたり並べたりしている指先が示している。それからぎこちなく視線をトコヨに向け、細音に戻し、その薙刀を見て、また細音の顔に戻した。
       彼は、気づいてしまったのである。

       

      「え、あ、うゎ……」
      「どうされまし――……!?」

       

       先を促した細音は、いきなりがらりと変わった空気の色に鳥肌が立った。
       それは別に恐怖だとかそういったものではなく、今まで無愛想だった男が戦慄いたかと思った矢先、突然猫なで声を上げたら、誰だって顔をひきつらせるといった、生理的なものだった。

       

      「氷雨殿、そういった不安定な情勢でありますが、だからこそこそ銭金舐蔵、精一杯頑張らせていただきますので、どうぞご贔屓のほどよろしくお願いしますぅ」

       

       冷や汗でびっしょりになった脂ぎった中年男の、へりくだった笑み。
       メガミに気に入られた凄腕のミコトだという、このご時世縁を結んでおいて全く損のない存在――細音をそう捉え直した銭金は、先程までの態度をどうか忘れてくださいと言わんばかりの商人魂を発揮していた。
       明らかに目を、心なしか金色に輝かせた銭金のゴマすりには、技巧を究めんとする細音であろうとも対応の一手を打つことはできないのであった。

       

       


      「氷雨殿、ワシらはこのあたりでお別れであります」

       

       夜襲をかけられたということもなく、翌朝、四人の姿は小屋にほど近い細い街道にあった。
       細音の嘆願もあって目一杯おもねることもなくなった銭金は、二又の分かれ道の右手を指してそう告げる。

       

      「咲ヶ原を抜けることになりますが、古鷹へはここからがむしろ今は一番よろしいでしょう。トコ――い、幾年殿の案内もあることですし、貴女であれば心配ないかと」
      「どうも色々とありがとうございました」
      「いえいえ! 落ち着くまで蟹河の店に居るつもりですので、今後お困りことがありましたらご一報ください。こちらも勉強させていただきますので……!」
      「いいからあんたはさっさと金数えに行きなさいよ! 拝金主義が細音に伝染る!」

       

       しっしっ、と細音の腕を抱きかかえながら追い払ってくるトコヨに、彼の作った笑顔は強張っていた。メガミとミコトとして縁を切られたわけではないから、トコヨの言葉はいつでも半分冗談なのだったが、悲しいかな、だからこそ彼に口答えは許されないのである。
       流石に印象が悪いと思ったのか、別れ際にさらに話題を続ける。

       

      「そ、そうだ。古鷹領へ行かれるのでしたら、異邦の方々にもしお会いすることがあれば、是非よろしくお伝えいただけると。なんであればお力添えしていただけると有難く」
      「異邦……? どのようなお方でしょう」
      「海の向こうから来られた、技術者とその侍従のお二人です。どちらも黒い肌に銀の髪の女性ですので、見ればすぐに分かることでしょう。ジュリアさんとサリヤさんと申されます」
      「あ、知ってる知ってる! 確かに見たことないキレーなおねーさんたちだった!」
      「なんで貴様が知っとるんだっ!」

       

       荷を抱えて身動きの重い平太の頭が殴りつけられる。もちろん、細音たちに向ける笑顔は忘れない。

       

      「ジュリア様には桜花結晶の研究の権威としてオボロ様を紹介したので、忍に縁深い地ですから、道が交わることもありましょう。我々としても随分興味深い技術をお持ちの方ですので、重ねて何卒」
      「金づるだって素直に言えばいいのに」
      「……そこは否定しませんが、それだけではないことは、お会いすれば分かるかと」

       

       珍しく、そう答える銭金はトコヨに対して随分と得意げであった。メガミである彼女すらも驚くようだと宣言しているようで、それ以上トコヨが食い下がることはなかった。
       もう言い置くこともなくなったような空気に、細音は西へと足を向ける。

       

      「承知いたしました。それではお気をつけて」
      「そちらこそお気をつけて! 古鷹殿にもよろしくお伝えくださいませ」
      「べーっ!」
      「じゃあねーおっさーん!」
      「おいこら待て」

       

       銭金と別れ、西へ歩き出そうとしたのは三人。だが、そのうちの一人は、素早く伸ばされた銭金の手に首根っこを抑えられた。

       

      「えー! やだやだやだぁー! 俺おっさんと二人旅なんてやだよぅ! 女の子二人とわくわくどきどきの冒険したいぃぃ!」
      「スリの平太がどの口を利いとるんだ。不釣合いも甚だしい。食い扶持はくれてやるから、大人しくワシにこき使われるんだな!」
      「絶対それ使い潰す気満々じゃんかよー!! 助けてぇー!!」
      「いいから荷物持ちはさっさと歩け!」

       

       そのまま、見かけによらない銭金の力強さで引っ張られていく平太を、困ったように見送った細音とトコヨ。ほっとしていないと彼女たちが答えれば、もちろん嘘になる。
       やがて遠くで平太が観念したのを認めると、細音は再び歩き出す。

       

      「さあ、行きましょう久遠」
      「あ、うん」

       

       先に声をかけた細音の後を、トコヨははにかんで追っていった。

       


       こうして、氷雨細音の周りで起きた動乱は、ひとまずの終わりを迎えることになる。
       彼女はこれから古鷹領、そしてそのほど近くに存在する忍の里へと向かっていく。
       そう……天音揺波もまた、忍の里へと向かっていることに、君ならば気づいているだろう?
       二人の再会は、もう遠くはない。

       

      語り:カナヱ
      『桜降代之戦絵巻 第三巻』より
      作:五十嵐月夜  原案:BakaFire 挿絵:TOKIAME

       

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      新たなメガミと狂気を組立

      2017.07.07 Friday

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         こんにちは、BakaFireです!

         

         いつものことですが、月日が流れるのは早いものです。ついに先日の7月2日『桜降る代に決闘を』全国大会が開催され、大盛況のうちに幕を下ろしました。予選へのご参加、地方での主催や運営、そして当日の本戦や併催イベントへのご参加、このイベントに関わって頂いた全ての方に深く感謝いたします。ありがとうございました!

