『桜降る代の神語り』第58話:大乱戦、再び!

2018.06.22 Friday

0

    《前へ》      《目録へ》      《次へ》

     

     奇策を繰り出し、強襲の途上にある天音揺波たち。
     土石流はメガミにだって止められたものじゃない。それに、見てから対応したんじゃああまりにも遅すぎる。
     けれど彼女たちは土石流を輸送手段と扱った以上、策にも当然弱点はある。敵もまた強かなのだから、一切の動乱がないなんて、ありえはしないだろう?

     

     

     


     月明かりに煌めく水面が、瞬く間に土に濁っていく。

     

    「だいぶ揺れなくなってきましたね。最初のうちは何回か手着いちゃいましたけど」
    「なんつー平衡感覚してんだよあんたは。どれだけ岩にぶつかったか分かんないぞ……それ言ったら、操縦者さんもよっぽどだけどさ」

     

     呆れたように言う千鳥は、揺波の実感が告げるものの意味を考えていた。
     一行が土石流と共に筏で川を下り始めてから暫し。馬もかくやという速さでの猛進を阻むものはなく、低く響くような唸りを上げて着実に目的地へと迫っていた。
     不揃いの岩石がまま混在する土石流の中に安寧はない。それでも揺れが抑えられているのは、ひとえにサリヤがこの短時間で操舵に慣れてきたことと、少しずつ河幅が広がりを見せており、流れが分散しているからである。とはいえ、今もジュリアなどは支えに掴まっていないといけない程度には悪路であることには違いなかった。

     

     急襲を目的としている以上、勢いが削がれるのは問題である。けれど、問題が問題とならないよう、彼らは事前の準備と予測をしてきている。
     夜闇の中、目を眇めて先を確認していた佐伯が声を張り上げた。

     

    「翁玄桜がだいぶ見えてきました! 森もとうに抜けましたし、上陸地点まであと僅かでしょう!」
    「そ、それはいい知らせね! 流石にそろそろ疲れてきちゃった……っと!」

     

     サリヤがヴィーナの首を右に向けると、連動するように筏の進路も右に少しだけ逸れていく。そうして直撃を避けた巨石に濁流は次々とぶつかり、水よりも石塊の飛び散る飛沫が少なからず船上に乗り上げる。

     

    「後少しご辛抱ください。……それより、ここで一度計画の最終確認を行っておきませんか。上陸後にそんな悠長はことはしていられませんし」
    「そうデスネ。サーキ、お願いできますか?」
    「お任せを。――二人もこっちに集まってくれ!」

     

     濁流の轟音にかき消されぬよう張り上げられた呼び声に、揺波と千鳥の顔が引き締まる。真剣な佐伯の眼差しが、その時が迫っていると二人に意識させる。
     ヴィーナのすぐ後ろに小さく集ったのを確認し、佐伯は何度目かも分からないその確認を繰り返した。

     

    「瑞泉城に攻め込む我々の役目は二つ。第一に、陽動。既に瑞泉に先乗りしている闇昏千影班は、もう研究所に潜入しているだろう頃合いでしょうが、彼女らが救出作戦が完了するまで敵の目をこちらに惹きつけます」
    「この土石流の勢いなら、まだまだ橋を壊して余りあるな!」
    「ああ、これもハガネ様のおかげだな。西の兵が合流するまでにはケリをつけたい」

     

     各大家に対して複製装置で増強した武力で優位に立つ瑞泉の兵は、叶世座より質は高くないと予想されているにしろ厄介な問題であった。神代枝があっても多勢に無勢、制限がある揺波たちは増援による消耗戦を何より避けなければならなかった。
     それに対し、土石流での進攻は『兵力の分断』という解決をももたらす。ただ橋を落とすだけとは違い、濁流がある以上無理に渡河するわけにもいかない。永遠に流れ続けるわけではないにしろ、電光石火の戦においてはそれで十分であった。

     

