『????????』プロローグ3−2:彼女にとっての未知と目撃

2019.04.26 Friday

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     穴が空くほどの注視に、熱がこもっていればどれだけよかっただろうか。冷ややかで刺々しい視線を浴びせられてしまえば、縮こまったヤツハに口を開く気概など残っているはずもなかった。
     故に、訪問者から話を切り出したのは必然だった。

     

    「我はコルヌ。この北限の地を保する者よ」

     

     これから言葉を交わそうという想いの欠けた、簡潔にして温かみのない自己紹介。
     いっそ威圧的な宣言と呼ぶべきそれにヤツハが黙りこくっていると、コルヌから顎で返答を促される。

     

    「私は……ヤツハ、です……」
    「ヤツハ」

     

     コルヌはただ名を復唱しただけのようだが、声の鋭さのあまり叱責のようにしかヤツハには聞こえなかった。
     大いに警戒されているせいなのだろう。ヤツハ自身にとっては謂れなき理不尽でしかないけれど、自分ですら正体が分かっていないのだ、警戒されるのも仕方がない。そう納得することで少しでも肌を刺す空気の痛みを和らげようとしていた。

     

     そうでなければ、とヤツハは思う。
     態度や雰囲気、あるいはコルヌの敵視を横に置いてごまかしでもしなければ、ヤツハには対話する気力も絞り出せなかった。胸襟を開くだなんてもっての外だった。
     心の内側が粟立ったような感覚が、コルヌを前にして消えてくれない。
     印象や好悪よりも先に立つ、どうしようもなく、説明もできないそれ。

     

     しかし、その感覚に任せて拒絶を選ぶほど、ヤツハは考えなしではなかった。縋ることはできないのだとしても、好機を逃すべきではないという理性からの訴えをきちんと支持していたのである。
     とつとつと、反応を窺うように上目遣いになりながら、ヤツハは語る。

     

    「あの……私、気がついたらここで……その、眠っていて……。自分の名前だけしか、分からなくて……何故ここにいるのかも、今まで何をしてきたのかも……北限というのも、記憶にないので、どのような場所かも……」
    「…………」
    「だから、何かご存知でしたら、教えて……欲しくて……。私のことでも、こうなった原因でも、なんでもいいんです……」

     

     最後まで、ヤツハはコルヌに目を向け続けることができなかった。その言葉は懇願だというのに、口に出す傍から回答への希望が失われ、どんどんと反れていた。それは恐れからではなく、不信という感情が理性の足を引っ張っているようなものだった。
    反響した声も消え失せた静寂にいたたまれなくなる。彼女の目には今、地面についた己のか細い手指が映っていた。
     と、

     

    「いつ、目覚めた」
    「え……」

     

     取り付く島もない反応を予想していたヤツハは、少しだけ険の取れた問いに顔を上げた。警戒を解かれたなんてことは当然なかったが、コルヌは少なくとも話には付き合ってくれるようだった。

     

    「いつ、目覚めたと訊いている」
    「あっ……! そ、その、つい先程……ほんの少し前、です」
    「そうか。では、この珍妙な場に立ち入った理由にも、心当たりはないと?」
    「あり、ません……」
    「本当に? 貴様の背後にあるソレがなんであるかも、か?」

     

     視線で指されたのは、樹肌状のものと奇妙な蔦。そのどちらに言及しているのかは判断できなかったけれど、ヤツハにとってはどちらも否と返すしかない。
     ふるり、と首を横に振ったヤツハを見て、意識を切り替えるように息を吐いたコルヌは、さらに問いを重ねる。
     ただ、

     

    「ならば貴様の権能はなんだ。何ができる? まさか、それすら思い出せぬとは言うまい?」
    「……?」

     

     そのコルヌの問いの意味を、ヤツハは消化できなかった。不明の中に呑まれていながら、なお何を指しているのか、彼女には理解できなかった。
     困惑顔を浮かべながら、思わず問い返す。

     

    「あの、権能、とは……? 何ができると言われても……」

     

