『八葉鏡の徒桜』エピソード2−1:Sudden Growth

2019.09.06 Friday

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     潮風が、肌を撫でる。遮るもののない早朝の日差しは、桜降る代の南東に位置するここ瀧口の港に燦々と降り注いでいた。
     帽子の一つでも欲しくなるような快晴の下、港に鎮座するのは一艘の大型船だ。帆柱まで含めれば立派な神座桜もかくやという威容を誇り、その巨体には水夫たちが追い込みをかけるようにあくせくと荷を積み込んでいるところだった。

     

     

     そんな船を見上げるようにして、何かを待つように岸に佇む者たちがいた。
     一人はだらしなく着流した、少し頭に白髪の混ざり始めた中年の男だ。彼は名を 楢橋平太 ならはしへいた という。色街通いが似合いそうな軽薄な雰囲気を醸し出しているものの、彼の右手が握っているのは小さな子供の手だった。
     そしてその二人目の子供は、齢十にもまだ満たないような少年であった。日に焼けたというには色濃い肌と、白よりは銀と呼ぶべき絹糸のような髪を持ち、纏った異国の雰囲気は港の男たちの視線を集めている。
    と、そこへ、

     

    「こちらでしたか」

     

     横合いからかけられた声に楢橋が顔を向けると、そこには同じくらいの年頃の、けれど彼にはない威厳と風格を身に纏った男がいた。眼鏡の向こうには知性を感じさせる眼差しが静かに煌めいているが、爪を生やした手袋を腰に提げており、学者然としていながらも内なる獣性を主張しているようだった。
     男―― 佐伯識典 さえきさとのり は僅かな目礼と共に、さらに言葉を作った。

     

    「お手数をおかけして申し訳ありません、銭金さん。息子をよろしくお願いします」

     

     彼の礼は、楢橋でも、子供でもない、銭金と呼ばれた三人目の恰幅のよい老人へと向けられていた。
     杖をつき、いかにも高級そうな艷やかな衣服に袖を通す彼は、媚びるような笑みを佐伯へと見せる。見てくれだけなら大商人の風格さえある銭金だが、どことなく滲む小物臭さ故に貫禄はあまりない。あるいはそれを、親しみと呼ぶ者もいるかもしれない。

     

    「いえいえ、お任せください佐伯殿。ご子息はしっかりとお世話させていただきます。――こいつが」
    「…………」

     

     杖で小突かれた楢橋の目は死んでいた。焦点はまるで過去を見つめているように合っておらず、半開きの口からは限界まで薄く伸ばした溜息が溢れていた。
     少年はそんな楢橋のことなどお構いなしに、退屈を訴え始める。

     

    「おい楢橋ー、遊ぼうぜー! なぁ!」
    「うん……おまえのお父さん見送ってからな……」
    「えぇー、じゃあ泳ぎたいぃー!」
    「おじさんついてけないから、せめて川にしような……」

     

     絞り出した返事に漂わせる哀愁も、当の親である佐伯と主人たる銭金の微笑みの種となる。もはや気力がないのか、腕をぶんぶん振り回されても為すがままだった。
     佐伯は我が子の頭をくしゃりと撫でると、

     

    「ありがとうございます。それでは、行ってきます」

     

     踵を返し、大型船から吐き出されるようにかけられた舷梯を昇っていく。その足取りに淀みはなく、途中で振り返って手を掲げた後は楢橋たちに顔を見せることはなかった。彼の背を照らす太陽も旅立ちを祝しているようだった。
     残された者たちは、その長き旅路の無事を祈ることしかできない。

     

    「くらえー、メガミマンパーンチ!」
    「ご、ふぅッ……!」

     

     少年の無邪気な拳が、無情にも楢橋のみぞおちへと突き刺さった。
     船が、唸りを上げる――

     

     

     

     

     


     そして、半月を超えようかという時が流れた。
     着港を歓迎する陽光は、あの日の桜降る代のように港へ強く照りつけていた。

     

    「まあ! まあまあ!」

     

     久しぶりに地に足を着けた乗船客の女が、興奮を隠しきれないといった様子で忙しなく首を動かしていた。長旅の疲れなど一瞬にして忘れ去ったと言わんばかりで、爛々と輝く瞳は目に映るものすべてが掻き立てる好奇心に満ち満ちていた。
     縁を象徴する存在として知られるメガミ・ユキヒ。藍色の着物に身を包む彼女は、各地の風景や人々の営みを旅して見て回る、いわゆる旅行を趣味としている。ただ、メガミとしての長い生の中で、彼女は桜降る代の名所を粗方回り終えてしまっていたのだった。

