『桜降る代に決闘を』の公式攻略ページはこちら!
『神座桜縁起 後篇』は劇場版をイメージした小説シリーズであり、完結済みです。眠る脅威と徒寄花を巡るメガミたちの決戦が描かれます。
戦いの決着を知りたい方におすすめです。
『桜降る代の神語り』『八葉鏡の徒桜』などで描かれた物語や設定を知っているとより楽しめる部分が多めです。
『神座桜縁起 前篇』は劇場版をイメージした小説シリーズであり、完結済みです。時を遡り、戦国時代へと流れついた夜山恋離の命運と、彼女が挑む旧き謎、そしてそこに隠された神座桜の縁起が描かれます。
残された謎を知りたい方におすすめです。
『桜降る代の神語り』『八葉鏡の徒桜』などで描かれた物語や設定を知っているとより楽しめる部分が多めです。
『八葉鏡の徒桜』は小説シリーズ第2弾であり、完結済みです。北の果てで目覚めた謎の少女ヤツハによる桜降る代の旅、数多のメガミたちにより紡がれる断章、そしてその果てに明かされる災厄と彼女の決意が描かれます。
現代の桜降る代や、そこで生きるメガミたちの活躍を楽しみたい方におすすめです。
『桜降る代の神語り』を先に読むとより楽しめる部分もありますが、こちらから読んでも問題ありません。
『桜降る代の神語り』は小説シリーズ第1弾であり、完結済みです。約二十年前の動乱――英雄・天音揺波がメガミ・ユリナに至るまで、そして桜降る代が訪れるまでの英雄譚が描かれます。
ユリナたちの来歴や桜降る代に至るまでの過去を知りたい方におすすめです。
『桜降る代の神語り』は書籍版もKADOKAWAのドラゴンノベルス様より発売中です。特典カードも付属しております。手に取っていただけると嬉しい限りです。
カード更新
禁止改訂
2020年6月禁止改定(季節戦改定)
2020年9月禁止改定(季節戦改定)
2020年12月禁止改定(季節戦改定)
2021年3月禁止改定(季節戦改定)
2021年6月禁止改定(起源戦改定)
2022年2月禁止改定(起源戦改定)
2022年8月禁止改定(起源戦改定)
2022年11月禁止改定(S8移行改定)
2023年2月禁止改定(起源戦改定)
2023年7月禁止改定(S8-2移行改定)
2023年8月禁止改定(起源戦改定)
2023年12月禁止改定(S9移行改定)
2024年2月禁止改定(起源戦改定)
次回の禁止改訂は3/01(月)を予定しております。
最新記事
過去の記事(上の記事ほど新しいです)
ゲームマーケット復刻展示「桜の劇場、栞の謝恩祭」を開催します
ゲームマーケット復刻展示「桜の楼閣、栞の体験会」を開催します。
GM2022大阪への方針と『玲瓏四季折々・冬』発売のお知らせ
今後の競技的イベントに向けた方針のご報告
巫鏡杯の開催形式に関するお問い合わせへの回答
アルティメットストレージGM2021春頒布分についての重要なお知らせ
5周年に向けた今後の展望
1月7日より発令された緊急事態宣言への方針
ゲームマーケット出張版2020浅草で書籍キャンペーンをお届け
BakaFire BoardGame Partyが豪華に帰還!
『始まる前の決闘録』(バランス調整チーム連載記事)
『新幕』の攻略記事
『桜降る代のいろは道』(初心者向け、動画シリーズ)
『新幕 半歩先行く戦いを』(初級者から中級者向け:ゲーム全体解説)
『想い一枚ここにあり』(初級者から中級者向け:カード個別解説)
『第二幕』の攻略記事
『半歩先行く戦いを』
『双つその手に導きを』
シーズン1 作:hounori先生
第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回
シーズン2 作:あまからするめ先生
第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 第9回
第ex1回 第ex2回 第ex3回 第ex4回 第ex5回 第ex6回
フルボイス1コマ漫画 ひとコマ 作:あまからするめ先生
その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 その9 その10 その11 その12
シーズン2は現在、不定期掲載中です。
ひとコマはだいたい1か月に1回くらいのペースで公開していきます。 ]]>
4月 桜花の大交流祭
まずは4月20日にシーズン9の大型イベントとして「桜花の大交流祭」が京都は仁和寺御室会館にて128人規模で開催されます。
こちらについて詳しくはすでに特設記事でお話ししている通りです。大会参加への多数のお申し込みに加え、私どもの予想を大幅に上回る合宿形式の参加をありがとうございます。少しでも良いイベントにできるよう全力を尽くしてまいりますので、よろしくお願いいたします。
4月下旬 メガミへの挑戦シリーズ再開
上述の通り3月末までは別の仕事で本作の動きは鈍くなっておりますが、4月からまたサイトの更新を再開していきます。計画している更新は幾つかありますが、メガミへの挑戦シリーズの連載再開をこちらにてまず告知いたします。
しかし申し訳ないのですが、このシリーズの連載を止めていた理由であるTOKIAME先生のスケジュールは変わらず厳しい状況です。そこで新規のイラストは用いない形での連載となります。ご理解、ご容赦を賜れれば幸いです。
5月 『玲瓏・異相譚』発売
先日の記事で告知した『玲瓏・異相譚』が発売されます。アナザー版メガミたちの切札をフルアートキラカードで収録し、さらにデジタルゲーム版の復刻イラストをボーナスカードで収録しております。詳しい収録カードは先日の記事をご覧ください。
おっと、折角ですのでこちらでもパッケージをご覧いただきましょう。
5-6月 オフライン/オンライン異相祭、2024春ノ陣
「桜花の大交流祭」に続くイベントのお知らせです。例年の祭における2024春ノ陣でございますが、今回は特殊な環境での開催となります。なにせ『玲瓏・異相譚』が発売されるのですから、そこに収録されるカードを使う機会が必要でしょう。
本イベントで使用できるのは全てのアナザー版メガミのみとなり、オリジン版のメガミは使用できません。あとは三拾一捨の32人規模で、オンラインとオフラインで開催されるなど例年と同様です。
イベントの特設記事と募集開始は「桜花の大交流祭」が終わり、私が京都から帰ってすぐを予定しております。もちろんいつも通り記事公開から募集開始まで2日の準備期間を取ります。日程は以下を予定しており、原則的には変更しません。
5月25日(土) オンライン異相祭、2024春ノ陣
discordサーバ上 32人シングルエリミネーション
6月2日(日) オフライン異相祭、2024春ノ陣
イエローサブマリン町田GAME SHOP 32人スイスドロー
6月 シーズン切り替え
現在進行中のシーズン9は本年6月に行われるカード更新にて切り替わります。ゲームマーケット2024春に私はBakaFire Partyとしては参加しませんので、更新はpdfによる更新となります。詳しい日程などは切り替えが近づいたら告知いたします。
7-8月 オフライン/オンライン起源祭、2024夏ノ陣
現在の起源戦環境の覇者を決める大会ももちろん開催いたします。例年通りの祭として起源祭、2024夏ノ陣となります。三拾一捨の32人規模で、オンラインとオフラインの両方があります。詳しい日程などは時期が近づいたら告知いたします。
2024年4月以降の賞品スケジュール
最後に賞品のスケジュールにつきまして告知を行います。まず、先日の禁止改定記事で告知しております通り、お気楽交流祭の追加参加賞はプロモーション集中力「カナヱ」に切り替わっております。こちらでご心配をおかけした全ての皆様にこの場にて改めてお詫び申し上げます。
続いて4月にプロモーションタロットが切り替わり、2024年4月から6月はプロモーションタロット「チカゲ」の復刻期間となります。
2024年4月賞品内容
起源戦優勝
完全戦優勝
お気楽交流祭追加参加賞
お気楽交流祭試合数賞品
続いて5月には完全戦のブラックキラカードが新たなカード「尸」に切り替わります。加えてお気楽交流祭の追加参加賞はゲームマーケット2023秋にて配布したプロモーション集中力「シスイ」に切り替わります。
2024年5-6月賞品内容
起源戦優勝
完全戦優勝
お気楽交流祭追加参加賞
お気楽交流祭試合数賞品
本日はここまでとなります。4月からのwebサイト更新、4月の大型イベント、新たな賞品、そしてそれ以降の様々な試みをお楽しみいただければ嬉しい限りです。
本日は次にあたる製品についてお知らせできればと思い、筆を執らせて頂きました。こちらの告知については本来は今月中ごろに掲載を想定していたいくつかの展望をまとめた記事で行う見込みでした。
しかし韓国語を出版しているKorea Boardgames様と打ち合わせた結果、韓国ではこのタイミングでの告知が望ましいという結論となり、併せて日本でも本日時点で告知することにしました。なのでこの記事は新製品の告知のみとなります。また展望記事もイベントの計画により特化した形での掲載になる見込みです。
前置きはこんなところです。それでは、さっそく始めましょう。
アナザー版の切札もフルアートキラカードに!
新たな製品はキラカードコレクションの新作『玲瓏・異相譚』です。ここまでで(直近に登場したミソラを除き)オリジン版のフルアートキラカードは揃っています。ならば次はアナザー版のフルアートキラカードが登場するのは自然でしょう。まずはパッケージとカードをご覧ください。
『玲瓏・異相譚』に収録されるカードは以下の通りです。
不完全浦波嵐
二重奏:弾奏氷瞑
炎天・紅緋弥香
二重奏:吹弾陽明
神代枝
ひらりおり
全知経典
大錬成マテリアル
残滓の絆毒
らすとりさーち
BlackBox NEO
OMNIS-Bluster
陣風祭天儀
望我
桜花眩く輝かん
ふたり震える手を取ろう
旧き虚路を歩みゆく
八葉鏡の徒桜
サギリ海域
ワダナカ航路
絶唱絶華
悠久ノ雪
徒寄の八重桜
こねくとだいぶ
神座渡
彼女にとっての自我と決意
彼女にとっての桜降る代
さらにこれだけではございません。パッケージから察している方もいらっしゃるかもしれませんが、かつて電子版で登場した異なるイラストレーター様によるカードをこの場にてフルアートキラカードで収録いたします。イラストの使用をご快諾頂いた有限会社センキ様にこの場にてお礼申し上げます。
本作では沖史慈宴先生によるオボロの切札4枚がボーナスカードとして収録されております。
ボーナスカード:熊介
ボーナスカード:鳶影
ボーナスカード:虚魚
ボーナスカード:壬蔓
『玲瓏・異相譚』の発売は2024年5月を予定しております。本作の新たなアート製品をお楽しみいただければ嬉しい限りです。
今後の更新予定につきまして
私事や他の仕事ゆえに更新が少なめとなっており申し訳ございません。実のところ、今の私は大きなチャンスとなるかもしれないお仕事の話を頂いており、そちらに向けて全力で取り組ませていただいております。
そちらの締め切りが3月末となるため、それまでは本作では動きが鈍くなります。4月以降は本作においても多数の更新を予定しておりますので、どうかお時間と温かい応援を頂ければ幸いです。
冒頭でお伝えした通り、今月にはもう一回、イベント関連の展望記事を掲載する見込みです。こちらでは4月20日の「桜花の大交流祭」より後のイベントの計画や賞品のスケジュールについてお話しする見込みです。
]]>
2024年3月禁止カード
なし
こんにちは、BakaFireです。今は引き続いて今作のこれからの試みやゲーム開発に邁進しております。本作関連ではありませんが、遠くないうちにお知らせできる内容もあると思いますのでご期待いただければ嬉しいです。
禁止改定につきまして
今月第1週での禁止改定を踏まえて競技イベントディレクターのローヴェレさんと検討し、4月20日開催の「桜花の大交流祭」までの変更は不要であると結論付けました。したがって禁止カードの追加はなく、今の環境で大型イベントは開催されます。
細かい背景などは今月第1週の禁止改定をご覧ください。環境への見解はこちらから概ね変化しておりません。
次回改定につきまして
4月1日(月)の禁止改定でも原則として変更しません。今の環境への研究と研鑽を安心して進めていただき、英雄の座への道程を楽しんでいただければそれ以上の喜びはございません。「桜花の大交流祭」を少しでも楽しいイベントにできるよう尽力いたします。
賞品に関するお詫びと告知
ご心配をお知らせするお知らせで恐縮ですが、イベント関連の承認や発送のお手伝いを頂いていた方が入院しております。現在は復帰までの間、一時的に私が行っておりますが他の業務の合間に行う形となるため平時より遅くなってしまっています。
そちらに伴う私個人の事情で慌ただしくなり、イベントの賞品に関するお知らせが抜けてしまった点もお詫びし、こちらにて追記いたします。お気楽交流祭で配布するプロモーション集中力カードですが、品切れに伴い随時切り替えを行わせていただいております。その上で「ハツミ」が品切れとなったので、不足したイベントから随時プロモーション集中力「カナヱ」への切り替えを行わせていただいております。
本件でご迷惑をおかけしてしまったイベント主催の皆様に向け、この場にて深くお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした。禁止改定の記事に追記する形でのお知らせとなってしまった点もご容赦いただければ幸いです。4月以降のイベントの賞品に関する告知は来週を目途に掲載する見込みです。
2024年2月禁止カード
なし
2024年2月〜2024年7月、起源戦参戦メガミ
ユリナ、サイネ、ヒミカ、トコヨ、ユキヒ、ハガネ、チカゲ、クルル、サリヤ、ライラ、コルヌ、レンリ、カムヰ、シスイ
こんにちは、BakaFireです。シーズン9の大型イベントに向けた調整もある程度軌道に乗り、今は本作のこれからの試みや幾つかのゲームの開発に邁進しております。大型イベントの合宿参加に向けた二次募集につきましてはフォームの最終調整中ですので、あと数日だけお待ちください。
本日の禁止改定では現環境への考えを述べ、起源戦の切り替えを行います。それぞれご一読願えれば幸いです。
禁止改定につきまして
今月は禁止カードの制定は行いません。先月の禁止改定からおおよそ1か月にわたって環境の観察を行い、私ならびに競技イベントディレクターのローヴェレさんは考慮を進めています。
まず私どもは今の環境に多様性があり、魅力を備えていると捉えています。過去の幾つかのシーズンのように明確に閾値を逸脱したメガミは今のところ発見されていません。今のところ有力と目されている何柱かのメガミを中心に環境は変遷し続けていると言ってよいでしょう。メタゲームに存在できているメガミの数も多く、これらの面で過去最良の環境であると評価しています。
禁止改定においては過去の環境のようにあるメガミが強力であるという理由で規制を与える可能性は極めて低いだろうと推定しています。しかし他の観点における偏りが生じている可能性もあるため、念には念を入れてメタゲームの監視を続けたいと考えております。
それゆえに来月に最終的な判断を行いたいのですが、仮に変更を行うならば大型イベントの約2か月前にはなされるべきであると考えております。そこで3月の禁止改定を1週間早め、2/26(月)に行うものとさせていただきます。若干の混乱を伴う形となり申し訳ございませんが、ご理解、ご容赦を賜れれば幸いです。
起源戦改定につきまして
今月は起源戦環境の切り替えも行われます。こちらの指針は2022年8月の改定で定まっておりますので、詳しくはそちらをご覧ください。カードプールを覚える負荷を軽減するためにオリジン版14柱に制限し、参戦するメガミが固定化する度合いを緩和するために達人セットの中でローテーションを行います。
今回は予定通りオボロとシンラが除かれます。これで達人セットが一周しましたので、次回の改定ではルールを変更する可能性があります。
※:オフライン起源祭、2023冬ノ陣は例外的に2023年8月〜2024年1月の環境で行われます。
次回改定につきまして
上記の通り2/26(月)に行います。
]]>
この記事ではまずイベントの概要と賞品や参加賞を一望し、その後に様々な詳細を紹介し、最後に申し込み方法について説明します。それではさっそく始めましょう!
桜花の大交流祭 イベント概要
2024年4月20日(土):完全戦/三拾一捨
定員:128名:先着制
形式:スイスドロー5回戦+4名の決勝トーナメント
会場:仁和寺御室会館 大広間
シーズン:9
参加費:1000円(大会のみの場合)
20日のタイムテーブル:
10:00 開場、受付開始
10:40 開会式、マッチング開始
11:00 1回戦(※1)
12:00 2回戦
13:00 3回戦
14:00 4回戦
15:00 5回戦
16:20 準決勝
17:20 決勝
18:10 閉会式、表彰式
20:00 宴会(※2)
※1:開会式以降の時間はイベントの進行に応じてずれる可能性があります。こちらの表記は目安と考えてください。
※2:宴会は後述する方法で宴会へとお申込みいただいた方のみがご参加いただけます。
賞品:
参加賞、賞品についても豪華な品揃えを用意しております。長くなりますので記事の末尾にまとめております。
128人定員イベントを関東以外で開催
本イベントはまず何よりもシーズン9の頂点を決める大型大会であり、本作の頂点を目指して真摯に取り組んでいる皆様こそが主役の大舞台です。ぜひとも皆様の名勝負でこの舞台を染め上げてください。
その上で本作の新しい祭として心躍る体験を提供できるように様々な挑戦も行っております。ひとつずつ要点をお伝えしていきましょう。
まず128人定員の大型イベントを久方ぶりに関東以外で開催します。
ここ数年は新型コロナウイルスによる情勢の難しさゆえにリソースが足りず、イベントは関東とオンラインに偏重する形となっておりましたが、昨年後半からようやっと状況が落ち着いてきたと考えています。
厳しい時代を超え、より幅広いプレイヤーの皆様がオフラインで楽しめる試みを再開できるよう全力を尽くしたいと考えておりますので、一緒に盛り上がれれば嬉しい限りです。
大舞台を名桜の膝元で演じよう
次に会場です。本イベントは三国杯の代表選手決定戦に引き続き、京都は仁和寺様の御室会館にて行われます。前回は中程度の会議室でしたが、今回は128名が収容できる大広間を利用します。
ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、仁和寺は世界遺産に認定されています。しかしただ世界遺産であるから素晴らしいと言うつもりはありません。私が素晴らしいと考えているのは、仁和寺の魅力の一つとして御室桜があるからです。
つまり本作の一大イベントが名桜が見守る膝元で開催されるのです。しかも開催は4月中旬から下旬。遅咲きとされる御室桜が開花する可能性のある時期です。もちろん実際に開花を見られるかどうかはご縁しだいですが、それで十分ではないでしょうか。
宴会で舞台の余韻を語らおう!
当イベントでは会場ゆえにさらなる試みが行えます。宴会の併催と合宿形式での参加です。仁和寺御室会館はそもそもに合宿施設でもあり、宴会や宿泊が可能なのです。ゆえに大会後の20日の20時より宴会を行います。
かつての大型イベントでは大会後の宴会も併せて調整していました。ならばそのまま会場で宴会できれば開催も参加もしやすく、より一緒に盛り上がりやすいのではないでしょうか。加えて仁和寺が提供する宴会メニューを頂くという体験もなかなかできるものではありません。
大舞台の余韻と己の成した戦績や、本作を通したこれまでの思い出を肴に宴を楽しみましょう。折角なので樽酒も用意しました。大会だけでなく宴会への参加もぜひご検討ください!
合宿参加でも仲間と盛り上がろう!
さらに会場で宿泊ができるのならば、合宿のようにこちらで部屋を手配するのにも意味があると考えました。よって部屋を押さえ、19日から21日にかけて合宿形式での参加も可能としております。
この形式は20日の大会と宴会を他の万事に煩わされずに楽しむことを目的としています。前泊と後泊がまさしく会場で行えるなら金曜夜の早期入場は容易になりますし、宴会で何ら遠慮なく夜遅くまで盛り上がれるでしょう。21日は京都観光をお楽しみいただくのもおすすめです。
大会のみ、大会と宴会のみ、前泊して大会、大会と宴会から後泊、全日程など様々なプランを用意しておりますので、参加者ごとに都合の良い形を選べます。
部屋は合宿施設であるため最大7人まで収容できます(基本的には5人部屋となります)。宿泊における部屋割りは事前の合意があれば決まったメンバーで部屋を用意しますので、調整チームでの最終調整や、本作を楽しむ仲間同士での交流などをお楽しみいただければ嬉しい限りです。
もちろん1名や少人数のグループでの参加も歓迎いたします。そのような方は参加申し込み時のアンケート結果やご要望を参考にし、楽しんでいただけるよう配慮した部屋割りを運営チームにて行います。
宴会への参加ならびに合宿形式での参加につきましての詳細はGoogleフォームにございます。先にそちらを詳しく確認したい方は以下のリンクよりご覧ください。
お申し込み方法
大会へのお申し込み
これまでの公式イベントと同様にこちらのフォームから参加申請を行ってください。大会のみに参加される方はそれだけで受付完了となります。
宴会、合宿形式の参加申し込み
まず上述の通り先にフォームより大会にお申し込みください。すると自動返信が行われ、その中にGoogleフォームへのリンクがございます。そちらより必要事項を記入してお申し込みください。
補足にて記載しました通り、宴会、19日から20日にかけての宿泊、20日から21日にかけての宿泊について、それぞれの場合でのメニューを取り揃えております。宴会のみの参加も可能ですし、前泊のみ、宴会から後泊のみなども可能です。
プランの詳細、部屋割りなどへの配慮事項などについてはすべてGoogleフォームにてまとめられております。興味がある方は以下よりご一読いただければ幸いです(自動返信で届くリンクと同様です)
(24/01/18追記)
リザーバーである状態で合宿形式の参加が可能かという問い合わせがございましたので指針を定めます。
参加を可能とします。
但し、料金に関するキャンセルポリシーは通常通り(3/16以降は返金無し)であり、欠席が出なかった場合の大会参加はできませんのでそちらのリスクは把握したうえでご参加ください。
その上で大広間の広さと当日の参加状況を踏まえ、可能な範囲でフリープレイスペースを設営できるよう尽力いたします。フリープレイスペースの確約はまだできませんので、その旨もご了承ください。
(24/01/22追記)合宿参加への多数のお申込み誠にありがとうございます。想定を大幅に超えるお申し込みがございましたので、可能な範囲で多くのお部屋を押さえられるよう仁和寺様と交渉を進めております。
そちらで部屋の数が確定しだい申請頂いた順番を踏まえて受付を完了し、申請頂いた全ての方にcontact.omuro88@gmail.comよりメールをお送りいたします。
お待たせしてしまい恐縮ではございますが、何卒お時間を頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします。
※:Googleからの自動返信メールはフォームが正常に送信されたことの確認であり、受付完了のメールではありません。
(2024/01/29追記)仁和寺様と交渉の結果、2階の全ての部屋を利用できることになりました。それを踏まえて今の時点で部屋を確定でき、入金の案内が可能な方(宴会のみに参加する方も含む)にご連絡差し上げました。
それに加え、1階の一部の部屋(3人定員)ならびに大部屋(※)での宿泊も可能となりました。しかしそれらの宿泊は当初の話と異なるため、2階にて部屋を用意できなかった皆様に向けて別のプランとしてご提案させていただく次第です。向こう数日の間にメールをお送りしていきますので、お待ちいただければ幸いです。
※95人まで就寝は可能とされていますが、その場合は高校生の合宿のようにぎっしりと敷き詰められた状況となります。実際は最大20人程度の部屋として考えています
(追記)19日から20日にかけてのみの宿泊にはまだ部屋の余裕があります。そちらのみを希望される場合のお申し込みは引き続きお待ちしております。
(追記)現時点で参加をご検討中の方はいったん今のフォームにお申込みいただければ3人部屋、大部屋での宿泊をご案内します。
(2024/02/13追記)本日に二次募集のメールをお送りしました。合宿形式での参加を希望され、その上で2階の部屋を用意できなかった方が対象となります。そちらにリンクされているGoogleフォームより必要事項を送付いただければ幸いです。
そちらのフォームでは合宿形式での参加、宴会、大会参加それぞれへのキャンセルも可能です。お手数をおかけしますが、メールを受け取った方は可能であれば二次募集を希望しない場合も入力をお願いできればありがたい限りです。
私の体調不良と合宿参加の担当の本業が慌ただしい時期が重なってしまい、二次募集の開始が遅くなってしまいました。ご心配をおかけしてしまった全ての皆様に心よりお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした。
(2024/02/27追記)本日に二次募集の部屋割りならびに入金に関するメールをお送りしました。ご確認いただければ幸いです。
本日はここまでとなります。それでは皆様のご参加、心よりお待ちしております。
賞品のまとめ
参加賞
※1:フルアートキラカード「その先の青空」です。本イベントに参加した全員にお贈りします。このカードは特に大規模なお祭りの参加賞でのみ配布される可能性があり、次回の配布は未定です。
4勝1敗以上
ベスト4
※2:タロットはユリナ、サイネ、ヒミカ、トコヨ、オボロ、ユキヒ、ハガネ、チカゲ、クルル、サリヤ、ライラ、ウツロ、ホノカ、コルヌから選択してください。シンラは品切れとなっております。
※3:フルアートキラカード「天ツ水道七標」です。原則的に最後の入手機会となる見込みです。
準優勝
ベスト4に加えて
優勝
準優勝に加えて
※4:その場でご指名頂いたメガミ(または徒神)を印刷したジークレープリントを作成し、後日に郵送いたします。
※5:初出となる2024英雄の証です。フルアートキラカード「新タナ虚路ヲ歩ミユク」となります。代用タグにより「虚偽」として使用できます。
]]>
128人定員の大規模大会が久々に開催。さらに――
まず大前提として、128人定員の大型イベントを久方ぶりに関東以外で開催します。
ここ数年は新型コロナウイルスによる情勢の難しさゆえにリソースが足りず、イベントは関東とオンラインに偏重する形となっておりましたが、昨年後半からようやっと状況が落ち着いてきたと考えています。
そして新たな挑戦を通してより楽しい祭を目指したいとも考えております。まずは着想のはじまりについて軽くお話ししましょう。
きっかけは昨年の三国杯、代表選手決定戦です。そちらではご縁あって仁和寺御室会館を会場とさせていただきました。その際に私は当日に会館を宿泊施設としても活用している選手の方を拝見しました。そう、仁和寺御室会館は合宿施設でもあるのですから。
ならば合宿のような参加も可能とした祭も開催でき、そして楽しいのではないでしょうか! そもそもかつての大型イベントでは大会後の宴会も併せて調整していました。ならば併せて前泊や後泊も可能とすれば地方からの行き帰りをはじめとした様々な面で円滑になると期待できます。
加えて試みを実現させるならばシーズン9の大規模が自然ですが、つまりそれは4月。御室桜が開花する可能性のある時期です。もちろんこれは会場の都合、年度末を踏まえ参加者を考慮した日程の都合、偶然の気象などの条件に左右される天運次第の話です。やや下旬よりの中旬では可能性は高いとは言えないでしょう。けれど、そういうご縁があるかもしれない。本作の大舞台が名桜の傍で演じられうる。それで十分だと私は思います。
もちろん宿泊や宴会の参加は自由です。大人数での宿泊や宴会を望まない方がいるのも当然でしょう。なのでただ大会として楽しんでも大丈夫です。参加者ごとの自由な形でこの試みを楽しみ、盛り上がってくれたらそれ以上の喜びはございません。
日程、内容、受付を今の範囲でお知らせ
日程は4月19日(金)から21日(日)の3日間です。日程の変更は絶対にありません。
上にて説明されている通り会場は京都の仁和寺御室会館です。
本体となる大会は20日(土)であり、こちらだけの参加もまったく問題ありません。19日と21日はあくまで20日の大会(と宴会)を他の万事に煩わされずに楽しむために存在しています。どちらも特別なイベントはありませんので、直前調整や京都観光をお楽しみいただければ幸いです。
参加の形式もそれに準じる見込みです。公式イベントの受付フォームで20日の大会参加を受け付け、その上で自動返信にGoogleフォームへの案内を添付しますので、そちらにて宿泊や宴会参加を希望される方は申請していただきます。
参加受付は上記の通り、1月18日(木)の20:00に開始する見込みです。
部屋割、宿泊参加に関する事前情報
こちらは今の時点で通達したほうが円滑だと考えますので、付記しておきます。仁和寺御室会館を合宿施設として用いるため、寝室は5人部屋となります。その点は予めご承知おきいただき、宿泊参加は同じゲームで遊ぶ仲間とこういった機会に時間を共有できることを楽しむつもりでご選択ください。
参加者同士での合意が取れている場合は同室となるよう調整できます。そういった形での参加を検討できそうな方は今のうちからメンバーの調整などを頂ければ幸いです。
部屋としては25名分に当たる5部屋はすでに確保しています。そちらに(Googleフォームでの)先着で部屋を割り当てていきます。メンバーを同室で固定する場合は代表者を1人決めていただき、そちらの方のタイミングを参照します。
その上で希望者が多い場合は可能な限り多くの方が宿泊できるようより多くの部屋を手配します。但し、一般の方の予約状況によっては部屋が埋まってしまう可能性もございますので、希望の方は可能な限り早いお申し込みを頂けるとありがたいです。
※ 男女は必ず別室とします。それに伴うやり取りが必要な場合は申し込みの後に別途連絡します。
※ 宴会の定員はありません。
本日はここまでとなります。本作の新たな試み、そして帰ってきた地方での大型イベントをお楽しみください。そして参加をご検討いただければ嬉しい限りです。
2024年1月禁止カード
なし
こんにちは、BakaFireです。現在はシーズン9の大型イベント告知に向けて調整を進めています。初報記事は今週に掲載する計画ですのでご期待いただければ嬉しい限りです。
本題となる禁止改定ですが、シーズンの開始から数週間が経った本日としても、現時点においては良好な環境にあると評価しております。
年末で大会が少なめであった点や、環境の自明性が小さいだろうと予測できる点から、現時点では正直なところ評価が定まっていないというのが正確なところでしょう。ゆえに少なくとも、このような時点で環境にメスを入れる理由はありません。
起源祭2023冬やシーズン9の大規模など、競技的な面への注目も始まる今月は特に環境へと注目します。その上で大きな偏りや問題が発見されたならば改定を行います。
次回の禁止改定は2月5日(月)を予定しております。状況によっては禁止を出す可能性はありますが、仮にその場合でもオフライン起源祭には例外的に影響が及ばない形とします。また2月には(オフライン起源祭を除き)起源戦における参戦メガミの切り替えが行われます。
起源祭そのもののおさらい
例の如く簡潔に起源祭について触れましょう。本作の環境は2つあります。1つ目は全てのメガミを使える完全戦。2つ目は14〜16柱程度のオリジン版のメガミに制限された起源戦です。起源戦の環境は半年に一度のペースで切り替わり、2023年8月から2024年1月にかけて次の14柱が参戦しています(起源祭は2月ですが、例外的にこの環境で行います)。
ユリナ、サイネ、ヒミカ、トコヨ、オボロ、ユキヒ、シンラ、クルル、サリヤ、ライラ、ホノカ、ヤツハ、ミズキ、アキナ
そして起源祭はこちらの環境を締めくくるための32人規模のイベントです。起源戦第五期の頂点を決めるべく、過去と未来が交差するこの瞬間の祭を共に楽しみましょう。
そしてこれまでの起源祭2023夏や完全祭2023秋と同様の形です。主に地方の方向けにdiscord上でのオンライン大会と、主に関東の方向けのオフライン大会に分けて、それぞれ32人で開催します。
※ 最近は新型コロナウイルスの余波ゆえに関東でのイベントを中心としていましたが、4月に計画している128人規模のイベントは関東以外での開催となります。1月の告知をお待ちください。
各イベントの詳細をお知らせします。
オンライン起源祭、2023冬ノ陣
2024年2月4日(日):起源戦/三拾一捨
定員:32名:先着制
形式:シングル・エリミネーションによる5回戦トーナメント
会場:discordサーバ上
シーズン:9
タイムテーブル:
13:10-13:20:トーナメント表、全参加者が使用するメガミの公開
13:30-14:30:1回戦
15:00-16:10:2回戦
16:30-17:40:3回戦
18:00-19:10:準決勝
準決勝終了後:決勝
三拾一捨3分間、眼前構築5分間、桜花決闘50分、予備時間15分で進行します。
時間までに着席が確認できない場合は審判がどちらかの勝利または両者の敗北として裁定を行います。
オンラインイベントの基礎情報
オンライン大会では準公式シミュレーターを用い、優勝者には賞品を郵送いたします。大会進行の管理はdiscordで行います。参加にはdiscordが必要ですので、discordの公式ページよりダウンロードしてください。管理しやすいようにシングル・エリミネーションによるトーナメント形式で行っております。
必要な環境
審判の業務
オフライン起源祭、2023夏ノ陣
2023年2月18日(日):起源戦/三拾一捨
定員:32名:先着制
形式:スイスドロー5回戦
会場:イエローサブマリン町田GAME SHOP
シーズン:9
タイムテーブル:
11:00-12:00:開場、選手受付
12:00-13:00:1回戦
13:00-14:00:2回戦
14:00-15:00:3回戦
15:00-16:00:4回戦
16:00-17:00:5回戦
三拾一捨3分間、眼前構築5分間、桜花決闘40分で進行します。
賞品
オンライン、オフラインともに普段より豪華な賞品をお贈りいたします。
決勝進出者2名に以下が贈呈されます。
※1 「大爆砕デカメロン」は今回のような大きめのイベントの賞品や参加賞となります。配布のタイミングは柔軟に扱いますが、平時の交流祭参加特典や大会賞品とはしない方針です。
※2 2023年1月時点でイベントの参加賞、賞品となったものと、アルティメットストレージに付属したタロットに限られます。具体的にはユリナ、ヒミカ、トコヨ、オボロ、ユキヒ、サイネ、ハガネ、チカゲ、クルル、サリヤ、ライラ、ウツロ、ホノカから1枚を選んでいただきます。但し、申し訳ないながら在庫切れのためシンラは候補から外させていただきます。
優勝者1名には加えて以下が贈呈されます。
参加方法と人数調整
参加する方法はこれまでの公式イベントと同様にこちらのページのフォームから参加申請を行ってください。受付は本日ではなく、2024年1月4日(木)の20時から開始します。事前の予告を手厚くすることで先着制の不平等性を可能な範囲で緩和する目的となります。今回は年末と三が日も念のため避けています。
(2024/1/4追記)予定通りイベントの募集を開始しました。受付はこちらより。皆様のご参加を心よりお待ちしております!
複数のイベントへの参加と人数調整について
オンライン、オフライン両方のイベントに参加することは可能です。但し、可能な限り多くの方にご参加いただくためにさらに1/18(木)に人数調整を行います。日程の遅いオフライン交流祭の参加者(リザーバーではない)となっている方のうち、オンライン交流祭でも参加者(リザーバーではない)をリザーバーの末尾に回す形といたします。予めご理解、ご了承をお願いします。
2024年のイベント賞品につきまして
諸々の更新のために遅くなってしまい申し訳ありませんが、2024年のイベントの賞品、参加賞についても告知させていただきます。まずプロモーションタロットについては3か月単位で復刻を行っていきます。2024年1月から3月はプロモーションタロット「クルル」の復刻期間となります。
さらにお気楽交流祭の試合数賞品はプロモーション集中力「アキナ」となります。追加参加賞は1月から2月はプロモーション集中力「ハツミ」となります。
以上をまとめると以下の通りです。
2024年1月-2月賞品内容
起源戦優勝
完全戦優勝
お気楽交流祭追加参加賞
お気楽交流祭試合数賞品
本日はここまでとなります。新年の更新ではまずこちらの募集開始が行われ、次に2024年4月に計画している大規模イベントの第一報をお知らせする形となると思います。新たなシーズンでのイベントをお楽しみいただければ嬉しいです。
それでは、よいお年を!
2023年12月禁止カード
なし
こんにちは、BakaFireです。本日に『新劇拡張:神座桜縁起 後篇』が一般でも発売し、シーズン9が開始します。それに伴い禁止カードの改定も行われます。
とはいえシーズン8−2時点での禁止カードはなく、シーズンの移行に伴う解除も不要です。開発時点で組み合わせ禁止を計画的に定める必要などもありませんでしたので、禁止カードは存在しないままです。
次回の禁止改定については元旦はお休みし、2024年の1月8日とします。とはいえ先行頒布から2週間の様子を見る限り、急ぎでの禁止は不要そうに見えております。これから数週間の間で問題が発見された場合に限って禁止を行う方針で今は考えております。
本日はここまでとなります。新たなシーズンをお楽しみいただければ嬉しい限りです。
]]>
新劇拡張:神座桜縁起 後篇
価格:6300円
内容物:
『新劇拡張:神座桜縁起 後篇』は3つのゲームモードが同梱された本シリーズの拡張です。詳しいゲーム内容は昨日の記事をご覧ください。こちらでは物語に触れない形で簡易的な説明をいたします。
レガシー風ストーリーモード
『神座桜縁起 完結篇』
6人プレイ推奨の協力型レガシー風ゲームです。初見で困難へと挑み、協力して対処することを第一に設計していますのでレガシー風と銘打っておりますが、コンポーネントへの不可逆的な操作はなく、リプレイも可能です。
物語の集大成であり、全メガミの個別シナリオとエンディングがございます。通しでのプレイ時間は6-8時間程度。中断も可能です。
ライブRPG風キャンペーンモード
『桜降る代のミコトたち』
1〜5回の対戦を行う形で進み、途中参加や途中離脱も可能なカジュアルなゲームモードです。プレイイベントで遊ばれることを想定しております。自分を表すキャラクターを成長させ、普段の桜花決闘では味わえないようなクレイジーな決闘で祭を盛り上げましょう。
標準桜花決闘
従来の桜花決闘では新たなメガミ・ミソラ、新たなアナザー版メガミ『歴史家』レンリ、『消失』オボロ、リワークされたアナザー版メガミ『第二章』サイネ、『旅芸人』トコヨが参戦します。
カード更新パック
シーズン8から更新されるすべてのカードに加え、絶版である『幕間:風花晴天』に収録されていた中で今も必要な全カードが収録されております。
メガミタロットスリーブ
価格:600円
内容物:
多数のリクエストを頂いていましたメガミタロットスリーブが新作グッズとして登場します。
アクリル集中力コレクションの好評を受けてBakaFire Party単独でのグッズ製作が現実的となり、そして無事に結実いたしました。当時にアクリル集中力コレクションを手に取ってくださった全ての皆様に心よりお礼申し上げます。
裏面は非透明であり、競技的なイベントでの活用が可能です。幅広い用途での使用を意識し、裏面はキャラクター性を意図的に排しております。あなたの望む方法でご活用ください。
アクリル集中力コレクション
価格:500円
内容物:
準新作として好評発売中のアクリル集中力コレクションもございます。大好評だったアクリル集中力を、新たなメガミたちや特別なアートを用いたレアプレートを交えた形で復刻。1枚単位での販売も行っております。
玲瓏四季折々:夏
価格:2200円
内容物
同じく準新作として新たなキラカードコレクションをお持ちしました。カムヰ、レンリ、アキナ、シスイの切札がフルアートキラカードで封入。収録されるボーナスカードはがわこ先生(Xアカウント)が描く「桑畑志水の死に所」です。
本日はここまでとなります。新たな拡張と新たなグッズをお楽しみいただければ嬉しい限りです。そしてゲームマーケットでお会いできればそれ以上の喜びはございません。最後にもう一度。B23「BakaFire Party」にてあなたのご来訪をお待ちしております!
(2023/12/07追記)ゲームマーケットでの新作、準新作のまとめ記事も作成しました。新作グッズの情報やゲーム内容以外の情報はこちらもご覧ください。
問題ないようであれば、このままお進みください。
よろしいですね。折角ですので、まずはパッケージをご覧ください。
それでは3つのゲームモードについて、ひとつずつ説明いたします。
レガシー風ストーリーモード
『神座桜縁起 完結篇』
桜降る代を巡る徒寄花との戦いにおいて、メガミたちは敗北しました。今やほぼ全てのメガミが徒寄花に囚われ、八つの大桜が徒寄花に侵食されています。
しかし希望は潰えていません。数多の桜はまだ咲き誇っています。それはあなたたちミコトの瞳と両の手から光が消えていないからです。桜降る代の各地でミコトたちは抵抗勢力となり、徒寄花の侵攻を押し留めています。
そしてメガミたちが赴き、救ったもう一つの歴史――彼方の枝からの言葉が『あなた』へと届きます。その邂逅こそが最後の命運、その幕開けとなるのです。メガミたちを救い、桜を奪還し、桜降る代を守り抜くための戦いへと身を投じましょう。
この物語はメガミと――あなたの物語なのですから。
本モードは6人プレイ推奨の協力型レガシー風ゲームです。初見で困難へと挑み、協力して対処することを第一に設計していますのでレガシー風と銘打っておりますが、コンポーネントへの不可逆的な操作はなく、リプレイも可能です。
あなたとメガミの物語
桜降る代に残された謎を解き明かし、神座桜縁起の結末を見届けましょう。4つの特殊なシナリオと25のメガミごとのシナリオがあなたを待っています。全シナリオに個別のエンディングもございます。
シナリオは命運シートに描かれたQRコードにて提供されます。命運シートはあなたの物語や追加の能力、そして秘密の情報を持ちます。
補足
数多の道行きを楽しみつくそう
70枚の特殊カード、120枚のハーフサイズカード、29枚の命運シート、10枚の特殊シート、7個の特殊トークンが多彩な体験を彩ります。
本モードは複数のステージを通して一連の物語を描く形式を取っています。あなた自身を表すミコトはキャラクターシートで管理され、ステージの途中には特技カードの取得などで成長できます。全編通しでのプレイ時間は6-8時間程度であり、キャラクターシートの記録を用いて中断も可能です。
過酷な戦線で知恵と団結を試せ
各ステージでは桜花決闘を下地とした協力型ゲーム「桜花演舞」を行います。
ステージの難易度は高く、一度や二度の失敗は必然です。しかしそれは敗北ではありません。あなたの目撃した困難を共有し、各ステージの攻略法を協力して見極めましょう。
当然、ステージごとに求められる演目は異なり、進むほどに展開は激化します。邪悪とすら呼べる多種多様な難題をお楽しみください。
補足
モード全体の補足
ライブRPG風キャンペーンモード
『桜降る代のミコトたち』
交流会などのプレイイベント全体を通して桜降る代での生き様を残しましょう。あなたは桜降る代に住まうミコトとなり、決闘と成長を繰り返します。多彩な特技カードとの組み合わせであなただけの技を研ぎ澄まし、普段の桜花決闘では味わえないようなクレイジーな決闘で祭を盛り上げるのです。
本モードでは1〜5回の対戦を行います。途中参加や途中離脱も可能なカジュアルなゲームモードですので、ぜひプレイイベントを盛り上げるためにご活用ください。参加人数は4〜8人を推奨しております。
モード全体の補足
標準桜花決闘
従来の桜花決闘では新たなメガミ1柱と、新たなアナザー版メガミ2柱が参戦します。そして新たな試みとしてリワークされたアナザー版メガミも2柱収録されております。それぞれ紹介いたしましょう。
空と自由のメガミ・ミソラ参戦
新たなメガミとしてミソラが登場します。彼女について詳しくは新メガミの紹介記事をご覧ください。
さらにG'sチャンネル様で掲載されたイラストストーリー『あなたとメガミの空模様』の最終回でもカードがプレビューされております。
過去と異史を探るアナザー版メガミ
新たなアナザー版メガミとして『歴史家』レンリと『消失』オボロが収録されます。
レンリはpdfにて先行公開され、シーズン8-2で先んじて参戦しておりました。オボロはシーズン9からの参戦となります。
リワークにて二重奏が再演する
『第二章』サイネと『旅芸人』トコヨがリワークされ、本作に全カードが収録されます。こちらについては新しい試みであり、特殊な経緯がございますので細かく説明いたします。
この試みはシーズン8→8-2におけるカード更新の開発から始まりました。シーズン8時点でアナザー版メガミへのカード更新はメガミの強弱ではなく、新しく独自性のある体験を提供できているかを基準に行われておりました。その中で『旅芸人』トコヨにおいてオリジン版のトコヨと差別化できるだけの体験を提供できていないのではないかと提起され、シーズン8-2のための更新案が模索されていました。
そして開発を進める中で(コンセプトとして対になる)『第二章』サイネまで併せて整える形での魅力的なアイデアが発見されました。しかしそのアイデアは特殊であり、シーズン8-2でのpdf公開で試みるには混乱が大きいと私は評価しました。
ゆえに参戦と適用をシーズン9に遅らせ、さらにカード更新ではなくリワーク版という体裁にて、全カードをセットに収録し直す方針としたのです。新たな形で奏でられる二重奏をお楽しみいただければ幸いです。
本日はここまでとなります。全く新しい形での試みと、紡がれてきた物語の集大成をお楽しみいただければ嬉しい限りです。ゲームマーケット2023秋にてお待ちしております。
補足と現在の進捗:
『神座桜縁起 完結篇』のメガミごとのストーリーにつきまして、今現在もBakaFireは書き続けております。進捗として共通となる骨格のシナリオ全てと、29個中25個の個別シナリオは完成する見込みです。しかしウツロ、ホノカ、カナヱ、カムヰが描く最古の三柱にまつわるシナリオのみ、ゲームマーケット時点で間に合わず、数日後の更新となる可能性がございます。
引き続き最善を尽くしますが、状況によってはこちらに追記する形で補足を行います。私自身の力不足で大変申し訳ございませんが、なにとぞクオリティの改善のためにご理解、ご容赦を願えれば幸いです。
(12/09追記)申し訳ございませんが、ウツロ、ホノカ、カナヱ、カムヰの物語はゲームマーケット後の実装となります。16日、17日の土日に遊ぶプレイグループが完全な形で遊べるようそれまでに実装いたしますので、なにとぞご容赦願えれば幸いです。
]]>
多くの戦場があった。多くの人々が戦っていた。
桜降る代に要の如く点在する大桜、それらを巡る最も苛烈な攻防。
押し寄せる怪物に比して小さく、それでいて巨大なメガミたちの奮戦を人々は記憶する。
しかし同時に、彼らは目の当たりにすることとなる。
悍ましき二人の姉妹の姿を。
枯れゆく花々を。
戦場、その全てで。
各地へ繋がり合う縁の糸が、足りない。
怪物の巨体をいなし続けていたユキヒの顔に、焦燥が色濃く浮かんでいく。鮮やかだった縁から彩りが欠けるその意味を、彼女は誰よりも理解し、故に理解に苦しんでいた。
その動揺を、同じ戦場を駆けるライラが感じ取る。
何か手を打つ必要がある――そう交わし合う前のことだった。
大地から、骸晶の蔦が隆起する。
夕焼けの空が、歪な星空に染まる。
煙家に現れたる、二体の徒神。
対し、メガミたちの決断は迅速で、残された力全てで以て迎え撃つ。
元来の権能の残滓を簪に込めて、蠢く歪な大地へ死を呼び込んだ。
荒ぶる稲妻が、広がりゆく星空を引き裂いた。
しかし、顕現した絶望を滅ぼすには至らない。
「……どちらの力も、悲しいだけです」
イヌルがユキヒに語り掛ける。
縁の象徴が、蔦に呑まれ地に消えた。
「そんなの信じても、いいことないわ」
アクルがライラに語り掛ける。
風雷の象徴が、瞬き一つで虚空に消えた。
守りを失った湯煙桜が、骸晶の蔦に包まれる。
桜降る代から、光が一つ、消えた。
ミズキが覚えた違和感は、すぐさま警戒に転化された。
背に守る神座桜と己の結びつきが、弱まった。消去法かつ合理性で配置されたという自覚があるからこそ、大量の敵味方入り乱れる混沌とした戦場にあって、即座に気づけたのだろう。
感づいた気配のないミソラは、悠々と鏡まで射抜いている。
しかし、斥候を送る判断は、不要だった。
大地から、骸晶の蔦が隆起する。
薄暮の空が、歪な星空に染まる。
瑞泉に現れたる、二体の徒神。
対し、メガミたちの狙いは正確で、抱えていた余力を投じて迎え撃つ。
兵の陣容を直ちに整え、奇怪な大地を槍衾の餌食とした。
迷いなく放たれた矢が、空を覆い隠す星空を撃ち抜いた。
しかし、顕現した絶望を滅ぼすには至らない。
「……辛くないですか。そんなに抱えて」
イヌルがミズキに語り掛ける。
守護の象徴が、蔦に呑まれ地に消えた。
「自由で素敵ね。そのまま消えたら?」
アクルがミソラに語り掛ける。
空の象徴が、瞬き一つで虚空に消えた。
守りを失った翁玄桜が、骸晶の蔦に包まれる。
桜降る代から、光が一つ、消えた。
かつて最強と謳われた男を介した縁は、未だ力強かった。
ハガネとヒミカにとって、その雄々しき桜を守らぬ道理はない。ユキヒの権能は、あくまでその後押しに過ぎなかったのである。
しかし二柱の感覚は、その些細な力の消失を伝えていた。
大物が来るという直感が、ここが次の決戦場だと告げていた。
大地から、骸晶の蔦が隆起する。
宵の空が、歪な星空に染まる。
龍ノ宮に現れたる、二体の徒神。
対し、メガミたちの威勢は強く、情念を激しく燃やして迎え撃つ。
鉄槌が山のように膨らみ、腫瘍の如き大地を打ち砕いた。
猛き紅蓮が数多の銃弾と化して、冷たい星空へ迸った。
しかし、顕現した絶望を滅ぼすには至らない。
「無理に、変わらなくても、いいんです」
イヌルがハガネに語り掛ける。
大地の象徴が、蔦に呑まれ地に消えた。
「あなたはもう、怖くなくなっちゃった」
アクルがヒミカに語り掛ける。
炎の象徴が、瞬き一つで虚空に消えた。
守りを失った希龍桜が、骸晶の蔦に包まれる。
桜降る代から、光が一つ、消えた。
最も噛み合わない二つの歯車は、だからこそ奮戦の礎となった。
互いに守るとは程遠い、合わせられたヲウカとシンラの背中。譲れぬ相手よりも先に膝をつくわけにはいかず、抱いた意志を貫くためにも怪物を尽く退け続ける。
故に、それを挫く存在の到来を見逃すことはなかった。
大地から、骸晶の蔦が隆起する。
夜の空が、歪な星空に染まる。
蟹河に現れたる、二体の徒神。
対し、メガミたちは同時に矛先を変え、信念のままに迎え撃つ。
勾玉が生む光と影が、忌々しきに果てた大地を排斥する。
この場の真理をも規定する言の葉が、天を蝕む星空を否定する。
しかし、顕現した絶望を滅ぼすには至らない。
「未練いっぱいの、根無し草だなんて」
イヌルがヲウカに語り掛ける。
亡き桜の化身が、蔦に呑まれ地に消えた。
「儚い妄想だわ。本当にかわいそう」
アクルがシンラに語り掛ける。
弁論の象徴が、瞬き一つで虚空に消えた。
守りを失った桐子桜が、骸晶の蔦に包まれる。
桜降る代から、光が一つ、消えた。
トコヨとオボロの演舞は、月が顔を出しても終わることを知らなかった。
徒寄花の怪物との共演という、剣呑に過ぎる演舞。一糸乱れぬ彼女たちの動きは、たとえ観客が絶えようと幕を降ろさぬ覚悟を感じさせる。
けれど、即興劇に波乱が起こることもまた、二柱は確信していた。
新たな演者の登場を、演目に記されていたかのように受け入れる。
大地から、骸晶の蔦が隆起する。
夜半の空が、歪な星空に染まる。
古鷹に現れたる、二体の徒神。
対し、メガミたちは動揺一つ見せず、怜悧で優雅に迎え撃つ。
吠えたける巨熊が、無数の鋼の糸に戒められた大地の成れ果てを打ち壊す。
優美にして鋭利な扇が、影を落とす星空を穿つ。
しかし、顕現した絶望を滅ぼすには至らない。
「……お前だけは、許さない」
イヌルがオボロに語り掛ける。
生物学の象徴が、蔦に呑まれ地に消えた。
「はじめから、終わっているのね」
アクルがトコヨに語り掛ける。
永遠の象徴が、瞬き一つで虚空に消えた。
守りを失った白金滝桜が、骸晶の蔦に包まれる。
桜降る代から、光が一つ、消えた。
海は、実に雄弁だった。
何処から伝播する悍ましい揺らぎを、サイネとハツミは嫌でも知る。怪物たちの動きも、潮風に乗った気配も、それらが生み出す旋律さえ、全てが先触れだった。
抗えぬ到来が、苦渋を二柱に強いる。
大地から、骸晶の蔦が隆起する。
未明の空が、歪な星空に染まる。
芦原に現れたる、二体の徒神。
対し、メガミたちは迎えた時に即応し、不協和音を断つべく迎え撃つ。
海中に続々と浮かぶ水球の破裂が、うねる水底を打ち据える。
水晶の空中階段を駆け上り、乱れ咲く斬撃が星空の忌み子を切り裂く。
しかし、顕現した絶望を滅ぼすには至らない。
「優しすぎます。らしくないですよ」
イヌルがハツミに語り掛ける。
水の象徴が、蔦に呑まれ地に消えた。
「果てしないだけで、終わってるじゃない。変わり者ね」
アクルがサイネに語り掛ける。
技巧の象徴が、瞬き一つで虚空に消えた。
守りを失った水鏡桜が、骸晶の蔦に包まれる。
桜降る代から、光が一つ、消えた。
そして、風雪鳴り止まぬ北の果て。
目も開けていられない猛吹雪の中、コルヌは冷徹な瞳を獰猛に睨ませていた。
払暁に照らされる、二体の徒神。
その身体には傷しかなく、凍てつき脆くなった身体が崩れ落ちる。
それでもなお立ちはだかる敵に、コルヌは決死にて役目を果たさんとしていた。
「そうか、貴様らが……貴様らは、即ち――」
しかし、彼女の抵抗はそこまでだった。
氷雪の象徴が、蔦に戒められる。
北限の守護者が、瞬き一つで虚空に消える。
守りを失った果桜が、骸晶の蔦に包まれる。
桜降る代から、光が一つ、消えた。
最後の大きな輝きが、夜明けと共に、消え去った。
「ちょっと……ううん、思ったよりずっと、疲れちゃったわ」
名の刻まれた石碑に、すとんと腰を落とすアクル。焼け爛れた首を動かしづらそうにしながら、頭上に広がる星空をぼんやりと見上げる。
切り傷だらけの全身から、零れる黄緑の輝きが吹雪に攫われる。
その隣で、枯れた果桜に背中を預けるイヌルもまた、健常な箇所を探すほうが困難な有様だった。うつらうつらと身体の調子を確かめる中、氷漬けになっていた左腕がぼとりと落ちて、光へ解けて消えていった。
寄り添う二人は、互いに少しずつ体重を預け合う。
遊び疲れた、年の離れた姉妹のように。
「戻って、マヒルちゃんと、添い寝しましょう」
ややあってから、重くなる一方の腰を上げる徒神たち。
一人が蔦に包まれ、地に沈んでいく。
一人が空へと落ち、天に溶けていく。
そして、そこには誰もいなくなった。
惨劇の夜は静かに終わり――花なき一日が、始まった。
そこには、メガミも、徒神も、姿はなかった。
戦いの残滓だけが、地に深い傷跡を残す。
桜降る代の温かな輝きは消え、鈍く煌めく蔦から、黄緑の花が咲き乱れる。
虚しさすら覚える時間を、青空だけが見守っていた。
しかし、そこには音があった。
足が土を噛む。
刃が打ち鳴る。
ここに静黙の時は未だ訪れず。
ひとひらの桜が、舞った。
降りしきる雪の中、熱気のままに吠えた。
「己が役目を思い出せぇッ!」
壮年の男の喝に、振るわれる刃が再び力を帯びる。
北の果てより迫りくる怪物に立ち向かうは、北限の守り人たち。御冬の里の桜に集う敵を、慣れた雪深き戦場の利を活かして打ち砕く。
信奉する冷厳なる守護者が予見した有事が、目の前に広がっている。顔を見せない彼女の安否は、もはや言うまでもない。
けれど、守り人たちの心は折れていなかった。
その身に刻まれた役割を全うするために、拠り所たる里の桜は守り通す。
あれほどいた怪物たちの勢いは、気づけば軍とも呼べないほど弱まっていた。
探索者たちが見据える先には、北限への道行きがあった。
かつて英雄たちが辿った、挑戦そのものである道程。見据える次の旅路は、より深い意義を持つ。
厳格なる守り人は、古き英雄の如く刃を携える。
探求者は謎を求め、掲げた旗印と共に歩みゆく。
手にした櫂から水流が噴き荒れる。
「筋肉のない石塊如きに、負けるわけがなぁい!」
漢たちの鍛え上げられた肉体と精神は、借り受けた権能を十全に機能させ、上陸して来た怪物たちを押し流していく。
彼らに悲嘆する暇などありはしない。
それはメガミの導きを信じ、己が意志として歩んできたから。
肉体は、証の一つに過ぎない。
けれど、連なる山脈の如きそれは、確固たる自負の現れでもあった。
求道者たちの見据える先には、光消えた水底があった。
だが、漢たちに止まる理由などあるだろうか。筋肉たちも、そうでない者たちも、信じるものが違ったとしても、今は心を一つに彼らは吠える。
「フンッ、ハアッ、ソイヤッ!」
仮面をつけた舞手が、都を縦横無尽に舞い踊る。
「積み重ねたこの歴史、我らで絶やしてなるものか!」
時間の染みた街並みを舞台に演じられるのは、怪物との苛烈なる戦い。二つ――否、異史を交えれば三つもの戦火に曝されてなお、古都は枯れゆく気配もなく優美に佇んでいる。
これこそが、歴史の重み。その意味へ真摯に向き合い、不断の努力によって受け継がれてきた時の蓄積。
後継者たちの見据える先には、暗転した舞台があった。
そこに立つべく研鑽を続ける者も、そこに映し出される情景を愛する者も、そこに新しきを求めて模索する者たちも。
誰もが焦がれるその舞台は、次の光を待ち侘びている。
もはや宮司の姿は、桜花決闘の場にはなかった。
「聖上のお膝元を汚させてなるものか!」
桜の光と影の塵が、怪物をなぎ倒していく。狩衣姿のその身が、決闘を仕切るだけの存在ではないと躍動する。
文人たちは知恵と言葉を紡ぎ、自ら行く先を照らしていく。
もはやそれは、盲信ではない。かつて主神は愛を知り、天秤は調停を成し、そして知恵者たちが生まれ、己が足で歩み、選び抜く術を手に入れた。
今という坩堝の中だからこそ、意志は強かに宿っていた。
知恵者立ちの見つめる先には、権威潰えた本拠があった。
けれどそこには、主義があって、愛があって、導きがあった。そして、これからの未来を定める新たな天秤と、そこに載せようとしているイシがある。
次の一歩を踏み出すための戦いを、始めよう。
その城下町での戦いは、激烈であり動的であった。
「こんなんで諦める奴、いねぇよなァ!?」
ミコトたちが宿すメガミも混沌として、怪物たちへと猛然と立ち向かう。
その顔は笑ってすらいて、果たし合いでありながら荒々しい祭の如し。
祭を捧げるのは、敬愛するメガミたちに、遺志を残した英雄に、そしてそれを継ぐ彼ら自身にだ。
開拓者たちの見つめる先は、朽ちた龍たちの墓場があった。
しかし、屍を越えていく彼らがいるならば、龍の意志は何度でも蘇る。どんな絶望の大地でも踏み越えて、命を芽生えさせてきた自負があるのだから。
降り注ぐ絶望は、彼らにとって、絶望ではない。
その城下町での戦いは、熾烈であり静的であった。
「倉庫街から逸らせ、まずは明日を生きるぞ!」
ミコトたちが宿すメガミも混沌として、怪物たちへと巧妙に立ち向かう。
その瞳はぎらついて、昏い破滅は慮外だと言わんばかりだ。
滾る意志を示すのは、敬愛するメガミたちに、野心を託した英雄に、そして野心を保ち続ける彼ら自身に。
先駆者たちの見つめる先は、野望重なる城塞があった。
野望とは悪であろうか。彼らはそうは思わない。
敗北があり、犠牲があるのなら、それを罪として贖わねばならないだろう。しかしその可能性は、歩みを止める理由にはなりはしない。
湧き上がる絶望は、彼らにとって、絶望ではない。
広大なる平原を、嵐の如く人々は駆ける。
「我ら信じるものは違えど、今ここに想いは一つ!」
戦場には、風雷吹き荒びし戦士たちがいた。優雅に空舞う射手たちがいて、堅牢なる鎧兜纏いし兵がおり、そして赤き刃携えた執行者たちが駆け巡る。
混沌とした意志は、互いに隣人を巻き込み、戦意の波濤が大地を揺らす。
指揮する者がおらずとも、怪物らの狙いは明白。南西地方の各所に生じた大きなうねりは、敵を容易く呑み込み、打ち砕いていった。
同盟者たちの見つめる先には、湯気漂う縁の収束点があった。
重なる意志にてひた進み、戦いを越えた先で、きっと皆は笑い合う。人にとっても、獣にとっても、温泉とはそういう場所だろう。
だから、一人たりとも足を止めることはない。
温かなその場所も、自分たちの生きる道も、全てを取り戻すために。
人々は進む。
この何処かにきっと、共に歩んでいく『あなた』がいるのだろうか。
それは祝福だ。
『あなた』がいなければ、この地は潰えるのだから。
進んでいこう。
最後の命運を果たすために。
あるいは――――
広漠なる光の大樹が、やはりそこには広がっていた。
周囲に満ち満ちる骸晶の蔦に衰えはなく、星の数ほどもあったはずの歴史が、尽く朽ち果てている。枝葉が腐り落ちた森が成れ果てた泥地のようで、途絶えた命を否応なく思わせる、胸が締め付けられるような光景だった。
そこに一本だけ屹立していた、桜降る代を示す太枝。
遍く歴史を呑み込もうとする蔦に、例外はない。今こうしている間にも蝕まれている実情を映すように、その枝にも容赦なく纏わりついていた。
この終焉を見せつけるために、後悔や不甲斐なさや自罰といった感情が、逃されたヤツハをこの場所まで引きずってきた。
しかし、どういう訳か、想定よりも蔦の侵食が遅い。
自分たちは、敗北したはずなのに。
倒木の如く、喰らい尽くされる運命にあるはずだったのに。
ヤツハの瞳に、一条の光が差し込める。
――あぁ、そっか……。
前に手をかざし、受け継いだ力――叶慧鏡が顕現する。込めた権能が、果てしなき可能性の大樹の地平線を押し広げていく。
ヤツハが見つめる先には、光があった。
桜降る代の枝から、細く伸びる光の道。遥かなるこの空間を進み、数多の歴史の残骸と蔦の合間をひっそりと縫うように、遥か遠くへと結ばれた光。
カナヱが再び己を犠牲にして結んだ、弱々しい道。
彼方の枝に続く道。
命運。それは即ち、今ここで自分だけができること。
それは誰にもあって、だから誰もが英雄で。
そして今なら、分かる気がした。
最後の命運を受け継ぐのは、この自分ではなくて――
――どうかっ……!
鏡を彼方に向け、ヤツハの持つ全ての力を解放する。
鏡面から放たれた光が、か細い道に重なった。糸と糸を紡ぎ合わせるが如く、螺旋を描いて新たな道を為す。
強かに結び直された余波か、道の周囲の蔦が軽くなびいた。
直後、沿路の蔦が綺麗な断面を晒し、折れた。
まるで、花道を汚す不届きな雑草を刈り取ったかのように。
螺旋の光の中を、微かな白い影がよぎった気がした。
そして、その煌めきを寿ぐかのように彼方の枝が瞬いた。輝きが、繋がりをさらに補強するように光の道へと染み渡る。
何者にも曲げられない意志こそが、希望を紡ぐ。
天地に絶望蔓延る中、それは、あまりに眩しかった。
そして、桜降る代のとある場所。特筆すべき点のない、凡庸な光景。
そこには、メガミも、徒神も、姿はない。
戦いの傷跡残す大地に骸晶の蔦が這い、黄緑の花を咲かせている。
しかし、ひとひらの花弁を追って、見やるとそこには桜があった。
なんてことのない、神座桜。
大きくも小さくもない。
凛々しくも儚くもない。
けれど、満開だ。
周囲を蔦が這っているのに、満開だった。
その満開の桜の傍に腰掛ける人影が、一つあった。
『あなた』だ。
『あなた』は何処からの声を聞き、不思議と立ち上がった。
…………。
聞こえてる? あー! 聞こえてるの!?
あなたは誰!? あーしは藤峰古妙! もしもーし!
…………。
おい、ほんとに通じてんのか? お前の勘違いじゃねえの?
…………。
うっさい、幣爾さんは黙ってて。
これたぶん行けてるっしょ、もしもーし!
…………。
さっきの急激な反応を見るに、可能性は高い……。
でも、こちら――一方通行なのかも――。
数値――乱高下し――る。古――早く。
…………。
そっか。なら、聞――て!
…………。
あーしたち――じゃ――分からなかった……。
だから、力を貸して。
朧文書を、解明して……!
自然の天窓から、穏やかな陽光が差し込んでいた。陰陽本殿では今、本来その陽射に煌めくはずの無明桜が、あの日からずっと光を失ったままだった。
堕ちた聖域を彩るのは、温度のない不気味な七色。
蔦に纏われ変わり果てた桜の根本は、けれど穏やかだった。
そこで眠るのは、災禍を運んだかの姉妹。
傷だらけの身体を慰め合うように、大中小と並んで身を寄せ合い、午睡に身を委ねたかのように小さな寝息を立てている。中央の寝顔は、左右から半ば枕代わりにされていても、むしろ幸せそうであり、なのに涙を細く流し続けていた。
吐息に合わせ、深い傷跡から黄緑の光が零れ出す。
その光は雫となり、地に落ちて、やがて一輪の花となって彩りに加わる。
冷たい黄緑色をした、小さな花畑。
そこは、誰もいないかのように、ただ静かだった。
]]>
翅を失ったユリナが、石床を砕き、着地した。
「っはッ……!」
己の精魂を絞り出すような息と共に、刃を構え直す。
彼方の枝からの連戦ともあって、彼女の疲労は想像を絶する。しかし、英雄として、武神として、得物を下げることは許さなかったようだった。
そう、手応えはあった。けれど、未知の相手との決着がどこにあるのか、誰も知らない。
ヤツハも、メグミも、アキナも、決定打を浴びた相手の様子を固唾を呑んで見守っている。
イニルの身体は、水中で揺蕩うように仰向けに浮かんでいた。
胴に刻まれた一本の傷跡は癒える気配すらなく、彫像に走った亀裂の如く周囲の肉体が罅割れている。全身が小さく痙攣するたび、その傷跡からは黄緑と青白の混じったか細い光が、鼓動に合わせて出血するように漏れ出していた。
ほうほうの体で彼女の傍に戻った結晶も、何をするでもなく浮かぶばかりで、むしろ主の負傷を反映するかのように軋んだ音を立てていた。
打倒と勝利を思わせる様相。一方で、まだ身体は朽ちていないとも言える。
止めを刺すべきか否か。
ユリナが翅を失ったとて、イニルの身体は少しずつ落ちてきている。着陸を待てないのであれば、まだ飛べるヤツハの手を借りてもいい。
「…………」
けれど、迷いなく斬華一閃を構え直したにもかかわらず、ユリナは逡巡を見せた。それが決して情けの類ではないことは、他のメガミの目からも明らかだった。
新手の途絶え始めた怪物の進軍を背景に、メガミたちが肩で息をする音が小さく響く。しかし、誰も明確な答えを出すことはなかった。
それは、未だ判然としないイニルの本質が故か。
時間に追われるように、ユリナが柄を握り直し、満身創痍のイニルを再び見据える。
けれど、ユリナが踏み出したときだった。
背に守っていた無明桜から光が迸る。
幹の中から飛び出してきたのは、高速回転する車輪を一つだけ脚につけた、大きなやじろべえじみた木偶人形だ。
「ごっきげっんよぉーう!」
「きゃあああああ!」
人形は着地の衝撃で軸が折れ、肩に捕まっていた二つの人影が放り出される。
一つは満足そうに息を荒げるクルル。そしてもう一つは、涙目を浮かべるレンリである。両者とも嵐にでも巻き込まれたように服や髪が乱れており、常識外れの強行軍をこなしてきたのだと窺える。
人形は勢い余って怪物の戦列にまで突っ込み、大暴れして怪物の残党を引き付け始める。
クルルは絡繰銃を構えつつ、きょろきょろと辺りを見回しながら、
「北限はどーにかなりそだったんで、爆速れすきゅーに来たのですが……もしや、一歩遅かった感じですかぁ?」
銃口が、ぼろぼろのイニルを指す。クルルはそこで、ほっと安堵の息を漏らした。
突然の増援に呆気にとられていたメグミが、警戒を取り戻しながらも、疲れた笑みで返す。
「まだ分からないけど、ちょうど、いいのが入ったとこだよ」
「ほー……とするとあれが、眠る脅威ってことですか」
普段通りの好奇心を滲ませ始めるクルル。
それに、地表間近まで降りたヤツハが、
「はい……間違い、ありません。可能性の大樹で会った、そのままです」
「いっちばん反応のおっきなここが、大正解だったわけですな。怪物も残ってますし、くるるんも追いかけてきて正解でした」
「助かります。こちらも、被害が……」
目を伏せかけたヤツハは、頭を振ってイニルを再度注視する。
北限の戦線に目処がついた以上、後は首魁を撃滅し、残敵を掃討するだけ。イニルに関係なく無尽蔵に湧き出してくるならいざしらず、クルルの知らせはヤツハたちに決着の時を確信させるのに十分だった。
故に、メガミたちは気力を振り絞り、幕引きへの決意を固める。
……ただ、ひと柱を除いて。
「おい、腰抜かしとる場合ちゃう、ぞ……?」
懐疑的なアキナの声が、尻すぼみに消えていく。
彼女の視線が捉えるのは、レンリ。
立ち上がろうとして、片膝を立てたまま、固まったように動かない。
その目が、震えている。
見間違ってはならないと見開かれ、けれど目に映る光景が信じがたい。その板挟みで悲鳴を上げる眼球が、震えている。
震えが伝わった手足に、これから勝利を掴み取ろうとする勇ましさはない。
それはきっと恐怖であり、本能が恐怖から必死に目を逸らしている姿だった。
それが、徒寄花打倒を真に願った者の姿であるはずがなかった。
レンリの異様な態度に、メガミ全員に緊張が走る。
誰かが、息を吸った。レンリに問いかける言葉の、前触れだった。
しかし、声になるよりも前に、レンリは呟いた。
「ち、違う……」
皆の視線が、零させた言葉だった。
しかし、仔細を問う色がその眼差しに混じった瞬間、レンリの感情は爆発した。
悲壮が、絶叫を生む。
「こいつじゃないっ! 戦国で見た眠る脅威は、こいつじゃないんですよッ!」
「――――」
時が、止まった。
驚愕すら、誰の顔にも浮かばなかった。
歴戦の猛者が揃い踏むこの戦場で、一人たりとも、反応できなかった。レンリの悲鳴の意味を、汲み取り切ることができていなかった。
頭が理解を拒絶する。
これまでの道のりが足元ごと崩れ去る、その信じがたさ。
けれど、反論したくとも、反論できるはずもない。
レンリは、眠る脅威の危機を最初に唱えたメガミなのだから。
そこに嘘はないと、誰もが分かってしまったのだから。
唯一、事前に対峙したヤツハの証言は、しかし誰も疑うはずがない。
この惨状が、脅威の証。あの犠牲が、脅威の印。
ならば、これは。
これは、絶望であって、絶望でないのだとしたら――
「だ、め……」
「……!?」
反論は、空からだった。
静かに降下していたイニルが、歯を食いしばって顔を傾け、レンリを睨みつける。
ユリナの刻んだ傷跡は、見た目以上に深いようだった。
それでも、イニルは気力を振り絞ってでも否定を唱える。
「思い、出すな……起こそうと、するなぁ……!」
必死で黄緑の輝きを集め、手のひらに収束させる。しかし、槍を生み出す余力はないのか、か細い骸晶の蔦が一本、力なく垂れ下がるだけ。地上も間近であり、後は大地に横たわって消える光景すら目に浮かぶようだ。
もはや脅威ではない。そうとしか見えない有様なのに、悪寒が駆け巡る。
捨て身の覚悟を吠えるような、涙を噛みしめるような、激情が渦巻いているだろうに、その核は敗北による屈辱といった単純な感情では決してない。
戦いの最中で見せた、傲慢ですらある悲壮と同じ。
レンリが、開けてはならないその感情の箱を、ついには開け放ってしまったのだ。
「そのため、に……あたし、だけで、こいつらを――」
「斬ります!」
戦意を耳にして、ユリナが踏み切った。
誤解の余地の一切ない、止めを刺す宣言。結論がどうあれ、生かしておくべきではないという極めて現実的な判断だった。
だが、その判断も無意味に終わる。
石床を踏みしめたユリナの足が、沈んだ。
地面が、蔦へと解ける。
「なっ……!?」
革靴から這い上がった、無数の骸晶の蔦。棘を持ち茨と化した絶望の触腕が、ユリナを既に戒めていた。
足元から湧き出した蔦の拘束は、まるで元から脆い糸で編まれていた地面を踏み抜き、罠にかかったような有様だ。だが、ユリナの驚愕が示す通り、そんな生易しいものではなかった。
か細い気配にもかかわらず、ユリナは正しく反応し、備えていた。
にもかかわらず、刀で振り払おうとした直前にはもう、彼女は必然の如く戒められた状態だった。
速さという領域で捉えることも困難な、不可避の攻撃。
武神の直感すら掻い潜るそれは、ヤツハ以外のメガミを捕らえ、地の底に引きずり込もうとしていた。
「出ずっぱり……です……」
大地が、蔦となりて渦を巻く。陰陽の要として打ち込まれた、黒い石柱も構うことなく巻き込んで、冷えた七色の茨へと解けていく。
茨はやがて隆起し、人の背丈ほどの塊になったかと思えば、表面が徐々に剥がれていく。
骸晶の中から現れていくのは、女の形だった。
儚げに瞳を閉じて、茨の揺りかごで眠り続けているような、長躯の女。イニルに似た意匠の衣をゆったりと靡かせ、玉虫色の長髪は果てなく伸びて地面で蠢く蔦へと続く。
外気に曝される豊かな肉体を、窮屈そうに両腕で抱く。
けれどその声は、どこか無垢で、間延びしたもの。
「あなたたちの、英雄譚は、そろそろ……終わり」
そして全身が露わになったとき、瞼が眠たげに薄く開かれる。
底なしに澱む、その瞳。
見つめているだけで吸い込まれ、意識が塗りつぶされてしまいそうだった。目としての機能が本当にあるか疑わしく、曇りきった黄色い硝子球が眼窩に嵌っていると言われたほうが、まだ納得できそうな悍ましさである。
茨に苛まれるレンリが、恐れに打ち震える。
次第に荒くなる呼吸を噛み殺し、彼女は嫌悪を吐き出した。
「眠る、脅威っ……!」
悲鳴じみた叫びが告げる、最悪の訪れ。
メガミたちは全ての嘆きを呑み込んで、眠る脅威たる女を睨みつける。しかし、敵対心だけを表に出せた者は皆無であり、悍ましき存在を前にした嫌悪感を誰も隠しきれていない。それに疑問を持つメガミもおれど改めることは叶わず、嫌悪こそが必然であると眠る脅威には定められているかのようだった。
その絶対なる嫌悪には、一人だけ例外がいた。
ついに地に横たわったイニルが、軋む首を動かして、割れる身体をもよじって、現れた女を目に入れる。
悔しげであり、なのに愛おしく、相反する望みでぐしゃぐしゃになった感情。
嫌悪や恐怖とは程遠い情念に突き動かされ、喉の奥から溢れる吐息が唇を揺らす。
イニル・マヒル――マヒルが、掠れる声を漏らした。
「イヌル、姉……さま……」
今にも涙を浮かべてもおかしくない、望外の再会を受け入れた光景だった。同時にそれは、辛酸を嘗めさせられた相手と同格以上の敵が合流したという、破滅の邂逅を見せつけられたのと同義だった。
恐ろしい事実にメガミたちが声を失う中、マヒルが弱々しくも、はっと空へ目を向ける。
眠る脅威――イヌルは、その言外の気づきに眠たげに答えるが、
「ん……イヌルが、起こされました。きっと――」
「うおぉぉりゃああぁぁぁぁっ!」
遮ったのは、クルルの気合だった。
陰陽本殿が、大きく揺れる。膨大な力が瞬間的に発露され、彼女を戒めていた硬いはずの茨が、みしみしと音を立てて罅割れていく。
クルルの背に広がるのは、巨大な絡繰の翼。
桜の光を激しく迸らせ、地面に輝きが叩きつけられるほどになったところで、茨を引き千切ってクルルが勢いを余らせたように高々と宙に舞った。他のメガミにはまるで動じなかった蔦が、飴細工のように粉々に砕け散る。
「あぁ、あなたは……そういう」
イヌルが気怠そうに嘆息する中、クルルが左手を右の二の腕から先に這わせ、みるみる内に右腕が装置に包まれる。
脱出したクルルが見据えるは、眠る脅威・イヌル。
「あるてましーんっ!」
右腕の装置から力が溢れ出し、身の丈を遥かに超える膨大な光の刃が顕現する。
宙を蹴り、決死の表情でクルルが吶喊する。
「おめが……ぶれーどぉ!!」
しかし、その背中を、星の瞬きが照らす。
夕焼け色がはっきりと差し込め始めた本殿が、不気味なほどに美しい星空に覆われる。マヒルが発現させたものではない、天窓を越えた先にある本当の空が、時間を飛ばしたかのように夜空に置き換わっていた。
突然の夜陰に、急停止するクルル。きょとんとした横顔が、巨大な光刃と、望まぬ夜桜となった無明桜の明かりに照らされる。
狙われた側のイヌルは、微睡む瞼をもう幾許か開き、星空を眺める。
瞳が期待に染めたマヒルが、すぐにその期待そのものを悔やむように、涙した。
「くすくす……」
闇の中に響く、悪戯めいた幼い少女の声。
クルルがその出処を探る中、声はクルルへと問いかける。
「そんなに頑張って、何を見てるの?」
クルルが眉を顰めた、その瞬間だった。
その手から、輝きが消える。
イヌルを断つための光刃が、力の供給に失敗したように掻き消えた。
生み出していた絡繰は、既に、無言。
代わりに、くすくす、と。
憐れむ声の主は、天窓でくり抜かれた星空を背景に揺蕩っていた。
遠目でも分かるほどに小さな、四尺を超えたばかりかという童女。玉虫色の長い髪がふわふわ揺れるのも相まって、小柄な体躯は綿が風に弄ばれているよう。けれどその眼差しは元気や爛漫といった言葉とは程遠く、達観し尽くしてしまったように冷めていた。
「ほら、やっぱり上手くいかなかったじゃない」
「っ……!」
クルルの顔に、戦慄が這い上がった。そこから眼差しがみるみるうちに険を帯び、ふっと浮かぶ戸惑いすら呑み込まれていく。
まさしくそれは、敵視。それも、怒りや憎しみからくるもの。
滅灯毒から死の恐怖を知り、大切な仲間から友情を知ってなお、着想の輩では在り続けたメガミが見せた、おそらく初めての感情。研究を邪魔する者にだって向けたことはなかった、どうしようもなく湧き上がるような敵愾心。
自分でも感情を御しきれていないのか、クルルの口は反駁を形にできない。
その間に童女は、振り回されているクルルをさらに翻弄するように、くるりふわりと宙をその場で巡りながら語りかける。
「くすくす……そうね。でもあなたは、それそのものじゃない」
回転をやめた彼女が、余った勢いにゆったりと流される。
膝を折り、胸の前で両手の同じ指先同士を合わせた童女は、指の隙間から果てしなく遠い何かと、その先にあるクルルの姿を見つめる。
「わたしだってそう。そんな、こわぁいお顔に意味はないわ。だから――」
その顔が、悪戯めいて、されど儚く微笑む。
そして彼女は、自身の視線からクルルの姿を隠すように、両の手のひらを一度合わせ、そこには何もなかったと示すように開いてみせた。
「はい、消えた」
クルルの姿が、そこにはなかった。
初めから存在していなかったかのように、大きな絡繰の翼ごと、クルルの顕現体がそこから綺麗に消え去っていた。
しばし遅れて、メガミたちが夢でも見たかのように辺りを見渡す。
身震いと共に。
「くるるん、さん……?」
ヤツハの呼びかけに、答えはなかった。
クルルの姿は、どこにもなかった。
少女の言葉通り、クルルは『消えて』いた。
悲鳴一つ……痕跡一つ、残すことなく。
薄ら気味悪い少女の笑いがなければ、何かが起きたことすら忘れてしまいそうなほどに。
「くるるんさんっ!? くるるんさんっ! くるるんさぁんっ!」
「分かってるはずなのに、どうしてかしら?」
悲痛に叫ぶヤツハに、少女がさぞ不思議そうに問いかけ、返答を待たずに勝手に得心したようにまた笑った。
誰も、理解ができていなかった。
否、遡ればマヒルの力にすら、理解が及ばぬままに皆戦っていた。
そして今、何が起きたかすらも理解に苦しむ現象を前に、誰もが絶句する。
「みんな……がんばり屋さん。忘れて、眠れば、いいのに」
うつらうつらとしたイヌルの様子とは裏腹に、ぱきぱきぱき、とメガミたちを戒める茨がさらに力強く繁茂する。
指一つろくに動かせない状態でも、諦める者はいなかった。
けれども、ユリナの威風に揺らがなかった。
メグミの新緑の蔦に動じなかった。
アキナは戒めの配置の書き換えられず、レンリが思いつく限りの権能を引き出してなお、逃れることはできなかった。
それどころか、茨は彼女たちの内側からもじわじわと湧き出している。始めから棘が食い込んだ状態で現れる戒めに、あらゆる努力が水泡に帰す。
「くっ……!」
唯一自由なヤツハが、反撃を覚悟で身体から怪物を呼び出す。
無数に現れる、怪物の手。敵の全てを毟り取る、悪魔の顕現。四人を同時に救い出し、かつ傷を負わせない中での限られた選択肢だった。
だが、
「なん、でっ……!?」
大山を押しているかのように、悪魔の手は無力だった。
妨害すら、されなかった。
星空で編まれた手に纏わりつかれただけの拘束が、どんどん沈んでいく。
やがて、顔も見えないほどに埋まっていき、
「ヤツハ、さん……に、げ――」
か細いユリナの声を最後に、四柱のメガミは地に呑み込まれた。ずるずると地面を這う蔦が蓋をして、後には何事もなかったかのような元の石床が現れた。
残されたのは、ヤツハただ一人。
その瞳の奥にはまだ、敵に抗う意志が辛うじて火の形を保っていた。けれど、目の前で繰り広げられた惨劇に、身体は動くことをよしとしない。戦いの達人が残した言葉が、勇気と無謀の違いを嫌でも思い知らせる。
幼い姿の徒神が降りてきて、ヤツハの前に絶望の化身が並ぶ。
無論、視線が注がれる先はヤツハ。気づけば、倒しきれなかった怪物たちが、徒神らの指示を待つように、静かに無明桜を包囲していた。
もう、桜を守ることは叶わない。
後はただ、ヤツハの処遇が決まるのを待つだけ。
絶望的な、決着。
けれど、幼い徒神が何かに感づいて、怪物の包囲の外へ目をやった。
その視線と交錯するように、怪物の合間を縫って赤い影が飛来する。
向かう先は、ヤツハ。
「かはッ……!?」
胸を、背中から長大な刃が貫いた。
血色の刀身の持ち主は、ただ一柱のみ。それは桜へと接ぐ刃――名を神居剣。
たじろいだヤツハが背後を見ると、戦場の片隅に、桜飛沫を立ち上らせる人の形があった。
胸から上だけになったカムヰが、声を振り絞る。
「……どうか、最後の……めい、うん、を……」
果たしてそれは、実際には残滓のような囁きでしかなく、誰に届いたかも分からない。
力を使い果たしたカムヰの顕現体が、霧散する。
しかし、それとほぼ同時、ヤツハの姿が桜の光に包まれた。
「ぁ――」
そのまま、彼女の姿は光となって収束し、虚空に消えた。残り香のような輝きだけがそこに漂うだけで、顕現体が破壊されたわけではないようだった。
神座桜の前から、メガミが全員、消えた。
しん、と静まり返った陰陽本殿が、静謐とは異なる無音を響かせる。
宙に浮かぶ幼い徒神は、長身のイヌルと目線を合わせるように高度を下げ、言外に語り合うように見つめ合う。
そこに、マヒルの震える声が割り込む。
「イヌル、姉さま……。アクル……」
果てしなく揺れ動く感情が、そのまま声を揺らしていた。倒れたままの顔を、か細い涙が伝っていく。
呼ばれた二人の徒神は、先程までの非道などなかったかのように、優しい笑みを向けた。
「マヒルちゃん、お疲れさま。今は休んで、傷を癒やして……」
「小姉さまは、そのお顔が一番可愛いわ。ずうっと、そうしていてもいいのよ?」
温かい……やり取りだけ切り取れば、ただ仲のいい姉妹でしかない、そんな光景。
けれど、メガミたちを一蹴した徒神たちは、間違いなく侵攻の途上にいた。
無明桜へ、彼女たちの手が翳される。
地より湧き出た骸晶の蔦が、その巨体を覆っていく。忌まわしき宿木が、その輝きを喰らい尽くしていく。
無数に咲き誇っていた桜花結晶の尽くが、光を失う。塵に還ることすら許されず、落ちた抜け殻の結晶が滝のような音を立てて落ちていく。
無明桜の灯が、再び消える。
その名に等しき光景が、二十余年越しに再現される。
否、大いなる影が作り出した闇よりも、この枯れ姿の意味は重い。
ここに、絶望的な侵攻の旗が、打ち立てられたのだから。
「あり、がとう……ごめん、なさい……」
少女は――イニル・マヒルは告げた。
連なる者への感謝と、呼び覚ましてしまった後悔を。
「気にしないで。さあ、いきましょ、大姉さま」
童女は――イニル・アクルは告げた。
向けられた想いへの慰謝と、引き継いだ願いへの共演を。
「うん、ちょっと頑張ります」
女は――イニル・イヌルは告げた。
駆逐への無垢なる肯定と、暴虐への無邪気なる奮起を。
アクルの姿が掻き消える。
上天の星々に溶けゆくように。
イヌルの姿が沈みゆく。
大地の蔦に呑まれるように。
そして、寝転んだマヒルの口端に、複雑な笑みが乗る。
最愛の背中二つを見送って。
最愛であるが故の苦渋を噛み締めて。
今日この日、目覚めた脅威は三つの人の形をしていた。
最古の徒神・イニルノルニル。
絶望の体現たる三姉妹。
]]>
ゲームマーケット2023秋の出展準備は勿論ですが、そちらでの頒布物の原稿もまだ続いております。詳しい意味はもう数日お待ちいただけるとありがたいですが、今回はこれまで以上に私の全身全霊を込めた一作として死力を尽くしております。どうかご期待いただければ嬉しい限りです。
本日はその『新劇拡張:神座桜縁起 後篇』についてお話しできる部分をお伝えします。こちらでは新たなメガミが1柱参戦します。彼女の詳細についてこの記事でお伝えしようというわけです。
それでは、早速はじめましょう。
空模様の果てに巡り合うのは――
さて、彼女が何者なのかはすでに発表されております。とはいえこれまでと違い、ストーリーを描く小説ではございません(そちらでも何度か登場しておりますが)。KADOKAWAのG'sチャンネル様にて12回にわたって連載いたしましたイラストストーリー『あなたとメガミの空模様』の最終幕にて彼女が登場するのです!
まだこのシリーズをご覧になっていない方はぜひこの機会にいかがでしょうか。
全話をまとめたページはこちら
そして最終幕ではBakaFire Partyがストーリー制作を務めた新作『Silent Applause -はかなき夢の人形劇-』の序幕も同日に公開され、両方をご覧になった方への特典キャンペーンとしてプロモーションカードも贈られます。この機会にぜひ併せてご覧いただければ嬉しいです。
では、前置きはこのくらいにしましょう。問題なければお進みください。
空と自由のメガミ・ミソラがやって来てくれました!
彼女のメカニクスを説明するにはまず照準ボードと照準トークンをご覧いただくのがよいでしょう。
実にシンプルな造形で、一見の印象通りこれらのマスは間合を表します。使い方も単純です。タロットに書いてある通り、あなたは終了フェイズにその時点での間合をこのボードにて記録できます。そして攻撃を行わない限りは記録を保持でき、新たな記録で上書きもできます。
※ 図では7に照準トークンが置かれています。トークンの裏面を使い11以上の間合も扱えます。
即ち、狙撃手として照準を先置きできるのです。そして照準を定めたならば、次はその活用です。「甲矢乙矢」をご覧ください!
「甲矢乙矢」は新たなキーワード「追尾」を持ちます。追尾を持つ攻撃は適正距離をチェックする際に、現在の間合ではなく照準を参照します。例えば中盤戦に間合5へと戻って照準を5に定め、(相手に間合を2に詰められたとしても)次のあなたのターンに「甲矢乙矢」を放てるのです。
但し照準が「なし」では追尾を持つ攻撃は使えません。つまり「甲矢乙矢」は第1ターンには使えませんからね。いいですね!
