『桜降る代の神語り』第58話:大乱戦、再び!

2018.06.22 Friday

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     奇策を繰り出し、強襲の途上にある天音揺波たち。
     土石流はメガミにだって止められたものじゃない。それに、見てから対応したんじゃああまりにも遅すぎる。
     けれど彼女たちは土石流を輸送手段と扱った以上、策にも当然弱点はある。敵もまた強かなのだから、一切の動乱がないなんて、ありえはしないだろう?

     

     

     


     月明かりに煌めく水面が、瞬く間に土に濁っていく。

     

    「だいぶ揺れなくなってきましたね。最初のうちは何回か手着いちゃいましたけど」
    「なんつー平衡感覚してんだよあんたは。どれだけ岩にぶつかったか分かんないぞ……それ言ったら、操縦者さんもよっぽどだけどさ」

     

     呆れたように言う千鳥は、揺波の実感が告げるものの意味を考えていた。
     一行が土石流と共に筏で川を下り始めてから暫し。馬もかくやという速さでの猛進を阻むものはなく、低く響くような唸りを上げて着実に目的地へと迫っていた。
     不揃いの岩石がまま混在する土石流の中に安寧はない。それでも揺れが抑えられているのは、ひとえにサリヤがこの短時間で操舵に慣れてきたことと、少しずつ河幅が広がりを見せており、流れが分散しているからである。とはいえ、今もジュリアなどは支えに掴まっていないといけない程度には悪路であることには違いなかった。

     

     急襲を目的としている以上、勢いが削がれるのは問題である。けれど、問題が問題とならないよう、彼らは事前の準備と予測をしてきている。
     夜闇の中、目を眇めて先を確認していた佐伯が声を張り上げた。

     

    「翁玄桜がだいぶ見えてきました! 森もとうに抜けましたし、上陸地点まであと僅かでしょう!」
    「そ、それはいい知らせね! 流石にそろそろ疲れてきちゃった……っと!」

     

     サリヤがヴィーナの首を右に向けると、連動するように筏の進路も右に少しだけ逸れていく。そうして直撃を避けた巨石に濁流は次々とぶつかり、水よりも石塊の飛び散る飛沫が少なからず船上に乗り上げる。

     

    「後少しご辛抱ください。……それより、ここで一度計画の最終確認を行っておきませんか。上陸後にそんな悠長はことはしていられませんし」
    「そうデスネ。サーキ、お願いできますか?」
    「お任せを。――二人もこっちに集まってくれ!」

     

     濁流の轟音にかき消されぬよう張り上げられた呼び声に、揺波と千鳥の顔が引き締まる。真剣な佐伯の眼差しが、その時が迫っていると二人に意識させる。
     ヴィーナのすぐ後ろに小さく集ったのを確認し、佐伯は何度目かも分からないその確認を繰り返した。

     

    「瑞泉城に攻め込む我々の役目は二つ。第一に、陽動。既に瑞泉に先乗りしている闇昏千影班は、もう研究所に潜入しているだろう頃合いでしょうが、彼女らが救出作戦が完了するまで敵の目をこちらに惹きつけます」
    「この土石流の勢いなら、まだまだ橋を壊して余りあるな!」
    「ああ、これもハガネ様のおかげだな。西の兵が合流するまでにはケリをつけたい」

     

     各大家に対して複製装置で増強した武力で優位に立つ瑞泉の兵は、叶世座より質は高くないと予想されているにしろ厄介な問題であった。神代枝があっても多勢に無勢、制限がある揺波たちは増援による消耗戦を何より避けなければならなかった。
     それに対し、土石流での進攻は『兵力の分断』という解決をももたらす。ただ橋を落とすだけとは違い、濁流がある以上無理に渡河するわけにもいかない。永遠に流れ続けるわけではないにしろ、電光石火の戦においてはそれで十分であった。

     

    「そして第二に強襲。大目的はもちろん、敵大将――」
    「瑞泉、驟雨」

     

     その名をゆっくりと噛みしめるように、揺波はつぶやく。ともすれば濁流に音が飲み込まれてもおかしくないはずなのに、その場の誰もが、彼女が発した敵の名を耳にし、深く頷いた。彼女はこそ、この計画の最も大きな要なのだという信が、皆から集まった視線に載せられている。
     と、佐伯が確認を続けようとしたときだ。

     

    「雑兵は相手にせず、まっすぐ本丸へ向かう。理想的には人数差を作った上で瑞泉驟雨へ挑みたいが、敵戦力の――」
    「しっ……!」

     

     突然手をかざして割って入った千鳥が、口元に人差し指を当てる。
     一人だけ警戒を顕にした彼に、他の者は若干反応に困っていた。なにせ一同は今、土石流の上の筏という実質密室同然の場所にいるのであって、時折跳ねてくる大岩のほうがよっぽど恐ろしいのだ。

     

    「アノ、チドリサン……?」
    「静かに……! 寒気、感じないか? 俺だけってんなら、姉さんのおかげかな?」

     

     そっと懐の苦無に手をかけながら、

     

    「まあ……何より、この面子だよな」
    「面子……?」
    「この面子でいるの、すっげえ既視感が湧いてきて涙が出てきそうなんだよなぁ。俺もできることなら道中無事に過ごしたかったわけだけど――」

     

     皆、千鳥の嘆きに呼応するように、各々得物に手をかけた瞬間だ。
     最初に動いたのは、佐伯だった。

     

    「……っ!」

     

     千鳥の警告に助けられてなお、それは半ば勘のようなものだった。
     外周を警戒しようと振り返った最中、視界の端で僅かに輝いたものを切り落とすように、爪を取り付けた右手を反射的に閃かせる。
     ちょうど佐伯の頭上で弾かれたそれは、矢だった。
     さらに彼は、もう一つ視界の中に異物を発見する。

     

    「天音ッ!」
    「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

     

     天から降ってきた矢と共に、雄叫びを上げる男が両手の爪を叩き込むように、筏へと降下してきていた。
     咄嗟に鞘ごと刀を掲げた揺波が、高度を味方につけた男の一撃を受け止める。

     

    「う、くぅ――ぁッ!」
    「ぬぅ……!」

     

     そのまま叩き落とすように振り払われた男は、不安定な足場を物ともせずに綺麗に着地し、筏の後方へと間合いを離した。己の肉体を月明かりの下で誇示するよう、毅然と構えるその重心はまったく揺らぐことはない。
     強襲してきた男・架崎宗明を前に構える千鳥であったが、さらにもう一人、文字通り架崎の背後に現れた敵の姿を見て、思わずため息をついた。

     

    「ほらな? この面子でこの感じ、こうなると思ったんだよなあ」
    「そいつぁこっちの台詞だよ。嫌な感じがして来てみれば、あの変な馬にもっと奇天烈なおまけを引っさげて来るとはね」

     

     晴れた空に桜色を溶かし込んだような色合いの翼を羽ばたかせながら、浮雲耶宵は肩をすくめてみせた。
     あの陰陽本殿での戦いから時を経て、両者は再びにらみ合う。お互い謎の多かった当時とは異なり、今この場にいる全ての人間は、互いの目的をはっきりと理解していた。故に、無駄な疑問が出ることもなく、敵対の視線は幾重にも交差する。

     

    「今度は負けんぞ。驟雨様のために、この場で貴様らの策を打ち砕いてくれる!」
    「天音、佐伯さん、行くぞッ!」

     

     架崎の声を受けた千鳥が、取り出した神代枝を砕く。夜闇に舞い上がった桜の光によって、三人のミコトがそれぞれ力を手にする。
     闇昏千鳥は、暗がりに溶け込むような深い朱色の傘を。
     佐伯識典は、論壇という戦場を進む支えとなる巻物を。
     そして天音揺波は、決闘を愛する者との絆を示す刀を。

     

     

    「わたしたちも、押し通らせてもらいますッ!」

     

     最後の闘いの、最初の闘いが、始まる。

     

     

     

     


     突きに対する受けはいくつか存在する。素早く伸びてくる一撃は、一方で点しか攻撃することはできない。少しでも軌道を逸らされたり、狙われた一点を体捌きで僅かでも動かせば、受け手が傷を負うことはない。

     

    「ふんッ!」

     

     架崎が突き出してきた右の爪に対し、反射的に揺波が採ったのは体捌きによる回避であった。半身になりながら向かって左側に踏み込み、切り捨てるように複製装置が取り付けられた架崎の右腕へ刃を振り落とすつもりだった。
     けれど、

     

    「ぅあっ……!」

     

     飛び込むように踏み出した左足が、床の丸太と丸太の間につま先をとられてしまい、それ以上踏ん張ることができなくなってしまう。つんのめった体勢を立て直すように右足が足場を求めるが、その間にも相手は追撃の準備を整えている。
     間合いを離すように振った間に合わせの一刀は、しかし腰が入りきっていないために架崎の左の爪で逸らされる。さらに沈むように踏み込んだ彼に、完全に懐に入られた形となってしまった。
     そこへ、不思議とよく通る佐伯の声が投げかけられる。

     

    「『天音がそんな下手を打つだろうか?』」
    「くっ……面倒な!」

     

     架崎は揺波へ爪を振り上げることなく、何かを恐れたように一歩間合いを離した。渋々といった表情から、苦々しいそれへと変わっていく中、今度こそ体勢を戻した揺波の切り払いを避けるように、さらに距離を離していった。

     

     敷き詰められた丸太という特殊な環境は、さしもの揺波も対応しきれていないのが現状だった。ただでさえ揺れる筏の上では、刃先のぶれを気にする以前に満足に振るうことすらできない。
     しかし対する架崎は、元々凍った地面の上での戦いを得意とするミコトである。濁流の上では流石に不安が残るのか、筏を凍らせてこそいないものの、不安定な足場での立ち回りは一枚上手であった。

     

    「ありがとうございます、佐伯さん!」
    「援護してやるから、こっちには通すなよ!」

     

     応える佐伯は、ヴィーナをかばうようにして書を広げていた。そこには、邪魔にならないように縮こまるジュリアと、操舵を続けるサリヤの姿がある。荒れる船上になおさら気が抜けなくなったサリヤは、彼らの戦いを振り返って確認する余裕もない。

     

    「ほうら、架崎とばっかり遊んでていいのかい!?」

     

     無論、航行不能が揺波側の敗北条件であることは浮雲たちも理解していた。そして分かりやすく船頭に座すサリヤへ、真正面から浮雲は弓を引く。足場の不安定さから唯一解放されている彼女にとって、筏は的でしかなかった。
     短い間隔で飛来するのは空色の矢。視認性だけが救いであるそれは、一呼吸もしないうちに頭蓋をえぐる凶弾に他ならない。
     だが、辛うじてそれを全て撃ち落としていたのは、千鳥の苦無であった。

     

    「サリヤさんもっと頭下げて!」
    「でも、前が……!」
    「いっそ目隠しでもするってぇのかい?」

     

     嘲笑う浮雲。防御で手一杯の千鳥は、浮雲と違って飛び道具の数に限りがある。いずれは顕現させた傘で叩き落としていく他なく、狭い筏の上でそのような曲芸がいつまで続くか分かったものではない。何より、上陸の機会を逃すこともまた、千鳥たちの敗北条件なのである。
     と、そこで千鳥は、ヴィーナの後部座席へと飛び乗った。

     

    「佐伯さん、頼む!」
    「仕方ないな……!」

     

     毒づきながらも、佐伯は夜空を舞う浮雲へと焦点を合わせた。
     そして、彼女を指差して、

     

    「そこの小僧の持ち玉だって底があるんだ。何射もしておいて、貴様だけがこの世の理を覆せる訳もない!」
    「なにを――」
    「『矢は射ればなくなる! 当然のことだ!』」

     

     そうはっきりと言い切った瞬間だ。
     浮雲が指の間に挟んでいた空色の矢が、はらりはらりと解けていくように宙に溶けていった。

     

    「そんな理屈が通ってたまるかい!」
    「言っただろ! 押し通るってな!」

     

