黒幕よ雄弁に語れ(後篇)

2018.10.05 Friday

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    議論をより深めるべき時

     

     

     こんにちは、BakaFireです。今回の記事はシンラ特集の後篇となります。前篇、中篇をまだお読みでない方は、先に読まれることをお勧めします。
     
     このシリーズは特定のメガミに注目して、本作のデザインを語るというものです。今回は新シリーズ第2回にして累計第8回となります。


     前篇ではメガミ・シンラに関する歴史を説明し、中篇では『第二幕』での個々のカードに注目して彼女を語りました。そして今回の後篇では『新幕』における彼女についての話を行うことになります。
     
     今回の後篇も前回同様、『新幕』開発の流れをシンラの視点から辿っていくのがよさそうです。
     
     それでは、さっそくはじめましょう!
     
     

    シンラの黒幕ABC

     

     『新幕』にあたっての大きな試みとして、私は全てのメガミに対して「理念文書」の作成を行いました。これは以下の項目からなっています。

     

    目的

    • そのメガミを宿していてどんな気持ちよさを味わわせたいか

    コンセプト

    • どうやって目的を実現するか
    • キーワード能力はなぜ手段となるか
    • サブコンセプトは何で、なぜそれが必要なのか

    どのリソースにどれだけ触れるのか

    苦手なこと、できないことは何か

     

     これはシンラにとっては特に重要なものでした。理念とはつまり、そのメガミを宿したプレイヤーにどのような感情を味わってもらい、そこからどのような楽しさを見出してほしいのかと言う宣言です。
     
     このような宣言は過去のハガネ特集チカゲ特集でお話しした通り、『第二幕』の『第壱拡張』のデザイン中に重要性が明らかになっていきました。それゆえハガネやチカゲ、さらには前回特集したクルルなどはこの理念がすでにはっきりしていたのです。
     
     しかし、『第一幕』からサイネまでの7柱(ユリナ、ヒミカ、トコヨ、オボロ、ユキヒ、シンラ、サイネ)はそれらの目的が未成熟でした。つまりシンラもまた、この問いかけを通して目指すべき感情を定めていく必要がありました。

     

     熟考した結果、シンラの答えは「陰謀を企てる黒幕の感覚を味わう」というものであるという考えに私は至りました。しかしこれだけでは漠然としています。黒幕の感覚とは、果たしてどのようなものでしょうか。
     
     私はそれに対し、3つの答えを用意しました。1つ目が裏で計画を進める楽しさ。2つ目は妨害工作で相手の目論みを砕く楽しさ。そして何より大事な3つ目が、自分を他人と違う異相に置き、特別感を味わうという楽しさです。黒幕は表に出て戦う戦士とは違います。相手を俯瞰して特殊な勝ち筋を探るのです。

     


     
     私はこれらの3点から今のシンラの好ましい点を整理し、それらを確実に残せるようにしました。まず、相手の山札や手札に対して干渉する点が不可欠なのは明らかです。2つ目の黒幕らしさである、妨害工作として完璧なだけではありません。山札を削って攻め筋を潰し、山札の再構築をさせて勝つという戦い方は普通の戦い方から位相を外しており、3つ目の要素も満たせているのです。
     
     ですが、今のシンラの魅力はそれだけではないはずです。私は今のカードプールを眺め、感情的に残したいカードのことを考えました。そしてそれらがなぜ残したいのかを考え、それらも今の理念に即していると気づいたのです。それこそが「天地反駁」と「森羅判証」でした。
     
     この2枚は『第二幕』でのシンラのカードの中でも特にすばらしいものです。これらは数多くの天地反駁デッキや、森羅判証デッキを生みだし、デッキタイプすらも定めうるものだったのですから。天地反駁はX/-の攻撃を使うことを求め、森羅判証は付与札を並べることを求めます。これらは普段とは異なる目標をプレイヤーに提供し、さらにすばらしいことに十分に現実味がありました。
     
     これらの2枚もまた3つ目の黒幕らしさに繋がると考えてよさそうです。さらに山札の破壊にせよこれらの2枚にせよ、十分な事前準備が必要であるため1つ目の黒幕らしさにも繋がると言えます。
     