     問い返されたコルヌは僅かに眉を顰め、顎に手をやりながら靴底の刃先でコツコツと地面を叩く。ヤツハはそこで初めて、コルヌの足元が寒さ相応に凍りついていることに気がついた。
     やがてコルヌは、そのまま応じる代わりにもう一つ、新たな問いを差し向ける。

     

    「貴様、メガミではないのか?」
    「メガミ……?」

     

     また、ヤツハには答えられない。ごく当たり前のように訊かれ、自分が失っているものの多さを痛感する一方、それをいいことにコルヌが口から出まかせを言っているのではないか、とすら思えていた。真偽を判断する礎がなければ、心情だけが拠り所となる。
    どうもそれが素直に顔に出てしまっていたのか、鼻を鳴らしたコルヌは、

     

    「我らメガミとは、桜と共に在る者。人の理も、自然の理も超えた、意思を持った力の形。我が氷雪を象るように、何れのメガミも権能を有り様として有している。もっとも、近頃は人の子に貸すばかりだったのだがな」

     

     簡潔に過ぎて全容は把握できない、そんな説明。むしろ、わざわざ説明しなければならないことへ彼女は憤っているかもしれない。
     故に、とコルヌは義務は果たしたとばかりに本題へ戻る。

     

    「貴様の権能がどのようなものか、斯様に問うたまでよ」
    「え……そ、それは、私がその、メガミ……? ということなんですか?」
    「かかっ! 然り、然り。よもやその気配をして、人の子などと騙ってくれるなよ?」

     

     ヤツハはそこでようやく、コルヌの敵意すら孕んだ視線の理由の一端を垣間見た。メガミが超常的存在なのはなんとなく理解できたが、要はヤツハのことを得体の知れない、どのような力を持っているかも分からない存在として警戒しているに違いなかった。
    無論、ヤツハにとってそれは、理不尽としか呼べない道理でしかない。
     自分で自分が分からないというのに、自分という存在自体を危険と見做されている。無害であることを主張する以前に、抗弁すらままならない。そんな状態で向けられる懐疑の目が心地よいはずがない。

     

     いるべきでないところにいたから疑われているのであれば、誤解も解けよう。けれど、自分の知らない自分が問題では解決の糸口すら見えない。
     ヤツハは、対話を選んだ理性であっても猜疑心を育むをよしとしたほどに、ますますコルヌとの心の壁を厚くしていた。自ら敵意を向け返すことはしないまでも、こちらもまた瞳に猜疑を宿すしかない。

     

    「私がメガミだとしたら、どうするというんですか……?」

     

     いっそ突き放すように伺うヤツハ。
     対し、コルヌは間を置かずに答える。

     

    「あるべき所へ送るまで」
    「それは――」
    「少なくとも、この北限ではないことだけは確かよな」
    「…………」

     

     親身とは程遠い隔絶の意を前にヤツハは黙ってしまう。そしてコルヌもまた、口を閉ざしたヤツハへの追撃の手を休め、腕を組み直す。
     お互い対話をする意思は掲げつつも、水面下では疑念同士がぶつかりあう、そんな居心地の悪さで場は満たされていた。何か一つきっかけがあれば即座に決壊してしまいそうだったけれど、そうなったときに弱い立場にいるのはヤツハのほうだ。だからこそ、この探り合いを続けなければならないことが彼女には恨めしかった。

     

     現状を理解したいのは自分なのに、自分のほうが相手に理解を求めている。
    あべこべなあまり泣きたくなってしまいそうな不安を抑えるように、その豊かな胸元へ手を当てても、高慢とすら思えるコルヌの刺々しい気配からは逃れられなかった。
     さらに、だ。

     

    「ひ……!」

     

     コルヌが目を細めたかと思うと、彼女の纏っていた険しさがいや増した。身体は悠然と構えたままだというのに、突如として刃の切っ先を喉元に向けられたかのようだった。
     最悪の結末すら脳裏を過るヤツハであったが、しかしコルヌの出方を縮こまりながら窺っていると、その切っ先がどうも自分に向けられていないことに気づく。鋭利に過ぎて勘違いをしてしまったが、別の何かを警戒しているようだとヤツハは思い直したのだ。