     咄嗟に腰の矢筒にある実物の矢に手を伸ばした浮雲めがけ、千鳥は閉じた傘を全力で振り抜いた。すると、傘は柄が途中から切り離され、宙にいる浮雲へ一直線に襲いかかった。月光に鈍く光るのは、柄の中に仕込まれた長い鎖である。

     

    「ちぃっ……!」

     

     左腕で身をかばうものの、傘の打撃は見た目以上に重い。衝撃を抑えきれなかったのか、速度も高度を下げていく浮雲であったが、土石流から飛び上がった石塊をすんでのところで躱して再加速、後方から筏を追う形となる。

     

    「千鳥さん、後ろで相手しましょう!」
    「応!」
    「させぬわ!」

     

     揺波と鍔迫り合いを演じていた架崎が、千鳥へ思いっきり息を吹きかけた。その吐息は、風を切る筏の上であっても空気を刺し通すかのように細く、しかも零下のように白い。瞬く間に千鳥の足元に突き刺さったそれは、ヴィーナの後部座席ごと彼の左のつま先を氷漬けにしてしまった。
     飛び降りようとしていた千鳥は堪らず姿勢を崩し、すぐ下にいたジュリアに飛び込みかけるが、その前に佐伯の腕に支えられる。

     

    「おい、貴様……!」
    「わ、悪かったってば!」
    「アノ、サーキ……チョット」
    「――忍はあの肉達磨でも相手にしてろ……!」

     

     佐伯は自分の足元でジュリアが手招きしていることに気づくと、ぞんざいに千鳥を筏の後方に放り捨てた。まさかそこまでされるとは思っていなかった千鳥は、左足が解き放たれる瞬間も見極めきれず、支えにしていた柱に背中からぶつかった。

     

    「痛ってえ! もうちょっとなんとかならなかったのかよ!」
    「え……しかし計画では筏ごと……いや、やむを得ませんか」
    「聞いてねえし!」

     

     抗議の声は、ジュリアに耳を貸していた佐伯には届いていない。しかし千鳥は、二人の密談が現状を打破する足がかりになることを期待して、それ以上の追求はせずに戦列に復帰し、揺波と並んで架崎に相対する。
     ……そう、彼を含めた五人は、この状況に小さくない焦りを感じていた。
     不利を背負いつつも、人数差などの有利を活かして互角には持ち込めている。
     だが、時間は、揺波たちに決して味方をしない。
     敵に追われながらの奇襲など、意味がない。

     

    「行きま――っ!」

     

     その焦りが、注意力の欠如を生む。加わった千鳥と共に攻めに出ようとした揺波の、その右の一歩が、千鳥同様に凍って丸太に張り付いていたのである。
     それを横目に、協調が崩れたのは承知で千鳥が単身飛び込むも、繰り出す小刀は踏み込みの浅さ故に容易に受け止められる。それを陽動とし、足払いを仕掛けるも、相殺するような蹴りが置かれている。覚悟ができている分、そこから体勢を取り戻すのは架崎のほうが早く、千鳥は転がるようにして架崎の間合いから逃れる。

     

    「はは、はははッ! 自分の用意した策に溺れて、満足に打ち合いもできんとは!」
    「くそ……」
    「恥を晒し続けんよう、早々に葬ってくれよう、反逆者たちよッ!」

     

     両の爪が打ち鳴らされる。先程の吐息とは逆に、上気した肌から湯気が立ち上っていた。
     そんな彼を愉快そうに嗜めるのは、猛々しい羽ばたきで筏に追いついてきた浮雲であった。

     

    「おいおい架崎。そんな興奮なさんなって」
    「あぁ? 何故だッ!」
    「まーた見えてないんだから……。いいかい!? 連中は、おまえさんをさっさと倒しちまいたくてたまらないご様子だよ。あたしたちには早々に退場してもらいたい理由があるってことさね。だったら、いつまでも遊んでやるのが仕事じゃあないのかい!?」

     

     それを聞き、すっ、と冷徹な表情を取り戻した架崎は、それでも抑えきれない優越感に口端を歪めた。
     意図を読まれ、それでも行くしかないと再び踏み出す揺波と千鳥。その様子を見ていた佐伯は、浮雲を注視しながらも頭を回し続けていた。ジュリアから提示された策を脳裏に描こうとしているようだが、眉間には皺が深く刻まれている。

     

    「やるなら……そうですね。次に曲がった後でしょう。際どいところですが……」
    「ダイジョーブ……サリヤなら、やれます……!」

     

     信頼に満ちたジュリアの笑み。この土壇場で見せられたその表情に、佐伯は小さなため息と共に悪戯めいた笑みを浮かべた。
     それを見るなり、ジュリアは大きく息を吸い込み、

     

    「予定変更デス! T−3、行きマス!!」

     

     濁流と乱戦に負けないよう、声を張り上げた。
     すぐさまヴィーナの下へ引っ込んだ彼女の発した謎の言葉に、反応は三分された。
     揺波たちは驚きをやや見せながら、ヴィーナへにじり寄るように少しずつ身を寄せていく。まるでヴィーナを守るような陣形にも見えるが、その間も得物は架崎たちに向けられたままであり、戦意にも衰えは見られない。

     

    「まだ何か仕掛けが残ってるっていうのかい……!」
    「だったら、その前に叩き潰すまでだ!!」

     

     強く警戒し、もう一回り距離を取る浮雲とは対照的に、それを最後の抵抗と捉えた架崎は、あっけなく興奮のたがを再び外していた。

     

    「同じくライラを宿す奴がいたな!? ならばこの技で始末してやろう!」

     

     架崎が右腕の複製装置を操作すると、一瞬の停止を挟んでから回転が再開される。乱れる河の音にかき消されているが、耳をすませば、その歯車の旋律の周期が僅かに変わったことが分かるだろう。
     そして、バチ、バチ、と。
     架崎の爪が、雷を纏っていく。
     架崎の爪が、風を巻き起こしていく。

     

    「死ねえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

     

     丸太を蹴り、大自然の破壊力を手に猛然と迫る。その威力があれば、誰かに致命傷を負わせることも、あるいは筏そのものの破壊もできよう。
     ……だからこそ、架崎はその選択をしてしまった。
     策を真正面から打ち砕けるだけの力があったからこそ、それを選択してしまった。

     

     最前で正対する揺波が、体内で練り上げた気を、嵐と成す。

     

    「はあぁぁぁぁッッ!!」
    「う、ぐぁ……」

     

     筏の後部へ吹き付ける暴力的な気流が、爪を振りかぶった架崎に直撃する。今まで巧みに乗りこなしていた彼は、その圧力に耐えきれず一歩、後ろにやった足を、図らずも丸太と丸太の間に突き入れてしまい、身体を支えきれなくなって膝を着いてしまう。

     

     それが、合図となった。
     今まで皆を導いてきた漕手が、高らかに宣言する。

     

    「Now or never……! GO……!!」

     

     サリヤの言葉と共に、皆一斉に顕現武器を宙に還す。そしてヴィーナへと群がるように、さらに横に拡張された木製の後部座席にしがみついた。
     サリヤの背中に抱きつくようにして乗り込んでいたジュリアが、

     

    「今こそトッテオキ、見せてあげまショウ!! BlackBox……、OPEN!!」

     

     


    「I AM THE SKY. I DEFY YOU. TRANSFORM...」

     

     呼応するサリヤの指が、ヴィーナの一部を深く押し込んだ。

     

    「FORM:GARUDA!!」

     

     変化は、孵化のようですらあった。
     ヴィーナの胴体から光が溢れ出したかと思えば、胴体と前輪を結ぶ横っ腹の部品が、前輪を軸に外へと展開していく。生じた光から広げられるその部品は、もう一弾さらに展開し、ヴィーナの全長に勝るとも劣らない黒く大きな翼と化した。大地を駆る鉄の馬が、空駆ける鉄の鷲へと瞬く間に変貌したのである。
     それだけではない。変形と同時、ヴィーナの後部は爆発したかのように、圧縮された炎を吐き出した。筏に組み込むための機構を破壊しながら、その推進力でもって、巨体を飛び上がらせる。

     

     鷲が、夜空に両翼を広げた。
     五人を乗せて、弾丸のように宙を突き進む。

     

    「は……?」

     

     開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。今まで空を制していたはずの浮雲は、変形の光が収束したおかげで夜陰に紛れ始めたヴィーナの姿をただ、ぽかんとしながら目で追い続けていた。
     と、そんな一手に考えも吹き飛ばされていた架崎を、加速度的に増していく揺れが襲う。

     

    「う、うおぉッ!」

     

     ぐらぐらと、今までにはない揺れに足を取られる中、なんとか立ち上がろうとしていた彼だったが、ヴィーナが発進した今、自分は一人、筏に取り残されたのだとようやく気づいた。
     けれど時すでに遅し。操舵手を失った筏は、濁流に取り残された岩石に正面から乗り上げてしまい、機構も破壊されて脆弱になった船首から真っ二つに割れてしまう。

     

    「架崎ッ!」
    「うきぐ――」

     

     浮雲が伸ばした救いの手を、彼が取ることはなかった。うねり上がった波に下半身を飲み込まれ、大自然の暴虐に晒された架崎は、悲鳴を上げる暇もなく、夜闇の底、土石流の中へと消えていった。
     僅かに飛んで後を追った浮雲だったが、全てを等しく押し流してしまう力の前には無力である。歯噛みして一旦諦めると、揺波たちが飛んでいった方角を眺めた。

     

     その方向には、もう目前に迫っていた瑞泉城と巨大な神座桜の姿がある。城へ引き込むような河の分岐が見られるが、船着き場を始めとして川縁の何もかもが押し流された後であった。城へと土石流が向かわなかったことだけが幸運だろうか。
     そんな光景を尻目に、獲物を見つけた猛禽のように滑空して行くヴィーナは、それ自体が目を疑いたくなるような現実ではあっても、そのまま城まで到達するであろうことは容易に想像できた。

     

    「しゃあないねえ……。だが、負けが決まったわけじゃない、か」

     

     舌打ちを一つ、奇天烈に奇天烈を重ねた策で出し抜かれた浮雲は、近くにあった樹に留まりながら、居城にいる主人に思いを馳せていた。

     

     

     


     奇策というのは、考えの外側からやってくるから奇怪な策になる。戦場から離脱したこの一手はまさしく常識の外からやってくる策といっていいだろう。
     無事刺客を退け、予定外ながら瑞泉城に向かうことができた天音揺波たち。だけど彼女らの役割は強襲だけではない。さっきも言っていたね? 陽動だ、と。


     さあ、視点を再び移し換えよう。行動を開始した闇昏千影たちを見てみようじゃあないか。

     

     

    語り:カナヱ
    『桜降代之戦絵巻 第五巻』より
    作:五十嵐月夜  原案:BakaFire  挿絵:TOKIAME

     

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    舞台は大阪、大規模大会に挑戦しよう!

    2018.06.22 Friday

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      炎熱の大交流祭で、今こそ燃え上がろう!

       

       こんにちは、BakaFireです。本日はクルル特集の中篇を更新いたしましたが、もうひとつあなたのお耳に入れておきたいことがございましたので、追加の記事を書かせて頂きました。何度か当ブログでも触れておりました、シーズン1を締めくくる大規模大会についてです。
       
       初めてご覧になった方のために、もう少し説明いたしましょう。本作はある製品が発売してから、次の製品が発売するまでの間を1シーズンと定めています。そしてシーズンの間で拡張によるカードの追加、既存カードの更新、禁止カードの解除(これらの理念は詳しくはこちらをご覧ください)が行われるのです。
       
       そして現在は『新幕 基本セット&達人セット』の発売から『新幕 第壱拡張』の発売までという、シーズン1の途中というわけです。
       
       私どもは各シーズンの終盤に、そのシーズンを締めくくり、頂点を決めるための大規模大会を1回は開催します。それらの大会は関東以外の地方で開催される見込みです(シーズンによっては全国大会を開催します。そちらは全国で予選が開催され、本戦を関東で開催します)。
       
       本日お知らせするのはシーズン1の大規模大会です。そして『新幕』シリーズ最初の覇者を決める決戦の舞台は、大阪となります。
       
       経緯、背景についてはこんなところでしょう。それでは続けて、イベントの概要を紹介いたします。
       

       

      炎熱の大交流祭

       

      日時:2018年7月28日(土) 11:40〜20:00 (11:00開場)
      会場:難波御堂筋ホール ホール8A
      バージョン:新幕
      参加費:500円
      定員:128人
      当日受付:有(予約を強くお勧めします
      レギュレーション:三拾一捨、5回戦+決勝トーナメント

       


      真剣勝負のレギュレーション
      三拾一捨を楽しもう!

