桜花仄かに輝かん(前後篇)

2019.04.26 Friday

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     こんにちは、BakaFireです。今回の記事はホノカ特集の前後篇となります。前々篇をまだお読みでない方は、こちらから読まれることをお勧めします。
     
     このシリーズは特定のメガミに注目して、本作のデザインを語るというものです。今回は第三シリーズ第1回にして累計第10回となります。前々篇ではメガミ・ホノカに関する歴史のうち、彼女のコンセプトを決めるまでの内容をお話ししました。前後篇ではそれを踏まえて開花など、ゲームにおけるシステムを決めるまでの歴史をお話しします。
     
     それでは、さっそくはじめましょう!

     


    成長していくカードたち
     
     さて、前回の話に少し立ち戻りましょう。ホノカは第参拡張――即ち「結」の「知新」を担当することになりました。そして発散と可能性の側面から本作における結びを表現します。そしてそのために究極的なとんでもなさを感じさせるようデザインするのです。
     
     どのようなギミックでそれを実現すべきでしょうか。とんでもなさという言葉から、ちょうど同様にデザインの途中にあるクルルとも近しいものが感じられるため、まずは彼女と違うところが何であるのかを探りましょう。
     
     クルル特集で語った通り、彼女に求められる楽しさは「発明家の感覚」です。彼女はこれまでにできなかったことを実現するという側面にとんでもなさがあり、その実現性から相互作用を見出すことで発明家の楽しさが味わえるのです。

     

     しかしホノカは狂った発明を実現するわけではありません。このゲームらしさを残しつつとんでもなく究極的な可能性を感じさせるのです。いわばクルルがゲームの可能性を横に押し広げるなら、ホノカは可能性を縦に掘り進む存在です。そこで私はカードの数値や効果を究極的にするという方針を取ることにしました。
     
     考えるまでもないことですが、数値や効果が究極的なカードはゲームを破壊するため、何かしらの制限を加えなくてはなりません。そのためのやり方を私はしばらく考え、思ったよりも簡単にその着想へと至れました。
     
     私が着想を得る流れは多様ですが、その中には他のゲームのエッセンスを思い出し、それを再構築するというパターンもあります。今回は(再構築を通して要素がそこまで変化していない点も含め)着想の起点は分かりやすいものでした。私がこよなく愛し、実に1000回以上を遊んでいるボードゲーム『ドミニオン』です。
     
     『ドミニオン』には数多くの拡張がありますが、その中の『冒険』ではトラベラーカードという使用するたびに成長させられるカードが登場します。そしてトラベラーカードの最終形態は実にとんでもなく、クレイジーな効果を持っているのです。
     
     本作はゲームを通してデッキを構築するいわゆる『ドミニオン』系ゲームではありませんが、本作と『ドミニオン』には重なる所もあります。例えば小枚数のデッキを繰り返し再構成しながらゲームを進める点もその一つです。
     
     それゆえに1回使用したらカードが強化され、そして次の山札では強化されたカードを使えるというトラベラーカードの理念はそのまま本作でも活用できることになります。これは目的に即しているように感じられたため、私はこの形でリストを作ってみることにしました。
     
     
    そして成長から育成へ
     
     プレイテストを通したカード成長ギミックの評価はおおむね良好でした。思ったよりもカードが育たなかったため(『ドミニオン』と本作では山札回転の速さが違ったのです)、カードを成長させたら山札の底に置けるようにしましたが、概ねこのままの指針で良いだろうと評価されました。
     
     しかしながら私もプレイテスターたちも、どこか満足のいく結果にはなっていませんでした。しかしその時点で私どもはクルルやサリヤの抱える問題(※)を解決するために思考の限りを尽くしており、ホノカは放置せざるを得ませんでした。ホノカに改善の余地があるのは明白でしたが、クルルやサリヤはそもそもそれどころではなかったのです。

     

    ※ 詳しくはクルル特集、サリヤ特集をご覧ください。

     