     

     けれど今、ユキヒは見たことのない風景を目の当たりにしている。
     今しがた降りてきた船のほうへ、振り返りながら問う。その先にいたサリヤは、同じメガミながらにして、桜降る代から見た異邦を故郷とする元人間であった。

     

    「ここが、そうなのね!?」
    「ええ。ここが私たちの国――」

     

     問われたサリヤは笑みと共に頷く。
     そして、彼女は友人を歓迎する言葉を告げた。

     

    「ようこそ、ファラ・ファルードへ」

     

     元来、海の向こうに存在する国は、ごく限られた者しか目にすることはできなかった。双方の発見から四十年を経た今でも交流はごく一部に者たちに留まっており、たとえメガミの意思があったとしても、両国を隔てる大海原はそう易々とは越えられない。それはユキヒとて例外ではなく、夢想してきた地に立っているという実感が彼女の中にふつふつと湧いてくる。

     

     桜降る代との違いとしてまず目についたのは、建物の造りだった。船着き場から見える港の街並みは総じて赤や白の石で築かれており、木は屋台のような簡易なものくらいだった。山城であってもここまで多いわけではなく、木造建築に慣れ親しんだユキヒにとってその街並みは目新しく映っていた。
     行き交う人々は皆、サリヤのように色濃い肌と銀の髪と有している。肩からすっぽりと足まで覆うような装いのものが多く、今日のような少々暑い日には風が気持ちよさそうだ、とユキヒは思う。

     

    「すごいわ! あっちのお船のお魚、色とりどりでとっても綺麗! たくさん獲ってるし、食べるためよね? 美味しいのかしら。……わぁ、あっちのほう、あんなにのっぽな建物があるわ! お星さまが描かれてるけど、あれは偉い人のお屋敷か何かなの?」

     

     視界に収まるものすべてに目移りしながら、サリヤへ次々に質問を投げかける。普段の淑やかさを海の向こうに忘れてきたようで、昔桜降る代に不慣れだったサリヤからの疑問を一身に受けていたときとはまるで立場が逆になっていた。
     それにサリヤは、くすり、と笑ってから、

     

    「そうね、あっちにはいない魚も多いわよ。食べる気がしない見た目のもいるけど、案外美味しかったりするわ。向こうの塔が立っている建物が、前に言った寺院ね」
    「あぁ、こっちのお社ね! 行けば誰か会えるかしら」
    「あー、いや、メガミじゃないんだから。ま、まあ、会えるというのも間違ってはいないんだけど……」

     

     

     どう説明したものか困惑している様子のサリヤに、小首を傾げるユキヒ。
     そんな二人に、さらに背後から潜めた男女の笑い声が聞こえてくる。
     一人は、ユキヒたちと共に海を越えてきた佐伯その人。そしてもうひとりは、サリヤと同じ肌と髪を持つ若々しい女だ。

     

    「メガミサマがワタシタチの国を見てコーフンしてるなんて、ヘンな感じデス」

     

     訛りのある言葉で語る彼女はジュリア・ヴェラシヤ・クラーヴォ。サリヤが人間時代に守護騎士として仕えていた、この国出身の技師である。街の人々と同じく、ゆったりとした亜麻色の装いに身を包み、腰まで伸びた癖毛が潮風に揺れていた。桜降る代におけるかの動乱を経験した人間ではあるが、当時から比べても異様なほどに姿が変わっていない。
     対し、佐伯はユキヒへ顔を向けると、

     

    「ジュリアにとって桜降る代が未知であるのと同じように、ユキヒ様にとってもここは未知ですからね」
    「そうね……人が違えば、色んなものが形を変えていくわ。着いて早々これじゃあ、目を回さないか今から心配だけど」
    「はは、そう急ぐ必要もないかと。ゆっくり観光できるだけの時間はあるでしょう」

     