もちろん照準の活用は追尾だけではありません。次は「精密化」をご覧いただきましょう!
「照準が合っている」という記述は「現在の間合と照準がともに適正距離に含まれていること」を指します。完璧な間合であれば首を切り落とし、頭を撃ち抜く一撃も可能でしょう。
例えば間合を4にして照準を定め、次のターンで相手が間合を2に詰めた状況です。その際に《離脱》から「精密化」「斬」と繋げば「斬」は4/2となります。照準の4と、現在の間合の3がともに「斬」の適正距離に含まれているのですから。
そして照準は攻撃だけではなく防御にも活用できます。最後に「カカゲルカゲ」をご覧ください。
相手の間合に自ら踏み込む行為、これはミソラにとっては価値ある一手かもしれませんね。
それでは本日はここまでです。明日からも続くストーリー、そしてゲームマーケットに向けた様々な告知にご期待くださいませ!
身の丈よりも長い槍が振るわれ、徒神の少女の前にて輝くは三つの結晶。
徒寄花たるを思わせる透き通った黄緑に煌めくそれらは、すらりと起伏の少ない均一的な造りをしている。一抱えほどの大きさといい、複雑な結晶構造を持つ形に富んだ桜花結晶とは対比的であった。
攻撃に用いるという、その用途もまた対比的。
少女の槍が、結晶の一つを穂先で突いた。
「スナハイド・ドウズレド」
結晶が、脆さを露呈するように縦に砕ける。ずらりと現れた結晶の針が、カムヰめがけて散弾の如く降り注ぐ。
少女は残りの結晶を翼のように広げ、針の雨に紛れて猛然と肉薄を目論む。
対し、カムヰは防御の構えを取った。
「カタシロ」
彼女の前に、赤い霧で編まれた人の姿がいくつも立ちはだかる。槍の初撃を受け止めた紅の刃の残滓が変化した身代わりで、避け難き針の弾幕からカムヰを守らんとする。
だが、先頭の身代わりが針を受け止めんとして、一瞬のうちに掻き消えた。
例外はない。針に込められた力のせいか、まるで雲を散らすかのように、どの身代わりも盾としての責務を果たさぬままに脅威を通してしまう。
下唇を噛んだカムヰが回避に動き、纏った剣に構えさせる。
「無駄よ」
逆落としで迫り来る少女は、一本の針を蹴って僅かに軌道修正し、カムヰを真っ直ぐ貫かんと槍に抱きつくように構えている。
カムヰがそこで選択したのは、少女の真下での迎撃だった。もはや間合いに入られることは受け入れ、針を追い越す勢いで迫る相手の速度を逆手に取り、針からの回避と後の先をまだ狙いやすい位置取りを優先していた。
大剣四振りを総動員した、剣の盾。
頭上で組まれたそれの意図はあまりに分かりやすく、だからこそカムヰの圧倒的な力を知る者からすれば驚きを禁じえない光景だろう。身代わりが無力に過ぎたことで、最強のメガミは油断なく警戒していたのである。
受け止めて、反動で動けない相手を、ゆっくりと斬る。それだけの単純な狙い。
力で編んだ身代わりならいざしらず、メガミの象徴武器は破壊する手段を探すほうが難しい理外の業物。この紅の剣こそが数少ない可能性ですらある。それを四本、貫ける武器などどこにもありはしない。
……その、はずだった。
否、それを確かめる機会すら、生まれなかった。
「だから――」
槍の刃が、黄緑に輝いた瞬間だった。
四振りの大剣に、くまなく罅が入る。
そして槍の切っ先が触れた端から、硝子細工のように容易く砕けていく。
当然、主を守る役目は、果たせない。
「無駄だって」
「かっ――」
刃が、カムヰのみぞおちに突き刺さる。大した抵抗もなく、背中側へと突き抜ける。
顕現体の腹部が、あまりにも脆く崩れ去った。手応えを失って、徒神の少女が半ばカムヰに体当たりする形になってしまったほどだった。
呆気のない痛撃。
受けたカムヰ本人すら、貫かれた事実を今更瞳を動かして確かめようとしているほどに、それは冗談じみていた。
戦況を横目で窺っていたホノカとウツロも、思わず絶句する。
「おっと」
桜の精と影の波が押し寄せ、少女はカムヰの身体を蹴ってその場を離脱する。
しかし、それきり彼女を追い立てるものは一つとして戦場に現れなかった。
「カムヰ、さんっ……」
無明桜を守護するホノカの顔は、ウツロと共に苦渋に満ちていた。徒神の撃破に力を振り向けようにも、押し寄せる怪物たちは待ってはくれない。今の交錯でこの徒神が生半可な相手ではないことが分かった以上、片手間の攻撃では不足に過ぎ、幾度も続けようものなら怪物たちに隙を曝すことになる。
桜を折られれば、地の利も失う。だから二柱は、祈りながら役割に戻るしかない。
ふわりと宙に留まった、神座桜の剣の奮起を。
瞳の光翳るカムヰの唇から、声が零れる。
「……コト、ワリ……」
解放された権能が、周囲に満ちる桜の光をかき集め、彼女の失われた肉体を瞬く間に修復していく。
桜の摂理の執行者が失われることはあってはならない。
故に、未だ機能に欠落はないと示すべく、四振りの血色の大剣が顕現する。そのうち二本が混ざり合い、メガミをも殺すあの螺旋の刃がカムヰの眼前にて織り上げられた。
残る二振りの刃も掲げ、再び迫る少女へ向けて自ら飛び上がる。
何よりも強靭なはずの、執行者の刃と共に。桜に仇を為す存在を討滅するために、不朽たらんと在り続ける剣と共に。
揺らがず、弛まず、ただ摂理を体現する機能美すら、カムヰの姿にはあった。
だが、
「そんなもの、どこにあるの?」
槍と真っ向からぶつかった螺旋の刃が、砕けた。
体現せんとするその摂理など、脆く信じがたいものだと告げるかのように。
本来のカムヰであれば、そこですかさず二の矢たる二振りの剣を少女に打ち込んでいたはずだった。絶大なる威力にて圧倒する腹積もりだったとしても、本来螺旋の刃を打ち込む隙を作るためにあった二振りの剣は、即応できるように少女に切っ先を向けていた。
動揺は、するはずはない。カムヰとは、摂理の機構なのだから。
ただ目の前の事実だけを受け止めて動く、からくり人形じみた処刑人――それが、カムヰというメガミのはずだった。
それなのに、その瞳は、揺れていた。
間合いの中で嘲るように微笑む、徒神の目の前で。
おそらくそれは、カムヰが初めて露わにした――否、抱いた感情。
それを一時の泡沫で終わらせないよう、少女は問いを重ねる。
「あなた、自分が誰なのか分かってるの?」
本来ならば聞き流すはずの、敵の戯言。
カムヰの揺れる瞳は、無明桜の周囲を飛び交う姿を探していた。答えるべき名を呼んだ、ホノカの姿を。
「…………カ……ムヰ……」
「ふーん、やっぱりね」
わなわなと、カムヰの小さな手が震える。何かに縋りたがっているようなその震えは、彼女には決して似合わないものだった。
恐怖。それも、徒神という敵に対するものではなく、今まで盤石だった足場が急に崩れ始めてしまったような、胸の内が焦げ付くような恐れ。
少女は冷笑と共に三度問う。
恐れを、燃え広がらせんと。
「楽でいたいんでしょ、ねえ?」
「あ……あぁぁっ!」
カムヰが叫びを絞り上げ、残った剣が振り回される。
しかしそこに、鋭さも重みもない。
これまでのカムヰとは似ても似つかない、闇雲な斬撃だった。
「ふふっ。どうせ『私はカムヰ』とすら、言えないんでしょう?」
「ちが……ぅうぅっ……!」
煽り立てる敵に、カムヰは言葉でも武力でも反論できない。無駄に手振りする小さな体躯も相まって、危機に瀕した子供が必死に暴れているかのよう。
心の不在を疑うほどに正確無比にして絶対的だった剣技は、そこにはない。
当然、児戯に堕ちた剣が、敵を傷つけることもない。
「カムヰさん!? カムヰさんっ!」
「な、何が……」
あり得るはずのない恐慌に身を委ねる味方の姿に、ホノカとウツロはあてられたかのように混乱に惑う。
徒神の少女はふわふわと後退しながら、なおもカムヰへ問う。
「それが何なのか、分かってないんでしょ? あたしみたいにさ」
儚く揺らめき、そのまま弾けて消えてしまいそうな意志の発露だった。心地よい風の吹く草原に寝転んでいつのまにか口から零れていたときのような、場違いな調子だった。
カナヱに追撃を加えたときの、断固たる意志とは対極。
けれど、定まらぬ感情が惑うがままに表に出た結果に、翻意などあるはずもなかった。
少女の持つ長槍が、黄緑の輝きを全身に纏い、切っ先を起点に激しく渦巻いた。
目を剥くカムヰの前で、二本の剣が交差する。
守ったところで意味はないと、分かっているはずなのに。
「だったら……眠ってなさい」
少女が反転し、鎧袖一触とばかりに剣を砕き進む。
突き出された一撃が、再現の如くカムヰの顕現体に突き刺さる。
「――スピエル・ウレエル」
そして結果は変わることなく、その腹に風穴が空き、桜飛沫が広がった。
力なく、カムヰが陰陽本殿の中を落ちていく。貫いた長槍が、有り余る力の輝きを嘲笑うかのように散らす。
絶対にして最強――そうであるはずのメガミが、ただ無力に、墜ちていった。
衝撃と畏怖は、尋常なものではなかった。
異史にて朽ち果てるまで敵を屠り続けたという神座桜の剣が、たったの一太刀すら浴びせることなく敗北した光景に、今度こそホノカとウツロの手が止まった。
「なんでっ……どうしてこんなことをするんですかっ!?」
上ずった声でホノカが叫ぶ。ぎょろり、と少女の瞳に射抜かれても、同じ高度で対峙する姿勢は解かない。しかし、旗は矛先を向けるだけで、今すぐ飛び出す気配はなかった。
怪物と少女は同じ徒寄花の理不尽な脅威である一方、少女には曲がりなりにも話が通じるだけの理性が見える。無論、時間を稼ぐという打算もホノカにはあっただろうが、衝動に突き動かされた彼女がまず選んだのは対話だった。
意図を汲んだウツロの影が、一層激しく躍る。一時的に怪物との戦線を離脱する相方のため、過酷な時間稼ぎへ身を投じるのに躊躇はなかった。
徒神の少女は槍を振るい、その場に漂う桜の塵を払う。
互いの間合いは、機動力を加味すれば一呼吸の内。カムヰを退けた以上、再びその槍を振るえばホノカも容易に貫くことだろう。
ただ、少女は手から凶器をぶら下げたまま、宙に揺蕩うのみ。
揺らめく瞳は次の標的を喰らうのに躊躇しているように見えるが、振りまく敵意に衰えは一切ない。善悪の葛藤に苛まれている様子でもなく、桜やメガミを滅ぼす意志だけは固く抱かれているよう。だからこそ、未だ惑い続けるようなその瞳が異様さを際立たせる。
それでも、相手の注意を引き続けるべく、ホノカは言い募る。
「せっかくこの歴史の徒寄花とは和解できたのにっ! 一緒にみんなの幸せの形を探し始めたところで、一方的に踏みにじって……目の前で幸せを摘み取られていくのがどれだけ苦しいことか、あなたは分かっているんですかっ!?」
「…………」
「たくさんの歴史が失われて、誰もその悲しみを聞くことはなくて……メグミさんたちと出会わなければ、私にはその無念を知ることもできなかったんですっ! 誰かの生きた道をなかったことにするなんて、そんな酷いこと許されていいはずがないっ!」
一縷の望みは脳裏をよぎっているだろう。時間稼ぎという目的も忘れてはいまい。けれど、ホノカの叫びは悲痛で、これまで抱いていた憤りをぶつけているようだった。
もちろん、この程度で相手は動じなかった。本当に聞いているのかも分からない態度で訴えを浴びる徒神に、ホノカは一度息を呑んだ。
感情は原動力であって刃ではない。それで不用意に殴りつければ、自分が傷つくだけで終わることもある。桜花決闘という、律された手段すら通じない相手なのだから。
だからホノカは、言葉を選んで放った。
彼我の狭間に横たわる、根源的な疑問を。
「あなたは、何がしたいんですかっ!? あなたは、一体誰なんですかっ!?」
人は、ミコトは、メガミは、誰も知らない。
自分たちが蝕まれるその理由を。
徒寄花と呼ぶソレがなんであるかを。
知ってどうこうできる問題ではないかもしれない。結局は、理不尽な対立を続けなければならないかもしれない。
それでも、納得はできずとも、理解を人々は求める。
脅威の何たるかを。
問いを突きつけるホノカは、この大地と共にあり、あるいは遍く歴史に咲いていた神座桜の意志を代弁するかのようだった。
「んー……」
訴えかけられた少女は、針と散った結晶を再び傍らに浮かべ、少し気怠げな表情を浮かべた。どういう反応を返すべきか、その髪色と同じく玉虫色の態度だった。
じりじりと時間が過ぎる中、やがて少女は僅かにホノカへ顔を向けた。
そして、答えを口にする。
「あたしは……イニル・マヒル」
聞き慣れない響きを持つ名前が、ホノカの耳をまさぐった。
イニルは微かに目を伏せ、快活な声質に似合わない、儚い揺らぎに満ちた声で呟く。
「桜なんて、ないほうがいいわ……。要らないものが見えてしまうもの」
いきなり分かり合うことすら拒絶する発言に、ホノカが思わず反発するが、
「そんなこと――」
「あなたたちは、そういう存在でしょ。だから……」
聞く必要などないと切って捨てたイニルが、槍を弄ぶ手を止めた。
周囲をひと薙ぎし、中段に構えたその矛先は真っ直ぐホノカへ。
けれど、声に滲んだ憐憫は、何処とも知れぬ誰かに向けられた。
「あたしが、せめて幸せにしてあげるの」
「っ……!」
ただの邪魔――果たしてメガミが、そのような目で見られたことがあっただろうか。
詳らかにしない何かを、イニルは間違いなく抱えている。けれど、今代の桜の化身たるホノカですら、それを語らせるには至らない。
時間は稼げても、敵の意図は未だ霧の中。
水面に漂う葉のように揺らめくのは表面ばかりで、イニルは決定事項とばかりに絶望を押し付けてくる。
歯噛みするホノカが旗を一振りし、桜の精を呼び寄せる。せめてもの抵抗の姿勢だったが、隠しきれない恐れが瞳に滲んでいる。
しかし、悲壮な決意を固めつつあった彼女の意識に、ウツロの悲鳴が割り込む。
「ホノカっ、これ以上はぁっ……!」
「はっ――」
怪物の包囲網が、二回りほど狭まっている。前列を転倒させて即席の防波堤を作ることで遅延させているものの、それももう崩壊が間近に迫っている。鉄砲水のように押し寄せてこようものなら、際どい均衡が一気に傾くことだろう。
時間はもう稼げない。カムヰが立ち上がる気配もない。
そして、ホノカが状況の把握に意識を割かれたその瞬間、視界の端に黄緑の輝きが映る。
「しまっ――」
イニルが結晶の翼開き、瞬く間に間合いを駆ける。
メガミを沈める槍が、無慈悲に迫る。
ホノカは思わず旗の柄を盾にしようとして、先程までの惨劇を思い起こしたのか、守りの手が中途半端に止まった。
槍の輝きが増し、カムヰを仕留めたときと同じ様相を呈する。
だが、しかし、輝きはもう一つあった。
眼下の無明桜。何かが内側から押し寄せるかのように、幹が眩い光を放つ。
気配が、大桜の中で膨らんだ。
「ちっ……」
舌打ちしたイニルが、直下へ振り払う。
切り捨てられたのは、大きな植物の種。ある歴史から受け継がれた、豊かな想いの結晶。
それでも叩きつけた槍は、ホノカに届かない。
盾となったのは、肉厚の刀身。この歴史を育んだ、想い交わす儀の標。
「わたしが、守りますッ!」
「ふーん……別に、いいわ」
揺れる瞳と真っ直ぐな瞳が交錯する。
英雄は今、凱旋した。
「ユリナさんっ!」
ホノカが急いで距離を取り、打ち合って自然と落ちていくユリナの傍についた。無明桜の全くしならない枝先が、ユリナの足を受け止める。
彼女はどうやら撃ち出された種に乗って強引に飛んできたらしく、その革靴は僅かに煤けている。しかし、その無茶苦茶ながらに敵の企図を挫く横顔は、かつての英雄譚を想起させてやまない。
そして、眼下で激しく炸裂し始めた音が、もう一人の援軍の本領発揮を告げる。
「はぁっ、はぁっ……メグミ……!」
ウツロが身体を預ける無明桜、その周囲に咲き狂う草花の弾幕が、腹の底を震わせる。
その繚乱ぶりは崩壊寸前だった防衛線をじりじりと押し戻し始め、どうにか均衡に手を伸ばす。地面に舞い落ちた桜花結晶を糧に無明桜を守る姿は、寄花とは正反対の自然の摂理を体現するかのようで、かつてメグミが身を投じた戦線をも想起させる。
「もっとゆっくり、仮初めの勝利に浸っていてもよかったのに」
距離を取られたイニルが、相対するユリナへ横目で見下ろす。やや不愉快そうではあるが、それ以上にこれまでとは違う感情のようなものが瞳に見え隠れする。
ユリナは斬華一閃を正眼に構え、
「……あなたの差金だったんですか?」
「だったらどうする、のッ!」
宙を泳いで虚空を蹴り、イニルが枝上のユリナめがけて飛来する。
イニルが放つは、変わらぬ敵意と、そして黄緑の輝き。
穂先から纏ったその致命の光を見て、ホノカがとっさに叫ぶ。
「刀で受けたら壊されますっ!」
しかし、その警告が耳に届く頃にはもう、両者の間合いは目前。
機を見て飛びかかろうとしていたユリナは、脚の力を辛うじて留められたものの、回避を選択肢に加えるには遅すぎる。
残された、逸らすという賭けに出るべく、峰に手が添えられる。
槍の刃が斬華一閃の腹に触れた瞬間、恐るべき象徴武器の崩壊は確かに起きた。
だが、
「「……!?」」
ただ、罅が走っただけ。カムヰの剣のように、容易に砕け散ることはない。
刹那の交錯の中で、動揺は互いの顔に現れた。けれど、理外の結果が起きなければ、今そこだけは武技が物を言う世界に成り代わる。
「っえぁッ!」
骸晶の槍が、鋼の刃に弾かれる。逸らされることを計算して力を加えていたイニルは、予想外に残った抵抗を貫ききれず、そのまますれ違って飛び上がっていった。
初めて、イニルの攻めが失敗に終わった。
微かに唇を噛むイニルの瞳から、冷たい視線がユリナへ注がれる。
ユリナは罅の入った得物を観察しつつ、空を舞う敵への恨めしさを僅かに滲ませる。
ただ、彼女の目はすぐに驚いたように見開かれる。
その焦点は頭上のイニルではなく、さらにその先。
陰陽本殿の天窓に、ここからでも大きな影が映し出される。
天高く舞うは、黒鉄の怪鳥。
そして、戦場を映し出す大鏡とその主が、徒神めがけて飛び降りる。
桜降る代の敵を引き裂く、怪物の巨腕と共に。
「っ……!」
掲げられた槍の柄が、凶悪な鉤爪をどうにか受け止める。
ギリ、ギャリ、と鉱石が擦れ合うような不快な音が響き、上を取ったヤツハが鏡を通じて怪物に力を注ぎ込む。顕現している星空色の怪腕だけでも主の何倍も大きく、もはや黒い大岩が宙に浮かんでいるかのようですらある。
再びの邂逅の中、互いの視線を交わし合う。
イニルの視線は重みに歪むことはなく、そこに語りかけるような色味が混ざる。
「あなたも……あたしと――」
「今は、違いますっ!」
意気を乗せて拒絶するヤツハ。イニルの眉間に皺が寄る。
イニルの結晶の翼の周りがちらちらと輝くと、彼女はその場に留まったまま、細腕に似合わぬ力押しで徐々に鉤爪を押し返す。そのままじりじりとつけた角度を利用して、ついにはイニルは怪物とヤツハを投げ飛ばした。
間髪入れずに大きな結晶が槍で砕かれ、針の雨が降り注ぐ。
怪物を退避させたヤツハは、桜花結晶を寄せ集めて盾にするが、直撃するはずだった結晶の針はそのまま彼女がいた位置を素通りしていく。
落ち行くヤツハの姿が、横に人ひとり分、ズレている。
ヤツハに回避すら許さないはずの大量の針も、そのどれもが無意味な軌道で飛来し、無明桜への流れ弾すら無駄に地面に突き刺さる。
「行ったれ、ヤツハぁ!」
地上で算盤を弾くアキナの声が、その背中を押す。
ヤツハはぱきり、ぱきりと黄緑の結晶の花を全身に咲かせ、その背に戴いた星空の翼を暴力的に羽ばたかせた。
イニルへ急速に距離を詰めるヤツハの胸元が、大きくひび割れる。
滲み出る星空は瞬く間に広がり、彼我の間合いをまるごと喰らう巨大な大口が敵へと噛み付いた。
「あっ――」
輝きが、尾を引く。その色は、ヤツハと同じ黄緑色。徒神たる証。
膝から下に食いつかれたイニルが、結晶の飛沫を散らしながら、空中での姿勢を取り戻そうともがく。地中に獲物を引きずり込むような喰らい方をした大口によって、地面に叩きつけられる軌道を描いている。
眼下に広がるメグミの花園に顔を顰め、上空へ舞い戻るべくイニルが行く先を見上げる。
しかし、彼女めがけ飛来する一本の針。
結晶ではなく鉄で拵えられた、背筋の凍る気配を漂わせる凶器。
ヤツハに紛れて降下していたチカゲが、怪物の下顎を蹴りつけて、二の矢を指に番えながらイニルへ追いすがる。
「っ……!」
「効きますよねぇ?」
イニルは背中を下に落下するまま、槍で一本目を振り払う。その反動も使い、直線的に迫ってくるチカゲの軌道から身体を逸らす。
そのまま急上昇を狙うイニルに対し、肉薄を諦めたチカゲは、滅灯毒を込めた複数の針を勢いよく投射していた。敵の四方に放たれた針は、体勢を変えられて虚空を貫いたものの、なだらかな上昇軌道に入ることをイニルに許さない。
チカゲは深追いせず鋼糸を結んだ苦無を外周側へ投げると、怪物らの対処で周回するヴィーナに回収されていく。
攻め手は次の者へ――イニルがその意図を理解したときにはもう、強引な上昇のために落下の勢いを受け止め始めたところだった。
その頭を抑えるように、振り下ろされるは武神の刃。
「おおぉぉぉぉッ!」
枝から飛び降りたユリナの手には、傷ひとつない斬華一閃。巨大な無明桜の上からまともに地面に落ちればただでは済まないだろうが、彼女の目には恐れひとつありはしない。
急制動の衝撃をその身に受けるイニルに、軸をずらしての回避は望めないだろう。
イニルの顔が、堪えきれない感情にありありと歪む。
「うぅぅッ!」
彼女が翼にしていた結晶の一つが、制動に耐えられなかったように、その背から下に零れ落ちた。そして足元を苦々しく槍を薙ぐと、穂先が打ち据え、結晶は砕け散る。
しかし、繰り出されたのは針の雨ではなかった。
世界が、不気味に脈打った。
「なっ――」
今まで見えていた光景が、全て蔦でできていたように蠢く。その幻視は、歪に曲がりくねっては元の景色とズレた位置に重ね映しになる。
イニルの姿は、冒涜的ですらあるその幻視の中にだけ存在した。一瞬のうちに幻視が鳴りを潜めれば、元居た位置には確かにいない。ただ惑わせるだけではなく、幻視を介して瞬時に移動した彼女は、とうにズレた位置を飛んでいた。
故に、ユリナの一撃は空振りに終わる。地面の花々が、果敢に追撃した彼女を受け止めようと待ち構えている。
「こんな奴らにっ……大丈夫、まだ大丈夫だから、お願い……!」
イニルから、祈りが漏れ出した。今の対応が苦肉であると思わせる、彼女だけが想起する代償への恐れだった。
それは、あれほど揺蕩う泡沫のような七色の態度をしていた彼女が、この戦場で最も強く発露させた感情かもしれなかった。それほどに代償は高くつくのか、胸の内に聳える堰を傷つけられたかのようだった。
だがそれは、決して劣勢を悟った悲壮に伴う情動ではない。
最も似つかわしいとすれば、憤り。それも自他共に向いた、不甲斐なさを添えるもの。
増していく敵意は、彼女が未だこの場を制するつもりである証だ。
ならば、とメガミたちは数の利を活かす。
態勢を立て直そうとしたイニルの行く手に、影で編まれた茨が張り巡らされる。
方向転換を強いられ一瞬だけ減速したその身を、桜色の光条が焼いた。
「っ……!」
「わたしだってっ!」
相手との距離は保ちつつ、桜の精を振り向けるホノカ。ウツロと共に背の翅をはためかせ、無明桜を背にしてイニルへと得物を向ける。
イニルの視線が当初狙ったようにホノカを捉え、進路が傾いていく。だが、すぐに気が変わったように、後ろ髪引かれながらひたすら上を目指していく。
イニルを諦めさせた要因が、空を駆け上げる。
その姿は、紛うことなき今代の武神・ユリナ。
天翔ける術を持たないはずだった彼女は、その背に桜と影の織りなす四枚の翅を広げ、イニルと同じ戦場を目指し飛び立っていた。
そしてユリナの姿は、桜の周囲に生まれた戦場の空白に浮かび上がる。背後や眼下でひしめき合っていた怪物の姿は、今や散る花弁にすら触れられぬほどに遠い。
ホノカとウツロに代わり、大群を相手取るのはメグミとサリヤ、そしてチカゲ。広域を満遍なく守護する植物と、突出部を即座に叩く機動戦を叶えるヴィーナ、その機動力で広範囲に散布した毒によって、こちらは数の圧倒的不利を抜群の安定感で覆し続けていた。
防衛態勢が整った今、他の矛先が全てイニルに向かう。
追い立てるように切り込んでいくのは、ユリナとヤツハ。
敵に、戦況を整理させる暇は与えない。
「あぁっ、く……ぅああぁぁぁぁッ……!」
引き絞られた悲鳴が、上へ逃げるイニルの喉から漏れ出した。
悲痛な絶叫を噛み殺した彼女はくるりと下へ向き直り、刹那迷ってから苦しげに振るった槍が、残る結晶を叩き割る。
その瞬間、闇と星明かりが包み込む。
メガミたちの頭上に、不吉なる星空が広がった。
山の天窓から見通せる空が夜を迎えたのではない。七合目から先が、果てしなき茫洋なる星の海の向こう側に呑み込まれている。それは可能性の大樹を待ち受けるあの星空を思わせ、メガミたちが勝利する未来に立ち込める暗雲であるかのよう。
暗澹たる景色は三つ数える間に掻き消え、これも幻視であると分かる。
だが、一変したメガミたちの表情は、幻などではない。
響き渡ったサリヤとチカゲの悲鳴もまた、現実だった。
「どうした、のよッ……!?」
「な、何が……!」
鋼の翼で戦場を駆け巡っていた彼女の愛機が、ふらふらと軌道を乱す。振り落とされたのか、チカゲが機体の端に片手でぶら下がっていた。
機体の後ろ半分が、ばらばらに分解されている。
積荷を次々落としていく荷馬車のように体積を減らすヴィーナは、重量の均衡が崩れたことで今にも怪物たちの戦列へ突っ込んでしまいそうだ。必死に制御しようとサリヤが試みるが、彼女自身が振り落とされていないのが奇跡的な暴れ方だった。
当然、防衛線への遊撃は叶わない。
そしてそれを、誰も補えない。
草木は枯れて間引かれ、毒は霧散する。桜の精は萎れ、這おうとした影は掻き消える。
「ご破算やと!?」
算盤玉すら、全て零に戻さねばならない有様。
何かが狂っている。何かが抜け落ちている。
白昼夢の如く現れた星空の幻視に、メガミたちは傾いた流れを断ち切られていた。
そこに例外はない。
違えた計算で最も危機に陥るのは、敵の矛先に最も近い者。
狙いを絞らせないように連携して飛んでいたユリナとヤツハが、互いに軌道を読み違えたのか、驚いた顔で接触する。
「あ、っ……!」
「ごめんなさいっ!」
もみ合って一つ塊となり、垂直に回転しながら徐々に減速していく。共に細かな飛行に慣れていないせいもあるだろうが、揺らいでいるユリナの翅が容易な復帰を許していない。
二人めがけ、破滅の槍が襲いかかる。
カムヰを貫いた同じ逆落としでも、イニルの形相は、必死極まりなかった。
「消えろぉぉぉぉぉッ!」
余裕は、どこにもない。あるいは、最初から余裕などなかったのかもしれない。
切りたくなかった手札を切らされて、桜の滅亡に近づくための戦果へ、代償に相応しいだけ手を伸ばそうとしている。変貌からは、そうとしか見いだせなかった。
ユリナとヤツハをまとめて切り裂かんと、輝き纏う長槍が薙ぎ払われる。
「嵐よッ……!」
ユリナから放たれた威風が、反動で彼女をヤツハごと地上に向けて弾き飛ばした。
切っ先が、虚空を断つ。
空振りに終わったイニルに隙は生まれる。だが、がむしゃらだったためか、かなりの下方まで後退したユリナたちに反撃の余地はない。
その様子に、イニルが残身をさらに捻り、投擲の構えを見せる。
渦巻く黄緑の煌めきが、殺意の高まりを訴える。
「ちょろちょろ邪魔なのよッ!」
槍は、剛弓の一射が如く放たれた。
その方向は、前。打ち下ろすような、前。
ユリナたちのいる真下ではなく。
敵の相手は、メガミなのだから。
「……! しまっ――」
失態を悔いるサリヤの声が、破砕の重奏に埋もれていく。離脱する寸前だったチカゲが、間に合わず吹き飛ばされる。
姿勢制御に苦慮していたヴィーナごと、サリヤの腹部が貫かれた。ただ衝撃を浴びただけではない、元々の素材が脆かったかのように、機体は無数の小さな金属塊に分かたれ、すぐに桜の光に還り始める。
防衛線に沿って飛んでいたために、吹き飛ばされる先は敵軍の只中。
流れ弾で容赦なく数体の怪物が抉られていようと、手負いにとって死地であることには変わりない。
だが、それ以前に、サリヤの様相は希望を否定する。
形を保てなくなった顕現体が、解れ、花と散る。
「サリヤさ――ぁがッ……!」
悲鳴は、連鎖する。宙に投げ出されたチカゲが、壁に縫い留められる。
瞬く間に放たれたイニルの二投目は、チカゲの胸の中心を正確に狙っていた。実際に貫かれた右胸が、あと一瞬足りなかった回避を物語る。
着弾の衝撃で四肢が跳ね、ぼろぼろと顕現体が崩れ去るにつれて、怪物の群れの向こう側に落ちて見えなくなる。瞳に光がなかったのは、頭を打ち付けて気絶したか、あるいは。
望まぬ応手を使わせた一方、代償は二柱。それも一瞬のうち。
集ったメガミたちは、イニルを追い詰めるに足る戦力を持っていたかもしれない。けれど、一撃必殺の力を持つ相手を追い込むとはどういうことか、誰も正しく理解できていなかったのかもしれなかった。
「だめっ!」
三度の投擲に入ろうとしたイニルの前に、ヤツハがその身を躍らせた。
己も一撃で貫かれることへの恐怖は、欠片もない。同じ徒神だからという安易な希望も、露ほどもない。
ヤツハの瞳に映る意志は、磨かれた魂そのもの。彼女にとっての自我と決意が、この地の全てを守る気高き盾として立ちはだからせ、折れぬ矛として突きつけさせた。
彼女が定めた、討つべき敵へ。
英雄と同じ眼差しに乗せて。
「傷つけさせません、絶対に!」
「気に入らない……気に入らないのよ、その目……!」
パキパキと、イニルの握力が結晶質の槍の柄を削る。
彼女の憤怒は、悍ましい殺意に還元される。しかし一方で、これほどの大立ち回りをしておきながら、ヤツハの眼差しに押さえつけられているかのように苦しげだった。
例えばそれは、揺蕩う水を掴むことは叶わずとも、凍りついた端から掬い上げられ、少しずつ目減りしていくような有様だ。析出し始めた感情が、勢いを道連れに彼女から零れ落ちているのかもしれなかった。
カムヰという処刑人ですらまるで引き出せなかった、その激情。不倶戴天の如く睨み返すイニルに、恐れという感情は似合わない。
だが、内心はどうあれ、イニルは一時的に動きを止めた。
その姿が、桜と影の螺旋に呑み込まれる。
「巡れ……!」「巡れっ……!」
『永久の狭間にっ!』
相反する力が渦を成し、無限の塵化と無限の再生を繰り返す。神座桜の根幹を担う権能の尋常ならざる均衡は、脱出不可能の檻を作り出し、巻き込まれた万物は形を留めることはない。
しかし、盟約の象徴たる両翼が、その翅をもがれた。
結晶の針が、ホノカとウツロを深々貫いた。
「邪魔……するなァッ!」
イニルが全周を薙ぎ払うと、地上から立ち上っていた竜巻めいた陰陽の檻が、呆気なく霧散した。
落下する小さな二つの顕現体が、苛烈な斬撃を浴びる。
二人で一つの桜の象徴が、還っていく。
敵を戒めることすら叶わずに。
けれど、
「勇者の……杖よぉッ!」
消えかけていた渦が、既のところで息を吹き返す。黄金色をそこに混ぜ、再びイニルめがけ立ち上っていく。
メグミの手にした杖に、一帯の草花が手を貸している。
大地の力全てを、彼女を介して届けるように。
「なに……?」
呟くイニルの足元で、渦が、二つに分かたれた。
枝分かれした陰陽の檻は逆巻いて、仇敵を捉えんと迫る。怪物たちに向けねばならない力までを、この一瞬だけでも注ぎ込んだ、全霊の継承。
その意志を無駄にせんと、振るわれた槍が、弾かれる。
「……!?」
イニルの足元で重なり合った渦は、ただ衝撃に一度揺らいだだけで、折れぬ心のように彼女を未だ呑み込まんとする。
離脱までの決断は、早かった。
けれどそれ以上に、ヤツハの行動は早かった。
巨影が、降り注ぐ。
「逃しません!」
「お、おま――ぁがぁぁッ……!?」
怪物の拳が、イニルを上から押さえつける。桜と影の螺旋に脚を食らいつかれたイニルが、理解が及ばないという表情で苦悶の声を漏らした。
受け止める槍が悲鳴のように黄緑の輝きを強めても、星空の拳が砕けることはない。
決死の抵抗として、結晶の針が暴れ狂う。
「させへん、けどっ……!」
メグミを、ヤツハを狙う大量の針が再び狙いを過つ。しかし、アキナが算盤玉を弾く指先には、普段の痛快にして明瞭な動きは見えない。
草花の吐く種が、鏡から零れた手が、すり抜けた結晶の針から主を守る。
いつまでもは続かない。それでも今、敵の放埒は止められた。
ならば、
「今ですっ!」
最後の希望が、戦場を昇る。
武神・ユリナ。かつて英雄と呼ばれた、桜降る代を愛すメガミ。
担い手の消えた翅が輝きを失い、みるみる萎れていく中、それでもその黒い長髪が荒れ狂うほどに速度を纏う。
その手に構えるは、名刀・斬華一閃。
滅亡を希う力の前にも決して砕けなかったその刃は今、こみ上げる力の発露を訴えるかの如く、輝きに脈打っている。
真髄を絞り出し、絶望に立ち向かうユリナそのものと混ざり合うように。
その刃の持ち主が有していたのだから、必然、彼女に継がれているのだ。
刃の本質――意志の伝う見えざる刃。
少しずつ形を変え、在り方を変え、今やそれはメガミ・ユリナの本質であった。
まるでそれは、幾重にも鉄を折り合わせ、打ち鍛える刀そのもの。
かつて英雄としての意志を宿し、メガミとして想いを重ね、未来を追って敵に挑む彼女に相応しいその顕現。
ユリナは手に馴染ませるように一振りし、襲い来る結晶の針が退けられた。
「退きな……さいよぉっ! あたしはっ……あたしはぁっ……!」
悲痛に叫ぶイニルの眼下で、ユリナの刃が輝きを孕む。
ユリナの在り方を示すように、力強く。満開の、桜色。
刃の本質が、斬華一閃に溶け合う形で顕現した。
その光たるや、古妙が徒寄花を討ち取った際と同じ煌めき。
即ち、今だけはメガミ・ユリナではなく――
「おおぉぉぉぉぉぉっ!」
天へと落ちる流星の如く、希望の光が空を駆ける。
絶望の星空を、切り開かんがために。
「さかさ……つきかげ……おとぉぉぉぉぉぉし!!!」
振り上げられた刃が、イニルを捉えた。
左腰から右脇にかけての逆袈裟。陰陽の渦を避け、ヤツハの怪物も傷つけない、針の穴を通すような斬撃。
黄緑の血潮が、遅れて溢れ出す。それすら覆い隠す、青白い輝きが破裂する。
ユリナの一太刀が、その存在を斬り裂いた。
]]>
号令に蜂起したかのように、歴史を蝕む蔦が一斉に蠢いた。
桜降る代という逞しい枝の傍流であった朽ちかけの歴史が、みるみるうちに崩れていく。骸晶の蔦が息の根を止めるかのように巻き付き、そして何もなかったかのようにまだ形を保っている枝へと食指を伸ばす。
――そんな……!
目の前で、歴史があっけなく失われた。
未来が閉ざされた程度ではない。一つの系譜が完全な消滅を迎えてしまったのだ。
少女の宣言を皮切りに激変した事態に、ヤツハを悍ましさが襲う。
これまでの腐海のような、不穏さを覚える侵食ではない。
徒寄花が、これまで紡がれてきた歴史を圧倒しようとしている。
まさしくそれは、侵略に他ならなかった。それも、相手を根絶やしにするまで止まらない、絶滅のための侵略だった。
残された歴史を、余さず喰う。
全ての可能性を摘み取るかのように。
無論、彼方の枝は元より、桜降る代とそこに至る歴史も例外ではない。
ヤツハの足元にまで、絶望の蔦が迫っている。
――っ……!
湧き上がる戦慄を噛み殺し、ヤツハは力強く少女を睨む。
少女は、繰り広げられる非道を見下ろして、笑みを浮かべていた。そこには今までの語り口を思わせる儚さを滲ませているものの、彼女の顔立ちは造形だけ見れば快活さを感じさせるそれだ。あらゆる印象が揺らぐ、掴みどころのない相手だった。
その態度に、ヤツハの眉根を寄せる。
鏡との繋がりを確認したヤツハだったが、行動に移す前に制止がかかった。
――少し……待ちたまえよ。
――か、カナヱさん!? 大丈夫で――
慌てて確認して、ヤツハは絶句した。カナヱの腹部にかけての左半身が、腕を巻き込んで崩れ落ちていた。
まさしく風穴が空いたと言うべき容態は、顕現体にとって致命傷に等しかった。削れた断面からは大量の桜飛沫が散っており、今なおぼろぼろと端から崩れ落ちている。不意打ちとはいえ、少女の一撃はあまりに重すぎる爪痕を刻んでいた。
しかし、カナヱの制止はヤツハだけ向けられたものではなかった。カナヱの眼差しは、どちらかと言えば少女に対している。
強がりかどうか、不敵な笑みと共にカナヱは言った。
――ここで顕現体が傷つくのって、こんな感覚なんだね……。もう分かったから、また直接来れないか今度ヤツハと試しておくよ。この顕現体、作るのもそんな簡単じゃあないんだ。
――私がもっと、上手に鏡を使えていれば……。
――ヤツハが気に病む必要はないさ。なあ、そこの君。
水を向けられた少女。その瞳がカナヱを注視する回数は如実に増え、あらかさまに眉を顰めていた。
ヤツハに対するよりも色濃い、カナヱへの悪意。相手が既に満身創痍であろうとも、臓腑を鷲掴みにしてくるような不快なその悪意を、少女が収めることはない。
しかし、対するカナヱの態度は悠然そのもの。死に体なことなどもう気にも留めていないと言わんばかりに、枝を離れふわふわと浮かんでいる。
その視線だけを、研ぎ澄ませて。
飄々と受け流すでもなく、真正面から受け止めるばかりか、少女の瞳の裏に隠された悪意の根源に立ち入らんとするように。
それがなお気に入らないのか、少女が槍を握る手に力を込める。
それでもなお、カナヱは踏み入るのをやめなかった。
――ヤツハのことを見て、予感を覚えてはいたけれど……。
ついに現実となってしまった――そう痛ましい表情で、カナヱは言った。
――やはり、君と徒寄花は同じものだった。旧き預言者たちが悲しむよ。可能性の影、その再来というわけだ。
――ッッ……!
ギリ、と空間の曖昧さを突き破って、少女の歯が軋む。
カナヱは構わずに続ける。
――姿や人格を持っていたとはね。最古の徒神……いや、むしろ取り入れたのかな?
――やめ、ろ……。
――それだけ本気というわけだ。かつては茫洋なる星空として、未来に――
――やめろって言ってるのよッ!
激昂した少女が、空いた左手の指先を跳ね上げた。
直後、カナヱが二つに分かたれた。下で繁茂していた骸晶の蔦が織られ、槍となってカナヱの腰を貫き、初撃のようにバラバラに崩壊させていた。
顕現体が、限界の上をさらに超えた。
――カナヱさんッ!?
反射的に名を叫ぶ中で、ヤツハが覚えたのは動揺だった。
残ったカナヱの顔には『ここまでされるとは』と言いたげな小さな驚きが浮かんでいる。何かしらの確執に触れたつもりではいたのだろうが、彼女にとってすら相手は計り知れないという証拠だった。
けれどそれ以上に、両断されたカナヱに苦痛も怒りも悔しさもなく、仕方なさげに宙を舞っていた。もう消える定めだったとはいえ、せめて一矢報ようといった様子もなかった。
どこか、この結果を受け入れている。
自分から動かないメガミとはいえ、首魁らしき敵への態度ではない。それなのに、相手に敵わぬ諦めの類も全く感じられないものだから、ヤツハは混乱しかけていた。
そんな内心を見透かしたように、カナヱが微笑みかけてくる。
凄まじい桜飛沫に包まれた彼女は、
――大丈夫。カナヱはただ、退場を求められただけさ。
――で、でもっ!
――そうだね。せめて最後に……道を創るよ。
急速に光へとほつれていくカナヱの身体。それら輝きが、ヤツハの傍にある大鏡へと集っていく。
カナヱが砕け、還るほどに、鏡は輝きに満たされていく。
その鏡から、やがて二条の光が伸びた。
一つは、遠く彼方へ。
徒寄花打倒を成し遂げた歴史の彼方へ、言葉通りに道となるように。
そして、この光景を見聞きし、感じる意識が一瞬眩む。
もう一つは、『こちら』側へと伸びてきた。
――あぁ……。
やがて得心したように、ヤツハが息をつく。その頃にはもう、カナヱの姿はこの空間から消え去っていた。
後に残されたのは二条の道とヤツハ、そして敵意滲む少女。
少女はカナヱの撃破に特に満足するでもなく、憮然とした様子だった。ぶら下げた槍の穂先を、落ち着かなげに足で弄んでいる。
それから彼女は、余分な苛立たしさを吐き捨てるように、
――別に……いいわ。
そう言い残すと、揺らめく不気味な虹の光となって、制止する間もなく消えてしまった。
一人になったヤツハの耳に、パキパキ、という不吉な音が輪唱する。脅威の化身が去ったとて、桜降る代を取り囲まんとする蔦はなおも蠢いていた。
歓喜から一転、真の脅威が運んできた絶望。
あの少女を眠る脅威の顕現と呼ばずしてなんと呼ぶ。
カナヱの意図然り、ここで折れるヤツハではなかったが、すぐには行動に移せない程度には敵が強大であったのも確かだ。邂逅と別れは、その重みからすると僅かな時間で、ヤツハには少なからず整理が必要だった。
だが、その余裕すら相手は用意してくれなかった。
『や、やつはんやつはん! 聞こえてたら、急いで戻ってきてくださぁい!』
――わっ! くるるんさ、ん……。
鏡から突然、慌てた様子の友の声がして、ヤツハは湧き上がった予感に表情を硬くした。桜降る代側の装置と鏡を介した、一方通行の緊急連絡だ。
ヤツハは彼方との繋がりを再確認すると、鏡の見た目を二回りほど大きくして、光で白んだ鏡面に駆け込んだ。広漠で明るい領域から桜降る代の徒寄花の世界に戻ってくると、その狭く広大な星空の中で、徒神に変質したクルルが落ち着きのない様子で待っていた。
久しぶりのはっきりした身体の感覚に喘ぎながら合流すると、
「ど、どうし――」
「とにかく出ますよ!」
説明もなしに手を引かれ、出てきた鏡と反対側に開いた青白い光の扉へ共に飛び込む。
帰り着いたのは、ユリナたちを見送ったいつもの北限の洞窟。所狭しと絡繰が立ち並ぶところもヤツハの記憶と同じで、刺すような寒さがいっそ懐かしくさえあった。
けれど、ヤツハをまず出迎えたのは、あの日にはなかった警戒を喚起させる甲高い鐘の音。歴史渡りで問題が起きたときのために、各地の桜の異常を知らせるものだ。
そしてジュリアは、その警告を無視してヤツハに急いで駆け寄った。
「や、ヤツハサン! タタ大変デス、外で、コルヌサマが!」
「……! ここに居てください!」
予感は、的中した。苦虫を噛み潰したようなクルルが、その口を開く必要はなかった。
洞窟を抜けた二人の前に広がっていたのは、悪夢だった。
銀世界を我が物顔で闊歩する、徒寄花の怪物たち。
出来損ないの人の形をした星空色の木偶の坊が、武具を形だけ曖昧に取り込んだ四肢を調子を確かめるように振り回し、得物を向けるべき獲物を探し彷徨い歩く。
いつもは強烈な吹雪も彼らに気圧されたように遠慮がちなこともあって、その体躯は白銀に墨汁を落としたように嫌でも目についた。
何より、今なお増え続けるその数たるや、数えるのも馬鹿らしい。
原因は明白。雪煙に覆われた陽光の下、ぽつぽつと空に浮かぶ大鏡が星の海を吐き出し、淡々と怪物を産み落としていた。
そのどれもが今顕現させた自身の鏡とは異なると、ヤツハの感覚が告げている。
この歴史の徒寄花がカナヱから奪ったように、元は全てカナヱのものだったのだろう。星の数ほどある異史において、カナヱたちから簒奪した可能性を見通す鏡が、侵攻の門として再び悪用されているのだ。
「やっと来よったかッ!」
コルヌがかち上げた右脚が、眼前の甲殻に覆われた怪物を縦に引き裂いた。振り下ろす勢いでその場で旋回し、蹴り飛ばした雪が氷の刃と化して周辺の敵を貫いていく。
凍てつく風で数体の足止めを図ったコルヌは、遅参した二人を刹那睨める。
だが、凍りついた怪物の陰から、彼女の背めがけ別の怪物が四体飛び出した。
「危ないっ!」
ヤツハは鏡像を生み出して瞬時に移動し、大鏡より喚び出した巨腕が怪物たちをまとめて薙ぎ払う。圧殺せんと迫っていた彼らは、凍りついた仲間もろとも深い雪に埋没する。
悪意に満ちた星の海に抗する、ヤツハの星の海。
かつて怪物の証であったそれを行使する表情に、もはや惑いはない。
並び立つそんなヤツハを見て、コルヌの口元が微かに緩んだ。
「さて、鏡によるこの攻勢……『始まった』と見てよいのだな?」
「間違いないかと。カナヱさんが敵にやられました」
「かかっ! 隠居しすぎて遅れを取りおったか。ならば我らは、一層奮闘せねばなるまいて。なあ!」
にやり、と獰猛に笑いかけてきたコルヌへ、ヤツハも力強く笑みを浮かべる。
如何に視界が悪いとは言え、人気のない大雪原では戦いの震源地は隠せるものではない。方々で生まれた怪物が、手近な敵の気配に惹かれて軍団の影を雪煙に映し出す。
徒寄花の怪物の主な狙いは神座桜。ヤツハたちに気づいていない怪物が何割か、果桜のあるさらに北を目指そうとしていることからもそれは確かだ。
もしも怪物が果桜を討ち取れば、彼らは次の標的を探し求めるだろう。この大群が南下を始めれば、必然として人の営みは尽く蹂躙される。その連鎖が終わった先には、荒涼とした大地がただ残るばかり。
ヤツハの脳裏に、可能性の大樹の出来事が蘇る。
戦いは、ただ目の前の神座桜を守るためだけではない。
桜降る代という歴史を巡る戦が、幕を切って落とされたのだ。
「おおっとぉ、くるるんを忘れてもらっちゃあ困りますよぉ!」
声と共に、ヤツハたちの背後から数条の光線が打ち出され、立ち込める雪煙と共に怪物たちを撃ち抜いた。
射手たるクルルは洞窟の前に陣取り、周囲に大量の絡繰を展開している。その道もまた守らねばならない、希望への道だった。
短銃を持った手を振り、クルルは軽快に笑う。
「じゅりあんには近づかせないんで、ぱぱっとやっちゃってください!」
「ハッ、言われずとも!」
号令を受け、ヤツハとコルヌが権能を解き放つ。
極寒の地に、花々が咲き乱れる。
この時、遍く大地に星の影は落ちていた。
北限のみならず、大鏡は各地の大きな神座桜を中心として、侵攻の扉を開いていた。
広がる重い曇天の下、怪物が群がる神座桜の輝きはいやに眩く見える。かの終焉の影に呑まれたあの日よりも、目の前で蝕まれようとしている分、各地では悲惨な光景が繰り広げられていた。
人間も、ミコトも、メガミも、現れた脅威を前にただ悟る。
敗北の先に未来はない、と。
薙刀の刃が、星空の体躯を水面ごと切り裂いた。
「はッ!」
海上をミズスマシの如く泳いでいた怪物が、腕を一本切り落とされて浮力の均衡を崩す。
サイネは、死なば諸共と突進してくるそれに対し、神速の二連撃を追撃として叩き込む。残る前腕を一本、背を覆う亀のような骸晶の甲殻の継ぎ目を一箇所、的確に断ち切るや否や、大きく跳躍して怪物の頭上を飛び越した。
顕現させた水晶を足場とすることで、サイネはまるでトビウオの如く水上を縦横無尽に飛び跳ねる。
跳躍の勢いを乗せて、空を行く鳥じみた怪物を両断。さらに一抱えほどもある衝音晶を生み出すと、足場として使った直後に破砕する。破片に何重にも共鳴して生まれた振動は海を波立たせ、浴びせられた怪物たちはもがいて動きを止めた。
その隙を狙い、海中から押し寄せた強烈な水流が、怪物を沖へと押し流す。
そして沖に散在する水球が敵の接近を感知して爆ぜ、硬質な外殻ごと肉体を砕いては吹き飛ばす。
「ふぃー、キリがありませんね」
浮かぶサイネの足元に、人の形が顔を出した。ハツミである。
徒神の姿に変じるハツミは、じわじわと岸や海原から押し寄せてくる怪物たちを眺め、水球を次々と周囲へ流していく。
手を動かす間、ハツミは訊ねた。
「北は大丈夫なんです?」
「ええ。コルヌ様たちも、信頼できる皆もいますから。……クルルは、少し信頼しがたいですが」
「あはは……」
苦笑いするハツミ。
サイネは、それに、と続けて、
「今為すべきは、皆が帰る場所を守りきること。だからこそ、私は私にできることをただ為すだけです」
薙刀を構え直し、威圧するように侵略者たちへ切っ先を向ける。
ハツミはその姿を見て、拳を握り込んだ。
「……そう、ですね。あたしももう一度、七つの標を。それを……正しき命運にするために!」
差し出された石突に、ハツミがその拳を合わせる。再び二手に分かれた両者は、芦原の海で怪物たちを翻弄する。
彼女たちの舞い踊るその水底には、水鏡桜が滔々と煌めいている。
大樹を杭にしたような巨大な槍が、トコヨの鼻先一寸を掠めていく。
質量に任せた刺突を優美にいなされ、体勢を崩した怪物を、閉じた扇の尖端が受け止める。それは加速で膨らんだ自らの重量を一点に受けることを意味し、上半身を支える脇腹が砂礫のように崩れ去った。
そのままくるりくるりと、粗野な暴力になど侵されぬばかりに美しく舞う。その様は、まさしく完全性の体現である。
そこに織り交ぜるのは、恐怖の情感。かつて徒神として身につけた破滅を想起させる舞が、怪物たちの衆目を集め、その矛先を一身に集める。
そこに疾駆する、一つの影。
目にも留まらぬ速さで怪物たちの合間を駆け抜けたかと思えば、軌跡にぬらりと煌めくのは鋼の糸。
トコヨの傍に現れたオボロが手を引くと、雪崩のように転倒した怪物の軍勢が、互いの重みや勢いに引かれ、見えない糸に引き裂かれていく。
「あんたと力を合わせてこんなのと戦ってると、どうしても思い出しちゃうわね」
背中合わせに立ち位置を変えたトコヨが、言葉に仄かな毒を込めた。
オボロはそれに苦笑して、
「背中を合わせる相手が不満か?」
「なっ――」
顔を赤らめたトコヨは、敵を視界から外さないよう、限界まで目を寄せて背後のオボロを睨もうとした。
ただ、結局相手の顔すら視界に入れられないことに歯噛みして、扇でオボロの脚を叩いた。
「今回は何も企んでないわよね!?」
「拙者の性分では否定しきれんが……少なくとも『この拙者』は何も企んではおらんよ」
「はあ……自分も信じられないなんて難儀なことで」
呆れるトコヨに、オボロは困った顔で肩を竦めた。直後、余談は終いと真剣な顔つきに戻った二人は、誘引と殲滅の罠を再び張り巡らせる。
彼女たちの優美なる舞台を観劇するように、白金滝桜はしずしずと煌めいている。
光輝耀き、影が渦巻く。
相反する二色の力で抗戦するのは、勾玉を携えたヲウカだ。
「寄るなっ……!」
桜の光は星空を晴らすが如く怪物を打ち据え、桜の塵はさらなる闇で覆うが如く怪物を呑み込んでいく。
しかし、死角から抜け出してきた怪物の大爪による斬撃が、ヲウカの衣の端を引き裂く。息の詰まった彼女は、反射的に腕を振るって桜の力ありのままを怪物へぶつけ、強引に距離を取る。
脚は竦み、硬く結んだ口に恐怖が滲む。
力ある者として戦場に立つ一方で、歯を食いしばりながら戦うその姿は、寄る辺を失ったようにどこか弱々しい。恐れが視野を狭め、判断を鈍らせ、手元を狂わせてはさらに際どい交錯に恐怖する悪循環は、主神の立ち居振る舞いとは程遠く、危うい。
次々と迫る怪物の群れに、ヲウカがじりじりと押される。
だが、
「『あの糞婆が、こんなところでこの地を、人間たちを、諦めるものでしょうか』」
ギリッ、とヲウカの奥歯が鳴った。
同時に勾玉から放たれた光と影が、余波でヲウカの髪を激しく弄ぶ。先程とは比べ物にならない怒涛は、ヲウカを取り囲まんとしていた怪物たちを尽く打ち払った。
戦果を前に、ヲウカはしばし呆気にとられる。
そしてはっと気づいたように声がした方向に目を向けると、そこには書を開いたシンラが真意の伺えない微笑みを顔に貼り付けていた。
眉を寄せて、ヲウカは問う。
「どういうことでしょうか」
「何、この地を守る意志は、私の胸にも確と満ちていますから。巡り合わせとはいえ、せっかく肩を並べるのです。互いに鼓舞は大いにすべきでしょう?」
あからさまな建前にヲウカが目で続きを求めると、シンラは薄目でくすりと笑った。
「一つ、恩を売っておこうかと。天秤の石は、もう少し強かなほうが望ましいですから」
「……結構。命賭して尽くしていただきましょう」
シンラの嫌味に、ヲウカはせいぜいそう告げるしかなかった。
隠しきれない怒りを怪物たちに向け、勾玉のみならず桜で編んだ小刀を構える。己が源流より続く宿敵、そして仇へと背を預けた。
御名を騙る者と暴く者を見守るように、桐子桜は凛と煌めいている。
「ていやぁーっ!」
巨大な鉄槌が、空を支配せんとしていた怪物たちを片っ端から打ち砕く。振り抜かれた豪快な一撃の威力を喧伝するように、ゴォン、と盛大な鐘の音が街に響き渡る。
ハガネは縮小する大槌と共に、くるくると戦場を落下していく。見下ろす地面には、迎え撃つ多数の怪物たちの影が広がっている。
柄を握る手に力を込めた直後、その腕が力強く握られ、身体が宙に留め置かれた。
「ヒミカっち!」
笑顔咲かせるハガネに、ヒミカがにやりと笑いかけた。足裏から噴き出す火の勢いで飛ぶヒミカが、ハガネをぶら下げる形だ。
ヒミカはそのまま空いた肩を竦めると、
「危なっかしくて、つい手ぇ貸しちまった」
「むーっ、下のもまとめて吹っ飛ばすつもりだったもん! 一人で大丈夫っ!」
頬を膨らませるハガネが鉄槌を少し大きくすると、増した重みをヒミカが慌てて支える。
抗議じみたそれに、けれどヒミカが文句をつけることはなかった。
戦場に似合わない温和な笑みを浮かべ、ヒミカは小さく呟く。
「そうか……。ああ、そうだな」
「え、何?」
「――いや、なんでもねぇッ!」
そう言うと、ヒミカの手から特大の火球が放たれた。待ち受けていた怪物ごと直下の地面を焼き払い、着地するヒミカとハガネを避けるように周辺だけを燃え上がらせる。
二丁の銃を顕現させたヒミカは、火に悶える怪物の軍勢へ景気づけとばかりに連射する。
歯を見せ笑うヒミカが、高らかに告げる。
「さあ、ここからはいっちょヒミカ様の大活躍と行こうか! どっかのアタシのケツ拭く訳じゃねえけど、今回ばかりは守りに回らせてもらおうじゃねえか!」
銃声と同時、炎の壁が外周側へと津波のように広がり、地を這う怪物が脚部を焼き焦がされて転倒していく。
それを見たハガネは、今一度大槌を膨らませた。
「うん! めぐめぐたちが頑張ってる間、この桜はあたしたちが守らないと。絶対にっ!」
大地との斥力によって、ハガネが宙へ舞い戻る。注ぎ込まれる遠心力が、侵攻の歩みを打ち砕く力となる。
その戦場に咲くは、かつて栄華の証として八大名桜の末席に加わるはずだった神座桜。
数奇なる因果の果て、名を得たばかりのそれが、花弁を揺らす。
彼女らと共に戦う意志を訴えるかのように、希龍桜は力強く煌めいている。
幽玄なる鎧武者たちが、幽世の門より続々と馳せ参じる。
多様な武器を模した体躯を有する様々な怪物の進軍に対し、補充の兵員へと号令が次々と飛んでいく。
「右翼、誘引後の前線の守りを補強! 追加の遊撃部隊は中央進出を支援、右方への展開にて寸断し、挟撃しますの! 騎兵部隊は残敵掃討、深追いは厳禁でしてよ!」
軍配を片手に駒を動かし続けるのは、瑞泉城渡り廊下の屋根の上に陣取ったミズキだ。
例に漏れずさほど防衛を重視していない城郭と立地だけあって、この北城壁には右から左からわらわらと怪物たちが迫っていた。だが、戦域がどれだけ広かろうと、ミズキが全霊を賭して招集し続ける兵の数が困難な防衛を叶えている。
強引な突撃を試みる怪物は分厚い盾の壁に阻まれ、背後から繰り出される槍の餌食に。
巨体を引きずる敵は孤立させられ、縦横無尽に馬を駆る騎兵によって切り刻まれる。
ただ防御を固めるだけではなく、怪物同士の連携が戦術の領域までは達していないことを突いた、即興の機動防御。指揮するミズキもさることながら、阿吽の呼吸で叶える兵も一人ひとりが猛者揃いである。
そして、城壁の上より戦場を睥睨する闘神が一人。
腰だめに構えた桜色の人影が正拳を放つと、足止めされていた大きな怪物の腹に風穴が空いた。
「コダマ! 左翼から飛行型複数!」
端的な伝達だけで、幽体が向き直る。かの決戦にて出陣したときより僅かにはっきりとした長身の体躯は、兵だけでは為し得ない必殺の一撃を将にもたらす。
しかし、引き絞ったコダマの拳が止まる。
ミズキが視認した空からの侵略者たちが、空色の光にまとめて貫かれたのだ。
計算外の撃墜に、けれどミズキは半ば予想していたようにため息をついた。
「はぁ……困りものですの」
こめかみに指先を当てていると、彼女の頭上に人の形をした猛禽が舞った。
呆れ顔を空に向けると、現れたミソラはさも不思議そうに言う。
「なんだい、僕が来たっていうのに」
「いえいえ。些か消去法とはいえ、どうにも快諾し難い縁に導かれたものですわね」
ようやく姿を見せた共闘相手に、わざとらしく肩を竦めて見せるミズキ。足並みを揃えるという概念をまるで知らないような自然の化身を見る眼差しは、これまでに溜まった疲労よりもなお疲れていた。
ミソラはそれに首を傾げながら、
「んー? 僕はよく覚えてないけど、そうかもね。なんだか腹が立つ相手がいたような気もするよ」
「……えー、私は存じ上げませんが、この怪物共を退けていれば、その素敵なお相手のこともそのうち思い出せるかもしれませんのー」
「そうかそうか、久々の狩りの楽しみが増えたね!」
上機嫌で戦場へと飛んでいったミソラに、もう一度ミズキは溜息をついた。
悠久を越えて受け継がれた意志は、どんな形であれ縁を紡ぐ。そんな摂理を語るように、翁玄桜は厳かに煌めいている。
降り注いだ雷が、怪物を上半身を粉々に破壊する。鋭く駆け巡る暴風は四肢を引き千切り、大きな図体の歩みを戒める。
動きを止めた怪物の足元に現れたライラの爪が、体躯の星空を深々と切り裂いた。
「つぎ!」
一呼吸だけして、彼女は再び獲物へと向かう。
メガミでも随一の機動力と、迅速かつ広範囲に打ち付ける風雷。広大な戦場でこそ輝くのは間違いなく、現にライラはたった一柱で己が定めた防衛線を敵に一歩たりとも踏ませていなかった。大きな円形という、全周から攻勢を受ける防衛線であっても、だ。
しかし、物量を前にしてじわりじわりと押されているのもまた事実。ライラが、壮大なる大自然の如く敵の前に立ちはだかろうとも、雲の合間に陽が射すようにいずれ綻びが生まれるのは間違いなかった。
敵は鏡から際限なく湧き出してくる。自然の摂理を踏みにじるような侵攻には耐え続ける他なく、ライラは身体の動くままに相手を屠り続ける。
しかし、怪物の喉元を貫いたところで、ライラの耳がぴくりと動いた。
崩れる巨体を蹴って宙を駆ける彼女は、誰かに聞こえるように言った。
「やっと、きた」
ライラの向かう先よりも少し外れた位置。柱のような脚で足元の湯を盛大に蹴り上げながらのし歩く、ひときわ巨大な怪物のその足元。
ゆらり、と影が滑るように肉薄する。
そして怪物の脚に細い切っ先を軽く一突き打ち込むと、怪物は一瞬震え、前のめりに倒れながら光へと散っていく。
「悪かったわね」
暗く不気味な笑みを湛え、長い黒髪を翻す致死の為し手。その名はユキヒ。
彼女は辺りの状況を把握すると、怪物を仕留めた簪で髪を手早く纏める。それから手にした番傘を思い切り振り回し、鎖で柄の伸びたそれが寄ってくる小型の怪物たちをまとめて打ち据える。
ライラは現れた援軍に大声で訊ねる。
「おおしごと、だった?」
対してユキヒは苦笑いを浮かべ、ちらりと空を見上げる。
そこに広がるのは、煌めく縁の糸。赤が、黄が、翠が、蒼が、藍が、紫が――質感も太さも様々な七色の糸が、桜降る代の全土にそれぞれ繋がっていくように、目の届かぬ彼方まで伸びている。
健在なその繋がりを確かめて、ユキヒはにっこりと笑った。
「大変だったわ。でも、怪物たちは桜を狙うんでしょう? だから、より深く結んでおいたのよ。みんなと桜の縁を」
笑いかけた先のライラにも、獣の皮のような胡桃色の縁の糸が伸びている。
ユキヒは怪物を仕掛け番傘の鎖で転ばせると、
「あとは私自身が、ちょっと手薄な桜を守るだけね!」
縁を引き寄せ怪物を誘導する彼女に、電光を纏ったライラが反対側へ嵐のように走り出す。
在りし穏やかな日々と、その中で結ばれた数多の縁を振り返るように、湯気の中で湯煙桜が鷹揚に煌めいている。
そして、桜降る代の中心、咲ヶ原。
聖域たる陰陽本殿では、桜染めの旗が翻っては数多の精が舞い踊り、影編みの大鎌が引き裂いては数多の塵が万象を喰らう。
最も巨大な神座桜――無明桜を守護するために配されたのは、遺構に強い縁を持つ陰陽の体現者たる二柱・ホノカとウツロ。
山のように空へと吹き抜ける本殿は、本来この時間であれば、徐々に夕日の橙が混じり始めた陽光が混じり、得も言われぬ色彩に満たされているはずだった。
だが今、聖域は忌々しき星空に蝕まれている。
外から中から、押し寄せる怪物の数は膨大。至る所で鏡が星空を吐き出し、果てなき侵攻は他のどこよりも激しく、無慈悲だった。
「徒寄花もっ、分かってっ、攻めてますよねっ?!」
「関係、ないっ!」
ホノカの愚痴に付き合わなかったウツロも、顔には既に疲れが滲む。
だが、見た目に小さなこの二柱に対し、怪物の大軍は物量以外に勝る要素が一つとしてありはしなかった。本殿の中央に鎮座する無明桜の、大きく広がった枝花の影すら立ち入ることができていない。
ホノカもウツロも、ユリナに救われた頃のままではない。
各々が強かなる意志を持ち、しかし心は一つに重なった。解き放つ原始の権能は絶大で、大桜の下という最高の戦場も相まって、絶望的な数の差を覆し続けている。桜の精によって鏡の破壊が叶うことも戦況に大きく寄与していた。
果てはない。しかし、二柱もまた心折れぬ限り、無尽の奮戦に挑み続ける。
だが、
「ウツロちゃんッ!」
ホノカが名を叫び終えるよりも前に、ウツロは上に手を翳していた。
無明桜を目指す、一筋の閃き。
その異様さを感じ取った二柱によって、桜と影が寄り集まり、陰陽の盾となる。
飛来するのは、一本の槍。骸晶の蔦で編まれた、歪で奇怪で、悍ましさを覚える、鋭い槍。
槍は盾に激突すると、少しばかりの衝撃を周囲に撒き散らし、一瞬だけ静止した。
しかし、次の瞬間には守り手たちが目を剥いた。
槍が冷たい黄緑の光を放つと、桜も、影も、ふいに掻き消えた。まるで、どちらも本来在るべきではなかったと告げられたかのようだった。
そのまま速度を思い出したかのように、槍が再び無明桜を貫かんと迫る。
その刹那、
「ハカミチ」
大地より生じた数多の巨大な紅刃が、四方から槍を逆に貫いた。
槍の推力を奪うには一枚でも足りず、二枚でも足りず、けれども山脈の如く連なった刃が身を挺して食い止め、ついには宙に縫い留められた。
ひとりでに横薙ぎする大剣が、槍を弾き飛ばす。
桜の頭上に揺蕩うは、桜への脅威を排する原始の力の顕現・カムヰ。
最古の力を有する三輪の花が、天より舞い降りし不遜なる存在を睨みつける。
降臨するは、たった一人の少女。移ろう太陽の如くして冷めた玉虫色の長髪を揺らし、大きくはためく衣が不穏なる影を花々に落とす。
メガミたちは理解する。この少女こそが、眠る脅威の顕現であろうと。
同じ人の形にして異質なる力を中に詰め込んだその気配は、今までこの地に現れた徒神の誰もと比較にならないほど、世界から浮いていた。
別の歴史の影響で変化したわけでもない。
力を引き出し、取り込んだわけでもない。
支配され変容したわけでもなく、苦肉の策で産み落とされた落とし子ですらない。
本物――
あまりの違いに本当にそう呼ぶべきか分からずとも、それでもホノカは、こう呼ぶしかなかった。
「徒神……!」
「ふぅん……ここじゃそういう名前だったわね」
大して興味もなさそうに少女は呟く。
ヤツハの前から姿を消したあの少女は今、己の前に立ち塞がる三柱のメガミを睥睨する。その眼差しには一撃を防がれた憤りなどありはせず、敵を真っ直ぐ見ているようでいながら、まるで捉えていない、そんな胡乱な目線であった。
少女はしばし迷うにしては忙しなく、メガミたちの間で視線を彷徨わせると、やがて努めてカムヰを見据えた。
現れた脅威にとっての最も大きな脅威、それがカムヰなのは間違いないだろう。それはメグミの歴史を含め、これまでの徒神との戦いで証明されている。ホノカとウツロもそれが分かっていて、怪物たちの処理に少しずつ意識を戻していく。
四振りの大剣を纏って漂うカムヰは、感情の見えない瞳を眠たげに瞼で半分隠し、気怠げに敵を視界に収めている。
その様子に、少女は目を細め、
「……似てるわね」
「……?」
ほんの僅かに首を傾げたカムヰに、少女はほくそ笑む。
「あなたもずっと、眠っていたいんでしょ?」
「…………」
「なら――幸せにしてあげるわ」
少女の手に、徒寄花の蔦が絡み合う。
繁茂した破滅の鎖から新たな槍が生まれ、刃がカムヰを映し出した。
]]>
絶望が、空を舞う。
人と樹木と鉱物の間に産み落とされたかのような悍ましい造形を得た徒寄花は、古鷹領は古鷹邸の奥に構えられた精製所を飛び立ち、進路を南に、既に都上空を抜けていた。
徒寄花が通り過ぎた地上には、何も知らない人々の悲鳴が響き渡る。だがそれは、未知なる怪物が突如現れたからだけではない。
巨体の脚に相当する部位から、時折ぱらぱらと何かが落ちていく。引き抜いた植物の根から土がふるい落とされるかのようだったが、そんな生易しいものではなかった。
それが大地へと振りまくのは、種。
見た目には一塊の鉱石にしか見えないそれは、瞬く間に発芽し、骸晶質の蔦を周囲へと伸ばしていく。ただでさえ種の単純な質量が破壊をもたらしているのに、地を這う蔦はあらゆるものを呑み込み、不気味な輝きで大地を蝕んでいく。
半刻もしないうちに、古鷹の都は既に半壊状態。
果たして一夜のうちに、どれほどの破滅が広がるだろうか。
果たしてひと月のさばった後、この地は生き永らえているだろうか。
しかし、終焉を阻止せんと地上から徒寄花を追う鉄塊が一つ。
「おいおいおいおい、勘弁してくれ! 俺はそんなに運転得意じゃあないんだぞ!?」
ギャギャッ! と車体と車輪が軋みを上げて、進路を塞いでいた種と蔦を四輪車がすれすれで迂回する。
冷や汗を流して操縦桿を回す銭金に、後部座席のメグミから抗議の声が飛ぶ。
「ち、ちょっと! 振り落とされちゃうって!」
「うるせえ、文句はあのデカブツに言え! こちとら軍用規格なんだ、乗り心地を求め――ってオイ! 刀をぶっ刺す馬鹿がいるかよ!」
「ごめんなさい、つい!」
謝るユリナは、しかし車の床に刺した斬華一閃を引き抜くことはない。メグミと並んで座席に膝立ちになり、背後を向いている。その手から噴き出す威風が、その杖から放たれる烈風が、少しでも車体を前に押し進めていた。
桜に煌めく煙を棚引かせながら走る車は、メガミの手助けもあって相当な速度で荒れた街道を駆け抜ける。馬車すら比肩しうるものではなく、かつてサリヤが人間だった頃のヴィーナにも決して引けを取るまい。
しかし、三人の見上げる空に、葉を揺らす怪物の背中が常に浮かび続ける。
怪物の侵攻は確かに速い。けれど、ただでさえ不利な陸路で種の妨害を受けている。
追い縋れているが、追いつけない。
速度が、足りない。
「あのデカブツ、このままだと本当に鞍橋に突っ込んじまう! 頼む二人とも、もっと押してくれぇ!」
些か情けない悲鳴を上げる銭金と共に、限界を超えた速度に機体が悲鳴を上げる。
けれど、返ってくるのは同じく悲鳴だった。
「これ以上は、ちょっとっ……!」
「無理、かも……!」
限界を訴えるメガミたちに、銭金が頭を掻きむしった。どちらも風や推力は権能の副産物に過ぎず、絞り出したとて根本的に状況を変えるには至らない。
ゆっくりと、しかし確実に徒寄花の姿は遠ざかっていく。
そもそも追いついたところで、空の巨影にどう立ち向かうというのか。
絶望の芽が、確実に、彼らの心に頭を出し始めている。
だが、そのときだ。
失意に見上げた天に、風を切る別の影が閃いた。
それは、翼を戴いた四肢ある人の形。怪物に勝るとも劣らない遥かなる威容。
桜色の血潮流るる、天駆ける黒鉄の巨人――否、巨神。
『I AM THE SERPENT. I CURSE YOU. AND I AM THE SONG. I IMPRESS YOU』
妙な響きを伴ったサリヤの声が、巨神と化したヴィーナより大音量で発される。呼応して巨神の両脇で桜色の扉が生まれ、そこから新たな機影が二つ、現界する。
一つは蛇の如き尾を揺らし、一つは美声を奏でる対なる大口を開く。どちらもサリヤの愛機ヴィーナの姿が一つ。
そして、飛翔する二機は変形、分離し、合一を果たす。
『TRANSFORM, FORM:NAGA AND KINNARI!!』
鋼の蛇が、風を切って空を泳ぐ。ヒトの胸のように胸の左右に取り込まれた大口は、両脇に抱えた大鼓かのよう。
蛇は凄まじい速さで徒寄花との距離を詰めると、その双眸が赤く光り、光条となって巨体の背中に突き刺さった。
破壊はない。だが、翼の動きにぎこちなさが混じる。
追撃とばかりに蛇が高く飛び上がり、両の大口を激しく打ち震わせた。周辺の木々が風を無視して揺れ動き、音波の直撃を浴びた怪物の翼が耐えかねたように破片を零した。
追いつくことも叶わなかった徒寄花が、巨躯を揺らしている。
『待ちなさいっ!』
その隙に追いついた巨神が、右腕を突き出す。だが、まず放たれたのは鉄拳ではなく、装甲の合間から飛び出した無数の針だった。
畳針程度の、人には大きすぎ、巨体には小さすぎる得物。
けれど、硬質な肌に突き刺さった瞬間、激痛を覚えたかのように怪物の体表が蠢いた。
打ち込まれたのは、猛毒。
存在そのものの死を内包した滅灯毒が、徒寄花を蝕み始める。
患部ごと取り除こうとしているのか、ボロボロと崩れ始めた着弾地点めがけ、巨神の左拳が突き刺さる。
『させないッ!』
徒寄花の身体が少しくぼみ、毒針が改めて深々と打ち込まれた。四方八方で生まれては消えていた木のうろのような空洞が、目まぐるしく移り変わる。頭頂に咲く黄緑の花の輝きが、悲鳴を上げるように明滅する。
パキパキ、バキバキ、と怪物から骸晶の蔦が大量に生え、巨神の腕が引き戻すところを蔦に掴まれた。
これまで大地に種を振りまいてきたように、蝕もうとしているわけではない。
徒寄花が、巨神ヴィーナを討ち滅ぼすべき障壁と認識したのだ。
巨神を宙に縫い留める蔦とは別に、数多の蔦が螺旋を描き、瞬く間に一本に織られていく。
誕生せしは、巨大なる槍。傾いていく太陽の光を歪な七色に反射する、現実味のない螺鈿細工のような鋭い刃。
巨神の図体こそ的だと言わんばかりに、徒寄花の肩越しに切っ先が狙いを定める。
だが、
『I AM THE SPIRIT. I THWART YOU. TRANSFORM, FORM: MAHORAGA!!』
現界した機構が巨神の首に巻き付き、うなじから這い上がって蛇の上顎を模した冠と化す。さらに肢体を葉脈の如く細い部品が這い、新たに取り込んだその部品が、翡翠色の輝きを解き放った。
腕を掴んでいた蔦が、小さな石粒に分解されていく。
戒めを解かれた巨神は、しかし退くことはない。
『I AM THE DEMON. I DESTROY YOU. AND I AM THE WAR. I DEFEAT YOU』
両肩と胸より出でて敵を睨む、鬼の形相。
右の拳が一度手首の中へ収まり、高速回転する白銀の刃となって現れる。さらに腕の側面からも長大な刃が現れ、猛烈な回転を得て敵を切り刻まんとする。
『TRANSFORM, FORM:YAKSHA AND ASURA!!』
度重なる変形合体の果て、巨神と巨魁の一撃が正面からぶつかり合う。
ガガガガッ! と。
ヴィーナの刃が槍の尖端を迎え撃ち、辺りに耳をつんざくような摩擦音が鳴り響く。両椀の回転刃が怪物の胴や迫る蔦を削り落とし、砕けた破片と共に街道へと降り注ぐ。大量の火花と閃光が衝撃の余波で吹き散らされ、その眩さはまともに目にすることも難しい。
拮抗は、僅かに槍側が有利。少しだけ打ち下ろしたその角度が、膨大な質量と共にヴィーナを貫かんと徐々に押している。
だが一方で、ヴィーナの両椀の刃が怪物の葉のような翼を少しずつ削り取る。
悶える徒寄花の蔦がさらに槍へと収束し、切っ先がヴィーナの心臓を向く。
ヴィーナが――否、サリヤが、吠えた。
『おおぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!』
彼女の気迫が響き渡ると同時、ヴィーナの戴いた翼が、さらに猛烈な勢いで桜の光を吐き散らす。ぎしぎしとその鋼の身体が軋み、加速と衝突の狭間で悲鳴を上げ続ける。
さらに、先行していた二機一身の機体が尻尾のように腰に装着され、全身に巡る桜の光をもう一段強く輝かせる。
完全なる巨神ヴィーナの姿が、この瞬間、顕現する。
けれど、それでも押し込まれる刃に、巨神の胸に現れていた鬼の顎が光り始める。
桜の輝きが収束し、臨界を迎えて憤怒を思わせる赤みすら帯びた。
直後、
『OMNIS-Blaster...SHOOOOOOOOOT!!!』
切り刻まれた怪物の左翼を光の奔流が引きちぎったのと、巨大な槍がヴィーナの右肩を打ち砕いたのは同時だった。
巨神は光条の反動と翼の出力を止めたことで後ろに傾いでおり、真っ向から貫かれて損害を増やすのを嫌ったようだった。押し返せないという判断から、痛み分けを狙ったのだろう。
ヴィーナの破損した部位が大量の桜の光へと還り、合体を維持できなくなったのか、巨躯のあちこちで部品となっていた機体がそのまま散っていく。
衝撃に体勢を崩した巨神が、地上へと引き落とされる。翼は努めて引き止めているのか、勢いを殺すように幾度も噴射し、軟着陸の姿勢へ移っていく。
サリヤ渾身の兵器への傷は痛手だ。
だが、片翼をもがれた怪物は、もはや自由に空を闊歩することは叶わない。
空からふらふらと落下し始めた徒寄花に向かって、一台の車が猛然と走る。
「わあぁぁぁぁ! ふざけるな、潰されちまうぅぅぅ!」
「魔女の杖よッ!」
銭金の情けない悲鳴を無視して、メグミの杖から凄まじい速度で風の刃が放たれた。ユリナに身体を掴んでもらってなお、車上の不安定さでは全力とは程遠いものの、反動で前輪が浮き上がったほどである。
メグミの追撃が怪物の右翼に炸裂し、姿勢を容易には取り戻させない。骸晶の擦れ合う音が絶叫の如く響き渡る。
サリヤたちの作り出した好機が、絶望の行進を止めようとしている。集った四柱のメガミが、徒寄花の放埒を許さない。
否、集いしメガミは、彼女たちだけではない。
彼方より空に走った蒼穹の軌跡。
巨体を軽々とくり抜いた矢が宙に溶けた瞬間、一拍遅れて徒寄花の蔦が起きたことを理解できなかったかのように暴れ出した。
射手は東より。空色の翼纏いし、自由と空の体現者。
「まったく……良いように使ってくれるよね。ほら、この僕が来たよ!」
猛禽が如く咲ヶ原を囲む山々を越えて現れたミソラが、得意げに両手を広げて見せる。
しかし、空飛ぶ彼女の足元から抗議の声が。
「当たり前や、勝手に暴れよったくせに! アホなんやからアホらしく炉に収まっとけこのアホ!」
「は!? 自由の象徴たるこの僕が、心臓だなんて役目に縛られるわけないだろう! そう、何物にも囚われない僕こそが、炉から外れた監視者として相応しいのだから――って、痛いじゃないか!」
ミソラの下半身にしがみついていたアキナが、容赦なくミソラの脚を叩いた。
「何も分からんと、それっぽいこと言うてるだけやろアホ! もう騙されへんで! アンタを偉大なメガミとして深読みしとったあの日の自分を、どんだけはっ倒したい思うとるか!」
「僕の知らない話をするのは止めてくれるかな!?」
「うっさいボケ! いいからはよ降ろさんかい!」
騒然とやってきた援軍に、車を止めたユリナたちが苦笑いを浮かべる。蟹河からの東西横断を実現した最高峰の進軍速度を誇る空の象徴も、これでは形無しである。
喧嘩する二柱をよそに、遅れてもう一対の空の翼が地上へ降り立つ。
「あの鉄の巨人は、サリヤさんのでいいんですよね……?」
ミソラの羽を模倣していたレンリが、抱えていた藤峰古妙を解放する。泣きそうな顔の古妙は着地に失敗して顔から地面に激突していた。
話題に挙げられたヴィーナはというと、ユリナたちを避けるように街道脇に着地した。
見上げんばかりのその威容から、人間大の影が飛び出した。
チカゲと、彼女に抱えられた闇昏千冬である。
「さっきほどは動けないようですけど、もう、手は届きますから」
メガミたちの眼差しが、徒寄花の巨体に注がれる。
ずず、と街道の行く先にて大地を揺らし、四本の脚のようになった蔦の束が土煙を巻き上げる。腕の部分とで胴体を支えてはいるようだが、再びの空は当分望めまい。
構えられた七つの象徴武器が、敵を捉える。
メガミたちが堰を切って立ち向い、対する徒寄花は種を撒き散らして抵抗を始める。
その背中を、三つの双眸が見送っている。
命運に導かれた、三人の人間が。
「あ……えっと、ども……」
どう言葉を作っていいか分からないなりに、まず口を開いたのは古妙だった。一応、指示を無視して蟹河に向かったことも脳裏をよぎっているかもしれない。
次の出立を待つ車の小さな唸りを背景に、顔を突き合わせることになった三者。本来この早さではありえない再会に驚きを隠せておらず、あまりに複雑であろう互いの事情を前にして、疑問すら喉に詰まっているようだった。
彼らは、混沌たるこの事態に翻弄されたと言っていいだろう。三者三様の経緯で以て、ただ一つに定まった戦場にたまたま、あるいは必然、同時に辿り着いただけだ。
その経緯を詳らかに語るには、時間が足りない。
しかし、それぞれが胸の内に燻らせていたものに火をつけられているのも確かだ。それこそが、この場に導かれたきっかけであったはずなのだから。
この破滅をある種の断罪だと受け入れ、それでも未来を拓く手を模索せんとする男も。
抱いた不信に甘んじた停滞から這い上がり、受け継いだ責務を今一度全うせんとする女も。
その火を原動力に、前を向いている。けれど、その火を打ち明ける相手として、この今、互いを選ぶ必要があるのかと言われれば否だった。
だが、少なくとも、少女にはその必要があった。
「千冬さん、銭金さん……」
名を呼び、それから少しだけ迷いを残して、古妙は二人を見た。
そこに、風に吹かれるような軽薄な態度はない。幼い頃よりずっと被り続けていたであろう仮面を、脱ぎ捨てようとしている。
かつて見出した己の命運を果たすために。
自分から築いていた壁を、取り払う。
「あーしは、二人を尊敬してる。……でも、正直失望してるし、軽蔑もしてる」
だけど、と古妙は継いだ。いくらも言葉足らずな彼女の言葉を、二人は黙って聞いていた。
「それを全部しまっちゃったのは、あーしだから。だから……だから、今は……」
古妙が、頭を下げた。
腰を折って、手を揃えて、勢い余って大きなおさげから髪飾りが一つ外れても、一切取り繕うことなく。
彼女は、真摯に、真っ直ぐに、告げた。
「力を貸してください。オボロ様に託された命運を一つ、果たすために」
それは、何かを願うには毒を含んでいた。交渉も何もない、自分の想いを一方的に伝えるだけの、歯に衣着せぬ願いだった。
しかし、銭金と千冬が怒りを見せることはなかった。
ここにいる誰もが、至らなかった。ここにいる誰もが、悔やんでいた。
今日という日に、三人は、その毒を呑み下していた。いや、あるいは、既に身体の奥で息づいていたことに気づいただけだったかもしれない。
だから、願いに滲んだ毒に、誰も唾を吐くことはない。
それを受け入れて、皆、ここにいる。
「ふん……下っ端がしゃしゃり出て、何だよお前って、思ってはいるけどさ」
銭金が口を開き、古妙が顔を上げた。
彼は腕を組み、古妙を睨んでいた。微かに、古妙の瞳が陰る。
けれど、
「全部説明させんのは後回しにしてやるよ。で、お前は何がしたいわけ?」
「銭金さん……」
ぶっきらぼうながらすぐに願いを呑んだことに、古妙は一瞬呆気にとられた。
そして、彼だけではない。
千冬もまた、その想いに応える。
「あの怪物への解答を持っている……そう捉えていいのですね?」
「そ、そう、そうなの! メガミの皆さんだけじゃ、きっと倒しきれない……式を込めて、こいつを叩き込みたいんだ」
言い終わるかどうか、古妙の手が虚空から無を抜き払った。
その瞬間、彼女の周囲の空気が一気にひりついた。三人共息を呑み、あまりに雄弁な説得材料を目の当たりにする。
刃の本質。断ち切るという概念を結実させた、不可視の刃。
もはや顕現武器すらろくに拝めなくなった彼らだろうと、古妙の出した得物がどれほど凄まじい存在なのかは分かったようだった。本能が恐れる切れ味に、銭金も千冬も一歩後ずさっていた。
自身も僅かに苦笑いしながら、古妙が続ける。
「怪物までの足と櫻力……いや、できれば櫻力機関が欲しいかな。打ち込む直前まで計算が要るから」
「足と櫻力機関って……」
ちら、と千冬と古妙の視線が一点に注がれる。
銭金はげんなりとしながら、
「うちの車かよ。そりゃ制御用に算術回路は積んでるが、あのデカいやつ借りたほうがいいんじゃないのか?」
「いえ、見たところ技術体系が違いすぎます。出力は期待できますが、この限られた時間で転用するのは厳しいかと」
「……まあいいか、もう床に穴も開いてるしな。使い潰すつもりで行こう」
近寄った銭金が、車体を叩く。既に苛烈な追走劇を繰り広げた後とあって土埃に塗れ、傷だらけだった。
決意を浮かべる古妙が彼を追おうとしたところで、千冬が小走りに並ぶ。
その手には、手のひら大の小箱めいた部品が二つ。
「計算というと、これも役に立ちますか? 櫻電式ですが、修理用に持ってきた算術核です」
「いやいや、さっすが総監督サマ! それがあるのとないのとじゃダンチっしょ!」
目を輝かせた古妙の顔に、力強い笑みが現れる。つられてか、千冬にも微笑みが浮かぶ。
それから三人は、ほど近くで激戦の続きが行われている中、土壇場の開発を進めた。車を部分的に分解し、装置を取り付け、計算機同士の難解な回路を巧妙に繋ぎ合わせていく。もちろん、正念場を走れるように車両としての整備も忘れない。
作業中、何か語らうかと言えば言葉少なく、共同で実務などしたことはないだろうに、それでも連携に瑕疵はなかった。
粛々と、為すべきことを為しただけ。
未来のために。
責務のために。
使命のために。
「まったく、都合が良すぎるってもんだ。こいつを突貫でどうにかできる技師がちょうどいるんだもんな」
作業を終え、全員が乗り込んだところで運転席の銭金がぼやいた。
それに、後部座席の二人が応える。
「これが、命運というものなのかもしれません」
「だから、成し遂げるんだ。あーしたちが」
警笛を一つ鳴らし、車は再び走り出した。
徒寄花の顕現に向かって。
メガミたちは、戦い続けていた。
この歴史に、きっとヤツハはいない。脅威の具現たる巨大な怪物を前に、言葉を尽くす余裕などありはしない。既に都市が一つ壊滅した今、ただ全力で退ける以外、彼女たちに選択肢はなかった。
怪物の巨躯は、地に落ちてなお前進を止めない。残った僅かな浮力と脚代わりの蔦の束を使って、少しずつ這うように街道を南下し続けている。
決して、メガミたちを無視しているわけではない。四方八方から生み出された蔦や撒き散らす種は、明らかに彼女らを退けようとはしている。だが、それはあくまで侵攻を続けるためのものであって、正面から向き合う気配はあまり感じられない。
どれほど断ち切っても、どれほど叩いても、どれほど射抜いても。
進路上に咲き誇った花々の弾幕で押し返し、黒鉄の巨神が数多の蔦を翻弄しようとも、徒寄花が撃退に全力を傾けることはなかった。せいぜいが、チカゲの滅灯毒にやや反応を強めている程度である。
これくらいでは滅びないと確信しているとしか思えない。
メガミたちはそれでも手を止めることはなかった。たとえ倒しきれずとも、あるいは倒したところでいつか蘇ろうとも、この侵攻を食い止めることから降りるわけにはいかなかった。
何故ならば、
「来ました!」
ヒミカに変化したレンリが叫び上げる。
彼女たちは傍目に見ていた。そして、ある者は知っていた。
古妙たち三人が、手を尽くそうとしているところを。
あらゆる人間が抗えなかった凶華を、打倒せんとしているところを。
苦難を切り開かんとする彼女らにかつての自分を重ねるように、英雄の行く末たるメガミたちは、戦いの渦中でその時を待ち侘びていたのである。
無論、失敗はいくらでも脳裏をよぎるだろう。数多の歴史が、絶対はないと証明している。
けれど、車は希望を乗せて、荒れ果てた街道をひた走る。
運命を切り拓くために。
「道を作りますッ!」
応えたのは、ユリナだった。
地上から追走していた彼女は、叩きつけられた蔦に飛び乗った。そこから蠢く蔦に次々と飛び移って、最後に強烈な跳躍で空を背に抱く。
眼下に広がるは、今まさに編まれようとしている幾本もの巨大な槍。
それらめがけ、神速にて天より落ちるユリナが刃と化す。
「つき、かげ……おとぉぉぉぉぉし!!」
着地から一拍遅れ、彼女の頭上で数多の蔦が断面を曝す。その豪快な斬撃は、刃渡りよりも太い蔦であろうと音もなく断ち切り、崩れ行くところでようやく崖崩れのような轟音を立て始める。
突如重みを失った徒寄花が前に傾ぎ、進行がほんの僅かに緩まる。
それが、合図となった。
「よっしゃ、待っとったで!」
徒寄花の進行方向より右方、街道を見渡す小高い丘の上に、狙撃手たちは構える。
アキナが算盤を弾く傍ら、ミソラの長弓が限界まで引き絞られる。全霊を込めた一矢が、太陽の如く輝きを放つ。
「パチパチパチーって、計算完了! こいつでいてこましたってや!」
「まったく、君はいつも――ん? これが初めてか……?」
「ええからはよ!」
「言われなくとも! 僕の矢が、千里の果てまで貫こう!」
蒼天の矢が、瞬く間に平原を駆け抜けた。
それは、樹も、草も、風も、彼方に聳える岩肌をも無視して、怪物の前方下半身だけを捉える。軌道上の標的だけを削り取り、膨大な体重を支えていた脚の二本が、付け根から千切れ落ちた。
後方に構えていた槍のみならず脚まで失い、均衡を保とうとしていた怪物が今度こそ耐えきれずに前に倒れ始める。
動きが、止まった。すぐさま脚を修復しようとしているが、大きな間隙であった。
土煙舞う中、伏した怪物めがけ車輪が唸る。
「ひえぇぇぇぇぇ! ど、どこまで行けばいいんだあぁぁぁ!?」
「胴体まで! 蔦は切り離されたらヤバいっしょ!」
散乱する蔦の残骸や今なおばら撒かれる種の真っ只中を、銭金の半ば自棄な操縦で突っ切っていく。
後部座席では、刃の本質を構える古妙。その隣では千冬が、古妙に持ってもらった数字塗れの紙片を片目に、猛烈な勢いで計算機の小さな操作盤を叩き続けている。本来想定されていない使われ方のためなのか、計算機が繋がる機関が甲高い悲鳴と桜の光を零している。
決意と希望を抱く者たちが、命を賭して走り続ける。
その覚悟に応えるべく、メガミたちはさらに道を繋いでいく。
「侏儒の杖よ!」
メグミが杖を振るうと、怪物の周囲の地面から大量の蔦が顔を出す。意趣返しとばかりに巨体に巻き付き、深緑の戒めが体勢を立て直す余裕を与えない。
抗うように生み出される骸晶の蔦は、巨神の一瞥が咎めていく。
『Gamma-Ray!!!』
残った兵装からヴィーナが光線を吐き出し、体表で蠢いていた蔦の萌芽が照射された端から再び眠りにつく。
そして、既に伸びて凶悪な得物と化している蔦の動きも、緩慢になっていく。
赤い霧が、怪物を包む。
「吸わないでくださいねぇ!」
巨体に駆け上ったチカゲが、ありったけの毒を振りまく。口も鼻も見当たらないながら、毒が作用していることが、この鉱物の山じみた徒寄花もまた生き物なのだと告げている。
七柱のメガミが舗装した道を、三人の英雄がまさに踏破し、首魁に迫らんとする。
だが、
「お、おい、蔦が……!」
車の行く手を阻むように、一本の太い蔦が怪物の手前で道に横たわった。動きが鈍くなったなりに、今最も効果的な倒れ方を徒寄花が選んだのだ。
迂回するにもかなりの遠回りな上、いつ暴れだすか分からない。察知したユリナが走り出しているものの、今の車速では蔦にぶつかる方が早い。さりとて道が開けるのを止まって待つには、降り注ぐ全てが危険すぎる。
絶妙な判断を強いられた銭金が、加速用の操作桿から足を浮かそうとした。
けれど、響いた少女の声が前を求める。
レンリ扮するハガネだ。
「そのまま走って!」
「っ……! 知らねえぞもう!」
壁のような蔦に向かってさらに踏み込んだ直後、彼らの進路上で地面が隆起する。蔦を飛び越えてそのまま怪物に激突してしまいそうな、即席の崖である。
腹をくくった銭金が真っ直ぐ崖に車体を乗せ、そして一切の減速なく宙へ飛び出した。
その瞬間、空からレンリが助手席めがけて飛び降りてくる。説明する暇もなく、レンリの身体が輝く衣が纏っていく。
彼女が成す姿は、かつての主神。
戦国の時代、彼女が幾度の交流を経て、心の片鱗を通わせたメガミ――ヲウカ。
「身に余る大役ですが、これもまた!」
巨大な桜色の翅が、変化した彼女の背に広がった。
食いしばりながら車体を掴み、空を舞う車の向きをさらに上へ。正面から追突する軌道から、倒れた徒寄花の背中に向かう軌道に乗せて、車体の姿勢を安定させる。
放物線の頂点を迎えた一行の眼下に、骸晶の海原が広がる。
刃突き立てるべきその背を見据え、古妙が立ち上がった。
「電子神渉、起動全開っ!」
彼女の周囲に、蟹河で見せた青い光が無数に展開される。おびただしい量の文字や数字が乱舞しており、あまりの密度に陽光の中ではもはや砕けた波模様にしか見えない。
そして、古妙の眼前に現れた一本の巻物の幻影。
手のひらには到底収まらない、一抱え以上もある、巨大な巻物。解かれた巻紐が千冬の手元の計算機にくくりつけられ、何かを吸い上げるように青い光が紙面へ伝っていく。
レンリが目を見張る中、古妙の背後に結実した像は、過日よりも鮮明だった。
巻物の元の主であると主張するかのように、現れた青き人の形。
メガミ・オボロ。
風に靡かぬ一つ括りの髪が、これが実像ではないと告げている。
だが、たとえ幽居していようとも、たとえ帰らぬ存在となっていようとも。
その意思を、力を、藤峰古妙という一人の少女が確実に受け継いだのだと、彼女の眼差しが雄弁に物語っていた。
「てやぁぁぁぁぁぁぁ!」
古妙が、未だ宙に舞う車から飛び降りた。
一端を車内に残した巻物が、古妙の落下に連動して中身を広げていく。まるで空から伸びた架け橋のようで、オボロの幻影と共に最後の道を刻んでいく。
古妙を阻止しようとした蔦が、空色の矢に貫かれる。
体重と勢いを全て乗せて、不可視の刃を下へと押し付ける。オボロの手振りで全ての紙面を曝け出した巻物の端が、その切っ先の下へと潜り込む。
刃が巻物を貫き、青い光が至極簡素な飾り気のない刀身を露わにする。
そして、本質の刃が巻物ごと怪物を突き刺した。
巨体が、跳ねる。
「くぅっ……!」
突き刺さった刃を支えに、古妙が傾いた怪物の背にしがみつく。一応忍の身なれど、岩肌と呼んで差し支えない体表に着地したせいで、彼女の四肢からは血が流れていた。
だが、楔は確かに打ち込まれた。
「今っ! 朧文書――逆方程式ッ!」
全身から、紺碧の輝きが迸る。巻物を伝う光も強さを増し、徒寄花の背で蒼天が生まれた。
古妙は、自由した左手を文字の流れる光板に素早く這わせていく。一つ操作するたびに光が鼓動し、本質の刃へと注がれていく。
身を捩る徒寄花に何重にも深緑の蔦が巻き直され、巨神が花咲く頭部を押さえつける。
レンリが限界を迎え、辛うじて水平を取り戻した怪物の背に車が落ちる。何度も跳ね、車輪が吹き飛ぼうとも、千冬は計算機から離れなかった。
銭金が、悲壮な顔つきで叫ぶ。
「まずい、櫻力が持たねえぞ!」
だが、彼の心配を跳ね除けるが如く、輝きが最高潮に達する。
古妙が、興奮を笑みに乗せた。
気迫を込めて、最後の一指が振り下ろされる。
オボロと共に。
「大丈夫……これで、解ありだよ!」
青き光が、桜の輝きへと一気に転ずる。
本質の刃に注がれていた力と式が、溢れんばかりの桜色の光となって、堰を切ったように徒寄花の体内へと流れ込んでいく。
骸晶の不気味な七色が、桜に塗り潰されていく。
怪物の身体に、手足に、蔦の先まで、血潮の如く駆け巡る。
そして巨大な黄緑色の花に、罅が入るように桜の輝きが走った瞬間だ。
ぴしり、と。
巨体の全身から、石が割れる音が立て続けに響く。
支えられなくなった蔦が根本から切り離され、地面に落ちた衝撃でさらに割れる。
もはや、徒寄花に動きはなかった。
「成功、した……? ってうわぁっ!?」
崩壊が連鎖する。背に乗り移っていた者たちが、慌てて避難していく。
見上げんばかりだった巨体が、桜の光で蒸発していくように分解されていく。
周囲に撒き散らされた種も、そこから芽生えた蔦さえも、皆等しく終わりの時を迎え、桜の交じる黄緑の輝きとなって消えていく。
この地に顕現した脅威が、滅んでいく。
人の手によって、退けられていく。
絶望の芽が積まれたその光景に、偉業を為した人間たちに次第に歓喜が浮かび上がる。
それを見て、ユリナは小さく呟いた。
「これって……」
…………
………………
…………これはきっと、望ましい結末だ。
昔日の懐疑も、過ごした日々も
真理の片鱗と、皮肉な帰結も、
そして、それでも絶えなかった囁きと
お主らへの想いも――
残滓には、望外であろうよ。
しかし、未だ半分だ。
胸元で握りしめていた手が、ようやく少し緩んだ。
鏡の向こうで徒寄花の巨躯が崩れ落ちるその光景を前に、ヤツハは息を吐いた。
メガミたちの笑顔、古妙たち三人の達成感に満ちた顔。そして何より、彼方の枝の向かう先で、暗雲が微かに晴れていくように見える。
これは、ある意味初めての勝利だった。
もちろん空を覆い尽くす暗雲その全てが消え失せるには到底至らないし、周囲に蔓延る骸晶の蔦は未だ健在だ。
けれど、歴史が一つの救いに至ったことだけは間違いないだろう。
もしもユリナたちが赴いていなければ、きっと枝は枯れていたはずなのだから。
――カナヱさん……!