    「そして第二に強襲。大目的はもちろん、敵大将――」
    「瑞泉、驟雨」

     

     その名をゆっくりと噛みしめるように、揺波はつぶやく。ともすれば濁流に音が飲み込まれてもおかしくないはずなのに、その場の誰もが、彼女が発した敵の名を耳にし、深く頷いた。彼女はこそ、この計画の最も大きな要なのだという信が、皆から集まった視線に載せられている。
     と、佐伯が確認を続けようとしたときだ。

     

    「雑兵は相手にせず、まっすぐ本丸へ向かう。理想的には人数差を作った上で瑞泉驟雨へ挑みたいが、敵戦力の――」
    「しっ……!」

     

     突然手をかざして割って入った千鳥が、口元に人差し指を当てる。
     一人だけ警戒を顕にした彼に、他の者は若干反応に困っていた。なにせ一同は今、土石流の上の筏という実質密室同然の場所にいるのであって、時折跳ねてくる大岩のほうがよっぽど恐ろしいのだ。

     

    「アノ、チドリサン……?」
    「静かに……! 寒気、感じないか? 俺だけってんなら、姉さんのおかげかな?」

     

     そっと懐の苦無に手をかけながら、

     

    「まあ……何より、この面子だよな」
    「面子……?」
    「この面子でいるの、すっげえ既視感が湧いてきて涙が出てきそうなんだよなぁ。俺もできることなら道中無事に過ごしたかったわけだけど――」

     

     皆、千鳥の嘆きに呼応するように、各々得物に手をかけた瞬間だ。
     最初に動いたのは、佐伯だった。

     

    「……っ!」

     

     千鳥の警告に助けられてなお、それは半ば勘のようなものだった。
     外周を警戒しようと振り返った最中、視界の端で僅かに輝いたものを切り落とすように、爪を取り付けた右手を反射的に閃かせる。
     ちょうど佐伯の頭上で弾かれたそれは、矢だった。
     さらに彼は、もう一つ視界の中に異物を発見する。

     

    「天音ッ!」
    「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

     

     天から降ってきた矢と共に、雄叫びを上げる男が両手の爪を叩き込むように、筏へと降下してきていた。
     咄嗟に鞘ごと刀を掲げた揺波が、高度を味方につけた男の一撃を受け止める。

     

    「う、くぅ――ぁッ!」
    「ぬぅ……!」

     

     そのまま叩き落とすように振り払われた男は、不安定な足場を物ともせずに綺麗に着地し、筏の後方へと間合いを離した。己の肉体を月明かりの下で誇示するよう、毅然と構えるその重心はまったく揺らぐことはない。
     強襲してきた男・架崎宗明を前に構える千鳥であったが、さらにもう一人、文字通り架崎の背後に現れた敵の姿を見て、思わずため息をついた。

     

    「ほらな? この面子でこの感じ、こうなると思ったんだよなあ」
    「そいつぁこっちの台詞だよ。嫌な感じがして来てみれば、あの変な馬にもっと奇天烈なおまけを引っさげて来るとはね」

     

     晴れた空に桜色を溶かし込んだような色合いの翼を羽ばたかせながら、浮雲耶宵は肩をすくめてみせた。
     あの陰陽本殿での戦いから時を経て、両者は再びにらみ合う。お互い謎の多かった当時とは異なり、今この場にいる全ての人間は、互いの目的をはっきりと理解していた。故に、無駄な疑問が出ることもなく、敵対の視線は幾重にも交差する。

     

    「今度は負けんぞ。驟雨様のために、この場で貴様らの策を打ち砕いてくれる!」
    「天音、佐伯さん、行くぞッ!」

     

     架崎の声を受けた千鳥が、取り出した神代枝を砕く。夜闇に舞い上がった桜の光によって、三人のミコトがそれぞれ力を手にする。
     闇昏千鳥は、暗がりに溶け込むような深い朱色の傘を。
     佐伯識典は、論壇という戦場を進む支えとなる巻物を。
     そして天音揺波は、決闘を愛する者との絆を示す刀を。