       

       本大会では普段よりも実力が試されるレギュレーション、三拾一捨が用いられます。『新幕』で新たに本作に触れ、初めて見たという方もいらっしゃると思いますので、説明いたします。
       
       三拾一捨では当日の受付に際して、メガミを2柱ではなく3柱申請して頂きます。そして各試合において相手の3柱を確認し、お互い秘密裏にその中から1柱を取り除くのです。その上で同時に公開し、残った2柱で対戦します。
       
       この構造ゆえに、普段の大会では見なかったようなマッチングも頻発します。より多様な対戦に対応する実力が試される戦いになるのです。
       
       こうして聞くと厳しそうに感じるかもしれませんが、ルールが複雑ということはありません。多彩なマッチングに触れあえる、楽しさという点でも魅力的なレギュレーションですので、ぜひともこの機会に挑戦してみて頂けると嬉しい限りです。
       

      定員は本作初の128人規模!

       

       定員は本作初となる128人規模となります。ここまでの拡大ができたのも、ひとえに応援して頂いている皆様のおかげです。この場を借りてお礼申し上げます。この勢いを維持していくためにも、是非とも今回もご参加いただけると嬉しい限りです。
       
       128人とはいえ、7回戦をやるには本作は厳しいものです。そこで今大会は5回戦の上で、上位4名による決勝トーナメントを行います。決勝トーナメントの前に上位表彰式は行いますので、それ以降は観戦をお楽しみいただくもよし、フリー対戦を行うもよし、お時間が厳しい場合はお帰り頂いても問題ございません。


      交流祭形式なのでドロップもOK!
      カジュアルにも楽しめます。

       

       こうして聞くと真剣勝負すぎて苦しく感じる方もいらっしゃるかもしれません。ご安心ください。交流祭形式を採用しておりますので、各試合の間に自由に大会を離脱し、フリープレイに移ることができます。最も魅力的に感じるやり方で、本イベントを自由にお楽しみください。


      覇者にふさわしいゴージャスな賞品もございます。

       

       そして大規模大会では普段の大会と違い、よりゴージャスで魅力的な賞品も用意しております。紹介しましょう。
       
      上位賞(4勝1敗以上)

      • プロモーション集中力カード:シンラ
      • 限定アクリルフィギュア:ヒミカ

       

      ベスト4

      • 上位賞の内容
      • 任意のプロモーションタロット1枚

       

      優勝

      • 上位賞の内容
      • 全てのプロモーションタロット1枚ずつ
      • 全てのプロモーション集中力カード1枚ずつ
      • TOKIAME先生描き下ろし色紙

       

       限定アクリルフィギュアは大規模大会でしか手に入らない特別なものです。ちびメガミが描かれ、背面では世にも珍しいメガミの後姿を見ることもできます。毎回の大規模大会で異なるメガミとなりますので、そのメガミが入手できる機会は極めて限られます(もしかしたら未来で復刻はあり得ますが、大規模大会の上位という条件は変わりません)。
       
       プロモーション集中力:シンラは大規模大会の上位賞です。変更の予定はなく、大規模大会上位の証と考えてください。
       
       大規模大会での勝利は過去のプロモーションタロットを入手する大チャンスでもあります。ユリナ、ヒミカ、トコヨ、オボロ、ユキヒ、シンラのいずれも可能です。特にユリナ、オボロ、シンラは今後はこの方法以外では入手はできません(ヒミカ、トコヨ、ユキヒは復刻の可能性はありますが、いずれも大会の優勝賞品という形になります)。
       
       そして見事優勝した暁にはこれらすべてに加え、TOKIAME先生描きおろしの色紙をお贈りいたします。
       
       
       以上となります。大規模大会は本日より申し込みが開始しております。こちらのフォームに必要事項を記載し、お早めにお申し込みいただければ幸いですあなたのご参加、心よりお待ちしております!

      狂気カラクリ博覧会(中篇)

      2018.06.22 Friday

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        イカれたカラクリ開発秘話

         

         

         こんにちは、BakaFireです。今回の記事はクルル特集の中篇となります。前篇をまだお読みでない方は、こちらから読まれることをお勧めします

         

         このシリーズは特定のメガミに注目して、本作のデザインを語るというものです。今回は新シリーズ第2回にして累計第7回となります。

         

         前篇ではメガミ・クルルに関する歴史を説明し、彼女のキーワード「機巧」が生まれるまでの話をしました。中篇では『第二幕』での個々のカードに注目し、それらを通して彼女を語ります。『新幕』にまつわる話は後篇に行いますので、それまでお待ちください。

         

         

        カードの何に注目するか

         

         やり方もこれまでのものを踏襲します。以下にてまとめましょう。

         

        • カードの歴史と評価に注目する
        • 歴史とはカードが生まれた経緯を指す。
        • 歴史においてルールの変化が重要ならばそれも語る。
        • 評価はゲームにおける魅力、バランスの適切さ、メガミの気質の体現性の3点を見て行う。
        • 現在問題視している箇所や、カードへの否定的な見解も書く(出版から時間が経ち、皆様からのフィードバックを頂くと至らなかった点も見えてくるのです)
        • 否定的に書き、修正を匂わせたとしても、修正を急ぐつもりはない。


         クルルへの反省点は、とても驚くべきことに小さなものです。これほど難解なメガミを、しかもたった一人でプレイテストする羽目になったにも関わらず、僅か1枚の調整で済んだ(いや、当然調整は望ましいものではなく反省すべきではあるのですが)のはむしろ奇跡的です。

         
         

         

         えれきてるが正しい意味で生まれたのは機巧というキーワードが誕生したのと同時でした。前篇で機巧のアイデアが浮かび、そのまま次のプレイテストに向けてカードリストを作り直したと書きましたが、その際のリストに最初から存在していたのです。
         
         最大の目的はクルルに独自性のある勝利手段を与えることでした。クルルのターゲットである「クレイジーな発明家」は(ほかならぬ私自身を含め)型にはまることを嫌います。それゆえ、勝ち筋もまた異常であるべきなのです。
         
         本作は「間合を合わせて攻撃し」「ダメージを与える」ゲームです。そこで私は、そろそろ1柱くらいは前者の型を完全に壊してもよいだろうと考えたのです。つまり、攻撃でない手段でライフにダメージを与えます。
         
         もちろん、無条件でライフにダメージを与えられる行動カードを作るのは明白に危険です。しかしその点でもクルルは完ぺきでした。まさに今、機巧というキーワードが誕生し、それを用いたカードを作っているところなのですから。
         
         そこで併せて素晴らしいアイデアが浮かびました。クルルは一切の攻撃カードを持たないようにするのです。こうすれば明らかな異常性を強調でき、さらにこの勝ち筋をプレイヤーに分かりやすく伝えられます。同時に攻撃カードを使うことを露骨に難しくでき、機巧の調整がやりやすくもなるのです。
         
         最後に考えるべきなのは機巧が求めるカードタイプをどのようにするかです。ここまでで、攻撃に頼らずに勝つというコンセプトは明白なので、攻撃は条件に入れるべきではありません。むしろ、攻撃は強いカードタイプなので攻撃カードをできるだけ入れないようにしたいという感情を呼び起こすべきです。そこで逆に、数多くの行動カードを求めるようにしました。このように調整することで、攻撃でなく「えれきてる」で勝つという戦略を力強く推進できるのです。
         
         続けて、そういったカードはどんなデッキに入るのかを考えてみました。まず考えたのが対応カードを用いるコントロールのようなデッキです。トコヨの「梳流し」は分かりやすい類似例です。このカードも相手のオーラを無視できるため、幾ばくか近い側面があるのです。
         
         しかし当時の時点でトコヨの強さから(やや過小評価していましたが)「梳流し」への危険性も感じていました。ゆえに、対応カードをふんだんに盛り込んだコントロールデッキが「えれきてる」を用いることには危険もあると感じたのです。
         
         ですが驚いたことに、機巧の便利さは私の予想を超えていました。それこそ対応を機巧の条件にしてしまえば良いのです。対応カードを捨て札や使用済の切札にするということは、そのカードで対応できないということを意味します。結果として「えれきてる」を撃つ瞬間には対応を構えづらく、隙ができるのです。
         
         こうしてクルルの勝利手段として、まずはルールを破るダメージ手段が発明されました。驚いたことにカードリストに入ってから、一度も変更されませんでした。

         


         

         

         クルルの初期妄想の時点で「全力を全力でないタイミングで使用できるようにする」カードは存在していました。前篇でお伝えした通り、ルールを破りクレイジーなことをすると同時に、他のカードへの依存性が高いこのカードは発明家にとって最高のおもちゃです。
         
         しかし機巧が生まれるより前にはバランスの問題より、実装できていませんでした。「クイックドロー」は原初札として(カードを引かなければ)そこまで強力な方ではありませんが、無条件で存在すれば明らかにゲームを破壊します。
         
         それについても機巧の発明が解決してくれました。機巧を適切に調整できれば、このカードも問題なく実現できるのです。
         
         それでは、どのような機巧条件にするべきでしょうか。この手のクレイジーな効果で第一に考えるべきなのは、この効果を悪用した際に最も凶悪となる状況です。私は連続攻撃の中に全力攻撃を混ぜた場合だと判断しました。「斬」「一閃」「居合」が1ターンの間に全て飛んできたら悲しいことに人は死にます。
         
         これについてはクルルが攻撃カードを持たないという構造から、かなり緩和されています。そこで私はそれに加えて、機巧条件で行動や付与を要求することでタイミングを抑止しつつデッキ構築にも縛りを加え、危険性を抑止したのです。

         


         

         

         このカードは機巧よりも昔、初期のカードプールから原案が存在していました。ご覧いただきましょう


        行動/対応
        【常時】このカードは対応でしか使用できない。
        カードを2枚引く。

         

         本作で「カードを引く」効果には大きな危険性があります。理由は2つあります。1つは通常札が追加のコストを要求しないこと。もう1つは山札が7枚しかないため、引き切りが容易であることです。
         
         それゆえにこの類のカードはヒミカ以外が持つことはできませんでした。しかし拡張も『第弐拡張』まで進んだ頃ともなれば、そろそろこの類の効果が再び作りたいところです。さらにフレーバーとしても良好です。本作のドローは刹那的な思考をイメージしているため、感情と紐付けられたヒミカが持っていますが、クルルが持つのもまた自然です。発明家は外因的な刺激で思考をスパークさせ、認識を拡張させるものなのですから。
         
         これはそういった経緯でデザインされ、問題を見事に回避していました。行動回数の増加にせよ、引き切りにせよ、動くべきターンに過剰な行動ができるから問題となります。対応でしか使用できないならばカードを引けるタイミングは相手に依存するため、相手はケアができるのです。
         
         そして機巧が導入された後もこのカードは残りました。実に奇縁なことに「対応でなければ使用できない」効果が機巧と絶妙な相性だったのです。
         
         クルルはある程度単独で機巧を揃えられる必要があるので対応カードを持つべきですが、他方で攻撃カードを持たないというコンセプトも存在しています。そうなると行動か付与の対応となるのですが、それらは攻撃と違い、いつでも使用できます。しかしそうすると安易に自分のターンに使用するだけで機巧条件が満たせてしまい、メガミを組み合わせる魅力に乏しくなってしまうのです。
         
         ところがこのカードであれば、使用できるタイミングが相手に依存するため、機巧を安易に揃えづらくなるのです。グッドデザイン!
         