         

         とはいえ、本日の話題はそれではありません。ええ、ついに来たのです。以前の展望では軽く触れただけだった『第弐拡張』の話をする時が!

         

        着想のメガミは狂気を描く

         

         拡張でもっともホットな話題は何か? それは勿論、新たなメガミの紹介でしょう。この記事ではもちろん一柱を紹介いたしますよ! しかししかし、例の如くお待ちあれ。いつも通り、彼女の活躍はストーリーですでに描かれています。もちろん、他のプレビューカードもありますよ!

         

         公式ストーリー『桜降る代の神語り』は第二章も半ばを超え、さらに盛り上がってきたところです。お時間が許すのであれば、是非ともご一読いただけると嬉しいです。最初から読むのであればこちらを、第二章の最初から読むならばこちらをクリックしてください。

         

         すでにお読みになったか、残念ながら時間がないならばこのままお進みください。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         気は整えましたね? ではご覧あれ。着想を象徴するメガミ・クルル、その狂気を!

         

         

         これだけだと、どういうことかは理解しづらいですね。まずは語るよりも、歯車枠のあるカードを1枚お見せしましょう。「えれきてる」をご覧ください!

         

         

         

         

         クルルはカラクリを用いて戦います。しかしカラクリはすぐに使えるわけではありません。組み立てて、動かせる形にしなくてはいけないのです。そのためにはアイデアやパーツを揃える必要があります。

         

         それは盤面にカードタイプを揃えるという形で表現されます。タロットでは表向きとやわらかく説明していますが、厳格には「捨て札」「付与札」「使用済の切札」のいずれかである必要があります。

         

         「えれきてる」が恐ろしいのは明白です。何せオーラを構えようとも、間合を外そうとも無意味な、絶対的な1ダメージなのですから。しかし効果を得るには少なくとも3枚のカードを表向きにしなくてはなりません。いえいえ、3枚で済ませるには《行動》かつ《対応》のカードが2枚必要なので、より多くが必要であることの方が多いでしょう。これは中々に難しいものです。

         

         そこで助けになるのは「使用済の切札」です。ご存知の通り、山札を再構成すると捨て札は消えてしまいます。しかし切札は違います。一度使用済にしてしまえば、ずっとパーツ1つ分として数えられるのです。彼女を宿すのであれば、切札のカードタイプやサブタイプにも注目するべきかもしれませんね。

         

         こんなところでしょうか? おや、物足りないご様子で。それではもうひとつ、奇怪なカラクリをお見せしましょう。彼女の狂気に飲まれないようにご注意くださいね。「ぱらどくす」をご覧あれ!

         

         

         

         

         本日は新たに2枚のカードを紹介しました。計画と即興、その両方が求められるカラクリ開発をお楽しみいただければ幸いです。

         

         

        第弐拡張プレリリースは3地方同時開催だ!

         

         新たなメガミの紹介をしたのならば、プレリリースの紹介をしないのはありえません。そう、今回も新たなメガミが先行体験できるプレリリース大会8/5(土)に開催いたします。

         

         さらに素晴らしいニュースもあります。これまでのプレリリースは東京だけで開催していましたが、今回は東京、大阪、北海道といった3地方での同時開催となります。東京は秋葉原の「季夏の交流祭」、そして大阪の「プレリリース大会@DDT」と北海道の「プレリリース大会@札幌YS」をぜひともチェックして下さい。

         

         ただし、先にお伝えしておくと、今回のプレリリースで使用できるメガミはクルルではありません。まだ姿すら見えぬ、もう一柱のメガミとなります。今回のプレビューからも分かる通り、クルルを使いこなすには事前の考察が重要です。ゆえにプレリリースのように即興で用いるのは、多くのプレイヤーにとって厳しいと判断したのです(メガミの発表順を逆にした方が理想的でしたが、ストーリー展開の都合からそれはできませんでした。ご容赦ください)。

         

         

         来週のゲーム関連記事はお休みとなり、次は再来週となります。ですがご安心を。来週は代わりに全国大会のレポートが掲載されます。達人たちの熱き戦いにご期待ください!

        『桜降る代の神語り』第27話:奇妙な四人(揺波側)

        2017.07.07 Friday

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           君は咲ヶ原の森の中にある、腹あたりまで砕けたような不格好な山を見たことがあるかい? 
           陰陽本殿跡と呼ばれるかの遺構への道は、そんな山だったものの麓で口を開けている。
           出迎えてくれる石門も、今や随分と歴史を感じさせてくれる佇まいだよ。
           それをくぐって洞窟を進めばたどり着けるのだけど……あのときは、そんな普段人気のない場所になんと四人もいたんだ。
           ……そう、奇妙な二人組が二組で、奇天烈な組み合わせになった四人がね。

           

           


           沈黙。それは武器であり、防具でもある。雄弁に物を語れば人の心を動かせるかもしれないが、語らないことで語る姿は時に言葉以上の説得力を持つ。
           しかし沈黙は、武具であるが故に、顔を見合わせて構えてしまえばそこはもう戦場となる。
           出会ってしまった。目があってしまった。そして、黙ってしまった。
           そこで会釈も無視も選べなかった者たちは、たとえ出来心で構えてしまった武器であろうとも、もはや鍔迫り合いの最中であるという現実からは逃れられないのである。

           

           そんな沈黙の中で、千鳥はあまりの気まずさに溺れそうになっていた。
           揺波と共に北から森を抜けてきた彼は、ようやく目印の石門を見つけて安堵していた。だがそれと同時、石門を挟んでちょうど反対になるような位置からも、男女二人組が木影から姿を現したのである。
           千鳥からしてみれば、こんな辺鄙な所で誰かと合うことがそもそも想定外だった。極秘の任務ではないので見られたことそのものは問題なかったが、しかし想定外を想定外として受け流しそこねた理由は別にある。

           

           眼鏡をかけた男は学者然とした雰囲気を持っており、立派な革の外套を羽織っていた。そこまではまだ、千鳥も百歩譲って学究の旅の人なのだと解釈することができた。だが、はためいた外套から覗いたのは、腰にくくられた爪のような武器。手を見やれば、確かに彼はミコトであった。
           極めつけは女のほうである。土より濃い肌に白……否、銀の髪。身体に上等な布を巻きつけたような服装。見たこともないような格好の彼女は目端に涙を浮かべていたが、千鳥もまた心の中で泣きそうになっていた。