     

     

    「わたしたちも、押し通らせてもらいますッ!」

     

     最後の闘いの、最初の闘いが、始まる。

     

     

     

     


     突きに対する受けはいくつか存在する。素早く伸びてくる一撃は、一方で点しか攻撃することはできない。少しでも軌道を逸らされたり、狙われた一点を体捌きで僅かでも動かせば、受け手が傷を負うことはない。

     

    「ふんッ!」

     

     架崎が突き出してきた右の爪に対し、反射的に揺波が採ったのは体捌きによる回避であった。半身になりながら向かって左側に踏み込み、切り捨てるように複製装置が取り付けられた架崎の右腕へ刃を振り落とすつもりだった。
     けれど、

     

    「ぅあっ……!」

     

     飛び込むように踏み出した左足が、床の丸太と丸太の間につま先をとられてしまい、それ以上踏ん張ることができなくなってしまう。つんのめった体勢を立て直すように右足が足場を求めるが、その間にも相手は追撃の準備を整えている。
     間合いを離すように振った間に合わせの一刀は、しかし腰が入りきっていないために架崎の左の爪で逸らされる。さらに沈むように踏み込んだ彼に、完全に懐に入られた形となってしまった。
     そこへ、不思議とよく通る佐伯の声が投げかけられる。

     

    「『天音がそんな下手を打つだろうか?』」
    「くっ……面倒な!」

     

     架崎は揺波へ爪を振り上げることなく、何かを恐れたように一歩間合いを離した。渋々といった表情から、苦々しいそれへと変わっていく中、今度こそ体勢を戻した揺波の切り払いを避けるように、さらに距離を離していった。

     

     敷き詰められた丸太という特殊な環境は、さしもの揺波も対応しきれていないのが現状だった。ただでさえ揺れる筏の上では、刃先のぶれを気にする以前に満足に振るうことすらできない。
     しかし対する架崎は、元々凍った地面の上での戦いを得意とするミコトである。濁流の上では流石に不安が残るのか、筏を凍らせてこそいないものの、不安定な足場での立ち回りは一枚上手であった。

     

    「ありがとうございます、佐伯さん!」
    「援護してやるから、こっちには通すなよ!」

     

     応える佐伯は、ヴィーナをかばうようにして書を広げていた。そこには、邪魔にならないように縮こまるジュリアと、操舵を続けるサリヤの姿がある。荒れる船上になおさら気が抜けなくなったサリヤは、彼らの戦いを振り返って確認する余裕もない。

     

    「ほうら、架崎とばっかり遊んでていいのかい!?」

     

     無論、航行不能が揺波側の敗北条件であることは浮雲たちも理解していた。そして分かりやすく船頭に座すサリヤへ、真正面から浮雲は弓を引く。足場の不安定さから唯一解放されている彼女にとって、筏は的でしかなかった。
     短い間隔で飛来するのは空色の矢。視認性だけが救いであるそれは、一呼吸もしないうちに頭蓋をえぐる凶弾に他ならない。
     だが、辛うじてそれを全て撃ち落としていたのは、千鳥の苦無であった。

     

    「サリヤさんもっと頭下げて!」
    「でも、前が……!」
    「いっそ目隠しでもするってぇのかい?」

     

     嘲笑う浮雲。防御で手一杯の千鳥は、浮雲と違って飛び道具の数に限りがある。いずれは顕現させた傘で叩き落としていく他なく、狭い筏の上でそのような曲芸がいつまで続くか分かったものではない。何より、上陸の機会を逃すこともまた、千鳥たちの敗北条件なのである。
     と、そこで千鳥は、ヴィーナの後部座席へと飛び乗った。

     

    「佐伯さん、頼む!」
    「仕方ないな……!」

     