         しかしある程度プレイテストをした結果、どうにもこの効果のままでは使い辛いと分かりました。対応で2ドローをすると山札が1枚以下になることが多く、次のターンの再構成で機巧を崩さざるを得ないのです。
         
         そこで効果を機巧にとってより便利なものにすることにしました。山札の序盤に引いたため、機巧カードを伏せ札にせざるをえないことはよくあります。そこでそれらを山札の底に戻し、使用できる機会を得られるようにしたのです。

         

         ちなみにもうひとつの効果はトコヨへの対策です。当時はトコヨが極めて強かったため、そこへと対策するカードを多くのメガミが持てるように進めていました。『第二幕決定版』調整でお分かり頂ける通り、私は後にそのやり方が誤りで、そもそもトコヨを弱体化すべきだったと判断を改めました。
         

         

         

         このカードは「えれきてる」と共に、攻撃に依存しない勝ち筋として設計されました。同じように「ライフにダメージを与える」「行動カード」となるため、それ以外のところで体験に違いを与える必要があります。そこで全力カードにして、さらに条件を付与2枚とすることで「えれきてる」との差別化を図りました。
         
         しかし全力カードとなると、これだけではやや力不足にも感じます。そこで別のルートとしてクルルで「攻撃カードで勝利するルート」を検討できるようにもしました。クルルの全てがクルル中心で組むわけではありません。組み合わせた際に他のメガミを中心として戦える余地を残した方が構築の幅が広がり、魅力的なのです。
         
         クルルと組んで攻撃する際の問題は、攻撃の枚数が足りないため十分に相手のオーラをはがせないという点にあります。そこで、オーラへと5ダメージを与えることでその問題を解決するのです。
         
         これに近い効果はユキヒの「ふりまわし」が行っていますが、あれには間合制限があり、さらに対応も可能です。両方の弱みを払拭したカードを安易に作るのは、当然ですが危険です。
         
         しかしここでも機巧が巧妙に解決しました。攻撃2枚を条件とすれば、「とるねーど」でオーラを空けて、そこから滑らかに攻撃を連打する動きは極端にやり辛くなります。同時に攻撃カードが必要だと強調され、このカードがどういうカードなのかというメッセージが強まります。
         
         これも驚いたことに、機巧導入時の最初のデザインから一度も変更されませんでした。

         

         

         

         前篇でお見せした通り、「切札を未使用に戻す」カードは駆動ギミックにおいても、クレイジーな発明家を興奮させる意味でも重要と考えていました。問題はバランス調整のやり方です。とりあえず全力にしておくのは初めから確定しており、そこにどのような制限を付けるかが問題でした。
         
         機巧がデザインされた後は単純にあらゆる切札を未使用に戻せるようにして、機巧条件を正しく設定すれば十分だと考えました。そこで考えるべきなのは「あくせらー」と同様、一番やばいのはどういう時かということです。
         
         まず私は全ての切札を見直し、何が未使用に戻るとヤバいのかを検討しました。様々なロマンティックなアイデアが浮かぶ素晴らしい時間でしたが、ダントツでヤバいのは明らかに1つでした。「大破鐘メガロベル」です。
         
         本作において回復する効果は強力です。消費3の切札を何度も使うのは簡単ではありませんが「大破鐘メガロベル」は例外です。なぜならダメージでライフはフレアへ移動するため、実質的に消費は1なのです。
         
         もうひとつヤバそうなのは「あくせらー」との組み合わせです。明らかに危険なカードであるため全力にして隙を生むようにしているのに、これらと安易に組み合わせられるのにはリスクがあります。この2点を鑑みて機巧条件を考えるべきなのは間違いありません。
         
         まず、より危険な前者から始め、ハガネのカードプールを慎重に観察しました。そこでかつてのハガネのデザインは良い方向に働きます。彼女は対応カードを持っていないので、対応を条件にすればよいのです。さらに彼女の攻撃カードも「砂風塵」以外は使い辛いことにも気づきました。ゆえに攻撃を条件に加わります。
         
         ありがたいことに、後者も自動的に解決しました。「あくせらー」と一切の条件が重なっていないので、組み合わせた動きがやり辛いのです。もしそうなっていなかったら、「あくせらー」の条件をいじる必要があったでしょう。
         
         これらを踏まえ、私はハガネ/クルルを検証しました。これは実に楽しく、他にない体験であり、私はこのデッキの大ファンになりました。あるゲームでは合計12ライフを稼ぎ出し圧殺した一方で、他のゲームではなんだかんだ負けたのです。機巧条件は完璧でした。どうにかデッキが成立する一方で決断をプレイヤーに求めていました(例えば、安定して対応を揃えるには「どれーんでびる」が必要ですが、そうすると他の入れたい切札を諦めねばならないのです)。
         
         しかし、本当にこれで大丈夫と私は確信できませんでした。これはまさに、ヤバそうでヤバくないかもしれない少しヤバいデッキだったのです。また、これがデッキとして成立してほしいとは心から思う一方で、環境上位の強さには絶対になってはいけないと確信していました。これはゲームを遅延させて相手を怒らせて勝利するデッキであるため、使われる側がひどく不快になる恐れがあるのです。
         
         そのような状況のまま悩み続けていた中、私は別の問題にも気が付きました。「大破鐘メガロベル」を戻す分には強みがある反面、他のどれを戻してもかなりのゴミなのです。「完全論破」「滅灯の魂毒」などロマンを感じる構築を試しましたが、どれも苦労には見合っていませんでした。これではカードのデザインとして失敗です。
         
         私は考えに考え、巨大な結論にたどり着きました。未使用に戻すという挙動を辞め、消費を踏み倒して切札をその場で使用できるようにすればよいのです。「完全論破」にせよ「滅灯の魂毒」にせよ、4や5という重い消費をもう1度支払うから無理が生まれます。ならばそこを解決すれば、様々なロマンが現実的になります。
         
         そしてこのアイデアは無限メガロベルデッキへの懸念も払拭しました。メガロベルの消費を踏み倒すようにすると、桜花結晶がフレアへと滞留するようになります。こうすればメガロベルによりライフにするダストを不足させられるようになり、相手としても対処の余地が広がるのです。
         
         すばらしい解決手段は、複数の問題を一度に解決するものだとどこかで聞いた覚えがありますが、これはまさにそれです。こうして長い苦闘の末、このカードは完成したのです!

         

         

         

         機巧導入より前は「かさまわし」に近い効果で、切札が未使用に戻るたびに手札から見せることで、基本動作を1回行えるカードでした。
         
         機巧導入時は一時的に姿を消しました。しかし、しばらくしてこの類の効果がなければクルルは余りにも苦しいということに気が付きました。クルルは機巧を完成させるためにカードを使用しなくてはなりません。逆に言えば、基本動作をするためにカードを伏せ札にし辛いのです。いずれの基本動作もリソースを確保するには重要で、クルルはリソースを必要とします。そうなれば、この効果が帰ってくるのは必然でしょう。
         
         元のデザインと同様、歯車がかみ合うような感覚を補強するため、何かを条件に誘発する効果にするべきです。しかし駆動条件は多用すべきでないとすでに結論付けられていました。それでは問題は、何に誘発すべきなのかどうかです。
         
         そこで私は、機巧がカードタイプ、サブタイプに注目していることに気付きました。つまりクルルは全体としてそれらの情報に注目するメガミなのです。ならば、これまで注目されたことのないタイプを強く見るというのはどうでしょうか。
         
         攻撃は数多くのメガミが気にしており、またクルルと相反しています。付与はシンラが注目しており、対応はトコヨが注目しています(当時はヤツが健在だったのです……)。残りは行動と全力で、どちらもクルルの個性には合っていそうです。そこでこのカードでは行動カードに注目し、全力は別のカードに任せることにしました。
         
         カードとしては最高に上手くいき、気持ちの良い出来でした。クルルのリソース不足も解決し、実に魅力的なカードとなったと言えるでしょう。
         
         さて、ここからは発売後の話です。デザインとして多くの面で成功した「もじゅるー」でしたが、他方でクルルのカードの中で唯一カード調整を必要とした失敗談を抱えたカードでもあるのです。
         
         この手の話題の時は自戒と反省を込め、当時の感情を振り返るのが常ですが、しかしどうにもこのカードを悪く言うのは難しいものなのです。ひとつ、ひどく感情的な昔話をお許しください。
         
         今でこそ『第弐拡張』は『第一幕』『第二幕』シリーズにおいて最も成功した拡張だと確信していますが、発売直後はフィードバックにひどく苦しみ、精神的にナーバスになっていました。サリヤに対しては「強すぎる」、クルルに対しては「弱すぎる」というフィードバックが届き、私はチカゲの時のようなひどい失敗を繰り返したのではないかと不安で夜も眠れませんでした(マジで眠れませんでした)。
         
         私が救われたのは、発売翌週の大会です。そこにひどく病みながら視察に行った私は、プレイヤーたちが楽しげにクルルを回しているのを見たのです。環境がサリヤ一色でひどいものになっているという覚悟に満ちた予測も外れました。サリヤは適度にしか支配的でなく(実際は適正な強さでした。その辺の話は未来のサリヤ特集にて)、またクルルを用いたデッキが強豪プレイヤーの操るサリヤを打ち破っていたのです。
         
         いやまあ、そのデッキこそが後に修正を要した「無限音無」デッキなのですが。まあそんなわけで、私は感情的にあまりこのカードを悪く言うことはできないのです。
         
         この失敗は『第二幕決定版』調整で認め、修正しましたが、その修正もまたとても気に入っています。危険な動きを抑止する一方で上方修正でもあるため、プレイヤーがワクワクするものだったのです。今後に『新幕』で行われるカード更新も、可能な限りこのようなものにしていきたいと強く考えています。

         


         

         

         クルルの移動カード枠です。間合を「6−間合」にするという効果は最初から存在し、一度も変更されませんでした。このカードによる間合の体験は実に奇妙で、クルルらしいクレイジーさがあったのです。
         
         しかしゲームバランスの面では厄介でした。最初は単なる付与でしたが、しだいに悪用のやり方が多く、条件がないと強すぎると分かってきました。そこで切札にしてみたり、機巧条件を付けてみたり様々な変遷を経て、最終的には今の形に落ち着きました。
         
         『第二幕』がひと段落した今となって見直してみると、このカードはクルルの中で一番の失敗だと考えています。効果そのものに独自の魅力はあるのですが、クルル自身は攻撃を持ちません。機巧条件もうまいものではなく、間合を合わせる方向でこのカードを活用するのが難しすぎました。そして最終的に『新幕』では取り除かれることになります。
         
         いつの日か、きちんと攻撃カードを活かせる形で帰ってくると信じています。その時にクルルのカードであるかどうかは分かりませんが。

         


         

         

         クルルの戦略を想定し、必要性を計算してデザインしたカードです。このカードもまた、機巧導入時に誕生し、一度も変更されませんでした。
         
         まず、切札のサブタイプ対応という位置づけからスタートしました。前篇で語った通り、機巧における切札は拡大再生産のような側面があります。クルルのいくつかのカードは対応を求めるため、それを切札から提供できるという選択肢は魅力的なのです。
         
         次に戦略的意義を考えます。対応を必要とする以上、分かりやすいのは「えれきてる」です。このカードを用いる戦略はややコントロール的なものです。しかしその戦い方には欠陥があります。長期戦となりやすいくせに攻撃を行わないため相手のオーラをダストに送れず、ダストを枯らされることによるリソース不足に陥ってしまうのです。
         
         それを解決するには、相手側からリソースを奪うような効果が必要です。そうなれば、その行き先が自分のオーラとなるのは必然でしょう。対応として相手の攻撃を受け止めるにも使えるため、対応カードらしさが増すのですから。
         
