『桜降る代の神語り』第20話:細音と久遠

2017.04.21 Friday

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     妙な縁が結ばれたとは言っても、その足を止めるほどのものじゃあない。
     一晩を明かした氷雨細音は、城跡へ向かって龍ノ宮領をひた歩く。
     けれどもまあ、先を急ぐとぷっちり縁を切れるわけもなく……。
     情け容赦もなく道連れにまとわりつかれた彼女にとって、それが悪縁でなかったことだけが慰めになるだろうね。

     


     すたすたと、迷いを振り切るようにして交互する長い脚。

     

    「ねーねー」

     

     ぴょこぴょこと、飛び跳ねるように歩幅の違いを埋めていく短い脚。

     

    「ねーってばー」

     

     細音にとって目の代わりである薙刀の石突も、いっそ掘り返してしまいかねないくらい乱暴に地面を探っている。途中で水たまりがあろうが問答無用で突っ切るだろう勢いは、朝靄も残るうちに宿場を出てから陽を仰ぎ見るほどになった今に至るまで、ずっと衰えていない。
     道程はそれゆえかなり進んでおり、城下町外縁部の田園地帯を今に抜けようか、というところである。

     

    「そんなに急がなくったっていいじゃん。やろーよ音楽やろーよー」
    「…………」
    「めくらなのに、そんなに急いでちゃ転んじゃわない? 怪我して手が使えなくなったら、演奏できなくなって大変だってば」
    「……誰のせいだと思っているのですか」

     

     ほんの少しだけ、細音の足が鈍った。それを察した少女・久遠が細音の前に躍り出て、行く手を塞ぐ。
     けれど細音は、応じたことそのものに反省しながら、華麗に避けて通る。

     

    「あたしのせい? とんでもない! あたしは、あなたの楽才が埋もれたままになっているのがもったいないって一心で、楽の道に――」
    「それが余計なお世話だと言っているのです。私には既に歩む道がありますからっ!」
    「ちぇー」

     

     ちっとも納得していなさそうに悪態をついた久遠が、再び細音の後を追った。

     

     細音の苛立ちももっともで、昨晩久遠に絡まれた細音が、夕食の同席を認めてしまったところまではまだよかった。しかし、そこで久遠が北方の弾き語りを話題にした際、弾き手として細音が乗ってしまったのが運の尽き。
     素地すらあったと知った久遠が、彼女を音楽の道に引き込もうと延々と勧誘したとなれば、さしもの細音も無視という選択を採らざるをえない。いくら音楽に親しみがあるとはいえ、氷雨細音は未だ見ぬ武の果てへの途上にいるのだから、このまま薙刀から琵琶に持ち替えるわけにもいくまい。

     

    「寝て起きたら気が変わってるかと思ったら……でも、そーゆー頑固なのも好きだよあたし」
    「…………」
    「ほらほら、もう中心街だよ? 確か芝居小屋があったはずなんだよねーここ」
    「それは……分かっています」

     

     細音がそれを判断できたのは、むっと強まった焦げた臭いのおかげだった。
     風もないというのに、木を燃やした臭いに二人は包まれていた。細音の耳が捉えていないように、火はもはや勢いを殺され尽くして久しい。けれど、熱の失せた焼け跡を片付け始めているであろう住人に、恐怖を想起させるに余りある生々しい崩壊の臭いが鼻をつく。周囲に飛ばされる作業の指示の声にも、どこか不安が滲んでいるようであった。

     

    「このへんまでメガミが暴れまわったらしいからね」
    「なるほど、ヒミカは北へ……」

     

     実際に逃げる揺波と細音を追ったからなのか、はたまた天音家を襲撃する道中だったのか、それは本人のみぞ知るところだ。けれど細音は、無関係な人を巻き込んでしまったようで、少し言葉に詰まった。
     ……が、久遠にはそんなことは関係がない。

     

    「まー火事のことは別にいいじゃん? なんでもその小屋で扱われてたのは、かの畠山松陰が手がけた笛だとかなんとか。もしかしたらあるかもよー?」
    「関係ありません」
    「吹けるかもよー? なんならあたしが吹いちゃおっかなー!」
    「……はぁ」

     