     毒づきながらも、佐伯は夜空を舞う浮雲へと焦点を合わせた。
     そして、彼女を指差して、

     

    「そこの小僧の持ち玉だって底があるんだ。何射もしておいて、貴様だけがこの世の理を覆せる訳もない!」
    「なにを――」
    「『矢は射ればなくなる! 当然のことだ!』」

     

     そうはっきりと言い切った瞬間だ。
     浮雲が指の間に挟んでいた空色の矢が、はらりはらりと解けていくように宙に溶けていった。

     

    「そんな理屈が通ってたまるかい!」
    「言っただろ! 押し通るってな!」

     

     咄嗟に腰の矢筒にある実物の矢に手を伸ばした浮雲めがけ、千鳥は閉じた傘を全力で振り抜いた。すると、傘は柄が途中から切り離され、宙にいる浮雲へ一直線に襲いかかった。月光に鈍く光るのは、柄の中に仕込まれた長い鎖である。

     

    「ちぃっ……!」

     

     左腕で身をかばうものの、傘の打撃は見た目以上に重い。衝撃を抑えきれなかったのか、速度も高度を下げていく浮雲であったが、土石流から飛び上がった石塊をすんでのところで躱して再加速、後方から筏を追う形となる。

     

    「千鳥さん、後ろで相手しましょう!」
    「応!」
    「させぬわ!」

     

     揺波と鍔迫り合いを演じていた架崎が、千鳥へ思いっきり息を吹きかけた。その吐息は、風を切る筏の上であっても空気を刺し通すかのように細く、しかも零下のように白い。瞬く間に千鳥の足元に突き刺さったそれは、ヴィーナの後部座席ごと彼の左のつま先を氷漬けにしてしまった。
     飛び降りようとしていた千鳥は堪らず姿勢を崩し、すぐ下にいたジュリアに飛び込みかけるが、その前に佐伯の腕に支えられる。

     

    「おい、貴様……!」
    「わ、悪かったってば!」
    「アノ、サーキ……チョット」
    「――忍はあの肉達磨でも相手にしてろ……!」

     

     佐伯は自分の足元でジュリアが手招きしていることに気づくと、ぞんざいに千鳥を筏の後方に放り捨てた。まさかそこまでされるとは思っていなかった千鳥は、左足が解き放たれる瞬間も見極めきれず、支えにしていた柱に背中からぶつかった。

     

    「痛ってえ! もうちょっとなんとかならなかったのかよ!」
    「え……しかし計画では筏ごと……いや、やむを得ませんか」
    「聞いてねえし!」

     

     抗議の声は、ジュリアに耳を貸していた佐伯には届いていない。しかし千鳥は、二人の密談が現状を打破する足がかりになることを期待して、それ以上の追求はせずに戦列に復帰し、揺波と並んで架崎に相対する。
     ……そう、彼を含めた五人は、この状況に小さくない焦りを感じていた。
     不利を背負いつつも、人数差などの有利を活かして互角には持ち込めている。
     だが、時間は、揺波たちに決して味方をしない。
     敵に追われながらの奇襲など、意味がない。

     

    「行きま――っ!」

     

     その焦りが、注意力の欠如を生む。加わった千鳥と共に攻めに出ようとした揺波の、その右の一歩が、千鳥同様に凍って丸太に張り付いていたのである。
     それを横目に、協調が崩れたのは承知で千鳥が単身飛び込むも、繰り出す小刀は踏み込みの浅さ故に容易に受け止められる。それを陽動とし、足払いを仕掛けるも、相殺するような蹴りが置かれている。覚悟ができている分、そこから体勢を取り戻すのは架崎のほうが早く、千鳥は転がるようにして架崎の間合いから逃れる。

     

    「はは、はははッ! 自分の用意した策に溺れて、満足に打ち合いもできんとは!」
    「くそ……」
    「恥を晒し続けんよう、早々に葬ってくれよう、反逆者たちよッ!」

     