――あぁ。一つの決着だね。
湧き上がる笑みに、カナヱもまた微笑んでくれる。これほど遠い歴史を渡らせた大業の結実よりも、ヤツハには、皆が徒寄花という滅びに負けなかったことがただただ嬉しかった。
――本当にどうなることかと思いました……。古妙さんの技? もぶっつけ本番だったはずですし……。
――だけど、初めて道を歩むからこそ英雄でもあるわけさ。
――なるほど……。直接お祝いを言えないのが残念で――
だが、カナヱに向けた言葉は、異音に遮られた。
――邪魔、退いて。
カナヱの脇腹が、砕けた。
背中から前に何かが貫通し、小さな賽の目状にバラバラになった顕現体が、木の葉のように吹き流される。
――え……。
その声は、果たしてヤツハのものか、カナヱのものか。
予期せぬ現象にカナヱが体勢を崩したと思ったのも束の間、抉るだけでは満足しなかった衝撃が、カナヱの全身を弾き飛ばす。受け身すらろくに取れずに太い枝に激突し、小揺るぎもしない枝に背中から打ち付けられ、ずるずると力なくずり落ちていく。
この可能性の大樹という空間は、通常とは別の感覚で成り立っている。だから、カナヱの傷は脚についているかもしれないし、叩きつけられたのは違う方向かもしれない。慣れてきたとはいえ、まだヤツハは自分の認識に十分な自信が持ててはいなかった。
けれど、カナヱが負傷したという事実そのものは変わらない。
儚く、それでいて敵意に満ちた声が聞こえたことも。
引き締まった表情で、ヤツハは辺りを探る。
向き合う覚悟そのままに、彼女は、見た。
そこには、少女がいた。
――あなたが……。
長く真っ直ぐな髪を垂らす、見た目にはヤツハより少し下――ユリナあたりの年嵩。装いの各所に散らされた気味の悪い虹色が、彼方で打倒されたばかりの怪物を思わせる。
その眼差しは冷たい。しかしそれは冷淡などではなく硬いと表現すべきもので、永い時の中で固まってしまった敵意の現れだった。それでいて標的が目の前にいるのに、目を忙しなく動かす、文字通りの生きた化石じみた瞳である。
彼女の周囲には、光を透かす大ぶりの結晶が三つ。
そしてその手には、骸晶の蔦で織られた、黄緑の輝きを刃に宿す槍が握られていた。
少女は、倒れたカナヱを眺めながら問うた。
――あなた……ヤツハ?
今まで、ヤツハに語りかけてきた声だった。
なのに少女は、ヤツハを今初めてきちんと認識したかのようで、その態度はいっそ、ヤツハという個をろくに見ていないかのようですらあった。
――はい。
それでも、ヤツハは応える。
はっきりと、少女を見て。しっかりと、少女の姿形を心に焼き付けて。
今度は、自分たちの番なのだと。
対して少女は、儚げに己の胸に手を当てた。
脆く手折られゆく運命にある花のように。
忌むべき毒を抱えた花の如く、滲む悪意を隠さずに。
――あなたたちが気に入らない。それだけは、はっきり分かったわ。
ぎょろりとその瞳だけが動き、見下ろすようにヤツハを捉えた。
だから、と少女は宣言する。
憎悪を噛み締めながら。
――あたしは戦う。■■のために……!
]]>
以下のカードについてはシーズン8−2の更新内容から変更がありません。説明はシーズン8→8−2の記事を参照してください。これらについては後日にも追記を行いません。
裏斬り
虚魚
暗器
らすとりさーち
Steam Cannon
風雷撃
残響装置:枢式
たまゆらふみ
散華刃
理
魚吊り
以降、変更があるメガミごとに記載します。上述の通り変更の理由は後日に丁寧に説明しますので、申し訳ございませんがお時間を頂ければ幸いです。
(2023/12/22追記)
こんにちは、BakaFireです。レガシー風ストーリーモード『神座桜縁起 完結篇』の物語も全て書き終え、今は発売に向けた更新作業を進めております。その中の一環としてこちらの記事にも追記を行い、シーズン9の更新内容を説明します。
以下にて、各メガミごとの意図を説明します。それ以外のメガミについてはシーズン8→8−2の記事を参照してください。
ユキヒ
「しこみび/ねこだまし」の更新を取りやめ、「はらりゆき」が更新されます。
(2023/12/22追記)
結論として、私はユキヒについて過ちを犯していました。シーズン8→8−2ではAユキヒに問題がないからこそ「はらりゆき」の更新は適正だったと評価しましたが、そもそもオリジン版と比較して環境で使われづらいだけであり、Aユキヒも普通に問題でした。
ゆえに「はらりゆき」の更新そのものが問題を含んでいたと評価を改め、下方修正を施します。一方で集中力を得る効果そのものは魅力的だと考えています。「しこみび/ねこだまし」を含めたリソース供給によりユキヒにリソースで戦う中距離戦略という、他のメガミにはない戦い方を提供しています。これは体験の幅を広げる面で効果的です。
問題視したのは間合3で使用し、そのまま《前進》で戻る立ち回りと、それに伴う「ゆらりび」などの傘を開いた戦略との過剰な噛み合わせやすさです。開閉を切り替え、ある程度噛み合わせられてこそユキヒですが、現状ではやりすぎています。
そこで間合3を除き「ゆらりび」との相互作用を弱め、眼前構築での判断を難しくします。これには「ゆらりび」以外の強みを持つAユキヒの立場を改善する意図も幾ばくか含まれています。さらに間合6も除き、中距離での「しこみび」との相互作用を少しやりにくくするとともに、対応で対処する余地を広げます。
これらの更新を経れば間合5近辺に居座る立ち回りの難度も上がるため「しこみび/ねこだまし」の更新は不要となると考えております。
Aシンラ
「使徒」の更新内容が変更されます。
(2023/12/22追記)
「使徒」の展開時効果はジレンマと安定性の共存を期待通りに果たしていました。しかし神算、鬼謀それぞれの効果はAシンラの楽しい形で強化できていなかったと評価し、更新を改めます。
元来の「全知教典」は間合2での鬼謀での効果に強みがあり、その圧力でゲームを機能させていました。しかしシーズン8−2の更新案では間合2の攻撃を生成できるのが神算となったうえに、ダメージや効果がさほど強力でなかったため、相手は間合2に移動するだけでよくなってしまっていました。加えて言うと間合3などで鬼謀の「全知教典」は充分に痛烈なので相手は間合2への推進されてもいます。総じて、相手は考える必要がありませんし、「全知教典」の機能も損なわれています。
そこで双方の適正距離を戻します。これによりAシンラに対峙する相手にジレンマを与えられ、双方の意思決定が面白くなると期待します。
さらに神算による手札破壊効果を間合2で使えるのは相応に危険だったため、神算効果はやや弱めに設計せざるを得ませんでした。こちらの適正距離から2が除かれたため、改めてダメージや効果を強化しております。
失敗の原因は神算効果まで含めてAシンラを強化するよう更新を試みたためです。シーズン9では方針を切り替え、元来有力だった鬼謀での効果を軸に据える形式を目指しております。
Aレンリ
「神授」のカード番号が変更されます。結果として入れ替え先が「魚吊り」となります。更新パックには封入されず、封入されているカードが直接変更されています。
(2023/12/22追記)
Aレンリはシーズン8-2で大いに活躍しました。活躍の度合いは想定した範囲内ではありますが、その中でほぼ上限と呼べる塩梅でした。特に「最初の桜鈴」がもたらすリソースの供給量は許容できる臨界点の近傍にあります。そこにステップ対応の守りとリソース回収を併せ持つ「魚吊り」が加わると、相手によっては攻撃による打開もリソースの駆け引きもほぼ不可能になり、一部のメガミは勝ち筋を失ってしまいます。
そこで出版する時点で「魚吊り」を除き、防御力とリソース回収能力を引き下げておいたほうが、より幅広いメガミが活躍できる環境となると判断し、この変更を行います。
またAレンリが想定範囲でほぼ上限の強さであったため、オリジン版のレンリの上位互換に近い立ち位置ともなってしまっていました。この問題を緩和し、差別化を与える意図もあります。
アキナ
「直接金融」「源上安岐那の御明算」の下方修正がある程度緩和されます。これらのカードが下方修正されることは変わりません。
(2023/12/22追記)
アキナは結果として(一部の相互作用を活用する構築を除いて)戦略が機能しなくなり、それを楽しむ機会が失われてしまったと評価しています。
多くは素朴なリソースに関する動機ですが、「源上安岐那の御明算」については丁寧に説明します。
第一の理由は後手第2ターンや先手第3ターンにおける対中距離のリスクです。間合6への自分からの移動を強いられてしまうため、相手に最大効率での攻撃を容易く実現させてしまっていました。
第二の理由は先手第2ターンに使う際の手札と集中力の効率です。「源上安岐那の御明算」の使用済効果による利得は1ターンでも早く受け取りたいところなのですが、それを実現する際に間合6だと非効率的な手札の使い方をする事例が増えてしまいます。もちろん、シーズン8での効果であれば間合6を求められようがそういう問題ではないのですが、シーズン8−2での弱体化を受けた現状では見合っていない努力となってしまっていると評価します。
シスイ
「黒き絆」はそのまま更新されます。
「ハドマギリ」の更新を取りやめ、「金屑纏い」と「ウバラザキ」が更新されます。
(2023/12/22追記)
「黒き絆」については追加の説明はありません。シーズン8→8−2の記事を参照してください。
シスイの下方修正は不足していました。シーズン8−2の彼女が許容範囲を逸脱していたのは間違いありません。しかし逸脱の度合いは繊細であり、明白に壊れている水準のカードもありません。出る杭を無策に叩くと楽しさをまとめて失わせてしまうとも評価していました。
ゆえに更新にはメガミ全体の哲学を見据える形での目標設計が必要です。結論として、私は彼女を近距離ビートダウンのメガミとしての枠内に正しく収めることを目指しました。具体的には以下の通りです。
1.山札1巡目の攻撃力低下
中距離ビートダウンは間合4から6のいずれかで高い攻撃力を発揮できるため、山札1巡目のせめぎ合いで優位にあります。対する近距離ビートダウンは代わりに間合2での立ち回りがやり易く、リソースや手札管理の安定性に強みを持ちます。
しかしシスイは2ターン目に「金屑纏い」を使用し、3ターン目に間合4で「反乱撃」や「ウバラザキ」に繋ぐ立ち回りで近距離ビートダウンらしからぬ攻撃力を発揮できていました。
「金屑纏い」に間合制限が付けば2ターン目の使用には相手の協力が必要となり、「ウバラザキ」から間合4が失われた点も含めて山札1巡目の攻撃力は緩和されます。
2.オーラを無視した攻撃の緩和
標準的なビートダウンは相手のオーラを攻撃で削り、その上で攻撃を通さなければなりません。即ち攻撃の受け方という面で相手依存であり、そこに難しさがあります。
しかし「金屑纏い」は相手のオーラに裂傷トークンを無条件で置けるため、その原則を無視していました。それだけで無条件に問題というわけではありませんが、シスイの高い攻撃力も相まって問題のある水準に至っていたと評価しております。
ゆえに「金屑纏い」による相手側への裂傷は相手が選べるようにします。
3.前進の義務付け
近距離ビートダウンは近距離での攻撃にこそ強みを持つため、原則的に《前進》が強いられます。
しかしシスイは時には「金屑纏い」や「徹底抗戦」を活用しながら中遠距離で待ち構える立ち回りも可能でした。これは近距離ビートダウンとしての攻撃力と併せ持ってよい強みではないと判断します。
ゆえに「金屑纏い」に間合制限を付け、中遠距離での立ち回りの幅を狭めます。
4.対応への一定の脆弱性
ビートダウンは攻撃カードに依存する以上、対応カードへの脆弱性を相応に持ちます。仮にそれを無視するのであれば別の欠点を併せ持つべきです。
しかしシスイに目立った欠点はなく、その割には対応への耐性が高すぎました。「反乱撃」が対応で使える点や、「反乱撃」「ウバラザキ」の間合の広さなどが原因と言えるでしょう。
そこで「ウバラザキ」の間合を単一にしてステップ対応への顕著な脆弱性を与えます。一方で「ウバラザキ」は再起する切札であるため、メガミ全体としてステップ対応に弱すぎるという結果にも陥らず、よい折衷に落ち着くと期待しています。
補足:ハドマギリについて
「金屑纏い」「ウバラザキ」がともに相手のオーラへと裂傷トークンを置きづらくなる方向で下方修正されたため、ライフへと「ハドマギリ」を通す立ち回りは相応に難しくなるだろうと私は予測しています。それゆえに「ハドマギリ」は戻しても問題ないと判断しました。
今回のカード更新に関する記事はここまでです。お読みいただきありがとうございました。新たなるシーズンをお楽しみいただければ嬉しい限りです。
]]>
本日はイベント関連の記事として、先日に今後のイベント計画でお話しした内容を踏まえた募集を開始すべく筆を執らせて頂きました。
YS秋葉原感謝祭でシーズン9の幕を開こう
今後のイベント計画でもお話しした通り、本作の発売から7年以上にわたってお世話になってきたイエローサブマリン秋葉原RPGショップ様がビルの改装のために移転しました。そして移転先では店舗の大きさゆえに、これまでと同様のイベントの開催は難しい状況となってしまいました。
ですがそれならば、これまでの感謝を込めて盛大な祭を開きたいではないですか。そこでイエローサブマリン秋葉原ショップ様のご厚意で店舗撤去後のスペースをお借りし、12月に2回にわたって32人規模のイベントが開催できることになりました。
1つ目は「交流祭:YS秋葉原感謝祭」であり、12月16日に開催されます。こちらは既に募集が始まっており、参加者のみならずお越しいただいたリザーバー全員に向けた参加賞としてホワイトキラカード「大爆砕デカメロン」を用意しております。詳細は以前の記事にございますので、ご覧の上で参加を検討いただければ幸いです。
そして本日の本題は2つ目です。「大公式大会:YS秋葉原感謝祭」はシーズン9最初の公式イベントかつ中規模かつ豪華な大会として12月24日に開催されます。それでは、イベントの内容をお伝えしましょう。
オフライン完全祭、2023秋ノ陣
2023年12月24日(日):完全戦/三拾一捨
定員:32名:先着制
形式:スイスドロー5回戦
会場:イエローサブマリン 秋葉原RPGショップ跡地
シーズン:9
タイムテーブル:
11:00-12:00:開場、選手受付
12:00-13:00:1回戦
13:00-14:00:2回戦
14:00-15:00:3回戦
15:00-16:00:4回戦
16:00-17:00:5回戦
※ 普段の交流祭などより試合開始が1時間早いですのでご注意ください。
三拾一捨3分間、眼前構築5分間、桜花決闘40分で進行します。
賞品
YS秋葉原最後の英雄を決める祭らしく、その証として普段より豪華な賞品をお贈りいたします。
決勝進出者2名に以下が贈呈されます。
※ 2023年1月時点でイベントの参加賞、賞品となったものと、アルティメットストレージに付属したタロットに限られます。具体的にはユリナ、ヒミカ、トコヨ、オボロ、ユキヒ、サイネ、ハガネ、チカゲ、クルル、サリヤ、ライラ、ウツロ、ホノカから1枚を選んでいただきます。但し、申し訳ないながら在庫切れのためシンラは候補から外させていただきます。
優勝者1名には加えて以下が贈呈されます。
※ 英雄の証は原初札のフルアート版キラカードです。このカードは代用タグを持ち、通常のゲームでは「ミオビキ航路」とみなして使用できます。
参加方法
参加する方法はこれまでの公式イベントと同様にこちらのページから参加申請を行ってください。受付は本日ではなく、11月14日(月)の20時から開始します。事前の予告を手厚くすることで先着制の不平等性を可能な範囲で緩和する目的となります。
(2023/11/14追記)予定通りこちらのページより受付を開始しております。皆様のご参加を心よりお待ちしております。
本日はここまでとなります。来週以降の新製品に向けた告知をご期待いただければ嬉しい限りです。
]]>
2023年11月禁止カード
なし
こんにちは、BakaFireです。現在の状況について多くを語る必要はないでしょう。実に慌ただしい状況です。当然ながら遠くないうちに新たな拡張について告知を行っていく見込みですので、もう少しお待ちいただけるとありがたい限りです。
禁止改定につきまして
現状の見解は昨月から変わっておらず、禁止カードを追加する理由はありません。特に今はシーズン8−2における競技的な試みの途中であり、その最中で環境が変化する事態は避けるべきでしょう。
以上となります。次の禁止改定は例外的な日程として、次の拡張の発売とシーズンの切り替えと同時に行う見込みです。ゆえに12月の前半には禁止改定はありません。
]]>
人々は、恐れ慄くことしかできなかった。
数多の骸晶で編まれた怪物が蠢く。地の底より生まれたばかりのその身体は、身動ぎ一つするたびにぱきぱきと音を立てる。それが巨体の方々で鳴り響くものだから、まるで砕けた硝子の上を行進されているかのように耳障りだった。
怪物の全容は、誰も知らない。けれど、出来損ないの手を赤子のように彷徨わせる様が、発展途上であることは明らかだった。
だから、怪物が身体を支える手がかりとして、禿げた白金滝桜に寄りかかったことに、特別な悪意はないであろうことも想像がついた。
結果として、桜が幹の半ばから折れたとしても。
「な……」
絶句する人間たちの前で、メガミ二柱だけが決意を固くする。
不朽の光華を散らす者・徒寄花。この怪物こそがその権化であると示すように、起き上がるのに失敗した怪物を、咲いた徒神たちが守るように陣を組む。
地面からは、怪物を育むべく数多の蔦が這い上がっていく。
「きっと、自分で種を広げるつもりなんだ。今のうちに止めないと……!」
告げるメグミに頷いたユリナは、背後で腰を抜かす人々へ叫んだ。
「全員逃げてください! わたしたちでなんとかします!」
「な、なんとかって――」
「いいから早くッ!」
反論を掻き消す威圧感が、所員たちを追い立てた。彼らは口々に悲鳴を上げ、あるいは茫然としながら、この炉室だった場所から逃げていく。有事に慣れていないのか、忍の多くも避難誘導すら満足にできていないあたり、やはりメガミ以外の戦力は無と言って過言ではない。
徒神たちは逃げ惑う人間たちには一切興味がないようで、むしろ居残ったユリナとメグミに冷えた視線が降り注ぐ。
単純な数で考えても明白に不利。
けれど、メグミが地面に打ち付けた唐竿は、戦意強かに光を纏い始める。
「勇者の杖よ……魔女の杖よ……」
黄金と紫紺の輝きに包まれ、呪いの杖が如く変容する得物に、絡みついた新緑の蔦が光の結実たる二色の花を咲かせる。
光は地へ広がり、メグミの背後へと駆け抜け、瞬く間に芽吹くは神威の花園。人を容易く呑み込んでしまうほどの大輪の花の数々が、弓兵隊のように敵を睨みつける。
それは、古都での決戦で目覚め、御しきれなかった力。
しかし平行する枝において、数奇にも再び古都にて決戦に臨むメグミは、今やその力を完成させていた。
やがて訪れる真の決戦を信じ、全てを注ぎ込んできたのだから。
「七指の燭台よ、神の恩寵よッ!」
唱えた瞬間、彼女の杖の花から光弾が放たれる。
刹那、腹の底を叩くような音が圧となって響く。
メグミの攻撃を号令として、花々が怪物めがけ一斉に火を噴いた証だった。
ギリギリギリ、と不快な金属音が、蠢く怪物から奏でられる。
金屑がうず高く積み上がったような巨体は、未だ大地に根を残しているのか、避けようがない弾幕にただ悶え苦しんでいた。果たして痛みを本当に感じているか不明だが、削り取られていく身体をよしとしていないことだけは確かだ。
守り手であろう徒神たちも、嵐のような攻撃を回避するわけにもいかず、その身を賭して受け止めるなり逸らすなり、いきなり釘付けにされている。
見た目には草木なれど、メグミの植物たちは大山をも砕く勢いだ。このまま全てを薙ぎ払ったとて不思議ではない攻勢である。
しかし、いつ止むとも知れぬ攻め手に敵が甘んじるはずもない。
背後へ射撃を通すのを承知で、凍えた桜の花のような容姿のトコヨが宙を行く。
ゆらり、ひらり、と黄緑の花を纏いながら、彼女の姿が怪物の前から右方へ逸れていく。
そして、怪物を狙っていたはずの弾幕の一部が、トコヨを追った。
「な、なんで!? あのデカいのを倒さないと!」
動揺するメグミの叫びも虚しく、右翼に広がった植物たちのほとんどが、トコヨに釘付けになる。如何にトコヨが体術でいなそうとも、一人で捌くには厳しい量だが、時間稼ぎだと捉えればこれほど覿面な対処はない。
メグミの植物は、大半が彼女の命を受けた上で行動する半自律型の駒である。メグミからの供給が続く限り勝手に攻撃し続けるが、絡繰ではなく一つ一つが立派な命である以上、人と同じように危機を覚える存在だ。
放っておくと大変なことになるのではないか――戦場を舞うトコヨが励起させた恐怖は、否応なしに矛先を向けさせられる。
メグミは自らの得物も下手人へ向けようとして、唇を噛んで思い直した。事前に情報が共有されていても抗いがたい恐れを前にして、砲撃部隊の一翼が持っていかれただけで済んでいるだけ幸運だろう。
けれど、弾幕の偏りは攻撃面に穴が空いたことを意味する。
蒼炎を棚引かせ、炎神の成れ果てがメグミへの接近を為す。
「あっ――」
「させ、ませんッ!」
振り下ろされたヒミカの炎拳を、ユリナの刀身が受け止めた。真っ向から切り裂く構えを見せていたが、既でずらされた軌道に合わせて刀の腹を盾とした形だ。
上空から加速を得て放たれた打撃に、刹那、ユリナは無理に抗うことなく刃を下げる。メグミに辛うじて直撃しないように逸し、二柱の間にヒミカが墜落してくる形となる。
「おぉッ!」
気勢を吐き、身体を回転させての斬撃を放つ。
ヒミカはそれに思いっきり床に身体を押し付けることで、脚があった位置を刃が素通りしていく。手と床の間から、反発のための火花が散る。
しかし、ユリナを蹴り上げるはずだったその身体は、地面に縫い留められた。
空振りで前に傾いだユリナが、それを強烈な踏み込みとしてヒミカの右手を戒めた。
「っ……!」
微かに苦悶の吐息を漏らすヒミカの胴へ、ユリナの返す刀が直撃する。
たまらず手のひらを爆発させてユリナから逃れようとするも、読んでいたかのようにユリナは自ら足を離す。爆炎が彼女たちを包み込む中、自由になったヒミカの右腕が余った威力で暴れ、天地逆さのままかえって体勢を崩すはめになる。
隙を見逃さず、振り落とされる斬華一閃。炎で加速された足が鍔を蹴りつけ、一撃、二撃と阻止されるが、続く斬撃の手前に配された桜花結晶が、抵抗を許さない。
「はぁぁッ!」
瞬きする間もない交錯の間に、二度の痛撃。一対一の接近戦に持ち込めば、ユリナに勝てる者などまず存在しない。
だが、メグミの弾幕を誘導されて生まれた余裕は、ヒミカだけのものではない。
焦熱に囚われた思考を冷やすように、戦場を痛烈なる冷気が駆け巡る。
徒神と化したコルヌの力が、瓦礫の海を――そしてメグミの聖域を凍りつかせていく。
「み、みんな、頑張って!」
爆炎から退避していたメグミが、歯噛みしながらさらに力を解き放つ。放たれる攻撃の間隔は広がり、背の低い草花は萎れることも許されずに氷漬けとなっていた。
着実に攻め手を削がれるメグミが、杖の狙いを苦しげにコルヌへと向け直す。
しかし、もう一つ天から落ちてきた異貌が、彼女に回避を選ばせる。
山吹の衣は今や凍み、氷に閉ざされた大地の色を纏う、徒神・ハガネ。
彼女の破壊力を象徴する大槌であったものは文字通り先鋭化し、歪な太い釘のように鋭利な打面が光る。
がむしゃらに振り下ろされたそれが、凍てつき脆くなった大地を硝子のように打ち砕いた。
「うわっ!?」
衝撃が大地を揺らし、粉砕された建材が散弾となって撒き散らされる。無差別な攻撃は辛うじて無事だった機材や配管を尽く破壊し、漏れた櫻力が血のように桜の光となって垂れ流されていく。
間近で食らったメグミが防御を固めざるを得ない一方、容赦のない礫はユリナと、さらにはヒミカにまで迫る。
これ以上巻き込まれては堪らないとばかりに、ヒミカはユリナとの肉薄を放棄して、後方の空へと逃れるべく足元に発火の兆しを見せた。
無論、それを見逃すユリナではない。
「吹き荒れよッ!」
ユリナから発された気が、飛び上がった瞬間のヒミカを捉える。下半身を直撃するように絞られた気風は、離陸前後という繊細な姿勢を乱し、ヒミカの推力をユリナ側へと強制的に向けさせた。
慌てて手からの爆風も使って姿勢を取り戻そうとするヒミカに、ユリナが飛びかかる。
真っ向から突き出された切っ先が、額からヒミカを貫いた。
「ぁ、が――」
噴炎が、息切れする。全身から、力が抜けていく。
最後に一度だけ炎が膨れ上がり、けれど破壊は生み出せず、ヒミカの権限体は黄緑色の輝きとなって解けていく。
「一人、討ちまし――」
歓喜の欠片もなく、ただの報告として叫び上げるユリナだが、言葉尻が消えゆく。
次の標的に踏み出そうとした足が、沈む。
ハガネの破砕によって撒き散らされた瓦礫が邪魔をしているだけではない。石や鉄板によって築かれていたはずの床が、まるで砂漠にでもなったかのようにきらきらとした砂状に変貌しているのであった。
破砕された地面を中心に、じわじわと脆弱な大地は広がっている。
それは人の足が取られる以上に、戦況の要たる植物部隊への侵攻に他ならない。
「伸びやかに、強かにッ!」
育む力をメグミが一層注ぐ。凍気と大地の崩壊に負けないよう、被害の及んでいない深部までさらに強く根付かせる。それと支えとして、自身が立ち回る足場のために、細かい根を砂中にびっしり張り巡らせて周囲の地面を補強する。
迅速な対応が、継戦のための土壌を文字通り整える。しかし、蠢く怪物は徒神の犠牲になど目もくれずに地中から蔦を取り込み続けていて、手足もかなりはっきりとしてきている。じわじわとメグミの戦力が削られた結果、均衡が徒寄花側へと傾き始めていた。
だからか、メグミは冷や汗を流しながら、素早く周囲を窺った。砲撃のみに力を割くためには、無事な大地が望ましい。制御に気を取られたくないと、ダメ元でも探したのだろう。
だが、メグミが見つけたのは次の陣地などではなかった。
彼女の背後、人々を逃したはずのその方向に、人影がある。
やや大柄なその背中に、メグミは目を剥いた。
「銭金さん!?」
落ちてきたものだろうか、瓦礫に袖を挟まれた彼が、砕けゆく地面で踏ん張りも効かずに身動きが取れずにいた。
その周囲では、たくさんの書類が地中に呑まれようとしている。
一瞬の逡巡を経て、歯を食いしばったメグミが力を溜めるように屈んだ。
「今行くから!」
メグミの身体が、足元から急速に伸びた太いバネ状の蔓に弾き飛ばされる。
寸分違わず銭金の下へ急行したメグミは、手にした杖を思い切り地面に叩き込む。もちろんメグミごと沈んでしまうが、杖が持つ輝きが地中へ広がった直後、彼女と銭金の身体がそれ以上大地に呑まれることはなくなった。
急ぎ地面を安定化させたと見るや、抜き払った杖を一振り。軌跡から放たれた小さな風の刃が、銭金を捕らえていた瓦礫の端を削り飛ばす。
後は彼を無理にでもまだ安全な通路に放り込もうとしたのか、メグミの腕が彼の腕へと伸ばされる。
しかし、これは戦場の要が曝してはならない隙だった。
小柄にして大柄な影が、メグミを穿たんと迫った。
「く、あぁッ……!」
ハガネの歪なる鉄槌の切っ先を、輝く杖の柄が受け止めた。ずず、と補強した地面に広げた両足が沈み込み、必死の形相でメグミは耐える。咲いた二輪の花が、嵐のような風圧に弄ばれている。
ギリギリと、釘と木の杖の拮抗とは思えない金切り音が絶え間なく響く。
彼女には逸らすという選択肢はない。図らずも、背後の銭金を庇う形となっている。直撃はおろか、足場を崩されるだけでも彼の命に関わるだろう。通路まで彼が自力で逃げられる退路も、ない。
メグミの荒い呼吸と同調するように明滅する杖。彼女は両手で構えたその杖越しに、鉄槌を振り下ろすハガネを力強く見据えた。
徒神と化した大地の象徴に、表情は乏しい。燦々と降り注ぐ太陽のように眩しいあの笑顔など、面影すら見られない。
これが、メグミたちが幾度目の当たりにした徒寄花の傀儡の姿。
敵意すら、立場故と言わんばかりに棘がない。
けれど、メグミが知己の変わり果てた姿を悼むかと言えば、そうではなかった。
ハガネからは、ただの操り人形とは言い難い意思の片鱗が漏れ出ている。硝子球のような瞳に不気味さよりも違和感を覚えるような、本能的な衝動がこのハガネには確かにあった。
まるで何かを問いかけ、いっそ追及するかのように。
「は、ハガねぇ……?」
メグミが困惑を訴える。ハガネの眼差しはメグミを見ているようで見ておらず、その真意も答えることはない。
だが、ハガネが応える代わりに背後から声が上がる。
「ははっ、くそ……俺を殺そうっていうのか……?」
へたり込んだ銭金が、皮肉げに嗤う。
まるで刃を首元に突きつけられ、諦観に蝕まれるかのように。
力なく襲撃者を見上げる彼の姿に、メグミの顔に居た堪れない感情が滲む。
「銭金、さんっ……」
「俺が……俺たちが、お前らの遺志を蔑ろにした――だから間違ってる……そう言いてえのかよ」
悔しさを噛みしめるような言葉に、メグミは口をつぐんだ。
桜花炉による産業の発展を推し進めた銭金にとって、炉心となったメガミは、悪く言えば利用してきた相手に他ならない。ハガネ自身に……ましてや徒神となったハガネに、そのつもりがなくとも、だ。
果たして、炉は真に正しく活用されたのか。
本物の脅威が顕現した今、予言を都合よく解釈したと謗られれば、彼に返す言葉はない。
そんな銭金が吐いた悔悟とそこに燻らせた不服を介したように、ハガネの目が細められた。
大槌に乗せられた重みがいや増す。メグミの身体が、根をぶちぶちと千切ってさらに沈んでいく。
「が――うあぁッ!」
「ちくしょう……俺はただ、この産業の先をぉ……!」
銭金の拳の隙間から、砂と化した床の鉄板だったものが溢れ出す。涙を堪え、見上げる彼の瞳に映るのは迫り来る死だ。
メグミは、それでも――否、だからこそ諦めなかった。
余分な吐息一つで容易く崩れてしまうこの鍔迫り合いの中、彼女は叫んだ。
「そんなことないっ!」
ほんの一瞬だけ振り返った隙に押し込まれた大槌を、どうにか堪える。
メグミは、絞り出すように続ける。
「間違えたところも、あったと思う! でも、間違えるのなんて、当たり前だから!」
「ぁ……?」
「あたしだって、何度も、何度も、間違えた! 喧嘩だって、いっぱいした! でも、泥塗れでも、遺志とずれてたって……自分が目指す未来があるんなら!」
じりじりと、メグミが杖を押し上げる。張り直した根に支えられながら、拮抗状態へと押し戻していく。
その瞳で燃える意思は、潰えない。
口端さえ釣り上げて、メグミは言い放つ。
「全部が全部間違いだなんて、あるもんか! 開拓ってのは、そういうもんだあぁぁぁっ!」
解き放った気合が、一気に凶器を押し返す。
ハガネは崩されそうになった姿勢を立て直そうと苦慮し、もはや柄を支点に逆立ちのようにすらなって体重をかけている。
けれど、その眼差しを注ぐ先は、嘆くこの歴史の開拓者・銭金幣爾。
メグミが、その視線に割って入る。
今を切り拓く者たちの眼差しが、一本に撚り集まる。
人々を未来へ牽引する弛まぬ縄の如く。
綻んでしまわぬよう、強かに。
「そうでしょ、おっ父……ハガねぇッ……!」
その絶叫が、号令となった。
ドドドドッ、という地を揺るがす轟音の輪唱に、ハガネが振り返った瞬間、その小さな身体が宙を舞った。乱れ咲いた、植物の砲撃であった。
手を離れた歪な鉄槌がメグミと銭金の間に落ち、主は星屑のような黄緑色の輝きの尾を引いて、瓦礫の山へと打ち付けられる。狙いを絞り、十全な威力で放たれた斉射は、ハガネの顕現体を尽く喰らい尽くしていた。
身体が崩れ行く中、無感情な瞳がメグミたちを捉える。
そこに、敵に討たれた怨嗟はない。怒りも憤りもなく、徒神らしい冷え切った表情だった。
けれど、小さく口が動いたかと思えば、彼女は何を言うでもない。
ただ、少しだけ両の口角が上がった気がした。
「お前……」
呟く銭金は、立ち上がろうと手をついたところでふと気づく。ハガネの撃破に合わせるようにして、流砂のようだった大地が鳴動をやめている。
やがて五つ数える間もなく、ひと柱の徒神が光に消えると、彼は改めて跳ね起きた。
瞳に炎を宿し、彼は通路へと駆け出した。
「ここは任せた!」
「うん!」
その力強い背中を目で追うことなく、メグミが戦場へと向き直る。
聳え立つ怪物の威容は変わらず、背に相当する部分から腕とは違う部位が形成されている。まるでそれは、翼に見立てた奇怪な葉のようであった。
前線に駆け出した彼女は、唯一の友軍の姿に目を見張った。
コルヌの冷気から逃れるユリナ。
その手にあるのは刀ではなく、巻物だった。
砂と化す戦場は、ユリナの自由を著しく奪っていた。
敵なる徒神たちは空を舞う。もちろん、ヒミカを除けば機動力に富んだ者はいないものの、そのヒミカが近接戦で圧倒された光景を彼女たちは目撃している。距離を取られるのは必然であった。
「くっ……」
そもそも、相手の目的は時間稼ぎ。怪物が準備を終えるまでに守りきれれば十分であり、ユリナたちの撃破は手段の一つでしかない。その際たるものが、弾幕をその身に集めるトコヨである。
だがこのとき、ユリナは目にしていた。怪物の背に生まれた翼のような葉が、調子を確かめるように揺らめく様を。メグミの弾幕が密度を減らした今、その胎動はようやく自由になれるとでも言いたげであった。
巨体を切り刻んでいる時間はない。それどころか、着々と崩れ行く足場に肉薄すらままならない。
冷徹に見下ろしてくるコルヌを睨み返してから、ユリナは物言わぬ怪物を見上げた。
そこで、はたと気づく。
「そうだ……!」
歯噛みしていたのが一転、決意漲らせ、ユリナは手にしていた斬華一閃をコルヌめがけて投げつけた。
目にも止まらぬ速さの投擲は、しかし相手には躱されるものの、ユリナの強かな瞳は怪物に既に注がれている。
彼女が持つのは、武神としての刀だけではない。
問いかける者の心の形として、顕現させたるは一本の巻物。
疾く開いたユリナが、異なる権能を解放させて告げる。
破滅を運んできた、この怪物へと向けて。
「『あなたは……何がしたいのっ!』」
巻物から、さらには彼女の全身から、意思を込めた桜色の光が迸る。
かつての決戦では神座桜へ。そしてこの決戦では、徒寄花へと伝えんがために。
溢れかえった輝きが、夜天を駆ける星の川の如く、怪物めがけ殺到する。
その力の大なるは、徒神たちと言えど顔を強張らせた。
トコヨが、守りに動く。
「真意は、この胸に……」
台詞を伴い、挑発的に企む顔を浮かべる。どう考えたところで捨て駒程度の扱いしかされていないはずなのに、あらん限りに発された権能があらゆる敵意を吸い寄せる。
ユリナの心の奔流は、だからこそトコヨへと進路を変えた。あまりにも急場凌ぎの策だったためか、怪物の脇を少しばかり掠めたものの、植物の砲火を引き受けていたトコヨへと重ねて襲いかかった。
光に呑まれ、トコヨの表情が抜け落ちていく。茫然自失といった様子が似つかわしく、問いへの答えを致命的にまで持ち合わせていなかったかのよう。
回避も防御も全てを忘れ、彼女の顕現体が崩れ去っていく。
敵の守護神が、消えた。
再び、全ての火力が怪物へと注がれる。
「みんな、最後の一踏ん張りだッ!」
前線へ戻ったメグミが、大輪の花咲く杖を掲げ、残存する植物たちに活力を注ぎ込む。自らも固定砲台となり、苛烈な弾幕は立ち上がらんとしていた怪物に激しく突き刺さる。
数多の破砕音に、ユリナはメグミの正面に立つ。刃を正眼に、メグミを守る構えだ。
怪物が直接攻撃してこない今、残る脅威は後ひと柱。
砲手を排除する選択を封じられたコルヌは、必然、盾となることを強いられる。
弾雨の渦中に飛び込んだ氷の象徴は、聳える怪物や弾幕の範囲からすれば、あまりに心細い壁だ。
しかし、宙でうずくまったコルヌが自ら凍りつき、巨大な氷の盾となる。
よもや氷壁を張り巡らせて攻撃を遮るのかと思われたが、それだけではない。
真に彼女が展開したのは、万物を凍てつかせる冷気。
「届いてない……!?」
絶対零度の領域に差し掛かった弾が、氷霧に絡め取られたかのように動きを止める。砲撃の核となっていた種が纏う炎や光を失い、瞬く間に萎びて落ちていく。
だが、膨大な領域を覆うために無理をしたのか、領域の中心たるコルヌの氷盾へは少なくない数の砲弾が当たっている。否、それは怪物の守りを優先するために、自身を最低限守るための鎧かもしれない。
もちろん、直前で凍てついてしまう種が大半だ。
しかし、過密な砲撃がその凍てついた種までをも押し出し、あるいは砕き、じりじりと鎧を削り取っていく。
「いっけえぇぇぇぇっ!」
そして集中砲火を叩き込み、メグミの放った光弾がコルヌの顔を氷から露わにした。
そこを皮切りとして、次々と砕けていく氷の鎧。修復に回す余力も全て後ろへ弾幕を通すまいとつぎ込んでいるようで、やがて宙に浮かぶ力もなくなったのか、全身が剥き出しになった時点で墜落していく。
それでも、コルヌは微動だにしない。たとえ身体が食い破られていても。
残った氷の鎧ごと地面に落ちたコルヌは、ガシャン! と大きな音を立てて割れた。その顕現体も余すことなく氷と化していたかのように、全身がバラバラに砕け、蒸発していくように輝きへと解けていった。
「メグミさん、翼を狙って――うっ」
氷霧の霧散を待たず、叫んだユリナが腕で顔を庇う。
守護者たちは全て討ち果たした。だが、彼女たちには時間が残されていなかった。
烈風が、廃屋と化した炉室跡に轟と吹き荒ぶ。
骸晶の破片や大地の躯たる砂が、硝子の砂嵐となってあらゆるものを切り刻む。まともに目を開けてはいられず、歩くことすらままならない。
吹き飛ばされた氷霧の向こう、大いなる影が上へ上へと登っていく。
怪物が、奇怪な葉を揺らして飛び立とうとしていた。
「ま、待てッ……!」
身体を切り刻まれながら、メグミが植物たちに命令を飛ばす。けれど、巨体の翼がただ蠢くだけで、突風は花や茎を弄び、一切の狙いを許さない。
怪物はきっと、攻撃しているつもりすらないのだろう。
ただ動くだけで、ただ存在するだけで、それは暴力だった。
風の逃げ場のない屋内なことも相まって、追撃の手すら伸ばせない。
やがて、まともに見上げられる程度の風圧になったとき、巨体の影は既に小さくなった後。
天高く舞う巨体は、まさに異形。
蔦を寄り集めた四束の脚を垂らし、鞭の如く揺れる二本の腕を揺らす。
胴にはいくつもの木のうろのような穴が、ゆっくり生まれては塞がっていく。
そして頭の代わりに頂点に咲き誇る、硬質な黄緑色の巨大な花。
「あれが、徒寄花……」
生まれ変わり、完全になったと呼ぶべき威容が、異史の空に浮かぶ。
真なる顕現を果たした敵を、ユリナとメグミは、歯噛みしながら見送ることしかできなかった。
吹き付けた潮風が、長い髪を弄ぶ。
闇昏千冬は、左手に二つ持った湯呑をサリヤへと差し出した。
「お待たせしてしまいました。特急便の手配に少々手間取ってしまいまして」
「いえ、ご苦労さまです」
両方受け取ったサリヤは、片方を屋根の上に向けて掲げる。すると、海上で襲撃を警戒していたチカゲが音もなく隣に降り立ち、緑茶の入ったその湯呑を受け取った。
芦原精製所の最端部、桜花炉の直上の部屋は今、一角に設けられた隔壁が開かれ、外から中が見える状態となっている。チカゲが落ちたあの部屋だ。階下を見通せる硝子窓も床に格納され、下へ大きな物資を降ろす錆びた鉄縄が激務を終えて天井の滑車でぐったりしている。
彼女たちがいるのは、その部屋の脇で海にせり出す、海路搬入用の小さな船着き場である。昨日と今朝で、陸にある倉庫から運ばれた機材やら何やらが、ここから次々と炉室へと運び入れられていた。
手すりに腰を落ち着けたサリヤに勧められ、千冬もそれに倣う。チカゲは、穏やかで何も起きなさそうな海原でも視界に収めたいのか、二人の前にただ立った。
千冬は自分の分の湯呑に軽く口をつけると、
「色々お手伝いまでしていただいたおかげで、ここまで早く軽微異常の検知までこぎつけられました。本当にありがとうございます。それで、お話というのは?」
そう訊ねた千冬を、チカゲが見据えた。
淡々と、彼女は単刀直入に議題を述べる。
「藤峰古妙について。それから、オボロ様について」
「……あまり、釣り合いの取れない名前が並びましたね」
どういうつもりか、と暗に問う千冬は、少しだけ眉間にしわを寄せていた。ただ、それは理解が遠く及ばない困惑ではなく、本来ただのいち職員である古妙が話題に上るだけの心当たりを匂わせる顔つきだった。
故にチカゲは、望むままに思うところを告げる。
「あの女は独自にも動いています。しかし、桜花炉に害を為すわけでもなく、何かを求め、使命に駆られているように見えました。上に立つ母様のことです、何かしら気づいてはいましたよね?」
問われた千冬だが、答える前にこそばゆそうに苦笑いした。
チカゲが意味を掴みかねていると、
「その『母様』って呼び方は、できれば控えてほしいと……」
「あっ――そ、その……すみません。そうでした」
外套をかき寄せ、恥ずかしそうに縮まって口元を覆うチカゲ。微笑ましそうなサリヤに抗議の視線を送る。
間を置くように空を見上げた千冬は、やがてぽつりと言った。
「察しては、いました。確信も証拠もありませんでしたが、どうやらあの子は……暗躍、しているのではないかと。……あの子はなんと?」
千冬は、チカゲたちが責めに来たわけではないとは分かっているようだった。けれど、その歯切れの悪さは、メガミたちから改めて訊ねられたことを重く考えているのかもしれない。
チカゲは慮るわけでもなく、ただ話を進める。
「時間が限られていましたから、断片的にしか。ですが、信用の担保でしょうか、オボロ様の名を出してきました」
「なるほど……」
「もし、この歴史に絡繰使いのメガミが存在しないとしたら、桜花炉のような技術開発の元締めとして考えられるのは、忍の開祖ただ一人しかしません。あなたのように、櫻力公社が忍を中心として組織されていることも、そう考えれば自然なことです」
ですが、とチカゲは続けた。
その先を待ち構える千冬に向かって。
「相談相手として真っ先に挙げるべきその名前を、あなたは口にしなかった。かといって、炉心になったようでもない。この歴史で、オボロ様に何があったんですか?」
昨日の会談は最終的に着地点を見いだせたからよかったものの、メガミたちにはしこりが残った。その一つが、このチカゲの疑問である。
頼るべき相手としてオボロを紹介されるという展開は理想に過ぎるが、会談中、誰もその名を挙げることはなかった。忌み名というほどではないものの、語る必要がないから意識すらしていないといった調子で、結局訊ねる機会も今まで逸していたのである。
いよいよ問われ、千冬は湯呑に視線を落とした。チカゲたちへの罪悪感で目を逸らしたというよりも、自省を始めたといった趣だった。
ややあってから、彼女は顔を伏せたまま言った。
「私も、知っていることはほとんどありません。しかし、オボロというメガミについて、かつて古妙と話したことはあります」
そこに、開祖に対する敬意の類はなかった。メガミの力を宿す者が皆無となった、この歴史の住人の一人でしかなかった。
「思えば、あの子が不自然に明るく、わざとらしい不真面目さを見せるようになったのは、その頃からだったかもしれません。あの子なりの心の閉ざし方だと考えれば、どこか納得できてしまう気がするのです」
「何を話したんですか?」
チカゲが訊ねると、千冬はそっと立ち上がった。そしてチカゲとサリヤに背を向けて、沖を遠く眺める位置へ歩いた。
力ない背中が、語り始める。
「まだ、私が幼い頃のことです。忍の里の外れにある小屋に、オボロは滞在していました。話によると、随分昔に研究室として使っていた場所の一つだったそうです」
そこで彼女は少し言い淀み、手すりに体重を預けてから、言葉を続けた。
「時々私は、愚かな好奇心で小屋を覗きに行っていました。ですが、オボロと話せたことは一度もありませんでした」
「…………」
「あの人は、何に対しても真っ当な反応を返さなかったのです。時折うわ言を呟いて、何もない宙をただ眺めるばかり。飲まず、食わず、誰と関わるでもなく、日を置いてまた訪ねてみても一切がそのままで、メガミと知ってなお生きていると呼び難い様相でした」
千冬の声は、少しだけ震えていた。
「それが一時期であればいざしらず、実際には何年も続きました。親には触れるべからずと言いつけられていましたが、幼くして知った狂気に手で触れようとまでは思えませんでした」
そして、と彼女は言い、肩越しに横顔を見せた。
「ある日、オボロはそのまま姿を消しました」
失望と混乱と憤りが乾ききった、大人の顔だった。
衝撃を隠せない様子のサリヤとは対照的に、チカゲは顔色一つ変えずに黙ってその告白を聞いていた。
千冬は浅く笑った。
「その頃から……メガミという存在への、不信が根付いていたのでしょうね」
それを聞いても、チカゲは千冬から目を逸らすことはなかった。それが理解や同情なのか、責めているのかははっきりせずとも、少なくとも千冬はひと柱のメガミを前に取り繕うことはなく、疲れたように見返している。
その疲れがどっと去来したのか、千冬は眉間を指で揉みしだき、大きなため息をつく。
「それから公社の技師となり、昇進を重ね、今や総監督の立場。古きメガミたちの遺志が、肩に重くのしかかる一方です」
「…………」
独白が、海風に溶けていく。彼女の瞳は泥を纏ったように艶を失っていて、澱み燻るその様がチカゲと同じ血筋を思わせた。
おそらくこれこそが、不信と責任の間で板挟みになった彼女の心そのものなのだろう。会議の場で保っていた体裁を、千冬は脱ぎ捨てていた。
もちろん、どんな形だろうと千冬は今チカゲたちメガミと手を取れている。銭金に苦言を呈されるほどに保守的な彼女にしては、大きな前進だったのだろう。だが、ここまでの歩み寄りや危機の大きさで辛うじてというあたり、刻まれた溝の深さが知れる。
訪れる沈黙。相槌を打っていいかどうかも分からない空気が、会話に停滞をもたらす。
千冬ははたとそれに気づいて、愛想笑いを浮かべた。
「すいません、話が逸れましたね。纏まった休みをもらった折、里に帰ったときのことです。まだ小さかった古妙に、オボロの叡智について真面目な顔で訊かれたものですから、私が抱いていた想いをそのまま伝えてしまったのです」
「オボロの叡智……とは?」
「他愛もない噂です。里の何処かに、オボロが忍の智慧を残しているという趣旨の、当時流行っていた与太話ですよ。あの狂人じみたオボロを見知った世代は、ろくに信じてはいませんでした。……私も、その一人でした」
後悔が、重く滲む。
幼い古妙には、それより遥かに重い否定だったに違いなかった。
「もしも、古妙の秘密がオボロに由来するものだったとしたら……あの子の抱える才気は、私たちの誰をも超越していたのでしょう」
悔やむように、千冬は吐いた。
「あの子は幼いながらに、規則と符丁において天性の眼力を見せていたのです」
「暗号の天才……ということですか?」
「おそらくは。ただ、見えるものが違ったのか、里では孤立気味だったと聞きます。公社に入ってからも表面的な付き合いばかりで、ひょっとしたら、あの子は誰に対しても失望していたのかもしれません」
自分もその中に入っていると、悲しげな顔が物語っていた。そうでなければ、古妙が内密にメガミと接触する必要などないのだから。
ただ、そんな千冬を素直に慰めることなどせず、チカゲはサリヤの隣で手すりに寄りかかった。
北に伸びる海岸線を眺めながら、チカゲは言った。
「オボロ様にも困ったものです」
古妙が何かを見つけたとして、元はと言えばオボロが開示していれば済んだ話である。どこまで見通せていたかは定かではないが、暗躍しがちなメガミとはいえ、危機を覚える情報を封じておくほど彼女はこの地に愛着がないわけではない。
だが、オボロは現に秘匿を選んだ。
苦い笑みを見せた千冬は、冷静に指摘する。
「ですが、この事態を見る限りは……」
「理由はあるんでしょう。まったく……それでもチカゲや愚弟みたいに、若輩を導くのが開祖の役目でしょうに」
そう言って、チカゲは疲れたようにため息をついてみせた。ただの愚痴になったそれに付き合って、千冬がまた愛想笑いを浮かべようとして、塩梅が分からずに曖昧に微笑んでいた。
開かれた悔悟に、空気は重い。
午後の太陽は西の沖を粛々と目指しており、凪いだ海面をぎらぎらと輝かせる。桜降る代と変わらない光は、それでもこの場ばかりは少しだけ翳っているように見えた。
……だが、その仄暗い穏やかさを、不穏なざわめきが乱す。
室内で開け放たれていた炉室の天窓から、騒がしそうな声がちらほらと響いていた。
三人が顔を見合わせると、一人の所員が彼女たちを見つけて声を上げた。
「所長! 『ミカガミ』に出力密度異常が現れました!」
「すぐに向かいます!」
今まで吐露していた表情を引っ込めて、千冬が白衣を翻して早足になった。チカゲとサリヤもそれに倣い、湯呑を適当な机に置き捨てる。
一行は炉室直上のその部屋を抜け、少し進んだところにある物々しい扉へ。千冬が首から下げた名札を装置の溝に沿わせると、絡繰仕掛けで扉が左右に開いていく。地下にある炉室へはここからしばらく螺旋階段を下っていくことになる。
「『ミカガミ』の稼働率への影響は?」
道すがら問うた千冬に、所員が答える。
「それが、超過駆動が発生している気配はなく、閾値を前後する程度に収まっています。おそらく、『ミカガミ』そのものに起因する異常ではないと思われます」
「先日の『サイハテ』と同様だと?」
「はい、他桜花炉に劇的な変化が起こり、それが伝播したとの見方が優勢です。しかし、今回の影響はあまりに大きく、最大で七倍の密度変化を記録しています」
道中の報告も早々に、一行は地階に辿り着く。本来水鏡桜が輝いているはずの海底であり、白亜の壁を隔てた一部の向こう側には海が広がっている。
炉室はやや末広がりの円筒の形をしており、下部は中心に鎮座する桜花炉が空間の大半を占めている。平常時は全て炉側に取り付けられた計器で稼働を見守っているが、今回の点検のための追加の計器が床を埋めており、技師も増員中とあって手狭になっている。
千冬の登場に、混乱が滲み始めていた所員たちが僅かに安堵する。壁の一角に集っていた者たちは、彼女を招くように輪を開けた。
そこには、大きな木の板にいくつもの横に長い紙が貼り付けられていた。大小はあれど、どれも左から右に伸びる線が乱高下している箇所がある。
それらの記録を俯瞰し始めた千冬に、矢継ぎ早に新たな記録が手渡される。
見比べるうちに、彼女の顔がどんどん曇っていく。
「これは……尋常ではない事態が起こっているようですね。おそらくは西、『シロカネ』からの影響と思われますが……この波形、先日の『サイハテ』崩壊の比ではない……まともに来たら、どれだけ持たせられる……?」
次第に独り言じみていく彼女の見解に、誰も異を唱えない。技師には見ればすぐに分かる程度の、それでもにわかには信じがたい常軌を逸した異常なのだろう。
呟いた千冬は、受け取った記録を鋲で止め、改めて全体が見える位置に立つ。衆目を集めていることをちらりと見て取ると、慎重に考えをまとめているのか、口元を抑えて足元に視線を落とした。
熟慮する長の姿に、所員たちはただ言葉を待っている。たとえすぐ後ろで、次々と異常が噴き上がっていたとしても。
あるいはそれは、過去の経験に即した熟慮だったのかもしれない。
あるいはそれは、初手を見誤らないために必要な時間だったかもしれない。
「ここは……いや、もう少し情報を――」
しかし、その深慮を遮るものがあった。
チカゲの手が、千冬の肩に置かれる。
「そうじゃない……ですよね?」
「……!」
はっと振り返った千冬の顔に、小さな気まずさがあった。言い訳を指摘されたかのように、彼女は目を逸らした。
一度呑み込んだ答えを、そこから千冬が押し通すことはなかった。けれど、新たな選択肢を模索しているわけでもないのだと、蘇らぬ思慮の眼差しが訴えていた。
だから、チカゲは重ねて告げる。
「もし、予感を覚えているのなら。燻りに、蓋をしているのなら」
強いることはない。押し付けることもない。
回る車輪がその硬い轍に導かれる是非を、彼女はただ問うだけ。
その先だけが道ではないと、ただ伝えるだけ。
「後悔しますよ。……チカゲも、そうでしたから」
「ぁ……」
「ですが、チカゲはぎりぎり間に合いました。……また真似事というのも甚だ不愉快ですが、次はチカゲが、母様の背中を押します」
置かれた手が滑り下りて、言葉通り、千冬の背中を支える。
彼女たちに、血の繋がりはない。片や、今となっては人間ですらない。
けれど、垣根を超え、歴史をも超え、その温もりは手袋越しであっても確かに届けられる。
チカゲの背を、こうして送り出した誰かの意思と共に。
「っ……」
千冬が小さく俯き、猜疑を噛みしめるように一度強く目を瞑る。
力強く眦を決することはない。重苦しく開いた瞼から、未だ泥のように澱んだ瞳が顔を覗かせる。
しかし、その瞳はただ曇っているわけではなかった。
乾いて罅割れた泥の隙間から、ちろちろと燃える意思の灯火が垣間見える。埋もれた泥炭が、紫紺の炎を燻り燃やすかの如く。
「でも、私が行ったところで――いや、違う……」
邪魔な不純物を火に焚べるように、口に出した思考を自ら否定する。
深い轍を乗り越えるために。
「私が向かうことも命運で、そこに意味があるのなら――」
一歩を刻んだ千冬の背から、チカゲの手が離れる。千冬の前に広がる一面の記録につかつかと詰め寄って、食い入るように見つめ直す。
それから所員たちが眺める前で、かつかつと歩き出して方々に転がっている計器類を物色していく。既に得られている情報と見比べ、まだどこにも繋がれていない計器に手をついてはもどかしくこめかみを掻く。
やがて彼女は、意を決したように装置の一つの前に立って、その手に無数の工具を取り出した。そして目にも止まらぬ速さで手を閃かせたかと思うと、螺子があっという間に回転の勢いで吹き飛び、外殻が次々と外れていく。
突然の行動に困惑した所員が、
「しょ、所長、何を……」
「銭金さんたちが居るはずとはいえ、事故なら動けない可能性があります。最低限、現地で事態を把握する必要がありますが、その場で修繕を強いられれば、機材の不足は免れえません」
しかし、と千冬は唇を噛んだ。
異変の規模は、状況が刻一刻と変化していることを告げている。
前に踏み出そうとも、崩壊は待ってはくれやしない。
「急行するにも、手段が……」
ここ芦原から古鷹まで、櫻力駆動車でも半日はかかる。それでも向かう価値はあるかもしれないが、全てが終わった後では意味がない。『サイハテ』が瞬く間に壊れた事実が、立ち上がろうとした彼女を地に下ろそうとしている。
取り外した部品を手に、千冬が顔を顰める。
だが、そのときだった。
炉室の底で苦悩する人々の頭上に、影が落ちる。
もはや吊り下げて搬入する物資などないはずだと、誰もが空を見上げた。
天窓から降臨するように浮かぶのは、鋼の騎獣。
翼を広げ、荒い息を吐き捨て、金属音を鳴らして骨身を組み換えながら虚空より現出する。その大きさは、桜花炉のためだけにあるこの炉室程度では、もはや檻としてあまりに心もとない。
そして、螺旋階段から人影が宙へ飛び出す。
「I AM THE SKY. I DEFY YOU. AND I AM THE CROWD. I MYSTYFY YOU. AND I AM THE HEAVEN. I UNITE YOU」
祝詞が如く口上を述べるサリヤが、その背に舞い降りる。
その鋼鉄の姿は、地上の如何なる動物の姿とも、如何なる絡繰の形とも違っていた。
半ばから楽器のように弦が張られた二枚の翼。底で唸る二つの車輪は、桜色に淡く輝いて両側へ大気を散らしている。胴から流線形を描いて連なる最後尾には、眩いばかりに白んで見える光板が、加速の時を今か今かと待ちわびていた。
「TRANSFORM, FORM:GARUDA, GANDHARVA, AND... DEVA!!」
乗騎ヴィーナ。その数ある変形体が合体し、空駆ける機械の脚としてここに現れた。
サリヤはヴィーナを炉室の底すれすれにまで下ろし、身を乗り出して手を伸ばした。唖然とする技師たちにヴィーナの吐息が叩きつけられ、書類が舞い踊る。
「乗って!」
最初にその手を掴んだのは、チカゲだった。
そして乗り込んだ彼女は、サリヤと同じように身を乗り出し、手を伸ばした。
相手は、迷わなかった。
「お願いします!」
千冬がチカゲを手がかりにして、ヴィーナに飛び乗る。
三人を乗せた巨体は、炉室に小さな嵐を巻き起こしながら天を目指し、搬出口から海を切り裂いて飛び立っていった。
]]>
補足しますと、アクリル集中力コレクションは無事に製造は終わりました。郵送に際して国慶節に重なってしまったため想定より遅くなり申し訳ないですが、進んではおりますのでご容赦ください。メガミタロットスリーブは他国の助力も得られ、想定より良い状況で進んでおります。
本日は2023年11月から向こう半年程度の公式イベントの展望をお話しできればと思い、筆を執らせていただきました。先日の完全祭告知記事でお伝えしていた通り、この記事は諸般の事情により公開が遅れておりましたため、その辺りの事情をまずお話しいたします。
実に本作の発売から(1回の移転を挟みつつも)7年以上にわたってお世話になってきたイエローサブマリン秋葉原RPGショップ様がビルの改装のために移転します。そして移転先では店舗の大きさゆえに、これまでと同様のイベントの開催は難しい状況となってしまいました。
それゆえに今後のイベントについて調整が必要となり、さらにイエローサブマリン様からの移転の発表まではその事実を公表できなかったため、記事のスケジュールにも見直しが必要でした。こちらでお待たせし、心配させてしまいましたら申し訳ございませんでした。
それでは、改めて半年間のイベントを一望し、それらを一通り紹介いたしましょう。
半年間のイベント計画
11月3日 オフライン完全祭、2023秋ノ陣
11月19日 オンライン完全祭、2023秋ノ陣
12月16日 交流祭:YS秋葉原感謝祭
12月24日 大公式大会:YS秋葉原感謝祭
2024年1月下旬〜2月上旬 オンライン起源祭、2023冬ノ陣
2024年1月下旬〜2月上旬 オフライン起源祭、2023冬ノ陣
2024年3月下旬〜4月上旬 128人規模大型イベント
11月3日 オフライン完全祭、2023秋ノ陣
11月19日 オンライン完全祭、2023秋ノ陣
シーズン8-2を締めくくる2つの32人規模大会です。オフラインとオンライン、二つの舞台で狭間の時代の頂点を目指しましょう。
こちらのイベントについては特設記事がございますので、詳しくはそちらもご覧くださいませ。
12月16日 交流祭:YS秋葉原感謝祭
7年以上にわたってお世話になってきたイエローサブマリン秋葉原RPGショップ様で大々的に開ける最後のイベントなのでしたら、これまでの感謝を込めて盛大に行いたいではありませんか。そこでイエローサブマリン秋葉原ショップ様のご厚意で店舗撤去後のスペースをお借りし、32人規模のイベントが開催できることになりました。
ゲームマーケット2023秋もちょうど終わり、新たなシーズンが始まらんとするタイミングでのお祭りでもあります。16日は一般販売がまだ行われておりませんので交流祭を冠する形でのカジュアルなお祭りを、24日はシーズン9での32人規模公式大会を開催いたします。
そして特別なお祭りですので、参加賞や賞品も豪華にいたします。まず交流祭では参加賞としてホワイトキラカード「大爆砕デカメロン」をお贈りします。平時のお気楽交流祭でむやみに配る方針ではございませんが、このような特別な場を盛り上げるために印刷した1枚です。今回はまさにふさわしいと言えるでしょう。
今後も良い機会があれば参加賞や賞品としていく指針ですので、今回の参加が難しい方もご安心ください。
そして今回の交流祭では先着というニュアンスを可能な限り避けたいと思います。そこで会場にお越しいただき、万が一会場のスペースの都合でゲームにご参加できない場合でも参加賞はお贈りいたします(※)。まとめると、以下の形となります。
交流祭参加賞
・ポストカード
・ホワイトキラカード「大爆砕デカメロン」
交流祭試合数賞品
プロモーション集中力「コルヌ」
※:リザーバーの人数を踏まえて余裕を見た枚数を持っていきますが、物理的には有限の枚数しかないので万一の際はご容赦ください。
こちらの「交流祭:YS秋葉原感謝祭」の参加受付は本日より開始しております。こちらよりご予約ください。皆様のご参加をお待ちしております。そして素晴らしき座の幕引きと新店舗での幕開けを共に見届けましょう!
12月24日 大公式大会:YS秋葉原感謝祭
イエローサブマリン秋葉原RPGショップ様でのイベントはもうひとつございます。シーズン9の幕開けとなる公式大会です。32人規模で大々的に開催できますので、こちらも賞品を少し豪華にして起源祭/完全祭と近い規模にしようと考えております。
しかし、新製品発売直後の大会賞品はどこまで豪華であるのが望ましいのかもう少し検討が必要であり、加えてこちらは賞品を競うゆえに32人に制限されるため、先着制として事前の予告による配慮が必要です。さらにオフライン完全祭が終わっていないタイミングでは競技的にどこに集中するか、参加を行うかどうかの整理がつきにくいのではないかと懸念します。
以上を踏まえて、このイベントの告知と募集開始は2023年11月上旬に行うものとし、そちらで募集を開始いたします。
2024年1月下旬〜2月上旬 オンライン起源祭、2023冬ノ陣
2024年1月下旬〜2月上旬 オフライン起源祭、2023冬ノ陣
起源戦第5期を締めくくる祭ももちろんございます。これまで開催された起源祭2023夏ノ陣、これから開催される完全祭2023秋ノ陣と同じような形式で起源戦の頂点に挑みましょう。
こちらのイベントは2023年12月中頃を目途に特設記事を用意し、募集を開始いたします。
2024年3月下旬〜4月上旬 128人規模大型イベント
近年の大型イベントは上述したオンライン/オフライン分割の合計64人規模のイベントがほとんどでしたが、久方ぶりに128人規模のイベントを計画しております。そしてこちらがシーズン9の頂点を決めるイベントであり、まず競技的な128人規模大会がここで行われると考えていただければと思います。
その上で人数規模こそ過去と同様の128人規模ですが、当イベントはこれまでにない形式を計画しております。まだ確約できる段階には至れていないので委細は省きますが、結実の暁には最高に楽しんでいただければ嬉しい限りです。
イベントの告知や募集は2024年1月を目途に行う見込みです。ご期待くださいませ!
賞品の予定
今後の賞品の計画についてもお話しいたします。11月と12月については賞品の品切れに伴い幾つかの内容が変化する程度で、大きな変化はございません。まず、以下にてまとめます。
2023年11-12月賞品内容
起源戦優勝
完全戦優勝
お気楽交流祭追加参加賞
お気楽交流祭試合数賞品
その上で2024年1月から大きめの切り替えを計画しております。まず、お気楽交流祭試合数賞品はプロモーション集中力「アキナ」に切り替わります。また、プロモーションタロットも切り替わる見込みです。
本日はここまでとなります。今後の公式イベントと様々な賞品をご期待いただければ嬉しい限りです。最後にもう一度、12月16日に開催される「交流祭:YS秋葉原感謝祭」の参加申し込みは本日より開始しております。皆様のご参加を心よりお待ちしております!
]]>
外れた矢が還り始めたと同時、空色の鏃が再び壁から顔を出した。
襲いかかるのは第二射――否、間髪入れずにさらにもう二本の矢が少しずつ角度を変えて後を追い、容赦のない三連射が狙いを過たず飛来する。初撃ほどの威力ではないにせよ、一本足りとも通してはならない必殺の一撃たちだ。
「こんのっ……!」
厄介極まりない追撃にアキナが毒づき、目にも止まらぬ指捌きで算盤珠を弾く。さらに彼女は苦笑いを浮かべ、炉と矢の間に陣取った。
第一矢が不自然に曲がって横に逸れ、炉を掠めて何処へと消えていく。
そして次に来る第二矢めがけ、アキナは炉の土台を足場にして飛び上がった。
「とりゃああ――ぁがっ……!」
盾にしたアキナの顕現体から桜飛沫が舞う。不格好に落ちていく彼女の左肩には矢が中程まで突き刺さっており、炉には僅かたりとも触れていない。障害を無視する射撃とはいえ、同じ桜の力で編まれた肉体を無視するほどには、ミソラは権能を込めていなかったのだろう。
けれど、身を挺して防げたのはその一本だけ。
歯噛みするアキナが見上げる中、第三矢が牙を剥く。
だが、その一本は炉の横を素通りしていく。アキナの権能による操作ではなく、最初から射線を間違えていたような軌道だった。
その結果に、目を閉じて微動だにしていなかったレンリが苦々しく告げた。
「本分ではないんですけどね、ちょっと目隠しを」
「視界狂わせたんか!」
「期待ほど誤魔化せてはいないみたいですけどね」
敵を見据えようにも、レンリたちにとっては物言わぬ壁が広がるばかり。そもそもミソラが標的を定めることができている段階で、戦況はあまりに一方的だ。防衛に徹するにしても、早々に限界を迎えるだろう。
だからレンリは、古妙に向かって叫んだ。
「敵が見えないのは論外です! そこの壁、ぶっ壊しても大丈夫ですか!?」
「ええっ!? た、たぶんあっこの梁が無事ならギリへーきだろうけど、マジ!?」
炉の陰に隠れていた古妙が、目を丸くして指を指す。ちょうど矢が飛び込んできた壁一帯を含め、天井の一角まで取り払える範囲である。
駆け出したレンリが、光を帯びた衣を纏う。
「大マジです!」
現れた姿は、大地の象徴・ハガネ。
その手に握った背丈程度の大鎚の感触を確かめると、化けたレンリがアキナに吠える。
「瓦礫、お願いします!」
「便利使いすなやボケ! 任せとき!」
声に後押しされ、レンリは助走をつけて大鎚を掬い上げるように振り上げる。勢いを吹き込まれた大鎚の頭はぐんぐんと大きくなっていき、飴のように伸びる柄によって壁と天井の境を見事打ち据えた。
石を穿つ音、木を砕く音、鉄を割る音……数多の破壊音が瞬時に響き、打ち抜かれた部分が外へ弾き出される。立ち込める土埃の雲から雨あられと降り注ぐ瓦礫は、炉は元より壁際の計器類を傷つけない位置に狙いすましたかのように積み上がっていく。
焦燥を冷やす外気が入り込み、アキナとレンリを縛っていた視界という枷が外されたのだと知れる。
しかし、強引な解決を冷静に咎めるように、白煙を揺るがさずに次の矢が迫った。
「ぐっ……!」
篭手を嵌めた手をかざした姿勢のまま、レンリの身体がぐんッと炉へと引っ張られ、その背に矢が突き立った。
やがて煙が晴れたとき、見上げた彼方に浮かぶのは緑の色彩。
ミソラはその空色の翼を広げ、聞く耳など持たぬとばかりに悠々と次の矢を番えている。普通、狙撃手は所在が割れた時点で一転して追い詰められるものだが、あくまでそれは地上での話。距離を横に置いても、彼女の高みには誰も追いつけない。
もちろんそれは、満足に空を飛ぶ術を持たないアキナとレンリにとっては、依然として絶対的な差であり続ける。
そして、射程もまた抗いがたき差であった。
敵を目視できるようになったアキナが、降り注ぐ射撃を次々と逸しながら叫ぶ。
「マシにはなったけど、やっぱアカンでこれ! どついたらんと!」
「分かって、ますがっ……!」
レンリが纏い直したヒミカの姿でもって、構えた二丁の銃が続々と火を噴く。だが、空を切り裂く炎弾のどれもがひらりと躱されてしまう。当たれば十分に傷を負う速度ではあるものの、何町も離れたミソラに辿り着く頃には既に失速している。かといって弾幕と呼べる数を放てるわけでもなく、レンリの模倣では射撃戦にほとんど対抗できていなかった。
せいぜいが時間稼ぎ。元より自分の領空から離れるつもりのないミソラに対して、満足な反攻が望めるはずもない。
果たしてこれをいつまで続けられるのか。誰もその答えは知らずとも、一矢も通してはならない守り側の重責ははっきりしている。
苦渋に満ちたレンリが、背後へと叫んだ。
頭を抱えてしゃがむ、古妙へと。
「古妙さん! 早く、あなたの為すべきことを!」
「……!」
びくり、といきなり水を向けられた古妙が震えた。これまでは、近くに落ちてくる流矢を前に忸怩たる顔つきで息を殺しているだけだった。
諦めとも賭けとも言えるレンリの言葉に、アキナも声を大にする。
「は!? 何を勝手に――」
「きっと、必要なことです! ここが命運の分水嶺……そのはずですから!」
「こんのボケチビはまた……しーやんはどないなるんや!?」
「万一があれば腹を切って詫てくれるはずです!」
「いや、だからへーきだってばぁ!」
思わず反論した古妙に、レンリがヒミカの顔で力強い笑みを向ける。そのままレンリは、襲撃前に古妙が触れた箇所を背にするように位置取りを変えた。
「アキナさん!」
「あーもう! 分かったからはよせえ!」
催促へ怒鳴り返したアキナが、どっしりと構え直した。
桜花炉と中に眠るシスイのついでとはいえ、メガミ二柱が直にその身を賭して守った人間がどれほど居ただろうか。それも、長らくメガミが眠り続けてきたこの歴史において。
何より、秘密裏に動いてきた古妙にとっては、間違いなく初めてのことだろう。
古妙は、意を決したように告げた。
「ありがとっ! そっこで終わらせるから!」
感謝の言葉と同時、装置の前に立った古妙の周囲で、青い光が再び迸る。
彼女の周囲の光板が輝きを取り戻すところまでは、先程と同じだった。しかし、その胸の前にひときわ強く収束した光に、レンリとアキナが目を剥いた。
青い光で編まれたのは、手のひらには少し余る幅の巻物。
そして、その巻物から溢れ出した光が古妙の身体を通り抜け、彼女の背後に青くぼんやりとした人の形となって結実した。
「起動確認、与式異常なし、準備上々!」
高らかに告げる古妙が両腕を広げると、背後の幻影もそれに倣い、巻物が腕の動きに合わせて紙面を横に広げて見せる。
一拍の後、紙面から装置へと伸びる正方形の光は、秩序と無秩序の境界を揺蕩う緻密な格子模様を判子のように描いていた。もちろん手を伸ばす先は、用があると先程言っていた埋め込まれた箱のようになっている部品だ。
架け橋が繋がるのを見届けて、古妙が宣言する。
「――電子神渉……接続開始っ!」
古妙を取り巻く光が、巻物から伸びた光が、一層強く輝いた。
傍から見て、彼女が今実際に何をしているのかは全く分からない。だが、息を呑むメガミたちは、それが尋常ならざる行為であることは肌で感じているようだった。
間違いなく、この歴史においても特異を極めた行為。
眠る脅威へ届き得るという言葉の証として申し分ない光景。
成し遂げた先に大きな変化が待っているという確信が、じわじわとレンリの口元に現れていく。
しかし、それはレンリが古妙の意思を知っているからでしかなかった。
変化は正にも負にも起こり得る。
ましてや、今まさに桜花炉を射抜かんとする者にとっては、最大限の警戒を呼び起こす光景だろう。
「っ……!?」
風が、止んだ。
瓦礫の破片が舞い、土埃が漂うこの戦場に外から流れ込んでいた空気の流れが、その一切を無としていた。粉塵がその場にわだかまり続ける様が、刻一刻と異様さを醸し出す。
鋭い気配が、獲物との間を先んじて貫く。
風なき空に舞う狩人に、力が結実していく。
「ミハテヌハテ――終の矢」
それは宣告だった。
追い立てた獲物、逃げ惑った狩り場、その全てを掌握し、次なる一撃で仕留めるという最後通牒だった。
空よりもなお濃い空の色が、ミソラの姿を覆い隠すほどに輝きを増す。
たった一本の矢に凝縮されていく膨大な力が、無慈悲な終わりをもたらさんとしている。
アキナが肩を鳴らし、レンリが元の姿に戻って構え直す。
装置と向き合う古妙が冷や汗を流し苦笑いを浮かべていたが、それでも地に足を着け、逃げる素振りはまるで見られない。装置へ意識を注ぎ続けるその様は、ともすれば殺されかねないメガミの逆鱗さえも邪魔だとでも言うようだった。
古妙の奮闘を見て、アキナとレンリが頷き合う。
出し惜しみなく力を解き放ち、現実を歪める二つの権能に一帯が奇怪な気配に包まれる。
そして、
「来るでッ!」
極光が、蒼天に嘶いた。
絶大なる一矢を迎え撃つは、欺瞞の霧と算術によって視覚と著しく実態の乖離する空間。風より速い矢が、勢いを減じた気配はないのに途端に半分以下も進まない。
その刹那の拮抗の背後で、古妙の巻物が出力を上げるようにさらなる輝きを孕む。
蒼穹から下された鉄槌に抗するように、固く決意を秘めたる青が膨れ上がっていく。
やがて光棚引く矢が屋内に飛び込まんとしたそのとき、臨界を迎えた光が屋内を輝きで塗りつぶしていく。
溶け合うことのない二つの青が、全てを呑み込んでいく。
――うっ……。
鏡の向こうで炸裂した光が、ヤツハの意識を焼いた。太陽を目で見てしまったときよりもなお、心が眩むような鮮やかさだった。こうした身体を飛び越えてくる感覚は可能性の大樹という領域ならではで、まだまだ慣れることはなさそうだった。
しかし、その激しい光の中に、ヤツハは気配を感じていた。
彼方で戦うメガミたちでも、ましてや古妙でもない。
――だれ……?
逆光に佇む人型の影。実際にそこにいるかどうかも定かではなく、慣れない知覚が気の所為だとも囁いてくる。
けれど、ヤツハがそれから意識を逸らさなかった。
意識を絞り、ぼやける像を手繰り寄せ、鏡越しの邂逅に手を伸ばす。
やがて影が形を成してきたとヤツハが思ったとき、声なき声が彼女の脳裏に響いた。
「ごめんね。安岐ちゃん、恋ちゃん……」
儚さを滲ませた、少女の声。けれど、今までヤツハに挑戦的に語りかけてきたあの声とはまるで違う。
力強く芯の通った意思。泥に塗れても先へ進む覚悟。
それはまるで、一振りの鋼。見目麗しき刃紋などなく、鋭くあることさえあるいは捨てた、然るべき目的のために確固たる鍛造を経た一つの刃の形だった。
しかし今、その無骨な刀身が震わせた声の寂しさにヤツハは予感した。
この声の主こそが――
「しぃが目覚めちゃ、ダメなの」
上辺の伝承だけでは一切辿り着けなかっただろう。アキナたちが断片的にでも語ってくれた人となりが、桑畑志水の名をヤツハに呼び起こさせる。
鏡の向こう側、彼方の枝にいる彼女へヤツハは思わず問うた。
――あなたがシスイさんですか!? そっちで、一体何があったんですか!?