           

           怪しい。地元住民の一言では到底済ませられない。
           だがいくら怪しいと言ったところで、ここで出くわした以上目的地は同じはずである。この泥のような気まずさを突っ切って、洞窟に入ることはいくらなんでもできなかった。何より、武器を持った男に荒事の可能性を見出してしまったのが、千鳥の一番の不幸であった。

           

           故に千鳥は永遠のように感じられる沈黙を打ち破り、穏便に別れる、ないしは怪しい二人と合流する必要に迫られていた。
           ……しかし悲しいかな、彼は諜報も請け負う忍とはいえ、あまり世渡り上手ではなかった。

           

          「か……、観光、の方……ですか?」

           

           勇気を振り絞っての問が、濃密すぎる沈黙の中に消えていった。鉢合わせしたときから何も言わず神妙な面持ちで考え込んでいた揺波も、それは何か違うと、調子を崩されたように眉をひそめていた。
           どっと背中から嫌な汗が吹き出た千鳥は、さらに冷やしてしまった空気に後悔しきりの胸中を、なんとか顔に出さないようにするので精一杯だった。

           

           それからさらにまた一分に迫る沈黙。
           次にそれを破ったのは、学者然とした男のほうだった。

           

          「忍がここに何の用だ」
          「……!」

           

           警戒心露わに問い返してきた男に、千鳥は頭皮から汗が滲み出すのを感じていた。驚きの声を飲み込むことには辛うじて成功していたが、強張った身体は誰が見ても図星のそれである。
           沈黙がそのまま霜になって降りてしまいそうなほど、場の空気はさらに凍りついていく。銀髪の女は、ピリピリとした男の様子に今にも泣いて喚き出しそうだった。

           

           忍者の存在自体は秘匿されているわけではないものの、依頼人以外に個人が忍と特定されるのは稀である。道中揉め事が起きるとしたら、むしろ龍ノ宮殺害の犯人である揺波を原因とするものだろうと考えていた手前、彼の頭が真っ白になるのも無理はなかった。
           よもや調査内容に関わる存在では、と身構えようとするが、その顔を赤土のように染めている人畜無害そうな女の姿が、その気構えを横から蹴り飛ばしていく。

           

           問われる側となった千鳥が、目を泳がせながら沈黙することさらにしばし。
           次にそれを破ったのは、得心のいったようにぽんと手を叩き、男に目を向けた揺波だった。

           

          「あ! ふっとばされた人!」

           

           ……このとき千鳥は生まれて初めて、空気が割れる音を確かに聞いた。いっそ男の眼鏡が割れた音のようですらあったが、幻聴であるかもしれなくとも、確かに千鳥の前で空気は音を立てて割れた。
           そう、先程まで神妙な顔をしていた揺波は、記憶の端に引っかかっていた男のことを思い出そうとしていたのだ。そして彼女にとって、彼は確かにふっとばされた人であった。……ヒミカに招待されて観覧した、龍ノ宮一志との決闘において。

           

          「は……?」

           

           そんなことはつゆ知らず、平静さを保つように眼鏡を掛け直す男。明らかに弛緩した空気は、先程まで敵意すら薄く滲ませていた男が、混乱の渦に叩き込まれたのだと示していた。
           一人満足そうな揺波は、それから言葉を続けることはなく、成り行きを見守る観客と化していた。ただ、どう考えても揺波が怪しい男を知っている旨の発言に、当事者だろう、と彼女を引っ張り戻せるほど、千鳥の思考回路は頑丈ではなかった。

           

           方向性を完全に失った沈黙。
           最後にそれを破ったのは、

           

          「アァァァァァァァァァッ! もうッ、これがアンマリですっっッ!」

           

           涙の意味を怒りに変えた、片言の女の爆発だった。

           

          「アナタタチ、もうイイカゲンにしてください! なんなんですか、アナタタチは! 遠くから長く海を船で一緒に来て、研究いっぱいできる喜んでマシタのに、到着したらワタシたちいきなり捕まって! ゼニャーネさんに助けられて出ることできたら、次は道分からなくなって! オネガイしたのワタシからもですけど、なんで招待されたワタシがお部屋で眠ること許されなかったのですか!? そのせいで外で寝てたら怖い人たちいっぱい来て、また捕まって、一人なって、助け来てくれなくて!」
          「じゅ、ジュリア、さん……?」
          「ソウデス! でも! サーキが助けてくれた、思ってました! これで終わり、思ってました! ……だけどまたナンデスカ! もうワタシイヤです!」

           

           怪しい男こと佐伯の動揺を他所に、堪忍袋の緒が切れた元人畜無害な女ことジュリアは、今までの鬱憤を晴らすように等しく三人を睨みつけていた。そしてあっけにとられている三人を叱りつけるように指さして、

           

          「サーキも! アナタも! アナタも! 会ったら、最初、アイサツ! この国、それ違いますか!? 皆、誰ですか!? 三人、知ってる人、違いますか!? ワタシ、ジュリア言います! ジュリア・ヴェラシヤ・クラーヴォです! この国にサクラの研究しにキマシタ! 次、サーキです!」
          「え、いや……」
          「サーキ、誰! 言います!」

           

           完全にジュリアに飲まれた空気の中、誰も激怒する異邦人に逆らうことはできなかった。

           

          「佐伯識典……という者だ。メガミ様に関する遺構を調査する学者……とでも思ってくれ」
          「次、そこのオトコの人!」
          「あの、俺、闇昏千鳥、って言います……。えーと、同じくここを調べに来た人、です……」
          「最後! オンナノコ!」
          「あ、はい。天音揺波です。千鳥さんに着いてきただけなので、ここで何するかはよく分かってません!」
          「……ウン? アー……いや、ヨロシイ、です!」

           

           男二人とは対照的に、自信満々で不明瞭な答えを返した揺波にジュリアはやや困惑していたが、隣で首をぶんぶん縦に振っていた千鳥の姿を認めると、納得したように怒りの表情を収めていった。

