『桜降る代の神語り』第19話:奇縁

2017.04.07 Friday

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     火の手より逃れ、そして新たな目的に向かって各々旅立った天音揺波と氷雨細音。
     どちらから語るべきか迷うところだけれど、ここは氷雨細音を追うことにしよう。
     時は別れより数日後。彼女が龍ノ宮の領地へ再び入った頃合い。
     世情に触れる氷雨細音に、早くも新たな出会いが訪れる。

     


     一月も経たないうちに折り返してくることになった道を、細音はやや眉間にしわを寄せながら歩いていた。雨の気配もなく、宿場の喧騒も聞こえてきたとあって、屋根を得られる安心を覚えこそすれ、旅程に不安を覚える道理はない。杖代わりの薙刀を掴む手にも力みは見られず、旅の疲れが顔に出たのだと言われれば納得してしまう程度のそれ。
     細音が、一人きりの道中の慰みに選んだのは、至って冷静な反省であった。そこで生まれた僅かな苛立ちが、彼女を不機嫌に見せてしまっていた。

     

     

     龍ノ宮城での揺波の戦い。庭に面した廊下からその様子を聞いていた細音は、それに感じ入らずにはいられなかった。最強と謳われる相手に果敢に攻めていった揺波の足捌き、太刀筋、何より勝利を求める気迫。それは、細音が否定した彼女から生まれるはずのない、素晴らしいものだった。

     

     細音が揺波を認めるつもりがないのは事実であり、それは今も変わっていない。あの戦いを正当に、客観的に評価してもなお改まることはない。細音の考える武の道とは、どうあっても迎合しないことはもはや真理ですらあった。
     細音の苛立ちは、揺波を評価しなければならないことではなく、負けるのだと決めつけてしまっていた己の不甲斐なさから生じていた。

     

     自分が同じ立場にあって、あのように食らいつけるだろうか。
     その一刀を届かせるために、全てを投げ打つような執着心を抱けるだろうか。
     知りもしない結果を盲信した後悔が段々と熟し、至らなさに目が向くようになる。独りで武を磨いてきた細音にとって自省は発作のようなものだが、今回は特に恥ずかしさすら覚える有様で、彼女に一層の修行を決意させるには十分すぎた。

     

     揺波には情勢を調べるため、と説明したが、細音は自身でそれが建前でしかないと分かっていた。己を高めるには身体を動かす他なく、ただ漠然と雇い主である古鷹の下へ戻ったところで実りは望めない。それが怠惰に思えたからこそ、こうしてまた因縁の地に向かっているのだ。

     

     そうやって煩悶しているうちに、杖代わりの薙刀が叩く地面が、より硬い感触を返した。
     龍ノ宮城下から一番近い宿場町に到着したのである。

     

    「部屋があればよいですが……」

     

     そろそろ夕暮れも近いとあって、宿場の活気は否応にも増しているようだった。旅人の到着と飲み処のかきいれ時が重なればそれも道理であるが、考えていたよりも幾分か人が多そうだ、と細音は宿の心配をするはめになる。
     同じ道を行く者がほとんどいなかったにも関わらずこの有様なのは、南下した人間ではなく北上する人間のせいだろう。城下まで燃え広がった、という自身の目的地のことを再度思い出し、そう得心する。

     

     以前訪ねた際の地理を脳裏に呼び起こしつつ、世話になったことのある宿へと足を向ける。
    と、人を避け通りを行く細音の耳が、一つの音色を捉えた。

     

    「おや……?」

     

     ベン、ベン、とかき鳴らされる弦の旋律。曲というには曖昧で、音というには圧がある。屋内からかと思えば、明らかにそれは軒先からのものだった。
     続けて聞こえてきたのは、高らかに吟ずる妙齢の男の声音だ。

     

    「数多の人々まとめたる、龍ノ宮一志という豪気たる男。しかして彼の望んだ和の中に、天の名借りた悪がいた。道半ばにて地に還った、我らぁァ〜〜のォ、ほまァ〜れェ〜高ァき、龍ぅ〜の末ぇ〜えェ〜」

     

     それはまさに今、世に起きていることを伝える詩、その前口上のようだった。
     細音としては、世情を知るのにこれほど都合のよいものはそうなかった。幸い宿への道中だったため、流しの楽師を囲む人々の輪に入る。

     