だが、呼びかけが人影に届いている気配はなかった。元々、ヤツハが一方的に覗いているだけなのだから当然のことだった。それでも、これが桜降る代からの初めての接触だという認識が、ヤツハに声を上げさせていた。
術はないものか訊ねるべく、目がカナヱを探す。
しかし、代わりに降ってきた声が、ヤツハの望みを断ち切った。
『ふぅーん……』
あの姿なき声だった。移ろい揺らめくその声色には、今は確かな不快の意図が滲んでいた。
果たして声の主が手を下したのか否か、鏡に映し出されていたシスイの人影も、気配すらも失われていった。青い眩さに塗りつぶされ、もうただの虚像のようにしか思えない。
『そうやって、起こそうとするんだ』
水を差されたばかりに、ヤツハは再びその声に向き合った。
どこか自分と重なるところはある。だから敵意や悪意を剥き出しにはしない。けれど、ヤツハ自らの意思と、魂と、言い知れぬ予感故に、対立は避けられないだろうという覚悟を持っている。
――どういうことですか。
ヤツハの問いに、声は何も反応しなかった。耳に届いていないかのように、息遣いの一つも聞こえてきやしなかった。
だが、声の主は続きを紡ぐ。
ふわふわと漂う中、眉間にしわを寄せたかのように。
『ちょっと……うぅん、かなり、不愉快よ』
その真意を問う前に、ヤツハははっと鏡へ意識を戻した。
何か、向こう側で大きな気配が膨らんだ。
桜花炉『シロカネ』を有する古鷹精製所は、広大な古鷹家の敷地の一角に鎮座していた。元来、白金滝桜を戴く白金舞台があるはずの場所だった。
歴史と伝統を尊ぶ古鷹の町並みは、芦原と同じく桜降る代と重なる部分が大きい。碁盤の目状に整備された区画は相変わらず整然と分かりやすい一方、七色に輝く櫻力灯看板のような装飾の類は極力控えられている印象だ。
しかし、時折行き交う車や闇を払う灯りは元より、商品の代金を数えるのは計算機だし、煙家産の鮮魚すら店頭に並ぶ。神座桜を活用した産業発展がいっそう推し進められているのは間違いなかった。
そんな古鷹の発展を支える大黒柱の緊急点検とあらば、やはり巣を突いたような騒ぎになるのは避けられない。炉室では休む暇もなく所員がずっと行き交い、都度議論を戦わせている。今朝どころか、昨日到着したその夜からずっとこの調子だ。
ユリナとメグミは、それぞれ得物を杖代わりにして彼らを見守っていた。
「ふぁ……もうおやつの時間なのに、みんなすごいなぁ」
「みんなというか、忍っぽい人たちがずっと働き詰めなだけな気も……」
苦笑いのメグミが手を振る先では、へろへろになって食堂に向かう所員の一団が、少しマシな疲労を滲ませる他の所員たちに送り出されていた。古鷹近郊にあるという櫻力公社の拠点からの増員も叶い、準備は昼夜問わず進められている。
ただ、メガミたちには、飛び交う会話の一端でしか進捗を窺い知れない。昼頃に、一部の計測が始まったと思しき報告が聞こえた程度だ。ユリナはもちろん、メグミも聞きかじりの知識ではお手上げのようで、門外漢は順調であることを祈るしかない。
守り手としての立場に忠実に、ただ炉と人々を守る。早々に手伝いを諦めた二人は、働きを示さんとばかりに昨日からこの巨大な炉の前に在り続けていた。
長期戦が予想されたため、屋根の上にメグミの植物を監視用として配置し、外敵を察知すれば知らせが届くようにはなっている。迎撃までは期待できないが、そもそもミソラ相手に防戦一方になるのはユリナの想定内。即応できるギリギリの集中力を維持し続けるのが肝要だと、ユリナはメグミに説いていた。
「大丈夫じゃないですかね。忍って体力すごいんですよ」
呑気に返したユリナだったが、彼女の適当な言葉をじろりと見咎めてきた者がいる。
銭金幣爾だ。
「ふん、大丈夫なわけないだろ。あんたらと一緒にしてやるな」
わざわざ振り返って憮然とした顔を見せつけてきた彼に、メガミたちは苦笑い。
芦原から同道してきた彼の役目の一つは、ここ『シロカネ』に派遣された二柱のお目付け役である。どちらも精製所侵入に加担こそしていないものの、彼女たちの仕事ぶりをこの目で見てやると言って聞かなかった。
そしてもう一つは、櫻力公社の特別技術顧問としての顔である。
「こら、乙班の忍ども! お前ら一体何時間作業してると思ってんだ!」
叱責を飛ばす銭金に、手近な所員が申し訳無さそうに、
「いやぁしかし、補充が来るまではと……」
「限度があるって言っただろ! ここまで進められたのはデカいしやる気は買うが、本題は計測後の深掘りだ。そこで議論できねえようじゃ困るんだよ、お前らの本分はそっちだろうが」
はぁ、と大きなため息をついた彼は、別の所員を手招きした。忍ではない、今朝やってきた所員だ。
「おまえ、乙班の忍の連中を仮眠室にぶち込んでこい。ついでに、交代要員も起きてるだろうから、作業の引き継ぎさせんのも忘れずにな」
「分かりました。一時的に人員が減りますし、分解調査は一旦止めますか?」
「いや、遅くとも夕方には追加が来るから、進められるところは進めてくれ。駆動系に手を出さなけりゃ問題ないだろう。あぁ、丙班には炉心までの無停止解体計画を任せてたが、行けそうか? どうも必要になりそうでな」
「ええ、様子を窺いながらになりますが、計測までなら目処はついています」
「最高だ。けど、停止が必須になったら遠慮なく言ってくれ、古鷹と話をつける」
そう言うと銭金は、所員の腕を叩いて彼らを送り出した。渋々と言った様子でぞろぞろとまた所員たちが去っていき、半分ほどになった人影のせいか、戦のような慌ただしさが少し落ち着きを見せた。
それを見計らって、メグミが銭金の背中に声をかけた。
「ちょっと意外だなー。所員さんも大事にしてるし、桜花炉もてっきり絶対止めないものかと思ってた。利益が一番じゃないんだね」
歯を見せて笑いかけるメグミに、銭金は反応に困ったようにまた背中を見せた。
彼は後ろ手を組んで、また鼻を鳴らしてから応えた。
「桜花炉は産業の発展に必要だ。止まるのは痛手だが、目先の損失に気を取られて、未来に基盤を残せねえようじゃ本末転倒だろ」
「やっぱり、皆が栄えていくことが大事?」
「勘違いすんな、産業発展は金儲けのためだ。けど、人の幸せって副産物も必要だ」
言い訳や話を合わせたようでもない、はっきりとした物言いだった。
メグミはそこに、少し寂しそうに訊ねる。
「戦に使われてるけど?」
「したいわきゃねえだろ。戦争なんて邪魔だよ邪魔、どんだけ工場の稼働取られてっと思ってんだ。……とはいえ、軍需のおかげで今の立場があるのも間違いない。皮肉な話だ」
「そっか」
はにかんだメグミは、少し丸まった銭金の背中に告げた。
「そういうのが得意なあなたが、人の幸せを二の次に考えたほうが、みんなが幸せになるもんね」
「……はっ、どうだかな」
天を仰ぐ銭金。その声色は、少しだけ嬉しそうだった。
だが、両者の間の空気が和らいだ直後、
「うわぁッ! な、なななんだコレ!?」
炉を取り囲むように配置された計器の一つの前で、所員が悲鳴に近い叫びを上げた。
一同に緊張が走る中、その所員が記録用紙を片手に銭金の下まで駆け寄ってくる。
その記録には数値を示すと思しき横線が引かれていたが、ある瞬間を境に紙をはみ出すほどの乱高下を見せていた。
「お、櫻力密度に爆発的な異常を観測! 通常の十倍から、ゼロ値も発現しています!」
「計器の異常の可能性は!?」
「ないとは言い切れませんが、先程の軽微異常を検出してから、まだ経路上に他の機器の接続は行っていません!」
報告を受け、歯ぎしりしながら思案する銭金。
彼は一度辺りを見渡して、
「ともかく、他の項目にも異常がないか確かめろ! 疑わしい計器があれば一度外しても構わねえ、まずは供給への支障の有無から切り分けだ。どんな些細なもんでもいい、今測れてる中で怪しいやつはとりあえず持って来い!」
しかし、実際の状況は銭金の予想より悪かった。
彼の言葉を受け、あちこちからおかしな記録を片手に所員が同時に駆け込んできたのだ。
「若、こちらに瞬断の傾向が」
「何か不純物が紛れている可能性があります! 計算が合いません!」
「外殻圧力が上昇中、破損の危険が――」
「ま、待て! 一度落ち着け、順番にだ!」
銭金が報告の津波に押し流されそうになる中、動いたのはメグミだった。
彼女は銭金の背中を手で支えると、
「手伝うよ!」
「……っ、任せた。――こいつに一度情報を集約しろ! 丙班は俺と炉心周りの再計測だ、緊急停止もありえるぞ!」
銭金と入れ替わるようにメグミが矢面に立ち、一身に報告の山を受け止める。メグミとて理解できていることのほうが少ないだろうが、真に大事を為す者の手を空けることこそが、有事においては重要である。
それに、彼女自身が情報の精査まで望めずとも、周囲に整理を促すことはできる。
「はいはーい! じゃあ『すぐにでも炉が壊れる!』ってくらい危ない結果を持ってきた人はこっち! 次に、『放っといたらダメかも』って人! それから、『誰かの助けになる情報がある』って人はこっちらへんに集まって!」
メグミの催促に、詰めかけた所員たちの大半は僅かに立ち止まった。それが適切かどうかはさておき、彼らが改めて考えさせられている間だけでも、初動の混乱を吸収できたと言える。
突発の対応としては上々。一刻を争うかもしれないこの状況下、対応すべき者が動けない事態を回避できたのは幸いと言えた。
だが、銭金たちが炉に近い計器に向かおうとした直後だった。
桜花炉が、爆発的な光を孕む。
臨界が、顕現しようとしている。
「……! 伏せてッ!」
咄嗟にユリナが踏み出し、銭金らの前に立つ。
瞬間溢れ出す、暴力的で白く極まった光。
ユリナの威風が、轟と押し寄せる力の奔流を吹き散らさんとする。背後で誰かが押し流されるのも計算の内。加えて、衝撃を真っ向から叩き割ろうと振り下ろした斬撃は、まるで鍔迫り合いでもするかのように押し留められた。
ほぼ塗り潰された視界の中、爆発の中心からばらばらと破片が飛び散っていく。散在していた計器類は部屋の四方に追いやられ、硝子の割れる音や金属同士が激しく衝突する音が幾重にもなって飛び込んでくる。
もはやそれは、破壊の嵐。
人には悲鳴を上げることしかできない、神々しき破滅だった。
「おッ――おおぉぉぉぉぉッッ!」
気迫を込め、ユリナは立ち続ける。身体の端々が桜の光に還っても、守るべき者たちに傷ひとつつけぬという覚悟が、彼女を盾で在り続けさせた。
光は、桜花炉の影が失われた瞬間を境に、やがて収束を迎える。
炉の天辺を受け止めていた天井は、空から大岩でも降ってきたかのように大きな風穴が空いていた。ユリナの威風のおかげか、炉の中心から彼女の正面方向に広がっており、所員たちの頭上は辛うじて無事なままだった。
「お、おい、何が起きたって――」
伏せていた銭金が恐る恐る顔を上げる。けれど、彼はその先の言葉を呑み込んだ。
方々で降り注ぐ瓦礫を恐れたからなどでは断じてない。
桜花炉に内包されていた白金滝桜が、日の目を見たからなどでもない。
いや、あるいはその桜は、自慢であった鈴生りの桜花結晶もない寂しい姿になっていることに衝撃を覚えたかもしれないが、それでも彼の目はそこにはなかった。
彼は、見上げていた。
彼らは、見上げていた。
そして彼女らもまた、歯噛みして、炉の代わりに現れた威容を見上げていた。
骸晶の蔦が数多絡み合って編まれた、巨大な体躯。
人を真似たのか筋肉の繊維一本一本のように蔦を束ねて、腕を、脚を伸ばそうとする、今はまだ胴長にして頭らしき部位のない、奇怪な存在。
命の有無の狭間に位置するような歪な印象に追い打つように、黄緑色の硝子細工めいた花がその身体のあちらこちらで咲き誇っている。
その全てが物語る。これは徒寄花の怪物であると。
だが、白金滝桜にさえやがて届いてしまいそうなこの巨躯は、桜降る代でも、ましてやメグミの歴史においても確認されたことはない。一兵卒の如き存在と言うには、あまりに規格外過ぎる。
「まさか、この歴史の本体……!?」
混乱を努めて抑えながら、ユリナが刃を構え直す。
怪物はそこで何を言うでもなく、人ひとりがすっぽり収まるほどの大きな花を、自らの腹の辺りに四輪咲かせた。
一度咲いた花はやがて窄まり、淡い光を帯びて、花弁は別の形へと変化した。
顕現せしは、人の形。
怪物の傍らで揺蕩う一人の少女は、様変わりした世界を憐れむように目を開く。
少女の名はトコヨ。メガミの座を戴く者。
そして、彼女に並んで咲き誇るは、ハガネ、コルヌ、ヒミカというメガミたち。
けれど、メグミが宿したのはやるせない悲しみだった。
「そんな……」
知っているようで知らない相手。なのに、別物なのだと分かってしまう。
彼女たちが普段とかけ離れた姿で現れた意味を、誰もが噛み締めてこの歴史に渡ってきている。
徒寄花の怪物に寄り添うは、徒神たち。
救うべき相手であり、そして、退けるべき強敵である。
敵視と敵視が、否応なく交錯する。
「メグミさん、行けますよね」
ユリナは、敵の様子から目を離さないままに、そう確認した。
対し、答えの先駆けとして、メグミは象徴武器たる唐棹を構えた。
一度目は敗れた。
二度目は、異なる命運の最中にあった。
だが、メグミが相まみえたこの三度目こそ、本当に立ち向かうとき。
鼻息一つ、得物を握る手に力が籠もった。
「もちろん、そのために来たんだから!」
だからこそ、彼女は戦う。
今度こそ勝利するために。
]]>
2023年10月禁止カード
なし
こんにちは、BakaFireです。1日禁止改定の更新が遅くなってしまい大変申し訳ございません。本作の新作開発やグッズの作成が佳境に入る中で、他の案件も並行して進めていたため余力が不足してしまいました。来年から再来年に何作かのゲームをお見せできると思いますので、どうかご期待とご容赦をいただければ嬉しい限りです。
禁止改定につきまして
昨月に続き、競技イベントディレクターのローヴェレさんと環境の観察と意見交換を行い、昨月と同様の結論で問題ないと判断しました。ゲームの体験そのものにおいて致命的な問題は発見されておらず、幾らかの偏りもこのシーズンにおける楽しさの一つとして捉えられると考えております。より細かい見解は先月の禁止改定をご覧ください。
また、先日に告知いたしました通り、11月にはシーズン8−2における競技的な試みも行われます。ゆえにこのタイミングでの変更は競技的に取り組む方にとって好ましいものではありません。こちらもこれまで同様に禁止カードの変更を避ける理由となっております。
以上となります。次の禁止改定は11/6(月)となりますが、オフライン完全祭とオンライン完全祭の間で環境に差が出るのは望ましくありませんので、原則的に11月の変更は行われないと考えて問題ありません。
ふたつの完全祭が狭間を拓く
シーズン8-2は間に新製品が挟まらないため、pdfの公開にて進めているいわば狭間のシーズンです。そこで今シーズンでの大型イベントは少し規模を小さくして、7月と8月に開催した起源祭と同様に32人規模の大会をオンラインとオフラインで開催する形とします。
というのも実は来たるシーズン9に向け、来年3月下旬から4月上旬を目途にこれまでにない形による128人規模での大規模大会の開催を計画しております。そちらの準備や、力を入れている新拡張開発のために今は余力を残す必要があります。今シーズンの128人規模イベントを期待していた皆様には申し訳ありませんが、ご理解、ご容赦を賜れれば幸いです。
しかし32人規模の2大会をつまらないイベントにするつもりは毛頭ございません。ふたつの完全祭を今シーズンは一緒に楽しもうではありませんか!
それぞれの詳細をお知らせいたします。
オフライン完全祭、2023秋ノ陣
2023年11月3日(祝):完全戦/三拾一捨
定員:32名:先着制
形式:スイスドロー5回戦
会場:イエローサブマリン マジッカーズ★ハイパーアリーナ
シーズン:8-2
タイムテーブル:
11:00-12:00:開場、選手受付
12:00-13:00:1回戦
13:00-14:00:2回戦
14:00-15:00:3回戦
15:00-16:00:4回戦
16:00-17:00:5回戦
※ 普段の交流祭などより試合開始が1時間早いですのでご注意ください。
三拾一捨3分間、眼前構築5分間、桜花決闘40分で進行します。
オンライン完全祭、2023秋ノ陣
2023年11月19日(日):完全戦/三拾一捨
定員:32名:先着制
形式:シングル・エリミネーションによる5回戦トーナメント
会場:discordサーバ上
シーズン:8-2
タイムテーブル:
13:10-13:20:トーナメント表、全参加者が使用するメガミの公開
13:30-14:30:1回戦
15:00-16:10:2回戦
16:30-17:40:3回戦
18:00-19:10:準決勝
準決勝終了後:決勝
三拾一捨3分間、眼前構築5分間、桜花決闘50分、予備時間15分で進行します。
時間までに着席が確認できない場合は審判がどちらかの勝利または両者の敗北として裁定を行います。
オンラインイベントの基礎情報
オンライン大会では準公式シミュレーターを用い、優勝者には賞品を郵送いたします。大会進行の管理はdiscordで行います。参加にはdiscordが必要ですので、discordの公式ページよりダウンロードしてください。管理しやすいようにシングル・エリミネーションによるトーナメント形式で行っております。
必要な環境
審判の業務
賞品
オンライン、オフラインともに普段より豪華な賞品をお贈りいたします。
決勝進出者2名に以下が贈呈されます。
※ 2023年1月時点でイベントの参加賞、賞品となったものと、アルティメットストレージに付属したタロットに限られます。具体的にはユリナ、ヒミカ、トコヨ、オボロ、ユキヒ、サイネ、ハガネ、チカゲ、クルル、サリヤ、ライラ、ウツロ、ホノカから1枚を選んでいただきます。但し、申し訳ないながら在庫切れのためシンラは候補から外させていただきます。
優勝者1名には加えて以下が贈呈されます。
※ 英雄の証は原初札のフルアート版キラカードです。このカードは代用タグを持ち、通常のゲームでは「ミオビキ航路」とみなして使用できます。三国杯で代表選手にはすでにお贈りしておりますが、折角なのでこの場でもご覧いただきましょう。
参加方法と人数調整
参加する方法はこれまでの公式イベントと同様にこちらのページから参加申請を行ってください。受付は本日ではなく、9月27日(水)の20時から開始します。事前の予告を手厚くすることで先着制の不平等性を可能な範囲で緩和する目的となります。
(2023/09/27追記)予定通り、こちらのページにて参加受付を開始いたしました。皆様のご参加を心よりお待ちしております!
複数のイベントへの参加と人数調整について
オンライン、オフライン両方のイベントに参加することは可能です。但し、可能な限り多くの方にご参加いただくためにさらに10/11(水)に人数調整を行います。日程の遅いオンライン完全祭の参加者(リザーバーではない)となっている方のうち、オフライン完全祭でも参加者(リザーバーではない)である方々をリザーバーの末尾に回す形といたします。予めご理解、ご了承をお願いします。
本日はここまでとなります。イベントなどの展望に関する記事は冒頭での予告通り2週間程度後に公開する見込みですので、今しばらくお時間を頂ければ幸いです。
]]>
見上げる威容が重低音を奏で、ガタガタと噛み合わなくなった歯車が時折床を揺らす。
桜花炉『ミツルギ』。
蟹河精製所に鎮座するその巨大な装置は、今までの炉と比べても随分と古めかしく、表面に見える部品も継ぎ接ぎしたように斑になっている箇所が多い。精製所自体も老朽化が激しく、遥か昔から人々を支え続けてきた苦労が随所に染み付いている。
所員曰く、これでも一度は建て替えられたのだという。
けれど、長く稼働を止めるわけにはいかない桜花炉は、誕生したときからずっと、応急処置を度々施されながらもこのままで在り続けた。
もちろん、核である神座桜も、そしてメガミも。
アキナとレンリの眼差しは、中で眠っているはずの相手を眺めているかのようだった。
「『ミツルギ』やて。何考えてたんか知らんけど、偶然にしちゃあドンピシャな名前つけよってからに」
ほくそ笑むアキナに、隣のレンリもつられて微笑んだ。
「まあ、突飛な発想をする人でしたから。もしかしたら直感なのかもしれませんよ」
「歴史を跨いで、ウチらの命名を悟りでもしたんか? ちゃうかったら、ミツルギなんて名前出てこーへんやろ。こっちは桐子桜ですらあらへんのやし」
「あっ、ザンカ様に由来するという線もありますね。こちらでは、後を託してお隠れになられたって話ですし」
「なるほど、名誉回復のつもりもありそやなぁ。いずれにせよ、本人由来にせーへんかったんはほんま、らしいわ」
言葉を交わす二柱は、まるで旧交を温めているかのようで、実際戦国に縁起を持つ彼女たちにとってはそうなのだろう。力の抜けたその肩は、使命を帯びたメガミのものではなく、友と語らい合う人のそれだった。
炉の据えられているこの制御室には、今は二人の姿だけ。所員たちは今朝から会議室に籠もっていて、たまに休憩がてら様子を見に来る以外、顔を見せていない。ガタの来ている炉を久方ぶりに入念に点検するとあって、突貫で計画を作っているようだった。
メガミたちにとっては、桜花炉の警備を最重要として依頼された身である以上、戦場になるかもしれない炉の周りに人間がいないのは好都合だった。屈強なミコトならばいざしらず、メガミと縁遠いこの地の人々に、メガミ同士の戦いを生き残る術はない。
しかし、二人にとってはもっと大切な時間だった。
彼女たちが真っ先にここの警備に立候補したのは、炉の心臓となったメガミの名が出た直後のことだった。
「なあ、しーやん。どないしてん」
アキナが切なげに、炉に手を触れた。
アキナとレンリがよく知る少女であり、何も知らないメガミの名。それはシスイ。かの戦国における大罪人・桑畑志水の行く末と思しき者。
この地には、ヲウカの影がなかった。
桜花拝は消滅し、桜花大社があったはずの場所にはこの精製所が広がっている。桜花決闘はないし、桜花歴で時間が刻まれたこともない。神座桜の奪い合いも、櫻力が領地関係なく提供されるために無用なものとなり、昔ながらの土地を各家は守り続けている。
この歴史における、かの決戦の勝者が導いた未来に、アキナとレンリは立っている。
だが、どちらもメガミとなり、永き時を生きるようになったというのに、顔を合わせることは叶わない。
言葉を交わすことも、その意思を問うことも。
「そこにおるんやろ。寝坊助も大概にせえよ」
装置は何も答えない。『サイハテ』よりも多く溢れてしまう桜の光が、どれだけ長い間身を捧げているのかの証になっていた。
それでもアキナは問い続けた。
「一体何を見たんや。メガミになって、何があったんや。なんで、ただ黙って閉じこもっとんのや。なあ……」
それはもう、ただ呟いているのと変わらなかった。たとえ分厚い絡繰の壁がなかったとしても、答えが返ってくることはないのだと理解しているようだった。ただ、コルヌの末路を目の当たりにした諦めではなく、ある種の信頼に裏打ちされているようにも見える。
アキナの撫でる手が拳を作り、力なく押し付ける。
それにレンリは目を伏せがちに、
「きっと、自分と同じものと見たんだと思います。あの決闘に勝った志水さんは、改めて桜に挑んだはずです。……自分と同じく、刃の本質を通して向き合ったはずです」
「…………」
「自分程度の命運であっても辿り着いたわけですから、あの志水さんなら、可能性の大樹を垣間見ても何もおかしくありません。それで、覗いてしまったんでしょう。あの禍々しきを」
自身の腕を掴むレンリの手が、小さく震える。
アキナから即座の反論はなかった。細く息を吐いて、咀嚼するように小さく何度か頷いている。
だが、彼女の拳が力を漲らせた。
キッとレンリを睨みつける。
「じゃあなんでこないなところでぐーすか眠っとんのや! しーやんやぞ!? 眠る脅威がなんや、己でぶつかって行って解決すればええやんけ! あのヲウカに歯向かって、終いには勝ちよったくせに、何大人しくしとるんやって話になるやろが!」
「それは……」
叩きつけられた感情に、レンリは言い淀む。
脅威に立ち向かうためとはいえ、自ら炉心となったその選択は、悪く言ってしまえば諦めである。誰かに託すこともまた希望かもしれないが、果たしてそれがかつての英雄の行いかと言えば否だった。
ましてや、当時の背中を知る者にしてみれば、この現実は信じがたいに違いない。
過去との乖離が、アキナを高ぶらせている。
三百年余りの断絶の中で失われてしまった、シスイが炉に至った道程や覚悟。ましてやシスイ自身がその旗振り役のようにすら伝わっているのだから、その謎は友であるアキナには酷く重いものに感じられていたはずだった。
しかし、炉に手をついたアキナは、絞り出すように言った。
「ウチは……しーやんと、ただもういっぺん、話がしたいだけなんや……。こんなくんだりまで来て、それすら許されんのか」
ぱたっ、と雫が装置を濡らした。時間よりももっと理不尽な断絶が、アキナに理屈すら捨てさせていた。
レンリは目の前で吐き出された感情を噛みしめるように口を噤み、アキナの肩にそっと手を伸ばして、すぐに思い留まった。その手を胸に当て、悲しげな瞳で想いを反芻すると、同情めいた眼差しだけをそこに残した。
未練がましく桜花炉を見上げるアキナ。レンリはその横顔を見せられて、やがて居た堪れなくなったように目を逸らした。
それでも無言では居続けられなかったのか、とつとつと口にする。
「なんとなく、分かりそうな気はするんですけど……でも、うまく言葉にできなくて」
共感をあえて述べることはしなかった。すぐに答えられなかった質問に、どうにかしてレンリは答えようとする。
「志水さんは自分とは違う……だからこその意思があって、それがぼんやりと、垣間見えてる気はするんですけど……」
「あ? なんやそれ、考えてからモノ喋れや」
「……ごめんなさい」
棘のあるアキナの物言いは八つ当たりにも近かったが、レンリは道化の仮面を置き忘れたようにしゅんと頭を下げた。
居た堪れなさが上塗りされ、桜花炉のうめき声が一層大きく耳朶を叩く。
アキナは深く深呼吸すると、涙を指で拭ってレンリに向き合った。
「いや、すまん。今のは悪かった」
「いえ……」
互いにばつが悪くなったところで、アキナはぐっと伸びをした。それから少し強めに自分の頬をパンパンと叩いたものだから、レンリは少し驚いた。
歯を見せて苦笑いするアキナは、
「分からんもんは分からんわな。なんもかんも、しーやんが勿体ぶったままおねんねしたせいや。はー、鉄の臭いばっかで息が詰まるわ。ちっと外でも見回ってくるか」
「あ……夕方には設営を始めるそうなので――」
「わーっとる。ついでに飯のアテ探しとくわ。しばらく泊まり込みやしな」
そう言うと、ひらひらと手を振って行ってしまった。
一人取り残されたレンリの前で、桜花炉はやはり何も答えなかった。
肩を落とし、レンリのため息が駆動音に紛れて消える。悩ましげにこめかみを揉みしだき、炉を一度見上げてゆるりと首を振った。
そこで、レンリが纏った衣が一条、ふわりと翻る。淡い桜色の室内灯の下で、それは藤色に煌めいた。
すると、天井から一つの影が落ちてくる。
「助かり〜」
小石を転がした程度の音と共に、現れたのは藤峰古妙だった。屈んで着地したせいで、野暮ったいおさげ髪が床に着いて、珍妙な顔つきで埃を払っていた。
彼女はそれ以上何を言うでもなく、レンリをよそに桜花炉に駆け寄った。軽薄な態度でこそあるものの、あの会談中に居眠りをしていた者とは思えない確かな足取りだ。『サイハテ』で出会った古妙が、ここにも目的を果たしに来たのだろう。
古妙は迷いなく炉の側面に回り込むと、一抱えほどもある木箱がまるごと埋め込まれたようになっている部分で立ち止まった。
そして彼女が手を触れた途端、身体から青い光の群れが飛び出した。
光は限りなく薄い板状で、ややあってから、遠目では判別できない白い文字のような模様が縦横無尽に躍り始めた。大小合わせて六枚の光板は、身じろぎするたび位置が追従しており、古妙が手で触れることで宙の好きな位置に動かせるようだ。
青い光と言えば徒寄花の怪物を想起させるが、かの冷たい青白さとはやや趣を異にする。古妙のそれは、そもそも温かさや冷たさといった状態とは無縁に見えた。
しかし、彼女が作業に取り掛かろうと、腕まくりをした瞬間だった。
展開された輝きが、急速に弱まる。
「……どしたん?」
余計な動きはしないと誓うように、炉から手を離す古妙。
ちらりと彼女が窺った背後には、布でできた無数の槍が揺蕩っていた。背後に忍び寄ったレンリが、笑みを貼り付けたまま、あからさまな威嚇の姿勢を見せていた。
古妙は口を窄めて、
「レンリちゃん様、手伝ってくれるんじゃなかったの? 煙家行きほっぽりだして、頑張って間に合わせたんだよ? それはないっしょー」
「おやおや、あなたが蟹河行きに潜り込めなかったせいで困ったのは、こちらも同じですが」
「分かってるけど、バレたらクビまであるんだから、ね? 点検まで時間もないっしょ?」
「どーしよっかなー。路頭に迷う女の子なんて見たくなかったけど、残念だなー」
「なんかあーし八つ当たりされてない!? さっきピリピリしてたやつ!?」
嘘泣きする古妙が振り返ると、にへらとした顔つきのまま固まった。
対面したレンリからは、表情がごっそりと抜け落ちていた。今まで愉快に踊っていた絡繰人形が、突然ぴくりとも動かず、じっと見つめてきているかのようだった。
ただ事実を告げるように、レンリの口が動く。
「確かに、あなたの要請には応えました。ですが、あなたの手足になったと勘違いしてもらっては困ります」
「…………」
「チカゲさんにこちらを任された以上、一線を越えるようなら容赦しませんよ。ここには、大切な友人が眠っているんですから」
人を小馬鹿にしたような態度はどこにもなく、幼い体躯に大の大人が乗り移ったような語り口だ。怒りを感じられればまだしも、感情を廃しているのがかえって恐ろしくなる。
流石の古妙もこれには息を呑み、一歩後退れば踵が炉に当たる。
彼女はどうにか苦笑いを浮かべた。
「あー……、ごめごめ。説明、足りなかったよね。ゆーて大したことはしないしない。必要な記録を取り出すだけ。たぶんそれは、メガミ様たちの力にもなるっしょ?」
弁明する古妙。しかし返答は、一寸さらに彼女へ迫る切っ先だった。
無表情のままのレンリが無言の圧力を放ち続け、不足を訴える。メガミとてもはや不滅とは程遠い存在、万が一が通ってしまえば取り返しがつかない。それがこの歴史を紐解く鍵の一つであるシスイであればなおさらであり、レンリたちにとって奇跡のような再会が潰えることも意味する。
だから、
「シスイ様に、危ないことはしないからさ」
「なら何を? それに、その力――」
間髪入れずにレンリは問う。恐る恐る宣言した古妙は、反して何かを目で訴えかけていた。
さわさわと、衣擦れが耳をくすぐる。元気をなくした青い光板は沈黙を保っている。
内心で様々なものを天秤にかけているだろう古妙は、あまり焦りを隠すつもりはなさそうだった。もちろんそれは急かすつもりでもあるのだろうが、分かっているだろうとでもいうような期待が眼差しに見え隠れしている。
刃を向けるメガミに対して危うい態度だ。しかしそれは、ここがもはやメガミとの距離が遠い地であることの証左でもある。ただ、例えば銭金のようにメガミを蔑ろにしているわけではないのは間違いない。
レンリは古妙が言わんとしていることに心当たりがあるようで、少し迷ったように口を結んだ。このまま追及を続けることはできるが、手引きしたレンリにとっても時間が限られているのは同じだ。
だからなのか、一度何かを呑み込んだようにして、レンリは告げた。
「命運がそこにあると、自分は認めます。その遺志を継ぐ者よ」
「じゃ、あ……?」
ほんの一瞬だけ古妙が浮かべた喜びは、瞬く間に尻すぼみになっていく。
レンリの表情に、対話を終えた緩みはない。
むしろ、その眼差しをより鋭くして、彼女は続けた。
「ならばあなたは、何を求めるのですか?」
その瞳に多少の失望を宿して、レンリは問い直す。
古妙は、もがくように口を動かした。
「な、にって……みんなを助けたいに決まってんじゃん。皆さんが言うところの、歴史を救うってやつ? だから、あーしはメガミ様たちの力になりたいんすよ。そこんとこマジのマジなんで」
「違いますよね」
「え……」
真っ向の否定に、古妙は言葉に詰まる。
反論の力が拳を握らせて、しかし解き放たれることはなかった。
機先を制するように、レンリが告げた。
「嘘じゃない。でも、本当でもない。確かに、遺志と密命に奮戦する英雄にはお似合いでしょう。英雄譚の種には十分でしょう。しかし――」
右手を掲げ、朗々と詠うように、
「自分の見てきた彼女は、ただ笑い合いたかったゆえに」
左手を掲げ、かの日を想うように、
「自分の知ってる彼女は、ただ疑問の影を落とすために」
そこで間を置いたレンリの顔を見て、古妙は目を丸くした。
そこには、失意だけが滲む硬い表情も、悪戯めいた表情も、あるいは舞台の袖から語りかけるような表情もありはしない。
どこか仕方ないとでも言いたげな、レンリらしくない困ったような微笑み。
古妙だけを見ているとは思えない深い眼差しと共に、レンリは告げる。
「あなたもそうなら、その仮面は似合いませんよ。道化方は道化の仕事。飾り立てた意思じゃ、誰の手も掴めませんよ」
「道化……」
「もう一度訊きます。あなたは命運に、何を求めるのですか?」
再度問う。今度は間違えるな、と。
古妙は目を伏せた。それから人の目を気にするように目を動かし、誰の気配も近づいていないことを悟ると、深く息を吐いた。
そして、切っ先を前にしておきながら、肩の力を抜いて装置に後ろ手で寄りかかった。
罪を認めるようで、傲慢なようで、惑うような七色の眼差しが、レンリに向けられた。
「証明したいんだ……あの方の定理を。あーしの補題ならきっと、届くから……!」
一言で表せない感情が古妙には渦巻いているのだろう。けれど、そこには昼行灯めいた浮いた虚飾がないことだけは確かだった。
確認するようにレンリが問を重ねる。
「世界を救うことで……?」
「もち!」
「……ふっ、ふふっ。なるほどなるほど、実に立派な『手段』です」
一瞬呆気にとられていたレンリは、姿と乖離した大人びた微笑みを浮かべた。
レンリはそれから、考えを深めるようにじっくりと目を閉じた。ややあってから今度はじっと古妙を見つめ、それでも足りないとばかりに左手に肘を置いて、口元に手を寄せた。もちろん時間を浪費するつもりはないのか、もどかしさもそこに滲んでいた。
やがてレンリは、次の疑問を投げかけた。
「では、手段の手段の話に戻りましょう。ここへは何をしに?」
ぐるりと回り道をしたせいか、古妙が安堵のため息をつく。そんな彼女をせっつくように、まだ首をもたげていた衣の槍が身動ぎをして、古妙がやんわりと両手を盾にする。
古妙は観念したように、しかしそっと様子を窺うように答えた。
「……眠る脅威に、届くかもしれない術を取り出す」
慎重に言葉を選んだ物言いは、この期に及んでもまだ全ては語れないという意思表示のようでもあった。
ただ、どちらにせよ、ここで古妙に洗いざらい吐かせる余裕は最初からありはしない。レンリはそれに今更目くじらを立てることはなかった。
その様子を見てか、古妙は少し迷ってから言葉を続けた。
「刃の本質が必要だから、ここが一番良かったんだ」
「……刃の本質だけじゃ足りないのは、分かってますよね?」
「うん。刃に式を乗せて、影響を相殺する。そのために、あーしは式を解明して、補題を導いてきたんだから。……でも――」
古妙の逡巡を呑み込ませないように、レンリはすぐさま疑問を挟む。
「何か問題が?」
「うぅん、計算上は完璧。気になるのは――」
毛先を弄び始めた古妙は、自分の中で考えを掘り進めているらしい。
しかし、そのぼんやりとした眼差しがレンリのそれと交錯したときだった。
「『花は語るべからず、ただ結実の標であらん』……」
「……え?」
それは返答のつもりか、ただ考えが口から漏れただけなのか、相手の反応をまるで気にしていないあたりどうも後者のようだった。
レンリはと言えば、脈絡なく詩の一節のような言葉が出てきたためか、耳を疑っていた。
「今、何と?」
「はっ! ごめごめ! 長くなるから置いとかせて。今は――」
我に返ってパンと頬をひと叩き。その真剣な視線の先には、古妙の求めるものが眠る桜花炉が鎮座している。
仔細はさておき、もしも古妙の言っていることが真実だとすれば、あまりにも重大な事実だった。徒寄花の脅威すら正しく伝わっていないこの地で、対抗策を練っていたのだとしたら、彼女とメガミたちとの邂逅はまさしく互いに渡りに船だった。
だが、当然今のレンリに全てを確かめる術も時間もない。櫻力公社との信頼が十分にあれば、表立って古妙の策を実証することもできようが、レンリはまさにその信頼を得るための警備の任についている。
これはレンリにとって賭けだった。
友を傷つけるかもしれない、賭け。
歴史が存続するかどうかの、賭け。
目の前の英雄の卵に対する、賭け。
もう一度、彼女が何度見たか分からない古妙の目と向き合い、ややあってからレンリは小さく頷いた。
「……分かりました。いいでしょう、やってください」
衣の刃が、するりと元に収まっていく。
レンリは至って冷静だった。目の前で泳がせた魚が宝を咥えてきたのに、歓喜に浸る様子はまるでない。むしろ、これから明らかになる結果への焦燥すらなく、どこか腑に落ちない点を一旦忘れようとしたかのようだった。
対し、古妙はぱあっと笑みを咲かせた。
「ホント!?」
「でも、妙な兆候があればグサリですからね」
「分かってる分かってる! レンリちゃん様は心配性だなぁ」
緊張感をどこかに放り投げたように、うきうきで装置に向き直る古妙。
作業に向かうその背中を、レンリはやや疲れた笑みで見守っていた。ぴんと伸びた古妙の背筋は、レンリの小言という檻から放たれて自由になった獣のそれだった。
垣間見えた本心が道を作ると、レンリは賭けたのだろう。
レンリはその姿に、ひとりごちた。
「仮面は、自分みたいなのが被ればいいんです。あなたは――いえ、あなたたちは、最後にはきっと、誰よりも人々を――」
だが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
レンリたちの耳を、鋭い声が襲った。
「狙撃や、敵襲ッ!」
「……!」
アキナの叫びが届いた直後、ガンッ! と破砕音が響く。
桜花炉の数間先で、空色の矢が床を穿っている。『サイハテ』の時と同様、壁や天井に傷一つつけない自由なる一矢だったが、今回は桜花炉を直撃するはずだった軌道が途中で不可思議に曲がったために、炉もまた無事であった。
レンリと古妙が戦慄する中、アキナが部屋に駆け戻ってくる。彼女は居るはずのなかった古妙を見つけると舌打ちしたが、芽生えた感情を噛み殺して、手に持っていた大きな算盤を宙に構えた。
横目でレンリをひと睨みし、
「そう何遍も再計算は効かへん、逸らすにも限界がある! せやけど、とにかくウチら二人で何とかするっきゃないで!」
「は、はい!」
冗談の一つもない警告に、レンリも慌てて射線を遮るように立ちはだかる。
空と自由の象徴・ミソラ。彼女は決して、メガミという枠組みにおいて殊更武力に長けているわけではない。空という舞台で見ても、例えばヒミカが手を伸ばしているし、カムヰなど言うに及ばない。
けれど今、炉を巡る戦場は彼女の狩り場と化していた。
拠点の守りをあざ笑う、物理的障壁を無視する矢。
正確無比な、超遠距離からの一方的な射撃。
どんな名将も羨む狙撃手となったミソラは、この状況において、間違いなく最強のメガミであった。
]]>
2023年9月禁止カード
なし
こんにちは、BakaFireです。現在は三国杯もひと段落し、次の拡張の開発に専念しております。かなり気合を入れた作りになっておりますのでご期待いただけると嬉しいです。
禁止改定につきまして
シーズン8−2における2か月程度を観察し、三国杯もひと段落しました。ここまでを踏まえて競技イベントディレクターのローヴェレさんと環境についての見解の共有と意見交換を行い、結論として禁止カードの制定は行わないことにしました。
今月はシーズンが切り替わってから2か月と、平時より禁止カードを定める可能性が高いタイミングでしたので、平時より丁寧な説明が必要でしょう。お話しいたします。
今回の新たなメガミであるAレンリならびに、環境を揺らすために上向きのカード更新を行ったメガミたちの中では今のところ大きな問題は起こしていないと評価しています。カード更新は全体的に期待通りに機能し、特に冒険的な更新についても環境に良い影響を与えられたことを喜ばしく考えております。
総じて魅力的な環境ではありますが、幾ばくかの偏りを懸念している個所もまた存在します。カード1枚1枚の更新内容は妥当だと評価していますが、更新全体として一部の要素への影響が不十分であった可能性があります。その上で、今後に環境で偏りが生じることを未然に防止するために禁止カードを定める選択肢を私どもは検討しましたが、以下の理由より行わないことを選びました。
1:三拾一捨のレベルでの解答は見つかっていない
カード更新は相応に環境を揺らしており、三拾一捨の水準におけるメタゲームの固定化は観測されていません。環境の偏りに関する傾向も過去に生じていた同種の予兆と比べて小さく、決定的とは言えない程度です。これからメタゲームが変遷するにつれて、偏りの外側にいたメガミも環境で活躍する余地も期待できると考えています。
2:シーズンが比較的短い
次のゲームマーケットである2023年12月には環境が切り替わるため、今回のシーズンは比較的短く、一定の偏りが生じたとしても向き合う期間もまたそこまで長くないと想定されます。ゆえに偏りを楽しむ形でゲームを楽しめると判断しました。
3:カード更新案(一部)見直しのためのデータとしたい
シーズン8−2へのカード更新はほぼ全てシーズン9でも残り、そのまま次の製品で印刷される見込みです。しかし懸念される偏りに関する一部の内容は見直される可能性が高いと言えます。その内容をより適切に定めるため、禁止カードがない状態で今の環境を観察したいと考えております。
以上となります。次の禁止改定は10/2(月)です。次の競技的な試みを鑑みて、こちらで禁止が行われる可能性は今月よりも相当に低いと捉えて頂いて問題ありません。
三国杯も終わりましたので次の競技的な舞台に関する指針もまとめ、来週には展望として掲載させていただく見込みです。やや遅く申し訳ない限りではございますが、次の拡張の作成にある程度以上に専念しなければならないため、ご容赦願えれば幸いです。
]]>
「まずは、わたしたちの仲間がご迷惑をおかけしたこと、お詫びさせてください。すみませんでした」
「すんませんでした」「ごめんなさい」
重い空気の中、用意したような第一声と共にユリナが頭を下げた。両隣のメグミとアキナも追従し、端に座るサリヤが遅れてそれに倣う。
謝罪する相手は、机を挟んで向こうで顔を並べる桜花炉の代表者二名。
彼らの背後には、手足を縄で縛られた状態で床に座らされる所員――否、妙齢の所員に化けたチカゲとレンリの姿があった。
昨日メグミが取り付けた、桜花炉関係者との懇談。責任者に取り次ぐという約束から進展を予感していたユリナたちだったが、定刻になっても潜入班が戻らず、暗雲が立ち込めていた。そして、出迎えた所員の複雑そうな態度が、悪い予感の的中を告げていた。
メガミたちが通されたのは、書類塗れの机が立ち並ぶ事務所と思しき一室。その最奥に据えられた長机が懇談の舞台であり、奥側で対面する代表者以外にも所員が計七名、机から溢れた者は適当に椅子を持ち出して周囲で臨席していた。
彼らの中にはミコトが数名混ざっており、一人には見覚えがあった。『サイハテ』で出会った藤峰古妙だ。
しかし、派手な容姿も眠そうな顔も浮いている彼女は例外としても、状況に反して殺伐と言うほど険しい雰囲気ではない。確かに不穏な客人を訝しんでこそいるが、身構えている者はいなかった。そもそも彼らは、武器の類を一切携帯していないように見えた。
その程度の警戒で済んでいるのは、チカゲとレンリが無抵抗なためかもしれない。協力すべき味方である桜花炉の面々と、争わずに済むのであればそれに越したことはない。
だが、話の流れ次第では最悪の事態に発展することも有り得る。
悪印象から始まった懇談は、そうして謝罪から幕を開けた。
「ほな、改めまして、ウチはアキナ。皆さんと仲良うさせてもらいたい思いまして、遠いところから来させてもらいました。よろしゅう」
商売用の笑みを浮かべたアキナは、一行に目配せして追従を促す。
「メグミです。今日は会ってくれてありがとうございます」
「わたしはユリナ。えーと……よろしくお願いします!」
「サリヤと言います」
最後にサリヤが、変化した姿で楚々と目礼した。
そうして一通り名乗ったのを見て、アキナが後を引き取った。
「もしかしたら聞いとられるかもしれませんが、ウチらはそこの二人含め、全員メガミやらせてもらってます。今日はちょこっと桜花炉の話を聞かせて――」
「信じられるかッ!」
バンッ! と机が強打された。正面に座す、大柄な青年からだった。
彼はきつくアキナを睨みつけ、
「こんなぞろぞろと揃ってメガミだって? そんな馬鹿な話があるかよ! 変装してまで精製所に忍びこむなんて、旅芸人の営業にしちゃあ度が過ぎてんぞ」
「銭金さん」
窘めるように名を呼ぶ、もう一人の責任者の女性。青年と合わせ、昨夜チカゲたちの前で口論していた者たちだ。
青年は鼻を鳴らし、腕を組んでふんぞり返った。
「
「私は、櫻力公社所属の上忍・闇昏千冬と申します。この『ミカガミ』の責任者であり、全桜花炉の運用・開発を監督する総監督を拝命しています。本日は……面白いお話を期待、しています」
肩書きを告げる滑らかさとは打って変わって、社交辞令の歯切れは悪かった。それは立場がもたらす冷静さの揺らぎのようであったが、その内心までは窺えない。一つ言えるのは、迷いを抱えた慎重さが、銭金とはまた違った拒否感を思わせることだった。
千冬は、取り囲むように列席する所員たちを示し、
「一応、手の空いている技師を含め、所員も同席させていただきます。煩わしいかもしれませんが、ご容赦ください。……古妙、戻ったばかりで申し訳ないけれど、議事録を取ってもらえる?」
「うぅーい」
気怠げに応じた古妙は、長机の端で紙を広げ、渡来の筆に似た筆記用具でカリカリと記し始める。
もちろん、彼女にも用があるメガミたちは、必然と意識してしまっている。だが、古妙の緩い態度からは、『サイハテ』で出会ったときのような秘められた熱量を感じられない。ただ風にはためいているだけの、絵だけは豪華な凧のような雰囲気であった。
誰もその不真面目な態度を全く咎めないということは、これが古妙の常なのだろう。古妙と千冬――あるいは櫻力公社なる組織との間には、冷たい隔絶があるのかもしれなかった。
ただ、この場の本題は古妙についてではない。
そもそもメガミたちは、地に落ちた評価を覆すところから始めねばならなかった。
「メガミ、メガミねえ……」
天を仰ぐ銭金が、じろりとメガミたちを見下ろした。
「ファラ・ファルードの連中、間諜にそう名乗らせてるんだとしたら、随分と趣味がいいこった。あるいはさぁ、ミソラの一味が次の獲物の下見に来たとかも考えられるよなぁ」
「ち、違うよ! あたしたちも、なんでミソラ様が炉を壊したのか、詳しく知らないの!」
メグミの反駁に、銭金がにやりと笑った。
「なんだ、耳が早いな。『サイハテ』がやられたとは一言も言ってねえのに」
「それは……!」
「いずれにせよ、お前らは最初から嘘つき確定だ。誰も知らないメガミが、あろうことか六体も見つかったら大発見だよ。シスイを最後にメガミは生まれてないって、先生から習わなかったのか? そうだろ、闇昏さん?」
同意を求める銭金に、千冬は「ええ」と端的に返した。当たり前のこと過ぎて、戸惑ってさえいるようだ。周囲の所員の反応も、判で押したように同じだった。
『最後のメガミ』が何を示すのか、図らずも知るところになったメガミたちだが、そこに大きな驚きはない。可能性の一つが実際に提示されただけに過ぎないからだ。
問題は、何故を知るために言葉を尽くさねばならないことである。
「合点がいきました。ここでは、そないなことになっとるわけですね」
あくまで冷静に、アキナは笑みを貼り付けたまま説明を続ける。
「誰もウチらをご存知ないのも、無理ないことです。ウチらは、こことは全く別の歴史を生きてきたメガミ。三百年も昔に、あなた方と枝分かれした後にメガミに成ったもんですから、むしろ知っとったらおかしいわけです。メグミなんて、成ったの二年前とかやったっけ?」
「うん、もうそれくらい。あたしは、皆とはさらに別の歴史の出身なんだけど……その歴史はもう、滅んだ。ここにもその脅威が迫ってるから、助け合うために、あたしたちは歴史を渡ってきたの」
真っ直ぐ真摯に、メグミは告げた。桜降る代に警句を運んだ彼女の言葉は、異なる地でも実感に溢れているはずだった。
だが、しばし訪れたのは沈黙。
そして、銭金が気怠げに立ち上がると、ため息一つついて歩き出した。
所員が問う。
「若、どちらへ……?」
それに彼は、鬱陶しそうに手で払う素振りを見せて、
「決まってんだろ、奉行所に連絡しに行くんだよ。騙りでも間諜でもいいけど、与太話に付き合わされるほど俺は暇じゃあねえんだ。続きはお奉行サマの前でやってくれ」
「い、一応お客さんなんで、もうちょっと話を聞いてあげても……」
「あぁ、こいつら呼び込んだのお前だっけ? お前のことも伝えておくから安心しろ」
「……! ま、待ってくださいよ若ぁ!」
立ち去ろうとする銭金を一人の所員が追いかける。ただ、必死なのはその所員だけで、彼以外の桜花炉の面々は皆、銭金の反応も仕方ないといった空気だった。この場の顔でもある千冬も、荒唐無稽な話を前にしてどう収めたものかと曖昧に笑うばかりだ。
顔を動かさずに深呼吸するアキナと、銭金の背中を見て小さく歯噛みするメグミ。対話の先頭に立っていた二柱が、それぞれ次の矢を放とうとしている。
と、そのときだ。
銭金の足を止めたのは、アキナでもメグミでもなかった。
「ちょっといいですかぁ?」
甘く、蠱惑的なのに、幼い少女の声だった。
その異質さに銭金が思わず振り返る。桜花炉の者たちも、この場にそぐわないその声の出処を探っていた。
あての外れ続ける彼らの視線を集めるよう、声は再び告げる。
囚われていた侵入者の片割れたるレンリの、声とはかけ離れた妙齢の女性の口から、確かにその言葉は発されていた。
「自分ですよ、じ・ぶ・ん。証拠をお見せすれば、納得してくれると思いましてー」
「なっ……」
違和感に塗れた光景に、銭金が言葉に詰まる。
それからレンリは、アキナに何か伺うように小さく首を傾げてみせた。アキナはレンリの目線を読み、少々渋い顔になりながらも、顎を動かして許しを出した。
「ではでは、ここに人に非ざる証を立ててご覧に入れましょう。皆々様、そちらにおります我らの仲間サリヤにご注目ぅ。どこからどう見ても黒髪の美しい清楚な彼女ですが、なんとなんとその正体はー?」
レンリが口上を終えた直後、化けていたサリヤの身体が淡い光を発した。やがて彼女の皮を剥くように光の帯の形となり、するすると地に引かれて椅子と床に落ちていった。
中から現れたのは、メガミたちには馴染みの褐色銀髪をした元のサリヤ。虚像などではないと示すべく、少し恥ずかしげに、桜へ還る帯をわざとらしく払ってみせる。
背格好すら変わる変装が人の業であるはずもなく、十分な実演であった。
否、それはあまりにも、十分過ぎた。
「ふ、ファラ・ファルード人!?」
「どどどどどうやって!? さっきまでは、確かに……」
狼狽する所員たち。長きにわたる戦の相手がいきなり目の前に現れたのだから、彼らの反応も当然のことだった。壁際で聞いていた者たちは、距離を取ろうにも逃げ場がなくて壁に背を貼り付けていた。
全く身構えていないのは、流石は上忍と言うべきか、静かに刮目する千冬ただ一人。
そして、後退った銭金からは、激昂が怒声となって飛ぶ。
「てめぇふざけるな! 『ミカガミ』までは絶対やらせねえぞ!」
握りしめた彼の拳にはミコトの証が輝いていたが、威嚇こそすれ今すぐ飛び込んで取り押さえようという気概は感じられない。むしろ、彼の重心は事務所を出る方向へ向いており、事態が動けば助けを求めようという腹なのは明らかだった。
だが、本来ならば出口に一番近い彼は、一目散に逃げて増援を呼ぶべきだった。自称メガミとファラ・ファルード人の出方を窺う必要はありはしないはずである。
未だそこに留まり続けるだけの判断を、彼は植え付けられているのだ。
「さあさあ、如何でしたか? こんな変装、人にはできませんよねぇ?」
彼の内心を擽るように、レンリが場に問いかける。戒められているはずの彼女を、人間の誰もが遠巻きに窺っていた。
「姿を偽るこの御業は、まさしくメガミの力の証明! そして皆々様もお分かりの通り、サリヤはなんとなんとファラ・ファルード人なのです」
「…………」
「さてさて、こんな完璧な変装をどうしてバラすんでしょーか? そして、メガミである自分が、どうしてファラ・ファルード人と一緒にいるんでしょーか? はい、答えをどーぞ!」
にたにたと笑顔を向けた先には、銭金の苦々しげな顔がある。衆目を集めてもなお彼から威勢のいい糾弾が出てくることはない。
五つ数えたところで、レンリから表情が消えた。
お道化た調子を引っ込めて、彼女は突きつける。
「時間切れ。もちろん、自分たちに敵意がないと示すためであり、異なる歴史が存在する根拠だからですよ」
翻って、くすくすと顔に似合わない笑いをレンリは零す。今までの空気とは全く異なる語り口に人間たちは呑まれ、半端な反論を挟めないでいる。異質なだけでは拒絶を生むが、その質が格上の存在のそれであるために、人々の目に正しく畏れが滲み始めていた。
どうにか反論を絞り出そうとする銭金だが、
「……そんなの、お前らが――」
「自分たちメガミが、ただのファラ・ファルード人に協力してるだけじゃないかって? ではでは第二弾、サリヤさんお願いしまーす!」
「え、ええ」
サリヤは少し迷ってから、銭金の背後、机と机の間の手狭な通路に狙いをつけるように手をかざした。
起きた現象に、今度こそ疑いの眼差しが消える。
桜の光が結実して現れたのは、サリヤの象徴武器たる乗騎ヴィーナ。もしかしたら技術の発達したこの歴史であれば似た乗り物は造れるかもしれないが、顕現まではできまい。
「ご覧の通り、サリヤさんも立派なメガミなわけです。この乗り物、自分たちにとってはどう見てもファラ・ファルードの絡繰なわけなんですけど……銭金さーん、どうですぅ?」
「……こっちで見たことは、ない」
「ですよねですよねぇ! ファラ・ファルード由来の象徴武器、これもまた異なる歴史の証拠ということで。さて――」
そう言うとレンリと隣のチカゲの身体もまた、先程のサリヤのように光となって剥がれていった。
元の道化師じみた格好の童女へと戻ったレンリは、手足を戒めていた縄など最初からなかったかのように立ち上がり、どよめく皆へと両腕を広げて見せた。
にっこりと、屈託のない笑みで告げる。
「もっとお話、しませんか?」
「…………」
流れを全て掌握してしまったレンリに対して、即座に異を唱えられる者もいなければ、同意する者もいない。無意味だった拘束が、レンリは御せる相手ではないと示している。下手なことを言えない状況になってしまって、桜花炉側の人間は誰も動けない。
しかし、目的は理解を求めることであって脅しではない。
恐怖に色づくその前に、割って入ったのはメグミだった。
「皆さん、驚かせてごめんなさい! だけど、レンリちゃんが言ったことは全部真実です」
彼女は立ち上がり、一人ずつ見回した。
この地に生きる、対話すべき相手のことを。
小さな小さな咳払い一つして、メグミは胸に手を当てた。
「あたしたちは、この歴史の皆と手を取り合うために来ました。桜を蝕む脅威に、共に打ち勝つために。お互いの歴史を、この先もずっと続けていくために。だからどうか、あたしたちに時間をください。まずは、お互いのことを知るところから、始めてみませんか?」
はにかむメグミが、席を離れた銭金に笑いかけた。激しく反発していた激情はなりを潜めており、逡巡する中で元いた席に目線が幾度か向かう。
そんな彼を後押しするように、千冬がその席を手で示した。大きく狼狽えることのなかった彼女だが、顔には急な理解を押し付けられた疲れが滲んでいる。覚悟を決めて居座っていたというより考えるのに必死だったと言うべきか、銭金を引き戻す様子からは、この奇想天外な邂逅から逃れるのを認めない魂胆が透けて見える。
やがて、舌打ち一つ鳴らして銭金が踵を返した。
乱れた席が整えられる中、ユリナは告げた。
「少し長い話になると思いますが、最後まで聞いてくれると嬉しいです。わたしたちがどんな歴史を辿り、何と戦っているのかを」
苦々しい顔が並び始めてから、はや半刻。
メガミたちにとっては、先日の臨時大家会合などで既に人間に語っている内容こそが主題であった。突飛な内容ではあるものの、メグミらの来訪や徒神騒動の下地があった桜降る代の人々は、毒を食らわばといった雰囲気で早々に呑み込んでくれていた。
しかし、この場に居合わせた彼方の枝の人々は違う。彼らはまず、多くメガミが当たり前のように人の営みの中に居るところから理解を求められた。
もちろん最初は、皆半信半疑だった。メガミの証明があっても、お伽噺のように聞こえていただろう。けれど、差し挟む疑問へ淀みなく答えるメガミたちに瑕疵はなく、開示されているのが決してただの物語ではないことを認めざるを得なくなっていった。
そして、徒寄花と徒神によりもたらされた惨状に顔を強張らせ、眠る脅威に話が追いついたときにはもう、あるはずもない否定材料を誰もが必死に探していた。
認めなければ、滅亡の前であぐらをかいた愚者との烙印を押されてしまう。
だが、平穏な日常の只中に持ち込まれた暗い未来予想を、今すぐ呑み下せる者がいるはずもないのだった。
「クソッ、ふざけるなよ……」
銭金の足が、貧乏ゆすりの音を刻む。途中で所員に何度も注がせた茶も、底を尽いて久しかった。
解放されたチカゲとレンリが席につき、語り終えた六柱のメガミの前には、彼のように苦渋を浮かべた顔ばかり。思わず感情的に拒絶しても不思議ではない内容だったが、技師が多いこともあってか、理屈との間で板挟みになっているようだった。
口元を指先で隠した千冬が、恐る恐る訊ねる。
「本当に、あなた方と私たち――いえ、二つの歴史以外に、生き残りはいないのですか? それほど危機的な状況に、既に陥っていると……?」
「せやで。みーんな船底に穴開けられてもうて、ウチらも時間の問題や」
無慈悲に答えるアキナ。千冬は冷や汗を流しながら、再び机に視線を落とす。
他の所員たちも不条理な現実に唸っていたが、一見して例外なのが、うつらうつらと舟を漕いでいる古妙だ。隣の所員が、信じられないものを見る目つきで書記を代わっている。
しかしメガミたちは、瞼の半分落ちた瞳に宿る意思に気づいていた。発言も相槌すらもなかったが、耳はずっとメガミたちのほうへと向いている。意図は定かならずとも、何か訴えるべきことを秘めている様子だった。
ただ、そんな古妙を咎める余裕のある人間は一人もいない。
どれほど理解に苦しみ、受け入れがたい内容であっても、彼らは差し伸べられた手に対して是でも否でも応じなければならなかった。現れたメガミたちという変化する現実の象徴に、無言でいることは許されなかったのである。
「……一つ、分かったことはあります」
千冬が迷いをどうにか呑み込んで、それでも勇気に後押しされたように切り出した。
その眼差しは、メガミへと向けられる。
彼女を母と呼んだ、チカゲへと。
「お恥ずかしながら、私はこの歳にして未だ独り身。母と呼ばれる理由はありません。ですが、その面差しを見て感じたのです。チカゲ……さんは、私に連なる者ではないかと。それが異なる歴史で私が子を成したというのなら、少し納得できる気がするのです」
「す、すみません、混乱させてしまって。死んだ母様と瓜二つで……」
謝るチカゲに、千冬は首を横に振った。チカゲと似た色合いの長い髪が揺れる。
「そう、でしたか。とは言っても、話を聞くにこの私とチカゲさんはさほど歳が変わらないようですから、まだまだ現実味はありませんが……」
「歴史の違いで、生きた年代もずれたのでしょう。メガミになったチカゲと頭領になった愚弟がそもそも生まれなかったのですから、これからさらに差が生じるわけです」
「頭領……それは、確かに……」
容易く投げられた大きな規模の話に、千冬が返答に詰まった。
しかし、そのまま話を膨らませるを良しとしなかった者がいる。
銭金だ。
「ちょっと待とうや闇昏さん。いくらなんでも鵜呑みにし過ぎだろうがよ」
頭を掻きむしる彼の目は、半ば千冬を睨む形だ。
「い、いえ、まだ全て納得したわけでは……」
「別の歴史だなんつー、一番突拍子もねえところをあっさり受け入れてんじゃねえか。確かにメガミなのはもう疑いようもない。だが、眠る脅威を警告しに来たのに、肝心のファラ・ファルードと仲良しこよしだって言いやがる。筋が通らんだろ、筋が」
指で机を叩きながら反駁する銭金。
そこへユリナが小さく手を挙げて、
「あの、もしかしてこっちにも『眠る脅威』って伝わってるんですか? なんだか馴染みがありそうなので」
彼女の問いに、千冬が頷いた。
「その言葉が記録に残るだけで、詳しい内容までは分かっていません。最後のメガミ・シスイが提唱したとされ、それ故にメガミたちは桜花炉の心臓になったとされています」
「じゃあ皆、自分から装置に入ったってことですか?」
「はい、眠る脅威に立ち向かうためとは言われています。ただ真相はと言うと、当時の製炉関係者も知らないようでしたし、御本人方に確認もできず……。そのため近年では、ファラ・ファルードからの侵攻の予言だったと見る向きが強かったのです」
千冬がやんわりと銭金に目線を向ける。
彼は不愉快そうに毒づいた。
「ケッ、現実的に考えた結果だよ。知らねえぞ、そっちでも侵攻が起きたら。俺たちのことを心配する前に、そっちの人間に櫻力を供給してやったほうがいいんじゃないのか? 兵器もそうだが、櫻力灯すらねえなんて可哀想にすら思えてくるね」
「そうしたら確かに起きるでしょうね、戦争は」
サリヤの反論に、銭金は鼻を鳴らした。痛いところを突かれたといった様子ではなく、最初からそう言い返されると理解していたような態度だった。
けれど、席を囲む所員たちの少し呆れたような反応に、彼は顔をしかめる。まだ不信は解消されきっていないとはいえ、千冬が態度を軟化させたことを皮切りに、建設的な議論を求める空気が漂い始めている。自分の主張を強弁し続ける銭金は、少しずつこの場から浮き始めていたのだった。
咳払い一つ、銭金は話題を打ち切った。
身体を仰け反らせ、彼は問う。
「協力するつもりだってのは分かった。なら、疑いは晴らしておこう。『サイハテ』の襲撃、たまったま居合わせたんだろう? その件について詳しく聞こうじゃないか」
猜疑半分、出方を窺うのが半分という物言いだった。未だ現れぬ脅威よりも実害に目が行くのは当然のことで、芦原精製所侵入が黒である以上、同様に黒と判じられても仕方がない。
対し、再びアキナが矢面に立つ。
「確かに、炉が襲撃されたんは重要な事実です。炉がどういうもんか知った今なら、ウチかてそのヤバさは分かるさかい、もちろん情報提供はさせてもらいます」
せやけど、と継いで、
「ウチらにとって――そんで、そちらさんにとっても、もっと大事な点があるんです。あんとき、壊れた炉の中に眠ったコルヌがおったわけですけど、そのコルヌ、徒神になってもうてたんですよ」
「さっき言ってた、変質したメガミとやらか。そんな情報は上がってきてないぞ」
銭金がぶっきらぼうに跳ね除ける。彼はちら、と千冬を窺うが、彼女もまた遠慮がちに頷いて同意した。
アキナはその反感を受け止め、
「ウチらも見るまで分かりませんでしたからね。しかしまあ、仮にそれは頭の片隅でええとしても、炉が危ない状況なんはよろしくないわけですよね? 壊れてもうたら、銭出しはってるおたくは当然おもろいわけがない。それが、中のメガミが駄目になったからでも……ミソラにやられたからでも」
「む……」
一拍、銭金は反論の間を置いた。
眉間にしわを寄せながら、彼は言う。
「出資者として、櫻力販売の利益を得ているのは事実だ。だが、その程度の儲けにしがみつく守銭奴と思われるのは心外だな。『サイハテ』の――」
「『サイハテ』の停止で血が通わんくなった、製造に流通に生活に……北のほうやと、採鉱もですか? 当然、大打撃やろなあ。波及したらえらいこっちゃ。……ところで、間違うてたら申し訳ないんやけど、兵器作るんにも櫻力要りますやろ?」
「……! 分かって、る、じゃねえか。どんだけ軍に迷惑かかると……」
アキナの言いたいことを理解したのか、歯噛みする銭金だが、流れを止める理屈を見つけられないようだった。
アキナは畳み掛けるように告げる。
「情報は提供しますし、メガミなんやから当然メガミにも対抗できます。せやから、ついで! ついででいいんです! 炉が末永く動くよう手伝わせてもらいますから、ウチらの調べ物、ちょこっと気にしてはもらえんやろか?」
「ぐぅ……」
要するに銭金は、傭兵の雇用を迫られていた。経済損失によって大きく傾いた秤の上に、メガミへの信用を如何に載せるかとアキナは問うたのである。
損失と同じ皿の上に載せれば悪化はするが、別の皿に載せれば悲鳴は止む。
ミソラ撃退だけでも短期的な利益を得られるが、メガミたちの言葉を信じるならば、徒神化という中長期的な問題も解決できる可能性がある。
故に、裏切られたときの傷は深いが、メガミを信じるほどに利得は大きくなる。
だが、脅威と判断したミソラと彼女たちが同じメガミであることを認めた以上、話に乗らなければ銭金はその脅威を退ける用意をする責任がある。
彼らは、生のメガミを知らない世代。当然、その本来の力を知る者もいまい。
経済と軍事への影響を賭け金に、ろくに見積もりもできない戦力の相手に挑むには、彼の商会副会長という肩書はあまりに重かった。
「あー、分かった分かった。これでも桜花炉の発展を支えた銭金商会を継ぐ男だ。相手を無下にしたせいで炉が潰れた日には、親父の隠居話がまたパァになる。そんなの御免だね」
銭金はそう言うと、所員をどやして茶を淹れに行かせた。長丁場でよれた羽織を直して居住まいを正し、懐から眼鏡を取り出す。そして、盛大な溜息と共に机に両肘をついた。
損得が絡めば、商人は肩を組んで夢物語だって唄ってみせる人種である。アキナが用意した着地点にただ甘んじるか否か――そこを争点にされた銭金は、交渉の席に座り続けざるを得なかった。
対面でにこにこと手揉みするアキナに、銭金は腹をくくったように告げた。
「話を詰めよう。異邦のメガミ相手に意味があるかは分からんが、念書は認めてもらうぞ」
「そらもちろん! 商売のメガミ直筆の証文、ご利益ありますよ♪」
最後にサリヤが親指を離すと、紙面に拇印が六つ縦に並んだ。その隣の列には二つ、銭金と千冬のものが並んでいる。
念書を受け取った千冬が席を立ち、軽く頭を下げる。
「ありがとうございます。これにて、桜花炉総点検中の警備に係る契約の成立とします」
ただ、話がまとまったというのに、彼女はあまり浮かない顔だった。不安しかない成り行きに疲れているようでもあったが、本当にこれでいいのかとまだ悩んでいるようで、責任者としての立場が強引に彼女を動かしているようだった。
しかし、メガミたちの目的は、その暗い未来をこそ取り除くこと。用心棒という名目であるにせよ、協力関係を結べたのは間違いなく前進だった。
同じく礼をしたメガミたちに、千冬は告げる。
「それでは、何卒よろしくお願いします。襲撃のこともありますので、『ミツルギ』『シロカネ』担当の方々は、このあとすぐにでも出発しましょう。足を用意させますので、支度を済ませて下さい。『ミカガミ』組のサリヤさんとチカゲさんには、その後で中をご案内します」
「それなら、ひとまず宿を引き払ってきますね」
そう言って去ろうとしたユリナの背中を、アキナとメグミが追っていく。
ただ、遠征組に入っているはずのレンリは、椅子に座り直してぐったりと机に上体を投げ出していた。
サリヤが疑問を口にする。
「あなたは?」
「いえいえ、荷物は特にありませんし、まだ手の届く範囲に居ておくのが、オイタをした悪い子のせめてもの態度だと思いましてー」
「律儀なのね。お目付け役と組まされたんだから、もう気にしなくてもいいと思うけど」
「んー、まあそういう見方もありますけど……」
答えるレンリはどこか生返事で、サリヤのことも見ていない。
所員たちも三々五々散っていく事務所の中、不満そうに議事録をまとめ直していた古妙が置いていかれそうになっていた。
慌てて駆け出す彼女が、机に一人浅く腰掛けていたチカゲの前を横切っていく。
そのとき、目を閉じていたチカゲが、不規則に何度も瞬いた。目にゴミでも入ったのかと気にも留めない、一瞬の出来事だった。
けれど、古妙の視線が僅かにチカゲを捉える。
古妙の表情が怜悧さを帯びた。
だが、
「ちょ待ってぇ〜! あーしもこの後出張なんだからさぁ!」
気の抜けた悲鳴を上げて、古妙はそのまま打ち合わせに向かった所員たちを追っていく。
その背中を、サリヤが微笑ましく見送った。
チカゲとレンリは一度視線を交わし、それ以降、出発まで言葉を交わすことはなかった。
解散の様子が映った鏡に、ヤツハは胸を撫で下ろした。
――どうなることかと……。
――対話のできる相手で本当によかったね、実に運がいい。
苦笑いするカナヱに、ヤツハも苦笑いを返した。
可能性の大樹、その桜降る代の枝の縁。ヤツハたちは彼方の枝との道を繋ぎ続けるべく、大樹の世界に設置した鏡に直接力を注ぎ続けていた。流石に干渉までは不可能だったが、こうして鏡を通して現地の様子を窺うことはできる。
見るのに集中していたヤツハは、首筋に滲む冷や汗の感覚を思い出す。
彼女はずっと気づいていた。周囲で海のように蠢く蔦が、より活発になっていることを。それはまるで、ヤツハたちが何を為そうとしているのか理解しているようで、ぱきぱきと骸晶めいたその身をくねらせて食指を伸ばそうとしている。
焦燥はある。恐怖もある。しかし、ヤツハの心は挫けない。
かつて一人きりだった自分はもういない。この桜降る代を守るための意思も力もある。
これが今のヤツハにできること。下を向く暇なんてありはしない。
だからヤツハは、成功を祈ってただ道を支え続けるのだ。
安堵に緩んだかと、ヤツハが鏡に意識を集中し直す。
けれどそのとき、また、声がした。
『ふぅん……』
あのとき語りかけてきた儚く揺らめく声色が、軽やかなはずの音色を歪にしていた。
声は問う。
『だから、あなたは戦うんだ?』
ヤツハはそれに、かつての自分を想起した。自分こそが、愛した世界にとっての敵であったと理解した、彷徨える怪物であったときの自分を。
けれど、その絶望を乗り越えられたからこそ、彼女は今ここにいる。
だからこそ、今の確固たる自分をヤツハは告げる。
――はい。
傍らのカナヱが、不思議そうにヤツハへ意識を向けてくる。
それでも、どこに居るのかも分からない相手に向かってヤツハは訴える。
今なお育まれる枝を、背に抱いて。
――私は、そのために戦います。
]]>
9月の公式イベントにつきまして
9月の公式イベントは1つだけです。今週末に放送される三国杯に向けて尽力しておりますので、9月は少しお休みを頂くという形でご理解ください。そして三国杯の生放送をお楽しみいただければ嬉しい限りです。
2023年9月16日(土) お気楽交流祭:秋葉原の部、九月
気軽に遊べる対戦イベントであり、参加賞や対戦賞もございます。初心者体験会も併催されており、ルールに自信のない方やイベントに初めて参加される方も大歓迎です。
イベントへの参加申し込みはこちらのページにて本日より開始しております。皆様のご参加を心よりお待ちしております。
内部イベント:成長戦γ版
現在「追加コンテンツ」ページにてβ版を公開しているTRPG成長戦が大幅にアップデートされ、γ版となってやってまいります。桜降る代のひとりのミコトとして戦いを重ねて成長していく、ド派手なゲームを楽しみましょう。
そしてこのタイミングでγ版が登場するということは、つまり企画を進めているということです。こちらのイベントを通して皆様からのフィードバックも頂き、完成版につなげたいと思っておりますので、遊びを通してご協力頂ければ嬉しい限りです。
10月はイエローサブマリン秋葉原RPGショップ様の店舗の兼ね合いでイベントが行えない可能性があります(11月以降は再開しますのでご安心ください)。その場合は代わりとなるイベントとして、やや競技的なオンラインイベントを検討しております。
上記のオンラインイベント含め、シーズン8-2の完全戦やそれ以降における競技的な挑戦の機会やお祭りにつきましても企画をまとめている段階であり、三国杯が落ち着いてから形にして発表したいと考えております。遅くとも9月上旬には告知いたしますのでお時間を頂ければ幸いです。
新たなる賞品の流れ
先日にお知らせした通り新たなアート製品『キラカードコレクション 玲瓏四季折々・夏』が8月31日に発売します。即ち新たなキラカードの印刷が完了したということですので、これまで品切れが迫っていた各種キラカードが新たなる賞品に置き換わります。紹介いたしましょう。
これらの賞品の変更は9月から適用されます。三国杯の準備や新製品に関するやり取りが慌ただしく、こちらのお知らせが遅くなってしまいましたことをどうかご容赦願えれば幸いです。
ブラックキラカード「ハドマギリ」
まずは完全戦の賞品であるブラックキラカードが「ハドマギリ」になります。
ブラックキラカード「ラナラロミレリラ」
続いて起源戦のキラカードも切り替わります。今回より大会で使用できないカードではなくなり、完全戦と同様にブラックキラカードを賞品とすることにしました。こちらでは「ラナラロミレリラ」が登場します。
新たなる賞品に向けて、それぞれの舞台での戦いを楽しみましょう。
お気楽交流祭の集中力カードにつきまして
申し訳ないながらゲームマーケット2023春のタイミングでカードの印刷を行っていなかったために、お気楽交流祭に向けたプロモーション集中力カードが品切れになりつつあります。現在、十分なゲームを行った際の特典であるプロモーション集中力「メグミ」は品切れ次第終了となり、次の製品を出版するまでの間はプロモーション集中力「コルヌ」の復刻とさせていただきます。
次の印刷が終わった2023年12月以降はプロモーション集中力「アキナ」となる見込みです。
現在、お気楽交流祭の参加特典となっているプロモーション集中力「クルル」は今のところ10月までの期間を予定しています。但し、10月に開催されるイベントの数次第では不足する可能性がありますので、その際は予告なく別の集中力カードに切り替わる可能性があります。予めご了承ください。
以上をまとめると以下のようになります。
2023年9-10月賞品内容
起源戦優勝
完全戦優勝
お気楽交流祭追加参加賞
お気楽交流祭試合数賞品
本日はここまでとなります。まずは明日明後日の三国杯生放送を、そして9月以降のイベントや賞品をお楽しみいただければ嬉しい限りです。
]]>
こんにちは、BakaFireです。こちらでの追記においてアクリル集中力コレクションについての発売日のご案内とご報告、そして発売が想定より遅くなってしまいましたことへのお詫びを差し上げます。加えてメガミタロットスリーブの状況もお伝えします。
アクリル集中力コレクションは無事に増産、出荷され、私どもの倉庫にまで到着いたしました。全国ゲームショップ、ネットショップへの案内も出し終えたところであり、これから出荷され、発売日は11月2日(木)となります。改めて手に取り、お楽しみいただければ大変嬉しい限りです。
その上で下記の記事にて説明した計画から発売が大きく遅れてしまいました。増産であり、元来の発売計画を崩す形での試みであったため、可能な限り早めの日程をご案内しようと考えた私の判断の誤りが原因です。増産に向けたやり取りや印刷所の動きには瑕疵はなく、そもそも発売日の幅をより広くとる形で告知するべきでした。ご心配をおかけしてしまいました皆様に心よりお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした。
今回の過ちは海外での印刷経験の不足に由来していると考えております。スケジュールに余裕がない状況での手配は初めての試みでした。今後は今回の過ちを胸に刻み、改善に努めてまいります。
続けてメガミタロットスリーブについての経過報告をお伝えします。この記事の末尾で記載した通り、今回のアクリル集中力コレクションの増産に伴って私単独でグッズの製造が行えるようになりました。それゆえに皆様から多くのご要望を頂いているメガミタロットスリーブへの挑戦を行わない理由はございません。
ゆえに増産のやり取りと並行してメガミタロットスリーブの見積もり、製造計画、原稿作成を進めました。想定より良い進展であり、現在は印刷費用を入金して製造が進んでいるところです。即ち実現はほぼ確実になりました。中国の神秘島ゲームズ様からもご助力を頂き、こちらは日中での発売となります。
時期について今のところはゲームマーケット2023秋での頒布に間に合う形で進めています。しかし今回の過ちにある通り、海外での製造は時期的に不安定になる要因があるため、確約する形での発表は避けさせてください。間に合わない場合は2023年12月から2024年1月あたりでの発売になる可能性が高いと考えます。
以上となります。最後に改めてもう一度、本件について重ねてお詫び申し上げます。本作の新たなグッズ展開をお楽しみいただければ幸いです。
(2023/10/27追記ここまで)
こんにちは、BakaFireです。本日は皆様に心からのお礼とともに、現在生じている特殊な状況を説明し、そちらについての判断とお詫びをお知らせするために筆を執らせて頂きました。
まず結論として、アクリル集中力コレクションの発売を10月前半へと延期いたします。目的は大幅な増産を行い、全てのユーザーが平等に手に入れられるようにするためです。(上記の通り、発売は11月頭となってしまいました。こちらにも追記の上、お詫び申し上げます)
今回の事情は特殊です。ネガティブな背景はほとんどなく、むしろ未来への展望が開けた話ですらあります。しかしこの瞬間においては謝罪と丁重な説明が必要なのは明白ですので、この場にて行います。お手数おかけしますがどうか丁寧なご一読を願えれば幸いです。
アクリル集中力コレクションに関しまして
私は先日に新たなアート製品にしてグッズであるアクリル集中力コレクションを発表し、店舗への注文受付を開始しました。それを受けて幾つかのゲームショップ様が予約販売を開始しました。
その結果、想定を大幅に上回るご予約を頂き、ゲームショップ様より多数のご発注を頂けました。その際に予約数の報告と発注に向けた問い合わせを頂き、そちらの注文数は製造数の2倍を優に上回っておりました。
これは純粋に喜ばしく、皆様に心よりのお礼をお伝えしたいと感じております。拙作に魅力を感じ、手に取っていただき本当にありがとうございます。この場を借りてお礼させていただければ嬉しい限りです。
しかし一方で問題が生じました。多数のご予約を頂いたため、現時点で予約した全ての方に製品が行き渡らない状況にあります。
これはゲームショップ様と購入者様の間における信頼を損ねうる事象であります。私は製品を購入した皆様にとって可能な限り喜ばしいものにしたいと願っておりますが、同時に拙作をお取り扱い頂いているゲームショップ様も幸せにするものとしたいと考えています。
普通であれば解決は困難です。しかし今回に限っては予約や発注数がなお多すぎるため、むしろ解決の糸口が存在していました。
元来アクリル集中力コレクションは日本、韓国、中国の出版社が共同で注文することで原価を抑え、製品として成立させていました。ですが今の状況なら日本、即ち私だけで注文が成立します。さらにこれまでの製造期間を経て現地の印刷所との連絡を重ねていたため、今であれば私だけでもやり取りが行えるだけの信頼関係が結ばれています。
そこでアクリル集中力コレクションの発売を10月前半へと延期し、印刷所への追加生産を依頼し、日本で流通させるアクリル集中力コレクションの個数を増やすことにしました。発売日そのものを延期しているのは、全てのユーザーが平等なタイミングで確実に入手できる状況を作るためです。
お待たせしている皆様には重ねて申し訳ない限りではございますが、どうかご理解を賜れればありがたい限りです。この度は大変申し訳ございません。何卒よろしくお願い申し上げます。
その他のグッズに向けた展望
アクリル集中力コレクションに関する話はここまでです。この先は私が今考えているという水準の話であり、ここで確約できる話ではありません。しかし今回の事象によりグッズ関連の展望がさらに拓けたのは事実です。ゆえに私の意思表明として未来に向けた考えもお話しします。
今回の追加生産が完了すれば、日本の出版社、即ち私主導での発注や製造が可能であるという前例ができ、海外の印刷所に対して滞りなく取引ができたという信頼関係も安定します。そうなれば他のグッズに向けた挑戦が可能になります。
私は皆様の需要に可能な限りお答えしたいと考えておりますので、そうなればメガミタロットスリーブに改めて挑戦しない理由はございません。スリーブは海外との協議の結果として今は難しいと評価されていましたが、アクリル集中力コレクションが成功し、製造を日本側で主導できるなら話が変わってくる可能性があります。
この件は約束はできませんし、努力の甲斐なしとなる可能性は十分にあります。しかしこの場にて尽力だけは約束いたします。次のゲームマーケットで出版できれば私としてもメリットが大きいので、考えうる限り最も上手くいく場合ではそちらでの発売を目指します。
この展望が拓けたのはアクリル集中力コレクションに価値を見出し、数多くの予約と応援を頂いた皆様全員のお力によるものです。本当にありがとうございます。この機会を活かせるよう最善を尽くしますので、どうか応援をいただければそれ以上の喜びはございません。
]]>
他国との連携、海外からの発送、カードの印刷や箱詰めのスケジュール、流通の工程などを総合的に鑑みて、双方の発売日を揃えることにいたしました。どちらも発売日は8月31日(木)となり、全国のボードゲームショップやネットショップで発売されます。それぞれ細かくご紹介いたしましょう!
