『????????』プロローグ2:御冬の里にて

2019.04.12 Friday

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     この地を賑わした祭も幕を降ろし、はや二週間といったところか。その地に足を運ばなんだ我であれど、噂話は聞き及んでいる。何よりも人々が、里が、かつてなきほどに騒がしいのだからな。平時の静謐さはどこへ行ったのやら。

     我としても、友であったザンカを継ぐ者の大成を喜ばしく思う。しかし我には、その賑わいをただ楽しむわけにはいかぬ事情があった。

     

     

     

     

     はらはらと、細雪が鈍色の空から降りてくる。太陽こそ雲の向こう側だけれど、風がないというだけで幾分も過ごしやすい。北の果ては、そんな穏やかな朝を迎えていた。
     御冬の里。この桜降る代で北を目指した先で、人が辿り着く最後の集落である。これより北は北限と呼ばれる極寒の地であり、里はその玄関口と称される。水晶の採れる山々に囲まれてこそいるものの、産業的な営みは盛んではない。そんな雪に覆われた静かな里である。

     

     玄関口、という呼称から、北限を目指す者が羽休めするための最後の宿場、という認識をされることがままあるが、それは間違いだ。北限はメガミのおわす不可侵の地であり、御冬の民はその守り人でもある。もっとも、伊達や酔狂で立ち入れば寒さでたちまち命を落としかねないため、彼らが引き止めるのは大抵親切心からなのだが。
     里に生まれた者は皆その守り人の精神を受け継ぐが、ミコトはさらに北限への脅威に対抗する力としての働きを求められる。それを実際に振るう機会がとんとなくとも、強く在ることが使命である以上、彼らは実直に鍛錬を重ねるのである。

     

     そんな鍛錬の場がある里外れの山際では、朝も早くから賑やかな談笑の声が響いていた。立ち並んだ木人は雪を被ったままで、地面を隠す雪にもまだまだ汚れはない。
     新たにやってきた男は、その輪へと疑問を投げかけた。

     

    「どうした。もうじき鍛錬の時間だろう。何を話している?」

     

     薙刀を携える彼は名を皆島源治といった。現在、御冬の守り人の中でも随一の実力者と目されるミコトである。
     彼の軽く咎めるような問いに、けれど先に到着していたミコトたちが居住まいを正すということはなかった。それどころか、そのうちの一人はどうして遅れてきたと言わんばかりに皆島へ手招きする。

     

    「おぉ、皆島さん! 天音杯ですよ、天音杯!」
    「あぁ……」

     

     言われれば、輪の中心にいる久方ぶりに見る顔は、現地まで観戦に赴いていた者であった。
     納得したように唸る皆島。鍛錬のことなど忘れたような寄り合いを責めるつもりだった彼であるが、少々ばつが悪い様子で、話の続きを語り手のミコトに促した。

     

    「どうだった?」
    「そりゃあもう! 盛り上がった、なんてどころの騒ぎじゃありませんでしたよ。全土の賑やかさをいっぺんに集めたような、そんな祭でした。それでいて決闘の濃密さといったら……特に最後に残った四人のがね、これがまた見応えあったんですよ……!」

     

     語る彼に、別のミコトが待ちきれないという声色で訊ねる。

     

    「だから結局優勝したのはどんなヤツだったんだ!?」
    「凄まじく緻密な試合運びをする男だったな。ユリナ様とトコヨ様を宿してたよ。決勝の相手はヒミカ様とライラ様を宿してたんだが、予想に反して最後は息遣いも聞こえそうな静かな立ち会いだったな」
    「えぇ、切った張ったの大立ち回りが見えそうなもんだが。あるいは蜂の巣か」
    「そう思うだろ? だがアイツは、弾の雨あられの真っ只中で踊るみてえにいなしてったんだ。相手の戦略も巧妙だったんだが、そのさらに一歩先を行った腕前、見事だったねえ。いやあ、あの空気を味わえただけで、行ったかいがあったってもんよ!」

     

     かーっ、と周りのミコトたちが悔しがる。
     代わり映えしない雪の地での娯楽は少ない。桜花決闘はそのうちの貴重な一つである。しかし閉じた場所で行われる決闘は相手が限られるし、そもそも彼らは日頃から鍛錬の過程で剣を交える。故に、腕利きのミコトによる決闘がごまんと行われた催しの話題に、皆が食いつかないわけがなかった。

     

    「俺も見に行きたかったものだな……」

     

     普段は真摯に鍛錬に取り組む皆島とて、その想いは同じだった。糧とする実利を逃した以上に、土産話に惹かれる心には嘘はつけなかった。
     知見を広めるのもまた修行……そんな下手な言い訳すら思い浮かぶ。
     しかし、そんな彼の緩みは一瞬にして凍りつくこととなる。

     

    「そうさな、実に見事な決闘だったと我も伝え聞いている」

     

     