     

    「すまんが、続きは後だ」

     

     その謝罪は心ここにあらずといった空虚なもので、けれどつららのように鋭利な気配はまさしく敵意そのものだった。
     そしてくるりと器用に転回したコルヌは、

     

    「ここにおれ」
    「……! ま、待って……!」

     

     ヤツハの制止に耳を貸すことなく、地面の上を滑るようにして、風の吹き込む音のする闇の中へと消えていった。

     

    「あ……」

     

     後には、ぽつん、とヤツハだけが取り残される。
     元に戻っただけのその静寂は、猜疑の渦から解放された証だった。けれどまた、彼女にはその静寂がいやに耳に痛かった。

     

     

     


     自分が何者か、などという根源的な問いに答えを出すことは困難を極める。成してきたことも、これから成さんとすることも、それがどんな場所で行われることなのかも、何もかもがない状況では、ろくに想像を羽ばたかせることすらできない。
     だが、短い邂逅ながらもコルヌの言によって、半ば核心に近い手がかりをヤツハは得ることができた。

     

     自分は、メガミと呼ばれる存在なのか。
     コルヌは同時に、メガミは超越した力を持つと言い、それを権能と呼んだ。そして、それは有り様であるとも。
     ならばもし――もしも自分が、コルヌの指摘通りメガミなのだとしたら。

     

    「私の、権能……」

     

     あるとしたらどんなものだろうか。思考のきっかけを得たことによって、ヤツハの中で可能性が広がっていく。
     冷たい氷雪の権能をコルヌが持っているのだとしたら、きっと反対に熱い火の権能もあるのだろう。あるいは穏やかに流れる水の権能か。
     けれど、それで何ができるのかと考えを進めたところで、ただ火を付けたり、あるいは泳いだり水を出したりする程度しか思い浮かばない。超越した力とは言うが、比較できるような知識がほとんどないのだから仕方がない。むしろ、想像すらできないのだから、火や水は己の権能ではないのだろう。

     

     ヤツハに分かるのは、そんな普通ではない力を持っている自覚も気配もないということ。
     つらつらと人の手が及ばないような力の候補を挙げることはできても、それを自分が振るっている姿が想像できなかった。せめて方向性でも分かればよかったのだが、結局自身の正体の話に戻ってしまうので、ヤツハは深く考えるのをやめた。

     

     先に進むには、新たに情報を手に入れなければ。
     そう思うヤツハの目が、ふと闇へと向けられる。コルヌの消えていったその先は、きっと風の鳴く外に繋がっているのだろう。そして、自らの足で確かめることもできるに違いない。
     コルヌは、ヤツハではない他の何かに明らかに気を回していた。外には、その何かが間違いなく存在する。それが善性のものなのか悪性のものなのかは分からないけれど、その何かを自ら見定めなければ何も始まらないという予感が、彼女の背中を押さんとしていた。

     

     あとはそう、小さな希望と幼子のような反発心。
     味方とは思えないコルヌに従うより、コルヌが出向かなければならないだけの何かに、ヤツハは自分の先を期待した。
     それだけあれば、決意するには十分だった。

     

    「あ、っとと……」

     

     よろめきながら立ち上がり、少し考えてから、仄かに光る石をいくつか明かり代わりに拾い上げて、ヤツハはコルヌの後を追った。
     目覚めた空間とは違い、闇の中は言葉を飾る必要もなくただの洞窟であった。岩壁はところどころ凍りついていたけれど、地面のそれは道のように不自然なまでに真っ直ぐだった。目を凝らせば表面に直線の傷が走っており、コルヌの靴の刃のことを思い出す。

     