アクリル集中力コレクション
過去にゲームマーケットなどのイベントで販売し、大好評を博したアクリル集中力コレクションが帰ってまいります。グッズの製造は私個人では厳しいものでしたが、韓国語版を出版するKorea Boardgames様の協力を頂き実現しました。この場を借りて心よりお礼申し上げます。
内容は過去のアクリル集中力だけではありません。それ以降に登場したメガミたちを含めたノーマル集中力24種が収録され、加えて原初札や特別なアートを用いたレア集中力12種もございます。
それら全36種類をランダムに封入し、パックの形式で発売いたします。ボックスは12パック入りで、1ボックスの中にはノーマル10種類とレア2種類が封入されています。麗しき集中力カードにてあなたの決闘をより自由に彩りましょう。
キラカードコレクション 玲瓏四季折々・夏
2021年に発売されたキラカードコレクションである『玲瓏四季折々・秋』『冬』『春』に続く新製品がついに登場します。それまでの間に登場したメガミたち――カムヰ、レンリ、アキナ、シスイら4柱の切札各4種16枚がフルアートキラ仕様で全て封入されております。
これまでの『玲瓏四季折々』同様にそれだけではございません。すばらしきゲストイラストレーターが描くボーナスカードが1枚追加で収録されます。今回はがわこ先生(Twitterアカウント:@gigzagu123)による「桑畑志水の死に所」です。夏を描く赤き山々の朝焼けと、死地へと臨むシスイの生き様をどうかご覧くださいませ。
そして改めて、収録カードも一望いたしましょう。玲瓏なる輝きにて決闘を彩るために。
暁
阡
尸
理
ルルララリ
ラナラロミレリラ
オリレテラレル
夜山恋離のなれの果て
開方冥式切取法
大衍算顆手打表
衰垜逐肘守料術
源上安岐那の御明算
ハドマギリ
ウバラザキ
アブダグイ
桑畑志水の死に所
桑畑志水の死に所(ボーナスカード版)
本日はここまでとなります。新たなアート製品をお楽しみいただければ嬉しい限りです。次は三国杯の記事を更新して選手紹介をお届けする見込みです。また9月をめどに2023年度後半の展望もお届けする見込みです。
]]>
2023年8月禁止カード
なし
2023年8月〜2024年1月、起源戦参戦メガミ
ユリナ、サイネ、ヒミカ、トコヨ、オボロ、ユキヒ、シンラ、クルル、サリヤ、ライラ、ホノカ、ヤツハ、ミズキ、アキナ
こんにちは、BakaFireです。現在はゲームマーケット2023秋に向けた原稿を進めつつ、グッズ関連の手配を進めています。アクリル集中力コレクションが日本に到着する日付と、キラカードコレクションの箱詰めが終わる日付が確定したら発売日と共に告知しますので、今しばらくお時間を頂ければ幸いです。
本日はシーズン8−2最初の禁止改定と、起源戦の改定をお届けするために筆を執らせて頂いております。それでは、本題を始めましょう。
禁止改定につきまして
シーズン8−2へと移行しておおよそ1か月が経ち、最初のイベントであるオンライン起源祭も終わりました。新たな環境をお楽しみいただけていれば嬉しい限りです。
環境変化の直後ですので、競技イベントディレクターのローヴェレさんと私はイベントの結果や環境の観察を普段以上に強めております。それを踏まえた結論として、シーズン8−2へのカード更新は概ね成功し、本日の時点で禁止カードを定めなければならない事態は起きていないと判断いたしました。
もちろん現在はまだシーズン初期であり、環境を揺らすための調整についての影響が探られている段階に過ぎません。これからも環境は変遷し続けるでしょう。引き続いて観察し、楽しめる環境のために必要ならば禁止カードの制定を行います。当然ながら調整されたメガミの影響には注目していますが、特にシスイについては注視を現時点で強めております。
起源戦改定につきまして
今月は起源戦環境の切り替えも行われます。こちらの指針は2022年8月の改定で定まっておりますので、詳しくはそちらをご覧ください。カードプールを覚える負荷を軽減するためにオリジン版14柱に制限し、参戦するメガミが固定化する度合いを緩和するために達人セットの中でローテーションを行います。
前回は前シーズンにおけるユキヒの採用率を鑑みてローテーションの順番をずらしていましたので、今回はハガネとチカゲが除かれる形となります。
※:オフライン起源祭、2023夏ノ陣は例外的に2023年2月〜7月の環境で行われます。
次回改定につきまして
次回の改定は9月4日(月)となります。先述の通り環境の変遷に引き続き注視し、必要であれば禁止カードを制定します。完全戦における競技的イベントの時期を鑑みると来月は今シーズンにおいて特に改定の可能性が高い月となると考えております。
]]>
地平線に沈み行く夕日が、大海原に揺らめく。街道の狭い路地を通してふと見える光景は、たとえ歴史が違っていても変わらない。それは町並みも同様で、確かにここもかの海の町であると感じられる風景が広がっている。
けれど、これから眠りゆくはずの芦原は、未だ活気に満ちていた。
煌々と、店の軒先で闇が払われる。
硝子灯の輝きが、人々の時間は続くと告げている。
「漁師町とは思えない光景ですね……」
物珍しげに見渡すユリナに、嫌そうな顔をしたチカゲが応える。
「こ、困ります。夜の町が、こんなに照らされるだなんて」
「いいじゃないですか、これはこれで。宿場に着くのが夜になっちゃったときって、あてもない感じがしてすっごく寂しいんですよ。漏れた灯りだけを頼りに宿を探さなくて済む……そう思えば大助かりです」
「チ、チカゲは、野宿で十分なので……」
そう言いながらチカゲは、髪を必死で前に寄せて明るさから身を守っていた。
北限の施設から脱出したメガミ一行は、そのまま逃げるように南下を続け、当座の目的地としていたここ芦原へと辿り着いていた。
あの施設の謎を知ることが重要とはいえ、ほとぼりが冷めるまで再訪は叶うまい。故に御冬の里を素通りし、この北部最大の都に白羽の矢が立った。施設が果桜という名桜に関連している可能性から、名桜が一つ・水鏡桜でもあるいは、という考えも多分にあった。
また、古妙という少女とは結局あれきりだ。行方を追うにも手がかりが少なく、チカゲの提言で古鷹方面との関連性が示唆されたくらいである。いずれにせよ、より情報を集めるために南下する方針が変わることはなかった。
そして、少なくとも表面上は徒寄花の魔手の気配を特に感じられないまま、メガミたちは今朝方芦原へと到着。今はその足で、町中と郊外の二手に分かれて情報収集にあたっている。
ユリナ、チカゲ、サリヤの一行は、郊外の偵察を終えて町中へ戻ってきたところだった。
「はい退いた退いた、轢いちまうよー!」
「きゃっ!?」
道の真ん中を、荷車が颯爽と駆け抜けた。桜色をした大きな金属の筒を大量に積んでおり、揺れてカンカンと鳴っていた。引く馬も牛もおらず、上裸の御者が駆るのは、車輪つきの装甲に覆われた妙な椅子である。絡繰も息をするのか、桜の輝き混じりの塵を吐き出していた。
可愛らしい悲鳴は、まごうことなきサリヤの声だった。しかし、ユリナとチカゲの後ろで恥ずかしげにしているのは、サリヤとは似ても似つかない色白で黒髪の女だ。
「まだ慣れてなさそうですね。大丈夫ですか、サリヤさん?」
だが、ユリナが声をかけると、その女は身体の調子を確かめるように軽く足踏みし、
「全然感覚が違うから、咄嗟のときはまだちょっと……。歩幅も違えば重心も変で、身体が軽すぎて言う事聞かないのよ。もう、変な声出ちゃった」
「靴底の厚みでも違いが出るのに、背丈もってなると大変そうですねえ」
心配するユリナだったが、隣のチカゲは呆れ顔で嘆息した。
すらりとした身体に化けたサリヤを横目で見ながら。
「いやいや……どう考えても、背丈以外の差のせいでしょう。あの道化、こっちの人間に合わせたとか言ってましたけど、絶対ふざけてますよねそう思いますよね?」
「あはは、まあ……足元はよく見える、かな」
苦笑いするサリヤ。装備を一切顕現させていない状態の彼女は、少し背が高いだけの、桜降る代のどこにでもいそうな女性にしか確かに見えなかった。
もちろんそれは、この彼方の地にとっても同じではあったが、ここでは人々の身なりが洒落ているようにも見える。古妙ほどでは当然ないし、ミコトの一張羅のような気合の入ったものばかりでもないが、高価なはずの繊細な柄の入った服を皆当たり前のように纏っていた。梅鼠の衣に身を包んでいるサリヤすら、無地であるが故に地味に見えるほどである。
「さっきの車といい、ここまで工業が発達してるのは驚きだわ。道すがら見た感じ、ここが港町だから特別に、というわけでもなさそうだし……」
呟いたサリヤが、考えを口にしながら再び歩き出す。
「昔のヴィーナが使っていた造花結晶や蒸気機関も、ここではきっと旧式ね。Mk-?やMk-?で実験中の、エネルギー変換機構みたいな技術が実現されていてもおかしくないわ」
「そ、それほど絡繰の発展が進んでいる、ということですね。ここまで生活に浸透しているわけですから、確かにだいぶ昔に追い抜かれていそうです。例えば――あれとか」
チカゲが指さしたのは、二軒先の店先で、ちょうど今ちかちかと光を孕んだ硝子管だ。
桜色の丸、白の丸、緑色の丸、そしてそれらを貫くように伸びた、一本の茶色い線。壁に取り付けられたそれらは、夜闇の中でも立派に看板の役目を果たすことだろう。
ここに一人、目を輝かせる者が現れたのだから。
「お団子! お団子ですよね、あれ!」
はしゃぐユリナの声に、看板を操作していたらしい妙齢の女が暖かく微笑みかけてきた。ぱあっと、ユリナの顔も綻んだ。
しかし、連れを振り返った彼女が見たのは、呆れた顔と愛想笑いだった。
小恥ずかしげに、ユリナは言った。
「そのぉ……こっちの茶店がどういう感じか、とか……」
「両替してもらってるの忘れたんですか。さっさと合流しますよ」
「はい……」
後ろ髪引かれるユリナを連れて、一行は昼下がりの芦原を行く。
変装したサリヤやあまり表に出てこなかったチカゲはともかく、広く知られたメガミであるユリナであっても、その存在に気づかれることは、やはり一度もなかった。
「うっへっへ〜、おかわり買ってきたよぉ。あとこれもオススメだって〜」
一抱えもある巨大な徳利を、メグミが畳の上にドンと置いた。中の酒が飛び散ってチカゲがむっとするが、へらへらしながら謝るメグミを見てすぐにげんなりした。
酒房の座敷の片隅に陣取ったメガミたちの輪に戻って、腰を落ち着けたメグミが器を差し出すと、アキナの箸が真っ先に伸ばされる。
「ほー、この塩辛ええな。漬けとらんのかな、あっさりやけどこれはこれでイケるわ」
「今朝獲ってきたので作ったんだって〜。あたし、生のイカって初めてだよぉ。あ、みんなも食べて食べてー」
勧められて口にしたレンリが仰々しく顔を綻ばせる。その一方で、小魚の佃煮を摘んでいたユリナは、小さいお猪口に遠慮がちに口をつけて、物憂げにしていた。
その様子に、メグミが首を傾げる。
「どうしたのー? そっちで何かあったー?」
「いえ……やっぱりお酒はあんまり分からないなあ、って。気になるお茶屋さんをさっき見つけてたので、お店そっちにしようって言っておけば――」
「やだぁ!」「アホぉ!」
一転して言葉を遮ったメグミ。同時にアキナも、あり得ないという顔をしていた。
重い徳利を守るように鷲掴みにしたメグミは、
「みんなが集まるって言ったら、やっぱりお酒がないとだめでしょー! お酒がない寄り合いなんて、水を引けない田んぼと一緒だよぉ」
「せやせや。それに、酒も土地を知るのに重要なんやで。この澄んだ味、お手頃価格でぽんと出てくるにしては上等なもんや。ええ水ええ米使うとる以上に、作りも流通も洗練されとるに違いない――ってなコトを調べるためにも、やっぱし飲まんとな!」
「あっ、それならまた注がないとだぁ〜。どうぞどうぞ〜」
それらしいことを言ってユリナを封殺した二人が、枡から溢れる溢れないでやいのやいのと酒飲みの茶番を繰り広げる。あまり強く主張するつもりもなかったらしいユリナも、それには苦笑いするしかなかった。
この場で唯一、ありありと嫌悪感を示すのはチカゲだけだ。
「……酒精なんて、所詮毒ですよ、毒。気の長い自殺の何が楽しいんですか?」
「またまたそんなこと言ってぇ〜。これくらいで寿命なんて縮まないよぉ、あたしたちメガミなんだしさぁ。ほら、チカゲさんもどーお?」
「……!? さ、酒くさっ――ち、ちょっとサリヤさん、隣変わってください」
「えぇ、私……?」
チカゲは正座のまま器用に退いて、困ったように笑う化けたサリヤを生け贄に差し出した。挨拶代わりにメグミから注がれたお猪口を、サリヤはゆっくりと時間をかけて傾けていた。
気を取り直すように、チカゲが告げる。
「早く本題に入りますよ。チカゲたちは、例の施設と周辺の下調べをしてきました」
彼女が懐から取り出して広げた紙には、簡易的な地図が描かれていた。郊外の海岸線の一部から海に向かって道が一本に続いており、その先に簡略化された建物の絵が待っている。
本来その建物の位置では、この芦原が誇る名桜・水鏡桜が輝いているはずだった。水底で咲く珍しい神座桜は、昼間でも海岸からその輝きを見られるということで、海辺で祈りを捧げる旅人も多い。
しかし、
「やはり、海岸から水鏡桜を確認することはできませんでした。海を埋め立ててまで拵える大仰さですが、北限の施設と同等のものと考えて良さそうです。また、どうやら名札が扉の鍵になっているらしく、秘密裏の潜入の場合、海から上がる必要がありそうです」
「重要施設のようだし、そう簡単には調べさせてはくれないでしょうね。誰も私たちを知らないのなら、特にね」
サリヤは肩を竦める。安全のために選ばれた六柱だが、権威を使えないという副作用に早くも悩まされた形だ。北限で出会った古妙然り、そもそも常識の外れからやってきた彼女たちは信用を勝ち取るところから始めなければならない。
ただ、サリヤの言に頷いたレンリは、難しい顔をして手を挙げた。
「んー、それなんですけど、逆にサリヤさんはわるーい意味で知られちゃってるっぽいんですよね。正確には、サリヤさん個人じゃなくて、ファラ・ファルード人が、ですけど」
「……どういうこと?」
「いやはや、あの派手な子に驚かれたのも当然でした。どうもこっちは、ファラ・ファルードとの戦の真っ最中だったらしいのです」
「い、戦ですか!?」
ユリナが、サリヤの代わりに驚愕する。
レンリはため息一つ、
「幸いなことに、ここ数年は停戦状態だそーです。今から二十年くらい前に開戦、それから定期的にあちらが攻め込んできては、こちらが追い返す構図みたいです。海を渡って来ないといけないので、準備に時間がかかっちゃうんでしょうね」
「はー……規模が大きすぎて全然想像できません。海の向こうにはミコトがいないはずだし、どういう戦いになるんでしょう」
「さあ……。自分に言えるのは、戦場のど真ん中に放り出されなかっただけ良かった、ってことくらいです。サリヤさんに変装させたの、ほんとーに正解正解大正解でした」
そう言ってサリヤに視線で反応を求めると、サリヤは自分の中で納得し終えたのか、じっくりと頷いて顔を上げた。
「戦争に発展したのは……理解できるわ」
「心当たりがあるんですか?」
ユリナの質問を、サリヤは一層納得を深めたように呑み込んだ。
その温度差こそが原因の一端なのだと言わんばかりに、サリヤは告げる。
「この町を見て。コールブロッサムよりも豊かな、神座桜の恩恵を当たり前のように手にしているのよ。それも、ミコトだけじゃなくて普通の人間も。桜花結晶のエネルギーをあそこまで技術的に運用するには、一朝一夕じゃいかないわ」
「…………」
「私たちの陛下は、利益を考えて共存共栄をお選びになった。でも、こっちの陛下は、脅威として扱うことをお選びになった。資源の差で圧倒される前に、滅ぼすべし……そうお考えになられたからだとしても、何も不思議ではないわ」
見慣れぬ化けたサリヤの顔であっても、深刻に捉えているのは明らかだった。しかし、彼女以外のメガミたちには実感が伴っていないようでもあり、ただ情報として呑み込むしかないようだった。
言い出したレンリさえ、実態を掴みきれてないといったところ。
ただ、次に手を挙げたアキナには、徐々に真剣味が増していった。
「先にいやーなこと聞いてもうたかもしれんが……ウチからは、あの施設と装置についてや」
枡を置いて、アキナは言う。
「あの装置は『桜花炉』言われとるらしい。北限にあった『サイハテ』、そんでこの芦原にある『ミカガミ』と、全土に八基あるそうや。施設のほうはほんまは精製所言うらしいけど、みんな単に桜花炉とか炉とか呼んどったな」
「炉、ですか」
呟いたチカゲに、アキナは頷いて、
「桜花炉の役割は、動力の供給。町ん中で、桜色したデカい筒見た奴もおるやろ。ウチらが油や炭買うのと一緒で、炉で取り出されたもんは主にあの中に詰められて、店やご家庭で絡繰動かすんに使われとるわけや」
「あっ、確かに運ばれてた気がします」
「せやろ? ありゃウチらでいうお手軽な神代枝みたいなもんで、中には神座桜の力が詰まっとる。ここでは『櫻力』呼ばれとるそれこそが、こないに元気な産業と……そんでもって、軍事の礎に利用されとるんよ」
「軍事……」
ユリナが言葉尻を繰り返した。その不穏さに、皆息を呑む。
だが、それ以上に聞き捨てならない言葉があるとばかりに、顔を強張らせたサリヤが口を挟んだ。
「ち、ちょっと待って。炉で取り出す、ってまさかコルヌは……」
「ええとこに気づいたな。櫻力は桜花結晶を燃料にするなんてチャチなもんやのうて、神座桜から直接引き出したピチピチの力や」
「そんなこと……実現できる絡繰が、当時に造れたはずがないわ……」
やや青ざめたサリヤは、
「だって、少なくとも戦争の始まった二十年前にはもう、桜花炉はあったはず。いいえ、陛下が最初の報告を受けてから、ご意思を固められるまでの時間を考えると……」
頭の中で何かを組み立てて、持論を確かめているらしいサリヤ。
その意図を汲み取ったのか、こめかみに指を当てたレンリが、サリヤが思い浮かべているはずの情報を言葉で補った。
「史実が変わってないなら、探検家マウロがここを発見したのは、だいたい四十年近く前のことになります。その頃には桜花炉があったはず、ということですね?」
「もっと言えば、その時点でそれなりに普及もしていたはずなのよ。でなければ、脅威として奏上されることもない。禁じ手でも使わなければ、成り立たない歴史だわ」
解答は示したと、サリヤが恐る恐るアキナに視線を送った。
そして、その答案が否定されることはなかった。
「せやな、絡繰だけやとできひん。ハナから桜の力を引き出せる部品でも組み込まんと、あかんかったわけやな。んなもんで、炉の心臓部に使われとるわけ。……コルヌみたいに、メガミがな」
「……!」
皆の表情が、険しさを帯びる。
確かに、桜の力を直接扱う方法は人間には限られる。その唯一が、桜花結晶を始めとした、形を持って漂う力を取り込む方法である。形を介さない術は未発見と言われており、桜降る代での絡繰への利用も、結晶から如何に効率よく動力を取り出すかに焦点が当てられている。
故に現状、桜から直接力を引き出せるのはメガミに限られている。クルルの複製装置も権能こそ吸い出すことができるが、生の力を扱うまでには至らない。ましてや誰でも扱えるように恒常的に抽出するなど、ホノカであっても難しいだろう。
神代枝ですら、気軽に量産できるようなものではなく、軍事的な乱用を恐れて厳格に数を管理されている。
その歯止めが必要だと考えたのは人間だけではない。メガミも、同様だった。
「無理やり、そんなことをさせられてるってことなんです……?」
しかし、疑問を口にしたレンリは、素直に憤慨していいものか迷っているようだった。
その内心を代弁するように、ユリナが言う。
「あのコルヌさんがそうなるとはとても……。それに、無理やりやっても、桜が力を貸し続けてくれるとは思えないんですよね」
「炉が開発されてから結構経ってるってことですし、ごもっともです。八基あるってことは、八柱のメガミが装置に使われているわけで」
「それを叶えてくれるすごい発明があって、徒神になった皆を捕まえたとか……? ミソラさんは救ったって言ってますけど……」
どうなんだ、とユリナとレンリは、アキナに目で先を促した。
アキナは話が返ってくるのを待っていたようだったが、よくぞ聞いてくれたというような態度ではなかった。判断に困っているが故に、予断をなくそうと決めた類の、割り切った冷静さを表に出している。
「残念やけど、徒寄花関連の収穫はナシや。ボケナスのことも一旦忘れとき。ただ、アンタらの直感への答えはある」
そしてアキナは、意を決したように告げた。
「メガミが炉に身を捧げたんは、最後のメガミ・シスイとメガミたちの意思に基づく――すまんが、そこら辺じゃあこれより詳しい奴は見つからへんかった。深掘りするにはちぃと時間が足りんかったわ」
「志水さんが!?」
思わず声を上げたレンリを、アキナが手で制して首を横に振った。訊かれても分からないという意思表示をされて、浮かせた腰を落ち着けて俯いた。
皆、『最後のメガミ』という言葉を一人口にして、反芻している。納得を見せた者、理解が及ばない者、受け入れがたい者……全員に共通していたのは、竹を割ったような説明は望めないということだった。
その中で、チカゲがぽつりと、
「あの派手女の反応は、少し気になってはいましたが……まさか、こちらにはクルルもいないとでも?」
「そう思うて訊いてみたんやけど……クルルとか、後はシンラか。ウチより若い連中の名前適当に出してみても、同じくさっぱりやって。あ、念のため確認しといたけど、ウチらは誰もおらんようやで。安岐納幣も当然あらへんかったし」
「そうですか。そうなると、そのシスイとやらも調べる必要がありますが……今はどこまで言えますか?」
チカゲは一度レンリをちらりと見て、標的を変えてアキナに水を向けた。
アキナは肩を竦めて答える。
「悪いことになったわけちゃうんやないかなー、ってトコか。とはいえ、想像通りの相手なら百年単位で歴史が変わっとるわけやし、もう何も分からんのと同じや。そこに最後のメガミとか言われてもちんぷんかんぷんやもん、そっちまで混乱させてまうわ」
「……まあ、事情は察しました。下手な憶測で動くべきではないと、チカゲも思います。情報の共有だけはお願いしますよ」
釘を刺して追及を控えたチカゲに、レンリがぶんぶんと強く頷いた。
分からないことが分かっただけでも前進だ。けれど、謎が謎を呼ぶ構図に混迷の気配を感じざるを得ない。それでも彼女たちの目的は、出向いて敵を打倒すれば終わりにはならないのだから、ここに集まった疑問はいつかは解消されなければならないはずだった。
桜花炉にメガミが身を捧げたのは何故か。
シスイとはいかなるメガミで、どうして最後になったのか。
徒寄花との戦いはどうなっているのか。
そして、ミソラは何故炉を破壊したのか。気ままな彼女でも、彼女なりの意思があるはずだ。
「これは……」
考えに取り留めがなくなってきたのか、サリヤが苦笑いしながら声を漏らす。沈黙せざるを得ない一同に、報告したアキナが共感するように困り顔で口端を歪めた。
しかし、一人だけ悩むことなどないように浮かれている者がいた。
まだ報告をしていないメグミが、大きな徳利に直接口をつけていた。
「なんちゅう飲み方しとんねん、アホ。話聞いてたんかちゃんと」
アキナがメグミの腿を叩いて気づかせる。今までの報告の最中、止めどなく飲み続けていたメグミはもう顔がだらけきっていた。生来のものかメガミだからか、それでも顔がほとんど赤くなっていない。
メグミは酒精だらけの息を上に吐き捨てて、
「えぇ〜、ちゃんと聞いれらよぉ」
「ほんまかいな……まあええわ。アンタの喋る番やで、昼間何してたん?」
「あらしは〜、うーん……ずぅーっと、呑み歩いてましたぁ!」
「ほんまに酒調べる奴がおるか! どーりでハナから酒臭かったわけや!」
アキナの張り手が、今度はメグミの頭に炸裂する。
そして間髪入れずにチカゲが蔑視を向ける。
酒飲み二人へ。
「作りも流通も洗練されてるんでしたっけ? 他には?」
「う、ウチはちゃうやろ! ぎょうさん調べてきた上に、こっちにない通貨まで全部まるっと両替したんやから――って、あっ! 道理で先に両替頼んできたわけや! ウチが交渉しとる間に酒浸りやったんか、このデカ乳娘は! 調査はどした、調査は!?」
唾を飛ばしながら捲し立てるアキナ。対し、メグミはえへらえへらと受け流し、仕方ないとばかりに手元の枡に手を伸ばしていた。
滑りすぎている口をさらに湿らせて、メグミは告げた。
「そのぉ、なんだっけ? おーかろ? の人と仲良くらってぇ、あしたみんなでお話ししに行くことになったから〜」
「……は?」
メグミ以外、彼女の言葉を疑っていると綺麗に顔に書いてある。
ふらふらと身体を揺らすメグミに、アキナは思わず、
「いや、嘘やろそんな……まず信用できるんか?」
「うそじゃないしぃ、信じるとか気にしてなかったやー。らって、あたしたちは助けにきたんだよぉ? だからー、ここの人たちはぜーいん味方! ちから、合わせよー、おー」
枡を掲げ、呆気に取られる皆の前で飲み干していく。
謎が渦巻く中告げられた元来の理念に、メガミたちはぱちくりと瞬いた。レンリだけがどこか誇らしげで、楽しそうにお猪口を傾けた。
それから、アキナがくつくつと笑った。
「歴史一個背負って来よっただけはあるな。詳しい話は、宿で酔いが覚めたら聞こか」
「なら、明日までは一休みですか?」
ユリナの言に、しかし反論したのはチカゲとレンリだった。
「い、いえ、ここで手を止める必要はありません。チカゲたちの調査は、潜入を見据えてのものでしたよね? 状況の変化は好ましくありませんし、元々夜を待って出向くつもりでした」
「そうですそうです! それに、北限の件で警戒が強まっちゃったら、後のお祭りですよ? どーせ炉をべたべた触らせてもらえるわけないですし、どこかで必要なことなんです。自分の力はこういうときのためにもあるんですよ?」
「でも、せっかく招いてもらったのに……」
ユリナは口ごもり、説得する材料をうまく集められなかったのか、ただ漠然とした不安を表情に残す。サリヤを窺うものの、彼女も迷っているようで苦笑いを返されていた。
枡片手のアキナが、にやにやと笑っている。
「なーに、表も裏も使い分けてこそや。当たり引いてくれたら、一足飛びに色々分かるかもしれんのやで? 大船に乗った気持ちで、ウチらは明日のことだけ考えときゃええ」
「そーだそーだ! 明日なに飲めるか楽しみだねぇ」
「アンタは酒から離れーや! もう没収!」
徳利を奪い合うアキナとメグミ。その騒ぎを他所に、潜入の相談を始めるチカゲとレンリ。
議論が尽くされたわけではないものの、結局ユリナはそれから潜入班の二人を見送るときまで口を挟むことはなかった。彼女たちの力は、あの決戦に身を投じていたユリナの知るところである。
欺くのはあくまで人間たちとその施設。
メガミ二柱がまさか苦戦はすまいと、再び夜の芦原で一行は別れた。
埃のざらつきが、遠い潮騒に紛れる。屈んでようやく歩ける程度の狭所は闇に塗られ、床の隙間から漏れるか細い光条だけが道標となっている。
芦原精製所――沿岸の海上に構えられた、櫻力を取り出すための施設である。桜花炉のある海面下に注力しているためか、あるいは金物を蝕む潮風を意識してか、北限の施設と比べて地上部分は木や石造りの部分が多い。石材で有名な山城の屋敷の雰囲気を感じさせる。
その屋根裏を進む二人の女は、顔から背格好まで変えたチカゲとレンリ。海を泳いで侵入した彼女たちは今、昼間見た所員を真似た白衣姿に身をやつしていた。
潜入の痕跡を一切残してはならない都合上、何者かを偽ること自体に危険が伴う。だから、二人の容姿も名札の名前もありふれた適当なもの。正面から入るなど以ての外で、後ろ姿でも見られた際の安全を買う程度の意味合いしかない。
二人は当初、予定通り桜花炉への接触を目指していたが、炉があるはずの地階への入口は固く閉ざされていた。その仕掛け扉を穏便に通るには、鍵として本物の名札が必要と判断され、別の侵入経路を探しながら地上階での情報収集に切り替えていた。
名札は、『サイハテ』で出会った古妙のものと同じ意匠だ。彼女が桜花炉の関係者である確証は得られたが、彼女が抱えるものは未だ不明。徒寄花に与することも考えづらく、炉から抜き出した何かの手がかりを、足元の『ミカガミ』に求める他なかった。
そうして探索を続けていると、先を行くチカゲがレンリを手で制した。
口の前に人差し指を立ててから、漏れる光条を指差す。いっそう慎重にそろりそろりとそこへ近づいて、床に耳を当てた。
「だーから討伐だよ討伐! 分かんねえかなぁ!?」
喚き立てる男の声だ。
二人は互いに頷き、チカゲはそのまま隙間から階下を眺め、レンリは周囲を窺いながら音を拾う。小さく、みし、と床板が悲鳴を上げたが、バンバンと何かを叩く音にまぎれて消えた。
下の部屋は、明かりに満ちた開放的な空間だった。侵入したてのチカゲたちが人の気配を恐れて避けた、施設後方にある領域のようだ。
基本は他と同様の石床だが、中心は地階を見通すためか大きな硝子張りになっている。その窓の向こう側、下も下には、やはり北限の炉と似た装置が鎮座していた。おそらくハツミが心臓となっているであろう『ミカガミ』と思われた。
喚いていた男は、その硝子窓を囲う鉄柵に身体を預け、紙束の積まれた隣の木の作業台に平手打ちをしていた。二十代も半ばあたりの、寸胴めいた体格の青年である。
彼も名札を下げているが、裏返っていて名は見えない。ただ、彼の周りには困った様子の所員たちが集っており、熱くなる青年をどうやって諌めたものか迷っているようだった。
青年は、所員の一人を強く指差し、
「じゃあお前! ここもおめおめとミソラにやられたら、芦原以北の供給止まるわけだけどさあ、お客様になんてお詫びするつもりなんだ?」
「それとこれとは話が――」
「違わねえだろ! 邪魔な鳥一羽撃ち落とすだけでごめんなさいせずに済むんだぞ!? 新しい火砲がちょうど回ってきたんだから、試し打ちだと思えば一石二鳥だろ! 燃料はそれこそ売るほどあるんだ!」
理解に苦しむように頭を掻きむしる青年だが、それは所員たちも同じ気持ちだろう。
別の所員が、努めて冷静な声で告げる。
「二代目、そう言われましても、その……本当にメガミが襲撃してきたのですか? にわかには信じられず……」
「はぁー!? お、おま……俺の言う事が信じられねえってのか!」
「い、いえ……それに、火砲なんて預けられても、我々は戦えないので……」
「炉の調整だけがお前らの仕事じゃあないだろ! クソッ、話にならねえ、最初から所長んとこ行っときゃよかった!」
「わ、若! 落ち着いてください!」
所員たちが、肩を怒らせて立ち去ろうとする青年を宥めようと取り囲む。とはいえ身体を張ってまで阻止する気概のある所員はいないようで、解放されたとばかりに見送る者もいた。
ただ、青年がその場から消えることはなかった。
代わりに響く、甲高く鋭い足音。
「銭金さん、もう夜も遅い時間ですよ?」
こちらは壮年も暮れた女の声だった。
銭金と呼ばれた青年を押し戻すように現れた女は、チカゲたちや所員同様白衣を身に纏っている。すらりと伸びた四肢を伸ばし、かかとの嫌に高い靴で歩く姿の後ろで、紫紺の長髪が揺れていた。
新たな登場人物に、屋根裏のチカゲがためつすがめつ穴を覗く。うまく見たいものが視界に入らないのか、やや熱の入った様子だった。姿勢を少し変えるだけでも床板が軋んでおり、訝しむレンリは手を伸ばして制止するかどうか迷っているようだった。
銭金は纏わりつく所員を突き放して、
「もたもたしてるお前らに言われる筋合いはない。こちとら第一報を貰ってから必死で調査して、ようやく掴んだ真相を元に進言しているんだ!」
そもそも、と再び銭金が台を叩く。
「お前ら忍が炉の活用に及び腰なくせに、保全までしなかったら一体何がしたいんだ、ってなるだろ! ガンガン桜を使って、産業も軍事も発展させて、来るべきファラ・ファルードとの再戦に備える――これが俺たちのやるべきことだろ!」
「いえ……シスイ様のご意思は、そこにはないはずです。これは、『眠る脅威』に抗うための力……ですから」
女は反論するも、どうも自信なさげだった。言葉と意思の熱量が乖離しているかのようで、勢いに任せて話している銭金の前では弱々しい壁だった。
実際、銭金は意に介さずに鼻を鳴らして、
「脅威だってんなら、海の向こうからの侵略者に抗うほうが先だろうよ。まあ、まずもって、黴の生えた予言のほうこそ信じがたいね。結局、ファラ・ファルードのことでした、ってことにしておいたほうがまだいいんじゃないのか?」
「それは……」
だが、女が言葉を選んでいるときだった。
バキィ、と。
屋根裏からしたら床の――階下からしたら天井の板が、突如として割れた。
「おわっ、なんだ!?」
砂埃と共に、割れた木板がからんと転がる。
そしてもう一つ、大きな塊が人々の前に尻から落ちた。
所員に化けたチカゲである。
「え……」
普段ならばあり得ない失態に、彼女は茫然とした表情を浮かべていた。銭金を始めとした人々も、突然上から人が降ってきた状況を前に、全く身動きが取れずにいた。
気まずい沈黙の中、見上げるチカゲの視線の先にあるのは、銭金と口論していた女。
より詳しくは、女が下げていた名札。
チカゲは、さらに茫然と呟いた。
「……母様」
そこには、『
]]>
(23/08/22更新)配信のスケジュール、配信のURL、韓国代表へのインタビューを追加しました。
こんにちは、BakaFireです。現在は新製品の発売と三国杯に向けて全力を尽くしております。
まず新製品について軽く触れると、先日にお伝えした通り新たなアート製品である『アクリル集中力コレクション』と『玲瓏四季折々・夏』が発売いたします。『玲瓏四季折々・夏』は概ね予定通りです。そして『アクリル集中力コレクション』はお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。封入方法の工夫と海外の助力により再版と店舗流通を辛うじて実現できましたので、お楽しみいただければ嬉しい限りです。
そしてこの記事の本題である三国杯の本戦です。7月27日にお届けした1回目の更新では日程とレギュレーションをお届けしました。2回目となる18日では各国の代表選手が使用するメガミを公開し、各選手へのアンケートのうち、届いているものを通して選手紹介を行います。お楽しみくださいませ。
さらに22日には3回目の更新を行い、そこで生放送の細かいスケジュールをお伝えするとともに残りのアンケートも補完しました。これにてこの記事の更新もひと段落。あとは放送までお付き合いいただければ幸いです。そして選手の皆様を応援していただければ嬉しい限りです!
三国杯の生放送はこちらより!
三国杯の生放送の詳細なスケジュールが決定し、生放送のページが出来上がりました。生放送には以下のURLよりお越しくださいませ!
26日の生放送はこちらより
https://www.youtube.com/watch?v=GHfvBq1hq98
26日のプログラム予定(細かい時間は調整される可能性があります)
開会式、イベント説明:15:10
第一試合:15:20
第二試合:16:30
第三試合:17:20
閉会の挨拶:18:30
27日の生放送はこちらより
https://www.youtube.com/watch?v=9ZvYPJ2-yFo
27日のプログラム予定(細かい時間は調整される可能性があります)
開会式、イベント説明:12:00
中国代表 対 韓国代表
第一試合:12:10
第二試合:13:20
第三試合:14:30
日本代表 対 韓国代表
試合前トーク:15:55
第一試合:16:00
第二試合:17:10
第三試合:18:20
閉会式:19:20
生放送そのものへのリンクはここまでです。以降の記事では三国杯全体の説明、レギュレーション、選手たちの使用メガミや選手へのインタビューを掲載しております。
三国杯について改めて
折角ですので、三国杯について改めて説明しましょう。すでに十分に知っている方はこのセクションは飛ばしても大丈夫です。
大変ありがたいことに本作は多言語にて発売しており、特に中国語版と韓国語版では数多くのユーザーの皆様に支えられ、楽しんでいただけております。それら三か国で競技的に取り組んでいる選手の皆様が輝ける場と、三か国での交流の機会を生み出すためのイベントが三国杯です。
本戦のレギュレーションは3人1チームの団体戦です。ゆえに各国で3名の代表を選出し、それらの選手がチームを組んで対戦します。日本でも3つの予選を勝ち上がった選手たちが7月2日に京都へと集い、そこで開催された日本代表決定戦を通して3名の代表が決定しました。
Twitterでも告知しましたが、本ブログではまだ書いていなかったはずですので改めて発表しましょう。日本代表は次の3名となります。ぜひとも当日は生放送を通して応援していただけると嬉しい限りです。
雪浦選手
ヱゐ選手
岡たらこ選手
続けて三国杯本戦の日程やレギュレーションをお伝えします。
三国杯 本戦
日程 2023年8月26日(土)〜27日(日)
全9試合を生放送
レギュレーション 団体戦三拾一捨
本戦は3人1チームの団体戦であり、各国の大将、副将、三将同士が対戦します。そして日本対中国、中国対韓国、韓国対日本の全てが行われます(※)ので、全9試合となります。これらすべてを生放送する都合上、2日間に渡っての開催となります。
※ 勝利に伴う賞品はなく名誉のみを賭けた戦いであり、1位の国を必ずしも決めなくてもよいと考えています。ゆえに3か国すべてが1勝1敗で終わっても問題ありません。
レギュレーションは団体戦と三拾一捨を組み合わせたものです。可能な限り平等とするためにこれらの記事を通し、同日に三か国にレギュレーションが伝わるようにしております。詳細は次の通りです。
三国杯レギュレーション
シーズン
シーズン8-2で開催(※)。
アナザー版レンリの使用は不可とする。
※ もともとは韓国、中国でのシーズン8-2普及を強制するべきではないという考えからシーズン8での開催を検討し、合意していました。しかし韓国、中国での選手間でのシーズン8-2普及が想定より早く、各国の選手間での合意も取れましたのでこちらでの開催に変更しました。
※ 中韓へのレギュレーションの滞りない通達が確認できましたので赤字を元に戻し、注釈を削除しました。ご協力いただいたすべての皆様に心よりお礼申し上げます。
メガミ選択のルール
チーム単位で使用する9柱を提出する。そのうち3柱はいずれかの代表選手に紐づけられた相棒枠として提出する。残り6柱は自由枠となる。
アナザー版の使用は可能だが、オリジン版とアナザー版を9柱の中で同居させることはできない。例えばアナザー版ユリナを選択したらユリナは選択できない。
例:
A選手相棒枠:ユリナ
B選手相棒枠:サイネ
C選手相棒枠:ヒミカ
自由枠:徒神トコヨ、オボロ、ユキヒ、シンラ、アナザー版ハガネ、チカゲ
提出のスケジュールと当日までの運用
各国の代表選手は8/16(水)までに上記の9柱ならびに大将、副将、三将の内訳を決定し、提出する。
各国の大将、副将、三将の相棒枠と自由枠6柱を8/18(金)に公開する。
8/26当日の受付時に他国それぞれとの対戦で用いる自由枠の分配を提出する。
メガミ選択の要望:勝敗に伴う賞品はなく、対戦を通して楽しんでいただくことが目的となります。したがってメガミの選択や自由枠の確定において捨て試合を作り2勝1敗を目指す戦略は避けてください。
例:
対X国
A選手相棒枠:ユリナ 自由枠:徒神トコヨ、オボロ
B選手相棒枠:サイネ 自由枠:ユキヒ、シンラ
C選手相棒枠:ヒミカ 自由枠:アナザー版ハガネ、チカゲ
対Y国
A選手相棒枠:ユリナ 自由枠:徒神トコヨ、ユキヒ
B選手相棒枠:サイネ 自由枠:アナザー版ハガネ、シンラ
C選手相棒枠:ヒミカ 自由枠:オボロ、チカゲ
試合での運用
試合開始時に大将、副将、三将の用いる三柱が公開される。
それぞれの試合においてその三柱による三拾一捨を行う。
各国選手の編成と使用メガミ
それではここまでのルールを踏まえ、各国選手の編成と使用メガミを発表いたします。ご覧ください! そして各選手へのアンケートもお楽しみくださいませ。
日本代表チーム紹介
編成
大将:雪浦選手 相棒枠:ホノカ
副将:ヱゐ選手 相棒枠:ヤツハ
三将:岡たらこ選手 相棒枠:ライラ
自由枠:サイネ、ヒミカ、オボロ、ウツロ、カムヰ、シスイ
大将:雪浦選手へのアンケート
・ハンドルネーム
雪浦
・好きなメガミと好きなところ
徒神サイネ
私はもともと使いづらいカードを活躍させることに楽しみを見出す部分があったため、どれもピーキーな性能を持つ徒神サイネは使っていてとても楽しいメガミです。
・好きな二柱と好きなところ
トコヨ・第三章オボロ
私が初めて大会優勝によるプロモーションタロットを獲得した時に使用した2柱になります。
2柱としての強さは十分ではありますが、単純にカードを使用し続けるだけでは活かせない組み合わせですので、この2柱で勝てたときに自分の成長を感じました。
・好きな三柱と好きなところ
徒神クルル・ホノカ・アキナ シーズン8
日本代表決定戦で採用した3柱です。競技的にここまでふるよににのめり込んだのは初めての経験で、大変でしたが、とても楽しかったです。
・ふるよにを始めた理由
仲の良い友人と2人で遊べるゲームを探してた時に見つけたのがきっかけです。
・ふるよにを始めた時期
2019年3月ごろ、シーズン3
・上達方法のアドバイスがあれば教えてください。
いろんな人に教えてもらうことが一番早い上達方法だと思います。
大会等のイベント参加はハードルが高いと思われる人もいると思いますが、是非参加しましょう。
・他の代表選手二人の印象を教えてください。
ヱゐさん:自他共に認める現在最強のミコト。日本で最も純粋にふるよにの強さを求めている方との印象で敵として戦いたくない反面、味方となった今回の団体戦では非常に頼りにしています。
岡たらこさん:日本代表3人の中では最も古株でかつ、長い間競技志向でふるよにをプレイされており、その中で培われた知見の広さを感じるミコトです。多くのメガミが使える今回のレギュレーションではその経験が生きると思うので非常に頼りにしています。
副将:ヱゐ選手へのアンケート
・ハンドルネーム
ヱゐ(wewi)
・好きなメガミと好きなところ
カナヱ-S6 最強だったから
アキナ-S8-1 最強だったから
・好きな二柱と好きなところ
ヤツハ-カナヱ (金幕修正前) S6 理由-最強だったから
ホノカAーカナヱ S6 理由-最強だったから
ヤツハ-カムヰ S7 理由-最強だったから
アキナ-シスイ S8 理由-最強だったから
・好きな三柱と好きなところ
トコヨ-カナヱ-カムヰ S7-1 理由-最強だったから
ユキヒ-アキナ-シスイ S8-1 理由-最強だったから
・ふるよにを始めた理由
友人に誘われてサークルで遊んだらハマった。他TCGと比較して競技的に取り組む際の金銭コストがとても安くて、キャラクターと絵柄がとても魅力的だった。
・ふるよにを始めた時期
ふるよにを初めて触ったのが2019/11月頃、自分でふるよにを買ったのは2020/4月頃。
・上達方法のアドバイスがあれば教えてください。
環境的にTOPとされるメガミを握り続けて勝ち癖をつけること。負けた試合の敗因を【しっかり】と分析して、同じ負け方をしないようにすること。
強い人に積極的に対戦を申し込んでアドバイスをもらうこと。眼前構築とカードの振り方と基本動作すべてを言語化できるようにしっかり考えること。
ライフが10点とれるデッキを組むこと。勝ちたいという気持ちを強くもつこと。
・他の代表選手二人の印象を教えてください。
雪浦さん・・・修羅の国(僕が勝手に呼んでいる)北陸の猛者の一人。三国杯本戦でメタ外の3柱を持ち込んで、検討量と腕で優勝した凄い人。それなのに謙虚でいい人なのはずるいと思う。(僕は傲慢なため)
岡たらこさん・・・僕と同じく競技志向がとても高いプレイヤー。三国杯の持ち込みの決め手のひとつに岡さんのユキヒ/アキナを見れたというのがあるので感謝している。大会前日の深夜まで検討を重ねて勝率を1%でも高めようとする姿勢、好きです。
三将:岡たらこ選手へのアンケート
・ハンドルネーム
岡たらこ
・好きなメガミと好きなところ
サリヤ
攻撃の補助と強い対応があり、攻めと受けが両方出来るところ
アキナ
相手のオーラを剥がしてテンポを取ること、折衝の強さとライフ回収による相手を動かす性能の高さから、攻めと受けの両方が出来るところ
受けが強いビートダウンが好きです
・好きな二柱と好きなところ
アキナ/シスイ(シーズン8-1)
メガミのパワー、シナジーが共に高く、使っていて気持ちが良いから
・好きな三柱と好きなところ
ユキヒ/アキナ/シスイ(シーズン8-1)
パワーが高く、選択肢が多くて難しいから
・ふるよにを始めた理由
Twitterのフォロワーがやっているのを見てルールを読んでみたら、面白いことを確信したから
・ふるよにを始めた時期
2018年9月(シーズン2)
・上達方法を教えてください。
人脈を作ること
対戦ゲームは対戦相手が居ないと出来ません。また、人脈があると、入ってくる情報の速さ、質が良くなります。
近くで行っている大会に行ってみたり、インターネットのコミュニティに参加すると良いと思います。
・他の代表選手二人の印象を教えてください。
ヱゐさん
他の人とは少し違うプレイ、構築をする印象がある。
恐らく1番ふるよにをやっていて、1番強いと思っている。
雪浦さん
関西、関東程の調整環境がないはずなのに予選、本戦でトップメタを使わずに勝っていて凄い。
自分が持ってない考え方や環境の見方をしていそう。
中国代表チーム紹介
編成
大将:A(yhsxsx)選手 相棒枠:メグミ
副将:labyrinthe選手 相棒枠:カナヱ
三将:PA選手 相棒枠:サイネ
自由枠:Aチカゲ、ホノカ、コルヌ、Aハツミ、ミズキ、アキナ
(23/08/19追記)※:中国運営側の認識の誤りにより、中国代表チームの大将、副将、三将の配置が選手の要望と異なるものとなっていました。公平性のために日本代表チームに編成の変更を許可するか事前に伺い、変更の許可を頂けましたので以上の形で修正いたしました。
大将:A(yhsxsx)選手へのアンケート
・ハンドルネーム
yhsxsx(A)
・好きなメガミと好きなところ
シンラ。ふるよにを始めたごろに、シンラとユリナは東方projectの結界組と少し似ているところがあり、ストーリー上の「旧幕の終わりと新幕の始まり」という象徴性も好きです。あと、ユリナとシンラの、お互い魂が分かり合っているが、いろんな原因で好敵手の関係しか持てなくて、素直に手をつなげない感じがとても印象深いです。
・好きな二柱と好きなところ
s6のユリナ・ヤツハ。ユリナとヤツハは小説第一部と第二部の主人公であり、プレイ感上も相性が良くて、ゲーム性とストーリー性両方適合している感じが好きです。ユリナの浮舟宿が爪・顎を出した後のヤツハを守り、ヤツハのわらべ歌がユリナの気合をサポートし、月影をライフに入りやすくなります。こういうお互いの背中を守り、自分の弱いところがもう一柱が補足する組み合わせが好みです。
・好きな三柱と好きなところ
前で述べたヤツハ・ユリナを中心に、s6のヤツハ・ユリナ・チカゲ、s6-2ヤツハ・ユリナ・サイネ、s7ではヤツハ・ユリナ・カムヰ,s7-2ヤツハ・A2ユリナ・ヒミカ、s8はAAヤツハ・A2ユリナ・シスイ。M4さんが主催した英語DCチャンネル大会で、ヤツハ・A2ユリナ・ヒミカを使って決勝まで進出し、ヱゐさんのホノカ・カナヱ・Aヤツハに負け、残念ながらユリナタロットを入手できませんでした。とはいえ、Oユリナが環境ではそこまでトップクラスではないため、フリープレイではよく使いますが、真剣勝負の試合になると、たとえばs6-2起源戦はヒミカ・サイネ・ヤツハを使うことが多いです。
・ふるよにを始めた理由
惨劇ルーパーが大好きで、公式シナリオを全部クリアしたタイミングで、友達から同じBakaFireさんが作ったふるよにを勧められて、ふるよにを始めました。
・ふるよにを始めた時期
2020.12 s6
・上達方法を教えてください。
まずは、カードの「モデル」という概念を明確します。そして、自分の組み合わせの勝利方法、それぞれのカードが自分の組み合わせでどう役に立つかなど、自分の構築を対戦でどんどん改良していくこと。一番大事なのは、自分のレベルに近い友人と一緒に頑張ること。友達と対戦し、ある相手の対策を練り、その対策が本番で本当に輝いたときが一番満足感を感じます。
・他の代表選手二人の印象を教えてください。
labyrinthe 選手は私が一番尊敬している中国のふるよにプレイヤーです。
自分が勝てない相手だと思っています。
特に計算が強くて、ほかの得点勝負のボードゲームをやるとき、得点トラックで一周超えられたことよくあります。
labyrinthe 選手の全勝を期待しています!
PA選手とは以前あまり交流したことがなくて、三国杯予選の決勝では初めて対戦しました。
とてもかわいい(?)プレイヤーだと思います!
今回の機に仲良くなりたいです。
副将:labyrinthe選手へのアンケート
・ハンドルネーム
labyrinthe
・好きなメガミと好きなところ
S7-2以降のカナヱ。カナヱのツールボックスの特性を発揮できるため、最強の時期よりもっとプレイ感があります。
S8のカムヰ。最強の火力、ラスボス感があって好きです。
・好きな二柱と好きなところ
S7のカムヰ・サリヤ。サリヤがカムヰのフレキシビリティを補足しました。灯・暁も投入できます。
・好きな三柱と好きなところ
ホノカ・アキナ・カナヱ。ホノカ・アキナ・カナヱ各自の特性を完全に発揮できるため
・ふるよにを始めた理由
中国語版のクラファンから、2人対戦ボードゲームのトップクラスだと思います。
・ふるよにを始めた時期
S5(競技を積極的に参加したのはs6-2)
・ふるよにを強くなる方法
ランダム6柱でいろんな組み合わせを体験し、研究する。あとは対局後の振り返りと試合レポートの研究
・チームメイトに対する印象
みんな強いです。
三将:PA選手へのアンケート
・ハンドルネーム
PA
・好きなメガミと好きなところ
サイネ: s6-2で八相が強化されたあと、プレイ時がとてもスムーズになって、いろんな対局でその1オーラが大きく戦局を左右します。その中で一番好きなカードは見切りです。その双方向移動対応が、八相状態のサイネをさらに固くします。
ヤツハ:小説の重要キャラとして、ヤツハはとても特殊な地位を持ってます。ゲームプレイ上、自分のリソースを対価にして、高い攻撃力を手に入れたプレイ感はとても面白いです。それぞれ違うギミックの切り札も、ヤツハをほかのメガミをサポートできます。それいがいに、ヤツハのアナザー(花、魂)もヤツハの違う風味があって好きです。
・好きな二柱と好きなところ
Aライラ・Aサリヤ:この組み合わせが、いろんな構築で違う相手を対策できることで面白いです。カードパワーでほかのメガミを潰すではなく、対戦相手とお互いいいゲーム体験を残せます。初心者にこのゲームのギミックを教えることもでき、とてもいい組み合わせだと思います。
A2サイネ・ミズキ:2/4の裏斬りがロマンです!フレアを貯め、一気に相手のライフを溶かすのが面白いです。
Aサリヤ・カムヰ(s7−2):相手に大量のダメージを与えた後、Nagaのトランスフォーマして相手のフレアを没収する体験が特別です!
チカゲ・サイネ:ふるよにの基本を試される組み合わせです。相手メガミに十分な知識を持てばゲームのペースが取れます。初心者の練習にお勧めです。
・好きな三柱と好きなところ
Aライラ・Aサリヤ・カムヰ:Aライラ・AサリヤとAサリヤ・カムヰ両方プレイできる組み合わせです。相手といい対局ができ、ふだんめっちゃ見る組み合わせでもありませんので新鮮感があります。
オボロ・チカゲ・サイネ:チカゲ・サイネの2柱にオボロを添い、帰ってくるのがだいたいオボロ・サイネですが、それもそれでふるよにの基本を練習できる組み合わせです。
・ふるよにを始めた理由
最初は友人が第二幕を買って一緒に遊びました。最初のプレイでもうハマって、次の日の3時までやりましたw。その後毎週友人と対戦し、第二幕のいろんな組み合わせを体験しました。距離要素が面白くて、手札のリソースコントロールや立ち回りも、ほかのカードゲームにあまりないプレイ感が好きです。その後友人はだんだんとふるよにから離れたが、自分はそのまま熱意を保ていて、新幕を買って正式にふるよにデビューしました。その後いろんなコミュニティに入り、いろんなミコトと出会いました。
・ふるよにを始めた時期
S6-2
・上達方法を教えてください。
いろんな組み合わせを体験することが重要です。ずっと同じ組み合わせだと飽きやすいし、違う組み合わせの長所短所を体験できないので、強くなるのが難しいと思います。そのため、ランダム6柱で、お互い3柱を取り、3拾1捨をする方法をお勧めです。これで普段見れない組み合わせや対局が見れて、面白いし、メガミの長所短所も認識できます。
・他の代表選手二人の印象を教えてください。
labyrinthe:最強、無敵。Labyrintheの三国杯予選のレポートを読んだ後、いろんなことを深く分析しているなと思いました。それで予選無敗の戦績は当たり前です。ふるよにに全面的な認識があり、尊敬すべき選手です。
A:本戦での全勝を期待しています。とてもまじめなミコトで、多くの時間をかけていろんな対局を研究しています。外国のミコトとの交流も多くて、海外の経験をいろいろ取り込んでいます。
韓国代表チーム紹介
編成
大将:セルジュ選手 相棒枠:メグミ
副将:Written_by選手 相棒枠:シスイ
三将:0xrgb選手 相棒枠:ハガネ
自由枠:ヒミカ、ユキヒ、クルル、ウツロ、ホノカ、アキナ
アンケートにつきまして:Korea Boardgames様から届いたアンケートは機械翻訳による翻訳でしたので、固有名詞をBakaFireが予測、調整しています。申し訳ございませんがしばらくお待ちください。
(23/08/22追記)完了しましたので更新します。
主将:セルジュ選手へのアンケート
ハンドルネーム:
セルジュ
・好きなメガミと好きなところ
私はシンラが好きです。相手の行動を制御したり妨げたりするプレイが好きで、シンラがそのスタイルに適しているからです。相手が2枚の手札を維持するようにし、その後攻撃カードを引用として奪うプレイが好きです。
論破や完全論破で相手の重要なカードを封じたり、資源差が大きくなった時に開方冥式切取法で仕上げるのも好きですが、論破や立論の効率が悪いためあまり使わない傾向です。
最近はアキナも気に入っています。相手の資源を制御できる点が良いです。相手のオーラとフレアを奪い、相手の切札の使用を阻止し、資源差が大きくなった時に開方冥式切取法で勝利するプレイをたくさんしました。アキナは8シーズンで相手の資源を効果的に奪えましたが、8-2シーズンでナーフされた後は慎重に運用する必要があり、頑張って適応しています。
・好きな二柱と好きなところ
シンラ/カナヱを使った組み合わせが好きでした。封殺と森羅判証を使い、相手のカードを1ターン封じ、次のターンに封殺を再び使用して相手の勝利手段を2ターンの間封じる能力が良かったです。残念ながら、封殺が納3に変わり、シンラとカナヱの相乗効果が低下し、その後はこの組み合わせを使用していません。
最近はシンラ/アキナの組み合わせが好きでした。衰垜逐肘守料術を使ってお好みで森羅判証を使用でき、論破や壮語、天地反駁の破棄タイミングを合わせれば1ライフ回収が可能で、森羅判証のダメージを8ダメージまで期待できることを評価しました。ただし、シスイの「桑畑志水の死に所」やウツロの「刈り取り」や「虚偽」、アキナのフレア回収などメタを主に構成するメガミたちに弱いため、大会での使用は諦めました。
・好きな三柱と好きなところ
シーズン8でシンラ/メグミ/アキナの組み合わせが好きでした。相手がフレア牽制手段を持っていない限り、どの組み合わせでも強力で面白くプレイできました。ただし、メタでシスイ、アキナ、ウツロが増えてきたため、フレア牽制に脆弱なシンラの代わりにホノカを投入する必要がありました。シンラは森羅判証を使わない限りゲームで勝つのは難しいですが、ホノカはフレアを牽制されても強力な動きができるメガミです。
・ふるよにを始めた理由
友達の勧めでふるよにを試してみましたが、私の好みに合い、それ以来着実にプレイしてきました。面白いゲームなので、周囲にも積極的に勧めています。
・ふるよにを始めた時期
正確なシーズンは覚えていませんが、ウツロAがナーフされる直前に始めました。当時、チカゲが好きでチカゲタロットを手に入れたかったのですが、残念ながらそのシーズンに優勝することはできませんでした。
・上達方法を教えてください。
退勤後や週末に決闘を楽しんでいますが、特別なことはありません。もっと多くの決闘を行ってみてください。
・他の代表選手二人の印象を教えてください。
0xrgb: 私が苦手なピックを巧みに使用して大会で対戦すると、とても悔しいです。三国杯韓国本戦では、このプレイヤーに会わない方が幸運だと思っています。
Written_by: 三国杯韓国本選前にしばらく一緒にゲームをプレイしたことはありませんが、3位以内に入ると予想していませんでした。三国杯韓国本線で対戦した時、相手のアキナやユキヒは非常にトリッキーでした。一部は運に頼って勝ったと思っています。
副将:Written_by選手へのアンケート
・ハンドルネーム
Written_by(リトン・バイ(または減ってリトン)と読みます。リュートン・バイと呼ばれることもありますが、どちらでも構いません)
・好きなメガミと好きなところ
多くの選択肢があり、シーズンも選択可能です。
外見が好きなメガミ: トコヨ、ハツミ、シスイ
トコヨは相手の攻撃をエレガントに回避するコンセプトと見た目が調和しており、最初に気に入った女神です。ハツミとシスイは美しいと思います。一柱だけ選ぶとしたら、今はハツミです。
コンセプトが好きなメガミ: シンラ
以前は付与札が特徴で、森羅判証で攻撃以外の方法で勝つことができるという点で好きでした。特徴が計略に変わってからも、コンセプトが好きな女神として1位になりました。正直に言うと、現在のシンラはゲーム心理戦に対してはあまりメリットがないかもしれませんが、相手の予想しない計略を実行する楽しみがあります。また、シンラAも計略を利用した面白いワンターンキルプランができたという点も好きです。
決闘で使うのが好きなメガミ: ユリナ
ユリナは初めての決闘で用いた女神であり、攻撃を通じて勝つ決闘の王道であり、今でも一番好きなプレイスタイルです。カムヰ/アキナ/シスイなどのメタに対抗するため、パワーでも負けることは多いですが、私の心の中でユリナはいつでも特別です。
・好きな二柱と好きなところ
多くの選択肢があり、シーズンも選択可能です。
アキナ/シスイ(シーズン8-1)
他の人には狭い環境を作ってしまった組み合わせかもしれませんが、私は新しいプレイスタイルと勝利プランができたことが楽しかったです。組み合わせのパワーは素晴らしいですが、資源の理解、投資回収の活用、ウバラザキ、正確な計算のサイクルなど、高度なスキルが必要で、熟練度を上げる楽しみもありました。8-1シーズン中、ユーザーたちからアキナとシスイの評価が時々変わることも楽しみでした。国内代表選抜戦の期間中、頻繁に見ましたが、気付けば愛着が湧いていました。
Aシンラ/クルル(新羅aが初めて登場したシーズン、おそらくシーズン4)
シンラAが初めて登場した時、楽しく回せる組み合わせでした。特にゲーム内のカードをいんだすとりあで複製し、すべてのゲームカードを使う全知経典OTKデッキが面白かったです。性能の保証はできませんが、楽しさは保証されました。シンラAに初めて会った人には、思いがけなく勝つことが多かったです。ちなみに、この組み合わせで韓国の予選で3戦全勝しました。
その他の組み合わせについては、三拾一捨に慣れすぎて、よく覚えていないですね。
・好きな三柱と好きなところ
多くの選択肢があり、シーズンも選択可能です。
サイネ/シンラ/クルル
シンラやクルルの一方を必ず含む組み合わせです。これは私にとって一度で成功した組み合わせで、通常はサイネ/クルルを使い、私もよくびっぐごーれむプランを使いました。相手によってプランや力を調整することもでき、手ごたえもあり、交流会でよく使いました。
トコヨ(o/a2)/シンラ(o/a)/ハツミA
これは好きなメガミが含まれている組み合わせです。これだけで、この組み合わせは素晴らしいと思います。以前からトコヨ/シンラの組み合わせが好きで、似たような経験をさせてくれるので、好きです。この組み合わせを初めて作った時、トコヨA2/シンラA /ハツミAでしたが、気分に応じて行くかどうかを決めるタイプです。
ユリナ/ウツロ/ホノカ
こちらはストーリーの主人公を集めた組み合わせです。約1年間、交流会を開きながら定期的に審判を見ており、大会に参加する場合はこの組み合わせをよく使っています。
・ふるよにを始めた時期
ふるよにを始めた正確な時期は、2017年秋だと記憶しています。
・上達方法を教えてください。
多くの経験を積むことが重要です。自分のプランを練習し洗練させるだけでなく、相手のプランを理解し、適切に対応することも大切です。ボードの状況やデッキから出てくるカードに合わせて戦術を変える方法も、経験から学ぶことができます。
個人的にお勧めする方法は、ユリナを宿して月影落を利用してリーサルを探すトレーニングです。自分の集中力や手札、相手の反応などを考慮して、確実にリーサルを生成できる感覚を身につけることで、他の状況でも同じような戦術を活用できるようになるでしょう。
何よりも決闘を楽しんでください。楽しみながらプレイすることが長く続ける原動力にもなりますし、ゲームそのものが楽しいと感じることが大切ですから。
・他の代表選手二人の印象を教えてください。
セルジュ様:以前から知っており、長い間活躍されている方です。ビートとコントロールの要素をうまく使い分けるタイプで、コントロール寄りのスタイルを好む私にとっては、相性が良いとは言い難い相手です。また、韓国でシンラを使用する数少ないプレイヤーの一人であり、実力も非常に高い方です。
0xrgb様:セルジュ様とは対照的に、初めてから見てきた方です。私が初優勝した大会でユリナ/サイネのデッキを持ち込まれた記憶があります。入門当初と比べて驚くべき成長を遂げた理由は、情報収集にあると思います。特に日本のメタについて深い知識を持っており、奇抜な組み合わせで驚くべき勝利を収めることが多い印象です。ハガネデッキを効果的に操るためのテクニックを磨く姿勢も感銘を受けました。
三将:0xrgb選手へのアンケート
・ハンドルネーム
0xrgb(RGBとしても読めます)
・好きなメガミと好きなところ
キャラクターとしては可愛いハガネが好きで、ゲームプレイ的にはカナヱができるプランが多くて面白いと思います。
・好きな二柱と好きなところ
ハガネ/ウツロ: 「大天空クラッシュ」と「大山脈リスペクト」を使って強力な攻撃ができるため、よく使用されました。
ヒミカa/オボロ: 「誘導」 「炎天・紅緋弥香」で相手を焼くことができるため、よく使用されました。
ハガネ/カナヱ: 相手の攻撃を受けながら素早く終幕を迎える必要があるため、面白い組み合わせだと思います。
・好きな三柱と好きなところ
ハガネ/ウツロ/アキナ: 強力なアキナの力でハガネ/ウツロを受け取ることができ、シーズン8時によく使用しました。ナーフ後もよく使用しています。
・ふるよにを始めた理由と時期
2021年6月25日、シーズン6-2
普段から興味を持っていたゲームで、韓国語版のファンディングが始まるというニュースを聞いて購入し、プレイを始めました。それ以降、公認大会に初めて参加し、韓国1位(セルデュ)と4位(woodo)を抜いて優勝し、自分が思っていたよりも上手いことに気付くようになり、ずっとプレイしています。
・上達方法を教えてください。
普段、ゲームを現実にうまく移せないため、時間があれば頭の中で回しています。チェスのコスチュームは、いくつかのチェス盤を頭の中で描くことができましたが、1つしか描くことができませんでした。
・他の代表選手二人の印象を教えてください。
セルデュ: プレイがスムーズで、ミスがなく、ピックの相性以外では勝ちにくい相手でした。シンラが好きです。
リトンバイ: ふるよにを本気でやっており、ピックを決めて多くの練習をする方で、熟練度差が大きく、勝つのが難しい相手でした。大会も頻繁に開催され、ルールもよく知っており、誠実な印象です。
そこは、仄暗く風のない場所だった。
桜降る代から旅立った六柱のメガミ。彼方の枝に降り立った彼女たちは、目を開いてまず辺りの奇妙な景色に戸惑った。
「建物の中……でしょうか」
ユリナの問いに、積極的に頷く者はいない。
天井の高い広大な空間は、月の出た夜のような手元が辛うじて見える程度の明るさが滲んでいる。当然ながら光源は天にはなく、ましてや月光の色でもない。中を不気味に照らすのは、壁や天井でまばらに灯る、温かみを感じない桜色の光たちだった。
光る何かには、文字として判読可能な形を成しているものもある。中でもひときわ主張が大きいのは、『御冬』という地名を想起させる文字だ。その下には『壱號路』『弐號路』『三號路』という札と計器が並んでおり、さらに『正常』という形で緑の明が灯っている。
ぬくもりのないそれらの明かりによって浮かび上がるのは、壁面や鉄板の床を縦横無尽に走る数多の金属の管。大小様々なそれらを仲介するように、一抱えもありそうな装置めいたものが生えており、絡繰の駆動音じみた低く唸るような音が響き続けている。
誰にとっても見慣れない光景だが、どれもが明らかに人工物。それも昨日今日造られたものではなく、相応の歳月を感じられる。
幸いなのは、いきなり怪物に囲まれるという最悪の事態にはなっていないこと。
アキナは帯に差した算盤から手を離して、釈然としない様子で言った。
「誰もおらんようでよかったわ。けど、北限ちゃうんかったんか? ぬくいくらいやん」
「うーん、おかしいなあ」
首をひねるメグミは、
「歴史を渡ったんなら、近い桜から出てくると思ってたんだけど……。ほら、あたしたちはファラ・ファルードに出てきたわけだし」
「じゃあ何か? コレが桜や言うんか?」
問いかけるアキナは、しかし怪訝そうに背後を指した。
一同が現れた室内の中央。そこには、大きな絡繰の塊が床から天井まで伸びていた。
どう見ても神座桜ではないし、樹木とも呼べない。あるいは桜を徹底的に絡繰で覆い尽くしてしまえばそうなるのかもしれないものの、かの神渉装置だとしてもとりわけ巨大で大仰なことを意味している。
一方で、部屋はその絡繰のために存在してるのは明らかである。管という管が中心へと集約されており、怪しい光も群れている。この施設の心臓部と言われても不思議ではない。
しかもその上部、桜であれば結晶の咲く位置に、ひときわ力強い灯りで描かれた文字は『サイハテ』。北限という地と、そこに伸びる神座桜・果桜を想起させるに足る名である。
そして、機器の光に紛れるように、親しみある桜色の輝きが絡繰から漏れ出している。
その異様なる威容に当てられたように、チカゲが呟いた。
「あ、あの狂人の仕業としても、これは……」
「でも、この光……あたしが歴史を渡るのに使った、神座桜の残響にどこか似てる気もするんだよね。中身は、やっぱり桜なんじゃないかなあ」
メグミの証言によって、皆の表情に驚きと納得が混ざり合う。実際に渡って来られたという現実と、取り巻く不可解な状況との乖離も相まって、誰もが混乱しているようだった。
その中でサリヤは、こめかみに手を添えて絡繰を眺めつつ、
「この歴史、私たちよりも技術水準が上だとすると、専門家が誰も来られなかったのは痛いかもしれないわね。ジュリア様をお手伝いしてただけの私が、一番分かりそうなくらいだもの。まぁ、クルルが居たらそれはそれで大変だったでしょうけど……」
「十分やろ。ウチも枢式まで齧ったことあるし、ちゃんと見てみよか」
「あたしも少しだけなら!」
名乗りを上げたアキナとメグミを伴い、サリヤが謎の装置を詳しく観察し始める。
桜降る代における絡繰は、近年の技術発展と比較すると、普及は亀の歩みのようにゆるやかだ。技師の数やクルルの気まぐれな下賜も要因だが、動力としての桜花結晶の利用――特に日用的な道具に用いることへ畏れが、未だ根強い点が特に大きい。
照明はその最たるもので、行灯の中の火を代替するような簡単な仕組みのものが、祭事などで限定的に用いられるのみ。ともすれば、桜花結晶を光源としてただ封じただけのものも少なくない。
「すごいすごーい! この明かり、全部硝子管みたいですよ」
サリヤたちが分析する間、レンリが計器と並んだ緑の明かりをつついて、大げさに目を丸くしていた。渡航の覚悟を決めたときの顔つきが嘘のようだったが、最初に姿を現したときを考えれば、戻ったというべきか。
手持ち無沙汰だったユリナも確かめて、
「ほんとだ……。火もないし、桜式なんでしょうか。舶来品でも、こんな綺麗な造りのは見たことありません」
「一体、どれだけのお金を注ぎ込んだんでしょーね。ここが北限にあるとしたら、作るのそーとー大変だったと思いますし、すっごい目的がないと割に合いませんよねぇ」
「歴史を渡るためにしては、見た目から全然違いますもんね」
感嘆の息を漏らすユリナ。
そこへ、顔を上げたサリヤが追随した。
「そうね……桜の奥へ道を通すような意図を感じるのだけど、どちらかというとこちら側に引き寄せてるような感じがするわ。第一印象の通り、神渉装置に通じる何かかもしれない……目的までは、もっと追ってみないと分からないけど」
「ま、まさかクルルがあのままのさばった歴史なんて言いませんよね」
「それは想像したくもないわね」
チカゲの懸念に、サリヤが肩をすくめた。ユリナも苦笑いを浮かべている。
「いずれにせよ、こんな歴史の違いをいきなり目の当たりにできたのは、幸運と思うしかないわ。この先どうなるか分からないし、情報は多いに越したことはない……もう少し深掘りするだけの価値はあると思う」
「せやったら、ぐるっと回って見とこか」
そう言ってアキナが腰を上げたときだった。
チカゲの眼差しが、突然鋭利さを帯びる。手首を返して前からは見えないようにはしているものの、既に苦無も抜いている。
臨戦態勢というほどではないが、明らかに誰かの気配に警戒している。
他のメガミも遅れてそれに倣い、六つの視線は壁沿いの暗がり、出入り口の一つと思しき場所へと注がれた。
「どなたですか」
機先を制するように、チカゲが誰何を投げかける。
すると、暗闇の中から現れたのは、眉間にしわを寄せた一人の少女だった。
「……い、いや、こっちの台詞だし。あんたら、何してんの?」
出入り口の縁にしがみつきながら、彼女はじろりとメガミたちを眺めている。
少女の容姿は、まず派手な髪が目につく。不自然なまでの黄金色に染めたたっぷりの髪を、両側で太く編み込んで後ろから肩に垂らしており、毛先は腹まで届くほどだ。さらにはそのおさげは花や図形を象った無数の小さな髪飾りで彩られており、目に眩しくさえある。
背丈はユリナと近しく、膝上まで切り詰められた袴も似ているが、少女のそれは亜麻色だ。翡翠色の鱗文様の上に大きな花柄を入れた着物も、街を歩けばすぐに人目を引くだろう。ミコトの証たるその手の結晶すら、自身を飾る一つに過ぎないように思えてくる。
ただ、彼女が紐で首から下げているものは、装身具の中で一つだけ浮いていた。硬質そうな白い板に、無表情な彼女の鮮明な肖像と『
古妙は予想外の先客に動揺しているようだが、警戒心を露わにしながらも、話は聞いてくれるようだった。
今は、顔を出さずに立ち去られていても不思議ではない状況だ。幸運と呼ぶしかない。
突如現れたメガミたちは、客観的にはただの不審者でしかないのだから。
「すまんな、ウチらは――」
「……っ!? うわ、あんたらやばっ!」
矢面に立とうとしたアキナの言葉を、狼狽する古妙が遮った。信じられないものを見るような眼差しには、敵を見つけてしまった類の混乱と焦燥が色濃く浮かんでいる。
想定以上の過剰な反応に緊張が走る中、まず先に動いたのはサリヤだった。彼女は、相手を刺激しないようにゆっくりと、調べていた装置から手を離し、装置からも古妙からも距離を取った。ぎこちない笑顔が、困惑を物語っている。
メグミが半歩出て、サリヤの盾となる。途端に、視線を遮られた古妙が敵意をメガミ全員へと振りまいた。
とはいえ、彼女が即座に武器を構えるとまではいかなかった。その場に留まったのは見過ごせないという意思表示だろうか、沈黙を選んだメガミたちと同じく、口を固く結んでせめて睨みつけている。ただ、強張った顔に内心の恐れが漏れ出ていた。
チカゲが眉を顰めながら警戒を続けているが、少女以外が乱入する気配はない。
このまま膠着しかねない空気をかき混ぜるように、アキナは頭を掻きながら詫びた。
「いやー、驚かせてもうてほんまに悪かった。せやけど、そんなビビらんでくれると嬉しいわ。これでもウチら、メガミなんよ」
その弁明に追従するように、レンリがしなを作りながらアキナに並ぶ。
「そうですそうなんですぅ! クルルさんが、どーもこの装置で気になることが、って言うもんですから、仕方なくみんなで様子を見に来たんですよ。聞いてませんかぁ?」
「は? クルル……? てか、メガミ……?」
古妙はより一層疑いの目を向けてくるが、話を呑み込み切れないといった反応でもあった。状況が状況なら、首を傾げていたかもしれない。ましてや相手の一人が、年端も行かない女の子の見た目をしているのだから、無理もない話だ。
対してレンリは、苦笑いと共に頬を掻きながら、
「あー、混乱させちゃいましたかね? とりあえず、この人たちはお姉さんに危害を加えるつもりはないってことだけ、まずは信じてもらえませんか? 何事も平和が一番……でしょ?」
「…………」
うそぶくように訊ねられ、古妙は反射的に開きかけていた口を一度閉じた。綺羅びやかに彩られた爪の先でおさげの毛先をいじりながら、改めてメガミたちを推し量っている。
徒寄花の撃退まで考えるのであれば、現地の者たちとの協力は必要不可欠だろう。この施設の関係者然とした少女との遭遇が穏便に終わるかどうかで、最初にして今後のメガミたちの活動の方向性が大きく歪むことすらありえる。
力づくで黙ってもらうなど、レンリの言う通り誰も望まない。手を取り合おうとしている相手を害するのは、本末転倒もいいところだ。
歯車の蠢く音だけが間に横たわる。
そのうち古妙が少し俯き、メガミたちの緊張がいや増す。
しかし、
「あぁー、そなんだー!」
少女は、へらへらと気の抜けた苦笑を浮かべていた。
今までの警戒心を丸ごと忘れたかのように。
あるいは、呑み込んだかのように。
「なるほどねー、クルルの命令で来たんだー。ごめごめ、こんな夜更けだからびっくりしちゃって。あーし、下っ端だから聞いてなかったんだよね。めっちゃ困るー」
「そうでしたか。もしかしたら、こっちの連絡がちゃんと届いてなかったのかも……だとしたらごめんなさぁい」
「ううん、いいのいいの、全然! どーせ主任が忙しくて忘れてたとかっしょ」
謝り合う二人。先程の緊張感を拭い去ろうとする軽々さがわざとらしく、その応酬はいっそ予定調和的でもあった。その落差にユリナは小首を傾げてすらいる。
とつ、とつ、と古妙の長い革靴の底が部屋の床を叩く。
彼女は両手を申し訳無さそうに合わせて、
「悪いんだけど、もう炉の定時点検の時間なんだー。だいじょぶ?」
「なるほどなるほど、だいぶ長居しちゃいました。こっちの用事は終わったんで、自分たちはそろそろお暇しますね。ところで、この時間だと通用口はどこのを使えばいいですか?」
「あっ、うんうん! 正面は閉まってるから、一番ラクなのはそっからかなー」
古妙が指さしたのは、メガミたちの背後で口を開けていた出入り口ではなく、横合いに設けられたほうだった。
にっこりと、レンリは貼り付けた笑みをちらりとメガミたちに向ける。既に意図を汲んでいたらしいアキナはそそくさと頭を下げながら、皆を出口へ誘導し始めている。
少女の胸の内は分からない。けれど、見逃されたのは間違いない。
一つはっきりしているのは、この場で詮索するのは毒になるということ。
帰り道を示された客は、大人しく辞去する他ない。
胡乱な事情や違和感が、幾らでも垣間見えたとしても。
レンリが追いかけて来たのを見て、アキナが手を掲げた。
「ほなまた、おおきに!」
「おつおつー、そんじゃねー」
古妙が両手を振り、張りぼてを構え合う邂逅が終わりを告げられる。
だが、その瞬間だった。
ヒュォッ、と。
刹那の風切り音とほぼ同時、木や金属を抉る音が一瞬の間に連続した。
着弾の衝撃が部屋を僅かに揺らす。
「……!?」
鉄の床を深く穿ったのは、一条の空色の光。
見上げれば、鎮座する装置に細い風穴が開け放たれていた。
ぎぎ、と奏でられる不協和音。己の負傷を遅れて悟った装置が、悲鳴を上げ始める。
室内には六柱のメガミと古妙以外に人影はない。誰の仕業でもないことは互いに明白な上、上空から撃ち下ろすような角度のついた射線が、なお他者の介入を訴えている。
けれど、この部屋の壁や天井に破壊の痕跡はない。
こんな芸当を為せる存在は、彼女ないしは彼女の秀でたミコトに限られている。
「屋根の上にはどこからッ!?」
「そ、そこの梯子から、整備用の天窓が……」
気迫を纏ったユリナの問いに、顔を真っ青にした古妙が思わず答えた。
走り出したユリナは、金属製の手すりを歪ませながら梯子を豪快に飛ばし、瞬く間に駆け上げる。サリヤとメグミもすぐに倣って後を追った。
壊れる勢いで天窓が開かれ、さらに狭い屋根裏らしき場所からもう一段、分厚い扉のような天窓を引き下ろせば、途端にユリナたちを冷たい空気が包んだ。
屋根の上から見渡せるのは、夜闇の底に落ちた一面の白。出立した地と同じ銀世界。
星月は雲に覆い隠されているが、吹雪はまだ穏やかで北限にしては随分と機嫌が良い。屋根の端々に煌々と光が灯っており、この陸の孤島の在り処を灯台のように主張している。施設は足元の部屋を中心にもういくらか広がっており、立派な邸宅と呼べる大きさをしていた。
飛び出したユリナたちが、狙撃手を探す手間は皆無に等しかった。
見上げた空で、闇を切り裂く空色の翼が輝いている。地上で慌てふためく獲物たちを意に介さず、悠々と狩りの余韻に浸る猛禽が如く天を漂っている。吹雪に靡く若草色の髪は、極寒を忘れたかのような鮮明さだった。
空と自由を象徴する者。メガミ・ミソラ。
大弓を手で弄ぶ彼女めがけて、ユリナは叫んだ。
「今の、ミソラさんがやったんですか!?」
「あれ、君たち……」
ひくり、とミソラの長く尖った耳が動く。アキナとレンリも追いつき、ぞろぞろと見上げてくるメガミたちの姿を見て、少し驚いたようだった。
だが、ミソラはやれやれと言った様子で肩を竦めて、あっけらかんと言い放つ。
「僕は桜を蝕むカラクリを壊しただけ。つまり、メガミを救い出しただけさ」
「それってどういう……って、あっ! 待って――」
ユリナが追及しようとした瞬間には、ミソラはもうその大きな翼を羽ばたかせ、背を向けて飛び去るところだった。
呼び止めに応えたのか、くるりと泳ぐようにメガミたちを向く。
両手を広げ、歌い上げるかのようにミソラは告げる。
「これは、人間たちの過ちだよ」
最後に嘲るように鼻で笑って、今度こそ彼女は吹雪の中へ消えてしまう。
取り残された者たちに追う術はなく、元より北限での闇雲な捜索は危険。気ままな風のように騒ぎを運んでは去っていったミソラを、ただただぽかんと見送る他になかった。
例外は一人。アキナの地団駄で、屋根の雪が踏み固められる。
「かーっ! あの阿呆鳥が、賢そうなフリしくさりよって! どうせまたなんも考えずに勝手しとるくせに、イキり倒しとんのほんま腹立つ!」
「えっ、ミソラ様ってそんな方だったの……?」
メグミが訊ねると、アキナはふざけた苦々しい顔を突き出した。
一応同じ岩切が拠点のはずのユリナも、曖昧に笑って、
「なんというか、その、自由を象徴してるだけあるって言うか……」
「皆初めは騙されんのや。ヨイショされてくれとるうちもええけど、それも三歩歩けば忘れてまうし、聞こえの良いこと言って有耶無耶にしよる。もし、この世にウチが金取り立てられん奴がおるとしたら、あいつくらいなもんや」
「はは……」
経験者たちの反応に、メグミは夢を壊された子供のようになる。一人そっぽを向いていたレンリも、唇を噛んで無表情になっていた。
屋根の上にはろくに隠れられるところもなく、足跡も彼女たちのものだけ。破壊の痕跡どころか雪が乱れた跡すら嘘のように残されておらず、今しがた見た光景が幻のようですらある。
しかし、屋根の下で起きた破滅は現実なのだ。
「皆さん、来てください!」
チカゲの深刻さを帯びた声に、外にいた五柱は呼び戻される。
彼女たちが急いで降りると、チカゲは一人、軋む装置の前で見上げていた。ちょうど梯子からチカゲの顔が見える位置だ。部品がいくつも床に零れ落ちており、特にチカゲのいる側は山が崩れるような有様であった。
チカゲは、全員が駆け寄ってきたのを見て少しだけ瞠目した。けれど、見るべきものがあると訴えるように、顎で崩壊を始めた装置を示した。
一同が目にしたのは、眩い光を放つ装置の内面。
否、そこに浮かぶ姿。
「え……」
言葉を失ったサリヤが、口元に手を当てた。
光を背景に、そこには瞳を閉じて眠るメガミの姿があった。
