『????????』プロローグ1:天音杯前日

2019.03.29 Friday

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     この桜降る代を揺るがす一大行事、かつてないほど大規模な桜花決闘の祭である天音杯も、いよいよ翌日に迫ることとなった。会場となるこの地――天音には桜降る代全域から数多の猛者たちが、メガミたちが集っている。無論、拙者もまたその一柱というわけだ。
     全てのはじまりは、今この時から。そのような予感を脳裏に携えつつ、拙者は歩を進めていた。

     

     

     

     


     晴れ渡る空の下、きらめく桜花はなお光をもたらす。まるでその光に――いや、その光が生み出すだろう興奮に導かれるようにして、人々はこの地に集っていた。
     天音。この桜降る代において桜花決闘を語るに欠かせない地であり、最も桜花決闘に縁ある一柱の旧き名である。
     そして今、その名に新たな想いが加わろうとしていた。

     

    「いよいよかぁ……」

     

     

     眼前に結実した二十年来の想いの結晶に、ユリナは思わず笑みを零した。

     

     一人の少女の身の丈からすれば気圧されてしまうような、大きな扇形の木造建造物。すり鉢状になったその内側は、観客の座席として使えるように幅の広い階段のようになっている。何段も何段も重ねられているのは、ひとえに多くの人々に集まってもらいたいから。幾多の名勝負が、ここで次々と生まれるのだから。
     扇の要の部分に位置するのは、結晶を溢れんばかりに咲かせる神座桜である。ミコトたちはこの桜の下の舞台で、熱狂に包まれながら桜花決闘にその想いを捧げるのだ。

     

     それが、もう明日に迫っている。
     各地を勝ち抜いてきた猛者、その頂点を決める天音杯が、ここ天音神社の大決闘場にて執り行われようとしている。
     宮司が勝負の舞台となる大地を掃き清める姿さえユリナには感慨深かかった。彼女は主催として、この大会のあるべき形を人々に伝えるという最初の仕事を誰よりも誠実に果たしたが、実際に形にするためにはその人々の協力が必要である。いざ開催日を迎えても、ここ一つだけではない会場にそれぞれ運営の手が必要になるのだ。
     手伝ってくれる皆が、桜花決闘へ一様に想いを向けている。その光景は、彼女が何より夢見てきたものだった。

     

     振り返れば、少し遠く、町の喧騒がここまで届いてきそうだ。ユリナの生まれた時代には田舎町だった天音も、桜花決闘の地としての再興と共に少しずつ発展していった。明日にはその賑やかさが、ぎゅっとこの決闘場に凝縮されるのだ。
     待ち遠しさのあまり、彼女は準備のためにこの地に戻ってきてからずっと、日に一度はこうして決闘場を眺めていた。それもこれで最後となる。

     

     そうして期待に胸を膨らませるユリナだったが、桜の向こうからとてとてと小走りに駆け寄ってくる二人の少女の姿を認めた。
    そのうちの一柱、ホノカは顔を突き合わせるなり少し呆れたように言った。

     

    「ユリナさん、またここだったんですね」
    「うん。二人は打ち合わせしてたの?」

     

     それに小さく頷いたのはウツロだ。

     

    「結晶の循環も、良好。たくさん決闘しても、だいじょぶ」
    「宮司さんたちとも詰めてきましたよっ! あれだけの人が来るのに、どうやってまとめて進行するのか心配でしたけど、わりとしっかりしたものになってるみたいで安心しました。あとはユリナさんが、ちゃーんと審判してくれれば問題ないですっ」

     

     う、と苦笑いするユリナは、目を泳がせながら反論する。

     

    「が、がんばるよ……わたしから言い出したことだし」
    「一つの決闘に見入り過ぎないようにしてくださいね? その場で長々感想を伝えるのもダメですからね?」
    「ユリナの、癖」
    「分かった、分かったから!」

     

     降参したユリナに、ホノカとウツロから笑いの声が上がり、そしてユリナもつられたように笑った。
     誓い合った三人でこうして笑い合えるくらい、夢への一歩は近づいている。もう人間であった時間よりもメガミで過ごした時間のほうが長くなってしまったけれど、一緒に歩んできたホノカとウツロと一つの終着点に辿り着けた実感が、ユリナの中にひしと湧き上がってきていた。

     

    「本当に、二人ともありがとう……!」

     

     自然と口から溢れた感謝の言葉。

     それに意表を突かれたホノカとウツロだが、すぐにまた笑みを取り戻した。

     

    「何言ってるんですか、ユリナさんっ! これからですよ、これからっ!」
    「まず、明日。それから、もっと大きく。だよね?」

     

     理想を共有した者だからこそ、道半ばであることを彼女たちは理解している。だからこそ、当然と言うように返すのだ。
     それがユリナには嬉しくて、故に重ねて感謝することはなかった。

     

    「うん、そうだね! 大会、絶対盛り上げよう!」

     

     肩を組むように抱き合い、喜びと決意を分かち合う。ひらひらとここまで舞い飛んできた桜の花弁が、あの日の誓いの結果を祝福しているかのようだった。
     それから、姦しく期待を口にしていた三柱だったが、

     

    「相変わらず仲良くやっているようで何よりだな」

     

     