     そして時は流れ、話は前回の結びへと追いつきます。ウツロのラフイラストからアイデアが爆発し、ホノカは陰陽における対となる存在で、そしてウツロとともに不完全さを抱えた存在になったのです。ここで私どもはその不完全さというキャラクター的要素、そしてカードが成長していくというギミックには良い相性があると気が付きました。
     
     そしてもうひとつ。『第壱拡張』で提唱され、クルルでは「発明家の感覚」と定義された考え方もここで定まりました。彼女を宿したプレイヤーにどのような感覚を体験させ、そしてそこからどのような楽しさを見出してほしいのかという指針です。そう、ホノカに求められるのは「育成ゲームの感覚」です。
     
     その上で私は育成ゲーム的であるとはどういうことなのかを考えました。そして、育成対象をどう育てるのかを決められ、育成結果によるフィードバックが得られることにあると結論付けました。後者は問題ありません。ゲームの展開や結果がそのままフィードバックになるからです。しかし今は前者の面で問題でした。カードが使われるたびにただ強くなるだけでは育成ゲームの感覚は得られません。カードを育てるにあたり、意思決定が必要なのです。

     

     それでは意思決定の機会はどこにあるのでしょうか。カードの変化を分岐させるのは分かりやすい手段ですが、それではカードが増えすぎて複雑すぎます。ではカードを増やさずに実現するにはどうするか。こう制限されれば答えは簡単でした。カードを変化させるか、させないかです。この2つの選択肢の間に十分な考えどころがあればよいのです。

     

     

     そして私はカードをデザインしなおしました。カードを成長させると全体傾向として強くなる部分を与えつつ、ある側面では弱くもなるようにしたのです(※)。こうして開花は完成し、ホノカのコンセプトはゲーム面でも確固たるものになりました。あとは後篇を通し、カード個々についてお話すれば十分でしょう。

     

    ※ 改めて振り返ると『ドミニオン』のトラベラーカードもそういう構造を取り、どこで変化を止めるのかという点に大きな意義がありました。ここまで再構築を重ねて同じ地点に戻り、私はドナルド・X・ヴァッカリーノの実力に深い尊敬の意を改めて強く感じたのです。

     


    あまりにも難しいバランス調整:第二幕編

     

     ここまでがホノカに対して誇りをもってお話しできる内容です。実際のところ、これらのコンセプトは魅力的だと確信できます。しかしながらホノカはあまりにもバランス調整が難しいメガミでした。私どもは数多くの成功を誇りに思い、同時にいくつもの失敗を反省してきました。そして彼女はおそらく最も失敗が多く、反省すべきメガミなのです。
     
     まず前提として、彼女はカードの枚数が多い点が実に厄介でした。さらに加えて以降で説明する大きな失敗も重なってしまったのです。その事実も含め、残る2段落ではホノカへの失敗をお話ししていきましょう。
     
     まずは第二幕の話です。こちらへの謝罪はすでに十分に行っており、経緯も何度もお話ししていますのでおさらい程度のものとなります。
     
     印刷コストの問題から『第弐拡張』と『第参拡張』を同時に作成したために、実際に開発した時期と出版の時期が大きくずれてしまいました。そして開発時点ではユリナ/トコヨが強力過ぎたため、彼女らに対抗できるようホノカを調整してしまったのです。
     
     しかし出版までの間にユリナ/トコヨの問題は私どもの想定より重いと結論付けられ、そして『第二幕決定版』での調整を通してゲームバランスは整えられました。そうなるとホノカには問題が生まれます。結果として彼女は強力過ぎ、発売前に調整を行わなくてはならなかったのです。
     
     幸い現在はこの過ちは繰り返していません。『新幕』以降は製品の出版計画、印刷枚数、価格や部数を見直し、複数の拡張にまとめて取り組まずに済むようになりました。

     


    あまりにも難しいバランス調整:新幕編

     