この場の誰もが知っている、その者の名はコルヌ。確かにここが北限であれば全く相応しいメガミがおわしている。
だが、一行の知るコルヌとは明らかに容姿が違う。
衣服に刻まれた文様に、肩まで伸びた氷の毛先。靴橇の氷刃はさらに鋭利さを増し、後ろへ伸びた刃の先は、かかとで折りたたまれてもなお膝のあたりで天を指している。
このコルヌを誰も見たことはない。けれど、このコルヌを何と呼ぶかは皆分かっている。
「どうして、徒神が……!?」
忌々しげにレンリが呟く中、コルヌの手首から先は既に光へと崩れていた。足先や頭頂からもはらはらと、彼女の顕現体を形作る力が、光になって還っていく。
その光の色は、黄緑。還る先は、徒寄花。
これは、脅威が去る安堵の光景ではない。いずれまたコルヌが、徒寄花の従僕として神座桜に牙を剥く日を予期させる、破滅の宣告である。
例外は唯一つ。カムヰにより討たれることだけだ。
「っ……」
メグミの拳が、肌が白むほど握られる。
徒神との対峙自体は、予測されていたことだ。どのような経緯かはさておき、徒寄花の侵略が見えている状態で飛び込んだのだから、彼女たちは相応の覚悟を持って臨んでいる。侵攻の度合いに戦慄しても、尻込みするような者たちではない。
だが、瀕死の徒神が収まっていたのは、人間の管理下に置かれた装置の中だ。
これは希望の封印なのか、絶望の萌芽なのか――不可解な現実を誰一人説明できぬまま、異貌のコルヌは塵一つ残さずに消えた。
彼女の奥は、装置のさらに中枢から背に光を浴びる、部品の壁があるだけだった。
六柱のメガミが、光のいや増した薄闇に取り残される。
「……そういえば、あの派手な子は?」
一度考えるのをやめたのか、辺りを見渡したサリヤが誰に言うともなく呟いた。
それに反応したのはアキナだ。彼女はチカゲを睨んで、
「自分、見てる言うたやんけ。どうしたんや」
「泳がせました。その方が、情報を抜けると思ったので」
「あん?」
はっきりと答えたチカゲが足早に歩き出し、皆がその背を追う。彼女は崩落した側からちょうど四半周したところへ導き、装置の一部を示した。
その一角は、ミソラが撃ち下ろした側なこともあってか、見た目には装置のほとんどが無事なままだった。高い位置に空いた狙撃の痕周辺はかたかたと揺れているが、操作用と思しき部品の連なる根元などは、サリヤたちが調べ始めたときそのままであった。
けれど、そこには一箇所だけ、蓋が綺麗に外れたようになっている場所があった。
剥き出しにされたのは、装置のさらに内部に続く顔くらいの大きさの穴だ。内側ではどう組み合わさっているのかも分からない部品が蠢いており、迂闊に手を入れようものなら袖が巻き取られてしまいそうである。暗がり故に奥まで見通すことは叶わない。
チカゲは、床に転がっていた金属板をつま先で小突いて、
「どうやら彼女は、ここから何かを回収したようです。執拗に隙を窺ってましたから、修理のためとも思えません」
「何かって……何や」
「知りません」
ばっさりと切り捨てたチカゲは、懐から小さな煙幕玉を取り出し、導火線を服にこすりつけて着火した。もうもうと、白い煙が勢いよく床を這う。
ぎょっとする一同に、口元で人差し指を立てるチカゲ。
束の間の静寂が装置の悲鳴に塗りつぶされるが、そこに遠くから足音と怒号が滲んでくる。
壁で光っていた『正常』の文字が、赤い『警告』に移り変わっていた。
「脱出を。見つかると、たぶん面倒です」
彼女が指し示したのは、屋根の上に続く梯子。まともな出口を使える状況ではないと、メガミたちは一目散に駆け上がる。
異史からの痛烈な歓迎を受けた彼女たちは、謎を背負って銀世界へと消えていった。
]]>
2023年7月禁止カード
なし
こんにちは、BakaFireです。キラカードコレクションの原稿関連、アクリル集中力コレクションの印刷関連の作業もひと段落し、どうにか一息ついているところです。新製品の情報は遠くないうちにお知らせできますのでご期待ください。三国杯本戦については他国の代表確定までまだ少しだけかかるので来週から再来週頭あたりのお知らせとなる見込みです。
そして先日の8月10日より本作のシーズンは8-2へと切り替わりました。今は本サイトの様々なところを新シーズンに向けて切り替えているところであり、この記事もその一環です。他作品や上記原稿の締め切りが重なったためこの記事含めて遅くなってしまい申し訳ございませんが、なにとぞご容赦いただければ幸いです。
禁止改定につきまして
シーズンの切り替わりに伴い全ての禁止カードは解除されます。新たな環境をお楽しみいただければ幸いです。
カードの更新内容や更新pdfはこちらの記事よりどうぞ。直接pdfをダウンロードしたい場合はこちらのURLになります。
次回改定と諸々の告知
次回は再び平時通り第一月曜日となり、8月7日(月)の改定を予定しております。何か致命的なものが発見された場合はこのタイミングで早期の変更を行います。
]]>
こんにちは、BakaFireです。これまで展望にてお伝えしてきた通り、本作は7月10日よりシーズン8−2へと移行します。この記事ではその際のカード更新についてお伝えします。
本年はゲームマーケット2023春に出展せず、その時期に新製品を出版しない判断をしました。しかしまる1年間近く環境が切り替わらないようでは魅力的ではありません。そこで今回はpdfでカードを公開し、そちらを通してカードの更新を実現します。
少しばかりご不便をおかけして申し訳ありませんが、今回はこの形でお楽しみいただければ幸いです。展望にてお伝えしている通り、シーズン8と8-2の更新パックや現在品切れとなっている『幕間:風花晴天』収録の更新パックは次の拡張である『神座桜縁起 後篇』に収録されます。
さっそくpdfをダウンロードしたい方はこちらよりどうぞ。
シーズンの切り替わりは7月10日(月)を予定しており、明日までを目途にFAQを更新する見込みです。webサイトでその他に必要なものも更新する予定ですが、申し訳ないながら私の他の締め切りと日程が重なってしまいましたので、優先順位の低いものは遅らせます。15日(土)の大会には必ず間に合わせますのでご容赦ください。
以降では通例通りカード更新の理由は丁寧に説明しております。必要に応じてご一読くださいませ。
ゲームバランスに向けた現在のスタンス
いつも通りの文章をまずは再掲し、本作のスタンスを明確にしましょう。
シーズン5→6の時点で本作の方針ははっきりと固まり、それ以降の記事では要約を再掲し続けております。今回も同様です。詳しく知りたい方はシーズン5→6カード更新の記事をご覧ください。
王道を切り分け、メガミごとに取り入れる邪道を選ぶことで体験の多様化を図る。
今回の更新の立ち位置
続いて今回の更新がどういった立ち位置であるのかを説明します。
本作はこの数年間において、春はカード更新を中心として環境を揺らし、秋は新メガミを中心として環境を揺らす指針を取ってきました。ゲームマーケット2023春に出展しない指針ゆえに今はもう夏ですが、今回の立ち位置としては春の更新に近しいと言えます。ゆえに今回はこれまでの春同様に多めの枚数を更新します。
次に今回における特異性を説明します。今回の更新はpdfで行われ、実物のカードが印刷されるのはゲームマーケット2023秋に頒布される『神座桜縁起 後篇』です。ゆえに平時よりも冒険的な更新が行いやすいと考えています。予算面のリスクがなく、最悪の場合でもシーズン8−2→9の更新で調整しなおすことができるのです。
当然ですがそのような「調整のやり直し」に甘えて事前のプレイテストを疎かにするのは適切な態度とは言えません。私どもはプレイテストを行い、今回の更新案を十分に考え抜き、真摯に向き合って発表しております。そしてその上で幾ばくかの冒険であれば、本作をより面白くする方向で正しく働くだろうと期待しています。特に個別のコメントでも触れていますが『終章』ウツロやカナヱへの更新はリスクが高めなので、この機会を活用したいと考えています。
現状のゲームバランスへの見解
次は内容に向かうために更新の動機を説明するのですが、その前準備として今の本作のゲームバランスについて私がどう捉えているかを先に明らかにしましょう。
今の本作はゲームの体験を破綻させる水準の問題はほとんど生じていないと評価しています。体験の破綻とは上方向、下方向どちらの意味も内包しています。それぞれ説明しましょう。
上方向の問題は特定の1柱、2柱だけが極端にインフレーションした特異点となった際に生じます。過去のシーズンにおけるAライラ、カナヱ、カムヰなどはこの問題に該当します。今のメガミにも競技的な相対評価としての強弱は間違いなく存在しますが、ゲームの体験や楽しさそのものを破綻させるほどのメガミは存在しないと考えています。
下方向の問題はコンセプトや勝ち筋が機能せず、ゲームを楽しめる水準に至っていないメガミにおいて生じます。今のメガミにも競技的な相対評価としての強弱は間違いなく存在しますが、特にオリジン版においては問題ゆえに修正が必要なほど弱いメガミは存在しないと考えています。
アナザー版についてはオリジン版ほど強さを重視しないと定めており、加えて体験に自明な問題を抱えるメガミもいません。但し、問題とまでは言わないまでも懸念を抱えるアナザー版メガミは残されており、彼女らへの上向きの調整は検討される可能性があります。
ゆえに問題を解決するためのカード更新は(後述する例外1枚を除き)不要であると考えます。
現状の例外は禁止カードとなった「黒き鎧」です。このカードに多くの桜花結晶を置く難度も、その際の防御性能も私どもは判断を誤っており、カード単体として問題のある水準であったと評価しております。大変申し訳ございません。深くお詫び申し上げるとともに、今回の更新にて調整いたします。
ならばなぜカード更新を行うのか
問題解決のためのカード更新が1枚だけでいいならば、なぜそれ以上のカード更新を行うのでしょうか。それは競技的な楽しさを継続するためです。
今シーズンの競技的な環境は魅力的だったと捉えています。ですが約8か月程度にわたってプレイヤーの皆様が探求を続け、結果として多くの観点が解明され、環境は固まったと考えます。ゆえに本作を競技的に楽しみ続けるには環境を揺らさなくてはなりません。
即ち今回のカード更新はほぼ全て環境を揺らし、変化を促すために行われています。ではカード更新の内容そのものはどうあるべきでしょうか。その指針となるキーワードが「インフレーション」「カードの楽しさ」「スポットライト」であり、この3要素を意識して今回の更新内容は定められています。それぞれ説明しましょう。
インフレーションに関する話
本作はこれまで体験が成立していないメガミへの上方修正や、環境を揺らすための上向きの調整を中心にしてカード更新を行ってきました。さらに新たなメガミは強いメガミとなるようにデザインしています。この指針を続けてきた結果、本作のカードパワーは全体としてインフレーションの傾向にあります。
インフレーション自体が悪とは限りません。しかしインフレーションを無制限に推し進めると、どこかの地点でゲームは致命的に破綻します。例えば相性を極端化させ、桜花決闘を形骸化させる可能性があるでしょう。そして本作の現状から見て、破綻を起こす地点はさほど遠くはないだろうと評価しています。
メガミに上向きの調整を与え続け、今の競技的環境でよく用いられるメガミと並び立たせ、環境を揺らすことは可能です。しかし一歩間違えば上述したような地点に踏み入る懸念は増大しています。即ちインフレーションの進行に伴い、環境でよく用いられているメガミの方を下向きに調整したほうがより安全に、広範なメガミへと影響を与えられる事例が増え続けているのです。
ゆえに今回からは上向きの調整を中心に行うのではなく、下向きと上向きをより混合させて用いる方針に切り替えます。
カードの楽しさやスポットライトに関する話
一方で上向きの調整を完全に取りやめるわけではありません。その理由は「楽しさ」にあります。新しく強力なカードを使えるのは素朴に楽しいのです。ゆえに今回の更新ではまず楽しいカードに仕上がったかどうかを考慮しています。
さらに上向きの調整はそのカードを持つメガミへとスポットライトを当てる効果もあります。これはキャラクターゲームとしての魅力を引き出す良い手段です。
ならばどのようなメガミにスポットライトが当たるべきでしょうか。ここ数年でスポットライトがあまり当たっていないメガミこそが相応しいと私は考えます。より丁寧に言語化すると、競技的環境での活躍が相対的に小さく、またここ数年でのカード更新が行われていないメガミが該当します。
後述する個別の更新への説明でも繰り返し触れますが、今回に更新されるオリジン版メガミは弱いから更新されるのではなく、スポットライトの観点から選ばれています。
カード更新の動機まとめ
以上をまとめると、今回のカード更新には以下の4つの動機があります。
メガミや更新カードへの個別解説
今回は更新が適用されるメガミにのみコメントを行い、カードの更新内容を説明します。
上述したインフレーションやスポットライトの観点から、今回更新がされていないメガミは以下のいずれかに該当しています。
『徒神』サイネ
『徒神』サイネはこれまでの数シーズンで何度か更新されて魅力的になりつつあり、スポットライトの観点からあまり相応しいとは言えません。ゆえに更新を行うとすれば、よほど魅力的なアイデアが出た場合に限られます。
よほど魅力的なアイデアが出たため更新されます。
「裏斬り」は安定性が低くリスクが高いためにデッキに採用されないカードでした。活躍した際の最大出力は高く、そのような盤面もありえないわけではないのですが、そもそもデッキに採用されていないので絵に描いた餅となっています。
そこで平時には3/1のクロックとして機能するようにして、デッキに入れられるカードにします。
カードとして楽しい点に加え、相手にオーラをちょうど1持っている状況を要請するような「逆八相」のコンセプトには『徒神』トコヨとの対比も感じられ、美しいカードに仕上がったと評価しています。お楽しみください。
オボロ
オボロはスポットライトの観点で選ばれたメガミです。全体への説明でお伝えした通り、本作にはもはや問題視するほど弱いメガミは(特にオリジン版には)存在しません。オボロもまた弱いなどとは断じて言えない水準のメガミです。
しかしスポットライトを当てるべき理由はあります。まずここ数年のカード更新で調整されていません。さらに間合4から5が主戦場であるゲームや遠距離レンジロックの手段が増えたため、全盛期ほど安定しないメガミとなりました。結果として競技的環境での出番も減りつつあると評価しています。
オボロにはカードパワーの差が激しく、眼前構築の幅が狭いという課題もあります。特に切札の選択肢が少ない点は顕著です。ゆえに特に働いていない切札である「虚魚」を更新します。
更新の意図をひとつずつ説明します。第一に強すぎないレンジロック耐性をオボロに与えます。オボロは間合2から4での支配力が高いため、遠距離レンジロックへの脆弱性を持っているべきメガミです。しかし現状ではあまりにも脆弱すぎます。両矢印となった「忍歩」や付与の切札はその打開に有意義でしょう。
第二にインフレーションに伴うゲームスピードの増加やカード1枚1枚の価値増大は、カードを伏せ続けて戦う戦略を難しくしました。そこで「虚魚」を使用した際に伏せ札を作る機能を与え、戦略を1度だけ補強できるようにしました(繰り返し使えると今度は伏せ札にするジレンマが失われてしまうのですが、一度だけならば問題はないと考えています)。
最後に元来行えたことを可能な限り維持するために元々の「虚魚」に近い機能の効果を残しました。その上でプレイテストを行い、「忍歩」なしで設置の攻撃が繋がるのには問題があると評価されたため攻撃でないカードに制限されております。
ユキヒ
前回のカード更新は想定を超えた影響をユキヒに与えました。ユキヒは完全戦で大いに活躍しており、起源戦においてはやや支配的とすら言えます(ゆえに現在の起源戦ではユキヒは意図的に外されています)。この現状を踏まえるとユキヒは下向きの調整の対象となりえます。
更新するカードを決めるに際し、アナザー版ユキヒでは逸脱した影響はなく、むしろ歓迎すべき影響しかない点は意識するべきです。即ち問題は「はらりゆき」ではありません。むしろ「はらりゆき」の調整自体は大成功だったと考えています。
問題は「はらりゆき」と「しこみび」の相互作用にあると言えます。この2枚と「かさまわし」がリソースを供給し続ける立ち回りは、得たリソースが次のサイクルを実現しつつ、手札も変化しないため高い継続性と再現性を併せ持ちます。ゆえに手札に戻る機能を除いてサイクルを断ち切る形で下向きの調整を実現します。
しかしそうすると「しこみび/ねこだまし」を採用する価値に懸念が生じるため「しこみび」の適正距離を拡大するとともに、「ねこだまし」にも傘を開閉する効果を与えます。これは至近距離での「かさまわし」によるダストの回収や、そのまま離脱から「はらりゆき」に繋ぐ立ち回りを意図しています。但しその際に強制とすると「ゆらりび」につなぐ立ち回りがやりづらくなるため効果は任意とします(手札に戻らないため、強制にしていた理由もなくなっています)。
これを踏まえてプレイテストをした結果、「ねこだまし」に適正距離2があると近距離レンジロックが「はらりゆき」を併用する構築が強力すぎると分かりましたので、「ねこだまし」は0-1としました。
『教主』シンラ
アナザー版シンラはもはや数少ない、体験面での懸念を抱えるアナザー版メガミの1柱です。前回のカード更新で彼女は「辛うじて独自性のある体験は提供できている」として更新を控えました。しかし体験の実現可能性には相当の懸念が残されていました。
「使途」は様々な意図を内包しています。結果としてテキストが長くなっており、このような調整はあまり頻発させるべきではないと捉えています。しかし必要性ゆえに今回は甘受を選びました。納得いただけるようそれぞれの意図を説明します。
展開時の機能:
不安定な全力カードはデッキに採用するリスクが高くなりすぎてしまうため、常に【展開時】の攻撃は機能するようにしました。しかし計略のジレンマを完全に消すと単純に面白くないため、計略の失敗を集中力1で補えるような設計としました。
神算の効果:
今の「全知経典」は計略を神算にして使う理由がほとんどありません。それゆえに『教主』シンラの立ち回りが狭まり、体験の実現可能性も減らしています。そこで他の神算効果との相互作用を与えるために相手の山札を回復させる機能を与えました。
さらに攻撃/全力のカードは身を守る機能がなければ使いづらいため、山札の回復と関わる形で手札破壊の機能も追加しました。
神算と鬼謀それぞれで生じる攻撃の適正距離が入れ替わっている理由はジレンマの補強にあります。手札破壊効果を間合3で使えるとしても、相手からすれば間合2へと前進したうえで手札を2枚抱える立ち回りで簡単に対策できます。間合2での手札破壊が可能となれば双方の立ち回りはより難しく、魅力的になるでしょう。
鬼謀の効果:
神算と対照的な効果として、さらに他の鬼謀効果との相互作用も強調します。
チカゲ、サリヤ
彼女らはほぼ同じ立ち位置で、ほぼ同じ意図での更新が行われたためまとめて説明します。
サリヤとチカゲはスポットライトの観点で選ばれたメガミであり、弱いとはとても言えません。しかし昨今に調整が行われておらず、インフレーションへのリスクも小さいメガミであるため、今回の意図として適切な調整対象と言えます。
『基本セット』『達人セット』のデザイン時点で私は攻撃/全力のカードパワーについて失敗していたと評価しています。昨今はバランス調整チームの皆様のご助力もあり、十分な強さを持つ全力カードのデザインが可能となってきましたが、この2枚は時代に取り残されています。
そのようなカードを救うのに全力化は適切な手段であり、「絶対零度」などの成功例もあります。今回もそれに倣った調整を行います。
補足として、この更新手段がクルルやカナヱにとって望ましくない点は留意しています。それについては今後に強力かつ魅力的な全力カードを継続的にデザインし、彼女たちを輝かせ続けられるよう意識するという表明でご容赦願えれば幸いです。
暗器:
チカゲは攻撃力と防御力が「遁術」1枚に依存しています。攻防ともに活用できるカードを増やすことで立ち回りの幅を広げられるでしょう。
またこの更新はアナザー版の補強も意図しています。毒を相手に送る手段と近距離での攻撃手段はどちらもアナザー版チカゲが求めているものです。
Steam Cannon:
周囲のインフレーションに伴い、サリヤの攻撃力不足が浮き彫りになりつつあります。そこで攻撃力を小さく補いつつ、燃料を安定させる手段を追加します。
『探索者』クルル
アナザー版クルルは成功例と呼ぶにふさわしいアナザー版でした。しかし近年のカード更新と昨今の環境変化に伴い、元来期待していた体験が機能しづらくなりつつある懸念があります。それを改善するために更新します。
長いテキストを用いた更新は元来望ましくありませんが、この1枚に限っては尋常なカードではないため全く問題ないと捉えています。
『探索者』クルルに生じつつある懸念は以下の2点です。それぞれ説明します。
「りげいなー」の機能変化:
「りげいなー」のカード更新で「らすとりさーち」を対象とできなくなり、「らすとりさーち」を正答するまで撃ち続ける立ち回りができなくなりました。それを補うために元来の「りげいなー」に近い条件として、全力カードの使用に誘発しての再利用を追加します。
カードを伏せ札にする立ち回りの総体的弱体化:
オボロの項目でも述べましたが、全体のインフレーションに伴いカードを伏せ札にする立ち回りが減りました。結果としてそもそも伏せ札がなくクイズに参加できない事例が増えています。それを補うために相手の伏せ札が0枚ならば伏せ札を作る機能を追加します。
再起ではなくなった理由を補足します。第一に「どれーんでびる」前提のバランスとしなくてはならず構築の幅が狭まります。第二に全力を使った次のターンに再構成をする事例は相応にあり、その際に結局使用する回数が増えていません。
ライラ
ライラはスポットライトの観点で選ばれたメガミであり、弱いとはとても言えません。しかし昨今に調整が行われておらず、加えてアナザー版ライラと比較して強みを見出しづらい状況にあります。そこでアナザー版ライラに影響しない形で上向きの調整を行います。
ライラが環境で輝きづらいのは、ライラを宿すことそのものにリスクがあるためです。強みが「風雷撃」へと相応に依存しているにもかかわらず、対応への脆弱性が大きいために相手依存なのです。
そこで「風雷撃」にステップ対応への適度な耐性を与えます。この更新には楽しさがある点も『第二幕』から保証されています。強力な1-2の攻撃と後ろステップ対応のせめぎあいがあり、対策として間合3から1へと移動するカードがあるという構造は実に楽しいのです。
過去の記事で駄目だったと紹介されているカードそのものではありますが、当時と比べて全体がインフレーションしているため1枚であれば問題はないと判断しています。当たり前の話ですがこの更新に加えて「雷螺風神爪」を記事の画像通りにしたり「獣爪」を戻したりしたらゲームは壊れます。
『終章』ウツロ
アナザー版ウツロはもはや数少ない、体験面での懸念を抱えるアナザー版メガミの1柱です。以前の更新で危険性は抑えられたものの実戦での機能もしなくなり、楽しさが失われてしまいました。「円月」の更新はアナザー版ウツロの改善にもつながりましたが、未だ十分とは言えません。
しかしこれまで更新されてこなかった理由は明白です。彼女のバランスは極めて繊細であり、一歩間違うだけでゲームを破壊します。しかし今回はpdfを用いた更新であり、平時よりも冒険できる状況にあります。そこで特に彼女に限っては冒険的な更新を行い、環境を通してその是非を問いたいと考えております。
周囲のインフレーションが進んだ現状においては以前の「残響装置:枢式」に近い形に戻しても問題がない可能性を検討し、何度かのプレイテストを通した結果として試してみる価値があると判断しました。
しかしそれでも明白に許されない点はありますので、それらを潰しています。具体的には高いライフを保った(あるいはライフを回復した直後に)終焉の影が蘇る事例と、間合0近辺に潜り込んでそのまま終焉の影を蘇らせることです。
後者を抑制するために間合制限でなく攻撃とした理由は、プレイテストの結果としてライフへのダメージやダストを増やす補助としての機能が少しあると望ましいと分かったためです。
カナヱ
カナヱは長期にわたって問題のあるバランスであったため修正されましたが、現状では活躍の頻度が下がっています。前シーズンでも現状が示唆されましたが、環境に居座っていた期間が長く、アナザー版ウツロと同じくバランスが繊細であるために前シーズンは更新を見送りました。しかし今回は冒険的な更新が他のタイミングよりやりやすく、カナヱに再びスポットライトを当てるという観点も目的に即しています。
カナヱの更新においては一貫して構想を立てるカードを弱くしていました。その結果として僅かに閾値を踏み越えてしまったと今は評価しています。特に1枚目の構想が置きづらく、初動が遅れた結果として今のゲームスピードに間に合う速度で物語を進めづらくなりました。そこで「たまゆらふみ」が与える弱みを追加コストでない方向に変え、初期と同じ形で1枚目の構想を置けるようにしました。
その上で弱みを「脚本化」と揃えました。これにより同様にやや使いづらくなった「脚本化」の弱みを結果として補う構造を持ち、眼前構築で工夫する余地の拡大を期待しています。
加えてカナヱを宿した際の体験を、相手を英雄と見なすがゆえに相手をより強くした上で物語を進めるという形でより脚本家らしく揃えるという意図もあります。
カムヰ
カムヰは現状の競技的環境で大いに活躍しています。環境を揺らすために下向きの調整を行うならば相応しい立ち位置にいると言えるでしょう。
この更新の意図はコントロールへの脆弱性をもう一段階高めることにあります。コントロール側は対カムヰにおいて対応を「紅刃」や「四剣乱刃」に使いたいところです。そうなると「散華刃」に使う対応は残っておらず、「散華刃」は基本的には通る攻撃となる傾向にあります。
その上で「散華刃」はゲージを増加させずに安定したクロックを刻めます。ゆえに実質的な制限時間の延長と勝利手段を1枚で両立できてしまっています。そこでこれらの機能を用いるならばゲージの増加を必須とするよう調整しました。
矢印効果としたのはオーラの破壊と回復それぞれの安定性を小さく下げる意図があります。こうすれば自分のオーラが5である場合と、相手のオーラが0である際に一切働かなくなります。
ゲーム全体への影響として見て「理」はやや悪い影響が大きいと捉えています。
『第六拡張』のプレイテストを通してカムヰには多彩な弱点が発見されており、それに対処するための手段を与えなければ弱くなりすぎてしまうと分かっていました。「理」はそれゆえに設計されたカードですが、数シーズンに渡って観察した結果として、対策カードのみならず様々なカードの機能を奪っていると判断しました(加えて、対策の対策としていくばくか過剰な様相も見えています)。特に行動カードはギミックの根幹をなすことが多く、特定のギミックに依存しているメガミの体験を損なっています。
そこで行動カードへの抑制を行わない新しいカードとします。一方でライフをちょうど5にする目的のデッキへの対策とする機能は眼前構築を面白くするため残します。
これによりカムヰは様々なカードへの耐性を失います。しかし「ヴァーミリオンフィールド」はダメです。カムヰはそれ1枚で負けかねない脆弱性があるため、「ヴァーミリオンフィールド」への耐性をカードプールに用意しなければカムヰを用いて楽しむ体験そのものが阻害される懸念があります。そこでその部分にだけは耐性が残るように設計しました。
レンリ
レンリはスポットライトの観点で選ばれたメガミであり、弱いとはとても言えません。しかし『第六拡張』が出版されてから更新が行われておらず、(起源戦では相応の活躍が見られますが)完全戦での活躍は小さくとどまっています。ゆえに今回の目的から更新の対象として適切と判断します。
レンリの楽しみどころを強調するにはいずれかの偽証カードを強化するべきです。その上で「嘘突き」「都度討ち」といった攻撃カードを強化するのは2つの観点から好ましくないと考え、まずこれらの2枚を候補から外しました。説明しましょう。
1つ目の観点はゲーム体験の差別化です。高火力の攻撃カードで相手を叩きのめすメガミは相応に存在しますが、嘘で相手を翻弄するトリックスターらしい体験とは相反するものであり、それはレンリの目指す方向ではありません。しかし攻撃カードによる直接的な攻撃力強化はそういった方向へと向かってしまいます。
2つ目の観点は眼前構築のジレンマです。「嘘突き」「都度討ち」は眼前構築で採用されやすく、今手札にあるかどうかで偽証を判断される状況が多めです。しかし偽証はデッキにそもそも入っているかどうかの読みあいも楽しさの一面です。「嘘突き」「都度討ち」強化ではこれらのカードの採用がただ自明になるだけであり、この面の楽しさで後退してしまいます。
残る3枚の候補から「魚吊り」が選ばれた理由は、偽証として使われる頻度の少なさです。偽証で使う事例が無いわけではありませんが「魚吊り」は単独でアドバンテージを獲得しないために他のカードと比べてインセンティブが不足しています。
これらを踏まえてカードのシンプルさを残し、「ルルララリ」や「ラナラロミレリラ」の機能性を高めてレンリの総合力に寄与し、デッキへの採用と「オリレテラレル」の間でのジレンマをより趣深くできるよう調整しました。これにより「魚吊り」に依存したメガミではなく、複合的な戦略を奥深く楽しめるメガミに仕上がっていると期待しています。
アキナ
アキナは現状の競技的環境で大いに活躍しています。環境を揺らすために下向きの調整を行うならば相応しい立ち位置にいると言えるでしょう。
「直接金融」はアキナのカードの中でも特に強力であり、下向きの調整を行うならば優先されるべきです。先手後手に関する問題も内在しているため、調整されるならば併せて解消されるべきでしょう。
まず隙を追加し、投資券の安定性を下げます。このカード自体が防御を高める機能があるため隙もそこまで致命的ではないでしょうし、投資券が強いからこそ隙がゲームを動かす楽しさが双方に提供されるでしょう。
次に与えられるリソースの量が単純に多かったので、元と同じだけの機能を果たすには1以上の集中力を要求するようにしました。これにより元来期待された機能を果たしながらも、アキナ側のリソース獲得量が1減ります。さらにこの調整により先手第1ターンではオーラを1しか奪えなくなるため先手後手問題も解決されます。
「源上安岐那の御明算」もまたアキナのカードの中で強力な1枚であり、下向きの調整で優先される候補です。
「源上安岐那の御明算」が持つ追加《宿し》の機能は《宿し》の持つリスクを意識して調整されていましたが、アキナのオーラ獲得能力が想定よりやや高かったため、この部分のリスクが想定より小さくなっていました。結果として毎ターンの《宿し》が安定し、毎ターン「源上安岐那の御明算」を使うことで相手のオーラを削り続ける立ち回りも可能になっていました。
これらの立ち回りはある程度想定されて設計されていましたが、環境を揺らすために下向きの調整を行うならばまず除かれて然るべき立ち回りでしょう。
そこで更新したバージョンでは《宿し》の後にすぐ回収してオーラを回復できなくすることで《宿し》のリスクを高めました。さらに上述した立ち回りが2ターンに1回しか行えないようにしました。
加えて遠い間合で準備する立ち回りにより序盤にライフを1回回収する立ち回りが安定していましたが、その安定性も幾らか引き下げます。そのために間合制限を狭めました。
補足:現状の記述は今の投資券と回収のルールに照らすと好ましくありません。そこでこのテキストと合わせる形で総合ルールを微調整する見込みです。この調整によりアキナを強化、弱体化する意図はなく、あくまでテキストに適合させるための調整だと捉えてください。
シスイ
シスイは現状の競技的環境で大いに活躍しています。環境を揺らすために下向きの調整を行うならば相応しい立ち位置にいると言えるでしょう。また「黒き鎧」は問題があるため更新されます。
彼女は「黒き鎧」の奥に眠る「黒き絆」と共にあります。新たなカードをお楽しみください。これ以上の説明は新カードへの攻略となってしまいますので割愛します。
「ハドマギリ」はシスイのカードの中で強い一枚であり、リーサルへの速度が速いためにこのカードに対処できないメガミを環境から締め出す機能が高いと考えられるため、更新を行います。
「ハドマギリ」の打点はやや高めであり、それ以上に楽しさの要点を外してしまっている点を解消するために切り捨てとします。3回の自傷は「ウバラザキ」によるフレア裂傷、「金屑纏い」によるオーラ裂傷、再構成で安定して実現できます。そして一定の保証があるがゆえに変化もしやすく、立ち回りが良く言えば柔軟で、悪く言えば簡単でした。
しかし4回となると相応の工夫が必要となります。ゲームの楽しさは目的を果たすための工夫に見出されるものですので、この難易度向上はゲームの楽しさを増す方向に働くと期待しています。
全ての領域で裂傷を解決するようにしたのは相手のライフ裂傷を解決させるためです。それにより相手はフレアを獲得し、切札による対応で対策しやすくなります。
今回の更新はここまでとなります。お読みいただきありがとうございました。7月10日より始まる新たな環境をお楽しみいただければ嬉しい限りです。
戦国に残された謎を解明し――
それでは本題に移りましょう。本日は以前より展望で告知しておりました通り新たなアナザー版メガミをpdfにてプレリリースいたします。『歴史家』レンリの登場です。
恒例通り、彼女は物語を通して登場しております。遥か昔の戦国時代へと遡り、夜山恋離は残された謎へと向き合い、己の命運と神座桜の縁起を解明しました。そして彼女の辿った戦国の道行きと、命運を果たした瞬間を体現したアナザー版こそがこのメガミです。
その物語『神座桜縁起 前篇』は本ブログ上で連載され、全16話にて完結いたしました。まとめて読もうと考えていた方はせっかくの機会ですのでご一読いかがでしょうか。
さて、物語を既読の皆様やお時間の厳しい皆様は先に進みましょう。一通りのカードや説明はこちらのpdfにまとめられております。ダウンロードの上、お楽しみくださいませ。
補足:TOKIAME先生のスケジュールの兼ね合いで、仮のイラストによるモノクロ版とさせて頂いております。ご容赦ください。各種デザインパーツと完成しているイラストのみカラーにしたバージョンは近日中の公開を予定しております。その他イラストは原則的には『神座桜縁起 後篇』での変更となる見込みです。
(2023/07/21追記)上記の一部カラーにしたバージョンを公開しました。
Aレンリの位置づけと今後の予定
最後にシーズン8-2に向けた今後のスケジュールを再掲します。以前より展望でお伝えしていた通り、今週にカードの更新記事と更新カードのpdfが公開され、2023年7月10日(月)よりシーズン8-2が開始します。大会は7月10日より原則的にシーズン8-2での開催となります。
Aレンリもまたシーズン8-2に参戦し、大会での使用が可能です。
更新カードに関する記事の公開は7月6日(木)を予定しております。しかし更新記事の文章作成のスケジュールが少し厳しめですので、間に合わなかった場合は7月7日(金)の公開とさせていただきます。純粋に私自身の力不足に由来する形で大変申し訳ない限りなのですが、そうなった場合は何卒ご容赦いただければありがたい限りです。
補足1:今回にpdfで追加や更新を行うのは2月の展望でお伝えした通りです。ゲームマーケット2023春に出展せず、そちらでの新製品の発売を行わない一方で、環境が一切変わらないままでは魅力的ではありません。少しばかり不便をおかけして申し訳ありませんが、今回はこの形でお楽しみいただければ幸いです。こちらもお伝えしている通り、シーズン8と8-2の更新パックや現在品切れとなっている『幕間:風花晴天』収録の更新パックは次の拡張である『神座桜縁起 後篇』に収録されます。
補足2:Aレンリが印刷され『神座桜縁起 後篇』に収録される際にはカード内容が変更される可能性があります。その場合はシーズン8-2からシーズン9へのカード更新で変更された位置づけとなります。
本日はここまでとなります。新たなアナザー版メガミをお楽しみいただければ嬉しい限りです。今週から来週にかけてのその他更新にもご期待くださいませ。
その日、天音神社は歴史の舞台に選ばれた。
一般の参拝客は立ち入れない敷地の奥に構えられた離れ、その大広間。普段は決闘大会の招待参加者らが会する一室には今、人間の姿は一つたりとも存在していない。
代わりに並ぶのは、この地に咲くメガミたちの錚々たる顔ぶれ。
だが、華々しい光景も過ぎれば毒となる。ましてやそれが、波乱のあったこの二十年余りの中でも――否、有史以来類を見ない人数ともなれば、不安を抱かぬ者はいないだろう。
まず、現代の旗振り役の一翼たるユリナ、ホノカ、ウツロがいた。肩を並べるのは、向こう側のヲウカ、及びアキナ。桜花大社より駆けつけた一行である。
ほど近い龍ノ宮からはハガネとメグミが集い、西方は古鷹よりトコヨが、忍の里からオボロが、山城からはミズキが参集した。さらには北方よりサイネと、何よりコルヌもが険しい顔を見せている。
それだけではない。人の世に一定の拠点を持たぬ根無し草や、メガミの世界を居所とするメガミたちも、呼びかけに応じている。ヒミカやクルル、ハツミが前者に属し、後者はユキヒやチカゲ、サリヤにライラといった面々である。
さらに席の一角には、碩星楼より参じたシンラが座しており、隣には飄々とした態度で耳を傾けるレンリがいた。足を投げ出した姿勢とは裏腹に、その眼差しは誰よりも真摯にこの場に臨んでいるようだった。
「……そのとき私は、確かに誰かから訊ねられました」
そして、一同の前で語るのはヤツハであり、側にはカナヱが控えている。
総勢、二十三柱。
カムヰやコダマといった自由に動けない者や、誰も所在を掴めなかった者たちを除いて、人知れたメガミたちのほとんどが一処に集っていた。
あるいは歴史家は、この一大事を後世に残すべく筆を駆り立てるかもしれない。
問題は、その『後世』が訪れない可能性こそが、彼女たちの議題ということだ。
……本来はこの会合も、いつかも分からない未来に行われるはずだった。
先日開かれた大家会合の場で、シンラたちから人々にも共有された眠る脅威への懸念。しかしそれは、悪戯に不安を煽らないよう、そしてヤツハが桜降る代に受け入れられる大事な時期を迎える今、一部の有力者たちの間で秘されるに留められた。
ましてやそれは、ヤツハに三百年前見た邪悪を重ね、徒寄花打倒に動いたレンリの動機の根源として理解された趣のほうが強かったほどである。シンラやユリナらの後押しもあり、死者のない結果を前に、脅威の警告者・レンリを強く糾弾できる者はいなかった。
しかし現実では、燻るレンリへの感情論を押し広げる暇などありはしなかった。
ヤツハ・カナヱ連名での召集――それは、一番の被害者からの追認を意味した。
徒寄花の鎮静化に胸をなでおろしている場合ではなく、因縁を棚上げしてでも取り組まなければならない時が、早くもやってきたのだと。
「『どうして戦うの』――と」
だから、ヤツハは語った。
鏡を通して見たものを。
茫洋なる光景と、破滅的な予感を。
蝕まれる彼方の枝と、儚く危うい少女の声を。
メガミたちの目に、確信が宿る。
これは眠る脅威への懸念、その具現化そのものである、と。
沈黙を破って、ユリナが言った。
「つまり……まだ終わってない、ってことですよね」
一同の顔が改めて引き締まる。特にメグミとヲウカは、感情を噛み殺しているのがヤツハからよく見えた。
理屈で呑み込む者も、感覚で判断する者もいただろう。けれど、供された証言を疑う者はここにはいなかった。真の敵はそんな余裕を与えてはくれないかもしれないと、誰もが危機感を持っていた。
この地の徒寄花だけでも、あれだけの騒ぎになった。
相手の疑問がそれを指しているのだとしたら、その無垢さは、冬を迎えてもなお枝にしがみつく枯れ葉を眺めるのと同じものだ。
メガミたちとすら、あまりに視座が違いすぎる。
あるいは、存在の格すらも。
「これからどうしますか」
周囲を見渡すユリナ。信頼の眼差しで見解を求める彼女だが、このような事態に的確に応えられる者はいるはずもない。
互いに意見を求め合う中、メガミたちの視線を多く集めた者がいた。
軍師たるミズキである。
「そうですわね……敵の存在と動向を知れたのは幸いですの。今までの経緯から察するに、徒寄花の活発化による各歴史の破滅を敵は眺めていた、しかし例外が現れたので自ら出向いた、というところでしょう。侮られていそうなのはある意味好材料ですの」
彼女は口元に手をあて、鋭い目線で考察を述べる。
「あの徒寄花すら末端というのは恐ろしい話ですけど、動きを察知できたのならば、何としてでも先手を打ちたいところですの。しかし――」
「手段がないか」
ミズキの言葉を、オボロが引き取った。
それにミズキは頷くが、
「ええ……それもありますが、敵の所在や本丸がどこにあるか、定かではありませんの。つまり、攻撃的な作戦は立てられず、戦略すら曖昧……。話を聞くに、可能性の大樹とやらも自由に動けるような場所ではないのでしょう、カナヱさん?」
「少なくとも、切った張ったをするような領域とは思っていなかったね。これまでは、他のカナヱと話すだけだったんだからさ」
わざとらしく肩をすくめて答えるカナヱ。彼女は戦国時代の認識を先日までレンリに上塗りされていた上、元凶も鏡が失われるずっと前から存在していたとも判明した。今できることに邁進してこそいるものの、ヤツハはカナヱが滲ませるやるせなさを何度か目にしている。
渋面を作るミズキは、脅威に対峙したもう一人・レンリへ漫然と目を向ける。
だが、その視線を引き寄せるように、傍らのシンラが手を挙げた。
「敵も気になるところですが……私としては、ヤツハが見たという彼方の枝に関心を持っています。それはきっと、遥か遠くで育まれた、徒寄花に侵略されなかったもう一つの歴史と考えることができます」
そして、とシンラは続けた。
「彼方の枝もまた、危機に瀕しているのでしょう」
意見を表するシンラに、メガミたちが耳を傾ける。中でも、すぐ隣のレンリの瞳はこれまでにないほど真っ直ぐで、既に何かを見据えているようだった。
ヤツハが見た枝は、例外なく蔦に這い寄られていた。彼方の枝も、だ。
ならば彼方の歴史とて、徒寄花からの攻撃から無縁とはいかなかったはずである。
それでも、築かれた歴史は抗っている。
「彼方の枝が何故存続できているのか、調査すること。そしてその危機を、可能ならば振り払うこと。やや遠回りかもしれませんが、これらは桜降る代の救済に繋がる可能性があると、私は睨んでいます。如何でしょう?」
「ふむふむ……まずは味方を、ということですか」
そう呟いたハツミを皮切りに、幾人か思索に潜る。それは、シンラの提案が一考に値するものであると同時に、曖昧さを多く含んでいる証だった。
意外そうな表情を浮かべたユリナが言う。
「シンラさんのことだから、もっと割り切ったことを言うものだと思ってました」
「あまり買い被られると困ってしまいます。……しかし、らしくないという自覚はありますが――この目撃も邂逅も、どこか必然だと思えてしまいます。俗っぽく言えば、彼方とは運命を共にしているのですから、情報収集だけでは済まない予感がするというのが本音です」
シンラの苦笑いは、現状では十二分に力を発揮できないこともまた認めるものだった。ヤツハにとっては短い付き合いながら、そういった弱みはなるべく隠す人物だと思っていたが、それだけに事態へ真っ向から向き合っているのだと窺える。
シンラから最初に脅威に纏わる話をもらったとき、メガミ同士手を取り合う必要があると言っていた。
拳をずっと握ったままでは、誰も手のひらを握れない。
互いに手を握り合って、激流に抗う未来をシンラは望んでいる。
そして、相容れぬ好敵手と手を取り合い、真実を看破した武神も。
「いいじゃないですか、助け合いましょうよ! 見てきて終わりより、その方がわたしの性にも合ってますし。皆さんも、ね?」
見渡すユリナに、メガミたちの顔色は様々ではあったが、反駁する者はいなかった。
満足そうに微笑みを深めるシンラ。しかし、それはすぐに困った顔へと移り変わる。
「もっとも、具体的な手段には思い至ってはいないのですけどね。まず、彼方の枝にどう干渉すればいいものやら」
「それなら、あたしみたいに歴史を渡るのは?」
メグミの意見に、すぐさま反応した者がいた。
カナヱだ。
「そうだね、考えるべきはまずそれだろう。ただ、彼方の枝は、元々カナヱが持っていた眼ではとてもじゃないが届かないほど遠い歴史だった。メグミの知っているカナヱは、存在を賭してここへ橋をかけたけれど、それでもなお叶わないだろうね」
「そんなに遠く……」
「――ですが」
ヤツハはそう言って、続きを引き取った。
向こう側にはなかったヤツハという存在は、彼方の観測という形で既に新たな可能性を広げている。母たるこの地の徒寄花も、鏡の真価を理解しないままでも、別の歴史から怪物を呼び込んで見せていた。
今ならば、その先だって望めるはず。
「私とカナヱさんの力を合わせれば、彼方の枝までの扉を開ける……と、思います。行って帰ってくるためには、扉を開き続けなければなりませんから、私たちだけで維持できるかというと厳しそうですけど……」
「はいはぁーい! そゆことでしたら、くるるんにどんとお任せあーれぃ! 絡繰のさぽーとで、快適な可能性の旅をお約束しまぁす!」
ヤツハの懸念に、クルルが両手を交互に挙げて協力を主張する。
そうなれば、追随しそうな人員も知れていた。
「贖いというわけではないが、拙者も手を貸そう。サリヤ殿もどうかな?」
「ええ、ジュリア様にもお伝えしておきます」
オボロとサリヤが名乗りを上げ、桜降る代における技術の体現者たちが集う。当分、北限のあの洞窟が賑やかになりそうだと、ヤツハは小さく微笑んだ。
クルルたちがいれば、遠からず道は整うだろう。
ならば次は、人の問題だ。
「んで、結局ダレが行くんだ?」
そう問いかけたのはヒミカである。
細かい話を端折って理解していたらしい彼女は、手のひらに拳を打ち付けながら、
「さっさと向こうの敵ブッ飛ばすんなら、全員で乗り込むのが手っ取り早いか?」
「お馬鹿、そういう話じゃありませんの! こちらの防衛はどうしますの!」
「じゃあミズキ、留守番はオマエに任せた。カムヰって奴もいるんだし、まあなんとかなんだろ」
「なりませんの! そもそもこれは斥候を送る話なのですから、当然人数は絞る……無事に帰ってこれるかも、分からないのですから」
采配を司る者として、誰かが言わなければならないことをミズキははっきりとさせた。
彼方の枝の存在が確認されたとて、無論その歴史の現在まで知っているわけではない。生き残っているからには最低限の安全は確保されているはずなのだが、出向いたら既に怪物たちに囲まれている可能性をこの場の誰も否定できない。
異なる歴史に、それもかけ離れた歴史に飛び込めば、何が起きていても不思議ではない。
危険を伴う使命が提示され、僅かな沈黙が広間に落ちた。
しかしそれは、挙げられた手によって再び破られる。
その手の意外な主が、ハガネだという驚きによって。
「違うよ、あたしが行くんじゃない。むしろ、あたしは行けない」
「……そういうことですか」
納得を見せるヲウカに、ヒミカが首を傾げる。
儚げに苦笑するハガネは理由を告げた。
「向こうにも同じメガミがいるメガミは、避けたほうがいいってこと。根が等しいメガミが同じところにいると、よくないことになるってあたしで分かっちゃったからさ。だからたぶん、ヒミカっちも行っちゃダメだね」
「おぉ、アタシも留守番か……」
「らい、同じ。ここ守る」
肩を落とすヒミカに、ライラが力強く頷いて見せていた。
彼女たちの反応を流すように、ユキヒが「つまり」と引き取って、
「メガミとして誕生したメガミは、避けたほうがいいってことよね。そうなると……彼方の枝っていうのが異なる歴史なんだったら、メガミ成りした子たちから募ったほうがいいのかも。歴史が違えば、英雄譚も違うって話だったじゃない? 同じメガミが居る可能性は、私たちよりは低いんじゃないかしら」
ユキヒは持論を語りながら、ユリナとメグミを意識してしまうのを抑えられていないようだった。名指しを避けたところで、この説の象徴のような二人に白羽の矢が立ってしまうのは仕方のないことだった。
だが、彼女たちの反応を待つよりも先に、真っ直ぐと二人分、手が挙げられた。
レンリと、そしてアキナである。
「行きます。ハガネさんの言った問題は起きません。いいですね?」
「ウチも行く。止めても無駄やで、メガミ成りなんやからな」
献身などという言葉からは程遠そうな二人の立候補に、場がどよめく。
二組の双眸は、決して未来を救うといった崇高な精神にだけ染まっているわけではなさそうだった。譲れない目的があり、そのために這ってでも行くという気迫をヤツハは感じた。
意外な声に、半ば指名されたようなものだった二柱も、決意を顔に浮かべた。
「行くよ。今度こそ、打ち勝つために」
「わたしも、桜降る代を守るために」
メグミとユリナの宣誓が連なる。少し申し訳無さそうな顔をするユキヒに、ユリナは力強い笑みと共に首を横に振った。
一方、ユリナの傍にいたホノカは、不安と悔しさを滲ませながら、ユリナの袖の端を小さく摘んでいた。彼女も彼女で特殊な事例ではあるが、強力な権能を有しているとて、同行には危険のほうが多く伴うだろう。
その想いを汲んでか、代わりにウツロが問うた。
「他には? ミズキもだよね」
「残念ながら、私は未だ幽世にコダマを抱える身……私自身が無事でも、コダマに問題が起きる可能性は否めません。大人しく守護に徹しますの」
「では、私が行きましょう」
ミズキの代わりに名乗りを上げたのはサイネである。
だが、直後にそれを嗜めるように、扇が鋭く開かれる音が割り込んだ。
反論の機会を得て、トコヨは言う。
「よしなさい、細音。あんたは、何が起こってもメガミになりそうなんだもの」
「し、しかし、この地の危機にあって、座して待つというのは……」
「殊勝なことだけど、待ってる間は何するの? まず修行でしょ? それでメガミになったって、あんたが向こうを『視た』んでしょうに」
「それは、その……」
上げたサイネの手が、ついには力なく引っ込められていった。
その様子を、隣のコルヌが笑い飛ばす。
「かっかっ! 秀でた気質であるが故、使命を宿さぬというのも可笑しな話よ。難儀な星の下に生まれた此奴の想い、誰ぞ汲んでやってはくれぬか」
そう訊ねると、サリヤがくすくすと笑いながら挙手する。
「それなら私が。ユリナちゃんがいなければ、きっと私もここにはいなかったと思うから」
「後は、メガミ成りの方で言うと……」
ホノカが呟いたのを皮切りに、ヤツハも視線を彷徨わせる。すると、やがて必然的に一箇所に注目が集まった。
隅のほうで膝を抱えて座っていたチカゲが、心底嫌そうに小さく手を挙げた。
「行きます、行きますよ。引き籠もっても、桜降る代が滅んだら意味ないんですから」
そうしてここに改めて集う、影に日向に英雄と呼ばれた者たち。
かつて彼女たちが救ったもの、作り出したものの先に、この桜降る代がある。
メガミになった今、やはり因果か、未来は彼女たちの手に託された。
行動の時を告げるユリナが、会合に幕を下ろした。
「じゃあ、行きましょう。この六人で!」
それから大急ぎで準備は進められ、およそひと月。
ヤツハが拠点としていた北限の洞窟は、所狭しと計器と物資が並んでいた。徒寄花に覆われていた神座桜の根も、今や溢れんばかりの絡繰ですっかり隠れてしまっている。
その前に立ち並ぶは、彼方の枝に向かうメガミたち六柱。
仰々しい見送りはない。技師たるクルルとジュリア、鏡の使い手たるカナヱと、そしてヤツハという、最低限の人員だけが詰めている。
いつ破滅の刻が訪れるか分からない中で、悠長に別れを告げる余裕はない。
だからヤツハは、カナヱと組んだ手に力を込めて告げた。
「始めます」
「あいあいさー!」
絡繰に安置された鏡へ、二人で力を籠める。クルルとジュリアの操作によって、きぃきぃと装置が音を立てて動き始める。
やがて絡繰の胎動が甲高く安定したところで、桜の根を覆う絡繰から光が満ちる。
生まれたのは、輝ける亀裂。桜の中への道標のような、光の扉。
唯一、歴史を渡る道に覚えのあるメグミが、皆に向けて頷いた。
後は、躊躇はなかった。
開いた扉へ、めいめい飛び込んでいく。その力強い後ろ姿を目に焼き付けるように、ヤツハは祈りを込めて見送った。
]]>
これまで同様に開始時間を予告する形での先着制で行いますが、それに伴いまず軽めのお詫びをお伝えします。先週にこちらの募集は今週に行う見込みであるとお伝えしましたが、三国杯の準備(日本代表決定戦に加え、本戦の他国との通信テストなどに追われております)が想像以上に忙しく、募集の開始は来週火曜まで厳しい状況です。見込みを翻す形となり恐縮ですがご容赦ください。
ふたつの起源祭が幕を開ける
まずは簡潔に起源祭について触れましょう。本作の環境は2つあります。1つ目は全てのメガミを使える完全戦。2つ目は14〜16柱程度のオリジン版のメガミに制限された起源戦です。起源戦の環境は半年に一度のペースで切り替わり、2023年2月から2023年7月にかけて次の14柱が参戦しています。
ユリナ、サイネ、ヒミカ、トコヨ、オボロ、シンラ、ハガネ、チカゲ、サリヤ、ライラ、コルヌ、メグミ、カナヱ、レンリ
※ 本日に告知するオフライン起源祭は8月ですがこちらの環境で行います。
そして起源祭はこちらの環境を締めくくるための32人規模のイベントです。起源戦第四期の頂点を決めるべく、過去と未来が交差するこの瞬間の祭を共に楽しみましょう。
それだけではありません。これまでの起源祭はオンラインでのみの開催となっていましたが、新型コロナウイルスの状況がある程度は落ち着いた今、今回は東京にてオフラインでの開催も行われます。それぞれご都合のつく方にご参加いただけると嬉しい限りです。
各イベントの詳細をお知らせします。
オンライン起源祭、2023夏ノ陣
2023年7月30日(日):起源戦/三拾一捨
定員:32名:先着制
形式:シングル・エリミネーションによる5回戦トーナメント
会場:discordサーバ上
シーズン:8-2
タイムテーブル:
13:10-13:20:トーナメント表、全参加者が使用するメガミの公開
13:30-14:30:1回戦
15:00-16:10:2回戦
16:30-17:40:3回戦
18:00-19:10:準決勝
準決勝終了後:決勝
三拾一捨3分間、眼前構築5分間、桜花決闘50分、予備時間15分で進行します。
時間までに着席が確認できない場合は審判がどちらかの勝利または両者の敗北として裁定を行います。
オンラインイベントの基礎情報
オンライン大会では準公式シミュレーターを用い、優勝者には賞品を郵送いたします。大会進行の管理はdiscordで行います。参加にはdiscordが必要ですので、discordの公式ページよりダウンロードしてください。管理しやすいようにシングル・エリミネーションによるトーナメント形式で行っております。
必要な環境
審判の業務
オフライン起源祭、2023夏ノ陣
2023年8月20日(日):起源戦/三拾一捨
定員:32名:先着制
形式:スイスドロー5回戦
会場:イエローサブマリン秋葉原RPGショップ
シーズン:8-2
タイムテーブル:
11:00-12:00:開場、選手受付
12:00-13:00:1回戦
13:00-14:00:2回戦
14:00-15:00:3回戦
15:00-16:00:4回戦
16:00-17:00:5回戦
※ 普段の交流祭などより試合開始が1時間早いですのでご注意ください。
三拾一捨3分間、眼前構築5分間、桜花決闘40分で進行します。
賞品
オンライン、オフラインともに普段より豪華な賞品をお贈りいたします。
決勝進出者2名に以下が贈呈されます。
※1 「大爆砕デカメロン」は今回のような大きめのイベントの賞品や参加賞となります。配布のタイミングは柔軟に扱いますが、平時の交流祭参加特典や大会賞品とはしない方針です。
※2 2023年1月時点でイベントの参加賞、賞品となったものと、アルティメットストレージに付属したタロットに限られます。具体的にはユリナ、ヒミカ、トコヨ、オボロ、ユキヒ、サイネ、ハガネ、チカゲ、クルル、サリヤ、ライラ、ウツロ、ホノカから1枚を選んでいただきます。但し、申し訳ないながら在庫切れのためシンラは候補から外させていただきます。
優勝者1名には加えて以下が贈呈されます。
※ キラカードコレクションの印刷時期が変更された兼ね合いで、今回のイベントまで2022英雄の証となります。8月であれば次の英雄の証の印刷が間に合っている可能性も高めですが、2つのイベントを均等の立ち位置とするためにご容赦ください。
※ 英雄の証は原初札のフルアート版キラカードです。このカードは代用タグを持ち、通常のゲームでは「完全論破」とみなして使用できます。
参加方法と人数調整
参加する方法はこれまでの公式イベントと同様にこちらのページから参加申請を行ってください。受付は本日ではなく、6月27日(火)の20時から開始します。事前の予告を手厚くすることで先着制の不平等性を可能な範囲で緩和する目的となります。
(2023/06/27追記)予定通り、こちらのページにて参加受付を開始いたしました。皆様のご参加を心よりお待ちしております!
複数のイベントへの参加と人数調整について
オンライン、オフライン両方のイベントに参加することは可能です。但し、可能な限り多くの方にご参加いただくためにさらに7/11(火)に人数調整を行います。日程の遅いオフライン交流祭の参加者(リザーバーではない)となっている方のうち、オンライン交流祭でも参加者(リザーバーではない)をリザーバーの末尾に回す形といたします。予めご理解、ご了承をお願いします。
本日はここまでとなります。起源戦の頂点を決める次なる祭をお楽しみいただければ嬉しい限りです。皆様のご参加、心よりお待ちしております。
]]>
身体から、重みが消えた。意識が広がっていく感覚に、レンリはかの地への再訪を悟る。
輝ける大樹。メガミの世をも超えた何処かにある、世界の外縁。
天に昇る数多の輝きが形作る果てなき巨木は、依然としてその威容を晒していた。なるべく下を意識しないようにしたおかげか、あの気配は感じない。
――これは……内側?
周囲を、目も眩むような量の輝きが飛び交っている。以前のように大樹を外側から俯瞰する視点ではなく、幹の中に居るようだった。まるで、一本の輝きの軌跡から顔を出して覗き込んでいるかのようで、身体の自由が利く感覚はあまりなかった。
それでも、本来の視野を超えた知覚のせいで、広漠なこの空間に溺れそうになる。
遥か天上が、霞がかって見えないところまでもが同じ。
だが、今のレンリには確信めいたものがあった。
この不可思議な視野は、おそらくあの瞳が映していたものと似ているのだろう。可能性が紡ぐ異なる歴史を俯瞰してきた、忌まわしい語り部の瞳が見ていたものと。
そして、変化は訪れる。
――わっ!
足元から、目を引く輝きが急に立ち上った。
それは上へ上へと登っていく中で、幾多に分かたれ、大樹の年輪をさらに増やし、逆巻く流星群の如く広がっていく。無限にも思える大樹においては些細な出来事かもしれないが、確かにその枝たちは、力強い血の流れのような活力を想起させた。
輝きは瞬く間に天に辿り着き、霞の向こうへ消えていく。
しかし、後を追うものがあった。決着を覆い隠した、欺瞞の霧だ。気流に押し上げられたように天へ昇った霧、天蓋の如くわだかまっていた霞を押しのけた。
見上げる天の彼方から、霞が晴れていく。
大樹が目指す先を見えざるものとしていた霞が、天のさらに果てに消えていく。
その先に続いていたもの、それは大きく二つに分かたれた幹だった。
立ち上った輝きはその一方を形作っており、そして元からそうであったかのように大樹の景色に溶け込んでいった。
――分岐した……分岐、したんだ……。
感慨が、レンリの心の中で反響する。
彼女が今、目にしているのは歴史の分岐だ。
すなわち、ヲウカが勝利した歴史と、志水が勝利した歴史――霧の向こうに隠された決着のその先が、連綿と続いて大樹を育んでいる。
レンリの知る歴史の中では、桑畑志水の名は大罪人であると伝えられるだけの忌み名であり、ウツロは時代の狭間に置き捨てられ、ヲウカが桜花拝を支配していた。ヲウカが勝利したが故の歴史なのは間違いないだろう。
ただ、その歴史が、人間がヲウカへ隷属する歴史とならなかった大きな要因は、人の世にかけがえのない英雄の友がいたからだ。
桜花決闘が人と人との儀式であることも、その成立に人を立役者とした逸話があることも、あのヲウカに触れた今になってみれば人間側の意図を感じざるを得ない。
結晶の循環のためだけなら、彼女は人間味のない方法も挙げたはずである。
けれど、そうはならなかった。
それはきっと、安岐那が――メガミ・アキナが、人とメガミを取り持つ天秤の役目を担ったからだ。
――もしかしたら、ヲウカも少しは考えを改め――いや……。
戦いの末期――満身創痍となった後のヲウカの顔つきが気になってはいたが、レンリにはあの傑物が理念を曲げるとは思えなかった。でなければ、思惑はどうあれ人々による政治を推し進めていたシンラたち碩星楼と、将来あそこまで対立はしなかったはずだ。
利で説く安岐那だからこそ、命運を果たせた。
そして今、分岐した歴史を見上げるこの光景が、命運の終着点だとするならば、レンリも果たすべきを果たしたと言える。
だとすれば、もう一人のかけがえのない友は、果たしていかなる運命を担うのだろう。
分岐した先の先をレンリは知らない。志水の勝利の先で、何が起こるのかも分からない。
けれどレンリは信じている。可能性を騙ることが自分にできることであり、自分が惹かれた友はその先を強かに突き進んでくれるはずだと。
あるいはきっと、憎き仇敵も。
――どうか、お願い……。
感覚が、深い光に包まれる。
また友たる英雄の行く末を見守れない一抹の悔しさも溶けて、意識が霧散する。
レンリにとっての戦国時代に、白い幕が下ろされた。
ちろちろと、残り火が揺らめく。煤けた煙に並んで、星空色の塵が空に消えていく。
目を覚ましたレンリの前に広がっていたのは、見慣れてしまった破壊の景色。人々の営みの残骸も、怪物たちの残滓も、嫌というほど見させられたそれと同じ。
何より、その風景は全く変わっていなかった。
彼女が戦国の世に遡った、あのときと。
「帰ってきた……?」
小さく呟いて、その声が幼いままであることに気づいた。身体も小さく、道化じみた装いを身に纏わされた、古鷹天詞とは似ても似つかないあの姿のままだった。
時間の旅は夢ではない。
その認識を後押しするように、レンリの周りは血だらけで、眼前にいたはずのカムヰの姿はなかった。土に刻まれた微かな痕だけが、大剣がそこにあったと示す唯一の残り香だった。
元より、終わった場所のはずだったここにはもう、意味のあるものは何もない。
終わってしまったままのこの歴史には、何も。
もしもはきっと、彼方で伸びる新たな歴史に注いだはずなのだから。
けれど、
「はぁ……。さて、と」
レンリは溜息一つついてから立ち上がり、淡々と荒廃した世界を歩き出した。
俯くことなく、前だけを見て。
何かに縋ることなく、その足で。
レンリは思う。
この地から旅立った友のことを。
苦難に満ちた歴史の中で、絶望と諦観を受け入れ、それでも前に進んだ友のことを。
どうか彼女が英雄たらんことを、とレンリは願う。
人々の想いを背負った彼女よ英雄であれ、とレンリは望む。
だからレンリは、友の背を求める。時に送り出し、時に受け止めたい、あの背中を。
それは、友を英雄とするために。
叶わぬとも、友に命運を果たしてもらうために。
新天地でも、強大な敵は牙を剥くかもしれないから。
それでも、折れず、弛まず、英雄であってほしいから。
たとえ自分が、何者かにはなれた代わりに、変わり果ててしまっていても。
メガミに至った古鷹天詞という私は、英雄の物語を簒奪しないためには、表に出られないとしても。
確かな形になったその想いは、ずっと変わらない。
「ふふ……」
頬に、一筋の涙が流れた。指で拭って、代わりに笑ってやった。
変わり果てた姿らしく、けれどようやっと分かった自分らしく。
嘘にまみれよ。
心を分かて/お道化て嗤え。
もう自分にはできる。道化の仮面はこの手にある。
自分らしくない自分を被って、ありもしない筋書きを騙って。
そして最後には、舞台の袖から終演を見守ろう。
「さようなら、私……。――いや、違う違う。えーっと……」
少し考えて、レンリという仮面の形がふんわりと思い浮かんだ。
この姿に似つかわしい愛嬌を持って、昔の生真面目な自分とはいっそ正反対な、道化方よりもお道化た嘘の鎧を。
「あはっ。ここからは、このレンリちゃんをどうぞどうぞよろしくお願いしますね」
誰もいない廃墟に、甘くせせら笑うような声が響く。
被った仮面を確かめながら、レンリは確かな足取りで歩んでいく。
瑞泉城で幽かに輝く、桜の残響に向かって。
「そして、先の騒動を起こした、と……」
シンラがそう結ぶと、レンリは肩をすくめて疲れたように笑ってみせた。
碩星楼の拠点の一つ、その地下室。ヤツハと徒神を巡る事件の首謀者たるレンリを軟禁している部屋には、長話が終わった疲労感が漂っていた。
アキナの来訪を契機として語られた『歴史』には、流石のシンラも驚く他なかった。荒唐無稽な話が飛び出る心構えはしていたものの、そもそもの論理の前提を打ち壊す現象の実在を告げられたのだから仕方のないことだった。
もちろん、嘘のメガミを称する相手の発言を鵜呑みにするほど、シンラもアキナも愚かではない。一言一句を精査し、洞察を怠らない鋭い眼差しを二人はレンリに向け続け、一つ何か気になれば質問が連なるものだから、三柱ともが疲労を滲ませていた。
ようやく一息ついたと見て、立膝にもたれかかっていたアキナが、苛立たしげに呟いた。
「ほんま、やってくれたわ。言わんかいな、ほんまに……」
「ふふっ、申し開きもございませんよ」
「……わざとやろ、それ。三百年も前の細かいこといちいち覚えとるウチもウチやけどさぁ、そないなことで同じボケチビやって判断できんのが余計腹立つわぁ」
睨むアキナは、分かっているとばかりに先んじてシンラを手で制した。
アキナは鼻を鳴らし、事件の話へと焦点を移す。
「今の話を踏まえるに、アンタが今回大立ち回りしとった理由として、実際に徒寄花を滅ぼしたかったっちゅうのも、そのメグミいう子を英雄に仕立てたかったっちゅうのも、ほんまってことでええんやな?」
「なので、人間時代のこともお話ししたわけです」
嘘の象徴らしからぬ肯定は、けれど謀るようでも自棄でもない。今のレンリは、被っていた仮面から素顔を覗かせたようだとシンラは思う。
旧友の追及もあったとて、レンリには黙秘を貫くという選択肢もあったはずだ。手段の立証ができない以上、シンラの指摘も仮説止まりであり、メグミの英雄化に向けて再度暗躍する余地はまだ残されている。
それでも、レンリが古鷹天詞の物語を開示した理由は一つしかない。
レンリは目を伏せがちに、
「ヤツハこそ、眠る脅威の顕現だという可能性を考えてました。あれのことは、徒寄花の中核だと推測してますから」
ですが、と続けて、
「直接対面してみれば、姿はまるで違うし、あのとき感じた恐怖はどこにもなく……。もちろん三百年越しのことですから、変化もあり得るでしょう。ただ、別物だろうという予感は拭えませんでしたね」
「それでも矛先を向けたのは、徒寄花に対する恨み故ですか?」
訊ねるシンラに、レンリは首を横に振った。
レンリの口端が自嘲めいて曲がる。
「当然それもありますけど……必要に思えたんですよ、あの戦いが。自分の目にヤツハは、そう映ってしまったんです」
「戦い自体が?」
「ヤツハ自身が、可能性を分岐させて切り拓くような、色濃い命運に直面しなければならないと感じてました。死ねばそれまでと刃を向けわけですが、実際の彼女は希望を勝ち取り、桜降る代のために生みの親に立ち向かっていったじゃあありませんか。全く、口惜しい話です」
とても身勝手で、だからこそメガミらしくさえもある言い分だった。各々見えるものが違いすぎるメガミの中でも、レンリは特に異なる視座を手に入れたようだった。
当然、ヤツハにしてみれば堪ったものではないだろうが、シンラにはレンリを謗ることはできなかった。原理原則の違いに基づくメガミ同士の対立は、シンラ自身経験していることだ。悪とはただの主観的な分類でしかないことを、彼女はよく知っていた。
元より、レンリの煽動がなかったとしても、カムヰの動きもあった以上、徒寄花とその係累の排除が既定路線になっていたはずである。
その運命に異議を唱えたからこそ、今がある。
レンリが憎らしく望んだ通り、ヤツハは道を切り拓こうとしている。
「となれば、まずはヤツハの結果次第でしょうか。徒寄花の鎮静化……結局、蓋を開けてみなければ未来の話はできませんから」
「成功に賭けてたんじゃあないんですか?」
「絶対はありませんよ。貴女がその何よりの体現者では?」
「……そこに介入はしませんってば」
レンリは口を尖らせて言った。
くすり、と微笑んだシンラは、
「ユリナたちが北限から戻り次第、対談の席を設けましょう。こちらで手配しておきます」
結果が分からずとも、為すべきことは分かっている。
勝利条件はもう変わったのだから。
「ヤツハが成功すれば、全ては解決するのかもしれません。しかし、眠る脅威は存在するままかもしれません。だからこそ、我々は体制を整え、備える必要があります。これは、一人だけの胸にしまってよい恐れではありませんから。構いませんね?」
最善の場合であっても、脅威の消失は確認しなければならない。敵を仕留め損ねると面倒なことになるというのは、シンラが近年日々学んでいることだ。
果たして昔のヲウカは、告げられた脅威の存在にどこまで備えていたのだろうか。正しく伝えられた痕跡もなく、本人も記憶を失っている今、シンラには想像することしかできない。レンリがいなくなってずっと途方に暮れていたとしたら、溜飲も下がるというものだが。
シンラの確認に、レンリは躊躇いがちに頷いた。
「え、ええ……そのためにお話ししましたから」
「あぁ、ご心配なく。貴女の正体やメグミとの関係は、伏せて伝えますから。コルヌの証言も添えれば、いちメガミからの警鐘の形にはなるかと。その点で言えば、ヤツハにも眠る脅威の知見があるかもしれませんし、折を見てお話しすべきと考えています」
事情聴取を引き受けた身なれば、情報操作は簡単だった。
アキナにも視線を送ると、彼女も同意を示した。
「ま、それでええやろ」
「助かります。助かるついでに、アキナにはもう一つ。連携を密にしたいので、そちらからもユリナたちを支えていただけないでしょうか。表向きは別の理由だと良いでしょう」
「ほーん? このいっぱしの商人が?」
「張りぼてのメガミを世に放った方が何を。権威の天秤へ、また細やかにイシを乗せる日が来たためですよ」
そう言うと、アキナはにかっと笑った。将来強大な敵と戦うかもしれない現状、彼女本来の役割である調停は獅子身中の虫を抑えてくれるはずだ。
憂いが憂いで終わればそれでいい。
けれど、ヲウカさえ未知であった相手を前に、仲違いをしている余裕はない。
せめて互いに手を取り合うだけでも十分なのだ。
この地を守りたいという意思は、きっと同じなのだから。
ヤツハも、このレンリも、そして皆も。
「永久の未来に、桜の咲き誇らんことを」
密談は終わり、シンラとアキナは在るべき場所へと向かう。
閉ざされた箱が開かれた今、この縁起が、縁起となるために。
そして時は流れ、現在は未来へと至る。
ヤツハの手には、重ねられたカナヱの手のぬくもりがあった。
膨大な光に呑まれたヤツハには、それだけが頼りだった。
「うっ……」
可能性の世界を見る力。
最古の三柱・カナヱが有していた瞳。
象徴武器・叶慧鏡に秘められた真なる権能。
ヤツハがこれまで用いたことのない力が、未知なる感覚を呼び起こす。握ってくれるカナヱの手は教導の証であり、握り返した手は共同の証であった。
やがて感覚が薄雲のように広がり、それを必死でかき集めると、視覚かどうかも定かでない知覚が光の晴れ間に現れ始めた。
そこは、無限の光条が行き交う世界だった。
淡い光で満たされた果てしない空間に、寄り集まった幾つもの光条の束が無数の枝のように伸びている。ヤツハが居るのは全容も分からないほど太い、幹のようになった枝のどこか表面近くであり、天に立ち上る輝きの多さに頭が眩みそうだった。
宙に浮かんでいるという認識に据わりが悪くなって、枝に触れられまいかと漂おうとする。しかし、身体は思うように動いてくれず、手足の指先だけでもがく有様。目の前に横たわる距離を詰めるのが非現実的に思えてならない、異様な感覚に混乱する。
――ヤツハ。ヤツハ、大丈夫かい?
カナヱの声のようで声でない、意識が響くような感覚の直後、すぐ隣にカナヱの姿が浮かんだ。気配はあるのに実体を感じない不可思議さで、手と手の感覚だけがここで唯一確からしいものだった。
発声の要領で、ヤツハは応える。
――は、はい。なんとか……。
――あぁ、良かった。流石に誰かを連れてくるのは初めてだったからね。ようこそ、可能性の大樹へ。
レンリが辿った、数奇な縁起。その中で垣間見た、桜の世界のさらに外縁。
シンラから聞かされたレンリの来歴の一場面が、ヤツハの前で現実となっていた。確かにこれは、神座桜の中とも徒寄花の中とも違う、感覚を超越した領域であった。
しかしヤツハは、伝え聞いた情景との違いも悟っていた。背にした枝も十分に太いが、途方もない広がりを持つ幹というには程遠い。
――アレが見たのは、もっと下のほうなんだろうさ。
疑問を見て取ったのか、カナヱが呟いた。
枝から推測できる幹の太さは、ヤツハが見てきた桜降る代すら米粒のように呑み込んでしまうほどだ。あまりの規模の大きさにくらくらする。
その一端でも――そう思って、下側に意識を向けたときだった。
辺りの枝が、朽ちている。
――っ……。
比較的細い枝を下に辿ると、知覚の及ぶ範囲で数多の枝が輝きを失い、そのほとんどが伸びるのをやめてしまっていた。残りも堰き止められた小川のような頼りなさで、実際の木枝であれば今にも自重で折れてしまいそうである。
その元凶は明らかだ。骸晶の如き結晶質の蔦が纏わりついている。
そして数多の枝を枯らした蔦は、ヤドリギのように次の獲物を求めて空間を這う。
最も逞しく生き残った枝へ。
ヤツハの足元で聳える枝へ。
その意味するところは、桜降る代の破滅。
ヤツハに走った戦慄を抑えるように、カナヱが優しく手を握り直してくれた。
カナヱにとっても辛い光景のはずなのに。
――……ありがとうございます。平気です。
気を強く持ち、あるはずの鏡へ力を込める。
頭上に浮かんでいた鏡は光り輝き、果てなき世界の果てをさらに照らし出す。知覚の及ばなかった遠く彼方の景色が、雲を散らしたかのようにはっきりと見えてくる。
広漠なる世界が、その真なる広漠さに一つ近づいた。
傍らのカナヱから、感嘆の声が上がる。
――まさか、これほどとは。
――え……元々これくらい見れていたわけではなかったんですか?
――いやいや、さっきまでの範囲が、『このカナヱ』が全力を尽くしてようやく目の届く限界だったんだよ。他のカナヱから聞いて、もっと広いというのは知っていたけれどね。
そう言われたところで、ヤツハには偉業を成した自覚はなかった。光がじわじわと水平線を押し上げていく光景に、自分の小ささを自覚させられるばかりだ。
――これは推測だけど、混血したためかもしれないね。
カナヱは続けて、
――つまり、神座桜の生み出した鏡が、徒寄花より生み出された君という存在と混ざったからこそ、この可能性の大樹を見通す力が強まったのかもしれないということさ。いやはや、学ぶべきは人の歴史だね。
――な、なるほど。
だが、見える範囲がますます広がっていこうとも、朽ちた枝が散在するばかりだ。
ヤツハたちのいるこの太い枝は、絶望の海に取り残された孤島のよう。
芽吹き、花開くことを妨げられた可能性たちの墓場。
その一本一本の歴史に人々が息づき、メグミたちの故郷のように滅んだかもしれないと思うと、ヤツハはあまりにもやるせなくなってしまった。
希望はないのか。心に映る膨大な情報をかき分け、ヤツハは求める。
それは実際、あった。
遥か彼方、背にした太枝の対になるように曲がった、強かに伸びる一本の枝。
この空間の距離がどれほどのものかは分からなくても、気の遠くなるようなほどに離れた場所であることだけ分かる位置に、それは孤独に屹立していた。
しかし――
――蔦が……。
並の小枝であればとうに呑まれているであろう量が、根元からじわじわと這い上がってきている。
逞しさで抗おうとしているかのように太かったそれも、魔の手から逃れるようにできるだけ天へ天へと枝先を伸ばしている。少しずつではあるが、陽の光を求めて急ぐあまりに輪郭が先細り始めている印象が拭えない。
それが手を伸ばす先を見やれば、あるのは太陽とは正反対の天蓋。
ヤツハ自身を思わせる星空が、逃れてくる枝をまるで未来に立ち込める暗雲のように睨んでいた。
いや、とヤツハはそこでようやく気づいた。
星空が覆っているのは、彼方の枝だけではない。
――う、そ……。
この上空全てが、星空で覆われている。
大樹の目指す行く手に、先の見えない闇が立ち塞がっている。
天をも押し広げて目にした世界は、暗澹たる樹海と重苦しい暗雲に遍く囲われていた。
それらが指し示す未来は、火を見るよりも明らかだ。
可能性の大樹は、このままでは朽ち果てる。
連綿と続き、無数に枝分かれした歴史のただの一つも残らない。
希望が――可能性が見えない今は、やがて息絶える。
全てが、あの冷たい蔦に覆われてしまう。
明けない夜が、やってきてしまう。
――っ……。
桜降る代の終焉を想起して、ヤツハはついには言葉を失った。
湧き上がった不安を分かち合おうと、暗い天蓋から目を逸らした。
そのとき、ふと、声がした。
あまりにも儚い、囁きだった。
『ねぇ……教えて』
――……!?
明るく快活であるはずの声が、ひどく儚く乱れたような、捉えどころのない声色だった。
無論、カナヱの声ではない。反射的に周囲を見渡すが、それらしき姿はない。
それでも、ヤツハには確かに聞こえていた。
心の底から不思議そうな、疑問の声が。
『あなたは、どうして戦うの?』
そしてそれきり、その声は聞こえなくなった。
]]>
本日は三国杯や大型イベントも含め、7月と8月の公式イベントをお伝えいたします。7月のお気楽交流祭の募集は本日に始まり、こちらのフォームより承っております。
これまで同様にイベントを一望し、その後に個々のイベントへと触れていきましょう。
2023年7月2日(日) 三国杯日本代表決定戦
2023年7月16日(日) お気楽交流祭:秋葉原の部、七月
2023年7月30日(日) オンライン起源祭、2023夏ノ陣
2023年8月20日(日) オフライン起源祭、2023夏ノ陣
2023年7月2日(日) 三国杯日本代表決定戦
シーズン8の大型イベントであり、3カ国の交流イベントにおける代表選手を決めるためのイベントです。詳しくは特設サイトをご覧ください。
日本代表決定戦の観戦、フリープレイのための入場枠につきましてもこちらのフォームより募集を行っております。こちらでは新たなアナザー版メガミのプレリリースも行われ、いち早く彼女を用いたゲームをお楽しみいただけます。
2023年7月16日(日) お気楽交流祭:秋葉原の部、七月
気軽に遊べる対戦イベントであり、参加賞や対戦賞もございます。初心者体験会も併催されており、ルールに自信のない方やイベントに初めて参加される方も大歓迎です。皆様のご参加を心よりお待ちしております。
シーズン8−2で最初のお気楽交流祭です。新たな環境でのゲームを楽しみましょう。カード更新のpdf画像も印刷してお持ちしますので、印刷していない方も安心してご参加くださいませ。
こちらのイベントは本日に募集が開始し、こちらのフォームより承っております。
2023年7月30日(日) オンライン起源祭、2023夏ノ陣
2023年8月20日(日) オフライン起源祭、2023夏ノ陣
次の祭の舞台は起源戦です。大型の起源戦イベントとしてこれまで同様にオンライン起源祭が開催されます。さらに新型コロナウイルスの状況がある程度落ち付いた状況を踏まえ、オフラインでも同党の規模のイベントを開催いたします。
こちらの募集開始は来週に別途記事を出し、そちらのタイミングで行う見込みです。皆様のご参加を心よりお待ちしております。
最後に大会賞品についてもまとめを行います。8月の新製品でキラカードの印刷を行いますので、9月からは大きく賞品が切り替わる見込みです。現状の賞品が手に入るのは今だけかもしれません。新時代に向かう前の最後の戦いを制しましょう。
2023年7月賞品内容
起源戦優勝
完全戦優勝
お気楽交流祭追加参加賞
お気楽交流祭試合数賞品
さらにプロモーション集中力「レンリ」の配布期間は7月で終了となり、8月からはプロモーション集中力「クルル」の復刻期間となります。大分昔に配布したプロモーション集中力ですので、持っていない方はこの機会に手に入れましょう!