     ため息と共に、刀身を隠したままの薙刀を軽く久遠に向ける。

     

    「わかりました。その芝居小屋とやらに行きましょう」
    「やった!」
    「ただし! ……立ち寄ったらもう二度と私に付きまとわないと誓ってください。それができなければなしです。そして誓いを破れば、そのとき私の手元が狂わない保証はありません」
    「はぁーい」

     

     本当に分かっているのだろうか。
     そんな懸念もどこ吹く風と、先導し始めた久遠。後を追う形となった細音は、予想外の方向からもたらされた幸先の悪さに、不安を覚えるしかないのであった。

     

     


     焼けた龍ノ宮城を左手に見て、東西に走る通りをいくらか西へ。城を見送るようになった頃合いには、なんとか形を留めている建物も増えてくる。芝居小屋は、そんな通りも突き当たる位置で燃え残っていた。

     

    「あー、こりゃまた」

     

     肩をすくめる久遠。一体どれほどの聴衆を飲み込めるのか、というほどの芝居小屋であった建物は、向かって左側と、釣られたように屋根のほとんどが焼け落ちてしまっていた。びしょ濡れだったり人為的に破壊された痕があったりと、消火の努力が見受けられる。

     

    「この分だと期待はできそうにないかなー。燃え尽きてないのがせめてもの救い、ってくらいだけど、野ざらしにされちゃね」
    「気が済みましたか……って、どこへ!」
    「中に決まってるじゃなーい」

     

     柱が焼け崩れたりしてまだ危険かもしれないというのに躊躇なく歩き続ける久遠に、細音は義務感半分自棄半分で着いていく。
     そうして久遠が、開け放たれていた入り口から顔を覗かせると、

     

    「なんだ、先客がいるっぽいよー?」
    『あ゛ぁ?』

     

     先客たちの輪唱は、すこぶる棘のあるものだった。
     小屋の中は案の定焼け落ちた天井によって、内装が分からなくなっている有様であった。座布団の残骸にまみれている一帯が座席であることくらいは把握できるものの、肝心の舞台は床に突き刺さった何枚もの天井板の燃え残りの向こう側にあるようだ。
     先客たちは、そんな芝居小屋跡を片付けているようだった。
     物色していた、とあるいは言い換えたほうがいいかもしれないが。

     

    「おいおい、なんだぁこのガキども。いっちょまえに薙刀なんてこさえてよぉ!」
    「俺たちゃ忙しいんだ。かまってやる暇なんてねえから、さっさとおうちけぇんな! ……あっ、けぇりたくてもけぇる家がねえか!」

     

     爆笑する先客ら。その下品な気性は、金になりそうなものを抱えている彼らの姿を見ることができない細音にも、正体が火事場泥棒であると悟らせるには十分すぎた。
     薄い笑みを張り付かせたままの久遠をかばうように、細音が前に出る。
     最初に細音を笑った男がそれをさらに鼻で笑い、ぞろぞろと物陰から姿を現した賊たちの中で最もガタイのいい男を指すと、

     

    「やろうってのか? こっちにゃ山岸さんがいるんだぜ!? あのミコトの、山岸さんだぞ!」
    「ガキが敵うお方じゃねえぞ。なんてったって、宿すメガミは破壊力重視ッ! 槌のハガネに鉄拳のコダマだ! ハガネに至ってはあの龍ノ宮一志も使ってたくらいなんだ、そんな細腕すぐに折れちまうわ!」

     

     山岸と呼ばれた男は、久遠と細音を見下せる位置に陣取った。両手に指先まで覆う鉄製の手甲を装備しており、膨れ上がった二の腕は丸太のよう。

     

    「グハハハハハ! 一撃でおねんねさせてや――」

     

     そんな彼が、攻撃を繰り出す余地はなかった。
     それどころか、一言、言い終わる間すら与えてもらえなかった。

     

    「――ぁ、あ……ぁぅぁ……」
    「痴れ者め。恥を知りなさい」

     

     細音が薙刀を手元に戻し、刃を露わにした上で構える。
     山岸なる男は、見下していた細音の動きをまったく見切ることができず、みぞおちに吸い込まれていった石突によって膝をつき、そして地面に伏した。
     彼らが不幸だったのは、音楽という芸能に親しみのある細音を敵に回したことだった。