     飲み屋の軒先で世を語り始めた楽師が二人組であることを、細音はすぐに悟った。弾き手と語り手が分かれるのはこの手にしては珍しい。語り手がつかえずにいられるのは、ひとえに弾き手がそれに合わせた伴奏をできるだけの高い技量を有しているからだった。
     ただ、細音は幼い頃から聞いてきた音色に郷愁を覚えるも、今現在紡がれている話の内容に再び眉をひそめざるを得なかった。

     

     語られたのは、龍ノ宮の死から起きる一連の出来事。メガミの炎に城が燃え、天音家が燃えた――その事実は確かに間違ってはいなかった。
     けれど、全ての原因が天音にある、という短絡かつ刺激的な結論が細音を苛立たせた。やりどころのない感情が、旋律を追って薙刀の柄を叩く指先の力へと変わる。

     

     曰く、天音のミコトは邪な手段を用いることでここまでの勝利を得ていた。
     曰く、敵わぬと考えた天音が龍ノ宮を誅殺した。
     曰く、まがい物の勝利で以って世を支配するのが天音の目的だった。
     曰く、故に天音はメガミの怒りに焼かれることとなった。
     曰く、ミコトの悪行に狂ったメガミは、正義のミコトの英雄的活躍により鎮められた。

     

    「随分と落ち着いてきた、って時分だってぇのにねえ……」
    「喧嘩がつええだけのやつに治められちゃたまらん。ヒミカ様はようやってくだすった」
    「いやぁ……それでも、あんな焼け野原にされちゃあ……ねえ? 今まであんな方が町にいたのかと思うと……」
    「おめえさん、城下のほうか。そうだな……見境なく暴れられちゃあな……」
    「とはいえ、メガミ様を討っちまったなんて、それはそれで恐ろしいよ。ヲウカ様がお怒りになっていやしないか心配だよ……」

     

     最初からとは言わずも、当事者であった細音にとっては、聴衆の反応も総じて勝手なものばかりであった。この場で身勝手な意見をばっかり切り捨ててしまいたい欲望に駆られるも、そうしたところで得はない。
     そのうち、胸糞が悪くなるような内容を話半分に聞くようになった細音は、佳境に行くにつれて激しくなっていく伴奏を捉えることに夢中になり始めていた。

     

    「ヒトかァ〜ミコトォ〜か、果てはぁァ〜メガミかァ〜。行く末ぇェ、知るべきゃァ、真かァ、桜かァ〜。――……どうも、お粗末さまでございました」

     

     はっ、と終わりを告げられた細音は、随分と熱中していた自分が恥ずかしくなった。語りの伴としては随分と複雑になったその旋律を、ひたすら追い続けることで鬱憤を晴らしていたのである。
     三々五々散っていく人々の足音に、自分も早く宿を見つけねば、と当初の目的を思い出す。すっかり頭の中からどかされていた地図をもう一度引っ張り出す。

     

    「ねえねえ、そこのお姉さん」

     

     そんな細音にかけられた声は、とても幼い女の子のものだった。
     耳が良すぎるため、自分に向けられたものだと分かってしまう細音は、訝しがりながらも応じるしかない。

     

    「……なんでしょうか」

     

     これがただの子供であったのなら、無視することもできた。
     けれど、自分の胸元まであるか怪しいくらいの背丈であろうその子供の足音が、明らかに弦の音色の発生源からやってきたこともまた、耳の良すぎる細音には分かってしまうのだ。
     そしてあの弾き手は、ともすれば語り手を手の上で転がすように奏でていたことも。
    細音の中で、興味と不審が天秤にかけられている。

     

    「今日はここに泊まっていくんでしょう? お夕飯でも一緒しない? あなたと話したいことがあるんだけど」
    「客引きなら間に合ってますが……」
    「あ、ごめんね。名乗りもせずに」
    「あの」

     

     細音の制止をよそに、その少女は悪戯めいた笑みを浮かべながらこう言った。

     

    「あたしは久遠。 幾年久遠 いくとせくおん 。よろしくね」

     


     袖振り合うも、とは言うけれど、それにしたって奇妙な縁だ。
     ……ああ、念のため伝えておいたほうがようさそうかな。
     君なら分かっているかもしれないが、彼女の正体はトコヨ。芸術と永遠を象徴するメガミさ。
     彼女はよく人の世に現れては、お忍びで芸事を嗜んでいる。そしてこのように人と触れ合うこともある。
     ま、お忍びって言ったって、分かる奴にしてみたらばればれもいいところなんだけどね。幸いにして、あの場にはいなかったようだけど。

     

    語り:カナヱ
    『桜降代之戦絵巻 第三巻』より
    作:五十嵐月夜  原案:BakaFire 挿絵:TOKIAME

     

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