     それにユキヒは笑みを深め、胸の前で両の手を握った。
     その秘した感嘆を微笑ましく見守っていたサリヤとジュリアだったが、港に立ち並ぶ建物のほうからこちらに向かってくる一団を認めた。先頭を行く二人の男に、護衛と思しき帯剣した者と侍従が、それぞれ一人ずつ控えている形だ。
     遅れて気づいたユキヒは、サリヤが気持ち背筋を伸ばしているのを見て道を開ける。迎えが来ると言われたことを思い出す。

     

     二人の男は一行の前で立ち止まると、サリヤとジュリアを間近で眺めて僅かに驚きの表情を作った。
     それをしまい込み、先に口を開いたのは一方の鷲鼻の初老だ。白を基調とした上下に別れる装いではあるものの、前をきっちりと閉じた上着は、至るところに刺繍が施された豪奢なものだった。彼の鋭い眼光は、高い知性と毅然たる意思を示すようだ。

     

    『ご機嫌麗しゅう、クラーヴォのご令嬢。ラーナークの盾も壮健で何よりだ。聞いてはいたが、写真から抜け出てきたように変わらんな』
    『そちらもお元気そうで何よりです、ヴィルドニール卿』

     

     この国の言葉で述べた挨拶に、同じ言葉で返すのは恭しく頭を下げるジュリアだ。後ろに控えたサリヤもそれに倣う。
     そしてもう一人の男は、対照的に温厚そうな老人だ。淡い紫地に金の縁取りをした布をすっぽりと被ったような服に、六つの頂点を持つ星があしらわれた帽子をその禿頭に乗せている。にこにこと人当たりのよさを感じさせる僧のような印象だが、その裏に牙の存在を予感するような男だとユキヒは胸中で書き留める。

     

    『猊下もお変わりなく』
    『いえいえ、私ももういい歳になりました。聖典を一節読み上げるだけで一苦労で……。こうして若々しいお姿を保っていらっしゃるお二方を目の前にすると、羨む気持ちを禁じえませんな』
    『向こうでも、お世話になった方々からよく言われました。特に私に関しては、報告の通り再現性のない事故によるものなので、在りし日の猊下を、というわけにはいかないのですが』
    『それは実に残念です。寂しくなった頭と、もうしばらく付き合うことにしましょう』

     

     冗談にしずしずと口を抑えてジュリアは笑う。
     と、そこでサリヤから短く名を呼ばれたジュリアは、現地人ではないユキヒと佐伯が置いてけぼりになっていることを思い出したようで、慌てて紹介を始めた。

     

    『えー、こちら、我が国における五大貴族の筆頭・ヴィルドニール家の当主、アーギュメンテ・ヴェラシヤ・ヴィルドニール卿でいらっしゃいます。私のクラーヴォもヴェラシヤですが、ヴィルドニール家はヴェラシヤの最高位にあたります。ちょうど、私とサリヤの家が丸ごと下につく形ですね』

     

     まずは鷲鼻のヴィルドニールを。そしてもう一人、

     

    『こちらは、テルメレオ・フェラム・エフメレオ猊下。八ツ空の神々を信仰する我らが国教の指導者・フェラムのエフメレオ家の長であらせられます。そうですね……あちらでいうならば、一番偉い宮司さんの一人、と言えば分かりやすいでしょうか』

     

     名を出されたエフメレオが小さく会釈する。
     続けて、桜降る代から訪れた一柱と一人を紹介しようとするジュリアだったが、それに先んじて両者は一歩前へ出た。
    まずはユキヒが、多少詰まりながらもヴィルドニールたちの言葉に合わせて自ら名乗る。

     

    『桜舞う彼方より、ジュリアさんのご高配あって、お邪魔させていただいております。私は、メガミのユキヒ、と申します。かねてより、この国のことは窺っておりましたので、この日をとても楽しみにしていました』
    『おぉ、貴女様がかの……!』

     

     言い終えられたことにホッとするユキヒに、迎えた二人の表情に感心の色が咲く。
     ヴィルドニールは少々大げさに礼をしてから、

     

    『いやはや、かの地の神であらせられるお方に、我が国の土を踏んでいただけるというだけで光栄だというのに、そこまでご興味を持っていただけるとは』
    『そちらとこちらではだいぶ言葉も違うようですが、とても流暢にお話しなさる! さぞ苦労なさったことでしょう』

     

     追従するエフメレオ。だが、それにユキヒは苦笑いをこぼした。

     