           

          「ミンナ、この先、行きたい。なら、一緒に行く、それはゴーリテキではありませんか?」
          「合理的……では、確かにありますが……」

           

           もう千鳥には、彼女の言葉に対して首を横に振る気力は残されていなかった。だから、再び眼鏡を掛け直して思案する佐伯の反応をただ待つしかない。
           そうして千鳥、揺波、ジュリア、最後に石門を見比べた佐伯は、一つ、深い溜め息をつく。

           

          「仕方ありません、同道することとしましょう。……いいな?」

           

           覇気の欠けた佐伯の睨みにもまた、千鳥は頷くことしかできない。
           こうして奇妙な二組の男女は、晴れて奇妙な四人組となったのであった。

           

           

           

           


           山肌に口を開けた洞窟となれば、どこまでも深く続いていく荒れた迷路を想像してしまうが、本殿跡に繋がるここは、人の手が長く入っていない印象とは反対に、傾斜のほとんどない一本道が整然と伸びているだけだった。
           入ってから黙々と進み続けた一行は、入り口からの光が潰えるよりも前に、行く手から差し込む光に気づいた。

           

          「あれ、もうお山の反対側に出ちゃったんですか」
          「いいや違う。あの先に我々の目的地が――ってこら、こんなところで走るな! 崩れたらどうする!」

           

           陰気に早くも嫌気が差していた揺波は、定かではない足下をものともせず、光に向かって駆け出していた。
           そして他の三人を置き去りにして、真っ先に洞窟から出た揺波は、思わず足を止めた。
           それは、目の前の光景に対する感動でも、驚愕でもなかった。

           

          「えっ……」

           

           揺波が立っていたのは、山の中に存在することなど考えられないほど広大な空間であった。咄嗟に比較できる対象として彼女は屋敷の敷地を思い浮かべたが、それでもなお足りない。何故なら、山を筒でくり抜いたように空まで吹き抜けていたのである。
           さらに居場所を見失わせるのは、そのくり抜いた筒――空間の壁面であった。凹凸こそあれど、朽ちた枯木の樹皮のような色合いは、苔のことを考えても明らかに岩肌のそれではない。土と緑の匂いが鼻をくすぐるのも相まって、ここは岩砂に埋もれた超巨大な樹の中だと言われても納得してしまいそうである。

           

           揺波は、ここが社のように神聖で、なおかつ誰かの手で作れられたものと理解できていた。眼前から広がる石造りの床は自然物というには平らすぎるそれで、二つの色合いを基調とした模様も認められた。
           だが、疑問が口をついて出た彼女の目を最も惹いたのは、彼女のよく知っているもので、けれども一度も見たことのない異様を呈すものだった。

           

          「うわ、すげぇ……これ……」
          「樹、ですか?」

           

           追いついてきた一同も、足を止めた揺波の隣でそれを目の当たりにした。唯一、ジュリアだけがその意を異にしていたが、ミコトである三人は等しくその異様さを甘受していた。
           広大な空間の中央にそびえる巨大な桜の樹。若々しさこそないが、天を掻き抱くように広げる枝は老成してなお躍動感に溢れている。あまりに大きすぎるものだから、遠近感も狂ってしまうほどである。
           ただ、その大樹には、大切なものが欠けていた。

           

          「そう、古鷹大社の白金滝桜や、瑞泉城の翁玄桜のように、格の高い社ほど大きな神座桜を擁しているものだ。しかし、かのヲウカ伝説の舞台ともされているここ陰陽本殿跡のそれはまるで別物だ。大きさも然り、そして何より――」

           

           慣れないといった様子で目を揉む佐伯は、自分でもう一度確かめるように、事実を告げる。

           

          「世にも珍しい、結晶のない桜なのだから」

           

           苔むした巨大神座桜は、輝きを放つことなく静かにそこに鎮座していた。

           

           


           同道することになった奇妙な四人は、君も知るようにそれぞれ複雑な事情を持っている。
           そんな複雑な四人がやって来たこの遺構も、実のところ色々と訳ありなのさ。
           表向きは一応平穏、しかし裏には様々な思惑渦巻くこの空間。
           果たして彼らは、平穏なままに為すべきを為すことができるのだろうか。

           

          語り:カナヱ
          『桜降代之戦絵巻 第三巻』より
          作:五十嵐月夜  原案:BakaFire 挿絵:TOKIAME

           

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          『桜降る代の神語り』第26話:神渉

          2017.06.30 Friday

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             君も決闘を間近に控えたとなれば、高鳴る胸を抑えた覚えがあるだろう。
             氷雨細音に用意された決闘は、そう神妙に構えられるものではなく、はたはた奇妙だった。
             呼び立てられるまでの一日、気構えを続けていようとも、それが足りることはなかった。
             未知の決闘の渦中、氷雨細音は己の身を賭けて謎と向き合うことになる。

             

             


             ずっと、ただ足を前に運んでいる。もうどれだけ進んだかなんて覚えておらず、鍛錬を欠かさない細音であってもうんざりするような時間、獣道を歩かされ続けていた。
             彼女の身柄は自由でこそあったが、両脇には見張りがつき、いくらか前には細音の薙刀を携えた男もいる。視覚のない細音は、音や空気の流れによって、徐々に開けた場所が近づいているのだと理解していた。辿り着けば否応なく決闘が始まるが、かといって土地勘のない山に逃げ込んで遭難しても仕方がなく、逃げ出す選択肢は与えられていなかった

             

            「ここを進め」

             

             そうして更に歩き続けていると、前が開けたが、すぐにまた杭を打ち並べたような壁と、その内側に桜の気配を感じた。先頭の男が立ち止まると、さらに先へ進む通路が壁に生じた。左右は見張りが如才なく塞いでいる。
             従う細音は、そこで鼻で笑われつつ薙刀を渡された。通路は狭く、得物も考慮すれば暴れるにはあまりにも不向きだった。嘲笑に憐れみと共に挑発を汲み取った彼女はしかし、憮然とした表情で決闘の舞台へ躍り出た。