2023年8月賞品内容
起源戦優勝
完全戦優勝
お気楽交流祭追加参加賞
お気楽交流祭試合数賞品
本日はここまでとなります。最後にもう一度、公式イベントへの参加はこちらのページのフォームより可能でございます。皆様のご参加、心よりお待ちしております。
]]>
「斬華六道――獄ッ!」
猛き血煙が志水を包む。かつての戦い同様、彼女は力を求めて己を奉納した。文字通り命を削る技であろうとも、この初手には一片の躊躇もない。
そして足元から伸びる、影の茨道。
身体を前に傾がせた直後、志水は半ば影と化した足で疾駆する。脚の動きよりも早く、瞬く間に間合いを駆け抜けていく様は、見る者全てを惑わせる。
対し、ヲウカの応手もかの日同様だ。
上空に浮かんだまま、刀の間合いの遥か外から、数多の桜の精が光条を放つ。護りもまた真球に輝く結界にて盤石、下民を寄せ付けぬ堂々たる戦いは王の振る舞いそのものである。
再演のようになった立ち上がりに、けれどヲウカは警戒を緩めない。掲げる御旗の導かれた光条が、志水の行く手を阻むように戦場を焼いていく。
「ふッ……!」
急制動に靡いた志水の前髪が、光に消し飛ぶ。稲妻の如く這わせた茨道を辿り、鋭く光条を躱しながら前を志向し続ける。
まともに受ければ失速し、矢衾にされるだろう弾雨の中、志水の疾走は回避を取り入れてもなお加速をやめない。途中、身体を数条が掠めるものの、細かな塵が溢れるだけ。敵を見定める瞳が揺らぐことは一切ない。
そしてヲウカの足元に迫った影の茨は、主を敵の下へ送り出すよう宙へと伸びていく。
間近から放たれる光条を紅光帯びる刀でも逸し、志水は果敢に跳躍を為して斬りかかる。
「おぉッ!」
「馬鹿の一つ覚えに……!」
謗るヲウカは手を掲げ、志水側の結界の壁が一段と輝きを増す。加えて彼女は一歩ほど、結界ごと宙を後退した。刃を振り下ろす志水の芯を外し、崩れたところを反撃する心積もりなのだろう。
ここまでは、惨劇の夜でもあったこと。あの日食らいついてきた志水をいま前にして、油断を見せないヲウカには切っ先は届き得ないはずだった。
だが、
「な――」
天に手を伸ばすばかりだった志水の背に、影が迸る。
その形、昆虫の翅の如きにして、主神が背に抱くものとは対極。
ヲウカと対照的な影の翅が、志水をさらに前へと押し出した。
「っあぁぁぁッッ!!」
「くっ……!」
叩き込まれた斬華一閃が、結界に瞬く間に罅を入れる。かつてと違い、空での脚を手に入れた志水の斬撃は、十全なる体勢にて放たれた十全なる一撃となって、ヲウカの護りに食らいついた。
抗うように結界に輝きが走り、取り付く羽虫を一条の桜光が追い払わんとする。けれど、結晶が志水を護り、下がるヲウカへ刃は押し込まれる。
そして絶叫が、刹那の拮抗を打ち破る。
「――ぇあぁぁぁッッ!!!」
結界が、潮が引くように消える。
主神の守護を正面から貫いた。同じ破滅の夜は、訪れない。
斬華一閃の切っ先が、苦々しげなヲウカの鼻先を一寸先で掠めていく。彼女が一種でも仰け反るのが遅ければあるいは、という際どさだった。
一撃を為した志水は下へつんのめるものの、追撃の担い手は別に存在する。
志水の背後から追いすがってきた暗い塵の濁流が、防御を失ったヲウカへと殺到した。
「ウツ、ロぉッ……!」
腕で顔を庇ったヲウカは、離脱の機先を制されその場の宙に留め置かれる。先頃まで瀕死だったことを思わせないウツロの攻撃は、もはや弾けた砂礫のような激しさである。
さらに、ヲウカを襲う塵を切り裂き疾風の如く迫るのは、漆黒の円刃。
本命の追撃が、ヲウカの左脇腹を深々と抉った。
「つぅッ……!」
顔をしかめるヲウカ。桜の精が狂ったように光条を吐き散らし、主の退路を生み出すように反撃を始める。
だが、数多の光が槍となって降り注ぐも、そこに先程までの鋭さはない。後方で援護するウツロになどほとんど届いていない始末。今の交錯で散らばった塵が光を蝕み、拡散した光は威力を欠いているのである。
無論、弱まったところでまともに喰らっていい類の攻撃ではない。姿勢の制御が難しい空中戦ともなればなおさらだ。
けれど、十全なる光条の合間を縫った志水には十分過ぎる間隙だった。
重い一撃の余韻を打ち払った志水が、危険を顧みずにヲウカへと飛び寄る。
光に四肢を僅かに焦がされながら、重厚な刃を振り上げた。
「はぁぁッ!」
「っ――」
切っ先が脚に食い込む。あてがわれた旗の柄がそれ以上の傷を妨げ、打ち払われた志水は光条を避けて間合いを取る。
二の矢として塵が放たれるも、直上に飛び上がったヲウカを捉えることはできない。
「ちょこまかと小癪な!」
光条の斉射が追走を阻み、高度を稼ぎながら見下ろすヲウカの顔は激昂に染まっている。結界を過信できなくなった現状、泰然とした態度を保つ余裕はないようだった。
志水はようやく、ヲウカを安全圏から同じ戦場に引きずり出すことに成功した。
搦め手に頼ることなく、正面からヲウカの脅威足り得ている。
だが、本番はこれからだ。
ヲウカは一瞬だけ歯噛みすると、邪魔な怒りを追い出すように息をつく。戦いの最中にあって緩慢でありながら、激情で磨いたようにその眼差しは鋭い。
甘い一撃は無意味と悟らせるには十二分。
体勢を立て直したヲウカは、堂々と旗を掲げた。
「光輝よ、収束なさい!」
旗が微光を孕む。志水とウツロが身構えるが、すぐには攻撃はやってこない。
変化は、戦場に起きた。
漂っていた大量の塵が、ヲウカへと吸い寄せられ始めたのである。
「……!?」
光条を阻害していたはずの塵は、目指す御旗が近づくほどに輝きを取り戻し、ついには結晶の形すら取り戻していく。必然、ヲウカの周囲は輝きに満ち始め、傍らで咲く神座桜の隣にもう一本、大樹が生まれようとしているかのようだった。
還った塵を再び花と咲かせる、ヲウカの権能。
ミコトがせいぜい数枚の盾にするのとは比べ物にならない、根源的な力の還流。
彼女の前では、力が塵に甘んじることは許されない。
志水とウツロの味方だったはずのものが、巨大な刃と化そうとしている。
「させない……!」
志水が上空を目指すと同時、ウツロも既に影の大鎌を携えて飛び上がっていた。
散漫に迎撃の光条が放たれるものの、ヲウカは旗を構えたまま留まっている。恐るべき権能の行使ではある一方で、大仰な動きは明確に隙であった。二人はそれを分かって飛び込んでいったが、裏返せばそれは突撃を強いられたとも言えた。
示し合わせたわけでもなく、両側から挟むように斬りかからんとする志水とウツロ。
ヲウカはそれを、冷酷に見据えていた。
「守りよ」
空いていた左手から、淡い桜光が周囲に波紋の如く放たれる。
接近するウツロがその光膜をくぐった瞬間、振りかぶっていた大鎌が端から形を失い、瞬く間に光の粒子となって掻き消える。
しかし、志水の刃はそのままヲウカの背後を強襲する。
「おぉッ!」
行く手を阻む壁もなく、盾の一切もない背中を、斬華一閃が切り裂いていく。剣閃が、輝ける桜の道筋を描く。
致命的ではないにせよ、痛烈な一撃だ。
あまりにもすんなりと入ったことが不思議な、鋭い攻撃。
すなわちそれは、志水にとっての計算外だ。
溢れ出す桜飛沫の中に、抵抗の証たる塵は一筋たりとも舞うことはなかった。
今しがた怒りを向けたはずの志水すら、ヲウカは意識していない。
志水に、戦慄が走った。
「斬華六道――人ッ!」
桜の盾を紡ぎ、咄嗟に翅を動かして距離を取ろうとする。
だが、ヲウカの口から時が告げられた。
「大いなる名の下に」
ドッ、と世界が揺れた。まるで、ヲウカに応じた万物が打ち震えたかのようだった。
それを皮切りに、光がヲウカを中心として渦巻いていく。偉大なるヲウカへと万象が集うかのように、内側へ内側へと輝きが引き寄せられていき、ヲウカの姿すら強すぎる輝きで見えなくなっていく。
神座桜に咲いた結晶も嵐に巻き上げられるように吸い寄せられ、戦場に残り少なくなっていた塵も、光輝の胚として一瞬で呑み込まれる。
それでもまだ足りぬと渦は引力を強める。
影が二つ、まだあるではないか、と。
「な――」
志水とウツロの身体から勝手に星屑のように桜光が漏れ、結晶となって攫われていった。体内の守りですらそうなのに、志水がより集めた盾も虚しく離れていく。
全てが主神の下に跪く。全てが主神に導かれる。
歯向かうための力もまた、彼女が司る桜の恩寵なのだから。
其は、光なくして影は生まれ得ぬが如く。
そして全てを呑み込む光の中では、影は存在を許されない。
たとえ千里の果てに逃げようとも、この輝きは、怨敵を焼き尽くす。
「光輝艷なる瞬きを」
暗夜の下、莫大なる聖光が放たれた。
ウツロの鎌を掻き消した光とは比べ物にならない、もはやただの白にしか見えない眩い光の壁が、光の嵐の代わりに陰陽本殿を呑み込んでいく。
物理的な衝撃はない。けれど、それは暴力だった。
咄嗟にウツロが構えた影の壁が、紙くずのように消し飛んだ。
「ぁ……!」
その身を、光が突き抜ける。ウツロの顔が驚愕に染まり、掠れた声が零れた。
強烈な還流の力に四肢の末端が形を失いかけ、影となって揺らぐ。肉体を抉られるよりも悍ましい、形を持つ影を強引に拒絶する力が、ウツロの全身を焼いていた。
彼女を宙に留めていた翅が、もがれたまま戻らない。
ウツロの身体が、力なく傾いだ。
「ウツ――か、はぁっ……!?」
浄化は志水にも及ぶ。
ウツロのように肉体に直接影響は及ばないものの、身体を巡る力を急激に奪われ、苦痛を伴う虚脱感が志水を襲う。
盾も、身中に宿す身代わりも、その尽くが失われる。
手にした斬華一閃の刀身が透けていく。背中の翅が明滅する。
肉体の強靭さを支える不可侵の力にすら手を伸ばされ、未知の落差が激痛と恐怖を生んだ。
これが統べる者との絶対的な差。
死にかけのメガミと一介のミコトには届き得ない領域。
冷徹に見下されながら、志水もまた地に引かれていく。
真昼よりもなお明るくなった聖域。反逆する影法師にとって絶望的な戦場。
空間を駆け抜けていく光はすぐさま消えていくだろうが、鮮烈な輝きに羽虫のように焼かれた恐れを拭うことは叶わない。
常人であれば、敗北を悟るだろう。主神に楯突いたことを後悔し、その身に刻まれた恐怖に涙する他、選択肢はない。
だが、苦悶を浮かべる志水の目には、まだ意思の炎が宿っている。
落下を始めた身体に力を込め、歯を食いしばるように彼女は叫んだ。
「獄……ノ、弐ィッ!!!」
命を焦がし、燃やし、さらに奉ずる。光に染まった空間に、血が吹き荒れる。
その存在まで奪われていないのなら、志水に諦める道理はなかった。徴収された力を補い、さらに上乗せするのに、躊躇もなかった。
敵を断つ刃は再臨し、戦場を駆ける翅が再び広がる。
桑畑志水は、止まらない。
「ヲウカぁぁぁッ!」
「愚かな……」
顔をしかめるヲウカに向かって、志水が猛然と加速した。
光の波が天上へ抜けていったことで、迎撃する桜の精の光条が鮮明な軌跡を生む。けれど、志水が無理に離脱しなかった、あるいはできなかった故に、攻め上がるべき距離はそれほど遠くはなかった。
無論、力の急激な増減にも身体が悲鳴を上げているのか、回避は今までよりも際どい。
それでも刀の間合いに飛び込まんとしていた志水は、しかし焦りもまた滲ませる。
彼女の一太刀は、おそらくヲウカに届く。だが、それだけだ。
負わせる傷に対して、反撃の光が志水たちからあまりに多くを奪っている。
仮に再びヲウカの肉を裂いたとて、彼女は先程同様、刃はそのまま受け入れるだろう。それは身体を形作る力を光の糧とすると同時に、光を脅かす塵を無駄に生まないためである。
その合理はやがて、志水たちを圧殺する。雨のように降り注ぐ光条をやがて越えられなくなり、全てを接収する聖光に今度こそ焼き尽くされるだろう。結界を超えただけでは、到底足りないのだ。
故に志水は、思い馳せる。
無謀な小娘であった自分を信じ、凱旋を待つ友を。
ずっと己の中で眠り、今は肩を並べる少女を。
そして僅か半月であっても語らった心を――黒き鎧の奥にあった、黒き絆を信じている。
なればこそ、桑畑志水はかくあるべきではないか、と。
「だからッ!」
決意が、願いが、刀を強く握らせる。
自分が変わる。ここで勝つために、あるべき自分へと。
押し付けられる光に、抗えるように。
その誓いが、刃を震わせた。
手にした斬華一閃を。
志水の内に眠り続けていた、刃の本質を。
ただ顕現されただけの刀に、その本質が、真に宿る。
志水が滲ませた血潮が、刃に注がれていく。
「なに……?」
眉をひそめるヲウカの前で、あるべき形を知っていたように、変化は迅速に成された。
血は力となり、力は鋼となる。肉厚であった刀身はさらに身幅を蓄え、もはや一枚の重厚な鉄の板と化す。
誂えられた柄は既になく、茎に晒布を巻いただけの無骨なもの。
そして牙の如き小さな刃が、すらりとした刃に代わって雄々しく連なっている。
その歪な刀は、巨大な片刃の鋸と表すほうが近しかった。
それは、ただ気に食わぬものを痛快に斬り捨てるための得物ではない。
この眩しすぎる光に、疑問の影をもたらすための刃。
ただ鋭いだけではなく、歪で、けれど深く深く傷を残す形。
果たす命運はただそれだけでよいと、決意したが故の力。
志水の在り方が、ここに結実した。
なれば、とその新たな刃を、志水は間断なく振るった。
「ウバラ、ザキィッ!!」
ヲウカの顔が、僅かに引きつる。先程同様、あえて受け入れる態勢だった彼女には、これまでにない明確な迷いが滲んでいた。
無論、刹那の邂逅で結論を変える余裕はない。
冷や汗を浮かべたヲウカの太腿を、鋸が削り取る。
「っ……」
一撃が、歯噛みさせる。けれどそれは、苦痛ゆえではない。
志水が切りつけた傷跡からは、本来溢れるはずの輝きが全く見られない。そこに切り傷があるのだと示す一筋の荒れた光の線こそあれど、顕現体から刈り取られたはずの結晶の成れの果てが、その気配すら感じさせていなかった。
止まらぬ志水は、返す刀で次撃を振り下ろしている。
ヲウカは、濃密な結界を盾のようにあてがって、連撃を弾いた。
主神の思い描いていた調和が、乱れている。
「私を……誰と心得るか!」
手放した旗を宙に留めたヲウカが、代わりに手にした長巻で志水の斬撃を受け止める。
斬舞乱武祭では実現しなかった剣戟。純粋な強さを誇る絶対なる主神の剣舞の前には、誰もが膝をつくはずだ。
けれど、その剣戟は続いてしまう。
志水ならば、続けられてしまう。
「かんッ! けいッ! ないッ!」
「不敬、なッ……!」
空中での不安定な姿勢を物ともせず、重い斬撃が互いに飛び交う。それでいて志水は、忘れた頃に自分を狙う桜の精の狙撃を避け、一つ所に留まらないよう立ち回っている。
武神に認められた英雄には、むしろ打ち合いは望むところ。
たとえ主神が相手でも、志水が後れを取るなどあり得ない。
「つぇああぁぁぁッ!」
上から叩きつける斬撃を、ヲウカは刃の根本で受け止める。そのまま下へと受け流すように長巻を傾けようとするが、志水は鋸刃が鍔に噛んだのを見て手前に強引に引き抜く。
前に引っ張られる形となったヲウカに、宙で振り返りざまに追撃を見舞う。それを跳ね上げられた長巻の柄が弾いたことで志水の刃は届かないものの、動きを乱されたヲウカからの有効打もまた届かない。
志水の鋸刃に対して、ヲウカの長巻は十全な威力を発揮できていない。誰も相手にしたことがない得物ということを横に置いても、引いて斬るという刀の基本に沿えばいい志水と違い、鋸刃に刀身を絡め取られる長巻は取り回しの難しさを加速させられている。
それでも一太刀も通さないヲウカの技量は凄まじい。けれど、歪められた剣舞から放たれる斬撃が志水を捉えることはないのである。
剣技は志水が有利。光条によって、その有利が互角付近にまで押し込められている。
しかし、得意な舞台に引き込んでなお、ヲウカは苛立ちを浮かべるに過ぎなかった。
どうにか喰らいついて有効打をあと何度も入れなければならない志水に対して、ヲウカは一度隙を作って光の波でまた呑み込んでしまえばいい。勝利条件に明確な差がある以上、互角の剣戟は志水にとってあまり良い状況ではなかった。
……これが、一対一の戦いなら。
これほどまでに時間を稼いだならば、
「万象乖く――」
「……!?」
影は再び落ち、光を呑み込もうとするだろう。
「殲滅ノ……影!!!」
ウツロが叫んだ瞬間だ。
彼女が手を押し付けた陰陽本殿の大地のその尽くから、逆さにした大瀑布が如く、膨大な影が噴き上がった。
影はそのまま宙を目指し、そして一点を――すなわち光輝の主を呑み込まんと蠢く。
その光景に目を奪われたヲウカに、志水は全ての勢いを賭して刃を叩きつけた。
「おおぉぉぉぉぉッ!!」
「が、ッ――」
反動を利用して志水が離脱した直後、剣戟の舞台がヲウカごと影に呑み込まれる。
勢いづいた影は一定の地点で引き返し、今度は天からヲウカを呑み込んだ。それが左右に前後に分かれ、四方八方で繰り返し、数多の影は歪で巨大な球となって捉えた存在を何度も喰らい続ける。
ヲウカが絶対なる収束をもたらすのとは逆に、ウツロは絶対なる発散をもたらす。
全てを無に還す、虚無の檻。
対なる反撃が、聖域を黒く染め上げる。
ヲウカには、理解できないことがあった。
顕現体を形作る力が塵へと還る中、嬲られる屈辱を味わいながら彼女は自問する。
ウツロは理解できる。ヲウカに及ばぬまでも、最古の三柱、その半身である。切り離した元凶がすなわち、ウツロの存在を形作っている。
だがヲウカには、歯向かってくるこの人間が分からない。
ミコト風情には存在からして天地の差があり、知恵も思慮も感じられない。己に並ぶ剣技の才が万一あったとて、打倒されるほどのものではない。
噛みついてこようとも、喉笛を噛みちぎるには至らないはずの、野蛮な狼。
戦いに生きた人間だというのなら、格の差は痛いほど分かっているはずだ。
しかし、現実を知ってなおこの人間は、揺らがなかった。
道理を超えて命運に突き進む者を英雄と呼び、今までも多くの人間がそれを標榜してきた。けれど、その小さい手で為せることは限られ、メガミに努力を讃えられるのがせいぜい。ましてやヲウカに及ぶことなど、ありえないはずだった。
ならば今、この状況は何なのか。
半身と共に在るからだけでは説明のつかない、あの眼差しは何なのか。
彼女は言った。友がいるから大丈夫だと。
彼女は挑んだ。主神の差し伸べた手を払って。
ならば、この英雄を英雄足らしめているものは、即ち――
「あぁ……」
その感嘆も、影に喰われる。
生まれて初めて、ヲウカは少しだけ人間を認めた。
けれどそれは、敗北を受け入れることを意味しなかった。
「ウツ、ロ……へ、平気……?」
肩で息をする志水が、ウツロの傍へと降り立つ。
短期間で仕上げたにしろ神経を使う空中での戦いに、瞬発的な激しい剣戟。血を払った上で繰り広げた大立ち回りに、流石の志水と言えど疲弊は著しい。
こくりと頷くウツロも、立っているのがやっとの有様だ。彼女が必死で放った渾身の一撃はヲウカへの意趣返しのようになったが、相手と違ってウツロは全盛だったとは言い難い。先に強烈な一撃を貰った上での大技に、志水が肩を叩いて讃えた。
戦いの終わりを感じさせる、束の間の時間。
二人の表情が、微かな安堵に緩む。
その刹那、足元を鋭い光が照らした。
暗雲の狭間から陽が差し込めたようなそれは、彼女たちにとっての凶兆。
二人は決死の表情で頭上を睨んだ。
「くっ……」
蠢く影の檻の中から、光が迸る。闇を引き裂くように、幾重もの光条がこの本殿を照らす。
獲物を襲い続けた濁流は貫かれ、やがて内側から溢れ出す輝きを抑えきれなくなり、火の暴れた提灯のように掻き消えていく。
大いなる声が、降り注ぐ。
「全てを思うがままなど、もう、申しませんとも」
その自信は蝕まれることなく。
その高慢は消えることなく。
そこに絶望を覚えるべきか。疲労も色濃い吐息に、希望を見出すべきか。
影を払拭せし光から再臨するのは、神なる形。
天を駆ける六枚の翅を蓄えた、堂々たる主神の姿。
その翅や衣の端々が、幽かに崩れようとしていても、その態度だけは決して変わらない。
「けれど、だからこそ」
民を導く御旗を今一度顕し、毅然と掲げる。
真っ直ぐと、反逆の徒を見据えて。
ヲウカが、告げる。
「愛ゆえに――真に求めるのです。この玉座を!」
抗戦の宣言に、反論はない。相容れぬ者たちに、刃より他に言葉はない。
ただ睨むだけ。ただ構えるだけ。
そしてただ、敵を斬るだけ。
命に代えても。
「獄……ノ……参ッッ!!!」
吠える。気力を呼び起こすように、吠え上げる。
限界を迎えているはずの全身が無数に爆ぜ、血飛沫が舞った。もはや一瞬志水の身体が隠れてしまったほどの血煙を引き連れて、彼女は鋸を携えて地を蹴り、天を目指した。
桜の精も数えるほどとなり、富豪的な牽制は今や過去。はらはらとヲウカから零れ落ちる桜色の輝きが、戦場を清め祓った光輝の残滓と相まって降り注ぎ、そしてヲウカは天を蹴り、地を目指した。
志水の軌跡に残った血煙が桜霞と混ざり合い、溶け合い、斑模様となって渦を成す。
色は違えど、それは力の現れ。意思と刃が交錯した戦の景色。
傍らで見守っていた煌めきの桜が、歓喜するようにその輝きを増す。滲むように立ち上っていく桜の影が、たった三人だけの戦場に陽炎を生む。
果たしてそれは、試練か、恩寵か。
果たしてそれは、誰がためか。
「おおぉぉぉぉぉッッ!!」
「はあぁぁぁぁぁッッ!!」
他の全てを捨て、志水とヲウカが叫ぶ。
神座桜の輝きが最高潮に達した瞬間、鋸と旗が、激しく交差した。
果たし合いが、ここに終幕を迎える。
……だが、桜の煌めきは最高潮をさらに超え、光が戦場を埋め尽くさんとする。
否、それはむしろ眩く輝く霧のようだった。
全てを覆っていく。
何もかもが覆われていく。
決着へ踏み出した者たちを、覆い隠していく。
気づけば彼女たちの叫びすら霧の中。そこにはもはや声も剣戟の音もない。
あらゆる感覚が、霧に包まれる。
全ては、霧の向こう側へ。
雲の中に迷い込んだような一面の白。そこに浮かぶのは、恋離の姿。
彼女は、整理するように独りごち、独り想う。
「自分は、戦いの舞台を誂えた」
――語り部の如く。
「何よりも意義深い、この」
――大樹を分かつ戦いを。
「だから……」
――最後に果たす役割は。
恋離の脳裏に、北限で見たあの輝ける大樹の光景が浮かぶ。見果てぬ天上でもなく、邪の潜む遥か下でもない、光の軌跡で編まれた幹のどこかだった。
それはすぐに霧散し、次には銀世界が浮かんだ。花鳥との闘いの光景だった。
そのときのことを、恋離ははっきりと覚えている。最後に衣で貫いた花鳥は、何かに気づいたような顔をしていた。それから凶行に走り、取っ組み合いになった。
再演される光景は、その決着を映す。
夜山恋離の衣が、常世郷花鳥の『首元の雪を/喉首を』貫いた。
一つの光景のはずであり、実際には前者だったはずなのに、今はどちらでもあるようにも思える記憶だった。花鳥を殺めてしまった恋離は、初代常世郷という歴史の根幹の一つを潰してしまったことにそれはそれは青ざめていた。
けれど、あのときの恋離の瞳には、輝ける大樹の姿も同時に映っていた。
そして見た。大樹が、僅かに蠢いたことを。
そして理解した。これまで触れられなかっただけで、こんなことは――こんな可能性は、いくらでもあったのだと。
「これまでも」
――これからも。
だからこそ、もうここが隠れ潜んでいた陰陽本殿の片隅かも分からなくなっても、恋離は霧の向こう側を夢想する。
ヲウカの光が、志水を呑み込み、打ち破る様を。
志水の刃が、ヲウカを断ち切り、打ち破る様を。
それはきっと、この霧の向こう側にある。
この、欺瞞の霧の向こう側に。
そして夜山恋離は――否、メガミ・レンリは振り返った。
この白に覆われた光景の、目撃者へ。
彼女と同じものを見聞きしてきた、観客へ。
この舞台の袖で、彼女は語りかける。
「けれどこの箱は、閉じられる」
――きっと、来たる闘いのために。
――この縁起が、縁起であるために。
これこそが、自分の果たす命運だったのだから
]]>
2023年6月禁止カード
全体で禁止
黒き鎧
こんにちは、BakaFireです。三国杯の予選が無事に終わりました。昨月の本作関連はその三国杯の運営に加え、次の拡張の開発、ストーリーのプロット作成、キラカードコレクションの原稿を中心に行いました。7月発売予定のアクリル集中力コレクションは印刷と海外からの到着を待つ状況です。
禁止改定につきまして
今月も変更はありません。
ゲームの体験を破綻させるような新たな問題は発見されておらず、先月までと同様に取り扱うべきだと判断しています。一方でシーズンの終わりが近付くにつれ、環境を揺らしたほうが楽しみやすいという観点が強まり、環境を揺らすのは混乱に繋がるという観点を上回りつつあるとも考えております。
しかしながら現在、本作では7月2日に三国杯の日本代表決定戦を控えており、ここで禁止カードを変更すると予選と本戦の環境に差が生じてしまいます。競技的な観点で本作に取り組んできた方々の努力を尊重するためにも、今月の変更は原則的に行ってはいけません。
ゆえに環境の変化は禁止の改定ではなく、7月2日以降に予定されている新たなアナザー版メガミの追加、カード更新、シーズン8−2の開始を通して実現する方針です。詳しいスケジュールなどは昨月にお届けした今後の展望記事をご覧ください。
次回改定と諸々の告知
次回の改定は例外的なスケジュールとして、シーズン8−2の開始と同時とします。原則的には禁止の解除を予定しております。
]]>
かたり、と暗闇の中で床板が持ち上がった。
人の気配のない閉所。雑然と積み上げられている物の圧迫感に支配された空間に、生じた床穴から二人の男が這い上がってきた。
身なりは、平々凡々とした軽装の城兵。中肉中背で年の頃も三十歳前後、顔立ちさえ誰の印象にも残らなさそうな、絵に描いたような一兵卒だった。
しかし、彼らしかいないはずの暗闇に、少女の得意げな声が密やかに響いた。
「ね、言ったとおりでしょ。子供の頃は、この城で遊び回ったんだから」
それは、男のうちの一人の喉から生み出されていた。うだつの上がらなさそうな壮年男性とは思えない、いたずらを楽しむ子供じみた声だ。
対し、もう一人の男は、土を払いながら見た目相応の声で返す。
「分かったから静かにしてくださいよ」
「はーい」
「……緊張感ないですねえ」
男はそう言うと、袖から手繰り寄せた布を握り、軽く捻った先を天に向ける。すると、まるで蝋燭であるかのように、小さな炎がそこに灯った。
か細い光に照らされるのは、物資が山積した倉庫。埃が舞っているが堆積しているわけでもなく、上に積まれた木箱は見た目から質感が新しい。微かに流れ込んでくる外気には水が匂っていて、夜の肌寒さをいや増していた。
ここは桑畑の城が一つ、下田城。
桑畑、蟹河、天音の三方にかかる山の北東に構えられた砦であり、桑畑家が南方及び西方から来たる敵軍を同時に睨める要所であった。
夜空に昇った大きな満月が、城内の一室を照らしていた。
絢爛さとは無縁な、質実剛健な造り。必要十分な物のみで構成されているが故の機能美をも感じさせる、小広い板敷きの部屋だった。
そこでは道着に身を包んだ青年が、ひとり瞑想に耽っていた。
だが、背中を晒していた彼は、何の前触れもなく刹那の内に機敏に振り返った。
「む……」
瞬く間に顕現させた弓に空色の矢を番え、青年は悠然と警戒心を滲ませる。
狭い廻縁には、夜闇を背に二人の一兵卒が並んで立っていた。入り口とは反対の位置ではあるが、部屋の脇から出てぐるりと回り込めなくもない。それには瞑想中の彼にも気づかれない必要はありつつも、三階のここに外から登ってくるよりはマシな可能性だろう。
それでも青年はきっと、己の感覚を信じ、念のために矢を向けている。
実際にそれは正しく、現実は彼の予想を上回った。
凡庸な兵の身体が淡く光り、野菜の皮でも剥くかのようにはらはらと剥がれ落ちていく。
「……!?」
ギリ、と弓がいっそうしなる。
しかし、男たちの姿が解けた後に残ったものを見ると、彼は意外そうな顔になって、それから納得したように微笑んだ。
化けの皮の中から現れた少女の一方は言った。
「お久しぶりです、上兄様」
「あぁ、志水。久方ぶりだな」
そう返した青年は、次いで共に姿を晒した恋離に鏃を向ける。
驚きは見せたものの、彼の堂々とした態度は、覇を唱える大家の長男は伊達ではないと悟らさせる。まだ間合いがあるとはいえ、志水なら即座に襲える位置だ。それでもまだ片膝立ちに留めているのは、夜襲の線を切って捨てているからなのだろうか。
もちろん、首を差し出しに来たわけではないことは、しおらしさの欠片もない志水の様子からいち早く理解しただろう。
だから彼は、恋離に水を向けることにしたようだった。
「君はもしや、古鷹との戦から志水が拾ってきたという娘かな?」
「はい。夜山恋離と申します」
「
その言葉は、己こそが尋ね人だという自覚故だろう。
それから大渦は、弓を構えたまま肩をすくめて訊ねてきた。
「お前が志水を誑かしたのか」
「違うわ!」
志水から、反論が飛び出した。恋離が返答を考える暇もない、弾けるような否定だった。
ただ、志水は憤慨こそ表にしたものの、その怒りは抜き身の刃というほどではなかった。言葉が強かったかと、少し顔を背けてばつが悪そうにもしている。絶縁されたとて、やはり実兄相手だからなのだろうか、と兄弟のいなかった恋離はぼんやりと思う。
志水は一歩前に出て、恋離をかばうような素振りを見せた。
俯きかけた顔を、真っ直ぐ兄に向け直して。
「誑かしたのはしぃの――いえ、わたしのほうです。皆を引きずり回し、この手で、桜に刃を向けたのですから」
それは反省であって、後悔ではなかった。否、後悔する資格を、志水は自ら捨て去っていたと言うほうが正しかった。
今回の侵入に際し、恋離が現地で志水と合流したとき、志水は決行直前の猶予に差し込むように謝罪を口にした。恋離と安岐那との蟹河行きが決まり、隠れ家で満足に話せないまま再び別れていたのを気にしていたようだった。
巻き込む覚悟が足りてなかった――志水はそう言った。
謝る彼女に気後れはなく、背中を押してくれる友をいっそ危なっかしいほどに信じていることに、変わりはなさそうだった。そうだったからこそ、荒唐無稽な理想を追い、旅を終わりまで歩めたという結果がある。
桜への恨みこそあれど、気楽な道中、確かに彼女は仲間を背負ってはいなかったのだろう。もしかしたら、真意を話さなかったのもあるいは、と恋離には思えてくる。
だが今、一人分の責任以上のものを肩に乗せて、志水はこの場に立っている。
大渦は、そんな妹の態度に、にぃと口角を上げた。
「そうかそうか。ならば何を求め、俺の下に来た? できもしない腹芸なんぞ不要だ、率直に言ってみろ」
弓を下げ、彼はどかりと腰を落ち着けた。空色の矢を弄びながら志水に向け、不敵に笑って見せるその様は、血に塗れた時代を生きる者の豪胆さを窺わせる。
志水はそんな彼の眼差しを正面から受け止めた。
そして、自身の胸に手を当て、告げる。
「わたしの中に埋め込まれた矢を、その矢にて打ち砕いてほしいのです」
対し、大渦の反応は簡潔だった。
「なぜ俺に?」
「だって、この矢を射たのは、上兄様でしょう?」
彼女の瞳こそが、裏にある真意全てを見据えるように、大渦を――桑畑の弓兵隊を率いる将たる男を貫いた。
彼はぶらぶらと矢を手慰みにするのをやめ、志水を見返し、恋離を見て、少し考えるように宙を見上げた。
ややもあって溜息をつき、肩を竦めると、
「俺が桑畑一の使い手なのだから、俺がやるのが最も成功率が高かったまでだ」
そう言って大渦は気怠げに立ち上がり、いくらか歩んで開け放たれていた戸の前で、外の夜闇と月光を浴びた。
遥か頭上で煌々と輝く満月に、南で広がる山並みが照らされている。今はその全てが桑畑の勢力下にあるが、そのまま東に抜けようと思えばすぐにでも蟹河の勢力圏とぶつかる。史料が焼かれても、この一帯を巡る激しい攻防があったことは想像に難くない。
彼は振り返らぬままに、背中で皮肉げに笑った。
「遺憾にもな。再び大きく盤面を動かす何かがなければ、俺の代で野望を果たすなど叶わんだろう。桜花拝の一手は、実に狡猾だった……おかげで、またこの城の景色を眺める日々だ。俺が若呼ばわりされていた頃より、ずっと退屈しなさそうだが」
皮肉げに独りごちる大渦の声色は、けれど志水を特別責めるようなものとは違った。かといって自分を責めるようでもなく、全て過ぎたこととして俯瞰しているような口ぶりだった。
彼ら桑畑家の人間がどこまで事態を把握しているか、恋離には分からない。全員が大渦のような態度だとも思えない。末路を知る側からしてみれば少し不気味なほどだったが、生き残るために現実を見ているだけかもしれなかった。
「だが、ただ燻るだけなのも性に合わん。ならば、俺ですら計り知れぬ命運を抱えた奴に賭けたほうが、幾分かはマシだろう。なぁ?」
肩越しに、大渦はほくそ笑んでいた。
彼は顎で志水に前に出るように示し、道着を正した。恋離が頷いてやると、志水は意を決して彼の直線上に立つ。
その傍ら、大渦は恋離を垣間見て、
「射た後のことは考えているんだな?」
「はい、自分はそのために」
「ならばいい」
そう答えた瞬間、降ろされた力に恋離は威圧された。
今までの大胆さと飄々さを合わせたような態度は鳴りを潜め、大渦の双眸が志水を確かに捉える。一瞬、恋離は風が吹き付けたようにすら感じた。周囲に有無を言わせないほどの卓越した集中力が、息をも忘れさせる。
堂に入った、執り弓の姿勢。戦場で見せるものとは違う、芸術品のような構え。
彼もまた、間違いなく達人と呼ばれるべき存在だった。この乱世にて失われてしまう、至宝の一人に違いなかった。
その背から、空色の光が猛禽の翼を模った。矢を番え、弓を引き絞るその動作の一節ごとに、空を目指して羽ばたくが如く、力が矢に注がれていくのが分かる。
鏃の指し示す先は志水、その胸その奥、目に見えぬ戒めの矢。
引き分けたまま、大渦の呼吸に志水の呼吸が引き寄せられていく。
そして、会した瞬間、
「うっ――」
着弾までは、一瞬だった。
響いたのは肉が穿たれる音ではなく、金属が割れる音。
ちょうど心臓のあたりに吸い込まれていった矢は、志水の装いや肉を貫くことなく、ほぼそのままの角度で背中から抜けていく。
血の代わりに彼女の身体から飛び出したのは、黒ずんだ金属片たち。鏃だったものと思われるそれは、黒い星々のように床に散っていき、小さな重奏を奏でた。
直後、志水の表情が苦悶に染まった。
「あっ――あぐぅッ!?」
「志水さん!?」
胸を押さえた彼女の手の隙間から、黒い影が宙に染み出していく。煤けた煙よりもなお濃いそれは、夜をも喰らってしまいそうなほどに昏く、底知れぬ畏れを与えてくる。極力悲鳴を噛み殺そうとしている志水の声が、逆に恐ろしく聞こえさえする。
しかし恋離は臆することなく、衣を一枚、咄嗟に志水へとあてがった。
戦国に辿り着いてから何度も何度も用いた力を、今こそ全霊と共に衣に注ぐ。
カムヰより受け継いだもの。劣化版でしかなかった、その力――名を刻む力を。
恋離が今、その衣に刻む名は一つ。かつて心の片鱗を通わせたメガミの名にして、溢れ出すこの影にあって然るべき名。
縫い留められていた本質の暴走や消失を危惧するのは、行き場を失くしているからだ。
ならばその行き場を――器を用意してやれば、必然的にそこへと収まるはず。
人の世におけるメガミの器たる顕現体がないのなら、用意してしまえばいいのだ。
正しい名を刻まれし衣という、仮初めの器に。
ウツロの名を冠した、肉体に。
「くぅ……!」
衣が急激に影色に染まっていく様子は、すぐに見えなくなった。志水から溢れ出す影は奔流となって、恋離の視界を黒に染め上げた。
すわ衣の限界を超えたかと焦るが、やがて背後からほのかな光が取り戻され、影は床の一点に吸い込まれていく。その先は、加速度的に膨らんでいった、かつてない存在感の源だった。
完全に晴れた視界は、月夜でさえ昼のように明るく感じる。
その中で、膝をつく志水の傍らに、先程まではなかった人影が横たわっていた。
灰から生まれ出たような、人の形。
恋離が知るよりも歳を重ねたような、儚い印象の少女が、静かに眠っていた。
「志水さん、大丈夫ですか?」
「う、うん……思ってたより平気。ウツロも大丈夫――みたいね」
志水は、多少汗を浮かべているだけで、外傷も特にない。矢を破壊した衝撃で心をやられるのではないかと恐れていたが、未知の感覚に驚かされていただけといった様子で、今はもうウツロの頬を優しく撫でていた。
恋離はほっとすると同時、志水を無事なまま事を為した弓の腕前に改めて舌を巻く。
当の大渦は、柱に背中を預けながら弓を還していた。
「終わったか? なら早々にここを出ることだ。どこから入ってきたのか知らんが、詰め所から駆けつけた連中と鉢合わせしても知らんぞ」
屋内の方向を指した彼に、深く追求する意志はなさそうだった。
恋離たちは無言で頷く。事前の想定よりもウツロの身体は大きかったが、衣をたすき掛けにして支えてもやれば、志水は軽々と背負ってくれた。
先んじて兵に変じた恋離は、しかし志水に偽装を施そうとした手を止めた。
大渦を見る志水は、未練を滲ませていた。
「上兄様……これからどうするの?」
畏まらずに、彼女は問うた。
大渦はそれに怒るでもなく、皮肉めいて小さく笑い、腕を組んで視線を落とした。
「さてな。お前が大事を成すのなら、それを利用させてもらうまでだ」
「お家のためだけに動いてるわけじゃないわ」
「そこまで高望みはしちゃいない。そうだな、このまま桑畑の野望が朽ちるというのなら……いっそ名を捨てて、南に下るのもいい」
夢想するように言い並べる大渦。この時この瞬間だけは、彼らがどこかに置いてきた、あるいは奪われてしまった、兄妹らしい気の置けなさがどことなく滲んでいた。
「俺は一代でできることをするさ。野望は、子孫にでも託すとしよう。幸い、お前の中にいたメガミ――ウツロと言うのか? そいつの情報は、きっと何かの役に立つ。未来の糧として、密かに語り継がせてもらおうじゃないか」
どこまでも志水を駒として見ようとしているようで、だからこそ利用することしか考えていない相手に本音を話すわけもない。
彼が志水との間に引いた線を、取り消すことはないのだろう。
それがけじめのつもりなのかどうかは、それこそ、本人にしか分からない。
志水もそれを理解したのか、諦めたように微笑みを浮かべた。
踵を返した彼女は、最後に一言だけ、その場に零して行った。
「さよなら、上兄様」
満月を背に進む森は、実に静かだった。
足音は二人分。少しだけ上がった息も、二人分。そこに微かな寝息が混ざる。
行きでも使った隠し通路を戻り、井戸から山の麓にある小さな社に出てからしばらく。追手の気配もなく、城に明かりが灯ることもなく、歩みを進めるごとに緊張は緩んでいく。
二人が目指すのは、山裾をしばらく行った街道脇で待機している安岐那の配下だ。とうに変化を解いて、慣れない身体と別れを告げても、もう少しだけ距離がある。
無言で逃走を続けていた恋離だったが、隣から久しぶりの声がした。
「ありがと、恋ちゃん」
「えっ――」
志水の唐突な呟きに、思わず立ち止まる。
何を言われたか理解して、慌てて追いついた。
「と、とんでもないです! 自分なんて、謝らないといけないくらいなのに……」
巡ってきた機会に、恋離は背中を突き飛ばされた気分になった。結局、志水から不意打ちのように謝られただけで、恋離はまだ彼女にきちんと向き合えないまま、ここまでずるずると来ていた。
たたらを踏むように声に勢いを余らせながら、
「ごめんなさいあの夜、黙って行ってしまって。自分は、その……志水さんのためだけに動いてるわけじゃあなくて、だから安岐那さんなんかと違って、純粋な仲間というわけではないんです……」
「あぁ〜、確かにあのときは傷ついたなぁ」
むくれた志水は、どういうことかウツロを背負ったまま軽々と少し前に出た。
恋離と向き合う形となった志水は、呟きとは打って変わって、真剣そのものだった。彼女を照らす月光が、無視を選ばせてなどくれなかった。
否応なしに、恋離も立ち止まって背筋を正す。
穏やかな夜風が木々を揺らし、立ち合いかのような緊張感すら覚える。
何をされても不思議ではないと、恋離は覚悟していた。ヲウカへの内通まで伝え聞いていたら、それを咎められてもおかしくない。再会からこちら、いつも通りに志水が接してくれていたのは目的を前にしていたからであって、やはり胸に抱えたままだったのだ。
一歩、距離を詰めた志水に、びくりとする。
彼女が両の手を持ち上げようとしたところで、恋離は怖くなって、目を瞑ってしまった。
そして気配が近づき、痛みが襲った。
両の頬に。
「ふぇ……?」
むにむに、と頬を弄ばれている。優しい痛みが、嘘ではないと教えてくれる。
餅のように摘んでいた志水は、目を丸くした恋離を見て、ぷっと噴き出した。
どう見ても、深刻に責める者の姿ではなかった。
「あはははっ! これで許すっ!」
最後に目一杯引っ張ってから離された。
じんと熱っぽく痛んだけれど、喪失の苦しみに比べたら、どうということはなかった。
「え……えっ? これだけ……?」
「あー、いやちょっと待って。やっぱり、今晩ぬいになって一緒に寝てくれたらにするわ」
前言を翻す志水に、恋離は眉間に小さく皺を寄せて、
「いやいや、それ実質何でもありになってるじゃないですか」
「だめ?」
「だめです」
「そんなぁ。……ふ、ふふっ」
「ふふふっ、はは、あははっ!」
「あはははっ!」
笑った。志水と一緒に笑った。追手の可能性や眠るウツロのこともあったけれど、都合よく、今はそんなことを忘れていた。
長いようで短いあの旅で、何度ぬいぐるみの代わりにされかけたか。
無体に断るところまでがいつも通り。
それが楽しかった記憶を呼び起こして、ひとしきり二人は笑っていた。
「……それでも、ありがと」
やがて笑い声も収まると、志水は静かに言った。
素直に向き直った恋離。改めて向かい合えば、志水の雰囲気が、かつての自信満々な彼女とは少し違って見えた。
「これはね、決戦の舞台を誂えてくれたことまで含めての、お礼」
「…………」
「鞍橋で、安岐ちゃんから言われたの。静かに暮らして欲しかった、って。でも、そんなのは御免だわ」
友の祈りを振り払ってでも、彼女は止まらない。それが分かっているからこそ、安岐那はこれまでずっとその祈りを口にしてこなかった。
けれど、安寧とは正反対の結末が今に続くと、安岐那は悟ってもいたのだろう。
そして彼女は、結末へと至る道を舗装した。
志水とヲウカの決戦という、運命の夜の続きを。
恋離に請われたとて、安岐那が自らの手で友を死地に導いたことには変わりない。結局のところ、志水がどういう人間かという点で、最後には安岐那もこの決戦に同意した。
桑畑志水は止まらない。
いつか一人でも行ってしまう背中を見送るくらいなら、自分の手で送り出す。
志水の覚悟は、もう十分すぎるほどに醸成されているのだから。
今、目の当たりにしているように。
「ザンカにも決着を見せないといけない。そして、桜にも……然るべき想いを伝えないと」
でも、と継いで、
「今のままの自分じゃだめ。同じだけの想いを持って、それでも決して相容れない相手を打ち破らないといけないわ。気持ちで負けるつもりはないけど、それ以外もしっかり頑張らなくちゃ」
圧倒的な力の差を見せつけられたのに、志水という刃は折れていない。
まるでそれは、徒寄花の軍勢に立ち向かっていた頃の、希を始めとした英傑たちのようだった。理想を掲げ、現実を正しく見据える者は、強者という器だけには収まらない。
彼らとは逆に、桜に挑む側だろうと変わらない。
大罪人の汚名は、英雄の資質に何一つ傷つけない。
だからこそ恋離は、彼女の背中もまた押したのだ。
気合漲る勝ち気な笑みの、志水という少女を。
「決戦まで半月。ウツロとも仲良くしないとね」
高貴なる光輝纏い、数多の結晶が洞窟に舞う。前から穏やかに吹き付けてくる風は、類を見ないほどに桜に色づいていた。
その流れに逆らうように、光差す奥へ歩む人影は二つ。
一つは、鎧を不敵に鳴らすミコト・桑畑志水。
もう一つは、纏う影を靡かせるメガミ・ウツロ。
決意を湛え並び歩く両者は、やがて輝きの在り処へと辿り着く。
そこは、天蓋に夜空を戴く、神さびた大樹の中のような空間だった。
月明かりに乏しい遥か天から涼風が吹き込み、二人の髪をくすぐっては今来た洞窟へと抜けていく。
今宵は新月。何かを見届けるには暗すぎる夜。だが、その巡り合せもまた命運を思わせる。空の光がない分だけ、桜の煌めきはなお強まるのだから。
陰陽本殿。恋離の生きた時代では主神ヲウカの聖地とされる、咲ヶ原中心にある山を依り代とした聖域である。
この戦国においては、ただその名が桜花拝を通じて広められるのみの、禁足の地だった。整然と広がる石床は、来訪者の不在を物語るように砂埃を被っている。その中央にて曇りなき姿を誇る神座桜こそ、桑畑が手を伸ばすに足る聖域たる所以だ。
この地で最も高く絢爛に聳える、大神座桜。
煌めきの桜として讃えられる名の通りの威容が、二人を迎え入れていた。
「よくぞ参りました」
そして、最も桜に近きメガミも。
最古の三柱、主神ヲウカ。
彼女は神座桜の前で、ふわりと宙に漂う。広げた翅が思い出したように大気を掻くたび、細かな桜花結晶が鱗粉のように散っていく。
見下ろすのは、一人と一柱。
神座桜へと挑まんとする少女。そして少女と共に歩む、かつて一つであった半身。
ヲウカの眼差しは、まずは冷たく、後者へと向けられていた。
彼女が何より滅ぼさんとした影を。
「ウツロ……あなたはまだ、私を縛ろうというのですか。この身から捨て去ったそのときに、一度討ち滅ぼしたというのに。あぁ、何故に挑む? 何故立ちはだかる? 何故、我が光を呑み込もうとする?」
憐れむようで、嫌悪するようで、侮蔑するようで、憤怒するようで。
ヲウカが滲ませる感情は、彼女にとって当然のものだった。彼女自身の許せない部分とは、このウツロのことに他ならないのだから。
ウツロはその問いに、静かに口を開いた。
「私は、あなたの影……然るべき存在足らしめんとする鎖」
「断たれても、なお?」
続けてヲウカは問い、ウツロもまた、続けて答える。
「それから舞台を照らす光は変わり、影の形も変わったわ」
「敵わぬと知って、なお?」
「だから、影を託すの。これは必要なこと……そう思うから」
「…………」
向き合ったようで、すれ違い続けるような問答。それでも、ウツロの確固たる眼差しが己の半身から背けられることはない。
ヲウカは、返された答えが示す者を――志水へと目を向けた。
その瞳は未だ侮蔑の色が残りながらも、己が挑まなければならぬ敵を見据えるものだ。虫けらのように虐殺せんとした以前とは違って、その真摯さは、傲慢で高慢な本質を一切隠さない面差しに現れていた。
後ろ手を組み、冷淡に見下ろす。それは偉大なる者の問いかけ。
託されるだけの価値があるのかと。
共に立ちはだかるに足る存在なのかと。
何故人の身で、無用な反抗を為すのかと。
「混迷せし人の時代に幕は引かれ、玉座の生む秩序にやがてこの地は満たされる。人は富み、栄え、争いのない世界が訪れることでしょう。もう、傷つけ合わなくてもよいのです。もう、無為に手を血に染めずともよいのです。我が威光が、遍く大地を包むのですから」
朗々と語るヲウカだが、その声色は教化を目論むものとは程遠い。己に挑む利はなく、どれだけ愚かなのかを知らしめ、圧殺するかのよう。
彼女は、人を信じない。これまでの歴史を眺め、真に憂いている。
だから、恋離に語ったように、全てを導こうとしているのだ。
その理想を砕かんとする者たちを、排除して。
「導き手たるこの私を討とうものなら、治世は永遠に訪れない。混沌なる自由を人に与えたところで、幸福には繋がらない。未来を、切り捨てようというのですか?」
それはきっと、最後の慈悲のつもりなのだろう。
だが、問われた志水に迷いはない。見上げる瞳に、後悔はない。
桜に挑む一人の人間として、彼女はその業を背負って臨んでいる。打倒した先に混沌すら生ぬるい未来が待っていようとも、歩みが止まることはない。幾千も鳴り響いた桜の意思に背く道を、強く踏みしめて。
彼女は、人を信じている。桜を憎むのと同じくらい、心から信じている。
だから、平和を約束されてなお、押し付けられる賢政を跳ね除ける。
故に、反駁は一言で十二分。
形を得た斬華一閃の切っ先が、人の意志を卑しむ者を捉えた。
「大丈夫よ。安岐ちゃんがいるんだもの!」
問答無用とばかりに言い放たれた残響が、沈黙を彩った。
ヲウカは目を瞑り、大きく息をする。馬鹿げた宣言を、呑み下すように。
そして開眼した彼女は、改めて己の敵を睨みつける。対し、志水もまたウツロと共に、宙に揺蕩う己の宿敵をねめつける。
双方、もはや是非もなし。
夜風にざわめく神座桜の前で、ヲウカは告げる。
「これは何より意義深き……この地を分かつ戦い。桜花決戦――いいえ、桜花決闘とでも呼びましょう。だから、讃えなさい、唱えなさい……そして、捧げなさい」
強気に笑みを浮かべた志水が、それに応える。
「ええ、讃えてあげる、唱えてあげる……そして、挑むわ」
開戦は、告げられる。
片や信仰を求め、片や叛意を示し。
後に永く使われることになる祝詞が、静かに響き渡った。
「「我らがヲウカに決闘を」」
]]>
さて、その中の三国杯についてですが、いよいよ先日の5月28日のオンライン第二予選にて全ての予選が終わり、日本代表決定戦へと進出する選手が決まりました。見事進出を果たしたのは以下の選手たちです。
ジオグリア選手
FT選手
ヱゐ選手
ますたー選手
ジーコ選手
771選手
ジェイド選手
雪浦選手
tatata選手
テトまる選手
あどみぬす選手
岡たらこ選手
悠裏選手
雲と海選手
きくしょー選手
SG選手
たしか選手
この中から3名の日本代表を決定する日本代表決定戦は7月2日、京都は仁和寺御室会館の大会議室にて開催されます。ぜひとも選手たちを祝福し、決定戦での活躍を応援していただけると嬉しい限りです。
日本代表決定戦の
観戦&フリープレイ参加者の募集開始!
日本代表決定戦というイベントに参加できるのは予選を通過した選手だけではございません。観戦&フリープレイ枠での参加が可能です。選手たちを間近で応援し、そして代表選手決定の瞬間を共に見届け、共に盛り上がろうではありませんか!
それだけではございません。当日には新たなアナザー版メガミが先行公開され、それらのカードを印刷したシートを配布いたします。新たなる力を誰よりも早く体験し、新時代の対戦も楽しみいただけます。
さらに会場は世界文化遺産に登録がされておりますので、観光もお楽しみいただけます。
申し訳ないながら会場規模の都合で、観戦&フリープレイで参加できるのは24名までとなる見込みです。参加受付の開始は6月2日(金)の20:00からこちらのフォームとなりますので、参加を希望される方はこの時間にフォームより予約を頂ければ嬉しい限りです。
(2023/06/02更新)予定通り受付を開始しました。上記の通りこちらのフォームにて行っております。皆様のご参加、心よりお待ちしております。
※ 先日の展望にてお伝えした通り、新たなアナザー版メガミのpdfは7月4日に一般公開される見込みです。さらに7月6日には更新カードがpdf公開され、7月10日よりシーズン8−2が開始します。
そして次は起源の祭を楽しもう!
この話題はここまでですが、本日はもうひとつお知らせがございます。予選が終わり、通過した選手たちにとってシーズン8の競技的舞台はまだ続きますが、そうでない方々にはこれから目標のない時期となってしまうところです。それではあまり面白くありません。さっそく次の舞台を先んじてお伝えいたしましょう!
これまで三国杯にて完全戦を舞台としていましたが、今年2月から始まった新たな起源戦の終わりも8月、気づけばそこまでの時間はございません。そこで次は起源戦で盛り上がっていきましょう。そうです。「オンライン起源祭、2023夏ノ陣」です! こちらはシーズンの切り替わりが挟まり、シーズン8−2でのイベントとなります。
そしてもうひとつ。新型コロナウイルスの状況もある程度は落ち着いた今、オンラインに制限されすぎる必要もなくなってきました。ゆえに別途「オフライン起源祭、2023夏ノ陣」も開催いたします!
これまでのオンライン起源祭と同様にそれぞれ32人規模で、どちらも平時のイベントより豪華な賞品でお届けいたします。現状の予定は以下の通りです。
2023年7月30日(日) オンライン起源祭、2023夏ノ陣
2023年8月20日(日) オフライン起源祭、2023夏ノ陣
イベントの受付は6月中旬から下旬あたりに別途記事を出し、その記事公開から2日後の20:00より開始する形とするつもりです。こちらも参加のご検討をいただければ嬉しい限りです!
※ 起源戦は8月で切り替わりますが「オフライン起源祭、2023夏ノ陣」は現在の起源戦で使用できるメガミのままで行います。これは会場の都合と、シーズンが8−2へと切り替わってから1か月弱程度は時間をおかないと環境研究の時間が足りな過ぎるという観点を鑑みたものです。
※ 原則的に日程の変更はされない見込みですが、審判をお願いしている方の都合などにより調整が行われる可能性はあります。予めご了承ください。
※ オンライン起源祭、オフライン起源祭両方への参加は可能ですが、双方に参加する参加者が可能な範囲で少なくなるように人数調整を行います。調整は三国杯の予選と同じ方法を用いる見込みです。
本日はここまでとなります。次の舞台となるイベントたちをお楽しみいただければ幸いです。
]]>
そこには、脇息にもたれかかる少女の姿があった。
彼女は入室した恋離を目だけで認めると、眺めていた書をするすると巻いて、傍らに積まれた巻物の山に戻した。小ぶりな眼鏡を泰然と外し置くその姿には、若さを感じさせない女主人じみた風格があり、旅の道中とは別の一面を覗かせている。
「まあ、座り」
安岐那は、対面に既に置かれていた座布団を示した。眼光に宿す怜悧さは、茶飲み話に誘うものとは程遠い。
何せ鞍橋の郊外に位置するこの屋敷は、源上の商家でも本邸でもない。案内人を始め、邸内で見かけた者が漂わせていたピリピリとした気配は、普通の商人が漂わせていいものではないだろう。
ここは安岐那の拠点である以上に、隠れ家だ。
公には告発されていない彼女が隠すものはただ一つ。
そして、安岐那が恋離に求めるものも、限られている。
「久しぶりやな。ひと月くらいか?」
「ええ。少し道に迷っていたら、間が空いてしまいました」
「ほーん、さよか」
話を深掘りする気のまるでない相槌を打たれたところで、小間使いが茶を運んできた。
恋離同様、安岐那も話の腰を折られたというふうではなかった。堅苦しい挨拶も機を窺うような前置きも、二人の間には不要だ。あの沈痛な別れからこの瞬間まで、安岐那が見ているものが変わっていない何よりの証だった。
恋離とて、接触することで危険を持ち込む可能性を考えてなお、ここに来たのだ。
決して、友達に会うためなどではない。
この場こそ、次に繋げるための正念場だという意気込みが恋離にはあった。
「そんで……何か分かったんか?」
小間使いが去るなり、安岐那は頬杖に乗せた顔を少し突き出して、直截に問うてきた。
対して恋離は、ゆっくりと茶を啜った後、安岐那に見せるようにぴんと人差し指を立てた。
「一つ。使えるかもしれないものが」
「…………」
安岐那の瞳が、ありありと恋離を見定めようとし始める。
恋離の持って回った言い方は、許されるように協力を約束した者の物言いではない。しかし切り出そうとしている内容は、喝采と共に披露するような類でもない。
安岐那は、もったいぶられて不快や不信を抱くでもなく、恋離の態度の意味に思い巡らせているのだろう。そうしてくれるだけの信用はまだ残っているということだ。
あるいは、恋離が怒涛の一ヶ月を過ごしたように、安岐那もまた何かを成したのか。
前に進んだことは、温かい光に照らされる未来を意味しない。お互いが泥の中から掴み取った何かを手にして見合っているのが、この会談に違いなかった。
だから安岐那は、その暗黙の現状を理解したように軽く頷き、
「なる、ほどなぁ。いや助かるわ、ほんま。使えるかもっちゅうんは、まだ手に入れてへんいう話とかか?」
「いえ……手間取らせないためにも、まずは状況を踏まえて、実際に使えるかどうか判断するところからだと思ってます」
「賭けるにしても、外堀は埋めんといかん、と?」
「大体、そう思って貰えれば」
片や具体的な話を求め、片や本題に踏み込まない。
前置きを抜いたはずにもかかわらず、いきなり平行線が生まれたがために、部屋の空気が微かに冷えた。
けれど、恋離とて不信を根付かせようというつもりはない。前置きはなくとも段階を踏みたかったものの、安岐那の眼差しは「議論の壇上にくらい上がってこい」と訴えている。
故に恋離は、懐に手を伸ばした。
安心させるように小さな微笑みと共に見せたのは、飾りのついた綺羅びやかな鈴。
ヲウカに押し付けられたこれをどう概説しようか考える恋離だったが、眉を動かした安岐那を見て、口を閉ざした。
「ほう……これまたけったいなもんが出てきたなあ。よう見してや」
頭の中で何かが繋がっているのか、安岐那の口元は少し楽しげだ。
貸した桜鈴をためつすがめつ眺めながら、彼女は考えを呟いていく。
「ええ作りしてはるけど、むしろ人間味なくて恐ろしいくらいやな。ほんで、いかにも桜サマ、って感じのこの造形、権威の匂いがぷんぷんするなあ。桜花拝の連中とかは好きそやわ。そういや、あいつら最近随分元気やったっけか。なあ?」
「……別に、宮司に転職したわけではありませんよ」
「そらそやろ。それやったらこの屋敷はとっくに木端微塵や」
鼻で笑った安岐那に、恋離は内心息を呑んでいた。
何も説明していないのに、安岐那はこれがヲウカに絡む代物だと既に看破している。怒りに駆られない冷静さもさることながら、小さな鈴一つの背景に至る観察眼と、情勢とかけ合わせて紐解いた慧眼は、恋離が想像していた以上だった。
彼女は以前、自分のことを駆け出し商人と名乗っていた。東部支部を預かっているというのも、現時点では縁故によるものが大きいと当時の恋離は思っていたが、改めてそれは大きな間違いだったと確信していた。
安岐那は、大商人の器だ。その才覚は、既に十全に発揮されている。
志水という英雄に並び立つのに、十分なほどに。
やがてメガミの座に手を伸ばすほどに。
「まあええわ。見せてくれてありがとさん」
返された桜鈴をしまう間に、安岐那は口を湿らせるように茶を一口含む。
それから躊躇いを吐き出すように長い溜息をつくと、どこでもない宙を見上げて、ぼんやりと口火を切った。
「こっちはな、桑畑のこと調べてん。しーやんに、結局何してくれたんかをな」
煙管でも持っていたら、ふかしていそうな雰囲気だった。
しかし安岐那は、友人への所業を努めてただの情報に落とし込んで、語ってくれた。
「連中が、正体もよう分からんメガミの遺骸を手に入れたんは、ほんまに偶然だったらしい。崩れかけの身体で、存在が行き場をなくしたみたいに揺らめくだけの、黒い影。せやけど、そこにごっつ大きな力があんのは明らかだったわけや」
「…………」
「当時から桑畑じゃ、勢力拡大のためには将来的に根っこからの兵力の増強が要る言われとったもんで、渡りに船やったんやろな。持ち帰ったソレをうまいこと活用できんか、あれこれ模索したわけや。その目的が、ミコトの強化や」
ほぼ生まれつきで決まるミコトに命を取り合いをさせる時代にあって、兵力の問題はどの家も課題だった。恋離の生きた時代よりもミコトの割合は多いように感じられたが、それでも残酷な浪費に追いつくほどではないだろう。
一騎当千の兵という夢を前に、倫理観は屑籠に放り込まれた。
野望に心を焼かれていなければ、到底手を出せない行いである。
「んで、結果的に行き着いた術っちゅうのが――」
「……ミソラの矢」
ぽつり、と恋離が続きを引き取った。
このひと月ばかり、本来の目的に向けて動いていた傍ら、考察を続けて辿り着いた答えがそれだった。
もちろん、ある程度の自信はあれど証拠を揃える暇はなかった。けれど、自分は答え合わせに来たのだと、信頼を積み重ねるためにも臆す余裕もまたなかった。解決策は、原因を正しく思い描く必要があるのだから。
果たして安岐那は、にぃ、と笑った。
そうして反応を見せてくれたのは、友人だからだと恋離は思いたかった。
「せや。眠らされてたしーやんは、実際何されたかまでは分かってへんかった……けど、実験がいつやったか聞ければ、後は御用商人の立場の最後の使い時や。ちょうど似た時期に、ミソラ様がすっぱり隠れはったらしいって調べついたときは、これや! 思うたわ」
拳を握って見せる安岐那は、どことなくやるせなかった。
戦国時代が下ってからは請願を拒否し始めていたメガミ・ミソラだが、元々関係の深かった桑畑家とは、縮小しつつも最後まで縁が続いていたはずだ。それは、ミソラのミコトが減る一方の戦国で、未だに桑畑が弓兵隊を組織していられるという事実が証明している。
恋離を始めとした後世の歴史家は、人殺しのために持て囃された憂いの延長として、最終的に桑畑もミソラから縁を切られたと思いこんでいた。
だが、もっと別の縁の切れ目があったとしたら?
ミソラが見限るに足る行いに、桑畑が手を染めていたのだとしたら?
その仮説は、恋離がなかなか答えを出せずにいた『どのようにして志水にウツロの遺骸を埋め込んだのか』という疑問と結びつき、一つの答えに昇華した。
肝は、空と……そして自由の象徴たるミソラの権能にあった。
「ミソラ様のお力の本質は、万象から自由になった矢を射ることに集約される。桑畑が研究しとったんは、遺骸を埋め込んだ矢で、人にメガミの力を縫い付けることだったわけやな。ちょうど、壁に刺さった矢文みたいにな」
「肉体に、なんて生易しい話ではないはずですよね」
「それやったら簡単だったんやろうけどなあ。もっとしーやんの本質的なとこに縫い留められてんねやろ。……ほんま、死なへんかったからまだええけど、おっそろしいわ。射ったアホの面見てみたいわ」
毒づく安岐那に、恋離は頷いた。
権能を鑑みれば可能とはいえ、人の身でこれを為せるのは相当な達人に限られる。並のミコトがやろうものなら、狙いを誤っていたずらに死体を積み重ねるだけだろう。あるいは、と人知れず死んでいったかもしれない名も知らぬ被験者の末路が、恋離の脳裏をよぎる。
けれど、桑畑が使えそうな手はこれくらいしかない。生体に詳しいオボロ率いる忍は対抗勢力に手を貸していたし、奇天烈な絡繰を創造するクルルが世に現れるのはまだ先の話だ。
射られた志水の本質が心のようなものだとしたら、声に蝕まれる苦痛は想像を絶する。
自分が自分であるうちに――そう言った志水という存在は、射られた木板の標的のように、もう割れかかっているのかもしれなかった。
「この説に則るなら、早々に矢をなんとかしないといけないわけです。抜くのか、壊すのか、我々ではまだ想像の域を出ませんが」
「それな。同じミソラのミコトに出張ってもらうしかないんちゃうか、とは考えとる」
顎をさすり、眉間にしわを寄せる安岐那。
せやけど、と彼女は続けて、
「仮に矢をどうにかしたっても、解放されたウツロの本質がどうなるか分からん。変に暴れるいう心配より、しーやんから追い出されたらほんまに消えてまうかもしれんわけやろ? しーやん助けるため言うても、メガミにトドメ刺すんは流石に、な。一応、あれは助けてくれたんや思てるし……」
ヲウカの襲撃から逃れる決定的な一手となった影渡り。志水の意志ではなかったあれのおかげで、三人とも幽邃渓谷に沈むことなく生きていられる。
そもそもウツロの遺骸が埋め込まれなければ、というもしもはあるものの、ウツロ本人とて今の形を望んだわけではあるまい。それらの心情まで一緒に天秤に載ってしまうと、さしもの安岐那も複雑な気分のようだった。
しかし恋離は、正直な安岐那の考えまでを聞いて、表情を緩めた。
「想像から大きく外れていなくて安心しました。その点は、自分が力になれるでしょう」
「……そらええ知らせやな。で?」
語気を強く、改めて安岐那が睨む。だったら本題に移れ、と。
友人としてこの場に臨んでいるのか、ただの協力者としてなのか、恋離はのらりくらりと態度の先送りを続けてきたが、安岐那はその意図をある程度理解していそうだった。
これまでは、前提の擦り合わせ。
ここからは、その上での交渉。
安岐那の鋭い眼差しは、天秤の皿に正しく品が載せられるか、見咎めるようなものだ。段取りそのものが不穏であることまでは、彼女には隠せるはずもない。
「ええ、ええ、もちろんそのつもりです。ですが――」
ちらちらと周りを確認し、腰を上げて安岐那の隣に移った。
そして、耳打ちすべく顔を近づけた恋離は、同時に今の己の力の拠り所たる衣も意識した。
動き始めた恋離の口元に、突然異様に濃い霧が立ち込めた。
会談が行われているこの部屋そのものは、先程までと変わらないごく普通の屋内だ。
けれど、たとえ見る角度を変えたところで、恋離がどう囁いているか詳しく判ずることはできない。
その声もまた、霧に吸われたように定かではなかった。
すると、そのうち安岐那の表情がみるみる変わっていった。
それは救いを見出した喜びでも、絶望を知った悲しみでもない。
怒りだ。
じゃれ合う中で見たものとは天地ほども違う、凄まじい怒りの形相を安岐那は浮かべ、やがて堰を切ったように歯ぎしりを鳴らした。
「ええ加減にせぇや、ボケェ! いてまうぞ!」
脇息を激しく叩き、感情が噴き上がるのに身を委ねるように彼女は立ち上がった。勢い余って脇息が弾き倒され、側に積まれていた巻物の山が盆の上で小さな雪崩を起こす。
それでも恋離は、驚かなかった。
けれど、怒らせるに足る提言をしても、悪びれる様子もまた、ない。
「そのお怒り、ご尤もかと拝察致します」
言葉遣いを変え、姿勢を正す恋離の眼差しは、真摯だった。
もちろん、敬っているのは煽り立てているからではない。未来では、必要以上に畏まった態度をあまり好まないのも知っている。
それでも、安岐那はそうすべき相手だった。
その才覚に立脚した願いならば、そうするのが人としてのけじめなのだ。
「故にこれは、私からの請願であり、貴女への挑戦なのです」
「な、にを……何をほざいてんねや! メガミでもないウチに請願なんてどういう了見や、気ぃでも狂ったんとちゃうか!?」
「二言は、ありません」
「っ……!」
真剣な瞳は正気を宿し、安岐那は気圧されたかのように一歩足を引いた。
恋離にはそれが、希に歴史を渡る選択を切り出されたときの自分に少し重なって見えた。泣き腫らした目元に乗っけた希の真っ直ぐな眼差しに、湧き上がってきた胸を掻きむしりたくなるような感情も押し込められて、しばらく何も言えなかった。
大いなる命運を宿す者は、誰が見ても明らかである。
言葉を見つけられないでいる安岐那は、恋離が持つその片鱗を察してくれたようだった。間違いなく論理を超えた先にあるそれに、すぐには考えがまとまらないのだ。
あのときの古鷹天詞とは違い、安岐那はただ見送るだけではない。
彼女はそれを理解して、冷静さを引き戻し、思考を止めていない。
ここは、ただ友を救うために知恵を出し合うだけの場ではない。
恋離は確かな手札を持っていると宣言し、明かせるだけの目的も明確に告げた。
故にこれは、請願であり、交渉という挑戦だ。
どんなに荒唐無稽に聞こえる話であっても、果てに待つ損益のために現実を紐解き、画図を描き、道を拓くのが商人という生き物。
安岐那には、その道を進んでもらわなければならなかった。
「話、聞かせてもらおか?」
どかり、と忙しなく座り直した安岐那が、顎で席に戻るよう示してくる。
怜悧なる瞳が、本当の交渉の始まりを告げていた。
人の海が、割れる。その波を作るのが、いつも口うるさく形式張る宮司たちとあれば、胸がすく思いを恋離とて禁じ得なかった。
桜花大社――その中ほどに広がる回廊を、恋離は安岐那と共に堂々と歩んでいた。
生まれて初めて立ち入った大社は、建造物に偉大なる権威を纏わせる手本のような造りをしていた。豪華さと上品さをかけ合わせた雰囲気は、古鷹邸とはやや趣を異にする。これでいて港町たる蟹河は実に質素な街並みなのだから、落差に目眩がしたほどである。
宮司たちもよもや、主神の最賓客がひと月のうちに実際来訪するとまでは思っていなかったのだろう。それも一見してただの小娘二人だったのだ、権威を尊ぶ大きな組織に生きる人々が騒然とするのも無理はない。ましてや、案内する宮司はヲウカの右腕を名乗る重鎮だった。
だが、今の恋離にとって彼らは全て些事だ。
本人に貰った通行手形を掲げるのに、躊躇いがあろうはずもない。
だから堂々と、安岐那と二人で行軍しているのである。
「……やはり貴様か」
やがて大社の中を進んでいった先で、最奥に備えられた綺羅びやかな襖に行き当たった。そこでは宮司が一人、険しい視線と共に番人のように恋離たちを迎えた。斬華大社でも会った、左沼だった。
恋離は彼に目礼を返して、
「お久しぶりです」
「貴様が何を考えているかは知らぬが、分かっているだろうな? ヲウカ様に仇為すようなら、吾輩がすぐに駆けつけ、直ちに始末してくれる」
彼から過日同様に敵意を向けられる。ヲウカの臣下として恋離たちを真剣に見定めてくる一方で、恨みがましい苛立ちを当てつけのように滲ませている。
そんな左沼を、先導の宮司が目で制する。
「先走るな、我らはヲウカ様の意志に従うのみなのだから」
「言うな正村、弁えているとも……」
睨み返した左沼は、それきり沈黙を選んだ。
老宮司の正村は感情を表に出さず、厳かに恋離たちに一礼し、
「左沼が失礼しました。奥で、御前がお待ちです」
そうして開かれた先に広がっていたのは、御簾が左右に渡された部屋だった。手前側はほとんど何もなく、御簾で隔絶された向こう側に広がっているであろう高貴な世界との差を否応なく感じさせる装いだ。
ある程度広々とした空間のはずなのに、圧迫感がある。御簾のこちらには、恋離たちの他には誰もいないのに。
正村に案内され、中央は正面に安岐那と並んで座す。
「お連れしました」
そして彼は、予めそう言いつけられていたのか、返事を待たずに恋離たちの正面の御簾をするすると巻き上げていった。
露わになる、この部屋の――否、この大社の主。その名をヲウカ。
優雅に、それでいて傲慢に、最奥にて待ち受けていた女傑は、脇息にしなだれかかっていった身体をややも起こし、訪問者を流し見た。
「下がりなさい、正村」
「はっ」
丁寧にヲウカと恋離たちに代わる代わる頭を下げた正村が、衣擦れの音だけを残して部屋を辞した。
左沼の警告を鑑みずとも、こうして宮司抜きで、しかも直にヲウカに謁見できるのが異例中の異例というのは明らかだろう。思ったより活動的だったのも、こうして己を秘匿していたからこそなのだと頷ける。長巻使い以外にも、彼女は歴史に潜んでいるかもしれない。
ある程度本音で話してくれるという、ヲウカからの意思表示。
それは、恋離への期待に対するものだとも理解はしていた。
「こうして来たということは、我々の助けとなる決断をした、と考えてよろしいですか?」
単刀直入に訊ねてきたヲウカに、恋離はある意味での肯定を返した。
「そうですね、自分に手伝えることもあるかと思いまして」
「そう……それは良かった」
やや迂遠な答えに、それでもヲウカはひとまず満足したようだった。腹に一物を抱えていると知ってなお重用するのか、あるいはそれすら呑み込む自信があるのか、そこまでは恋離には分からなかった。
むしろ今、彼女の興味は別にあるだろう。
桜の光が滲んだ瞳が、安岐那を射抜いた。
「それで、隣のお友達は一緒に遊びに来たのですか?」
冗談が、圧力になる。恋離に倣い、頭を垂れない彼女は何様なのか、と。
しかし恋離とて、同席を訝しまれることは想定済みだった。
恋離は、簡潔に安岐那を紹介する。
「こちらは、源上安岐那さん。鞍橋商店会東部支部の統括であり、桑畑家の御用聞きでもあり……その娘、桑畑志水の朋友でいらっしゃいます」
「桑畑志水の……ああ、そういえば」
記憶を掘り返していたであろうヲウカは、あの惨劇の夜のことに思い至ったらしい。この様子だと、志水と恋離に気を取られて、三人目の罪人のことを取るに足らない存在だと忘れかけていたようだった。
ただ、思い出せばそれはそれで不思議を生む。反逆者の仲間を伴って来た意味を。
一見して、ヲウカにとっては一度殺し損ねた存在を差し出されたようなものだった。恋離が立場を安泰なものとするための手土産と取れなくもない。
けれど、当の安岐那は堂々と、恐れることなくヲウカと対峙している。あのとき命乞いをしていた少女とはまるで雰囲気が違う。
ヲウカは、面白そうに笑みを浮かべた。
「いいでしょう、拝謁の栄誉に浴することを許します。しかしまさか、儲け話を持ってきたとは言いませんよね?」
第一関門を突破し、恋離は安岐那と目を合わせて頷いた。
じり、と安岐那が座布団ごと前ににじり寄り、恋離は黙ってそれを見送る。
安岐那こそが、この場の主役だと宣言するように。
「改めまして、源上安岐那言います。なんやえらい仰々しい肩書で紹介されましたけども、桑畑さんと仲良うさせてもろうてたくらいのもんで。誰かさんのお金を右に左に、人よりちぃとばかしええ感じに流すだけが取り柄の、若輩の商人にございます」
淀みなくすらすらと、以前殺されかけた相手を前にしているとはまるで思わせない。緊張しているから言葉数が多いのではなく、これが彼女の流儀なのだろう。
それはいっそ、今まさに桜花決闘に臨むミコトのよう。
メガミの力を宿すように、安岐那は千千に咲く刃を抜こうとしている。
「ヲウカ様の心配はごもっともですけど、今日は金勘定しに来たわけやありまへん。ウチも、東部支部統括の名前は今は置いてきてるつもりです。まあ、何かご用命があれば、商会としては大歓迎なんですけども」
「残念ながら間に合っています」
「っかー、こら厳しい。商人としてはもっとお近づきになりたいんですけどね、桜花拝さんこの先勢いづいていくわけやし。……目の上のたんこぶ、このままうまいこと引っ込んだら、のびのびできますやんか」
笑顔の中で、瞳が鋭利に閃いた。
この桜花大社がある蟹河に、北西からのしかかるように広がる桑畑の勢力圏。信仰上の要所たる咲ヶ原は陰陽本殿にまで手を出されるのは、桜花拝として面白いわけがない。
その対立に打ち込んだ楔が桑畑の惨劇であり、志水を介した家への糾弾である。
恋離が未来の歴史を開示するまでもなく、桜と共に生きるこの地の人々全てを敵に回すことになった桑畑家は、間違いなく勢いを落とし、やがて没落するだろう。
だが、それはつまり、仕組まれた惨劇は既に十分な効果を生んだということ。ヲウカは、目的をほぼ果たしているはずなのだ。
しかし、幕はまだ降りてはいない。
舞台の上では、役者が未だに踊っている。
「ウチらにとっては、まだ終わりやない。この状況の着地点はどこか、この先の未来をどうするか……お話、させてもらいに来ましたよ」
じっくりと、安岐那が微笑みを浮かべる。落ち着き払った彼女からは、静かに確固たる気迫が振りまかれている。
許しを請いに来たのではなく、これは交渉の始まり。
切った張ったの戦闘だけが戦いではない。大商人という彼我の利益を釣り合わせる達人は、人の命運を決める交渉にこそ相応しい。
ならばここは、安岐那の戦場。怜悧の炎を瞳に宿し、臨む様もまた気炎万丈。
恋離はただ、彼女をあてがい、送り届けるだけでよかった。ひよっこ為政者としての自身の経験などよりも、類まれなる商売人としてメガミに至る者の才覚をこそ、恋離は信じた。
もっと言えば、英雄の背中を押した。
自覚のない安岐那にどうにか納得してもらって、試練の場に導いた。
後世には遺されていないこの一席を、最上の形で終えてくれるだろうという確信を持って。
「あぁ……」
泰然と立ち向かう安岐那の姿に、人知れず息をつく。
選択は間違っていないという自信はあった。けれど、主神に物怖じせず口火を切った安岐那の気勢に、それ以上のものを恋離は感じていた。
安岐那がメガミに至った逸話の真実、その片鱗。
もしかしたらヲウカとの戦いは今日この時だけではないのではないか。これから永きに亘り、メガミへと至った後も続いたのではないか。それこそ、桜花歴が始まる百年以上先まで。
この秘匿された刃なき戦いに、歴史家としての恋離が脳裏に名を浮かべた。
之即ち、天秤の戦い、と。
「そういうことでしたか。しかし着地点も何も、こちらの態度はあの夜から変わっておりませんが」
安岐那が告げた戦いの内容に、ヲウカはわざとらしく困ったように返した。恋離を懐柔しようとした下りを飛ばしているが、安岐那の出方を窺おうとしているのかもしれない。
だが、その安岐那は勝ち気に口端を歪めた。
受けに回るのであれば攻める用意があるとでも言いたげに、彼女は少し前のめりになってヲウカに向かって手を差し出す。
そして安岐那は、早々に核心を放った。
一見無謀でしかない、その提案を。
「そんなら、やりたいわけですよね? あの夜の続きを」
]]>
こんにちは、BakaFireです。今週末はいよいよゲームマーケット2023春ですが、以前にお伝えしていた通りBakaFire Partyは出展しないことを決めております。参加する皆様がぜひ素晴らしい作品と出会い、お楽しみいただけることを祈りつつ、私は自宅で原稿作業に邁進いたします。
一方でゲームマーケットがないと本作の流れとして奇麗な節目がなく、少しおさまりが悪い気もします。そこで本日は2月にお届けした今後の展望記事の確認と振り返りもかねて、今後の計画とご報告をさせていただきます。
大枠の計画に変更はありませんが、アクリル集中力コレクションやシーズン8-2に関しては2月での展望からスケジュールが調整されています。こちらにてまとめる形にてお詫び申し上げます。申し訳ございません。前者は韓国、中国との製造や輸送に伴う調整に、後者は三国杯の日本代表決定戦の日程に由来します。ご理解、ご容赦願えれば幸いです。
それでははじめましょう。時系列に沿って5月から8月の内容のうち、確実に発表できるものだけをお伝えします。(それ以外の計画もいくつか進めていますので、上手くいくことを祈っていただけると嬉しいです!)
5月 三国杯オンライン予選
三国杯は日本、中国、韓国が合同で開催する交流イベントとして計画通りに進められております。繰り返しとなる要素が多いためここでは割愛します。詳細を知りたい方は下記の特設サイトをご覧ください。
5月前半には東京予選が滞りなく開催され、6名の選手が決定戦へと進出しました。続く5月20日と28日ではオンライン第一予選と第二予選が行われ、それぞれ最大で6名ずつの選手が進出します。参加する全ての皆様を応援しております。
5-6月 神座桜縁起 前篇、集中掲載
これまで2、3週間に1話のペースで掲載してきた公式小説『神座桜縁起 前篇』は現在少しだけお休みを頂いております。ですが5月後半から6月にかけてはより早いペースで掲載し、完結に向けて走っていきます。
時を遡り、戦国の時代へと流れついた夜山恋離が挑んだ旧き謎の正体、そしてその果てに見出した彼女たちの命運にご期待くださいませ。
6月 神座桜縁起 後篇、連載開始
そして6月下旬、『神座桜縁起 前篇』が完結したらそこからさほどの間は空けずに公式小説『神座桜縁起 後篇』の連載が始まります。眠る脅威を巡る決戦に、どうかご期待くださいませ。
7月2日 三国杯日本代表決定戦
7月2日には予選を通過した最大18名が、3名の日本代表の座を巡って競い合う「日本代表決定戦」が開催されます。
こちらのイベントは選手以外にも20名弱ほどのフリープレイ、観戦の参加が可能となる見込みです。そちらの受付は全ての予選が終わった後、6月頭を予定しております。会場は京都の世界遺産である仁和寺さまですので、一緒に観光もお楽しみいただけると思います。皆で選手たちを応援し、日本代表にエールを送りましょう!
さらにそれだけではございません。決定戦ではシーズン8-2で追加されるアナザー版メガミ1柱の全カードが先行公開され、フリープレイの中でお楽しみいただけます。
補足:カード更新の内容はお伝えしません。それは現在競技的に用いられているカードへの評価や今後の変化が明示されてしまうことが、選手が試合に向き合う面で心理的に影響してしまう可能性を考慮したものです。また同様の理由より、カード更新の発表をこの日付より後ろにする指針としました。ご理解いただければ幸いです。
7月4日 新アナザー版メガミpdf公開
7月6日 シーズン8-2カード更新
7月10日 シーズン8-2開始
上述の通り、7月2日に発表されたアナザー版メガミの全カードがpdfでも公開されます。2日の差があるのは私が帰宅しないと作業できないからです。ご容赦ください。
さらに7月6日にはシーズン8-2におけるカード更新内容がpdfで公開されます。
そして7月10日からシーズン8-2が開始し、新たなアナザー版メガミと更新されたカードが大会などで使えるようになります。
補足:今回にpdfで追加や更新を行うのは2月の展望でお伝えした通りです。ゲームマーケット2023春に出展せず、そちらでの新製品の発売を行わない一方で、環境が一切変わらないままでは魅力的ではありません。少しばかり不便をおかけして申し訳ありませんが、今回はこの形でお楽しみいただければ幸いです。こちらもお伝えしている通り、シーズン8と8-2の更新パックや現在品切れとなっている『幕間:風花晴天』収録の更新パックは次の拡張である『神座桜縁起 後篇』に収録されます。
7月 『アクリル集中力コレクション』三か国同時発売
韓国のKorea Boardgames様の協力を受けて作成を進め、サンプルの完成まで無事に進みました。続けて工場での生産、船での輸送を経て日本に届き、7月に発売できる見込みです。
こちらの製品は日本、韓国、中国すべてで同日に発売する計画となりました。各国の皆様も併せてご期待いただければ嬉しい限りです。
8月 『玲瓏四季折々・夏』発売
こちらは完全に予定通り8月に発売する見込みです。カムヰ、レンリ、アキナ、シスイ全ての切札についてフルアートキラ版が収録されます。ゲストイラストレーターによるカードも同梱されます。
その他コンテンツにつきまして
メガミへの挑戦シリーズ
申し訳ないながらペースを落とす形で不定期連載とさせていただいております。理由はゲームマーケット2023秋頒布の『神座桜縁起 後篇』に製品内容を盛り込んでいくにあたり、TOKIAME先生のイラスト作成のスケジュールが厳しいためです。
イラストストーリー『あなたとメガミの空模様』
KADOKAWAのG'sチャンネル様にて連載中の企画です。これまでの連載と同様に月1〜2回程度のペースでこちらも連載してまいります。
動画の作成
本当にお待たせして申し訳ございませんでした。晩夏の大決闘祭の動画はすべて無事に公開いたしました。動画作成に協力いただいた全ての皆様と、選手の皆様にこの場でもお礼申し上げます。ありがとうございました。三国杯本戦が終わりましたら、また近い形で動画作成を行えるよう検討しております。
選手たちの奮戦を通し、動画をお楽しみいただければ幸いです。高評価、チャンネル登録よろしくお願いします!
本日はここまでとなります。展望の現状と次なる実現をお楽しみいただければ嬉しい限りです。次の展望記事は日本代表が決まった頃、三国杯の本戦やそれ以降のイベントをお伝えするためにお届けする見込みです。
]]>
※ 第6回は『第七拡張:徒桜団円』の限定収録となります。
※ 第12回は『新劇拡張:神座桜縁起 前篇』の限定収録となります。
あれこれ説明は不要な方はこちらをダウンロードし、印刷、断裁し、ルールをお読みの上でお楽しみくださいませ。イベントの盛り上げにも自由にご活用ください。
※ webサイトの追加コンテンツページではこれまでの連載全てを掲載しており、ダウンロードできます。
メガミへの挑戦シリーズについて
※ この段落は第1回の記事と同様です。ご存じの方は読み飛ばして問題ありません。
本シリーズについて、歴史も交えて簡単に説明いたしましょう。このシリーズは『第二幕』で大好評だった「メガミに挑戦!」シリーズを新幕に合わせてアップデートしたものです。『第二幕』最初の交流祭で始まり、概ね月刊で連載され、全13回で完結しました。
内容は特殊な1対1対戦モードです。プレイヤーはメガミと挑戦者に分かれます。メガミ側は極めて強力な原初札を用いる代わりに1柱しか使えず、挑戦者は相手のメガミと原初札を見たうえで宿す2柱を選びます。ロールプレイの楽しさ、壊れたカードの楽しさ、攻略の楽しさ、ゲームマスターの楽しさなど、普段の対戦とは一風変わった体験を味わえるおすすめのカジュアルモードです。
新幕ではカードパワーが高まっているため、その中で原初札をデザインすると1枚あたりのテキストが長くなりすぎる懸念があります。そこでメガミ側のボーナスを神座、原初札、拡張札に分割し、自由かつ分かりやすいデザイン空間を確保しました。細かいルールはダウンロードしたルールシートをご覧ください。
おまけ:英雄戦への挑戦
プレイテストを通してすさまじく弱体化されました。これまでにないタイプの強さであり、こんなに強いのかと驚いたものです。現状のバージョンでは勝利できる確認が取れております。
]]>
2023年5月禁止カード
全体で禁止
黒き鎧
こんにちは、BakaFireです。昨日の公式イベント告知でもお伝えしましたが、現在本作の関連ではストーリープロットの作成、三国杯の運営、次の拡張の開発を中心に動いています。次に発売する製品であるアクリル集中力プレートの作業はすべて終わっており、あとは他国での印刷や郵送次第という状況です。
禁止改定につきまして
今月も変更はありません。繰り返しとなりますが状況は変わらず、さらに同じ大会の別予選の節目であるため、平等性の観点から先月以上に変更すべきではありません。念のため2月の文章を再掲します。
1月の禁止改定は概ね期待した通りの影響を与えています。そして禁止の理由でお伝えした通り、今はゲーム体験を損なう水準の問題は起きておらず、競技的な水準における楽しみを増やす意図で改定を行っています。ゆえに環境へとこれ以上の介入を行う理由は乏しく、強引に行うと楽しさよりも混乱の方が勝つと評価しております。
次回改定と諸々の告知
次回の改定は6月5日(月)です。三国杯の予選が終わり、日本代表決定戦との節目ではあるため、一応変更の可能性は今月よりは高いです。しかし同じイベントの予選と国内本戦であっても環境を変えるのが望ましくないのは変わりませんので、やはりよほどのことがない限り変更は行わないでしょう(日本代表決定戦はシーズン8の環境で行われます)。
]]>
本日は三国杯を含め、5月、6月、7月頭の公式イベントをお伝えし、募集を開始いたします。また賞品に関する変更はありませんが状況を整理するために改めて掲載します。5月のお気楽交流祭の募集は本日に始まり、こちらのページのフォームより承っております。
まず、イベントを一望いたします。その後、個々のイベントに触れていきましょう。
2023年5月20日(土) 三国杯オンライン第一予選
2023年5月21日(日) お気楽交流祭:秋葉原の部、五月
2023年5月28日(日) 三国杯オンライン第二予選
2023年6月18日(日) お気楽交流祭:秋葉原の部、六月
2023年7月2日(日) 三国杯日本代表決定戦
2023年5月21日(日) お気楽交流祭:秋葉原の部、五月
2023年6月18日(日) お気楽交流祭:秋葉原の部、六月
気軽に遊べる対戦イベントであり、参加賞や対戦賞もございます。初心者体験会も併催されており、ルールに自信のない方やイベントに初めて参加される方も大歓迎です。皆様のご参加を心よりお待ちしております。
作成中の「メガミへの挑戦」シリーズの新作や、カジュアルなコンテンツも随時お持ちいたします。出し物にご期待いただければ嬉しい限りです。
5月のお気楽交流祭の募集は本日に始まり、こちらのページのフォームより承っております。6月のイベントの募集は5月の中旬ごろに開始します。
(2023/05/18追記)6月のお気楽交流祭の募集も本日に始まりました。同じくこちらのページのフォームより承っております。5月のイベントともども、皆様のご参加をお待ちしております!
2023年5月20日(土) 三国杯オンライン第一予選
2023年5月28日(日) 三国杯オンライン第二予選
2023年7月2日(日) 三国杯日本代表決定戦
シーズン8の大型イベントであり、3カ国の交流イベントにおける代表選手を決めるためのイベントです。詳しくは特設サイトをご覧ください。
日本代表決定戦の観戦、フリープレイのための入場枠は他の予選が全て終わった後で募集を開始いたします。
続けて、大会賞品についてもまとめを行います。4月から6月にかけての内容については変更はありません(下記の追記で補足が行われました。混乱させてしまい申し訳ございませんが、ご一読お願いいたします)。
2023年4-6月賞品内容
起源戦優勝
完全戦優勝
お気楽交流祭追加参加賞
お気楽交流祭試合数賞品
4-6月はゲームマーケット2022秋で配布されたプロモーション集中力「レンリ」の復刻期間となります。この機会にぜひともイベントにご参加の上、入手していただけると嬉しい限りです。
(2023/05/18追記)復刻期間として進めておりましたブラックキラカード「ゆらりび」につきましてですが、こちらの在庫も切れつつあります。したがって在庫の切れた分のイベントよりキラカードの賞品をブラックキラカード「炎天・紅緋弥香」の復刻へと変更させていただきます。告知後の方針変更となり大変申し訳ございませんが、ご容赦頂ければ幸いです。
ブラックキラカード「炎天・紅緋弥香」の在庫が切れましたら完全戦の賞品よりブラックキラカードが除かれます。但し、8月発売のフルアートキラカード製品と合わせて新しいブラックキラカードを作成する予定です。そちらが完成しだい賞品が切り替わります。
本日はここまでとなります。最後にもう一度、公式イベントへの参加はこちらのページのフォームより可能でございます。皆様のご参加、心よりお待ちしております。そして新たな栄光に向け、公式公認様々なイベントの戦乱へと身を投じましょう。
]]>
二人の姿は、閑寂な銀世界にあった。
里を離れて幾許か、海岸や鉱山への通り道からも外れた見晴らしのいい崖の上で、恋離はこまりと――いや、常世郷花鳥と向かい合っていた。
あの後宿にも寄らずに来たものだから、花鳥はすっぴんのままで、選ばれたこの舞台も気を抜けば雪に足を取られるような酷い場所だ。そこに、強行軍を終えたばかりの恋離が疲れた顔をぶら下げているのだから、客が集るような光景ではなかった。
しかし、恋離も花鳥も、二人だけのこの舞台を良しとしていた。
この舞踊は見世物であってはならない。先導した花鳥の背中はそう語っていて、恋離にも異論はなかった。後世の芸術家が垂涎する舞を独り占めするつもりはなく、神座桜に見守ってもらう必要さえないのだと、自然と納得していた。
俯いてばかりだった恋離が今、背筋を伸ばせているのは、ひとえに花鳥がそれだけの姿勢で相対してくれているからだ。
石板の仮面を被り、扇をはらりと流麗に顕現させる花鳥に、懐かしき古鷹を思い出す。
ある意味恋離は既に呑まれているとも言える。けれど、仮面の系譜に導かれた時点で、袖から引っ張り出されていたようなものだった。
「…………」
故に、語る言葉は持たず。舞台の上にて許されるのは台詞のみ。
これから行われるのは正しく舞踊なのだと、指先までぴんと張り詰めた花鳥の構えが強いてくる。それもまた、無言でもう一度倣うよう求めてきた父親を想起させたけれど、少しでも相手に集中するにはちょうどよかった。
防寒着にしていた衣を戻し、代わりに手にするは花鳥と同じ扇。
象徴武器でも顕現武器でもない、ただの模倣品。
半端者が持つにはお似合いの贋作と共に、恋離は花鳥の鏡映しになるような構えを取った。
灰色の空の下を流れる寒風が、積もった粉雪を撫でていく。
やがて二人の呼吸が、拍子の速さを示し合わせるように共鳴を始める。
そして、それは揃った。
緩やかな加速のある、戦いの到来を予感させる打拍に、口は鼓の音を鳴らした。
「「ハッ!」」
重なった開演の合図が、広大な雪原に溶けていく。
最初はどちらも、ゆらゆらとそよ風に弄ばれる細雪の如く舞い、前へ詰めていく。描き加えられた情景は、まさにこの仄暗いだけの曇天に欠けていたものだ。
そして、役者同士がしばしば向かい合う距離で一度足踏みした恋離は、開いた扇を剣閃の如き鋭さで飛ばした。
無論、と言うように、花鳥からもそれは同時に放たれる。
獲物を奪い合う鷹のように交錯した二枚の扇は、互いの主を啄んだ。
「っ……!」
内心覚悟していた恋離は、腕を切り裂かれた痛みを密かに奥歯で噛み殺した。全く顔の強張っていない花鳥との差も、一緒に呑み込んだ。
白銀になびいた桜吹雪を手繰り寄せるようにして、再び扇を顕すと、残りの間合いへ互いが互いの動きを窺うように踏み込んでいく。それは二人が背中合わせで肉薄するまで続き、息を呑むような間隙が生まれた。
「「…………」」
実に美しく、呼吸の合った演舞であり、演舞の始まりだった。
それから恋離は、くるりひらりとその場から離れ、何度も稽古を重ねたかのようにぴったり同時に花鳥と目が合った。
彼女の顔の右半分を覆う仮面が、淡く輝く。
ここから第二幕が始まる――歴史を俯瞰する相貌にそう告げられているようで、恋離の脳裏で存在しないはずの台本を捲る感触がした。
カカッ、と花鳥が下駄を鳴らす。前進の号令が、一回り速い。
加速した動きで繰り出されるのは、閉じた扇を刃に見立てた剣舞だ。もちろん刀身が短すぎるため、当てに行くためのものではないし、互いが避けることを前提とした舞の一部だ。
しかし、これは花鳥からの挑戦でもある。
どれほどの間、舞で在り続けられるか、と。
大仰に仰け反って反撃を仕立てようとした恋離の手が、先んじてはたき落とされた。
「ぐ……」
恋離が思っていたよりも、展開がさらに速い。
花鳥の仕掛けてきた舞は、十の舞の中に一の刃を仕込む程度の比率だというのに、その十の舞自体が息をもつかせぬほどの速さで生み出されていく。それでいて精緻にして華美な印象を失っていないのだから、花鳥だけ別の時間の中に生きているようだった。
恋離とて、あらん限りの技を駆使して食らいつこうとはしている。だが、加速を続けていく花鳥の動きは、もはや斬舞乱武祭でのそれをさらに越えて、恋離の理解の及ばぬ領域へ踏み込もうとしていた。
ほとんどが当てるつもりのない打撃であろうと、その全てが身体に突き刺さる予感がする。
舞という意味では、花鳥の持つ幻の刃の全てを捌かなければ相手としては不足も甚だしい。しかし、本当に相方が務まる舞手が存在するのかと、恋離は戦慄していた。
北限帰りだからなんて理由にもならない。虚弱な身体を捨てたくらいではまるで届かない。斬舞乱武祭から成長していない恋離に、元より並び立てるはずがなかったのだ。
花鳥の動きは、あのときからさらに洗練されている。
恋離が見せた動きを自分なりに解釈し、昇華させている。
未来の技を用いたはずなのに、これこそが未来へ繋がる源流であるような、そんな矛盾した因果すらを思わせる。
「あッ――」
手首を打たれ、思わず扇を取り落とした。すかさず来る追撃を桜花結晶で弾き、纏った衣を大きく振り回して肉薄を一瞬拒否する。
その様子を、花鳥は咎めるような眼差しで見ていた。
向き合わなければならないものがあるはずだ、と。
これは、美を追求するための稽古ではない。叱るような花鳥は、何も超人的な舞を恋離が同じ舞で上回ることなど期待していなかった。驕っているわけでも見下しているわけでもなく、求めていた演目ではないと謗っているだけだった。
ならば、と恋離は覚悟を決めた。
人間の舞踊家・夜山恋離として、伝説の舞踊家との共演にかまける余裕はない。
まずはこの戦いに、食らいつく。
「……!」
花鳥の動きが、ほんの一拍止まった。
翻した衣の奥から現れたのが、置いてきたはずのトコヨであれば無理もない。
そのまま恋離は切り返し、するりと花鳥の腕の間を抜けて、開いた扇で逆の袈裟斬りを見舞った。
けれど、桜霞に透けて見えた花鳥の顔に、動揺は全くなかった。
そのまま旋回して一歩下がったかと思えば、すぐさま元の調子を取り戻してトコヨに扮する恋離を苛烈な演舞へと誘い込む。異常な技を前に心揺らがぬその様は、花鳥の集中力によるものか、あるいはこの問答の舞台がそうさせるのか。
「やッ……!」
発声と共に力を捻り出し、しなるような花鳥の一撃を弾く。しかし、相手には全く力を込めた様子がなかったのに、威力を散らしきれずに力負けしてしまう。本来ならそのまま地面に転ばせるほどの投げに繋がるところだが、花鳥の芯の強さを崩しきれていなかった。
トコヨ本人であれば、難なくこなすだろう。けれど、恋離は決してトコヨではない。
よく知ったメガミだけあって完成度は高くとも、極致においてはその差は歴然だった。権能ゆえか多少動きや判断は良くなったものの、本質的には意味のない抗いだったのである。
そして、当然のように花鳥の舞に置いて行かれ、展開の中に取り残される。
右肩に突き刺さった扇は、偽物を拒絶するかのようだった。
「くっ……」
突き放された勢いを回転して殺し、苦渋を漏らしながら再び衣を翻す。
次に纏ったのは、メガミ・オボロだ。手にした複数の鋼の糸を花鳥めがけて送り込み、特有の大胆な身のこなしの途中であった両腕を絡め取ろうとする。
花鳥はそれに、初めて結晶二つを盾にして、引き絞られる前に糸を吹き飛ばした。見えづらい糸の軌跡を的確に見定める観察眼に、恋離は舌を巻く。
さらに、だ。花鳥は、退けた鋼糸の合間を縫うことなく、後ろへ跳ね跳んだ。
恋離の足元の雪には、よく見なければ分からない、無数の穴が開いていた。飛び散った雪塊のせいだと見逃してしまいそうなその罠の痕跡を、僅かに下を向いた花鳥は看破して、反撃を誘っていた恋離の狙いから逃れたのである。
けれど、離れた間合いだからこそ使える手がある。
衣に戻りかけていた鋼の糸が、恋離の手元に収束して二丁の得物となる。
この時代において反則じみた炎弾が、花鳥の身体を貫いた。
「が、ッ――」
反射的に漏れた声が、噛み殺される。一発、二発と打ち込まれた腹の背中側から、翼を広げたような大量の桜が舞い散った。
このまま攻めきるべく、ヒミカに変じた恋離は続けて引き金を引く。
だが、
「なん――」
カチリ、と金属が擦れる音がするだけで、凶弾は放たれない。
見れば、花鳥に付き従っていた仮面が静かに輝いていた。まるで、『連弾が花鳥を襲う』という筋書きは元から存在しなかったのだと、封殺しているかのようだった。
否、実際、妙な筋書きを用意したのは恋離のほうだ。
メガミに化けるという面妖な技を使うくせに、オボロやヒミカのことは多くを知らない。そんな偽りを武器にして作り出した胡乱なる状況は、否定されて当然だった。
ここは、付け焼き刃で立ち向かうべき場面などではない。たとえ偽りしか手に残されていなかったとしても、反証されないだけの強かな嘘を刃へ変えなければならない。
選択肢はもう、限られていた。
手を伸ばしたのは、恋離が心を欠片程度には通わせた、あの小さな影。
かつてその身に宿した、大いなる影の残滓たるメガミ・ウツロを――己が知り、花鳥が知るはずもないその姿を、恋離は纏った。
「影よッ!」
手で眼前を払えば、影が彼我の狭間の宙空に壁を築く。飛来していた扇がそれに勢いを吸われ、はらはらと落ちていく。
恋離は、その扇ごと両断する勢いで、影の大鎌を掬い上げるように振るう。地面を潜った大鎌の刃は大地を走り、扇の持ち主を足元から断ち切らんと迫っていく。
壁の壁が溶け、向こう側に残身を保ったままの花鳥の姿が見える。距離を超えるこの大鎌を知らぬとはいえ、はっきりと動きが止まっているのは実にらしくなかった。いや、恋離が今意外に思っていること自体が、花鳥の演技の賜だったのかもしれない。
この場面に満ちた空気のせいで思い込まされていたが、恋離は一方的に追い詰められていたわけではなく、花鳥も限界を迎えているのだろう。人の身では、あの尋常ならざる動きはやはり綱渡りでしかなく、銃弾によってついに決壊したのかもしれなかった。
ただ、決着が見えたというのに、勝利の意味を理解できていなかった。
まだ答えを手にしていなくとも、這った影から飛び出した大鎌の刃が、花鳥を襲う。
だが、
「あたらよ、ちよに」
「……!?」
花鳥に触れた傍から、影の刃がかき消え、霧散していく。
初めての台詞らしい台詞は、まだ辿るべき筋書きがあると告げる語り手のよう。
物語は続く――仮面に顔全てを覆われた花鳥は、そう告げているのだ。
ならば、演者に求められるのは次の展開だ。
花鳥が語り部となるならば、残る役者は一人しかいない。
曙光が、呆然とする恋離を焼いた。
「ほかげ、きらぼし」
心もとなかった結晶が、蒸発するようにウツロの小さな身体から溶け出していく。
痛みはない。あるのはただ、果てしない焦りだけ。自分一人だけが立つ舞台の上で、一挙手一投足に注目させるように照明を当てられているあの感覚だった。閉幕を間近に控えているという意識が、脂汗を滲ませる。
纏った影の衣が照らし出され、背後に伸びるは影法師。
これ以上を求められ、頭の中で無数に開いた後の引き出しを前に膝をつく。
この状況に恋離はさらなる敗北と道標の喪失を味わい、腹の底から焼けるような焦燥感を覚えるのだろう――
そう、恋離は推察した。
今度は、恋離が止まった時間の中で物を見ているかのようだった。
推察してみた瞬間、どうしてか心持ちに落ち着きが出た気がした。炙られた焦りが、なくなったわけではないにせよ、壁一枚隔てたように感じられた。
まるで、今恋離が目の前にしている、ウツロに変じた恋離に焦燥感を置いてきたような。
そこで恋離は、自分が自分を見ているような――この戦いの情景を俯瞰しているような視野も、何故か持っていることに気づいた。
恋離の瞳は、相変わらず花鳥を真っ直ぐ見ている。なのに、自分の後ろで倒れているはずの影法師がどんな形なのか、前を向いていては見えないはずなのに、はっきりと見えていた。不思議な感覚なのに、あまり驚きはなかった。
それよりも、舞台で光を浴びるウツロという光景の珍しさが目についていた。
この時代ではおそらくほんの一握りからしか認知されていないはずのメガミ。
未来でも存在はしつつも、零れ落ちたひと雫だけが世に形を成したメガミ。
ヲウカから分かたれ、そして今は志水の中に眠るメガミ。
そんな影のメガミの役割は何か、恋離は考察した。
「あ……」
思わず漏れる細い声。衣が、解けていく。
影法師からまろび出た恋離の小さな姿は、自然と前へと踏み出していた。
待ち受けるのは、仮面によって表情の窺えない花鳥。今になって、酷使された身体から湯気すら立っているのが恋離の目に入った。
そして恋離は、感じるがままに衣の槍を放ち……それは、嘘のように容易く、花鳥の腹を貫いた。
「かぁッ……!」
彼女の身体から、結晶が飛び出す。最後の護りは砕け、儚く散っていった。
決着は、確かに成った。決着そのものを求めてはおらずとも、結果はここに現れた。
花鳥の仮面が桜に解けていく。衣の槍を抜き払った勢いで彼女はたたらを踏み、恋離は反射的に支えようと歩み寄った。
しかしそこで、隠れていた花鳥の面持ちが顕になり、恋離はやや戸惑った。
花鳥は花鳥で、何かに驚いていた。それが敗北そのものではないことくらいすぐに分かったけれど、彼女が自分の中に気づいたその何かまでには思い至れない。
恋離は面食らいながらも、よろける花鳥に手を差し伸べようとした。
だが、やや俯いていた花鳥が、表情そのままに瞳だけを恋離に向けた。身長差ゆえに、それでも少し見下ろすようで、恋離の視線は逆に上に傾いた。
……だから、反応が一寸遅れたのだ。
花鳥の腕が伸びてきたかと思えば、その右手には未だ還っていない扇が握られている。
その緘尻を――刀における柄頭である扇の根本を、恋離の左の目玉にめがけて。
余った結晶でも無事である保証のない、殺す気の刺突だった。
「……!?」
戦慄が、恋離の身体を動かした。
思わず仰け反ると同時、衣が花鳥の右腕に巻き付いた。しかし、容赦が頭をよぎって貫かなかったのが悪かったか、慮外に力強い花鳥に対して押し返せず、僅かに外側に逸らすのが限界だった。
目尻の皮膚が攫われる。顔が、削り取られる。
さらに、腕に巻き付けた衣をぴんと張っていたのが災いして、突き出した花鳥の腕に引っ張られる形で恋離の身体が後ろへ傾いだ。無論、腕にぶら下がられる状態となった花鳥も体勢を崩し、双方踏みしめられた雪の上に投げ出された。
しかし、その段になっても、花鳥は何かに導かれるように淡々と襲い続けてきた。
「なん、でっ……!」
唐突な出来事が不気味に続く感覚に、恐怖すら覚える。
花鳥からは負の感情が全くと言っていいほど感じられないのが、この舞台に恋離を呼んだ彼女そのままであるようでいて、だからこそ狂気じみている。
体格で劣る恋離は、衣を全力で動員しつつ、がむしゃらに自分を守った。もはや取っ組み合いのようになっていて、トコヨから技を借りるにも打破できるものなどありはしない。
だが、体力を消耗していたのは花鳥のほうだ。攻防は、それほど長くは続かなかった。
気づけば、恋離のほうが花鳥を押し倒す構図になっていた。
仰向けに倒れた花鳥の首筋、その一寸横を、鋭利な衣が貫いている。
ぬらり、と掠めた傷から、微かな桜色の輝きと、珠のような赤い血が滲み出した。
慣れたようで馴染まない、死の色だった。
語り継がれるべき至宝が、失われかけた色だった。
ぞっとして、乱闘の興奮とないまぜになって、手から力を抜いた。
「はぁっ、はぁっ……」
互いの荒い息遣いを、嫌というほど恋離は感じる。
花鳥はそこで、暴れるのをやめていた。解けていく扇を手放して、じわじわとその口元が弧を描く。
二人の目が、互いを見つめ合っている。今起きたことを、咀嚼し合うように。
たった一寸の差で、それは、濁った瞳となり得たかもしれなかった。
その様子を恋離は認識していて、はっきりと理解した。
これはきっと、いくらでもあったことなのだと。
地面についた手に、雪のような光の粒子が舞い落ちる。
解けた仮面の光がようやっと地に至り、はらはらと恋離へ降り注いでいた。
賑やかな通りを抜け、閑静な街並みを恋離は一人行く。
立ち並んでいた商店の姿も消え、屋敷を囲う塀ばかりが目につくようになった頃、笠を目深に被った男が路地から現れた。
旅装に身を包んでいたとはいえ、幼く見える恋離は場違いだった。険を含んだ親切心が、道行を訪ねる彼の声に滲んでいた。
けれど、恋離が何か答えるなり、男は意外そうに小さく驚いた。そして怪訝な顔つきになりながらも、自分を納得させるように頷いて彼女を路地へ導いた。
やがて男が示した裏口から、ひっそりと建っていた屋敷へ足を踏み入れる。
薄暗い邸内を進み、弛まず歩み、尋ね人の居る間の前で足を止める。
これがずっと望んできたことのようで、それでいて受け入れられないような気もして。
けれど今、このときだけは、向き合いたいと思ったから。
意を決し、戸に手をかける。
立ち止まっていては、可能性は開かれない。
撒かれた種を、無駄にしてはならない。
間近に控えた大きな変化に、飛び込んでいかなければならない。
たとえ、咲く花の色が違ったとしても。
だから被ろう、道化の面を。
]]>
準決勝第一試合 FT選手 対 ぬま選手
準決勝第二試合 しいは選手 対 たしか選手
決勝 FT選手 対 たしか選手
]]>
2023年4月禁止カード
全体で禁止
黒き鎧
こんにちは、BakaFireです。ここしばらくはアクリル集中力プレートの仕上げや『神座桜縁起 後篇』のゲームデザインやストーリー構成に尽力しておりました。それぞれご期待いただければ嬉しい限りです。あと動画の限定公開にも成功しました。何かしらミスが見つからなければ明日には公開にできると思います。お待たせして本当に申し訳ございませんでした。
禁止改定につきまして
今月も変更はありません。繰り返しとなりますが状況は変わらず、加えて今月には三国杯への予選が行われます。このタイミングでの変更はよほどのことがなければ行いません。念のため2月の文章を再掲します。
1月の禁止改定は概ね期待した通りの影響を与えています。そして禁止の理由でお伝えした通り、今はゲーム体験を損なう水準の問題は起きておらず、競技的な水準における楽しみを増やす意図で改定を行っています。ゆえに環境へとこれ以上の介入を行う理由は乏しく、強引に行うと楽しさよりも混乱の方が勝つと評価しております。
次回改定と諸々の告知
次回の改定は5月1日(月)です。ですが三国杯の予選の節目でございますので、更新する理由は今月以上に薄いでしょう。
シーズン8競技的イベントならびに3か国交流イベントである「三国杯」の予選は現在受付中です。4月10日(月)の23:59に一時受付を締め切り、4月11日(火)に複数予選へ申し込んだ方に向けた人数調整を行いますので、参加申請を行うならば今のうちがチャンスです。あなたのご参加を心からお待ちしております。
三国杯の特設サイトはこちら
]]>
意識が、空を漂う雲のように広がっていく。
身体の感覚さえ朧げになっていく中、手にした刃の感触だけが確かなものだった。
けれど、振り下ろしたそれに、手応えはなかった。
――は……?