    『今の挨拶、練習していました。サリヤから、教えられて……本当は、まだ不自由ない会話は難しいんです』
    『何をご謙遜なさるか。十分に伝わっていますとも、流石はラーナークの御子が教師をしただけある。元々、彼女がいれば通訳には困らないと思っていたのですよ』
    『エフメレオ猊下。そういうことでしたら、こちらに一人、母国語同然に話せる方がいらっしゃいます。彼が、あの佐伯さんです』

     

     口を挟んだサリヤが示すのは、機を窺っていた佐伯である。
     彼は一瞬サリヤに目配せしてから、朗らかな笑みを浮かべてエフメレオたちの前へと出る。

     

    『佐伯識典です。両閣下にお会いできて光栄です』
    『では、君がクラーヴォのご息女と?』

     

     ええ、とヴィルドニールに答えてから、

     

    『契りを結ばせていただきました。本当はもっと早くにご挨拶に伺えればよかったのですが、息子がある程度大きくなるまでは、と』
    『この遠路を無理するものではないだろう。もっとも、クラーヴォ卿は首を長くしていたようだがな。ジュリア嬢の兄君も、会うたびに君の話題を欠かさない』
    『ははっ、ご勘弁を。今すぐ甥の顔を見たいなどと言われないことを祈ります』
    『こちらに住んでしまえば、いつだって顔を見せられるさ。そのつもりはないのか? まさかその舌の回り方で、会話に不自由するとは言わんだろう?』

     

     それに佐伯は、ゆるりと首を横に振る。

     

    『あちらで為すべきこともありますので、すぐには難しいでしょう。ですが、この縁を以っていずれ双方の懸け橋となれるよう、夢想する日々です。その暁には、きっと』
    『ほっほっ、両国の未来は明るいですな。人にとっても、神にとっても』

     

     両手を腰に当て、エフメレオが好々爺然と微笑んだ。この場にいる皆が、大海原を越えた邂逅が無事相成ったことを確認するように、彼に倣う。
     そうして互いの紹介が終わった頃合いを見計らって、話を先に進めるのはサリヤだ。

     

    『それで閣下、我々が召集された件に関してですが……』

     

     これほどの重鎮が直々に出迎えていると知ってから、ユキヒは彼らがこれから優しく観光案内をしてくれるなど露ほども期待していなかった。元より用事に付いてきただけの身であるために不満に思うこともなかったが、航路で見せられたサリヤの憂いをどうしても思い出す。
     水を向けたサリヤに、ヴィルドニールは背後の侍従の一人に目配せした。その侍従がどこかへ向かったのを認めてから、彼は一行を促すように告げた。

     

    『案内しよう。早速だが、語るよりは実際に見たほうが早いだろう』

     

     

     

     


     街の景観もそこそこに、屋根のついた荷台で揺られること四半刻ばかり。仕事の合間を縫って来たらしいエフメレオと別れ、一行は郊外にあるという『現場』へと向かっていた。
     牛馬の代わりに、蒸気を吐き出す大きな釜がその三つの車輪を忙しなく回して、荷台を力強く牽く様にユキヒは感心していたが、石に乗り上げたときの揺れの大きさは如何ともし難い。その乗り物の中で向かい合って並ぶように座って、硝子窓の外の風景を横目に流し、互いの近況を語らう輪に入っていた。
     やがて辿り着いた目的地で降ろされたユキヒは、ある意味で意外なものを前にした。

     

    「あら、立派な桜ねえ」

     

     荒れた地面から伸びる、一本の神座桜。郊外に咲くそれは、周囲をいくつもの煤けた小屋で囲まれた、妙に物々しいものであった。見上げる威容は、桜降る代に咲く平均的な桜よりもなお大きい。
     周囲に人の気配はなく、ユキヒたちだけがそれを眺めている。
     だが、その桜に感嘆ではなく、驚愕を示す者たちがいた。

     

    『ジュリア様、これは……』
    『私たちが今、祖国にいることを忘れてしまいそうだわ』

     

     一大事を前にした者の反応であることはユキヒにもすぐに分かった。同じく桜降る代に生きる佐伯の顔を窺うが、彼はユキヒと同様、初めて見る海の向こうの神座桜を違和感なく受け入れているようだった。
     正常であることが、異常。さながら、持つ常識によって認識が正反対になっているよう。

     