     それは、存分に含みを持たせた高圧的な女の声だった。
     一同が慌てて声の源を探れば、山からせり出した小さな崖の上で、露わになった脚を優雅に組む女が一人。彼女は口端を歪めながらも冷ややかな目で彼らのことを見下ろし、望む反応までの時間を待つように、底に刃のついた革靴同士をこつこつと打ち鳴らしていた。

     

     メガミ・コルヌ。北限の守護者にして、氷雪を象徴する存在。
     彼ら守り人にとって最も身近なメガミであり、その居所を守るべき存在であり、そして何よりも恐ろしいメガミである。
     だが、彼らは怠惰を見咎められた以上の狼狽を見せていた。

     

    「こっ、コルヌ様……! どどどうしてこちらに……!?」
    「まさか侵入を許していたとか、そんな……」
    「い、いやいや、その程度で御自ら……それはそれで非はあるが……」

     

     あれでもないこれでもないと、自分たちが信奉するメガミの急な訪問に泡を食ったように騒ぎ立てるミコトたち。あまりに気が動転しているのか、当のコルヌ本人の顔色を窺うことすらそっちのけで囀り続ける。
     醜態に、薄く笑みを浮かべたままコルヌの眉が顰まっていく。
     それに収拾をつけたのは、潔い皆島の謝罪であった。

     

    「申し訳ありません、コルヌ様」

     

     流れるような所作でかしずき、それでいてはっきりと響く声は他のミコトたちの口をつぐませる。ややあって、守り人たちは一様にコルヌへと頭を垂れた。

     

    「既に鍛錬の刻限を過ぎているにもかかわらず、語らいにうつつを抜かしておりました」
    「ふむ、まあよい。うたわれし豪傑共の武勇を礎に、貴様らがよりよく励んでくれるというのであれば障りはない」
    「はっ……。して、本日は――」

     

     嫌味を受け流した皆島は、少しばかり顔を上げた。その視線の先にあるのはコルヌの姿ではなく、里を囲むこことは別の山肌である。彼は途切れた言葉のその先を続けようとして、果たしてそのまま口に出していいものか迷っているようだった。
     対してコルヌは、彼が心を決めてしまうより先に否定を作る。

     

    「そうではない。勘違いするでないぞ」
    「失礼しました」
    「……ほれ、我は皆島がいれば十分だ。貴様らはさっさと己の使命を果たさんか!」

     

     成り行きを窺っていた他の守り人たちが、コルヌの一喝にびくりと肩を震わせて鍛錬場に散っていった。
     一人残った皆島は、コルヌが腰を落ち着ける崖へと駆け寄る。守り人たちに信が置けないというわけではないのだろうが、おおっぴらに言うことでもないというのは、彼女が直に足を運んだことからも分かる。彼女は要らぬ騒ぎを自ら起こすようなメガミではない。

     

    「まだ杞憂であるやもしれんが……」

     

     そう前置きしたコルヌは、一段声を潜めて核心を告げる。

     

    「北限の地に、異変の気配がある」
    「なんと……!」
    「委細は分からぬ。それがどのようなものであれ、我は変わらず果ての地を守護するまでだが、貴様らも守り人としての役目を今一度胸に刻むがいい。祭の名残を楽しむなとは言わんが、引き締めるべきところはしかと引き締めよ」

     

     彼女の顔に、今度は揶揄するような色は浮かんでいなかった。それが、彼女の口から初めて聞いた本物の警告であった皆島は、戒めと共に動揺を飲み込んでいた。

     

    「余所者、流れ者には殊更気を配れ。よいな? 分かったら貴様も鍛錬に戻れ」
    「承知しました。しばらくは警戒を強めて守護にあたります」

     

     一礼し、守り人たちの中へ皆島が合流していく。
     残されたコルヌは、一人組んだ膝を抱えて天を仰ぎ見る。彼女の住む場所よりもずっと穏やかな御冬の里の空からは、吹けば飛ぶような細かい雪がはらりと降ってきて、彼女の端正な顔に溶けて流れ落ちる。

     

    「…………」

     

     ただじっと、先の見通せぬ鈍色の天蓋を、彼女は見つめていた。

     

     

     

     

     そして我は、人の立ち入れぬ氷雪への奥へと立ち戻った。言い知れぬ予感に、普段は縁無き寒気すらも感じながら。


     不思議なことに、我の故郷たる北限の地が、どこか他人のように感じられた。

     

     

     

     

     ヒョオ、ヒョオ、と絶え間なく外の風が鳴く。がたがた揺れるこの小屋の中は、それこそ大風が吹き込んできたのだと言われてもおかしくないほどに、雑然と物が散らばっていた。
     寒さ染み入るそんな中、床に蹲る者が一人。それは冷気に耐えかねてせめてもの暖を取っているわけではなく、頼りない壁を叩き続ける風が意識に入ってすらいないかのように、じっと何かを食い入るように見つめている姿であった。

     

     そしてふと、その者は何かに気づいたように顔を上げた。
     驚きと疑念、そして興奮に押し出された声が、その口からまろびでる。

     

    「およよっ?」
     

     

     

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