『桜降る代の神語り』第65話:絶望を砕く災禍

2018.10.05 Friday

0

    《前へ》      《目録へ》      《次へ》

     

     戦場において、両軍が持つ駒を正確に把握できる者なんてそうはいない。
     それが増援ともなればなおさらさ。だからこそ、予想もできない増援は戦況をひっくり返すだけの可能性を秘めている。
     機巧兵団という増援は、闇昏千影たちに絶望こそもたらしたが、ある程度は予想はできていたことだ。
     突如戦場にもたらされた破壊は、混乱を代価にその絶望を打ち砕く。だけれども、その先に何があるかは誰にも予想はつかないだろうね。

     

     

     


    立ち上った土煙が、夜空を汚していた。

     

    「…………」

     

     苦無を前に構えた千影は、己の手の震えを禁じ得ずにいた。今まさに、複製装置で武装した浮雲らに狙われているというのに、千影の前で起きた破壊は、片手間などでは到底抗えないものであると、本能で悟ってしまったのだ。
     破壊は、千影のいる広場の一辺を担う塀を消し飛ばしていた。
     空から月でも落ちてきたのかと勘違いしてしまうほどに地面は陥没し、耐えきれなかったのだろうか、広場を横断するように亀裂が走っていた。

     

     その破壊は、大質量によるものではなかった。
     晴れていく土煙の向こうから現れたのは、人の形だった。
     けれど千影には、それを人と呼ぶのも、あるいはメガミと呼ぶのも憚られた。

     

    「ァ……アァ……」

     

     振り乱した長い黒髪が怨念のように全身に絡みついた女が、がくり、と首を後ろに倒した。意志の蒸発したような瞳が無機質に動き、この場にいる存在を順繰りに舐めていく。
     その手には、山をも切り倒せそうな、人間には到底扱えないであろう長大な刃。人間の尺度であれば、それはきっと刀なのだろう。刀身は、土煙に汚れることなく妖しく月光を反射している。
     彼女の姿は、異様を通し越して異物ですらあった。だが、千影が怯えているのは、その幽鬼のような女が禍々しい殺意を振りまいているからだ。

     

     ……その女が、かの武神ザンカであると結び付けられた者は、極々限られていた。
     元々恐ろしい逸話ばかりが言い伝えられているからには、素地は十分にあったはずだ。なのに誰もが、黒く煮詰めた感情を全身から溢れさせているような姿に、メガミを見出すことができなかったのである。
     だから故に、機巧兵団の反応はひどく正しいものだった。
     ザンカの視線が、人ではなく城に向いた瞬間、彼らは弾かれたように飛び出した。

     

    「貴様新手かぁッ!」

     

     脚に風を纏い、爪を装備した兵が三人。初めから殺す気概は十分に、瞬く間にザンカへと肉薄し、飛びかかった。
    だが、彼らは任務に基づく正しい反応を示したが、行動は致命的に間違っていた。

     

    「ぁ――」

     

     虫でも払うような軽い動作で、鈍器のようですらある重々しい刃が振るわれた。
     三人の男は身を守る以前に、剣閃を目で捉えることすらできない。その結果、断末魔の悲鳴を上げる暇すらなく、まとめて腹から真っ二つに断ち切られる。元々持っていた勢いそのままに、物言わぬ肉塊となってザンカの背後へと落下した。

     

     冗談のような出来事に、広場がしん、と静まり返った。
     ザンカだけが、城から目を離すことなく、息を荒げ始めた。

     

    「ガ、ァ……ウァ、アアァ……!」

     

     そして、制御できない己の怒りを絶叫に変えて、大地に向かって吠える。
     そこに長い間探し求めていた怨敵を見つけたかのように。

     

    「ォアアァァァッッッ、アアアァァァァ!!!」

     