    『一体どういうこと……? ここまで大きな変動は今までなかった……大きなエネルギーの源泉を、たまたまこのコールブロッサムが掘り当てたっていうの? エネルギーは地層になっている? いえ、それなら環境の差異がもっと――』

     

     ぶつぶつと、ジュリアの口から目の前の現象に対する考察が溢れ出す。
     その様子に、さもありなん、と納得の表情を作ったヴィルドニールは、彼女の見出した異常のあらましを語る。

     

    『ご存知かもしれないが、この地におけるコールブロッサム――あちらでは神座桜、でしたかな。そのどれもが、これほどの花を咲かせることはないのです。大半は、枯れ木のような見た目で、ぽろぽろと花弁の欠片を零すだけに過ぎない』
    『しかし、この桜は……』
    『元々は――そう、あの一階建てのほうの工場があるだろう。あのくらいの大きさだったわけだが……』

     

     今はと言えば、優にその倍以上の樹高を誇っていた。

     

    『ひと月ほど前から、急激に成長を始めたのだ。それがついにはここまでに……。資源が増えることは歓迎するものの、コールブロッサムを管理するヴェラシヤとしては、不穏に過ぎて採取を中断せざるを得なかった。これを見て、何か心当たりは?』

     

     軽く問うヴィルドニール。だが、メガミ二柱を含む四人は、誰も答えを持っていなかった。
     その上で納得したように頷く彼は、舞い落ちてきた結晶を手のひらで受け止めた。そして、降って湧いたようなその結晶を摘んでサリヤたちに見せる。

     

    『二人を呼び出したのは他でもない。この事態についての見解を訊き、今後の方針を定めるためだ。早々で悪いが、話し合いの場を設けてある。共に来てほしい』
    『卿の頼みとあらば、喜んで』
    『また――佐伯殿』

     

     名を呼ばれ、意外さを滲ませた彼へ、

     

    『君も今はクラーヴォの身内だ。それはすなわち、ヴェラシヤの身内ということでもある』
    『…………』
    『加えて、あちらについて造詣の深い者からも意見を貰いたい。ジュリア嬢に同行してくれると有り難いのだが』
    『是非もありません。微力を尽くさせていただきます』

     

     答える傍ら、ジュリアと確認するように目を合わせる。ただ、ジュリアの意識はこの咲き誇るコールブロッサムに半分以上持っていかれているようで、佐伯の口端が苦笑に歪んだ。
     残るユキヒは、早くもここまでの道で気になったものを脳裏に思い浮かべていた。おかしな桜に興味をそそられないかと言えば嘘になるが、彼女にとっては見慣れたものより見知らぬ土地である。メガミとしての感覚も、特に大きな違和感を訴えているということもなかった。
     そんな彼女にヴィルドニールは、

     

    『メガミ様のお手を煩わせるつもりはございません。こちらに滞在される間、我が屋敷の一室をご自由にお使いください。望まれるなら、世話係もつけましょう』
    『ありがとうございます。すごく、助けになります』

     

     さらにヴィルドニールは、片手を胸に当てて軽く頭を垂れる。
     告げるのは、宴への招待だ。

     

    『今晩には、各界のゲストを呼んでのパーティーが予定されています。かの地のメガミ様にご参加いただければ、私どもとしては恐悦至極に存じます』
    『まあ! それは楽しみですね!』
    『そう言っていただけると有り難い限りですな』

     

     喜びを示すユキヒに、ヴィルドニールはその皺の刻まれ始めた顔を僅かに綻ばせた。人の話を聞くのが好きな彼女にとって、異邦での社交の場への誘いは願ってもないことだった。
     幾許かして、彼女は一人だけ浮かれているようになってしまっていることに気づいたようで、目の前の異物に未だ違和感を隠しきれないでいるサリヤにばつが悪そうに断りを入れる。

     

    「ごめんなさいね、私だけ何もしないで。お仕事、頑張ってね」
    「元からその予定だったんだからいいのよ。それに、パーティーなら私たちも出るでしょうから、また後でね」

     

     片目を瞬かせるサリヤに、ユキヒは微笑み返す。
     サリヤの抱えていた面倒事もそれほど大事ではなさそうだ、と一安心するユキヒは、少しばかり蓋をしていたこの異邦への期待を今一度呼び戻す。背にした神座桜こそ遠方であることを感じさせないが、面白い出会いが待っている予感は確かにしていた。

     

     ……そう、このときは、まだ。

     

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