     外に向かうにつれ、風の荒れる音はどんどん大きくなっていった。肌を刺す冷気もそれに応じて厳しいものとなっていく。脚を覆う薄い黒衣では心もとなく、露わになった肩からは感覚が失われそうになる。
     やがて、白んだ明るさが行手に見えるようになると、明かりを捨てて歩を早めた。氷の道を辿ってはいたものの、きちんと外まで出られたことへの安心感が、たとえ未知の領域への道行きだとしても、ヤツハ自身を急かせたのである。
     そしてついに洞窟から顔を出したヤツハは、白銀に覆われた世界を目の当たりにする。

     

    「うっ……」

     

     殴りつけるような吹雪が彼女を襲い、思わずよろめいた。
     そこは見渡す限りの白、白、白。起伏も距離感すらも曖昧になるような雪景色を、嘶く吹雪がさらに白く塗りつぶさんとしている。陽は見渡す限りの暗雲の向こう側で、穏やかさとは一切無縁の極寒の地であることをいやでも理解させられる。
     しかし、そんな場所であるにもかかわらず、二つの影が雪原に躍っていた。

     

     

     一方はコルヌだ。その白を基調にした衣を吹雪に紛れさせながら、眼を見張るような速さで翻弄するように滑走している。時折、彼女の周囲に鋭い氷の刃が生み出され、宙を裂くように放たれている。
     そしてもう一方も、人の形だった。ぱんぱんに詰まった背嚢を背負っており、軽装のコルヌとは対照的にふんだんに綿を使った防寒着に身を包んでいる女である。眼前にまで迫った刃に応じる動作はなかったが、それらは淡い緑色に光る壁に阻まれ、砕け散る。

     

    「あれが――」

     

     権能なのか。
     コルヌの振るう氷雪の権能は、まさしく先程想像した火や水の如く分かりやすい。相対する女の力は不可解だが、超常の現象であることには違いない。

     ぎゅっ、と冷えた手をヤツハは握る。けれど、吹雪の中で躍る彼女たちに倣おうとしたところで、何かが生じる気配はなかった。

     

    「だーかーらーっ! まだなーんにもやってないって言ってるじゃあないですかぁ!」

     

     風音に負けないよう張り上げられた声は、コルヌの相手のものだ。動き回るコルヌを追ってその女が振り返った折、被った帽子のその下に、不満に口を尖らせる顔が据わっているのをヤツハは認めた。如何に驚くべき氷の力に曝されていようとも、そこには恐れなどというものは一切なく、いっそ玩具を取り上げられて駄々をこねる子供のようですらあった。

     

     

    「みょーな反応調べに、遠路はるばるえっちらおっちら来たっていうのに、この仕打ちはあんまりにあんまりでおこぷーですよ!」
    「我はただ、侵入者を排除するのみよ! 貴様のような狂人が相手ならば、なおさら容赦はできぬ!」
    「えぇーっ! この純真なりさーちゃーが信用できないっていうんですかぁ!?」
    「当たり前だ! この地が吹き飛ばされては敵わん!」

     

     叫び合う互いが知人同士であることはヤツハも理解できた。けれど、氷の刃を叩きつけるコルヌと、不可視の盾でそれをいなすもう一人の女の戦いは、ヤツハの理解を早々に超えてしまっていた。
     自分が失っているものの中に、理解するための鍵があるから。
     ならば、メガミとしての自覚を、記憶を、そして力をその手に取り戻したのなら、きっと――。

     

     身体に積もっていく雪も放って、ヤツハは超越者同士の戦いを見つめることしかできなかった。
     今の自分にないものを、そこに見出すために。

     

     




     んもーう。こるぬんってばほんとにいけずなんですからー! くるるんはぷんぷんですよぉ。
     なにやらなにやらわっくわくな反応が出てきたならば、そいつを調べるためにどこまででも! そいつがあどべんちゃらーすぴーりっつ、ろまんってやつじゃあないですか? あなたもそう思いますよねぇ?

     おお! わかってくれますかぁ?
     そうだとすればあなたもくるるんの同士ですぅ。今度はひとつ北にご一緒して、ないすな大発見をしちゃおうじゃあないですか! どうですぅ?











     



     ふむふむん。すばらしいっ!
     ならばご招待しましょうっ! くるるん探検隊に!

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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