             細音としては、小細工も企図も断ち切ってやる、という半ば己への脅迫じみた強い意思を持って望んだつもりだった。


             だが、

             

            「う……」

             

             下駄が土を二度噛んだきり、細音の足は前に出ることを拒否した。
             迂闊に動くこともままならない殺気に晒された……わけではない。むしろ、その逆――氷雨細音という存在を、一挙手一投足余すことなく観察し、それで満足することなく、身体の内側は臓腑の隅々に至るまで隈なく目を凝らして観測しようとしているような、そんな泥のような好奇心。

             

             

             視られている。
             測られている。
             細音の人生においてこれほどまでに注視されたことはなかった……それほどの視線。光をなくした瞳であってもなお、どこからどう向けられているのか分かってしまう。
             毒使いの極度に排他的な殺意は、それはそれで恐ろしかった。しかし細音は、この好奇の眼差しにそれ以上の狂気を感じてならなかった。自分以外の全ては己の好奇心を満足させるための存在でしかないとでも言うような、価値観が根底から異なる化物を前に、生唾を飲み込む。

             

             そして、だからこそ細音は後ずさることもできなかった。
             もはやその化物が、自分が少し動いた程度ではどうにもならないような位置にまで歩いてきているのだと、知っていたからだった。

             

            「おやおやーん? ちょちょちょーっとこれはよさげですよー?」

             

             化物は、艷のある女の形をしていた。
             両肩を掴まれ、最至近で観察されているにも関わらず細音の身体は動かない。やや背は高い程度で体格差はほぼなく、能天気で幼さすら残る声色は警戒心というものがない。なのに、未知が渦を巻いて混沌を作り出したようなその瞳から、顔を背けることすら選べないでいたのは、もはや反抗心を抱くことすら考えられない有様になっていたからである。
             細音の脳裏では、あの業火に晒されて怯えきっていた揺波の様子が思い出されていた。

             

            「筋肉量よーし! 結晶感度よーし! 技量は知らなーい! 以下省りゃーく! まーぁ? 最近見た中だと一番マシなんじゃーないですかねぇ」
            「既に一戦交えておりますが、同感です」

             

             化物のさらに向こうから、小馬鹿にしたように応じたのは五条。相対するべき敵の声でようやく身体に力の戻った細音は、精一杯、一歩下がった。
             その様子にさらに笑いを漏らしながら、五条は同情の言葉を投げかける。

             

            「心配するな、君の相手は間違いなく私だ。そちらの方はクルル様――まあ、我々のソウゾウを担うメガミと思ってもらえればそれでいい。無論、正式な決闘なのだ、クルル様がそのまま介入することはないよ」
            「とう! ぜん! ですぅ。観測するのに自分が干渉したら無意味ですしぃあったりまえですしぃー」

             

             じゃ、とあっという間に遠ざかっていくクルルの気配に息をつく。
             ここでようやく周囲を把握する余裕が生まれた細音は、真正面に確かに神座桜があること、桜を囲むようにして場が弧状の小高い仕切りで隔絶されていること、さらにその外周沿いにある櫓のような場所にはクルルを含めて何人か観客がいること、そして、当たり前のように入り口となった通路が塞がれていたことを理解した。
             ここは、決闘をするミコトたちを観察するために用意された場だと、理屈を抜きに直感した細音は、得物の感覚を確かめるように虚空に型を為した。

             

            「では、始めるとしようか。せいぜい我々の役に立ってくれよ?」
            「ご期待には添えかねます。そちらに如何な理由があろうとも……私は、勝ちます」

             

             八相に構えた細音は、歯切れ悪く応じた。
             未知の化物に見守られているという圧の中、氷雨細音の戦いが始まる。

             

             

             

             


             薙刀は近接武器の中でも間合いの長い部類に入る。しかしそれは鈍器や刀と比べた場合であり、同じ柄物の槍ともやや異なる。特に細音の戦い方とその得物は、八相の構えから振り下ろして薙ぎ切ることに重きを置いているため、突き出して刺すような、得物の全長を間合いに反映させる一手には不向きであった。
             だからこそ、一向に距離を詰めようとしない五条を相手に、細音は前進を選ばざるを得なかった。いくら警戒したところで、やれることのない間合いに居続けても意味はない。

             

            「たッ……!」
            「おっと」

             

             だが、細音の接近を悠々と許した五条に対し、細音が踏み込んだ一歩と共に躊躇なく振り下ろした刃は、彼の額の間際でせき止められていた。
             打ち払い、一歩だけ間合いを離す細音は、この守りの術に覚えがあった。
             兜を象徴武器とする、守護を権能とするメガミ・ミズキ。
             以前に刃を交えた相手が身につけていた有角の兜は、細音の重い一撃を何度も受け止めていた。それは五条が相手であっても変わることはなかった。

             しかし、と細音は間断なく中段を薙ぎ払った一撃が腹を捉えたこと知りながら、彼の無駄にもほどがある隙の多さにやや困惑していた。
             毒使いと共に襲ってきた際は実力を計る暇もなかったが、少なくとも彼は毒使いと同等かそれ以上だと想定していた。けれど数度打ち込んだだけで、お世辞にもよいとは言えない動きであることは分かる。このままなら細音の勝ちは明白なほどであった。

             

             端的に言えば、弱い。
             ただの事実確認としてそう思えるほど動きの悪い五条に対し、細音がそう考えるのは自然な流れですらあった。
             ……その考えを修正したのは、あの一撃であった。

             

            「ぁがッ」

             

             突然の全身の痺れ、そして皮膚を遍く駆けるような灼熱感。
             細音が拉致される直前に食らった一撃が、やはり何の前触れもなく繰り出された。感知するどころか、身体のどこを攻撃されたのかすら判然としない。
             しかし、痛みが脳をちりつかせた後は去るのも速かった。ここはあの森ではなく、桜の下。平時には意識を失うような攻撃であったとしても、決闘においては足を鈍らせる程度のものでしかない。ただし、それも立派な負傷の一つであることもまた確かであった。

             