     ぐ、とザンカが僅かに脚へ力を溜めたかと思った瞬間、再び大地が抉られた。
     土煙を置き去りにした彼女の姿は、一拍置いた頃にはもう城へと続く門の前にあった。邪魔なそれを両断するべく、にわかに刃を握る右手に力が込められている。
     ただ、瑞泉城の門を巡っては、彼女が至る以前より戦いが繰り広げられていた。すなわち、ウツロとサイネというメガミ同士の争いであり、ザンカの登場によって鍔迫り合いのまま膠着していた二柱は、走り込んでくる狂人への対応を余儀なくされる。

     

    「失礼っ!」
    「ぉ……」

     

     一気に力を込めて、サイネはウツロを突き放す。
     サイネが選んだのは離脱だ。背後より迫り来る暴力は、いかにサイネがメガミになったからといってあまりに荷が重い。
     しかし、サイネと違ってウツロは逃げる訳にはいかない。彼女は今、瑞泉城の門番としてここに立っている。

     

    「行かせない……!」

     

     一人、前に立ちはだかったウツロに、ザンカは実際目もくれていなかった。門を破壊するために、まさに宙へ踏み切ったところであった。
     ウツロは手にした大鎌をその小さな身体で振り回す。ザンカへ追いつくように地を蹴り、くるくると身体ごと回転させながら、ザンカの腹に刃を引っ掛けるように振りかざした。

     

    「グゥ――」

     

     死角からの一撃は、けれどザンカには防がれていた。天に向けていたその刀の刃では防ぐことは叶わなかったが、彼女は器用に柄でもって鎌に刈り取られることを阻止したのである。
     そこでようやく、ザンカのあるようでない意識が、ウツロへと向いた。
     がし、とザンカの左手が、影で編まれた大鎌の刀身を掴む。

     

    「……!」

     

     未だ宙にある不安定な体勢のまま、ザンカは掴んだ鎌ごとウツロを地面へ投げ飛ばした。感情を爆発させたような凄まじい膂力によって、着地どころか受け身すらろくにとる余裕のない、尋常ではない速度をウツロは纏わされる。
     だが、ウツロによって大地が割れるということはない。彼女は激突するはずだった地面に落ちていたザンカの影に、そのままするりと飲まれていった。

     

     次に彼女が現れたのは、ザンカが着地した直後――その影が、大きな門によって生じた影と混ざりあったとき、ウツロはザンカの刃の届かない暗がりから、空気に滲み出すように夜の世界へ戻ってくる。
     ウツロが鎌を突き立てた場所から、刃を模した影の波が生じ、立て続けにザンカへと迫っていく。

     

    「ウゥ……! ゥアゥ……!」

     

     それを一波目、二派目と薙ぎ払ったザンカは、現れたウツロの姿を捕捉し、肉厚の刃を盾に強引に彼女との距離を詰めようとする。得物の長さも相まって、一呼吸するうちにもうザンカの間合いに入ってしまう。
     たまらずウツロは再び足元の影に落ち、今度はザンカの背後から勢いよく飛び出した。澱んだ三日月のような刃が、ザンカの首筋を狙う。

     

     しかし、狙っていたのはザンカもまた同じであった。
     乱雑に背後を斬りつける刀には、明確な害意が宿っていた。

     

    「ぐ……」

     

     攻撃を繰り出した後のウツロに回避は不可能だった。その代わり、咄嗟に自身と凶刃の間に影色の壁を作り出し、直撃するはずの剣閃をどこか別の空間に逃がす。
     奇妙な形の空振りに終わったザンカは、そのままであれば勢い余って身体を回転させてしまうところをあっさりと踏ん張り、至近距離に来たウツロを下から強引に切り上げてみせる。
     ウツロの右脚が、付け根からすっぱりと切り離された。
     一切の手応えをなくして。

     

    「……?」

     

     動きの鈍ったザンカの前で、重症を負ったはずのウツロが色を失い、黒に染まる。そしてぐずりと形を保てなくなって地面へと広がっていく。
     色を持ったウツロは、その影の一歩向こうだ。

     

    「くぅぁぁッ!」

     