         しかしコントロールで使うとなると、複数回使えなければ意味がありません。他方で再起を付けるのは拡大再生産というコンセプトに沿っていません。考えた結果、以前のコンセプトだった駆動ギミックをこの位置に導入することにしました。結果として大成功でした。クルルらしい誘発効果にしたことでこのカードがより大きなシステムの中で働く、絶妙な部品として感じられるようになったのです。

         


         

         

         機巧導入してから、しばらくの時を経て生まれたカードです。先述の通り「もじゅるー」は行動カードに注目し、クルルは行動と全力に注目するのが魅力的だろうと判断したため、併せて全力に注目するカードとしてデザインしたのです。
         
         まずは全力2つを機巧条件として、終了フェイズに1ダメージを与える切札を考えました。しかし危険であることは明白であり、試すまでもありません。条件を満たした後で放置しておけばそのうち相手が死ぬからです。
         
         全力2つでダメージを与えるべきだが、その際に機巧条件が崩れる必要がある。そう考えれば答えはすぐに出ました。ダメージと同時に再構成をすればよいのです。こうして誕生し、誕生後は効果は変更されませんでした。
         
         もうひとつ、私はこのカードのバランスについて印象深く、同時に心に刻んでいるエピソードがあります。お話ししましょう。
         
         このカードはデザイン時点では消費は2であり、そして本当に最後、入稿の直前まで2でした。入稿前の最後に近いタイミングで私はひどく悪い予感をこのカードに感じ、消費を3に差し替えたのです。
         
         発売直後はこのカードはあまり活用されておらず、使い辛いという評価が多いものでした。そのため私は判断の誤りも感じ、少しばかり気に病んでいました。しかし発売から半年が経過して研究が進み、第二回全国大会を迎えた時、このカードを活用したデッキは環境を大きく揺らしたのです。
         
         結果として、消費を2で出してしまっていたら環境をひどく歪め、全国大会に悪い影響を与えていたかもしれません。その時に私は、上振れの可能性が大きく、使い手のリテラシーを強く求めるカードは、プレイテストの時点ではやや弱く感じる程度に調整すべきという学びを得ました。
         
         事実として当時、一人でクルルを調整していた時の私の勝率は悪いものでした。しかしこのカードを初めとして、プレイヤーの技術が熟練したら高い上振れを示す可能性を感じてもいました。こういう時はプレイヤーの創意を信じるべきです。そしてプレイテスト時点の私が勝てないからといって、安易に強くすることは避けるべきなのです。この点において結果論ではありますが、クルルはかなり高い水準で成功していました。

         


         

         

         「あくせらー」「りげいなー」など、クルルは他のカードに依存するとともに、クレイジーな効果を持つカードが導入されていることは、これまで語ってきたとおりです。このカードもまた、その1枚と言えるでしょう。
         
         機巧導入と同時に「あっぷぐれーど」というカードが作られました。使用すると手札のカードを封印するとともに、そのカードを強化したカードがデッキに加わるというカードです。例えば攻撃カードを封印したら、以下のカードが加わります。


        狂化攻撃    攻撃/対応
        0-10    1/1
        【使用後】「あっぷぐれーど」に封印された《攻撃》1枚を使用する。その《攻撃》は対応されない。その後、その《攻撃》を再び封印する。

         

         封印したカードを強化するという考え方には強い魅力を感じました。しかしその反面、このカードにはどことない失敗も感じていました。しばらく悩んだ末、原因は「あくせらー」とプレイ感が重なりすぎていることだと分かりました。このカードは全力カードを封印するのが明らかに強く、同じ結果になりやすいのです。
         
         そこでコンセプトをそのままに考え直し、カードを質でなく量で強化することにしてみました。そうしたらとても魅力的であると同時に、同じカードが1枚しか入らないというルールを破る点でクルルらしく、さらにはカードの量が増えることで機巧を揃える助けにもなりました。
         
         アイデアが固まってからは結果として変更されませんでしたが、バランス調整には頭をひどく悩ませました。
         
         やるべきことは「あくせらー」「りげいなー」と同じです。増やすとやばそうなカードを全てリストアップし、その中で特筆すべきものを検証するのです。プレイテストの結果、最終的には問題がないと判断しました。今この時に至るまでゲームは破壊されておらず、どうやら私の決断は正しかったようです。

         

         それともうひとつ、おもしろい小噺もしましょう。『第弐拡張』と『第参拡張』を同時にデザインしたことは失敗した面の方が多いのですが、このカードが「でゅーぷりぎあ」の名前を変更しないようにできた点では大成功に働きました。そうしていなければ、ホノカのデザインでは一悶着があったことでしょう。

         


         

         

         ストーリーにおいて極めて重要な立ち位置を持つ、ストーリー再現枠とも呼べるカードです。神渉装置という装置の本当の意味で細かい設定は物語の流れと共に、ストーリー部門の打ち合わせを通して決まっていきました。しかし神渉装置という装置でメガミの力を奪い、それを瑞泉が手にするという漠然とした流れはこの時点で決まっていました。
         
         それゆえにクルルをデザインする時点でカードプールに取り入れられることになります。最初は相手の使用済の切札を使用するだけのカードでしたが、今一歩力不足が感じられたことと、機巧が導入されたことより、相手の切札を見て、使用済にする効果が加えられました。これは本来の効果とも美しく相互作用するとともに、メガミの力を奪うというフレーバーにもかみ合うものです。
         
         私個人の思い出としてみると、この効果がついに印刷されたのは感慨深いものです。『第一幕』開発中のカードプールに何度か姿を見せたことがありましたが、当然ながら全て没になりました。機巧、それも特に難しい7枚必須という条件をもって、どうにかこの効果が適正なバランスになったのです。

         


         

         

         原初札は基本的には「メガミに挑戦!」で使用されるものです(メガミと挑戦者で対戦し、メガミ側は原初札を用いる代わりに1柱しか使えず、挑戦者は相手のメガミを見たうえで宿す2柱を選ぶ)。そのため、そのメガミ単独での戦いを実現できるようにデザインされます。特に通常札は、その戦いの円滑化が目的となります。
         
         クルルの単独での不足点は明白です。自分で攻撃と対応が捨て札に置けなければ、機巧が組み立てられないのです。それゆえ、攻撃/対応のカードであることはすぐに確定します。
         
         それ以上に強い決断が必要だったのは、「クルルに挑戦!」をどういうゲームにしたいのかどうかです。クルルの精巧に機巧を組み立て、綿密なプレイングを行うという側面を強調するならば、切札にも機巧条件を定め、難解なゲームを作ることになります。
         
         しかしそのようなゲームは「メガミに挑戦!」に、そしてクルルというキャラクターに求められていることでしょうか。そしてそのクルルを回せるプレイヤーは本当に存在し、それは楽しいものなのでしょうか。私はそれをNOだと判断しました。
         
         それゆえにクルルのゲームを破壊するクレイジーさを強調することにしたのです。メガミは13柱もいますし、精巧なゲームは他のメガミがやっています。何より、ふざけてしまってよいメガミはこいつくらいではないですか! ヒャッハー!

         


         

         

         原初札の切札も同様のコンセプトで作られますが、こちらは「刺激的で特殊な舞台を作る」ことを意識してデザインされます。「らんだまいざ」で語った通り、そういう指針で行くと決めたからには全力でクソゲーを作ることになります。
         
         最初に浮かんだのは「かおすすとーむ」でした。眼前構築でデッキに入れる通常札は7枚で、入れない通常札も7枚です。ならば、それを入れ替えてしまってもよいではありませんか(よいわけがない)!
         
         しかし問題があります。原初切札がそういう効果なのは相手にもわかっています。ならば、入れ替えられる前提でクソデッキを組むという選択肢が生まれてしまうのです。まあそれなら使わなければよいのですが、原初クルルで遊ぶのです。折角の原初切札を使わないなんて、つまらないではありませんか。
         
         そこで閃きました。「かおすすとーむ」が飛んでくるかどうか、使う側も使われる側も分からないようにしてしまえば良いのです(なにいってんだ)! 「かおすすとーむ」と比肩するクソカードをもう2枚作り、それら3枚からガチャをするクソカードを原初札にするのです!
         
         そういうつもりで作ったカードが「おめがぶれーど」と「完全態神渉装置」です。バランスを取ろうというか細い意志は見えなくもないですが、プレイテストはしていません。We Did't Playtest This at All!!
         
         
         今回はこんなところでしょう。来週は原稿作業の都合でお休みをいただきます。次回の更新は再来週、クルル特集の後篇でお会いしましょう!

        狂気カラクリ博覧会(前篇)

        2018.06.15 Friday

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           こんにちは、BakaFireです。本日の記事は好評のシリーズ、メガミ特集の7回目となります。このシリーズで取り扱うメガミはTwitterでのアンケートにて決められ、現在は第6回でアンケートした4柱を順に進めているところです。前回は1位であったチカゲ特集を行いましたので、今回は2位のクルル特集となります。

           

           

           ここしばらく、新幕関連でとても忙しかったためシリーズが滞ってしまいましたが、めでたく今週は書くことができました。お待たせしてしまった皆様にはお詫び申し上げます。
           
           これまで行ってきたトコヨ特集オボロ特集サイネ特集ヒミカ特集ハガネ特集チカゲ特集を踏まえた内容でもあります。お時間がありましたら、これらのシリーズもご一読いただけると嬉しいです。
           
           それでは、さっそくはじめましょう!

           


           
           
          流れについていろいろ考えましょう

           

           どのようにメガミを語るかどうかのやり方は、概ねこれまでと同様でよさそうです。つまり、次のようになります。
           

          • 前篇ではメガミの歴史を語り、後篇では個々のカードを語る。
          • 第一幕での六柱を語る際は、本作そのもののゲームデザインと紐付けて語る。

           
           しかし、今回は新たに考えるべきところが2つありますので、まずそれらについて触れておきましょう。
           
          初めてとなる『第弐拡張』出身のメガミである

           

           これについてはハガネ特集、チカゲ特集と同様に取り扱えばよいでしょう。つまり、歴史的な話をするにあたっての時間がずれるのです。クルルのデザイン、バランス調整を行ったのは2017年2月から6月頃となりますので、その辺りの話をすることになります。
           
          すでに『新幕』が発売している

           

           これをどう語るべきかは難しいところです。考えた結果、これまでの前篇後篇から三部作に変更し、後篇では『第二幕』から『新幕』に向かうに当たってクルルにはどのような取り組みが行われたかと、『新幕』のカードリストへのコメントを行うことにしました。
           
           つまり前篇と中篇は『第二幕』での話が中心になるということです。『新幕』から新たに始めた皆様は、昔話の一つとしてお楽しみいただければ幸いです。
           
           
          くるるーん、ひらめきましたっ☆
           
           彼女はどこから生まれたのでしょうか。結論として言うと、ある日突然頭の片隅から生まれ出たのです。もちろん、どんなメガミも究極的にはそういう話なのですが、彼女はそれにしても極端でした。
           
           時は2017年1月頃、ハガネとチカゲの調整をしていた時の話です。ぼんやりと何かしらを考えていた私の脳内に、何かが語りかけてきたのです。


          「切札が未使用に戻った時、何かいいことが起きたら気持ちよさそうじゃない?」
           


           そのささやきを聞いた私は全力で同意しました。これは私のプレイヤーとしての気質にもかみ合ったためでもあります。私は対戦型のカードゲームにおいて、コントロール的な立ち回りを好みますが(ゆえにトコヨもまたゲームを遊ぶという側面において私のお気に入りのメガミです。ええもちろん、キャラクターとしては全員大好きですよ)、それと同じくらい奇天烈で、カード同士の相互作用を意識したコンボデッキが好きなのです。
           