     かけられた声にユリナが振り向くと、そこには新たな二柱の影。
     ユリナたちの様子に顔を綻ばせたオボロは、決闘場を眺めながら問いかける。

     

    「忙しいか?」
    「いえ、今は大丈夫ですけど……珍しい組み合わせ、ですね?」

     

     答えるユリナが指すもう一柱とはトコヨのことだった。ただ、彼女はオボロとは対照的に唇を尖らせており、ユリナに遠慮がちに訊ねさせたのも仕方のないことだった。
     けれどトコヨは、漂わせていた不機嫌さを引っ込めながら応じる。

     

    「ちょうどそこでね。ま、目的地がおんなじなんだし」
    「そうだな。拙者らメガミも含め、既に多くの者がこの天音の地に集っているのだ。触れ合う袖はあまりに多いだろう」

     

     協力者であるとはいえ、こうして外部から盛り上がりを感じさせてくれる言葉が出てくることに、ユリナは内心喜びを覚えていた。
     そんなことなど気にかけないトコヨは、

     

    「楽団、連れてきたんだけど、ばたばたしないうちに顔合わせさせておきたいわ。舞台も見ておきたいけど、それよりもどっかに荷物置かせておいてくれないかしら。明日の人混みの中、宿から楽器持ってくるなんてゴメンだもの」
    「はいはーい! それなら私がご案内しますねっ!」
    「え、あ、ちょっと――」

     

     名乗り出たホノカに手を引かれ、トコヨが桜のさらに奥にある本殿へと吸い込まれていく。遠くで控えていたらしい老人が慌てて追っていくが、彼がしばらくぶりに会う叶世座の座長であることにユリナが気づいたときには、もう行ってしまった後だった。
     苦笑いしながら見送ったユリナは、残ったオボロに向き直った。

     

    「えーとそれで、オボロさんのご用は?」

     

     ああ、と応じたオボロは、

     

    「拙者らによる広報活動の結果や各地の反応など、報告したいことはある。だが、こうして顔を見せたのは、お主と少しばかり話したくてな」
    「わたしと……ですか?」

     

     意外な言葉にやや戸惑いを見せるユリナ。
     オボロは深く頷きながら、昔日に想いを馳せるようにじっくりと目を閉じてから告げ始めた。

     

    「いよいよここへ来るに至って、ふと思い出してな。二十年ほど前、里で初めて会ったお主は、道に迷う小さな娘だったとな」
    「あぁ……」
    「それから確と桜花決闘を道標とし、断たれようとしていた道を守り、さらには当時は拙者も知らなかった決闘の真実にも触れた。それを踏まえた上で、歩み、辿り着いた場所がここなのだな」

     

     決闘を楽しむための場所。決闘を愛する人々が集う場所。オボロが眩しそうに見上げたのは、そんなユリナの想いが作り上げた大きな舞台。
     ユリナはその言葉に少しだけ目を伏せて、気恥ずかしさを微笑みに隠した。
     そして彼女もまた、オボロに誘われるように辿ってきた道を顧みる。

     

    「色んなところで、色んな人と会って、色んなお話を聞いて……時には大変なこともあって。分かってくれる人もいれば、分かってくれない人もいました。分かり合えない人も……」
    「…………」
    「わたしたちの想いのままに桜花決闘を勧めても、それを全部にして、頼りすぎてもよくないんだってことは、そんな人たちから教わりました」

     

     だけど、とユリナは続ける。

     

    「桜花決闘が大好きな人も、桜花決闘のためにまっすぐ全力な人もいっぱい居て、それがわたしの大好きを後押ししてくれるみたいでとっても嬉しかった。やっぱりこの文化は素敵なものなんだなあ、って思えたんです」
    「ユリナ、私も決闘、すきだよ」
    「ありがとう、ウツロちゃん」

     

     最も身近な後押し。それは、ホノカと共に三人四脚で共に背を支え合ったような。
    それに応えるよう、歩んできた軌跡をユリナは告げる。

     

    「だから、わたしたちのための桜花決闘じゃあなくて、桜花決闘で大きなことを決めてしまうわけでもなくて、桜花決闘をする人たちこそが、いちばん輝けて、楽しめて、熱くなれる――そんなお祭りを開こうと思ったんです。そんな桜花決闘だからこそ、皆が心から素敵だって思える……そう考えたんです」

     

     その想いを、オボロは笑みでもって受け入れた。
     そして彼女は生じた想いを真っ直ぐに返すよう、ユリナの目を見ながら、

     

    「お主には大したこともできていない拙者が師というにはおこがましいし、代弁する資格があるかも分からんが、お主の道をザンカも誇らしく思っているだろう。拙者も、この催しが大いに盛り上がることを、心より願っている」
    「はい……!」

     

     屈託のない笑顔が、一人の少女に咲いた。
     それからユリナは待望のあまりに堪えきれないと言った様子で町に向かって幾ばくか駆け出すと、両手を口に当てて大きく息を吸った。
     聞こえるかどうかも分からないけれど、その想いを、彼女は叫ばずにはいられなかった。
     決闘を愛する者の呼びかけが、天音の町へ――同好の士に向けて、響き渡る。

     

    「みなさーん! いよいよ明日が、天音杯です! 素敵なお祭りになるよう、わたしたちもいーっぱい準備しましたっ! 皆さんのご参加、待ってますよー!」

     

     

     

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