     無表情の仮面が、大鎌を振るう彼女からは失われていた。ザンカという敵に道を譲らないために、そして負けないために、その灰色の瞳には今や意志が燃えている。
     ザンカを捉えた鎌が、身体を引き裂くことはなかった。それは身体の内側だけを切り裂く刃であり、胴に潜っていた切っ先は桜花結晶の煌きを纏っていた。

     

     桜花決闘において砕けた桜花結晶の輝きは、決闘の観客が決定打が生じたことを理解する助けの一つである。特に夜闇の中では分かりやすく、達人同士の目まぐるしい攻防を追いきれずとも、状況が変化しているのだとすぐに判じられる。
     ウツロとザンカの、人間の領域では語り得ぬ二十秒足らずの攻防に、この場にいる誰もが目を奪われていた。それは決して感心などではなく、恐怖に類するものであったが、結晶の煌きという変化によってちらほらと現実に戻ってくる者が出始める。

     

    「ちっ……どうしろっていうんだい……!」

     

     浮雲は、思わず配下の機巧兵団に制止を命ずるよう上げていた腕を、もはや不要とゆっくり下ろした。
     ザンカは明らかに城にいる者を狙っているが、彼我の力量差は斃れた兵によって示されたばかりである。全力で止めなければならないほどの驚異であるものの、これ以上犬死させるわけにもいかず、乱入したザンカに手をこまねいている状況であった。

     

     一方、打倒瑞泉を掲げる部隊もまた、常識の埒外にある戦いによって吹き飛ばされていた混乱が蘇ってきたようだった。
     その中でも特に楢橋は、戦場というものから遠い存在だったということもあり、涙を流しながら千鳥にすがりついている。

     

    「こ、こここここ怖いんだけどぉー! なにあれなにあれなにあれ、絶対殺されるって平太クンこんなところで死にたくないよぉ……!」
    「そんな、俺に聞かれても……何がなんだか」

     

     呆然と答える千鳥は、あのウツロと対等に渡り合っている鬼のような剣士が何者なのか、答えを知っていそうな人物へ自然と視線を向けた。
     けれど、

     

    「あ、れ……? おい、佐伯さんは……? あの眼鏡の……」
    「知らないよぉ……もうおうち帰りたい……」

     

     先程まで近くで手当てされていたはずだったのに、忽然と姿が消えていた。狂人に巻き込まれたとも、瑞泉軍に襲われたとも考えにくいのだが、だからといってすぐには理由が思い浮かばなかった。
     気づいたところで、この状況では何もできないことにまた気づき、ウツロとザンカの衝突で生じる轟音を背景に、千鳥は思考の行き止まりを感じる。

     

     何しろ、まともに戦える戦力は既に限られているのである。ヴィーナを通常形態に戻したサリヤはその一人であるが、それでもウツロによって消耗させられた事実は無視できない。主を後ろに置き、変化する状況に神経を尖らせいては、息を整えるだけで精一杯だ。
     そして目下最大の戦力であるサイネも、塀の向こう側を伝って戦域から逃れ得たようで、飛び降りるなり安堵のため息を禁じ得なかった。

     

    「一体なんなのですか、あれは……まともにやりあっていい相手ではありませんよ」

     

     最も間近で体感した彼女の言葉に、皆が無言で同意する。
     誰もが、ザンカの存在に意識を奪われてしまっていた。出処の分からない大きすぎる力は、今は都合のよい方向に向いていても、いずれ自分たちに牙を剥くのでは、と恐れが思考をせき止めるのである。

     

     ……しかし、この予想外の事態において、一人だけ、冷静な思考を保ち続けた者がいた。いや、冷静というよりも、恐れと付き合い続けたからこそ、うまく状況を飲み込めた者がいた。
     千影だ。

     

    「サリヤ、さん……それに、ひさ――サイネ」
    「……?」

     