             離されていた間合いを再び詰める細音は、正体不明の攻撃が、よもや五条の無駄な動きから繰り出されているのでは、と予想する。今まで味わったことのない不可避の攻撃の、それはいわば予備動作だったのではないか、と。

             

            「関係ありませんッ!」
            「くそ……!」

             

             今度は兜に頼らず回避を選んだ五条から、幾許か余裕が損なわれていた。
             元より細音は、守りを極限まで削ぎ落とすことで苛烈な攻めを生む使い手である。回避不能な攻撃があったところで、それを上回るような攻撃を繰り出し続ければよいし、そうすることで予備動作すらとる暇もなくなる……そんな至極単純な解が細音を前へ進ませる。

             

             そんな彼女の一薙ぎを兜で弾いた五条は、さらに大きく距離をとって、不敵に笑った。

             

            「見事だ……よもやこれほどまでとはな。どうやら私の見込みは正しかったようだ」
            「…………」
            「油断なく構える姿勢も素晴らしい。相対する者とはそうでなくては。他の連中は腑抜けに腰抜けに間抜けと、皆満足のいく実力を発揮してくれなくてなあ。挙句にただの力自慢でしかなかったゴロツキとくれば、私の苦労も察してくれるだろう?」

             

             足に力を溜め、不審な動きを察知せんとしている細音は当然のように答えなかった。
             小さく笑い捨てた五条は、さらに続ける。

             

            「そんな私の眼鏡に適った君には、早速お見せするとしよう。この―― 神渉装置 かんしょうそうち の力をな!」

             

             高らかに宣言する五条に警戒を強める細音だったが、動きが生じたのは彼ではなかった。

             

            「何が……」

             

             彼女の耳が捉えた音……その発生源は、今まで静かに二人のミコトを見守っていた神座桜からであった。
             カタリ、コトリ、カタコトカタコト――と、木と木が噛み合い、噛み合った木がさらに他の木と噛み合い、連鎖するように動きが伝播していく。決して大きな音ではないが、無視するには不可解過ぎる。

             

             

             そうして細音が想定外の動きに困惑していると、五条はわざとらしく前に歩き出した。無論迷う間に距離を詰めようとする細音は、脚に溜めた力を解き放つ。

             

             五条は、それに対して、興奮を抑えきれない上ずった声色で、それを――唱えた。

             

            「コンルルヤンペ……!」

             

             瞬間、うららかですらあった決闘場に、激しい雹が降り注いだ。

             

            「な……!」

             

             それは、細音が防御すべく足を止めたときにはもう、立っていることもままならない嵐へと変貌していた。氷の牙を持つ大自然の怒りの権化が、細音という敵に対して何度も何度も食いかかっているような、歯向かうことを諦めさせる一撃であった。

             

            「ぁ……ぐっ……」

             

             身をかがめ、被害を抑える細音であったが、考えていたのは反撃への一手ではなく、五条が繰り出したと思しきこの雹雨がいかにありえないものか、であった。
             細音が宿しているコルヌは、水や冷気を象徴する、彼女の故郷で広く信仰されているメガミだ。その権能から派生して、氷を生成したり、ときには雪を呼ぶことさえもある。
             五条が放ったのは、コルヌの力を最大まで引き出すことによって可能な、細音にも扱えない大技であった。その凍てつく息吹の中で、相手は凍え傷つき、膝をつくのである。

             

             しかし、その理解と現象の間には一つだけ致命的な矛盾があった。
             五条がこれまでに扱った技は、兜による防御と正体不明の攻撃の二つ。兜はミズキによるものだし、正体不明の攻撃はミズキのものではなく、かつコルヌによるものではない。
             そう、雹雨を繰り出したことで、五条は三柱の力を使っていることになったのだ。
             ミコトは、その両の手で合わせて二柱までしか宿すことはできない。

             

            (おかしい……ありえない……)

             

             五条が世の理を超越しているのでなければ、どこかに絡繰があるはずだった。しかも彼は、細音を挑発するようにコルヌの力を使ってみせたのだ。
             と、そこで氷壁を生み出して防御しようと、宿した力に意識を移したとき、細音は気づく。
             自分の中に宿したはずのコルヌの力が、明らかに足りない。
             まるで、身に覚えがないうちに使って消耗してしまったように、大きく欠けている。

             

            (私も、おかしい……おかしくされた? 力が、私から……?)

             

             思い至った仮説は突拍子もないもの。けれど、実現可能性を端に置けば、矛盾のないもの。
             五条は、細音の宿していたコルヌの力を奪った。そして行使し、雹雨を生んだ。
             頭を張り飛ばされたような驚愕の中、ようやく氷の礫の止んだ決闘場で、不可解を為した男がこちらに歩いてくるのを、細音はただただ聞いていた。

             

             

             

             


            「くくっ、どうした! さっきまで私の頭をかち割る勢いだったというのに!」

             

             一歩前に踏み出せば、足を飲み込むように氷の花が咲き。
             一薙ぎ守りの刃を振るえば、腕を取り込むように氷の蔓が伸びる。
             細音のあらゆる動きに応じて凍てつく決闘場からは、じわりじわりと彼女が立ち回れる領域を減らしていった。

             

            「そぅら、氷ばかりに気を取られるなよ?」
            「あぐぁ……!」

             

             体制を立て直す暇もない彼女へ繰り出される、あの不可避の攻撃。さりとて膝をつけば、手足は凍りついて本当に身動きが取れなくなってしまう。
             細音はそれでも五条に肉薄すべく機を窺っていたが、焦燥に炙られる集中力は刻々と変化する空間を把握しきれなくなっていた。視界のない細音にとって、一度頭を乱されることは、彼我の距離関係を白紙にされることに等しかった。
             さらには地面に残っていた大粒の雹に足を取られ、五条へ向かう身体の軸は定まらず、間合いに入ったところで無駄な動きの彼にさえ避けられる始末。

             

             自ら間合いを離した細音は、一転して絶望的となった戦況を前に、城ですれ違った際の天音揺波の存在を思い起こしていた。
             全てをねじ伏せる最強を前にして、ひたすらに手を模索し続けていた彼女。その勝利への異様な執念があれば、こんな前代未聞の状況であっても最善手を打つことができるのか……そんな思考が、傾きかけていた細音の心を暗澹へと引きずっていく。