     こうして山札や手札を通した妨害、そしていくつかのインパクトのあるカードを通した異なる位相での戦いという要素を残し、黒幕らしさを演出するという指針が決まったのです。

     


    論壇はなぜなくなったのか

     

     ここまではシンラの目指すべき姿を整理し、これまで通りにするべきところを決めてきました。しかし彼女には大きな変化もありました。彼女は『第二幕』から『新幕』にかけて唯一、特性が変化したメガミなのです。これについてもお話ししましょう。
     
     『新幕』のデザインが始まったある日のことです。デザイン班の1人から、シンラの論壇は魅力的ではないのではないかという指摘がありました。私は最初は大いに疑わしく思いました。『第二幕』のシンラは十分に魅力的であり、失敗とはとても思えなかったためです。
     
     しかし時は流れ様々な出来事が起こり、私は彼の指摘はもっともなものだったと考えを変えたのです。主な理由は3つあります。
     
     1つ目は、上述した理念文書を書いたことです。シンラは黒幕らしさを強調すべきですが、論壇はその助けになっていません。妨害工作らしさはなく、「森羅判証」には特殊な勝ち筋はありますが、それは「森羅判証」の個性であって論壇の個性ではありません。強いて言えば1つ目の計画を進める感覚へとこじつけることはできますが、それにしてもより相応しいものがありそうです。
     
     こうなるのもおかしな話ではなく、先の理念文書にはシンラを付与札に注目させる理由はなにもありません。極端な話、シンラは付与札を使わなくてもよいのです。しかし、実際はそうはなりませんでした。その理由は「森羅判証」がすばらしいカードだからです。その1枚が最高に黒幕らしい(そして黒幕が表舞台に立つというジューシーな瞬間すらも演出する)戦い方を作りだし、それが付与札に注目しているならば、その要素を外すのは賢い選択とは思えません。
     
     ですがここに大きな変化があります。もはや付与札は目的でなく、黒幕らしさを演出するための手段になったのです。こうなってくるとそれこそ、論壇の疑惑は深まることになります。
     
     2つ目は『第二幕決定版』におけるバランス調整の時の出来事です。中篇で語った通り、その際に「立論」は調整され、論壇が外されることになりました。この時点で私は論壇を付けるのが相応しい能力はそんなに多数あるのかという疑惑を持つようになりました。
     
     「引用」に限ればある程度成功していると感じます。しかし「立論」からは外され、「森羅判証」に至っては論壇という言葉を使う方が不自然にすら感じられます(※)。中篇で書いた通り『第一幕』が発売するより前の私どもはダストを枯らすという戦い方に気付いてすらいませんでした。結果として、論壇のデザイン空間は想像を超えて小さかったのです。
     
     3つ目がクルルの存在です。論壇は悲しいことにおおむね機巧(付与)であり、さらに言えば(後年にデザインされたため当然のことではありますが)機巧の方がデザイン空間は広く、プレイ感が良いのです。まるで劣化のようにも思えるギミックを残す必要はあるのでしょうか。

     それに加え、機巧はクルルの目指す発明家らしさを最高に演出していました。それに近い要素である論壇もまた、どこか発明家的な感覚があり、シンラに完璧にマッチしているとはいえなかったのです。
     
     これほどの理由があれば、1年半にわたり親しんだ論壇に別れを告げるのも不思議ではありません。こうして私どもは、新しいギミック「計略」を探し始めました。

     

    ※ 実際のところお恥ずかしいことに、論壇を持つカードの枚数が少ないため、これも論壇だということにこじつけようという目的で『第一幕』の論壇は付けられたのです。ルールの理解をし易くする意味でも、総合ルールとの奇妙な作用を避けるためにも『新幕』での「森羅判証」のテキストの変更は正しいものだったと感じています。

     


    今こそ計略を企てよう

     