          (その反面、素直に盤面を取り、殴り合う戦略は苦手です。この気質は厄介なものです。ゲームは王道の戦い方がちゃんと強く、魅力的である必要があるため、私は自分が好む戦略が強くなりすぎないよう、欲望を慎重に制御する必要があるのです)
           
           そして私は妄想に入りました。コンセプトのアイデアが浮かぶと妄想し、カードのアイデアを広げていくのはいつものことですが、この妄想はあまりにも捗りました。そしてその中で切札が未使用に戻ると同時に様々な事柄が誘発するのは極めてシステム的であり、カード1枚1枚が歯車のようにかみ合っていることに気付いたのです。
           
           この感覚から、彼女はカラクリを操るメガミであると確信しました。そしてあまりにこのアイデアを気に入ったために、この時点で『第弐拡張』へと彼女を入れることは私の中で確定していたのです。
           
           折角ですので、その頃のカードをいくつかお見せしましょう。


          すとーむ        攻撃
          2, 5    2/1
          【常時】駆動―あなたが切札を未使用に戻した時、このカードが捨て札にあるならば、このカードを使用する。

           

           このころはまだ攻撃カードが存在していました。また、サリヤで実現した離散間合の攻撃が最初はここに存在していたのは興味深いところです。


          りぱるさー        行動/全力
          あなたのコスト3以上の切札を1枚選び、それを未使用に戻す。

           

           切札を未使用に戻すことに意味があるため、当然そのためのカードは存在します。


          ほっぴんぐすてっぷ        行動    3
          【使用済】あなたの基本動作に「跳ね:ダスト→間合」を追加する。
          再起[あなたが山札を再構成する時、その直前にこのカードを未使用に戻す]

           

           同時に自身の切札は未使用に戻るような機能を持っています。しかし、未使用に戻すことをデメリットとしても働くようにしていました。また、同じくサリヤで実現した追加基本動作のアイデアはここから始まっていました。
           
           
          さあ現実へと帰る時だ
           
           時は流れ、妄想の時間は終わりました。2017年2月。いよいよ『第弐拡張』と『第参拡張』のデザインが始まったのです。『第参拡張』での大きな失敗でお話ししたように、これら2つの拡張は印刷の都合から同時期にデザインされていました。
           
           こうなると、いつまでもキモい表情でにやにやと妄想しているわけにはいきません。現実へと帰って、きちんと機能するカードリストを仕上げる必要があります。私はクルル、サリヤ、ウツロら3柱の原型を作成し、プレイテストへと臨みました(ホノカの原型はアイデアがまとまっておらず、それから数週間後にデザインされています)。
           
           ハガネとチカゲ、つまり第壱拡張での学びから、私はあるメガミをデザインするにあたり、彼女を宿すプレイヤーにどのような体験をさせたいのかを強く意識するようになりました。例えばハガネならば力を溜めて、ドカンとパワフルな一撃を撃ち込みたい。チカゲならば毒で相手を苦しめたいという具合です。それらの体験の意図を意識することで、気質のあったプレイヤーの満足度向上を図ったのです。

           

           ではクルルはどうあるべきでしょうか。その答えは誰よりも簡単でした。なぜなら他ならぬ私にそのような気質があるのですから。その類のプレイヤーは発明品を通して自己表現をすることを望んでいます。「ワシの新しい発明品を見せてやろう……!」とかそんな感じでにやにや笑いながら出現したいのです。つまりはクレイジーな発明家になりたいのです。

           

            その基本を踏まえ、掘り下げましょう。発明家はどのような時に心を震わせるのでしょうか。普通でないイカれたことが実現できること、そしてカードが部品として働くことが条件だと私は考えました。

           

           前者は簡単です。クレイジーでこれまでにない効果を実装すれば良いのです。例えば切札を再利用したり、全力カードを全力でないタイミングで使えたりという具合です。

           

           後者について説明しましょう。カードを部品として感じさせるとは、カードがデッキの一部であり、そしてデッキのために寄与している歯車であるような感覚を強めることを指します。私はそのために、カードを単独で機能させずらくしました。例えば先の例でも、切札や全力を適切に組み合わせて初めてクレイジーな効果になるのであり、単独では何もしません。逆の例も挙げると、「斬」はそれ単独として攻撃カードとして機能します。
           
           また、彼女をカラクリのメガミたらしめた、誘発する効果もまたその感覚を強めます。ゆえにその類のカードも他のメガミより多く持つように設計するべきでしょう。

           

           これらを意識してリストを設計した結果、驚くほどスムーズに楽しそうなおもちゃ箱が完成しました! おおブラボー。なんと楽しそうなのでしょう。さあ、実験です!
           
           
          実験は失敗じゃよ……。

           


           プレイテストの結果、非常に厄介なフィードバックが帰ってくることになりました。まず最も厄介だった事実は、当時のプレイテスター(当時はデザイン班がバランス調整を兼ねていました)には「クレイジーな発明家」は私しかいないと分かったことです。
           
           このアイデアが楽しそうであること、これを強く楽しむプレイヤーが間違いなくいることについては全員が同意してくれましたが、残念ながら誰もが「自分には厳しそう」と感じてしまったのです。気質が合い、楽しめるかどうかはもはや天性のものであるため、無理を言うわけにもいきません(事実、クルルはほぼ全てを私一人で調整しました)。
           
           そして彼らのフィードバックは十分に的を射ていたとも分かりました。いくつかの思いついていたデッキこそ楽しく回せましたが、「クレイジーな発明家」である私ですらも、それ以降のテストではどうにも歯車がかみ合わず、楽しくない感覚を味わうことになってしまったのです。
           
           なぜ駄目なのかは、テストを重ねるたびに明確になっていきました。発明品を作れど作れど、まるで動かないポンコツなのです。なぜ動かないのでしょうか。冷静に考え、いくつかの結論が導き出されました。
           
           第一に、駆動ギミックが駄目だと分かりました。私が最初のテストで作った発明品はトコヨ/クルルであり、「無窮ノ風」を軸にして様々なカラクリが「駆動」するデッキでした。これはとても楽しく魅力的でした。
           
           しかし、このような滑らかな駆動が望めるメガミは限られています。駆動はギミックとして働くために再起を求めすぎています(もちろん、クルルのカードの中にも再起を入れる程度の工夫はしていましたが、自己完結もまたメガミの魅力を削ぎ落してしまうため、その再起はさほど強力なものではありませんでした)。
           
           結果として、クルルは一部のメガミとしか組み合わせられず、ほとんどの対戦で楽しくないものになってしまったのです。駆動ギミックは間違いなく楽しいですが、コンセプトの中心に置いてはいけません。カードを一部だけ残し、ほぼ全ては撤廃するべきと判断しました。
           
           第二に、クレイジーな効果が絵空事に過ぎないとも分かりました。ヤバそうで楽しげなおもちゃ箱は、実際にヤバくなってしまうとゲームを破壊します。それを避けるために私は、実現を難しくするような工夫を凝らしていました。
           
           しかしその結果として、カードの効果から想定されるゲームプランが薄く、なんかヤバそうなことが書いてあるバラバラのパーツになってしまっていました。それゆえ、ヤバい効果は実際には起こりません。楽しそうなおもちゃ箱はなんてことはありません。実際はただのガラクタの塊だったのです。
           
           この問題を解決するにはカードに一貫性のあるゲームプランを内包させる必要があります。しかし、一貫性のあるヤバそうなものは実際にヤバく、ゲームを破壊します。我々には危険な装置を制御するための安全弁も求められていました。
           
           こうして、幾度かの検証の結果、実験は失敗だと分かったのです。
           
           
          今こそ組み立てよう
           
           しかし私は諦めませんでした。私の中で、このコンセプトへの思い入れはあまりにも強いものでした。カラクリとは何なのかを考え、そしてクルルを用いたデッキを回し続けていたのです。
           
           このように書くと、また苦闘と難産の日々が続いたのかと思われるかもしれません。しかし、回答は驚くほどにするりと、歯車がかみ合うように生まれ出ました。カラクリ、安全弁、私はそれらを考えながらゲームを遊び終え、ふと気づきました。カラクリは、組み立てるものなのです。
           
           つまり、カラクリを組み立てればよいのです。ゲーム内での何かしらの行動を通してカラクリを組み立て、それが完成しない限りは効果が発生しないようにします。これは正しく安全弁であり、カラクリらしいものです。
           
           ではどのように組み立てるのか。追加のカラクリボードなどを用いるのが下策なのはすぐに分かりました。第一に本作はそれなりに複雑で、クレイジーな効果を持つクルルも複雑です。そこにさらに複雑さを加えると間違いなく遊ぶに堪えないものになります。第二に自己完結の問題があります。あるメガミのカードのために同じメガミのカードが「必ず」要求されるのは良い結果を生みません。もう一柱のカードを入れる理由がひどく薄れ、本作の2柱を組み合わせるという魅力がなくなってしまうのです。
           
           それゆえ、要素を追加せずにそこにあるもので自然に、それでいて一定の苦労をしてカラクリを組み立てる必要があります。そんなものはあるのでしょうか。丁度ゲームを終えたばかりの私は、自然に盤面に視線を落としました。そこには、当然のようにカードが並んでいたのです。
           
           私は思わず、ええ、狂った発明家のように笑ったはずです。このゲームでカードを使用し、捨て札に置くのは言うほど簡単ではありません。なぜなら常に競合する使いみちとして基本動作があるからです。ならば、捨て札にあるカードの何かに注目すればいいではないですか。
           
           何に注目するべきか。少し考えれば自明でした。「カードタイプ」と「サブタイプ」こそが相応しいでしょう。データとして必ず存在し、種類が限られ、そして使用しやすさに差があるのです。例えば攻撃は間合を合わせなければ使えず、付与はダストの状況に強く依存します。
           
           さらにもう一歩考え、使用済の切札も含めるべきと分かりました。捨て札は山札の再構成でなくなってしまいますが、これは残り続けます。即ち、それ以降のカラクリが組み立てやすくなるのです。これは直感的に、ボードゲームにおける拡大再生産の理念に近いと感じました。となれば正解のはずです。拡大再生産は、原則として楽しいのですから。
           
           (ちなみに展開中の付与札を数えるべきなのは1回プレイテストをした際にすぐに分かりました。カードを使用したにも拘らず、その付与札が破棄されるまでカラクリが組みあがらないのは、明白なストレスだったのです)
           
           ここまで思いつき、その日はもうクルルを回さないことにしました。そしてその日の夜のうちに私はカードリストを仕上げ、次のプレイテストに備えたのです。


          ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン

           

           そして次の実験で出た結果は、想像をはるかに上回るものでした。安全弁は正しく安全弁として働きました。カラクリを組んでいる感覚がありました。そして何よりすばらしいことに、相互作用していないカードですら歯車のように感じられたのです。そう、単純に強いから入れたそこらの「斬」ですら、デッキという全体を構成する歯車だという感覚が強まりました。ダメージを相手に与えつつ、カラクリの貴重な赤いパーツとなるのですから。
           
           デッキ内の全てのパーツが、デッキという巨大なカラクリのために。そして巨大なカラクリは、勝利というひとつの目的のために。この時私は確かに自らのデッキを、偉大な発明品だと感じたのです。
           
           さらにその日、何度かクルルを回した後、当然ながら他のメガミの状況を確認するために他のメガミを回そうとしました。その時、私は驚くべき体験をしました。特にゲームでの意味はないにもかかわらず、カードタイプとサブタイプの確認をしてしまったのです。
           
           僅か一日で、独自の脳回路が形成されました。この感覚は間違いなく他のメガミにはなく、すばらしく魅力的でした。もはやここまでくれば明らかでしょう。
           
           ええ、実験は成功ですとも!
           