     残る戦力の名を呼んだ千影も、その中の一人である。
     彼女はせわしなくこの場を観察していた目を落ち着け、意を決したように言葉を続けた。

     

    「天音は送り出し、サイネを救出した今、残る目的はホロビを助けることだけです」
    「あっちには、いなかったのね……?」
    「そ、そうです。この敷地内に移されたみたいで……」

     

     返答に渋い顔を見せたサリヤ。しかし、千影は彼女がどう思うかも織り込み済みだったようで、

     

    「大まかな場所が分かっているとはいえ、これから城内を探すのは愚策でしょう。人手も明らかに足りていません。ですが、この混乱に乗じれば、ホロビを助けるまではいかずとも、ホロビを苦しめている元凶の破壊はできると思ってます」

     

     あれを、と千影が指差したのは、城の陰に隠れて見える、巨大な神座桜・翁玄桜だ。夜空に咲き誇るそれの幹には、遠目からでも分かるほどにごてごてと異物が取り付けられている。

     

    「見えますね? 寄ればもっと分かりやすいですが、あの桜にはたくさんの歯車でできた絡繰が取り付けられています。その神渉装置を、壊す――二人には、それを手伝って欲しいんです」
    「なるほど……敵の主力兵器みたいだし、叩けるうちに叩くのはいいんじゃないかしら」

     

     納得を示すようにサリヤは頷く。
     ただ、サイネはそれにすぐに追従するということはしなかった。光を映さない瞳を千影へと向け、サイネは問うた。

     

    「そこには、きっとあのクルルがいる――そうですよね?」
    「……はい。だから千影には、協力が必要なんです。手を、貸してください」

     

     見えないと分かっているのに、千影もサイネの視線に正面から応えた。

     サイネの答えは、気迫を示すよう石突を突き立てられた薙刀だった。

     

    「謹んでお受けしましょう! 奴には逃げられたままですしね」
    「あ、ありがとう、ございます」
    「ジャア、そうと決まったら、ゼンは急げ、デス!」

     

     いきなり音頭を取り始めたジュリアに度肝を抜かれたように、サリヤは振り返る。二人乗りの姿勢で既にお腹に手を回していたジュリアは、得意げな顔を見せている。

     

    「ジュリア様、話の流れ分かってますか!? 敵のメガミとの戦いになるかもしれないんですよ!? 装置の仕組みが気になるから、という理由じゃありませんよね!?」
    「むしろ、装置のシステム分からないままに、壊すつもりだったんデスカ? 影響から考えて、あれはエネルギーの分配してるハズです。テキトーすると、ボンッ! ってなるかもしれませんよ?」

     

     その理屈が当てはまるような過去があったのか、サリヤは思わず頭を掻いていた。無論、似た事例を知っていれば反論もし難い。
     ただ、それでも彼女はジュリアの騎士である。安全の確保のために、主を危険に晒すのは本末転倒である。
     そうやって渋っていると、ジュリアはさらにダメ押しするように、

     

    「そもそも、サリヤが行かなければダメなら、ワタシも一緒に行きます。単純なことデス。サリヤが守ってくれるから、なんてサスガに言いづらいデスガ、弱い人だけで逃げるのも危ない思いませんか?」
    「それは……」

     

     今度こそ、サリヤは承服せざるを得なかった。戦場では安全な場所などなく、弱い者から狙われるのが定めである。もとよりジリ貧を避けるために打って出る、という態度で二人ともここにいるのだから、問題解決のためにひたすら進むのは間違った方針ではないのだ。
     けれど、それでもサリヤの心には、メガミという戦力に対する恐れが巣食っていた。今しがた相手にしたウツロの力を思い起こしてしまい、いつものように快く応えることができないでいる。
     そんな様子を見てか千影は、塀にもたれかかって休んでいた男たちに声を投げかけた。

     

    「ほら、千鳥、楢橋。出番ですよ。確実に生き残るためにはここで逃げるのが最良ではあると思いますが、千影とホロビのために手伝ってください」

    「姉さん……もうちょっとマシな言い方あると思うよ。事実だけど」

     