     当然ですが新たな特性は、理念文書の黒幕らしさいずれかを推進するものでなくてはなりません。私はいくつかの草案を考えては没にしながら、相応しいやり方を探しました。そして結論として、1つ目の計画を進める感覚を強調するものであるべきだと結論付けたのです。
     
     理由は単純で、残り2つはどちらを強調しようとしても、既存の要素にさらに味付けをすることになり、強調され過ぎてしまうのです。妨害に紐付けると山札や手札の破壊がやりやすくなりすぎ、さらに不愉快さも笑えない水準です。特殊な勝ち筋はこれまでの3種類で十分であり、これ以上に種類を増やすとそれこそどの道も細くなりすぎてしまい、メガミとして機能しなくなる恐れがあります。
     
     ではどうすれば黒幕らしく計画を進められるのでしょうか。私はそれが「秘密計画」であることが重要に思えました。そしてここで私は、ユキヒの「変貌」に感じた疑問を思い出したのです。「変貌」において傘の開閉は相手にも伝わっており、それを前提として相手は(特に間合を近づけるか離すかにおいて)対策を試みることができ、それはそれで魅力的です。しかしそれがどちらか分からなかったら?
     
     これはすばらしく魅力的に感じられます。しかし、傘の開閉のようなもの――つまり計略の決定はいつ行えばいいのでしょうか。傘の開閉と同じやり方とすると少しばかり面倒すぎます。傘の開閉と違ってブラフも重要なので、毎ターン何かしらのコンポーネントをいじらなくてはいけません。うっかりやり忘れた際のミスをした感覚も不愉快です。かといってカードにその効果を付けると、前篇でも書いた自己閉塞問題に陥る恐れがあります。
     
     そこでもう一段思考を掘り下げ、幸いにしてブレイクスルーを見つけられました。計略を使うカードそのものに、次の計略を決める効果も付けてしまえばいいのです。こうすればストレスのないタイミングで計略を決められ、その上で計略を使うカード1枚だけを入れても問題なく機能するので、自己閉塞には陥りません。
     
     その上で計略を持つカードを多く入れれば、計略を変更するタイミングを増やせるためより柔軟に運用できます。私はこのくらいの自己完結はむしろ魅力に繋がると感じたため、この形でテストすることにしました。そして素晴らしいことに、フィードバックは良好なものだったのです!
     
     こうしてシンラは新たな技を手にし、より黒幕らしさに磨きをかけることになりました。

     

     


    残された幾ばくかの反省点

     

     さて、ここまでで私は『新幕』でシンラをいかにすばらしくしたのかを語ってきました。しかし誠に申し訳ないないことに、今のシンラは他と比べて反省点の多いメガミだと感じております。未来に向けて、その点もお話ししておきましょう。
     
     ここまで書いた内容が失敗だったとは思っていません。むしろ、ここまでの試みは全て正しい方向を向いていると強く信じています。しかしそれ以降、仕上がりの細部にはいくつかの間違いがあったと考えています。大失敗と言うほどではありませんが、小さな失敗と片づけるほどささやかなものでもありません。
     
     さらにこの失敗はゲームバランスや強さの問題というわけではありません。少なくともシンラが強すぎるということはなく、弱いのかと言われると少なくともカード1枚1枚は十分に強力なのです。
     
     それゆえにシーズン1→2のカード更新ではこの課題にメスを入れることはできませんでした。この類の問題よりも、さすがにゲームバランスの問題のほうが優先されるべきです。この問題は次回、シーズン2→3のカード更新から触れていくことになるでしょう。
     
     念のため補足しておくと、今のシンラの魅力は悪いものではありません。しかし少なくとも、ゲームを安定して展開する軸がやや不足している問題と、計略で「神算」が安定し過ぎてしまっているという2点は重くとらえており、解決するべきだと考えています。これらの課題は私どもに残された宿題と考え、お許しいただければ幸いです。
     
     
     本日はここまでとなります。しばらくは『第弐拡張』の原稿が慌ただしいと予想されますので、このシリーズの記事はお休みをいただきます。しかしその間にも別のシリーズで魅力的な記事がいくつか予定されております。ご期待くださいませ!