           
          良い物語には良い敵がいる

           

           これで「機巧」をめぐる物語は終わりなのですが、もうひとつ書いておくべきことがあります。ストーリーについてです。

           

           『第二幕』で初登場したサイネ以降のメガミは、常に裏でストーリー『桜降る代の神語り』と共に考案されてきました。それではクルルはどのような扱いだったのでしょうか。
           
           上記の通り、私の妄想と思い入れ故に、カラクリのメガミが登場することは本来の計画より早く決まっていました。ならば、彼女にはどのような役割が相応しいのかを考える必要があります。
           
           当時の物語に不足していたのは何でしょうか。私は「敵方のメガミ」だと結論付けました。主人公と対立する敵方の存在には魅力があります。本作の花形はメガミです。ならば当然、敵方のメガミが存在すべきなのは明白でしょう。クルル、そしてウツロはそのために物語に配置されました。
           
           さらに物語におけるパワーバランスの問題も併せて解決しようとしました。第二章が終わるまでは天音揺波は不完全な存在です。しかし第三章では彼女は強大な実力者となり、そして何柱かのメガミの助力や、強力な戦友も得ることになります。
           
           我らが大敵である瑞泉驟雨はそんな彼女に立ち向かう必要があります。そのためには彼にも、メガミの助力があるべきでしょう。そして互角ではいけません。敵は一見して、主人公よりも強大でなくてはいけないのです。
           
           そしてカラクリ、即ち科学的な発明品はその陰謀を大きく助け、幅広くすることができます。彼女の助力こそが、敵を間違いなく魅力的にすると確信しました。同時に敵であることは、彼女の人格を定める助けにもなりました。メガミが純粋に悪であることは望ましくありません。それゆえ彼女は無垢であり、同時に狂気的なのです。
           
           面白いのは彼女の存在はその後の物語を大きく動かしていった点でしょう。彼女が味方に加わったからこそ瑞泉は「神渉装置」計画を実行に移し、この時代を大いに動かしたのですから。彼女は間違いなく、物語においても欠かせない歯車でした。

           

           

           今回はこんなところでしょう。次回の更新は来週、クルル特集の中篇にて、『第二幕』でのカード個別の話をさせて頂きます。ご期待くださいませ!

          『桜降る代の神語り』第57話:激震の時

          2018.06.08 Friday

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             いくら口が回ると言っても、それだけで万事うまくいくわけでもない。
             哀れにも矢面に立たされた楢橋平太は、けれど他の二人から目をそらす案山子としては適任だったのかもしれない。
             闇昏千影たちにとって大切だったのは、夜を静かに迎えること。
             そう――決戦の開始を知らせた、あの瞬間をね。

             

             

             


             ずっと一人だった御者台。
             けれど、今は隣を埋めてくれる者がいる。

             

            「そうかそうか。疑っていたわけではないが、弔慰満ちる古鷹の民が賢明な判断をしてくれたようで安心した。肩を並べられないのは残念ではあるが、再び足並みを揃える日が来ることもあるだろう」
            「そ、そっすね……」

             

             それが上半身裸の厳つい筋肉男でなければどれほどよかったか――楢橋は曖昧に頷いておきながら、己の不運を呪った。
             持ち込んだ荷を買い叩かれそうになったところを架崎に助けてもらった彼であるが、何故かこうして肩を並べて世間話に興じている。本来は搬入と会計処理に遠藤たちが手間取っている間の僅かな時間潰しで済むはずだったのだが、つい先程代金を受け取ってからも架崎は離れようとしなかった。

             

             実際のところ、楢橋はその理由の検討がついていた。けれど、その一つである『主人たちを待っている』という身から出た錆じみた嘘はともかくとして、もう一方の理由はもはや彼にはどうしようもないものであった。

             

            「しかし、古鷹の酒とあれば道中でもよく売れるだろうに。商人たちからはよく聞くんだ、南に下るまでの間に、忍が荷をくすねてしまう、とな」
            「随分と手癖の悪い連中がいたものですね。まあ、お馬さんと重い想いを分かち合うのは遠慮願いたいですから」
            「だから近年は商船を多用し始めていたわけだが……民草に混じって買い付ける暇もないほど、最近の忍は忙しいと見える。あるいは――」

             

             わざとらしく眉を上げて、架崎は問う。

             

            「帰る家をなくして、酒に浸っているのかと思っていたのだがな。そんな忍の姿は見なかったか?」

             

             ……商人とは、物だけではなく情報も扱う人種である。物流から政治的な動向を察知しなければ、その変化の波に乗らなければならないか判断することもできない。それができない者は、荒波に揉まれて大損するのだ。
             つまり架崎は、楢橋という商人から世間話ついでに情報を聞き出そうとしていたのである。古鷹から、といううってつけな条件に加え、口利きした礼代わりに南西部の情勢を聞き出そうとしていたのである。

             

             弁が立ち、のらりくらりとかわすことに関しては優秀な楢橋であっても、架崎の肉体と複製装置が織りなす威圧感の前では、失言をしないことに集中するので精一杯。無駄に消えていく時間は嵩み、陽も朱色から藍色を帯びて久しい頃合いになっていた。
             楢橋は、自分を置いていった忍二人を努めて意識から外しながら、

             

            「い、いやー、どうでしょうかねえー……。旦那様方はともかく、あっしのようなぺーぺーの出る幕ではございませんで。そりゃあ商人の端くれですから忍の方々とあれこれ云々などなどございますのは存じてますが」
            「その主人たちは懇意だと?」
            「そうじゃございませんよ。もっとお偉い方の話で」
            「ふむ……そうか。それもそうだな」

             

             残念そうに引き下がる架崎だが、視線に未練が残っていた。
             そろそろ限界を感じていた楢橋は、下手を打つ前に離脱したほうがいいかと話を打ち切る覚悟を決める。

             

            「ならこういう話は聞かないか? 炎に焼かれたあの天音の生き残――」
            「っかーッ!!」
            「……!?」

             

             突然額を抑えながら叫んだ楢橋は、御者台から下りてぺこぺこと架崎に頭を下げる。

             

            「す、すいやせん。そういえば宿に行くよう言われてたの思い出しまして。大目玉食らっちまう! ……えっと、天音がなんでしたっけ?」
            「いや……すまない。随分と引き止めてしまったな」
            「いえいえ。今後共よろしくおねがいしますね!」

             

             渋々立ち上がった架崎は、ずっと待ちくたびれていたように鼻を鳴らした馬の背を撫で、その場から立ち去ろうとした。
             だが、そこへ、

             

            「あ、架崎ぃ!」
            「……っ!」

             

             芯の通った女の一喝が、通りに響いた。明らかにこちらへ向けられたその声と、反応した筋肉男によって、楢橋は手綱を拾う体勢のまま凍りついた。

             

            「あんたこんなところで何油売ってんだい!」
            「いや、油を売っていたわけでは。浮雲こそ先に戻っていたのでは」
            「だからあんたを呼びに戻ってきたんじゃないか。あんたみたいな筋肉ダルマでも、居ないと進まない話だってあるさね」

             

             傷んだ髪を乱雑に後ろでまとめたその女・浮雲は、少しばかり低い背を物ともせずに架崎を叱咤する。狩人然とした格好ではあるが、その気性はこの辺りに溢れている海の男たちとも似通ったものがある。
             つかつかと歩み寄ってきた浮雲は、そこでようやく架崎と馬の陰に隠れた楢橋の姿を認めた。

             

            「……なんだ、本当に油でも売ってたのかい」
            「いや、年若く、わざわざ古鷹から来てくれたものを、騙されそうになっていたところを俺が取り持っただけだ。栗谷君と言う」
            「へえ……」

             

             手綱を掴み上げた楢橋は、ぎこちないながらもなんとか浮雲に笑顔を見せる。その腕の複製装置に汗を垂らしながら。
             浮雲は出発しようとする楢橋を邪魔するように、御者台に座った彼の前に片足を入れた。そして、ぐいと顔を近づけた彼女は、

             

            「あんた、どこのもんだい?」
            「ぜ、銭金です……下っ端でございますが……」
            「ほう、そうかいそうかい」

             

             その圧力に耐えかねて、僅かに目をそらしたときだった。
             浮雲は、楢橋の顎を掴んで無理やり自分へと顔を向けさせる。

             

            「……!」
            「商人らしい良い面構えじゃないか。こういう、一見人畜無害そうな顔してる奴が一番食えないんだ。……そう、食えないんだよ。なあ?」
            「ひゃ……ひゃい……」
            「おい浮雲……」

             

             じっくりと至近距離で観察され、遮二無二逃げ出したくなる楢橋だが、敵を前に敵地で逃げ出すことの愚かさを理解しているだけに、動くに動けない。疑われているというより、ただカマをかけられている段階で無理をすれば、逃げる背中を刺されても文句は言えないだろう。
             筋肉男を嘆いていたら、それよりも強烈な狩人の女に絡まれた。そんな嵐をただただ過ぎ去っていくことを祈るしかない楢橋は、できる限りの笑顔を保ち続けるしかない。

             

             と、そんなときだ。
             ひゅん、と風を切る音がしたかと思うと、すぐ傍を通りがかった二頭立ての荷馬車の荷台が、突然姿勢を崩して荷の樽をぶちまけた。

             

            「ああ、クソッ! 車輪が逝っちまいやがった!」

             

             響く御者の嘆きの中、楢橋たちのいる商館前に向かって転がっていく樽。大量に積まれていたそれらは、あるものは壊れて中身の魚を撒き散らし、あるものは鈍器となって彼らに襲いかかる。

             

            「チッ……」

             

             長旅を共にした馬を心配する楢橋であったが、しかしそこは鬱陶しそうにしながらも架崎と浮雲がてきぱきと樽をいなしていったため、結局のところ荷台に二つほどぶつかった程度で収まった。
             悪態をつきながらも荷を回収していく御者を尻目に、けれど架崎と浮雲は壊れたその荷馬車を注視していた。

             

            「はぁん……」

             

             半ば納得したように声を上げる浮雲。その瞳には、どちらも一本だけ鋭利な断面を晒して折れている、二つの車輪の軸が映っていた。
             彼女からは背になっていたが、荷台を破壊したのは鋼鉄製の糸である。細さと強靭さによって刃物と化したそれは忍の武器の一つ。本来は罠に用いるものであるが、精密かつ高速に投擲された糸は、宙を裂く刃に等しい。

             

            「じ、じゃあ、ありがとうございましたー!」

             

             好機と見た楢橋も馬を走らせ、架崎はそれを目で追っていた。
             じり、と二人の脚に力が籠もる。荷台を壊した犯人の不在を悟った二人にとって、不自然な現象で最も利益を得た楢橋は重要参考人に他ならない。
             しかし、二人が実際に楢橋を追うことはなかった。
             そんなことよりも身も心も揺り動かされる事態が起きたからだ。

             

            「っ……!」

             

             ぐらり、と。
             足元が不確かになるような、そんな揺れが浮雲を襲った。
             地震だ。
             それも、家屋が軋みを上げるほどの、大きな地震である。

             

            「ゆ、揺れだー! 荷を守れーっ!」
            「うおぉぉぉハガネ様がお遊びなさってるぞぉぉぉ!」
            「船攫われないように気をつけろォー!」

             

             揺れは二度か三度、大きなものが来て、その後しばらく控えめの揺れが長らく続き、そして収まった。
             蔵町だけあって各所で商人が点検に大わらわになり、宵の口ともあって惜しげもなく灯りを使う蔵が、その口から淡い光を吐き出し始めた。平時とはまた別の活気が生まれるその中で、崩した荷を戻したばかりの御者が、再び崩れた樽の前で泣いていた。

             

            「珍しいな」
            「ああ、だね」

             

             架崎の感想に相槌を打つ浮雲は、顔に不快感をにじませていた。
             彼女の視線は、訝しるように一点に注がれていた。

             

            「けど、どうにもきな臭いねえ」

             

             揺れが収まったにも関わらず、ずっと、小さく不規則に揺れ続けている、他の商館の脇に吊るして干されていた魚たちを。

             

             

             

             