             

             牢の中で思い馳せたように、五条は卑怯であった。それは決闘でも変わらなかった。否、仕組まれた決闘であれば、裏があるのは当然だった。
             理不尽さを盾にしていたのは、五条に対する不快感。そして、それに飲まれて敗北することと、その先への恐怖。結局帰ってこなかった山岸たちの末路と、クルルの存在は、彼女に、ただ不条理に負けること以上のものを抱かせるには十分であった。

             

             細音は自身で、揺波が持つような執念が欠けていると、頭では分かっていた。一方で前例のない絶壁の淵に立たされた今、勝利のために全てを尽くさなくてはならないと己を奮い起こす彼女はしかし、今自分にないものが今この手になくてはならないという歪な帰結にも足を取られていた。

             

            「やッ……―――あぁっ!」
            「惜しい、惜しいなあ……!」
            「こ……のぁぁあああっ!」
            「なんだ? その大振りは。もう狙いを定める余力もなくなったか?」

             

             刃は相手に届かず、足は間合いに届かず、心は勝利に届かない。
             勝つための道が、細音の前から消えていく。
             桜の下ではなかった、と襲撃者を侮蔑した自分がひどく遠くに感じられる。

             

            (もう……勝ちの目は……)

             

             失意が染み渡っていく細音の認識から、五条の位置すらも塗りつぶされ始めた。
             握った薙刀が、打つ手の喪失を告げるように重かった。

             

             だが、しかし。

             

            「さいねええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

             

             氷雨細音は沈まない。
             沈むことを、許されない。

             

            「あんたねえ! 何やってんのよッ!」
            「なん、で……ここに……」

             

             唐突に決闘場に響いた怒声は、囲いの一部を突き破った童女から発されていた。
             彼女の名は幾年久遠。または、細音の与り知らぬメガミとしての名を、トコヨ。
             勝敗の決するまさにその直前に現れた闖入者は、五条と観客たちの注意も否応なく引いた。だが彼女は我関せずとばかりに、憔悴する相棒への怒りを露わにする。

             

            「迎えに来てあげたら決闘してるんで観てたけど、何よそのぶれっぶれの太刀筋! 何がしたいのかぜんっぜん分かんない! そんな嫌々振り回してたってちっとも美しくない!」
            「おい誰かあいつを―――」
            「うるさい! ちょっと黙ってなさい!」

             

             体躯に不釣合いな圧が、決闘場に吹き荒れた。

             

            「いい? 私はあんたが負けそうなことに怒ってるんじゃないの。あんたが自分を殺してることに怒ってるの。分かる!? 別にあんたの才は音にだけ向いてるだなんて言わないし、あんたがそう望んでないことも知ってる。でも今のあんただったら、音の道に進んだほうが断然マシ! だって、武の道を歩んでるって自分で言ってたけど、望んだ道の上ですら自分に素直になれてないじゃない!」
            「素直、に……?」
            「あんたの求めてる武ってなんなの? なんでその道を選んだの? あんたの立ってる場所はただ勝敗を分かつだけの場所なの? いらないことばっかり考えてないで、もっと自分に目を向けなさい!」

             

             久遠へと人が向かっていく音を、細音は彼女の言葉通り他人事のように聞いていた。
             今が決闘中であることも忘れ、様々な念を吹き飛ばされた頭が意味を咀嚼していくが、自分に欠けたものを求めて喘いでいた彼女は、自分の中に広がっていた失意が嘘のように上塗りされていくのを感じていた。
             久遠の言葉は決して細音に欠けていた何かを補うものではなかったし、具体的な戦術を与える類でもなかった。むしろ、変わったことは何一つ言ってはいなかった。

             

             変わっていたのは、細音のほうだった。
             天音揺波に負け、今もこうして負けを前にし、勝利への執着という本来氷雨細音という人間が求める必要のないものを求めてしまっていた。それが、今の細音だった。

             

            「そ……っか」

             

             こぼれ落ちた納得の言葉に触れて、薙刀がとても軽くなった気分になった。
             細音は、武を極めんとしている。元々そこに、勝利という目的はなかった。あくまで勝利とは、自分の磨いた武の副産物でしかなかった。
             究極の技。それを求める姿こそが、細音本来の在り方。
             武はあくまで勝利のための道具の一つでしかない揺波と比べることが、そもそもからして間違っていた。すとん、と胸に落ちたようなその当たり前のことに、細音の精神が切り替わっていく。

             

            「私の連れが……決闘中に大変失礼致しました」
            「今更君に何ができるというのかね? あと一撃、持てばいいくらいじゃないのか?」
            「そう、ですね。では――」

             

             深く吐く息が、刃のように徐々に細く鋭くなっていく。
             そしてもう一度息を深く吸い込んだ細音は、弾かれたように前に出た。

             

            「参りますッッ!!」

             

             途端に動きにキレの戻った細音に対し、五条は地面を凍結させることで対応するが、機敏さの前に氷が追いつくことはなかった。
             そして瞬く間に切っ先で五条を捉えた細音は、兜によって一撃が浅く入るも、その動きは止まらない。前身でも後退でもなく、距離を保って、次の一撃へと繋げる。それはまるで音と音へ、拍子という規律の中で紡がれる一定の楽句のよう。


             自らを律し、動きを作り、描いた弧が、連撃を成す。

             

             

            「う、ぐぁ……!」

             

             完璧な呼吸の下で繰り出される連撃は、相手に生半可な対応を許さない。間合いを離すことすらできない五条は、兜の強力な防壁の届かない胴より下から枯れた桜を散らしていた。
             いくら彼が謎の仕掛けによってメガミの力を奪おうとも、原点に立ち返った細音の繰り出す技は、彼女自身が磨いてきたものである以上止められる道理はない。ましてや、しかと己の立つ道を踏みしめた今、彼女の技は更なる冴えを見せている。

             

             決闘という観点で見れば、確かに細音は負ける一歩手前であった。
             しかし五条は、ミコトに相対していただけで、一人の武人を見ていなかった。

             

            「あ、がっ……よくも、いらん真似をぉッ……!」

             