恋離は驚きの声を漏らし、それもまた声として響いた感覚がなく、混乱する。
雪景色も寒さすらもどこにもなく、目の前にしていた神座桜さえ見当たらない。ヲウカもコルヌも、気配は露ほども感じられなかった。
あるいは地面すら、ここにはない。
薄ぼんやりとした光に満たされた、果ての知れぬ空間。
恋離はそこに、ぽつん、と揺蕩っているのだと、ようやく自覚した。あまりに何もない広漠さに、一粒の砂のようになった自分が霞んで消えてしまいそうで、訳も分からないまま必死で自我をかき集めていく。
――切り口から、光が溢れて……それで……。
不可視の刃は、果桜を斬り倒してしまうことはやはりなかった。切り口とは言うが、むしろ刀身を自分から呑み込むように幹が受け入れていた。志水がやっても同じ結果になったかもしれないが、それよりも、桜が恋離の狙いを理解したというほうが似つかわしかった。
切っ先を――敵意を導かれたのは、桜の奥、遥か深く。
この戦国の世に送られた際と似た喪失感に襲われ、気づけばこのどことも知れない場所であった。
人知を超えた体験に、興奮よりも畏れに苛まれる。
意識のはっきりしてきた恋離は、そこで予感に誘われたように振り返った。
導かれた先には、必ず何かが待っているはず。
だが、邂逅を果たしたのは、敵ではなかった。
――なに、これ……。
初め、恋離はそれを世界の果てにそびえる壁だと思った。
視界の全てを埋め尽くす、明るい石灰でできた岩壁のような景色。狂った距離感でもなお手の届かない彼方で広がっており、辛うじて凹凸があると分かる程度。右を見ても左を見ても、存在しない地平のさらに向こうまで、緩く手前側に弧を描いて続いているようだった。
壁の表面は一様ではなく、方々に穴が空いていたり、歪に飛び出していたりする。しかも、時折形を見失ったように揺らぐ箇所もあった。
よく意識を集中してみると、それは不動なる一個の物体ではなかった。天へと昇る無限の輝きの軌跡が寄り添い合って、一つの形を成しているようだ。あまりの密度にここからでは継ぎ目は全く分からず、揺らぎも目の錯覚に思えてならない。
軌跡の行方を追って見上げると、太陽に目を焼かれたわけでもないのに、遥か先は掠れて目にすることは叶わない。その霞こそが天蓋だと言われても不思議ではなく、影の一つも落ちていない。
恋離は次に、光の流れる様から瀑布を連想したが、それよりも相応しいものがあった。
威容を見上げるこの感覚は、全ての人間に刻まれている。
これは、幹だ。
文字通りに果てしなく巨大な、輝ける大樹の幹。
恋離の住まう大地すらちっぽけに思えてしまうほどの樹の前に、彼女は導かれたのである。
――ここが、メガミの世……? いや……。
まず脳裏に浮かんだ可能性を、直感が否定した。
確かに、神座桜の向こうにあるとされるメガミたちが住まう世界は、桜の樹を大地にしたような場所だという伝承がある。メガミたちに訊いた限りでも相違はなかったのだが、話から受けた印象とこの景色は乖離していた。
曰く、メガミの世は桜の枝が無数に伸びた場所である。
詳細まで語ってくれた者はいなかったけれど、少なくとも、このような途方もなく大きな幹のことを挙げるメガミはいなかった。見果てぬ天上に広がる枝葉が当の世かもしれないが、人の間では根と呼ぶことも多い上、実際にそう表現するメガミもいるという。
ただ、今の恋離はそんな理屈にまるで関心がなかった。意識に打ち込まれた感覚は、この場所はその程度のものではないと訴えていた。
詩歌の才を持つ恋離とて、この大樹を正しく表現する言葉を持たない。
これに比べてしまえば、畏れ多くとも、メガミの世すらまだ理解の範疇と言える。神座桜の意志のようなものの存在を知った今となっては、神々しさに目が眩んだ昔よりもまだよく見える気もしている。
だが、ここはさらに理解の外にある。メガミの世を超え、さらに奥か、あるいは外側か――いずれにせよ、本来人の手が届いてはいけない領域には違いなかった。
――あぁ……。
正直、途方に暮れてしまっていた。見上げた天の果てはいくら目を凝らしても姿を現さず、まるで見通せないことが必然であるかのようだった。
幼い頃に叶世座の稽古に無理に参加させられたときだって、これほどの途方もなさは覚えなかった。幼心に絶対に超えられないと畏怖していた舞手としての父親だろうと、夢に迷い込んだようなこの大樹の前では塵と同じだ。そんな、卑小な感想が浮かんでは消えていく。
この情景を真に理解するのは不可能。
なのに、理の外にそびえる大樹であるという納得感は覆し難い。
だから恋離は、激しく揺り動かされる認識に、一度考えることをやめた。
ここに至ったのは通過点である。導かれたからには、敵がいるはずだ。
目的を……命運を、果たさなければならない。
――どこ……?
刃の所在を確かめるように握りしめ、退けられていた敵意を呼び戻す。
当然ながら、恋離自身は徒寄花の姿かたちを実際には知らない。息を潜めているはずのこの時代のものであればなおさらだ。
大樹の何処かに取り付いているのでは、と改めて見渡しても、見える範囲にはこれといった異物はなかった。姿を隠すとしたら、樹のうろや無数の短い枝の陰だが、いざ探すとなると時間がいくらあっても足りなさそうだった。
とにかく、近づけるところまで近づいてみよう。
そう思ってから恋離は、この場所でどう動いていいのか、揺蕩ったままの状態で戸惑った。
地に足が着いていないのに、落ちることも風に攫われることもない。
今更になって、地面の在り処に思い至った恋離は、ふと下に視線を向けた。
そこには、確かに何もなかった。足元は、虚空だった。
遥か下まで大樹がただ伸びて、彼方へ呑まれている。
その先は、見えない。
だが、
――ひっ……!?
居る。
何かが、確実に居る。
ここから気が遠くなるほど降りた幹の下側、その奥に、何かが居る。
見た目は天上とほぼ変わらずに霞んでいるだけなのに、気配が距離を貫いて、恋離を襲う。
その気配の悍ましさたるや、悪寒が全身を支配する。
姿を直に目にできないことが幸運にさえ思えた。存在を認識すること自体を、本能が全霊で拒絶していた。
神座桜を滅ぼす敵が何かと問われたら、恋離は即座に答える確信があった。
そこにあるモノだ、と。
――はぁっ……はぁっ……。
未だ身体の感覚も鮮明でないのに、息苦しい。
何の前触れもなく認識してしまった邪なるモノの気配に、冷や汗が噴き出す感覚だけが意識を炙った。不可視にして実体なき刃だというのに、刃の本質を右の手から零しそうになって、思わず両手で逆手持ちにして掴んだ。
これは、だめだ。
これ以上に忌まわしいモノなど、この世にはない。
存在してはいけない。
この大禍は、やがて全てを呑み込むだろう。
それこそ、恋離たちが滅ぼされたことすらも、ただの過程でしかないほどに。
渦巻く戦慄に、ぶくぶくと奥底から泡立ってきたのは敵意だった。
やがてそれは恐怖に覆い尽くされていた恋離の意識で弾け、駆り立てられるようにして、刃を握る手に力が籠もる。
恨みよりも、排除しなければという義務感で、身体を奮い立たせる。
海の底よりも深いどこかへ、遮二無二飛び込もうとした。
けれど、気配の主の意識が、恋離へと向けられる。
――っ……!
ただ認識された――たったそれだけのことなのに、恋離の動きはぴたりと止まった。
殺意どころか敵意もろくに込められていない。けれど、一瞬、頭が真っ白になっていた。
頭を振って、恐れを追い出すように額を叩く。
もう一度、意を決して睨みつけるが、また翻弄されたように息を呑んだ。
そこには、人の姿があった。
――なっ……。
恋離と、遥か下に居る何かとの間に現れたのは、眠りにつく少女だった。
長い髪が宙に泳ぎ、何かの結晶が継ぎ接ぎにされた蔦じみた装飾に、全身をまとわりつかれている。胸の前で両腕を組み、瞳を閉じる姿はまるで死人のようで、活気も生気もない。それどころか、目にしているのが実体ある姿かどうかも定かではなく、そこに見えているのにそこにいない、この光満ちる空間に映し出された影のようだった。
少女の形をしたモノは、瞼を落としていても、恋離をはっきりと認識しているようだった。
それを理解した途端、凄まじい嫌悪感が恋離を襲う。
出方を窺うという名目の下、固まっていると、声がした。
少女は口を閉ざしたまま、感覚だけが恋離の意識に刻まれた。
『私は眠る。眠り続けるために』
幼いようで、老いたようで、誰のものでもあるような、そんな声だった。
ソレはただ、宣言しただけだった。恋離のように排除の意志を強く抱いた様子もなく、ありのままの事実を伝えただけのようだった。
けれど――否、だからこそ、恋離は確信に至ってしまった。
自分では、コレを斬れない。
この眠る脅威に、刃が届くことはない。
たとえ本体が見えていたとて、壁は厚い。
手の届かないこの領域でなお、その存在は、あまりに遠すぎた。
――あ……あぁ……。
今度こそ、手から刃の本質が滑り落ちていった。音もなく離れていったそれは、どこにあるかも分からない地面に向かう前に、気配がかき消えていき、やがて霧散した。
そしてその瞬間、恋離の世界に音が溢れた。
ヒョオ、と。それは吹雪の音だった。
大樹も少女もどこにもなく、果桜に刃を突き立てたままの姿で、恋離の身体は凍える風を受け止めていた。
恋離は、大樹の前から突き返されていた。
本当に夢を見ていたかのように、外は何も変わりはなかった。
不可視の刃の不在だけが、あれを現実足らしめていた。
「なん、なの……」
そのまま呆然と、自問自答する。
努力や覚悟なんて程度の話ではない。
絶対に成し得ないのだと突きつけられたような。
背負うことそのものが間違っていたというような。
諸悪の根源を断って命運を果たすはずだったのに、また弄ばれる。
ならばそもそも、自分に眠る命運とは、一体なんだというのだ。
「おい、貴様どうした……?」
緊張の糸が途切れ、無力感にも襲われ、視界が傾ぐ。
永遠に訪れる気配のない悲願の刻に、恋離は倒れ伏し、嗤った。
「なるほどな……」
終始顰め面だったコルヌが、岩壁に背中を預けたままため息をついた。やや険が取れた印象だが、恋離に向けられていたものが他所を向いたというだけのことだろう。泰然とした態度を依然崩さないヲウカとは、同じようでいて対照的だった。
あの空間から追い出された恋離は、果桜からほど近い洞窟に身を寄せ、二人に事のあらましを語って聞かせた。火はなく、浅い洞穴は実に寒々しかったが、アレから離れられたというだけで生の温かみを感じずにはいられなかった。
恋離が見聞きしたことは、おいそれと知られていいものではないのだろう。
けれどもはや、そんなことは彼女とってどうでもよかった。残された道標すら失った今、情報の価値を気にする気力なんてありはしなかった。未来のことに触れないという自制心がまだ残っていたことには、恋離自身不思議だったけれど。
ヲウカたち曰く、恋離は光を浴びてすぐに崩れ落ちたらしかった。刃の本質が唐突に消え、恋離が僅かな間に豹変したのだから、いずれにせよ追及は避けられなかった。
何かしらの脅威に曝されたとあれば、北限の守護者は黙ってはいられない。
しかし、想像以上の出来事を耳にしたコルヌの結論は、恋離と同じだった。
コルヌは、腕を組み直してから言った。
「よもや、我らも知らぬ領域が存在していたとはな。生を享けて以来、多くの時間をこの極寒の地で過ごしてきた身ではあるが、我らの拠り所とは異なると判ずるに容易い。左様であろう、ヲウカ?」
「ええ、確かに」
古きメガミ二柱からの肯定を疑う余地はなかった。
そしてコルヌは、ともすれば己の存在意義を揺るがしかねない言葉を続けた。
「我には、件の存在を断つ術の持ち合わせはないと見える」
「え……」
「なんだその面は。あやつの本質を携えておった貴様に、そんな顔をされる謂れはない」
「それは……」
いっそ真っ直ぐに糾弾してくれたほうが心地よかった。そのほうが、メガミすら抗し得ないというあの日々の再来を、忘れることができそうだった。
だが、コルヌは冷静に現実を受け入れただけだった。
むしろ彼女は、守護者としての使命を、己の中で磨いていたのである。
「我がここに在り続ける理由の一端をようやっと理解したわ。かの日の直感は、何も間違ってはおらなんだ」
彼女は壁から背を離すと、恋離に改めて向き直る。
そして、あろうことか深々と一礼した。
「えっ……えっ?」
「感謝する。我はここで、然るべく在り続けることにしよう」
戸惑う恋離に、コルヌは一方的に礼を述べた。常に冷徹で自他に厳しいと伝えられている彼女から、丁重に頭を下げられるとは露ほども思っておらず、絶望に麻痺していなければ延々と畏まっていたことだろう。
大した反応もできずにいると、コルヌはふっと笑って背を向けた。
洞窟の外へと向かい、彼女は告げる。
「貴様の命運がどこにあるか、我には見当もつかぬ。然し、此度の礼だ。貴様が次に何かを成そうとするならば、我はただ、それを見届けると誓おう」
言うことは言ったとばかりに、コルヌはカツカツと軽快に靴底の氷刃を打ち鳴らし、白銀の世界へと去っていった。
コオォ、と吹雪の鳴き声が、洞窟にわだかまる。
膝を抱えた恋離は、共に残されたヲウカに疲れた瞳を向けた。
「あの……。ヲウカ様は、何か……」
まさしく、縋る気持ちだった。コルヌは自己完結していたが、何かを隠すたちでないことは明らかだ。徐々に考える余裕が出てきてもなお、分からないことが分かった以上の成果に飢えていた。
問われたヲウカは、柔らかい笑みを返してくれた。
「そう焦らなくてもいいのですよ。あなたは、未踏の地に踏み込んだのです。この私すらも手の届かなかった彼方まで。脅威は対処しなければなりませんが、今は眠りにつくという言葉を信じて、未来のためにまずは英気を養いましょう」
「…………」
優しい、とても優しい言葉だった。
全く響かない、空虚な言葉だった。
じっとヲウカを見つめていると、彼女は微笑みの仮面を捨てて、皮肉げに笑った。
「分かりません。分かりませんよ、遠大なる神座桜のお考えもね」
もしかしたらこれが本当のヲウカなのかもしれないと、恋離は思った。
それからヲウカは、くすり、と半ば自嘲するように零して、
「少しだけ、期待してもいました。あなたが、私を桜の奥――我々の世界を超えた先へと、運んでくれる存在であればよいな、と。その先の実存を確認できたのは喜ばしいことですが、まさか私が置いてけぼりにされるとは」
「それは……」
「いえ、ごめんなさいね。こんなことを言われても、あなたは困るだけでしょうに」
彼女の持っていた視座と素直に謝られたこと、驚くことはたくさんあって、それらが少しずつ心を癒やす種となった。自分以外にも思い悩む者がいるというただそれだけで、随分と違う気がした。たとえそれが、敵から目を逸らす行為であっても。
ヲウカは今言ったことを忘れるように首を横に振って、それから恋離へと手を差し出した。
天音の、再演だった。
「改めてお誘いします。桜花拝のために、尽力してはみませんか?」
彼女は今、その合理を説く。
「桜花拝はこれより、この地の歴史を動かします。激動の時代を経て、安定した世の中を実現する最中、変革の中枢に居ることはあなたにとって実に有益だと考えます。広い視野と多くの耳は、大いなる謎を解き明かす助けとなるでしょう」
それは、この先の歴史において正しく在り続けるであろう理屈だった。単に情報戦の勝者というだけでなく、神座桜にまつわる未知を暴くのに、ヲウカの協力を得られるのは比類なき利益に違いなかった。
強大なる敵との邂逅を果たした今、なおさら魅力的な提案だった。それこそ、この選択が歴史を左右しかねないほどに。
だが、恋離の答えは決まっていた。
多少揺らいだところで、結局、元の位置に戻るだけだった。
「…………」
沈黙のまま、気まずくなって目を逸らした。
ヲウカの非道が脳裏をよぎり、反感を思い出させてくれる。志水と安岐那に芽生えた思い入れと、それは一緒くただった。当然、合理的だろうと捨てられやしない。捨てれば、世界の前にもっと大切なものがなくなってしまうような気がした。
整然と断る文句はどこを探しても見つからなくて、やがてヲウカは、この沈黙を受け入れたように困った笑みを浮かべた。
「仕方ありませんね。本当に、あなたを評価してのことだったのですが」
そう言うとヲウカは、恋離の傍まで歩み寄って膝を折った。
やんわりと手を握られ、何かを手のひらに置いて、握らされた。これもまた天音の再演だったけれど、今度のものは実体を伴い、そして大家の娘である恋離がよく知るものだった。
桜鈴。
主神ヲウカの名の下において、神座桜の守護役に任ぜられた証。実質的な領土である奉土を所有する証明手形である。見た目は花弁を模した飾りのついたただの鈴だが、特別な力によって桜と共鳴すると伝えられており、桜花拝が神座桜を管理する象徴となっている。
「どうしてこれを……?」
恋離が訊ねると、ヲウカは笑みを深めてから答えた。
「あなたがやはりご存知の通り、これから私はこの鈴を権威の証とするつもりです。今はまだ何の変哲もない鈴ではありますが、もし気が変わったら、桜花大社でそれをお見せなさい。優先して私の下へ通すよう、取り計らっておきますから」
「……はい」
「他にも用向きがあれば気兼ねなく。あなただけ、特別ですよ?」
突っぱねる気力もなかったので、漫然と懐にしまう。
それから帰り路に誘ってきたヲウカを追って、泥のように歩き出した恋離は、特別という言葉の意味を考えていた。
主神に目をかけられた恋離は、間違いなく今、特別なのだろう。
けれどその特別は、結局自尊心すら満足させてくれなかった。滅亡の回避なんて、夢のまた夢だった。
半端者を飾り立てたところで、何も成せないことには変わりない。
特別だった英雄たちに並ぶなんて叶わない。
空っぽの特別に、あの日のカムヰの冷たい瞳が蘇る。
ひずんだ器の中で、命運の二文字が、鈍い音を立てて転がっていた。
恋離が再び人を目にしたとき、御冬の里を出発してからはや八日も経とうとしていた。
ヲウカは多忙を理由に果桜から帰ってしまい、一人きりの復路は実に寂しいものだった。北風に背中を押されても、答えの出ない考えが重しになってなかなか歩みは進まず、食糧も尽きて危うく遭難しかけるところであった。
しかし、人里に戻ってきたところで、恋離には何の感慨も沸かなかった。
いよいよもって、次に行く宛などない。
宿を取り、久しぶりに温かい布団でぐっすり眠って、その後は?
とぼとぼと歩く恋離に、里の人々からの憐れみの視線が刺さる。支度中も北限行きを止められたし、行きには一緒だった同行者の姿もない。誤解を訂正する必要も気力もなかったが、居心地は最悪だった。
「はは……」
もしかしたら父・京詞も、こんな惨めさで帰還したのかもしれない。
脳裏をよぎってしまった親子の因縁に、恋離は空笑いを零した。死地に飛び込んで生還した彼のことを、少なからず英雄的だと羨んでもいたけれど、いざ自分の身に降り掛かってみるととてつもない無力感が全てだった。
ましてや恋離は、英雄のためにこそあるような武器すら携えていたのだ。
それでもなお無力ならば、これ以上己に何ができるのか、まるで見当もつかなかった。
使い手が悪いのかと思い、志水の顔を思い浮かべる。
だが、彼女たちに死ぬ気で頭を下げて、代わりに刃の本質を振るってもらったとしても、あれを断ち切れるとは思えなかった。それは、たとえば
だから、ただでさえ難儀な命運を背負った志水に、無駄と分かっている重荷を背負わせるわけにはいかなかった。彼女なら、無力感を押し潰して傷つき続けてしまいそうで、余計に。
志水の重荷を取り払うというのなら、安岐那に託されたウツロ関連の調査に舵を切るという選択肢もある。ウツロが分かたれた真相には行き着いたが、それだけでは志水は救われない。より深く調べるために桜花拝を利用する手もあるのかもしれない。
けれど、恋離自身がどう思おうと、それは寄り道に他ならなかった。
歴史を紡ぎ直し、徒寄花を打倒するという目的は、志水を解放したところで果たされない。
輝ける大樹に潜んでいたモノまで滅ぼさねばならないのなら、なおさらだった。
宿り木の種を掘り返すだけとは訳が違う。敵は、想像よりも遥かに巨大だった。
鈍色に染まった北限は、その名の通り、行き止まりだったのである。
「はぁ……」
帰り道で何度も繰り返し考えていたことを、つらつらとまた考えていた恋離は、いつの間にか宿の並ぶ通りまで差し掛かっていたことに気づいた。
滲む情けなさは、このまま里を出てしまいたい自棄も呼んでいて、足が止まった。
そうして、呆然と曇り空を見上げていると、黄色い声が耳に入ってきた。
「アラ、もしかして加恋ちゃん!?」
その特徴的な声色は、一度聞いたら忘れることはない。
しかし、反射的に振り返ってしまってから、恋離は大層驚いた。その名に紐づいていた変装を解いているのに、相手は「やっぱり」と言った顔で駆け寄ってきたのだ。
「こまりさん……」
「やーん、久しぶりネ! こんなトコロで奇遇だわ」
今の彼女は、天音で会ったときのような化粧はしておらず、装いも少し派手だが旅装束のようだった。恋離が役者の変化具合に慣れているというのもあるが、それでもひと目で分かったのは、こまりが持つ独特の雰囲気によるものが大きかった。
どうやら彼女は一人のようで、後ろを不機嫌そうに着いてきていたトコヨは今はいない。
不思議に思った様子を悟られたのか、こまりは苦笑いしながら言った。
「あぁ、久遠なら、寒いからイヤって。んもう、険しい寒さがイマイチ伝わってこない、って自分で文句垂れたクセに、何様のつもりよねェ」
「はは……それで観光ですか」
「前に来たときは、里の周り見て終わっちゃったカラ、今回は北限にもチョット足を伸ばしてみようと思ったのヨ。加恋ちゃんは?」
「あー……」
訊ねられて、恋離はいよいよばつが悪くなった。元々夜山恋離の名前も偽名だが、こまりに伝えたのはさらに嘘を上塗りした名前である。ここまで自分に関心を持ってくれる相手に、流石に心が痛んでいた。
目を泳がせながら、上目遣いになって恋離は詫びる。
「ごめんなさい……その名前、偽名なんです。本当は、夜山恋離といいます」
「アラ、やっぱりね〜! 教えてくれてウレシイわ、恋離ちゃん」
喜んで納得するこまりの態度に、今更驚きはなかった。悪意がないことくらい彼女は見抜いているだろうし、ここまであっけらかんとされると罪悪感も吹き飛んでしまう。
と、そこでこまりは何か思い出したように手を合わせた。
「あ、そうそう。名前と言えば、今はワタクシも小手鞠こまりじゃなくて、芸名を名乗ることになったの」
「…………」
恋離は、相槌も打たず、あえて沈黙のまま先を待った。
彼女には分かりきっている、その先を。
気軽に捨ててしまえる偽名などではない、重みある名を。
後世の舞手は誰もが知っている、偉大な雅号を。
芸術のメガミに認められた、一人目の証を。
「
彼女は、その名に込められた意味を誇る素振りを見せなかった。トコヨのこともメガミだと紹介し直すつもりはまるでないのだろう。
もちろん、時間を経るに従って重みを増していった名前ではある。当時の当事者が本当にこんな調子であったとしても、少し驚きこそすれ、あり得ないほどではない。
けれど、そういうことではないのだと恋離は思っていた。
こまりはきっと、名前という表面を気にしていない。
たとえ人には重い願いを込められていたとしても、中身が生み出すものこそが本質である。
もしも後世における評価を伝えようものなら、色眼鏡を嫌って貰ったばかりの名前を名乗らなくなってしまうかもしれない――彼女はそんな芸術家だ。
「……ねェ、恋離ちゃん」
気づけば、こまりの眼差しは真剣味を帯びていた。
重く受け止めすぎて、すわ何か勘付かれたか、と失敗を悟る恋離。
しかし、こまりが口にしたのは、矛盾への指摘ではなかった。
「気づかないフリしてたけど、やっぱり心配だわ。何かあった?」
「え……」
「アナタ、ずっと目の前が真っ暗になったみたいな顔で、ぼーっとしてたんですもの。ホントは声かけるかも迷ったんだケド、せっかくのご縁だし、お話ダケでも聞いてあげられれば、ってネ」
言われて恋離は、里の人々から向けられていた憐れみの原因が自分にあると理解した。ヲウカとコルヌの前では酷い顔だったであろうことは想像していたものの、人前で最低限取り繕うことすらできていないとまでは思っていなかった。
今からでも、と顔を揉みほぐしたところで、やめた。
だらん、と手袋に覆われたままだった手をぶら下げて、恋離は答えた。
「道に、迷ってしまって。どうやらこっちは、行き止まりだったみたいで」
へへ、と自嘲する笑みを加えた。話しても仕方がないという、せめてもの意思表示だった。
こまりの配慮はありがたかったが、徒労なのも分かっていた。差し出した手を払うような行いに、こまりに文句の一つくらい言われるだろうとも思っていた。
実際、こまりは何かを口走ろうとした。
けれど、
「……そう」
彼女は須臾の逡巡の末に言葉を呑み込んだ。後からでもそれを隠すように、扇を顕現させて口元を覆った。
そうさせてしまったことに居た堪れず、恋離は目を伏せる。期待を裏切るような真似にも思えてしまったけれど、罪悪感はあまり沸かなかった。
こまりには悪いが、このまま別れて南に下ろう。
漫然と決断した恋離だが、それを告げる前に、こまりが先を制した。
「恋離ちゃん。もうひと差し、一緒に舞わない?」
「……? なんで――」
話の流れを無視した提案に当惑する。
だが、顔を上げた恋離は、こまりを見て断り文句が頭から抜けた。
正確には、こまりの顔のあたりに漂っているものを、だ。
人の顔を極端に抽象化したような文様の、逆三角の形をした石造りの仮面。
非常に貴重なものにして、恋離のよく見知ったそれ。
忘れるはずがない。あの日、盗み聞きをしていた自分を見咎めたこの仮面を。懇願を棄却された苦々しい記憶の中に浮かぶ、歴史を象徴するこの仮面を。
カナヱのことは、その手先だった父親も含め、恋離は嫌いだった。どちらも死んだ今となっては、今更怒りはないけれど、思い返したくもない存在だった。
この『今』において彼女は存命のはずだ。ミコトの存在も、不思議ではない。
だが、だからといって何故今ここで、この仮面と再び向き合わなくてはならないのか。
同じ二柱を宿し、同じ常世郷を冠する二人が時を超えて重なって、次第にこの邂逅を偶然とは思えなくなってくる。
「どう、してっ……」
この運命的な舞踊に臨まねばならない理由が、どこかにある。
全てを見通していそうなこまりの眼差しを前に、別れの言葉は、口の中で消えていた。
]]>
天音の夜に、斬華大社が煌々と浮かんでいた。
黒衣を羽織った恋離は、夜陰に紛れて境内の森を行く。灯籠や行灯、往来する宮司が携える提灯から小さな燭台まで、敷地に存在するあらゆる明かりが灯されているようで、夜通しの祭事すら思わせる光景が広がっている。
しかし、街から繋がる参道は封鎖され、参拝者の姿はどこにもない。
文や書を抱えた宮司が巣を突かれたように忙しなく行き交う様は、ハレの日とは程遠い。ましてや彼らの表情が、苦々しく暗澹としたものとあればなおさらだった。
だからこうして、裏手から本殿に忍び込もうとする恋離を見咎める者は誰も居ない。降って湧いた凶事に気を取られ、夜警に意識を割く余裕がないのだろう。最初からここまで侵入が簡単だったら、と浮かんできた可能性を恋離は一笑に付した。
欄干をよじ登り、狭い廊下に音もなく足を着ける。
拝殿のほうへと回り込むと、渡り廊下から続く本殿の戸の隙間から、細く光が漏れていた。主がいないのことのほうが圧倒的に多い社に珍しく気配があり、さらには話し声のような音もしていた。
尋ね人かどうか、様子を窺おうと忍び寄った恋離だが、
「隠れずともよろしいですよ」
「……!?」
女の声だった。忘れるはずのない、高慢さが滲んだ声だった。
間違いなくそれは、ヲウカのものだった。
中から投げかけられた声に、戦慄で身体が竦む。その一方で頭は、何故彼女がここにいるのかを理解し、その拙速さにますます慄いた。
けれど、幸か不幸か、幽邃渓谷で襲われたときのような害意は含まれていなかった。むしろ友好的に、会話の席に誘うかのようですらあった。
恋離にはそれが不気味であり、手のひらの上で転がされているように思えた。もはやヲウカの筋書きにおいては、恋離を殺す必要などないということなのだろう。未来のヲウカは周りに自然と助けてもらうように人を動かしていたが、このヲウカのそれは盤上に駒を置くような抗いがたさがあった。
「……失礼します」
緊張を覚えながら、恐る恐る戸を引いた。
本殿の中は、手前側と奥側の二間に分かれているようで、ヲウカは襖の閉ざされたこちら側で膝を折っていた。照明以外に何も家具の置かれていない無骨な板の間であり、隅に何枚か積まれた座布団のおかげで、これで幣殿かあるいは客間のつもりなのだとようやく理解できた。
当のザンカは見当たらない。その代わりに、ヲウカの対面には男がいた。
甲冑姿から宮司へと転身しているが、その顔には覚えがあった。桜花決戦で肩を並べた、蟹河からの援軍・佐沼だ。
「貴様は……」
彼は現れた恋離を見て、小さな驚きを口にした。恋離もまた怪訝に思いつつ、彼が戦場で手にしていた得物を思い出して納得した。
ヲウカも二人の関係までは知らなかったのか、少しきょとんとしながら、
「彼は
「もったいなきお言葉……」
軽く頭を下げる左沼。このやりとりすら当てつけのように思えてしまって、恋離の顔に険が出る。応えるように微笑む二人の腹は知れなかった。
それからヲウカは静かに立ち上がり、入室を促してきた。
指し示すのは、最奥の間。
恋離の目的を最初から知っていたように、彼女は言った。
「少し、二人で話をしましょう」
言うなればそれは、光の繭だった。
桜色の光の粒子が寄り集まってできた淡い膜が表面を覆い、中身を外界との接触から守っている。触れれば儚く散ってしまいそうに見えるものの、求められた機能からして、恋離からの干渉は――そして、中身からの干渉も、一切受け付けないのだろう。
ザンカは、その中で目を閉じ、両手を組んで眠っていた。
体動はなく、胸も微動だにしておらず、時間が止まっているかのようだ。殺風景な拝殿の奥に安置されたその身に、恋離が対話を望んでいた意志はまるで感じられなかった。
史実通り、彼女は封じられた。
目の前で戒められているのはいわばただの器ではあるが、恋離の手の届かない領域でも、ザンカ本人もまた自由を奪われていると思われた。
予想していた光景に、恋離は今更驚くでも嘆くでもなかった。落胆にはもう慣れていた。
事を為したヲウカを窺うと、彼女は淡白に告げた。
「お察しでしょうが、ザンカは此度の事件の責任を取り、しばし私の手で封じられる運びとなりました。大社の方々にも早々に合意していただけて、実に助かりました」
まるで歴史書の記述を確認する程度の軽い口ぶりで、語られた内容の重みを勘違いしてしまいそうなほどだった。当事者の物言いとは程遠いし、教えていないはずの恋離の来歴を前提としているかのような、それは念のための補足であった。
恋離も恋離で、大きな反応を見せなかったのは不審の種になり得た。けれど、ヲウカの前でわざわざしらを切る度胸は、今までもこれからもなかった。
「ミコトは、どうなるのですか」
「お友達のことであれば、ご心配なく。当面、人の世での干渉を控えてもらうだけに過ぎません。短い命では再会は叶わないかもしれませんが、彼女の愛刀を皆から取り上げるほど、私は無慈悲ではありませんので」
つまりこの戒めの立て付けは、桜に仇為すための助力をしたザンカ本人の謹慎ということになる。志水という個人も罪人に数えられているが、ザンカのミコトという単位には何も触れないつもりなのだろう。できなかっただけかもしれないが、ヲウカは素直に言わないだろうし、そもそも強いて推し進める必要はなかったのだから。
あえて何かするでもなく、この後ザンカのミコトは数を減らし、ほぼ皆無の時期が長く続くことになる。忌避感が広まったこともそうだが、こうして封じられたことでまともな請願の門戸が閉ざされた結果である。
突然力を奪って混乱を引き起こすより、よほど平和で、狡猾なやり口だった。
後世の人間として根底にはその忌避感を抱く恋離としては、収まるところへ収まったという印象は拭いきれない。けれど、自分が企図のきっかけになってしまったという一点は、ずっとしこりとなって残る気がしてならなかった。
どこまでが狙いの内なのか訊ねようとしたが、ヲウカの言葉に遮られる。
その語り口は、やや真剣味を帯びていた。
「ザンカ本人が健在とあらば、その力もまた道理。あくまで私は、彼女の自省を手伝ったに過ぎず、この空虚な身という枷の向こうには、依然として鋭利な刃が息づいているのです」
そう言ってヲウカは、眠るザンカへと歩み寄った。
ちょうど胸のあたりに手をかざすと、桜の繭がざわめき始め、抜け殻のようだったザンカの身体が強張った。
やがてヲウカの手に導かれるようにして、白桜色の光の球がザンカから抜け出した。桜花結晶のような依代もなく、ヲウカの精よりも形の不確かなそれは、戒めを切り裂いてヲウカの手中に納まり、そして輝きが揮発した。
もはや不可視となったそれに、恋離は息を呑む。
取り出されたのは、まさしく純粋な力とでも呼ぶべき代物。それも、志水があの夜掲げた刃に感じたものに通じている。
刃の本質。断ち切るという概念を体現せし核。
そんなものを剥き出しにされて、本殿が粉微塵になっていないことが不思議にすら思える。これを意志を込めて向けられたとき、まともに立っていられる自信は恋離にはなかった。
それを手にしたまま、ヲウカは踵を返し、恋離の下へ。
そしてあろうことか、恋離にそれを差し出した。
「あなたは、これを求めてきたのでしょう?」
「……!」
あまりに都合のいい話に、警戒心が湧き上がった。当然だ、一度は命を狙われた相手からの施しなのだから。
しかしヲウカは、一歩後退った恋離が可笑しいとでも言うように微笑みかけてきた。
「必要でなければ、殺生などしたくもありません。今なら、あなたとより良い関係を築けるのではないかと、そう思ったが故の贈り物です」
「良い、関係……?」
「ええ。人のようでもあり、メガミのようでもあるあなたは大変興味深く、私としても色々想像したのですよ。例えば、あの早替りの舞台裏がどうなっているのか……とか」
逃れるためとはいえ、手の内を晒し過ぎたか、と後悔が滲む。
志水の行動に関する事柄しか恋離からは明かしていないのに、ヲウカは既に恋離という存在の答えに近づいているのだと言わんばかりだった。
そして次の問いは、決定的だった。
「この戦国の世は、あなたにとって興味深いですか?」
ぞくり、と。
対面しているのに、首元から囁かれたようだった。
狂人じみていると志水たちに打ち明けなかった因果に、目の前のメガミは辿り着こうとしている。メガミだからこその論理があるのかもしれなくとも、こうして自説を信じ、唯一無二であろう力を勝手に他人に譲り渡すまでする胆力は、あまりに眩しすぎた。
恋離の小さな手を優しく掴まれても、抵抗する気は起きなかった。
刃の本質が、そっと受け渡される。手のひらに乗ったそれは、形も定かではないのに、振るえば何かが断ち斬られるという確信だけがある。あまりに危うい代物だが、無理に振り払って何が起きるか分からず、優しく握らせてくる手を拒否できなかった。
目的を達したというのに、達成感の代わりに募ったのは不安だった。
ヲウカは、恋離が答える前に告げる。
「私としては……この乱世は、あまり好ましくはありませんね」
迷っていた恋離が悪かったのだが、否定の余地を残すようでいて険しさを悟らせる、低きに流すようなずるい言い方だった。
背を向け、天井のさらに向こうを見上げたヲウカは、諭すように語り始めた。
「血で血を洗う、終わりなき戦い……人間たちが地位を欲したことから、この愚かな争いに満ちた時代は幕を開けました。桜の恩寵に与れるのは誰か、守り人の資格を持つのはどの家か、ありもしない権利を論拠に、傲慢で身勝手な闘争を繰り返したのです」
自然の恵みは誰のものでもないが、半端な知性はやがて占有を企てる。神座桜もそれと同じであり、同じに貶めてしまった人間に擁護する資格はない。
花隠れの伝承はいわば、人間の反省の物語だ。
だが、ヲウカが続けたのは愚かな人への憂いではなかった。
「やがて、闘争を求める彼らの意志は、桜へと届いてしまいました。そして、然るべき帰結へと至ってしまい、人間たちをさらなる闘争へと導いてしまったのです」
「…………」
「無邪気に願いを聞いたわけでも、混沌を追い求めたわけでもない。まるで桜は、何かを恐れていたかのようでした」
なるほど、と恋離は得心した。桜を駆り立てていたものの正体が分かるのは、今から約三百年後だ。それも、破滅と共に。
結果的に非道だっただけで、この時代から神座桜は本能的に対抗していたのだろう。
しかし、桜の力が激しく循環するこの時代はもうすぐ終わりを迎える。
ヲウカの嘆きを以て。
「――なんて、実にくだらない!」
振り返ったヲウカの憂いは本物だった。
一人の少女を陥れ、殺戮にすら手を染めた者とは到底思えない憂国がそこにはあった。
「そのような曖昧な恐れのために、人々が死に、苦しむだなんて虚しいにも程がある。民も民で、歪んだ欲を抱えるから、甘言に踊らされるのです。正しい営みの先には、公正で安心できる理想の園が待っているはずなのですから」
だから、とヲウカは言った。
「皆、私を崇め、私の導きに従えばよいのです。私の下では、愚慮に惑う必要などありはしないのですから」
その自信がどこから出てくるのか、為政者としての恋離は素直に羨ましかった。どんな当主にも、ここまで自分の正しさを信じきっていた者はいなかった。当時、時代の中心だった龍ノ宮であってもだ。
これが、主神の器なのだろう。
そして堂々と、締めくくってみせた。
「故に、桜へと届けるのですよ。主神の導き、その必然を」
「んな――」
流石に絶句してしまった。
間違いなくそれは、神座桜への叛意だった。このメガミは、自らの拠り所に対して、手づから否定を叩きつけようとしているのだ。
方向性は異なっても、桜に挑むという点では志水と同じとすら言える。
恋離は思わず周囲に目を向けて、誰も聞いていないことを確認してしまった。場合によっては桜花拝すら分裂しかねない壮大な思想に、聞かされた恋離のほうが肝を冷やしていた。主神の名の下であっても、神座桜原理主義派の誕生は想像に難くない。
無論、おいそれと公にできない考えを語られた理由には察しがついてる。
良い関係を望んでいたヲウカの声色は、胸襟を開くような優しいものだった。
「だからこそ、私には手が要るのです。あなたの背負ったものは、実に意義深い……故にあなたの命運、私が示して差し上げましょう」
差し伸べられた手を前に、恋離に震えが走る。
それは恐れというよりも、見渡しきれない未来に当惑していると言ったほうが正しかった。ましてやこの後の歴史を下手に知っているため、ヲウカがどこまで為したのか、思索がまるで追いつく気がしなかった。
それに付随して、強い違和感が無視できないほどに思考に居座っている。
過去に恋離が縁を結んだ者たちの様子が、脳裏に去来する。
「そんなこと……メガミが、やって……」
しかしヲウカは、笑顔のまま胸を張って是と答えるばかり。
「最古の三柱である私こそが、これを成し遂げるに相応しいでしょう」
「ですけど――」
考えも纏まらないまま反駁しようとして、雷に打たれたような衝撃が意識に走った。
やっていいはずがない、やれるはずがない……次に巡ってきたのは、やれるようにした、というものだった。
違和感の源泉の片方は、かつてヲウカとウツロが一つだったことにあった。
異なる歴史への道を開くため、恋離の知るヲウカは、過去に分離したウツロを取り込まなければならなかった。そもそも何故手放したのかと訊ねたとき、完全な自分にはウツロの権能は相応しくないと疎んだためだと、あのヲウカは秘匿された伝承を語ってくれた。
だが、目の前のヲウカは、最も偉大なる力の一つをそんな理由で捨てるものだろうか。
こうして来歴の定かでない恋離を手駒として欲してすらいるというのに、美意識めいた感情を優先するような人物には思えなかった。清濁併せ呑んでなお自分の完全性を誇りそうなこのヲウカならば、力の巡り全てを司り、桜に対抗している姿のほうがまだ想像がつく。
そしてもう一つは、同じ最古の三柱であるカムヰの態度だ。
感情を深淵に置いてきたような絡繰人形じみた彼女は、恋離に眠る命運とやらを見定めていた際、珍しい驚きと共に意見を態度を改めていた。それはカムヰが自身にしか聞こえない声で翻意を求められたかのようだったことを、恋離はよく覚えていた。
恋離が知る限り、トコヨやハガネといったメガミがそういった天啓じみたものを受け取った様子はない。特別な状況故の出来事かと頭の片隅にしまっていたが、ここに来て一本に繋がる事実を思い出してしまった。
何かに語りかけられるという話は、ごく最近聞いたばかりだ。
躰にウツロの遺骸を埋め込まれたという、あの少女から。
共通点は、一つ。
「最古の三柱、だからこそ……?」
溢れ出した思考が、口に出ていた。
儚く響いた余韻が消え、静けさとの落差が声に出ていた現実を示していた。
はっとしたときには、もう遅かった。
ヲウカの顔から、一切の笑みが失われていた。殺戮を選んだ側の冷徹な権力者の顔だった。
共感を迫っていた圧は途端に沈黙を強いるそれと変貌し、最悪の実現手段に思い至ってたじろいだ。
相手は、不都合な真実を隠してきた存在だ。
書を焼き……そして、人を焼くことで。
「あ……あぁ……」
「正体を見抜かれた事実を、もう少し重く捉えるべきでしたか」
無慈悲な肯定に、重苦しい命の危機が腹の底まで落ちてきた。
咄嗟に逃走手段へ思い巡らせる恋離だったが、この本殿という密室でヲウカを翻弄できる気がしなかった。襖を突き破る僅かな時間で、桜の精に串刺しにされるだろう。
しかし結論から言って、恋離が決死の覚悟を抱く必要はなかった。
ヲウカは落とした面を被り直すように、微笑みを浮かべ直したのだ。
「沈黙を約束させる容易い手段はありますが、そうしないことにしましょう」
「え……」
ある種感化を求めていた先程とは違い、真摯さが垣間見える。
ヲウカの腹の中がまるで分からなくなった恋離が固まっていると、ヲウカはゆっくりと手を恋離の頬に添え、感触を確かめるように優しく撫でた。
開花を担う彼女の手は、冷える山間の夜にあっても温かい。
安堵できるほどではなかったけれど、意図を聞くまで待ってみようと思える程度の温もりではあった。
「弱々しい器……」
そう呟くと、ヲウカはやんわりと恋離を見上げさせ、目を合わせた。
「しかし、歴史を織り、絵図を導くその力は、確かに命運を担うのでしょう。ならば私の道のためにも、今ここにいるあなたを見定めることにします」
「見定め……というと?」
話の流れが掴めず、きょとんとしてしまう。悪いようにはされない雰囲気はありつつも、命運の迷子にでもなっているような恋離としては身構えざるを得ず、中途半端な声色で聞き返してしまった。
ヲウカは一瞬顔を顰め、出会ったときのような高圧的な態度を現した。
告げるのは、導きだった。
「主神ヲウカが同道するということですよ。拒否は許しません。さ、目的地を教えなさい」
一寸先に吹き荒ぶ白亜、礫のように叩きつけてくる豪雪。視界のまるでない道行きが、恋離にはどことなく心境に重なって見える。
もこもこと羊毛の詰まった外套を重ね着してなお、身体の芯まで凍えさせる寒気は如何ともしがたかった。油断すれば転がされてしまいそうな猛吹雪は、元の身体の頃であれば立ち入ろうとすら思わなかっただろう。
そんな北限の極寒の中、恋離の横を歩くヲウカは、体表に薄い結界を張ってどこ吹く風と言った様子だった。もちろん、時折強風に煽られることはあれど、その歩みは淀みない。結界を広げてくれと頼んでもにべもなく断られたが、恋離を置いていくことだけはなかった。
斬華大社での宣言通り、ヲウカにとってはこれは恋離を見定める旅だった。
決して短くはない道中、来歴を問い質すこともできただろうに、ヲウカからその話題を出すことはなかった。おかげで話のネタに事欠く始末だったが、元々和気あいあいとお喋りするような関係ではないので、ある意味では気が楽だった。
けれど、ヲウカは進みを止めることだけは望まなかった。
言葉にしないまでも、その眼差しは絶えず、それでいて終着へ誘う優しさも見え隠れする。その気持ちを裏切ったときに何が起きるのか、想像だにできない。
恋離の人生で数少ない長旅の中でも、輪をかけて恐ろしい道中だった。
「はぁっ……はぁっ……、っく……」
大雪に足を取られ、転びかけながらも前へ。
それでもこれは、絶好の機会だった。進み続けるしかなかった。
相手が破局の黒幕だろうと、幸運なのは間違いない。これが命運の途上なのかは誰にも分からないけれど、縋りたくなる縁であることは確かだったのだから。
目指すは七大名桜が一つ、果桜。
御冬の里を数日前に通り過ぎ、純白と酷寒が支配する北限を越え、どうにか最果てとされる領域に手を伸ばそうとしていた。
そして今、その圧倒的な白に、桜色が混ざり始めている。
壁のような猛吹雪の向こうから、果桜の輝きが微かに見え始めていたのだ。
だが、希望の如き光が迫ったところで、足を止めざるを得なかった。
あり得るはずのない――けれど、遅すぎる第三者からの声が、恋離たちに投げかけられた。
「止まれ」
冷徹に振り下ろされた、極薄の刃のようだった。
吹雪の中から抜け出してきたように現れた人の形は、この北限を守護するコルヌである。恋離は初めて会ったはずなのに、感覚もそう告げていた。
「珍しくヲウカ自らが足を運んだとあって、これまで黙認しておったが……愛しき者たちの碑に手を出すのならば、看過はできぬ」
そう言ってコルヌは、距離を置いて恋離たちの前に立ちはだかる。同じ高さの雪の大地の上に立っているはずなのに、こちらが遥か上から見下されているようだった。
ヲウカは一歩前に出ると、
「あなたの言う通り、主神たる私がわざわざ足を運ぶだけの用向きだということです。ここは一つ、私に免じて、コルヌも一緒に見守るということでいかがでしょう」
「ならん。貴様の面がどこでも免状になると思うな」
「それでは――」
半ば予感していたことではあったが、ヲウカの手が恋離を示した。
本来、矢面に立つべきは恋離なのだから。
「彼女が、私の手の者でないとしたら? それにもしかしたら、あなた自身の使命とも繋がるやもしれないと私は睨んでいるのですよ」
「なに……?」
コルヌはそこで改めて――いや、もしかしたら初めて、恋離をはっきりと見た。視界が悪いせいかもしれないが、ようやく眼中に入ったと表現してもおかしくない様子に見えた。
それはすぐに、品定めするような目つきに変わり、やがて嗜虐的な笑みに辿り着いた。
嫌な予感がして、恋離は衣に手をかける。
予想通り、コルヌが告げたのは宣戦だった。
「いけ好かないヲウカの言葉ごと、試してくれよう!」
言い終わるや否や、コルヌは前傾で屈んだかと思えば、踵の後ろに作った氷の壁を蹴って瞬時に恋離へと加速した。
そして跳躍したコルヌが縦に回転する中から、すらりと刃を履いた右脚が伸びる。
素早い一手は見るからに鋭利である一方、わざとらしいまでの大振りだ。
踵落としの要領で振り下ろされる刃に、恋離は衣の盾を突き出した。
「くぅっ……!」
「ほう?」
頭上で、吹雪が切り裂かれた。しかし、強靭な衣は小揺るぎもしない。
キリキリと拮抗する中、宙空に留め置かれたコルヌは、全く刃が通らない衣に感心しているようだった。一方、その衣に仄かに文様が光る様へは、少なからず関心が顔に出ていた。
飛び込んだ威力が相殺されたのを見計らい、コルヌを払い除けて恋離は後退る。吹雪に紛れるように衣を翻し、ヒミカに変じて銃を構えた。
この戦い、唐突ではあるが恋離には納得できるものだった。
これが己の命運であれば、前に進まなければならない。使命を果たす意志でもって道を開けさせなければならない。
歯を食いしばり、雪に襲われる目を開き続け、狙いを定める。
だが、引き金を引いた刹那だ。
圧倒的な威風が、炎弾を掻き消した。
「ぐぅっ!?」
あまりの強風に、思わず顔をかばう。
冷気を孕んだ凄まじい風に、雪すらも彼方へ追いやられ、一瞬周囲の視界が開けていた。
向き合わされるのは、険しい表情を浮かべたコルヌ。絶対なる北限の番人。
その番人の試練にして、この大雪原の試練を、恋離は今、課されているのである。
かじかむ手が、冷え切った銃の部品にくっつきそうになる。暖かい空気を蓄えていたはずの防寒着が、雪の塊を背負わされているように思えてくる。
凍てつく身体は、人知を超えた寒風に悲鳴を上げていた。
だが、
「ここ、でっ……!」
脳裏に、近くて遠かった英雄たちの姿が浮かぶ。
彼らならば、ここで折れはしない。恋離とて、ここで折れてはならない。
たとえ届かなくとも、手を伸ばすことはやめてはいけないのだから。
試練は、命運は、恋離にそう問いかけている。
「はああっ!」
ヒミカの炎を、眼前の地面を巻き込むように爆ぜさせた。
立ち上る白煙。反動で凍りつきそうになっていた身体を起こし、さらに後ろへ。
そこで身に纏うは、小さくも大いなる影。名をウツロ。
手にした影を地面に叩きつけるように振るえば、雪煙を斬り裂くような黒き波動が、威風を吹き荒らすコルヌへと迫った。
「何!?」
咄嗟に回避を選んだコルヌだが、地面に広がった影は彼女のつま先の刃を捕らえた。直後に斬り裂かれたものの、僅かにでも意識が足元に行ったのは恋離にとって僥倖だった。
再び炎の化身へ姿を変え、構えた二丁の銃の狙いは過たず。
威風に負けぬ力を注いだ連弾が、威風の中を駆け抜けていった。
「がッ――ぬ、あッ……!」
コルヌの身体を、辿り着いた数発が貫いた。未知の攻撃の嵐から身を躱そうとするも、崩れた体勢ではそれも叶わない。
不承不承、結晶を身代わりに立て直し、凍った雪を滑って射角から逃れる。
それに追撃の一手を考える恋離だったが、突然、吹き付けていた極寒の威風が止んで、多少穏やかな吹雪が戻ってきた。
つぅー、と氷の道を来るコルヌに、もはや戦意はない。
試練は、終わりを迎えた。恋離が立っていることが、結果の全てだった。
退避していたらしいヲウカが揃うのを待って、コルヌは告げる。
「深き命運の一端を垣間見た気分だ。確かに、これは我が役割にさえ連なるやもしれぬ。ヲウカ貴様、どこで斯様なものを拾ってきた」
問われたヲウカは、微笑みを返すばかり。
ため息をついたコルヌは恋離を一瞥すると、着いてこいと言わんばかりに背を向けた。
歩き出す直前に、彼女は顔だけ振り返って言った。
やんごとなき使命を果たせ、と。
「果桜への干渉、我が名において許そう」
吹雪く北限にて逞しく咲く桜の根本には、無骨な石碑が山積していた。
恋離はそれらが邪魔にならない位置を探し、懐から取り出したモノを両手で構えた。
不可視ながらに存在感を放つ、刃の本質。
万象を斬り裂き、神座桜にさえ……そして、仇敵にさえ届き得る、ザンカの力の粋。
仇敵――元の歴史で恋離の父が見たという、この果桜を蝕むように咲いた徒寄花は、実際はどんな姿なのかも、咲いていない今、どうなっているのかも分からない。確かなのは、いつかこの桜を踏み台にして咲き誇るということ。
故に恋離は願い、刃に意志を込めた。
この切っ先が、滅亡の芽を刈り取るように。
神座桜とこの大地が殺される因果を、断ち切れるように。
この一太刀が、時間の旅の終わりになるように。
精一杯の意志を乗せ……刃は、振るわれた。
]]>
2023年3月禁止カード
全体で禁止
黒き鎧
こんにちは、BakaFireです。パソコンも直り、ソフトウェアなども一通り入れ終わって作業環境もどうにか完全に復旧したと言ってよさそうです。現在は、昨月に公開した今後の展望記事で申し上げた計画を実現に移すために日々邁進しております。
禁止改定につきまして
本題となる禁止改定については今月も変更はありません。状況は2月と変わらず、強いて言うならば競技イベントに関する状況も動き始めたゆえに、より変更には後ろ向きになる要素が増えています。念のため昨月の文章を再掲しましょう。
1月の禁止改定は概ね期待した通りの影響を与えています。そして禁止の理由でお伝えした通り、今はゲーム体験を損なう水準の問題は起きておらず、競技的な水準における楽しみを増やす意図で改定を行っています。ゆえに環境へとこれ以上の介入を行う理由は乏しく、強引に行うと楽しさよりも混乱の方が勝つと評価しております。
次回改定と競技イベントにつきまして
次回の改定は4月3日(月)です。ただし競技イベントの計画を鑑みて、よほどのことが起きない限りは変更は行わない見込みです。
新たな競技イベント「三国杯」は現在は3月17日(金)に特設ページの公開と募集の開始を行えるよう尽力しております。ただし、こちらについては私個人の努力だけでなく、様々なご協力を頂く方々の状況に依存します。ゆえに確約ではなく、調整される可能性がある点はご容赦ください。
募集開始の日程が確定したら、様々な記事やTwitterにて何度か告知する見込みです。ぜひ参加をご検討いただければ嬉しい限りです。
こんにちは、BakaFireです。本日は本作の向こうしばらくの展望をお伝えする今後の展望シリーズとして、2023年の計画をお伝えいたします。諸々の不測の事態が起こり(※)、ここしばらくの展望が不鮮明な形となってしまい申し訳ございません。今年一年の様々な計画をお楽しみいただければ幸いです。
※ 2022年12月に新型コロナウイルスに罹患し、2023年2月にパソコンのSSDが故障しました。
お品書きは次の通りです。
ゲームマーケット2023春につきまして
まず大きな話として一点お伝えすることがございます。BakaFire Partyはゲームマーケット2023春の出展に申し込んでおりません。2011年の活動開始から初めての決定となります。
動機は2つあります。第一に今日の記事でもお伝えする、本作の競技的な試みを鑑みますとゲームマーケット2023春に節目を作らないほうが動きやすいと予測しています。第二に(大変ありがたいことに)私はいくつかの企画に関わっており、その時期はそれらに向けた重要な準備期間にあたります。
この決定の評価が難しいことは明白です。これがポジティブで正しい決断であったと納得していただけるよう今年一年尽力してまいりますので、どうか見届け、そのうえでご評価いただければうれしい限りです。
余談:上記の不測の事態を踏まえると、出展する判断を下していたとしてもまず間違いなく原稿は落ちていたと思います。そう考えるとはっきり申し上げて幸運でした。
様々な製品に関する計画
何よりも次の大型拡張がどうなるのか説明すべきでしょう。本作の次の拡張はゲームマーケット2023秋の『神座桜縁起 後篇』となります。
しかしそれまでに環境の切り替えが一切行われないようでは全く魅力的ではありません。そこで本年6月に拡張要素の一部を先行してリリースし、そちらでも環境の切り替えを行います。
そしてお届けする製品は拡張だけではありません。時系列に沿って今年の製品やプレリリース計画をお伝えいたします。それぞれ発売が近くなりましたら別途記事も作成いたしますので、今の時点では概要の紹介という形でご容赦ください。
5月予定 アクリル集中力コレクション
韓国のKorea Boardgames様の協力を受けて作成を進め、どうにか実現できそうです。以前にゲームマーケットなどで販売したアクリル集中力プレートを新たな製品として実現可能な形にまとめ上げました。
今のところ5月としていますが、海外で製造され輸送される兼ね合いで1か月程度早まる可能性も遅くなる可能性もあります。予めご了承ください。
6月 シーズン8-2pdfリリース
新たなアナザー版メガミ1柱の先行リリースと大型のカード更新が行われ、環境が変化します。
カードはpdfにて公開されます。シーズンそのものも切り替わり、それらすべてのカードが大会にて使用できます。
8月 キラカードコレクション 玲瓏四季折々・夏
キラカードコレクションにつきまして、以前から告知しておりました通り今年に「夏」がやってまいります。カムヰ、レンリ、アキナ、シスイ全ての切札についてフルアートキラ版が収録されます。ゲストイラストレーターによるカードも同梱されます。
10または11月 神座桜縁起 後篇
そしてゲームマーケット2023秋にて大型拡張『神座桜縁起 後篇』が出版されます。これまでにない新たな挑戦を盛り込んだ豪華な拡張となりますので、ご期待いただければありがたい限りです。
加えてシーズン8と8-2の更新パックが収録されるとともに店舗やイベントでの配布も行われ、現在品切れとなっている『幕間:風花晴天』収録の更新パックも再版のうえで本作に収録されます。
三カ国共同の競技イベント「三国杯」のお知らせ
製品計画と等しく重要なのはもちろん競技イベントです。この数か月間にわたって競技イベントが次に目指す目標を検討し続け、新しい挑戦へと乗り出す形で指針が決まりました。本年の目標は三カ国が交流し、互いに競える形での競技イベントです。
三カ国とは日本、中国、韓国です。中国では前々より中国語版が発売しており、韓国ではついに韓国語版が発売しました。そして連携して運営を続けられており、カード更新や参戦メガミなどの環境も大きく離れてはいません。折角このような望ましい状況にあるのですから、競い合う場もまた用意されれば素敵ではないでしょうか。
しかし新型コロナウイルスについては考慮されなくてはならず、渡航を前提にするには高いリスクがあります。加えて近しい競技環境ながら完全に一致させるには負荷があります。そこで昨年より打ち合わせを続け、次のような形式でイベントを行うことにしました。
以上の通りです。楽しそうに感じていただけたら嬉しい限りです。そしてこちらを円滑に運営するためにゲームマーケットを休むなど幾つかのコストをこちらへと回す形としております。
日本でのスケジュールは次の通りとなります。
3月中旬 特設サイトの公開
委細な情報が掲載された特設サイトを公開し、そちらにて参加者の募集を開始します。先着を可能な範囲で公平にするため、事前に何度か募集開始時刻の事前告知を行います。
4月下旬 三国杯東京予選
東京で32人規模の予選大会を行います。スイスドロー5回戦で4勝1敗以上の戦績を収めた方が予選を通過します。こちらは主に関東在住の方々を対象としております。
5月 三国杯オンライン予選第一幕、第二幕
オンラインで32人規模の予選大会を2回行います。ダブルエリミネーション5回戦を生き残った方(実質4勝1敗以上)が予選を通過します。こちらは主に関東以外在住の方々を対象としております。
6月 三国杯代表選手決定戦
3つの予選で通過した方々でオフラインでの大会を行い、代表選手3名を決定します。
場所については調整中です。昨今の大型イベントの会場を東京に偏らせざるを得ない状況を気にしており、(今回は人数が少ないゆえに会場が見つけやすい点も加味して)なるべく東京以外で開催したいと考えています。しかしうまくいかなかった場合は東京となりますので、その場合はご容赦ください。
7月または8月 三国杯
代表選手たちによる戦いが行われます。日程は三カ国の出版社の予定と代表選手の予定を折衷して決定いたします。
イベントについてはここまでとなります。三国杯に加えてシーズン8−2への切り替え後にはオンライン起源祭などの大きめのオンライン大会も計画しておりますので、併せてご期待いただければ幸いです。
想定問答1:予選の重複参加
可能とします。ただし日付の近い予選が優先され、そちらで参加者(リザーバーではなく)となった方は後ろの予選ではリザーバーの最後尾に回されます。この措置は特定の日付にまとめて行います。
想定問答2:予選の参加資格
国籍は問わない方針です。最後の代表選手決定戦と本戦は国内かつオフラインにて行いますので、そこにご参加いただければ問題ありません。
その他試みにつきまして
最後に印刷物でも競技イベントでもない試みについてまとめてお伝えします。
小説シリーズ『神座桜縁起 前篇』
これまで通りのペースで連載を続けてまいります。今は『後篇』の構成も進めているところでございますので、併せてご期待いただければ嬉しいです。
メガミへの挑戦シリーズ
計画を変える形となり申し訳ありませんが、連載のペースを落とす見込みです。理由はゲームマーケット2023秋頒布の『神座桜縁起 後篇』に製品内容を盛り込んでいくにあたり、TOKIAME先生のイラスト作成のスケジュールが厳しいためです。おおよそ隔月のペースになると考えてください。
イラストストーリー『あなたとメガミの空模様』
KADOKAWAのG'sチャンネル様にて連載中の企画です。これまでの連載と同様に月1〜2回程度のペースでこちらも連載してまいります。
動画の作成
晩夏の大決闘祭の動画に関しては無事にほぼ完成しました。あとは最後の品質向上の努力を残すのみです。3月に公開されます。長らくお待たせしてしまい大変申し訳ございませんでした。
(2023/03/30追記)
動画は3本とも完成していますが、チャンネルに動画をアップロードする環境が私にないため、そちらの問題を解決するまでアップロードが難しい状況です。重ね重ね動画に関しては上手くいかない状況が続いてしまい申し訳ございません。
本日はここまでとなります。今年一年の展望をお楽しみいただければ嬉しい限りです。次の展望記事は三国杯がおおむね終わり、9月以降の試みに向けた告知が望まれる頃にお届けいたします。
]]>
あばら家に吹き込む風が寒々しい。湿り気を帯びた地面はずっと冷たいままで、身体の熱は気力と共に流れ出してしまっていた。
恋離は抱えた膝に顔を埋め、足元を行く一匹の蟻の行方を無気力に目で追う。小さな翅の欠片を咥えたその蟻は、恋離になど目もくれず、壁の根本に空いた隙間から外に繋がる雑草の中に紛れてしまった。
「…………」
それきり、またこの小さな暗がりからは動きというものが途絶えた。
向かいの壁際で蹲っている白髪の塊は、見るまでもなかった。時折不規則になる吐息が、静かに燻り続ける志水の、行き場をなくした熱を物語っている。今日は、彼女の声を耳にはしていなかった。
あの惨劇から、はや五日。
各地を転々としながら、今は北青地方の山中に逃げ延びた恋離たちは、逃避行の間ずっとこの有様だった。
森を抜け、山を抜け、幾度日が昇ろうとも、まともに陽の下を歩いた例がない。恋離たちを照らしてくれるのは、この薄暗い小屋に差し込んでいるようなか細い光だけ。それが命運の斜陽を告げているかのようで、けれど抗うだけの輝きは、誰からも失われていた。
そうして漫然と時間を浪費していると、草履を履いた足音が近づいてきた。
にわかに顔を上げると、やがて立て付けの悪い戸がガタガタと揺れた。警戒で腰を浮かせた恋離だったが、志水はといえば、泥水の上澄みのような瞳で小さく首を横に振っていた。
現れたのは、菅笠を被って杖をついた少女だった。
「はぁー……今帰ったわ」
疲れを吐き出した安岐那に、恋離は緊張の糸を緩めた。安岐那自前の変装ではあるが、あの野暮ったい髪を笠の中に結って押し込めていただけで、大分印象が違っていた。箪笥も背負っていない今の彼女は、背伸びした小さな旅人といった風情だった。
けれど、そんな安岐那に無事隠れ家に帰り着いて安堵した様子はあまりなく、今朝近くの集落へ出かけていったときよりも、険しさを顔に滲ませていた。
委細を訊ねようとした恋離だったが、問うよりも前に、安岐那が恋離に竹筒と笹の葉の包みを投げてよこしてきた。ほんのり温かい包みからは、久しく嗅いでいなかった炊いた米のほのかに甘い匂いがした。
志水の前にもそれらを置いた安岐那に、恋離が戸惑いを見せていると、
「持たんからな、食っとき。ほんじゃ、飯にしながら話そか」
どかりと腰を落ち着けた彼女に、団欒といった空気はない。
包みを開けると、中から玄米の握り飯が顔を出した。干し飯続きだった恋離には、たった一つだけの質素なこれすらご馳走に見えた。
「いただきます……」
けれど、恋離が口に運んだところで、栗鼠のように小さく齧っただけだった。
これから聞くことになる凶報を前に、食欲が帰ってくることはなかった。
「読売の兄ちゃん、よう騒いどったでほんま」
安岐那はそう前置きすると、干芋をがさつに噛みちぎった。
「まさかこんなくんだりで、もうあんな瓦版出てるなんて思わんかったわ。たまたま言うてもまだ通るけど、ちいと上手く事が運びすぎてる感じもするな」
「なんて、書かれてたんですか……?」
「近くの村四箇所、全滅やて」
恋離は返す言葉を持たなかった。そう告げられることはとうに分かっていたはずなのに、いざ推察通りの結果を知ると口が重くて仕方がなかった。
安岐那はさらに続けて、
「原因とされとるんは、桜の祟りや。あの花びらっぽい焼け痕は他の村でも同じやったみたいで、痣みたいに勝手に浮かんで死んでまう、みたいに言われとったわ。そんで、桜様がお怒りになったんは、不遜にも斬り倒そうとした不届き者がおったからで……」
そこで彼女は、一瞬だけ言い淀んだ。
けれど、大きなため息と共に躊躇を吐き出して、はっきりと告げる。
「首謀者は桑畑志水――そう名指しされとったわ」
名を呼ばれた本人は、あぐらを組んで目を伏せたまま反応しなかった。戦場に生きる者の癖なのか、飯はあっという間に平らげてしまった後で、罪状を読み上げられる罪人のように、ただ黙って報告を聞いていた。
未遂とはいえ、実行しようとしたことは間違いない。
だが、その事実を知る者は、恋離たちを除いて一人――否、一柱しかいない。
「当然、桜花拝はおかんむりで、蟹河家共々しーやん捕まえろっちゅうお触れ出しよった。ご丁寧に、ちゃーんと今のアンタの格好で人相書用意してな。ウチも手配されとったら危なかったわ、買い出しついでにお縄頂戴なんて笑えんわ」
乾いた笑いは、大手を振って歩くつもりなどないと言外に告げているようだった。裏ではどういう扱いをされているか分からない以上、目立った行動は避けざるを得ないだろう。
そこまで言ったところで、安岐那は竹筒から水を含んで飲み込んだ。
まるで残った躊躇いを呑み下すかのようだったが、代わりに彼女は、苦虫を噛み潰したような顔を晒した。
もう一度志水を見る眼差しには、隠しきれない遠慮と憐憫が映っていた。
安岐那は、頭を掻きむしりながら言った。
「お触れ出したんは、そいつらだけやない。桑畑家もや」
「……!?」
今度こそ絶句した恋離の前で、苦々しく続ける。
「それどころやない。おまけに連中、しーやんとは絶縁したって公表しよった。今回の事件、お家の指示やのうてしーやんが暴走しただけや言うてな。はっ、どこの世界に、自分の娘の首に褒美かける親がおんねや……」
只人ならいざしらず、ミコト捕縛のお触れは暗に生死問わずの意味が含まれる。罪人が腕利きであるほどそれは顕著となり、危険の対価として賞金もかかる。ミコトが自由に力を振るえる時代の古い慣習だが、最悪の実例を拝んでしまったことに恋離は歯噛みした。
桑畑家の決断と行動の早さは尋常ではない。元々行方不明だったとはいえ、事を起こしたのは寝耳に水だったはずだ。内部で揉めようものなら、ここまで苛烈な第一声はあり得なかっただろう。
城での会食に参じていた重鎮たちは皆、即座に切り捨てることを選んだ。
それほど志水の行為は重く、そして彼らの想いは軽かった。
記憶に残る彼女への気持ちの悪い称賛が、頭の中で怒号へと変わっていった。
「そう。……そう」
ぽつり、ぽつりと、志水は受け止めた。
受け止めてしまったばかりに、現実の重みが、彼女を今度こそ深く俯かせた。
柳のように垂れる白髪の向こうで、一筋の涙が流れ落ちた。
「ふふっ。さよなら、父様……」
納得と共に自分を嘲笑う、哀愁と皮肉の滲んだ別れが零れた。
重苦しい空気が、沈黙を運ぶ。
訪れた静寂を破る術を、恋離は持たなかった。今の志水にかけるべき言葉など、どこを探しても見つからない。いつか得た共感のさらに向こうで悲しむ彼女には、手を触れることさえできそうになかった。
ただ、安岐那は違った。
恋離をちらりと窺ってから、沈痛な面持ちのまま、とつとつと言った。
「あんな? こないなって、何言うても慰めにならんのは分かっとる。けどな、ウチが親友なんは、桑畑の娘やのうて、しーやんや。ずっと、しーやんの味方なんや。槍が降ろうがそこは変わらんのよ」
せやから、と彼女は続けた。
「色々、聞かせてくれんか? あんなヲウカ様の裏っ返しみたいな力使えるんはなんでか。そんで……桜を斬りたいんは、結局どういうことか」
「…………」
「これまで話してくれんかっただけの訳もあるんやろ。けど、辛い話やろうけど、帰る場所がのうなった今だからこそ、ちゃんと教えて欲しい。しーやんと一緒に、これからのこと考えたいんや」
切実な訴えの中には、後悔も見え隠れしていた。意思を尊重した結果、目の前で破滅を迎えさせてしまった罪悪感は度し難い。
覚悟は、とうの昔にしていたはずだ。けれど、覚悟が足りないだなんて口が裂けても言えなかった。
安岐那は今後も寄り添うことで贖うつもりなのだろう。大きく膨らんだ罪業に揺らいでも、初志を貫こうとする少女の姿は、くすんだ鉱石に垣間見た黄金のように眩しかった。
安岐那のほうが、よほど共犯者に相応しい。
命運を共になどできない恋離には、元より声をかける資格はなかったのだろう。
この桑畑志水という少女の、失意には。
初めに目指していた足跡の終着点を、恋離はせめて、見ていることしかできなかった。
「名前……初めて知ったの」
囁くような儚い声だった。
志水は片膝を立てて、縋るように抱き寄せる。膝頭に目元を押し当てて、それでも口元は自由だった。
「これまでは、ただのメガミだった。塵を操る、メガミの誰か。傷ついて、朽ちるのを待つだけだった、死にかけのメガミ。笑っちゃうわ、名前すら知らないものを宿した挙げ句、それがヲウカの目の敵にされてるなんて」
胸に手を当てて、志水は告げた。
「しぃは……メガミの力を宿すんじゃなくて、そのものを埋め込まれたの。力を失って、小さな姿になったウツロ――皆は、遺骸とか本質とか呼んでたわ」
「そないなこと……お家は、何や裏で試しとったってことなんか?」
「研究だとか、実験だとか、集大成だとか……正直、何を言っているか、ほとんど分からなかった」
三百年後の未来でさえ、禁忌と謗られるような所業。
おぞましさと畏れ多さに震えた安岐那は、戦慄きながらも訊ねた。
「そんなら、今力を使えてるっちゅうことは……」
「成功、したみたいね。……兄妹の中で、武に秀でてたから選んだ、とは言われたけど、政もできる兄様たちのほうが大事だったんでしょうね……」
吐露する言葉の端々に、やるせなさが満ち溢れている。実の娘を実験台にするような連中ならば、当然保険はかけていたのだろう。きっと、上手くいったときに利をどれだけ得られるかでしか見ていなかったに違いなかった。
ザンカのミコトが、力のために自ら血を捧げるのとは訳が違う。
向かい合う恋離と志水の距離は、望んだ者と望まなかった者の差だった。
「きっと、野望に焦がれていたのよ……。分かってはいたわ。でも、諦めたくなかった……」
力が物を言う時代だ、家を離れる選択肢もなかったわけではないだろう。それこそ、ここまで協力してくれる安岐那が居るのだから、悪いようにはならなかったはずだ。
けれど、それはできないのだと恋離は知っている。
籠の中の鳥に甘んじているわけではない。
いつか変わってくれるかもしれないという希望は、心にこびりつくのだから。
「だから、戦が憎かった」
僅かに上げた顔に、残り火のような怨嗟が浮かんでいた。
「戦争も、桜花決戦も、桜の大義なんてもののために戦う皆も、他の家だってそう。誰も、争いをやめてくれなかった」
志水はそこで、勢いのままに吐こうとしていた恨みを、一度つかえさせた。
志水が持つ武そのものへの愛着が、戦にまつわる全てを否定してしまうことを躊躇わせたのだと、恋離は思った。斬舞乱武祭での志水は、刃を交わし合うことへの人並みならぬ悦びを感じさせていたし、ならばこそザンカに認められたのだから。
「誰も、変わってくれなかった。だからしぃは、人を斬り続けなきゃいけなかった……」
そして、と志水は継いだ。
「斬って、斬って、斬り続けるうちに、頭の中で声がしたの」
「声……?」
安岐那の疑問に、志水は空笑いを零した。
苦々しさに精一杯蓋をするように、おどけた声色で志水は言う。
「戦え。陽炎桜の燃ゆるままに、意志の帰結に従え――って」
「…………」
「聞こえるようになったのは、遺骸を宿してから。……戦場で燃える桜の、意志が頭の中で鳴っているみたいに」
それから彼女が浮かべたのは、末期を悟った者の儚い笑みだった。
いや、実際志水には、己の結末が見えているのだろう。
だからこそ、彼女は今、こうしているのだから。
「いつか、しぃはしぃでいられなくなる。意志に、呑まれる日が来る」
息を継いだ志水に、悔しさが滲む。
「だから、叩っ斬ってやろうとしたのよ……! しぃが、しぃであるうちに」
そこには、かの日の獰猛さなんて、ありはしなかった。
深夜の山中は、厳しい冷え込みだった。
小屋をそっと抜け出した恋離は、外套のように衣で身体を覆った。それから後ろ髪引かれたように一度振り返ると、下山する方角へ歩き出した。
星空の下で苦渋を噛み締める。彼女の隣には、久しぶりに誰もいなかった。
本来であれば、志水の想いを聞いた直後ということも相まって、彼女のために動きたいところだった。私利私欲や邪心が理由ではないと推測はしていたものの、想像以上の来歴を知り、情動は煮えるほどに熱くなっている。
しかし今、この感情には従ってはならないと、恋離は背を向けていた。
桑畑の惨劇は、起こってしまった。大罪人・桑畑志水の誕生に、立ち会ってしまった。
これがもし、ただ見守っていただけであれば、まだ割り切れたかもしれない。元を辿れば、滅亡の未来を変えるための手がかりとして、かの惨劇を捉えていたのだから。
けれど、歴史の転換点を俯瞰していたはずなのに、実際に手を伸ばしてしまった。
この結果は、そんな気の迷いが生んだ、最悪の結末だったのである。
だから何も言わないまま、去ることを選んだ。とめどない後悔と自分への失望が、別れを告げることすら許さなかった。
だが、そんな恋離の足がふと止まる。
背中に、小さくて硬い何かがぶつかった。
「……?」
ちょうど小石くらいの感触で、すぐ背後の地面でからころと音もした。痛みはないが、偶然の産物で済ませることも難しい。
そこまで考えたところで、恋離は総毛立った。
縮み上がりながら振り返った先には、やはり人が月光の影を落としていた。
「っ……!?」
投擲の残身を解いた安岐那は、遠目でも分かるくらいに睨んでいる。
彼女は恋離の注意を引けたと見るや、無言のままずかずかと歩み寄ってきた。構わず走り出してしまいたかったが、釘付けにされたかのように身体が動いてくれなかった。あるいは、安岐那から放たれる言葉を待っていたのかもしれない。
やがて安岐那は恋離に迫ると、鼻と鼻が触れ合う距離まで顔を突き出してきた。
憤怒を限界まで張り詰めたような形相に息を呑んでいると、安岐那は努めて声を絞った、底冷えするような問いを投げかけてきた。
「これ確認な。しーやんのこと、ヲウカに喋りよったんやろ?」
胸ぐらを掴まれていてもおかしくない気迫だった。それでも、遠くから呼び止めなかったり声を大きく荒らげたりしないのは、友を静かに休ませてやるための配慮なのだろう。
だから恋離も、半ば覚悟していたことだけに騒ぎ立てはしなかった。それだけの気力がなかったのもあるが、恋離もまた、同じ気持ちだった。
愚か者の身分で煩わせるなど、望むことではない。
「……はい」
「チッ!」
安岐那の怒れるつま先が、転がっていた小石を蹴り飛ばした。
桑畑の惨劇は、ただ起こってしまったのではない。
無辜の民が殺され、志水が罪人となったのは、恋離が行動した帰結だった。
それがもし、惨劇を起こすつもりの行動だったのであれば、ここまで悩みはしなかった。
志水が罪を背負う歴史を変えようとした結果が、この有様だった。
まるで、自分が知っている歴史が、恋離が闖入することまで含めて然るべく収まったかのような、理不尽にも思える結末だった。
歴史を変えると躍起になっていたのが馬鹿らしく思えてくる。
志水のためにその馬鹿らしい行動をすればするほど、彼女はきっと悲惨な――それこそ恋離が知る歴史のような結末に至るのではないか。ここ数日の恋離の頭の中には、そんな無力感の魔物が蔓延っていたのだった。
「申し開きもございません」
「きっしょい謝り方すな。それに、謝られても困る」
少し伏せた顔を上げると、安岐那の顔は確かに憤怒に満ちていたが、歯噛みするその様は湧き上がる怒りを素直に肯定し難い葛藤に溢れていた。
深く息をした彼女は、苦々しく吐き捨てた。
「どうせ、しーやんのためやったんやろ」
「え……」
「見てたら丸分かりや、ボケ。皆に崇められとる偉大な主神のヲウカ様に、桜斬るんをええ感じに辞めさせてもらおうとしたんやろ? ウチかて、昔考えとったしな。会える訳もないし、諦めとったわけやけど」
よもや理解を示されるとは思っておらず、恋離はどういう表情で居たらいいか分からなくなった。
安岐那はそれを無視して、一方的に続ける。
「それにな。人ハメた奴が、その主神様に血相変えて斬りかかるなんてことあるかいな。あれが演技なんやったら、白旗挙げるしかないわ」
「それは……」
事実までは否定できず、目をそらす。
実際、斬華大社でヲウカに持ちかけた際には、当然このような事態に陥るなど夢にも思わなかった。現代で共に戦ったヲウカへの信頼を流用したのが間違いだったのか、それとも苦心を嘲笑う運命的な予定調和だったのか、おそらくその両方だろうと恋離は塞いでいた。
ただ、安岐那とてそんな事情までは推し量れない。
その沈黙が、踏みにじるように火を消してもなお、彼女を苛立たせていた。
「せやから、ごっつ腹立ってんねん。悪意あったんとちゃうんやろ、この期に及んで黙ってさよならしよって。ほんま、しばくで」
それで気が済むのなら、とも恋離は言えなかった。虚無感に襲われるだけなのだと、安岐那自身理解していそうなやるせなさが、言葉の端に滲んでいた。
しかし、恋離とて全てを話すわけにはいかない。
これまでのことも。そして、これからのことも。
歴史を変えられず、悲惨な結末を運ぶだけならば、元来抱いていた目的に立ち戻ったほうが随分とましだった。
滅亡を回避する。この時代で朽ちたとて、憎き憎き徒寄花をせめて道連れにする。
皮肉なことに、この旅で手がかりは得られた。神座桜に並び、そして滅ぼすまでに至った悪しき宿り木にも届き得る刃を、恋離は目にしたばかりだった。
ザンカの刃。万象斬り裂くその本質は、神座桜に届き得た。
ならば試さぬわけにはいかないだろう。この時代で徒寄花を断ち切れば、文字通り悲劇の芽は摘まれるのだから。
未来の徒寄花は、力の停滞により神座桜が弱ったことを契機に活発化し、やがて世界を侵すに至った。一方で、ここ戦国における神座桜は全盛期とすら呼べる躍動を誇っている。頭を押さえつけられたままの徒寄花を狙えるのであれば、またとない好機だ。
無論、恋離自身がザンカに認められるはずもないという課題はある。けれど、そこに救いを見出すのを禁じ得なかった。
果たしてそれがつじつま合わせの逃避か、否定できる自信は恋離にはなかった。己の行動で何かを得たつもりになれないと、一歩も歩けそうになかった。
それでも、抱いてしまった愛着から来る二人への申し訳無さを忘れ去るなんてできるはずもなく、ただ静かに去ることを選んだのだ。
「…………」
……こんな内容、話せるわけがない。
志水は自分の来歴を語った後、自身を狂人と揶揄して笑ったが、時間を遡ったなんてそれ以上に気でも触れたような話だ。それに、歴史に翻弄されている現状、何が起こるか分からないのに下手に教えるわけにもいかなかった。
だから、互いに苦渋を噛みしめるような沈黙は、安岐那に折れてもらうしかなかった。
「話せへんか……」
「ごめんなさい」
せめてもの誠意として、恋離は深々と頭を下げた。一つ話せば芋づる式に荒唐無稽な話が出てくる以上、こうしてただ謝ることしかできなかった。
早々に肩にぽんと手を置かれ、怯えながら顔を上げる。
しかし、想像していたような暴力が飛んでくることはなかった。それよりも、安岐那が感情をしまい込んで普段の顔を作っていたのが、頬を思い切り叩かれるよりも痛かった。単純なものではないにせよ、細くとも線を引かれたのが分かってしまった。
「しゃーない、しーやんにはうまく言っとくわ」
わざとらしく嘆息した安岐那を、恋離は直視できなかった。
安岐那は夜空を見上げ、
「ウチらはこれから、しーやんなんとかする方法探そ思うてる。まずは、ウツロとやらについて調べるとこからや」
「そう、ですか……」
「アンタが何抱えとるか知らんから、よう頼めへんけど、そっちでもなるたけ探しといてくれると助かるわ」
「えっ……」
思わず声に詰まる恋離。
そんな彼女に安岐那は、呆れたような、悲しいような顔つきになって、改めて問うた。
「あれ聞いて、しーやん助けたい思たやろ?」
「あ……」
それに、喜んで応えたい自分と忌避する自分とか戦っているのが、恋離は自身でありありと分かった。見放されたわけではないと分かった嬉しさもありながら、揺れる心を未練と呼ぶべきような気もして、すぐには応じられなかった。
それでも恋離は結局、窺うように小さく首を縦に振った。
安岐那はそれを見て袂の中をまさぐって、恋離の手を掴んで何かを持たせた。
「ほな、また」
やんわりと送り出された腕に逆らえず、伏せられがちだった視界は、再び麓へ続いていく道を前にした。
背後で鳴る足音に今更振り返れず、新たな道を歩き出す。
恋離は、渡されたものが紙片であると理解すると、折りたたまれたそれを開き、星明かりに照らして目を通す。それから衣の一端を変じさせた小さな炎に焚べて、冷たい風に任せて捨て去った。
燃え滓は灰にすらならず、火の粉となって空を舞う。
陽炎もこれほど儚く散ればよかったのに――そう思った、寒い寒い夜のことだった。
]]>