             時は遡り、大地が揺れるその少し前。岩だらけの山肌を晒す御蕾山が、赤みの差し始めた日差しに照らされている頃。
             山の中腹もとうに越えた場所に、二つの人影があった。夜が迫る中、上へ上へと足を止めないその二人は揺波と千鳥だ。サリヤたちから遅れること一週間、合流を目指す揺波たちはその最終行程に差し掛かっていた。

             

            「サリヤさんたち、順調だといいなあ」

             

             先を行く揺波がひとりごちる。あってないような登山道を走破するその速さは、山登りというには急ぎすぎているようであったが、火照った身体が山の涼やかな空気で冷やされる心地よさを満喫しているようでもあった。
             それに追従する千鳥は、

             

            「俺たちが無事に着いたんだ、あっちもきっと万全の体制で待っててくれてるさ」
            「でも実質サリヤさん一人なんですよね……? 大丈夫かな」
            「まあ……そこはほら、あっちのすごい技術でなんとかするんじゃ?」

             

             もう幾度となく交わした会話を、これで最後とばかりに繰り返す。
             それからもうしばらく登っていくと、山の頂上まであと二合かそこらという位置ある、開けた場所に出た。下を見るのが恐ろしいくらいの崖の上からは、大きな河の流れる平野が一望でき、夕日に焼かれる都の姿がその先に見て取れた。

             

            「ユリナちゃん!」

             

             そんな景色を前に立ち止まった揺波の名を呼んだのは、サリヤであった。

             

            「よかった、ちゃんとここまで来れたのね!」
            「はい! サリヤさんも大丈夫だったみたいでよかったです!」
            「そうね、ちょうどいい助っ人も来てくれたことだしね」

             

             助っ人という言葉に首を傾げる千鳥は、直後、自分に向かってくる助っ人を見て露骨に顔をしかめた。

             

            「うげ……なんで佐伯さんが」
            「何か不満でもあるか? そっちは、天音を届ける任務を果たせるほどにはガキの使いから卒業できたようだな」
            「最初からガキの使いじゃねえよ!」

             

             にらみ合う両者に苦笑いするサリヤは、

             

            「準備は順調よ。ハガネちゃんもなんとかいけそうだって」
            「そうですか。で、あれが――」

             

             揺波の視線が示す物を見て取ったサリヤは、頷くと共に揺波たちをそれの下へと案内する。作業中だったジュリアが揺波たちに気づき、拳から親指だけを上げて笑ってみせた。

             

            「ちょうどよかったデス! あとモーチョット!」
            「九割方完成してるわ。あとは最後にあちこちしっかり固定するだけ」
            「すごい……」

             

             揺波の感嘆が向けられたもの。それは、大きな筏であった。
             複数の丸太の足場に支えられたその筏は、下手な家よりもなお広い面積を有しており、この場にいる五人を乗せてもまだ余裕がある。帆がない代わりに、揺波の顔くらいまでの高さがある四本の柱が立てられており、結ばれた頑丈そうな紐が船上に垂れていた。緩く三角を描く前面には、何かを阻む盾のような板が取り付けられている。

             

             ここまでであればそこまで大きく目を引くようなものではないが、特徴的なのはその船首に据えられたサリヤの愛機・ヴィーナである。丸太から切り出された複数の歯車が、車体を飲む込むようにして複雑に絡み合い、ヴィーナの力を伝えるように船体へ組み込まれていた。その様子は、筏を何か未知の乗り物へと変貌させているかのようであった。

             

            「いざ目の前にすると、なんというかこう……本当にやるんだな、って気持ちになりますね」
            「正気か、って思ってたけど、これ見たらなおさら正気を疑うよ、俺は……」

             

             引きつった笑いを見せる千鳥は、もちろん計画の全容を知っており、サリヤたちの作るこの筏が要の一つであると理解しているし、納得もしている。けれど、絵空事のようであった計画が形になったことに驚く揺波とは違い、これから行われることを想像させられて彼はげんなりしていた。
             と、登場した二人を佐伯が急かす。

             

            「もう猶予はない。ぼさっとしてないで手伝え。お前たちにもできる、この縄で丸太と丸太を力いっぱい縛るだけの簡単な作業だ」
            「それならなんとかやれそうです!」
            「天音……おまえ……」
            「千鳥さん?」
            「いや、なんでもない」

             

             縄紐をどっさりと受け取った二人は、指示された通りに筏の土台となる丸太を固定していく。元々既に縛って固定してあるようだが、さらにきつく強固に、丸太同士は密になり、三列で組まれた厚い土台がさらに頑丈さを得ていく。
             その過程で隙間から筏の内側を覗いた揺波は、思ってもみなかった有様になっていることに感心の声を上げる。

             

            「千鳥さん、これこれ。どうやって作ったんでしょう。というより、どうなってるのかさっぱりです」
            「うわ、前のほうすごいことになってるな。……あー、あそこが動くようになってるのはまだ分かるけど、そこから先は俺もさっぱりだ」
            「えっ……あっ、ほんとだ! 一緒に動いてます! ……どうして?」
            「これ、二段目に絡繰詰め込んでるのか……にしても分からん……」

             

             理解の及ばない機構の理解を試みては、返り討ちにあって知恵熱を出す揺波。日も落ちてきた中、暗がりになった内部を凝視しようとするが、忍の利を活かして夜目を利かす千鳥であっても遠く理解が及ばない。
             そんな彼女たちへ、ヴィーナの足回りをいじっていたジュリアは得意げに、

             

            「フフン……今回はイロイロ制限ある中、ワタシもがんばりマシタよ! 耐久と安全が必要でしたノデ、イマイチなところ結構ありますが、機関はヴィーナスペシャルエディションでお届けデス!」
            「鋼鉄のヴィーナと木造機関の組み合わせには私も驚かされました……それに応えられる加工法にも。ジュリアさんたちの技術には学んでばかりです」
            「思いつきですし、大したコトないデスよー。ねえ、ミコトのミナサン!」

             

             えへへー、とこすった鼻を墨色に染めるジュリア。その姿にサリヤは仕方ないといったようで、あちこち煤と土と木くずまみれになっていたジュリアにはもはや世話を焼くことを諦めていたようだった。

             

            「いえいえ! あなたがたのご協力があれば、きっとこの地は正しく進歩を加速させていくものだと確信しております……! その際にはこの佐伯、全力を尽くさせていただきますので――」
            「喋ってないで縄とってくれよ、佐伯さん?」
            「…………」

             

             言葉を遮られた佐伯が、沈黙と共に千鳥へ縄を乱暴に投げて渡した。
             そして丸太との格闘に戻った佐伯が、ぶっきらぼうに言い放つ。

             

            「もうすぐ日没だ、急ぐぞ」

             

             くすくすというサリヤの抑えた笑い声を耳にしながら、揺波は受け取った縄を丸太にくくりつけていく。
             そんな彼女たち五人の手元を、宵の色が覆い始めていた。

             

             

             

             

             


             一人の少女が、大地に身を委ねるように寝そべっていた。
             一見するとただ眠っているようだが、彼女を中心として渦巻く力、そしてそれ故の強大な存在感は人の身には余りある。

             

            「ふぅー……」

             

             その名はハガネ。大地を象徴するメガミである。
             サリヤたちが準備を整えている間、ハガネもまた一人、準備を進めていた。そして今日それは終わり、黙して夜を待っていた。
             溜め込まれた力は、少し気を抜いただけで取り逃がしてしまいそう。大地を間近で感じる以前に、今のハガネにはそれ以外のことをする余裕はない。全てを機が熟すその瞬間に捧げていた。

             

             爽やかな山の晴れを見送り、燃えるような朱い夕日に別れを告げた。
             日没。
             その夜の始まりが、合図だった。

             

            「よし、やるぞッ!!」

             

             気合を入れ直すような発声と同時、この数日間溜めていた力を解放する。
             その向き先は、大地。
             大地の力が、御蕾山という突き出た大地、さらにはこの一帯に注がれていく。

             

            「う、っとと……」

             

             堰を切ったように流れ出していく膨大な力に制御が乱れそうになるも、なんとか持ち直して最後の撃鉄を起こし終える。
             ちら、とその目線が、山の上へと向けられた。

             

            「あたしはここまでだけど……ユリりん、サリねえ、ジュリにゃん……絶対勝ってね……!」

             

             夜闇の中、白い歯を覗かせて、ハガネが作ったのは小さな笑顔だった。
             そして大きく一つ、深呼吸し、

             

            「いっくよーーー! 大山をッ、穿つッッ!」

             

             

             その瞬間、大地が、山が、鳴動した。

             

             

             

             


             立っていられないほどの揺れが襲い、サリヤはヴィーナの舵を握る手にいっそうの力を込めた。

             

            「みんな、掴まって!」
            「うわわわわわわ! 流石にやばいってこれ!」
            「ヒャー! どのくらいのエネルギーなんでショウ!?」

             

             筏に乗り込んでいた一行は、反射的に突き立てた丸太に飛びついた。ガタガタ、と足場からふるい落とされるように筏は移動を始め、千鳥が思わず自分の命綱を確かめた。
             揺れはさらに大きくなり、山を底から斧で叩き割ろうとしているような衝撃が何度も突き上げてくる。

             

             と、サリヤはその揺れが一瞬収まったのを感じた。
             代わりにやってくるのは、浮遊感だ。

             

            「サリヤさん! 崩れ始めました!」
            「オッケー!」

             

             応じる言葉と同時に麓に大量の土砂の流れが生まれ、遅れてサリヤたちのいる場所もつられたように山の斜面だった痕跡を滑り落ちていく。山の内側から溢れ出た水と共に、その流れは土色の滝となって麓の森へと殴りつけるように注いでいた。
             サリヤが持ち手をひねりながらヴィーナの頭を持ち上げると、それに応じて筏が首をもたげた。すると、滝に沿って垂直落下しようかという寸前で、筏は滑空するかのように滝から離れていく。

             

            「ああああああああっ、落ち、落ちるううぅぅぁあああああああ!!!」
            「あぁっ! ら、ライラ様っ、シンラ様、どうか、お守りをぉぉ……!」
            「舌噛まないでねッ!」

             

             悲痛な悲鳴を上げる千鳥と、眼鏡を抑えて小刻みに震える佐伯へとサリヤが忠告したその直後、森を強引に流れていく濁流の上に、筏が盛大な飛沫を上げて着地する。高度から考えれば真っ二つになっていないことが不思議なくらいだが、乗員共々筏は無事であった。成果を誇示するように、ヴィーナを取り巻く歯車が忙しく回っている。
             筏はそのまま、大きく、速く、そして力強くなっていく土砂の川に運ばれ、一気に裾野を突き進む。森を抜けたところには海まで続く長柄河が流れており、穏やかだったはずのその河も、文字通り顔色を変えて荒れ狂っていた。

             

             土石流。
             大地の力によって生じた奔流に乗って、五人を乗せた筏は進軍を開始する。

             

            「波に乗るのは好きだけど……まさかこんな形で活かされるなんてね」

             

             独り言は、河に合流してさらに勢いを増した土石流の轟音にかき消される。
             舵代わりのヴィーナをしっかりと操りながら、暴力的な波に飲まれないよう確かに船首を南へ向ける。
             その先で夜陰に紛れる、最終決戦の地・瑞泉へと。

             

            「さあ、行くわよ!」

             

             

             


             この策を知ったときには、正直カナヱも驚いたさ。見様によっては、馬鹿じゃないかとすら思うようなものだからね。。
             しかしこれはハガネの存在によって可能となり、その利点は無視できない。まさに奇策にして上策だったんだ。
             これくらい危険で突飛なことを実行に移せるのもまた、英雄の素質なのかもしれないね。

             

             さて、強襲を敢行した天音揺波一行だけれど、瑞泉領までは少なくない距離がある。
             常識はずれの奇策だからといって、一筋縄ではいかないのが瑞泉だ。さあ、返す一手はどうなるか、ご括目と行こうか。

             

            語り:カナヱ
            『桜降代之戦絵巻 第五巻』より
            作:五十嵐月夜  原案:BakaFire  挿絵:TOKIAME

             

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