     

    「こ、こいつ……! みんな、やっちまえ!」

     

     賊は残り七人。一斉に懐から小刀や棍棒を取り出すと、両手いっぱいに抱えていた金品を放り捨てて細音に襲いかかった。
     山岸を踏み越えて戦線に躍り出た細音は、初見かつ散らかっている場所にも関わらず、向かい来る賊を的確に捌いていた。不用意に間合いに飛び込んできた男をみねうちで吹き飛ばし、後続の体制を崩したりと、咄嗟に考えうる程度の戦術を即座に実行に移せるのは彼女の基礎修練のたまものである。

     

    「くっ……」

     

     けれど、やはり人数差を容易に覆すことはできない。細音を含め、決闘に特化した修行をするミコトは多い。それは、合戦などとんと起こらない時勢であれば当然の帰結であり、多人数を相手にする戦闘技能を持つ者は限りなく少ない。
     加えて、ここは神座桜の下ではない。メガミの力を借り、最大限発揮できる環境であればいざしらず、十把一絡げの賊よりも肉体的に少し優るだけでしかない細音が、力任せに場を収めることは叶わなかった。

     

     屋内ということもあり、乱戦によって複雑に絡み合う音を整理するのに集中力を削がれていた細音は、故に気づくのが遅れてしまった。
     四人目の局部を柄で痛打した彼女の耳が捉えたのは、窮地だった。

     

    「へ、へへ……多勢に無勢だったようだなぁ」
    「しまった……!」

     

     起き上がった山岸が、苦悶の表情を浮かべながら久遠に迫っていた。かばうように前に出ていたのが仇になったか、としっかり気絶させなかった自分を細音は悔やむ。むしろ逃げる時間を稼ぐための大立ち回りだったのだが、目をつけられた今になって久遠にそう言ったところで意味はない。

     

     無論、賊はそういったところには無駄に頭が回るので、山岸が久遠を人質にとるまでの時間稼ぎをすべく、残りの三人で一斉に襲いかかる。
     万事休すか。あんな子に関わらなければよかった。
     そう、細音が三人分の力をどう捌くか、必死に考えている最中、山岸のいかつい手が、久遠に伸ばされる。

     

    「大人しくしな。この嬢ちゃんがどうなっ、て――」

     

     が、そんな彼が、久遠を取り押さえることはなかった。
     それどころか、警句を、言い終わる間すら与えてもらえなかった。

     

    「――ぇぁがッ!」

     

     大男が、今度は背中から地面に叩きつけられた。

     

    「…………」

     

     静寂に包まれる芝居小屋跡で、久遠の残身だけが起きたことを物語っている。
     肩をつかもうとした山岸の手を、僅かに身体をずらすことで避けた久遠は、そのまま身をひねりながら半歩前に出て懐に潜り込み、突き出された手を下に引っ張りながら肘の裏を軽く押した。
     まるで舞うように滑らかだった一連の動きは、けれどその流麗な見た目とは裏腹に、少女に巨体が放り投げられるという恐ろしい結果をもたらした。

     

     

    「ほらほら、そっちも早くやっちゃってよ。この馬鹿ども追い出さないと話始まんないんだからさー」
    「え、あ……は、はい」

     

     一足先に我に返った細音は、唖然としていた賊どもを押し返す。

     

     実力者を二度も瞬殺されてしまったためか、それから賊を始末するのは容易だった。結局、奪うつもりだったものも全て置いて、ほうほうの体で逃げていった。
     そんな彼らを見送った細音には、一つの想いが生まれることになる。
     焼け跡から見つかった数々の楽器を愛おしむ久遠は、決して音楽馬鹿なだけではないのではないか、と。

     

     


     こうして、氷雨細音も幾年久遠――トコヨへと関心を持つに至った。
     氷雨細音はトコヨから学べるものを見定めるため。
     トコヨは氷雨細音を自らの望む道へと引き込むため。
     噛み合うようですれ違っている、そんな二人の旅がここに始まったのさ。

     

    語り:カナヱ
    『桜降代之戦絵巻 第三巻』より
    作:五十嵐月夜  原案:BakaFire 挿絵:TOKIAME

     

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