     ここからが本題です。現在の最新作である『第弐拡張:神語転晴』ですが、私どもはそちらのバランス調整は大失敗だったと評価しています(※)。アナザー版ウツロの抱える問題は既にところどころでお話ししていますが、それと同程度にホノカについては大きく失敗しました。彼女は明らかに勝ち辛く、コンセプトを実現できていないメガミになってしまいました。
     
    ※ フォローしておくと、アナザー版オボロとアナザー版チカゲの調整は大成功でした。

     

     これについてのお詫びはシーズン3→4でのカード更新にて必然的に行われますので、冗長さを避けるためにも割愛します。ここではデザインの歴史と紐付けて反省するために、新幕に向けた調整で何を失敗したのかをお話しします。
     
     まとめるならば、私のひとつの大失敗と、私やバランス調整チームの小さな失敗の繰り返しからこの問題は起こったと考えています。それぞれ説明しましょう。
     
     大失敗とは、コンセプトの再定義を怠ったことです。この特集から分かる通りホノカは「本作を締めくくるような究極さ」と「それを実現するための育成ゲーム感」から構成されていました。しかし当時の私は「育成ゲーム感」という与えたい感情だけで満足し、その先の思考をおろそかにしてしまいました。
     
     「本作を締めくくるような究極さ」は、本当に本作を締めくくるから許されるのです。分かりやすさのために実例を挙げるならば『第二幕』の「満開」で、全ての《攻撃》の適正距離を0-10にしてしまうというとんでもないカードです。しかし以降に拡張が予定されていないからこそこの一枚は印刷が許されました。『新幕』のバランス調整では今後のデザイン空間をあまりに抑制するという点から取り除かれたのです。
     
     ゆえにホノカは一方の軸を失ったままバランス調整が続けられてしまいました。そのためフィードバックをどのように受け入れていくかの観点において私は適切な意思決定ができず、良い結果を導くことができませんでした。私は開発期間の早い時期にホノカのコンセプトを正しく振り返り、片方の軸が機能していないことを発見し、そして新たな軸を構築して新しい形で魅力的な「育成ゲーム感」を表現するべきだったのです。
     
     バランス調整チームの小さな失敗は、私どもにバランスにおける上方向での誤りを恐れる時期が来てしまったというものです。シーズン1、シーズン2それぞれで何柱かのメガミに下方修正を私どもは行いました。それはすなわち、強すぎる方向での過ちが多数あったということです。

     

     そのため私どもは失敗に怯えすぎました。確かに私を含むデザイン班のホノカ初期案は幾つかの箇所でぶっ壊れていましたが、それらの全てをたたき続け、最終的にホノカの持っていた全ての牙を抜き切ってしまったのです。
     
     『第二幕』でデザイン班がバランス調整を兼ねていた頃にはこの問題は起きませんでした。私どもが「ゲームで勝つ」面で強くはなかったため、そもそも全ての牙を見つけられていなかったからです。そしてその牙の中にはカード修正の原因となった失敗もあれば、逆にゲーム体験を面白く、メガミを魅力的にしたものもありました。
     
     明らかにゲームバランスを破壊しているものを残してはいけません。しかしゲームバランスを破壊しているかもしれない程度のものは、許される範囲で残さなくてはならないのです。メガミには牙が必要です。牙があるからこそ、ゲームの勝利を目指す気質の強いプレイヤーにとってそのメガミは魅力的になるのですから。そしてどの牙を残すべきか。その点にこそ注力し、神経を注ぐべきなのです。

     

     私どもはこの点を大きく反省し、現在の『第参拡張:零限突破』の開発とカード更新に取り組んでいます。
     
     
     反省が多いために楽しく読みづらい内容となってしまったこと、そしてこうせざるをえなくなってしまったことについて深くお詫び申し上げます。なにとぞご容赦いただければ幸いです。
     
     さて、ゲームマーケットも段々と近づいてきているため、来週からはそこに向けた記事を掲載していく必要があるのでホノカ特集はしばらくお休みになります。そしてゲームマーケットが終わったころには後前編としてカード個々への評価をお届けいたします。それぞれご期待くださいませ!