     苦笑いしつつ立ち上がる千鳥は、残された力を確かめるように小刀を握っては弄ぶ。剣閃を描くことは辛うじてできるが、やはりその動きは鈍い。
     千鳥以上に見た目に重症を負っている楢橋が、信じられないという表情で、

     

    「え、待って、ほんとに行くの!? 撤退とかしちゃダメ!? オレっち腕折れてるんですけど……」
    「複製装置つきの右腕があれば十分です。それとも、空を飛ぶ敵兵から一人で逃げ切れる自信が?」
    「はい、ないです……ご一緒させてください……」

     

     がっくりと項垂れる楢橋の肩を、千鳥が勇気づけるように揺さぶった。帰り道など考えられていない作戦部隊には、一蓮托生という言葉がよく似合う。
     と、脚を射抜かれて苦悶していた藤峰が、脂汗を額に浮かべながら、塀を支えに立ち上がる。傷の処置と千影の鎮痛剤によって、どうにか歩ける状態にまで至っていたようだった。

     

    「ぐっ……。俺だけ、置いていかれては、敵わん、からな……」
    「薬、増やしたいなら言ってください。……サリヤさん、後ろにあと一人乗せられますか」

     

     手招きを答えの代わりとし、無理やり詰めてジュリアの後ろに座らせる。ヴィーナの骨格がぎし、と悲鳴を上げるが、それを隠すようにサリヤが一握りで唸りをあげさせた。
     その低い嘶きは、もう皆も慣れた、走りの前兆だった。

     

    「行きますよ……!」

     

     千影の合図と共に、翁玄桜を目指し一斉に駆け出した。天音揺波の勝利を祈る傍らで生まれた、為すべきことを為すために。
     そして少し遅れ、敵もまた彼らの動きの意図に気づく。

     

    「浮雲様、奴らが!」
    「あんの野郎……! あんたたち、装置には指一本触れさせるんじゃないよ!」

     

     追う者と追われる者の攻防が始まった中、それを見送るように、瑞泉城の門前に新たな大地の傷が一条、走った。

     

     

     

     

     


     城に桜が添えられた光景というのは、この地において珍しいものではない。けれど、城と肩を並べる桜というのは数えるほどしかない景色である。
     瑞泉の地の神座桜にして、瑞泉城に寄り添う大桜。見上げれば、夜天に花びらを咲かせようとしているような壮大さに感服するものの、今の翁玄桜は絡繰に塗れ、歯車の山から突き出た奇怪な物体としか目に映らない。

     

     桜の根本に広がっていたのは、花見の席でも、舞踊の舞台でもない。工房の中身をぶちまけたような有様と、絡繰に連なった奇妙な形の根囲いは、この庭の目指すものが、美から決定的にずれてしまっていることを示している。
     人は、いない。ガコン、ガコン、と桜の胴に取り付けられたいっとう大きな歯車が回転する無機質な音が、遠く響いてくる大地を揺るがす戦闘音に負けじと奏でられている。

     

    「…………」

     

     

     そんな、侵蝕されたメガミと決闘の象徴の前にたどり着いた千影は、何も言わず、じっ、と空を――正確には、ある枝の上に視線を注いでいた。
     追手から稼いだ時間は僅かであり、こうしている間にも追いつかれてしまうというのに、それでも千影は、ただじぃっと、待ち受けていたメガミのことを見上げていた。
     大げさに首を傾げながら、彼女は声を張り上げた。

     

    「どーして邪魔するんですかぁ!?」
    「…………」
    「この子があれば、いっろぉーんなことが分かるんですよ? 今までメガミ自身でもよく分かってなかった、あれとかこれとかそれが分かるんですよ? 世のため人のためメガミのためくるるんのためなんですよ?」

     