     両の爪が打ち鳴らされる。先程の吐息とは逆に、上気した肌から湯気が立ち上っていた。
     そんな彼を愉快そうに嗜めるのは、猛々しい羽ばたきで筏に追いついてきた浮雲であった。

     

    「おいおい架崎。そんな興奮なさんなって」
    「あぁ? 何故だッ!」
    「まーた見えてないんだから……。いいかい!? 連中は、おまえさんをさっさと倒しちまいたくてたまらないご様子だよ。あたしたちには早々に退場してもらいたい理由があるってことさね。だったら、いつまでも遊んでやるのが仕事じゃあないのかい!?」

     

     それを聞き、すっ、と冷徹な表情を取り戻した架崎は、それでも抑えきれない優越感に口端を歪めた。
     意図を読まれ、それでも行くしかないと再び踏み出す揺波と千鳥。その様子を見ていた佐伯は、浮雲を注視しながらも頭を回し続けていた。ジュリアから提示された策を脳裏に描こうとしているようだが、眉間には皺が深く刻まれている。

     

    「やるなら……そうですね。次に曲がった後でしょう。際どいところですが……」
    「ダイジョーブ……サリヤなら、やれます……!」

     

     信頼に満ちたジュリアの笑み。この土壇場で見せられたその表情に、佐伯は小さなため息と共に悪戯めいた笑みを浮かべた。
     それを見るなり、ジュリアは大きく息を吸い込み、

     

    「予定変更デス! T−3、行きマス!!」

     

     濁流と乱戦に負けないよう、声を張り上げた。
     すぐさまヴィーナの下へ引っ込んだ彼女の発した謎の言葉に、反応は三分された。
     揺波たちは驚きをやや見せながら、ヴィーナへにじり寄るように少しずつ身を寄せていく。まるでヴィーナを守るような陣形にも見えるが、その間も得物は架崎たちに向けられたままであり、戦意にも衰えは見られない。

     

    「まだ何か仕掛けが残ってるっていうのかい……!」
    「だったら、その前に叩き潰すまでだ!!」

     

     強く警戒し、もう一回り距離を取る浮雲とは対照的に、それを最後の抵抗と捉えた架崎は、あっけなく興奮のたがを再び外していた。

     

    「同じくライラを宿す奴がいたな!? ならばこの技で始末してやろう!」

     

     架崎が右腕の複製装置を操作すると、一瞬の停止を挟んでから回転が再開される。乱れる河の音にかき消されているが、耳をすませば、その歯車の旋律の周期が僅かに変わったことが分かるだろう。
     そして、バチ、バチ、と。
     架崎の爪が、雷を纏っていく。
     架崎の爪が、風を巻き起こしていく。

     

    「死ねえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

     

     丸太を蹴り、大自然の破壊力を手に猛然と迫る。その威力があれば、誰かに致命傷を負わせることも、あるいは筏そのものの破壊もできよう。
     ……だからこそ、架崎はその選択をしてしまった。
     策を真正面から打ち砕けるだけの力があったからこそ、それを選択してしまった。

     

     最前で正対する揺波が、体内で練り上げた気を、嵐と成す。

     

    「はあぁぁぁぁッッ!!」
    「う、ぐぁ……」

     

     筏の後部へ吹き付ける暴力的な気流が、爪を振りかぶった架崎に直撃する。今まで巧みに乗りこなしていた彼は、その圧力に耐えきれず一歩、後ろにやった足を、図らずも丸太と丸太の間に突き入れてしまい、身体を支えきれなくなって膝を着いてしまう。

     

     それが、合図となった。
     今まで皆を導いてきた漕手が、高らかに宣言する。

     

    「Now or never……! GO……!!」

     

     サリヤの言葉と共に、皆一斉に顕現武器を宙に還す。そしてヴィーナへと群がるように、さらに横に拡張された木製の後部座席にしがみついた。
     サリヤの背中に抱きつくようにして乗り込んでいたジュリアが、