             最後の一撃を与えるべく兜に注力しながら突進する最中、焚き付けた久遠に対して激昂していた五条は、その慢心が故に、紙一重で脇をすり抜けていく彼女を捉えられなかった。

             

            「やああぁぁぁッ!」

             

             そして、振り向くことなく、背後を薙ぐ。
             膝をついた五条の脇腹から、身代わりになる最後の結晶がこぼれ、砕け散った。

             

            「馬鹿な……私に約束されていた勝利は……」
            「…………」
            「神渉装置があれば、私は……」

             

             そのまま天を仰ぎ、呆然と呟く五条に、細音が言うべきことは何もなかった。苦難の末の決着であっても、既に通り過ぎてしまった瑣末のような気分が細音を包んでいた。自分は確かに自分であるのに、どこか自分でないような感覚が、同じように呆然とさせる。

             

             と、そこへ、

             

            「あんたいつまでそうしてんの!」
            「痛っ! な、何するんですか!」
            「逃げるに決まってんでしょ!」

             

             氷の溶けゆく決闘場に走り込んできた久遠が、乱暴に細音の腕を掴んだ。先程怒鳴っていた場所とは別の方角に行き、こじ開けられた隙間から外へ飛び出した。

             

            「おっ、やーっと来た! ずっと待ってたオレっちのこと褒めて褒めてー」
            「え、平太さんまでどうして……」
            「貴様ら、話は後にしろ! とにかく今は逃げるぞ!」

             

             細音を出迎えたのは、牢で向かいだった楢橋平太と、もう一人彼女が聞き覚えのない、恰幅の良さそうな横柄な声を持った男だった。久遠をそこに加えても、細音の思考が追いつかないほどには関係性の不明な集団ができあがる。
             しかし今、四人に振り返る余裕はない。
             自分を見つめ直し、その先にあった勝利を拾い得た細音は、囚われの地から逃れるべくひた走った。

             

             

             

             


            「くそっ……くそぉッ! 邪魔が入らなければ……あいつ……あいつが……!」

             

             やわな拳が湿った地面を叩く。得られた結果が否定しようもないことを悟った五条は、今度はその不条理さに怒りを抑えられなくなっていた。
             装置を使えば、必ず決闘に勝てる。
             細音に対峙する前までは、その言説は正しかった。だが、必ずという表現に瑕疵は許されない。それが外的要因であれば、なおさら受け入れがたい。

             

             しかし、彼女から告げられる結果は、必ず受け入れなければならなかった。

             

            「ありゃりゃー。ごじょーん負けちゃいましたねー」
            「ひっ……あ、いえ、あの……申し訳ありませんクルル様! 思わぬ横槍が入りましたものですから……」

             

             そのまま土下座する五条を前に、けれどもクルルに怒りの色はない。

             

            「うんうん、いいよいいよー。むしろなんで謝るんですかぁ? くるるん、別におこぷっぷーじゃないーですからねー」
            「は……? おこ……?」
            「あれはーしょうがないですぅ。とこよんどーにかするのも無理ですからねぇ。ここが嗅ぎつけられた段階で、勝ってもぉー負けてもぉーあのミコトは手に入らなかったんですからー」

             

             あは、あは、と無感情に笑いながら、片足で器用に回転するクルルは、至って平坦な声色で五条を諭す。

             

            「まあー? どちらにせよ、実験台のあてはあったんで、そーんなに痛くはないから、安心してくださぁい」
            「あて、とは……?」

             

             そしてぴたり、と回転を止めたクルルは、項垂れた五条のことを横目で見下ろした。そういえば言っていなかったかとも、何故あえて問う必要があるのかとも、どちらにも取れるような表情を伴って。

             

            「へ……?」

             

             五条の眼鏡が落ちるのと、クルルが笑みを作ったのは同時だった。

             

            「そう簡単には壊れなさそうだし、安心ですぅ」
            「あっ、あああああああああああああああああああああああああっ!」

             

             全てを察した彼の絶叫を受け止める者は、いない。
             唯一目の前にいるメガミは、ふざけたように耳を塞いで、満足そうに笑っていた。
             これから捌くことになる家畜の活きがよくて困ると、喜んでいるように。

             

             

             

             

             かくして氷雨細音は、己を縛り付けていた見えざる枷を断ち切り、さらなる歩を進めることとなった。
             結局のところは何も変わっていないように見えるかもしれないね。でもそうじゃあない。
             彼女は天音揺波に敗北し、これまで見ようともしてこなかった在り方に触れた。そして己の在り方に疑問を持ち、悩み苦しんだ。その悔恨と逡巡は彼女を痛めつけたが、同時に鍛え上げてもいたのさ。周りを知り、その上で己を知った者こそが、本当に強い。
            苦しみの果てに、さらなる技へと至った氷雨細音にぜひとも喝采を!

             そして、五条といったかな。彼も哀れなものだ。
             少し前に君にも語ったと思うが、メガミの在り方はメガミそれぞれ。それは、君たち人間をどう扱うかも含まれている。人と共に己が道を行くトコヨやオボロ。人を盟友とするヒミカやハガネ。人を操り、他方で慈しむシンラ。しかしクルルは、彼女らとは大きく違う。
             彼女が真に愛しているのは着想であり、そこへと向かっていく圧倒的な狂気なのさ。彼女は人には興味がない。だから普段は無害だ。しかし、もしも創造性の矛先が人を求めてしまったら? そのおぞましき矛を、武器として求める者が現れたら?
             そこに現れるのは、まごうことなき災害さ。

             さて、君は彼女の狂気と共に在ることができるかい?
             ありえないよね。それとも、ありえてしまうのかな?
             まあ、君がどうなのかはカナヱには関係はない。折角の語らう縁だ、五条のようにならないことくらいは望みたいものだけどね。しかしどちらにしても、彼女のことは知っておいた方が良いかもしれないよ。

             なにせ、狂気はすぐそこまで迫ってきているのだから。

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

            語り:カナヱ
            『桜降代之戦絵巻 第三巻』より
            作:五十嵐月夜  原案:BakaFire 挿絵:TOKIAME

             

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