     クルルは、理解に苦しむ。だが、理解に苦しむクルルもまた、千影にとっては理解に苦しむ対象だ。
     一行のうち、主戦力となる三人以外は、庭に面している屋敷の廊下に避難している。負傷者は負傷者なりに、機動力の活かせない屋内へ追手を誘導し、可能な限り各個撃破しながら、屋内にまで伸びる装置の概要を探る腹づもりであった。

     

    「こんな……こんな楽しいものを、みんなは壊そうとします。らいらいたちもそうでした。もし、あなたたちも、この子を壊すっていうなら――」

     

     がくり、と頭の位置が元に戻される。
     そしてクルルは、いつもどおりの笑みを湛えて、いつもどおりにこう言った。

     

    「今度は本気でお相手しますよ」

     

     

     けれど、その最後の一言と共に纏う空気は、愉快そうな彼女とはかけ離れた、重苦しいものだった。そのメガミという超常存在の圧迫感に、同じくメガミになったはずのサイネも、先程までウツロと切り結んでいたサリヤも、息を呑んでいた。
     しかし、それでも三人が怯むことはない。
     千影は、僅かに生じた震えを砕くように拳を握り込み、キッ、とクルルを睨みつける。

     

    「勝ったら、ホロビを返してください」

     

     叫ぶことはない。取り乱すことも、怒り狂うこともない。

     千影はただ、ここまで至った原動力である己の意志を、ただ真っ直ぐにぶつけていた。どんな圧に押されようとも、芯の通った意志が潰れてしまうことは、ない。

     

    「いーですよぅ。その『挑戦』、受けましょう。まとめてかかってくるのです」

     

     快諾するなり、クルルは立っていた枝から飛び降り、根本の囲いから救いを求めるように伸ばされた、背丈ほどもある太い桜の根の先にふわりと着地する。
     勝負は、この神座桜の下に成った。
     ならばあとは、メガミの名において雌雄を決するのみである。

     

    「闇昏千影、我らがヲウカに決闘を」
    「氷雨細音、我らがヲウカに決闘を」

     

     名乗りを上げ、千影は充溢していく力にさらに心を震わせた。その手に顕現させるのはもちろん、朱色の番傘だ。
     サイネも思わずそれに倣い、既に現していた、刀身が深い海の底の色をした薙刀を構え直す。
     そして、

     

    「I AM THE DEMON. I DESTROY YOU. TRANSFORM FORM:YAKSHA!!」

     

     軋みを上げながら、ヴィーナは三度目の変形を成す。胴より伸びる、前輪を支える左右二本の骨組みが別れ、先端に車輪のついた二本の腕となる。そのまま操舵席が持ち上がり、あちこちの部品が刺々しい形状に変わると、まるで両腕を前に着いた、厳しい妖のような姿をヴィーナは得る。

     三者三様の得物を構え、クルルは悠然と腕を組む。


     ゴウン、ゴウン、と巨体を鳴らす歯車が、決闘の開始を今か今かと待ちわびているようだった。

     

     

     

     


     天音揺波と瑞泉驟雨が決戦を繰り広げたその下で、メガミとメガミの戦いもまた行われた。
     ウツロとザンカ。どちらもまたその力を理由に封じられていたと言われたとしても納得してしまうような恐ろしさだ。この戦いがどこへ向かうのか。そうだね。二十年前のその時には、カナヱですら予想がつかなかったとも。

     

     そしてそんな中であっても、いいや、そんな中でこそ。英雄たちは絶望から立ち上がる。
     闇昏千影、サリヤ・ソルアリア・ラーナーク、そしてサイネ。2人と1柱が挑むのは人とメガミ入り乱れる奪還の舞台。
     これもひとつの決戦だ。これまでに見たことのない。本気のクルルに対して彼女たちがいかに立ち向かうのか。……次はその熱戦を、語るとしよう。

     

    語り:カナヱ
    『桜降代之戦絵巻 第五巻』より
    作:五十嵐月夜  原案:BakaFire  挿絵:TOKIAME

     

    《前へ》      《目録へ》      《次へ》