     

    「今こそトッテオキ、見せてあげまショウ!! BlackBox……、OPEN!!」

     

     


    「I AM THE SKY. I DEFY YOU. TRANSFORM...」

     

     呼応するサリヤの指が、ヴィーナの一部を深く押し込んだ。

     

    「FORM:GARUDA!!」

     

     変化は、孵化のようですらあった。
     ヴィーナの胴体から光が溢れ出したかと思えば、胴体と前輪を結ぶ横っ腹の部品が、前輪を軸に外へと展開していく。生じた光から広げられるその部品は、もう一弾さらに展開し、ヴィーナの全長に勝るとも劣らない黒く大きな翼と化した。大地を駆る鉄の馬が、空駆ける鉄の鷲へと瞬く間に変貌したのである。
     それだけではない。変形と同時、ヴィーナの後部は爆発したかのように、圧縮された炎を吐き出した。筏に組み込むための機構を破壊しながら、その推進力でもって、巨体を飛び上がらせる。

     

     鷲が、夜空に両翼を広げた。
     五人を乗せて、弾丸のように宙を突き進む。

     

    「は……?」

     

     開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。今まで空を制していたはずの浮雲は、変形の光が収束したおかげで夜陰に紛れ始めたヴィーナの姿をただ、ぽかんとしながら目で追い続けていた。
     と、そんな一手に考えも吹き飛ばされていた架崎を、加速度的に増していく揺れが襲う。

     

    「う、うおぉッ!」

     

     ぐらぐらと、今までにはない揺れに足を取られる中、なんとか立ち上がろうとしていた彼だったが、ヴィーナが発進した今、自分は一人、筏に取り残されたのだとようやく気づいた。
     けれど時すでに遅し。操舵手を失った筏は、濁流に取り残された岩石に正面から乗り上げてしまい、機構も破壊されて脆弱になった船首から真っ二つに割れてしまう。

     

    「架崎ッ!」
    「うきぐ――」

     

     浮雲が伸ばした救いの手を、彼が取ることはなかった。うねり上がった波に下半身を飲み込まれ、大自然の暴虐に晒された架崎は、悲鳴を上げる暇もなく、夜闇の底、土石流の中へと消えていった。
     僅かに飛んで後を追った浮雲だったが、全てを等しく押し流してしまう力の前には無力である。歯噛みして一旦諦めると、揺波たちが飛んでいった方角を眺めた。

     

     その方向には、もう目前に迫っていた瑞泉城と巨大な神座桜の姿がある。城へ引き込むような河の分岐が見られるが、船着き場を始めとして川縁の何もかもが押し流された後であった。城へと土石流が向かわなかったことだけが幸運だろうか。
     そんな光景を尻目に、獲物を見つけた猛禽のように滑空して行くヴィーナは、それ自体が目を疑いたくなるような現実ではあっても、そのまま城まで到達するであろうことは容易に想像できた。

     

    「しゃあないねえ……。だが、負けが決まったわけじゃない、か」

     

     舌打ちを一つ、奇天烈に奇天烈を重ねた策で出し抜かれた浮雲は、近くにあった樹に留まりながら、居城にいる主人に思いを馳せていた。

     

     

     


     奇策というのは、考えの外側からやってくるから奇怪な策になる。戦場から離脱したこの一手はまさしく常識の外からやってくる策といっていいだろう。
     無事刺客を退け、予定外ながら瑞泉城に向かうことができた天音揺波たち。だけど彼女らの役割は強襲だけではない。さっきも言っていたね? 陽動だ、と。


     さあ、視点を再び移し換えよう。行動を開始した闇昏千影たちを見てみようじゃあないか。

     

     

    語り:カナヱ
    『桜降代之戦絵巻 第五巻』より
    作:五十嵐月夜  原案:BakaFire  挿絵:TOKIAME

     

    《前へ》      《目録へ》      《次へ》