狂気カラクリ博覧会(前篇)

2018.06.15 Friday

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     こんにちは、BakaFireです。本日の記事は好評のシリーズ、メガミ特集の7回目となります。このシリーズで取り扱うメガミはTwitterでのアンケートにて決められ、現在は第6回でアンケートした4柱を順に進めているところです。前回は1位であったチカゲ特集を行いましたので、今回は2位のクルル特集となります。

     

     

     ここしばらく、新幕関連でとても忙しかったためシリーズが滞ってしまいましたが、めでたく今週は書くことができました。お待たせしてしまった皆様にはお詫び申し上げます。
     
     これまで行ってきたトコヨ特集オボロ特集サイネ特集ヒミカ特集ハガネ特集チカゲ特集を踏まえた内容でもあります。お時間がありましたら、これらのシリーズもご一読いただけると嬉しいです。
     
     それでは、さっそくはじめましょう!

     


     
     
    流れについていろいろ考えましょう

     

     どのようにメガミを語るかどうかのやり方は、概ねこれまでと同様でよさそうです。つまり、次のようになります。
     

    • 前篇ではメガミの歴史を語り、後篇では個々のカードを語る。
    • 第一幕での六柱を語る際は、本作そのもののゲームデザインと紐付けて語る。

     
     しかし、今回は新たに考えるべきところが2つありますので、まずそれらについて触れておきましょう。
     
    初めてとなる『第弐拡張』出身のメガミである

     

     これについてはハガネ特集、チカゲ特集と同様に取り扱えばよいでしょう。つまり、歴史的な話をするにあたっての時間がずれるのです。クルルのデザイン、バランス調整を行ったのは2017年2月から6月頃となりますので、その辺りの話をすることになります。
     
    すでに『新幕』が発売している

     

     これをどう語るべきかは難しいところです。考えた結果、これまでの前篇後篇から三部作に変更し、後篇では『第二幕』から『新幕』に向かうに当たってクルルにはどのような取り組みが行われたかと、『新幕』のカードリストへのコメントを行うことにしました。
     
     つまり前篇と中篇は『第二幕』での話が中心になるということです。『新幕』から新たに始めた皆様は、昔話の一つとしてお楽しみいただければ幸いです。
     
     
    くるるーん、ひらめきましたっ☆
     
     彼女はどこから生まれたのでしょうか。結論として言うと、ある日突然頭の片隅から生まれ出たのです。もちろん、どんなメガミも究極的にはそういう話なのですが、彼女はそれにしても極端でした。
     
     時は2017年1月頃、ハガネとチカゲの調整をしていた時の話です。ぼんやりと何かしらを考えていた私の脳内に、何かが語りかけてきたのです。


    「切札が未使用に戻った時、何かいいことが起きたら気持ちよさそうじゃない?」
     


     そのささやきを聞いた私は全力で同意しました。これは私のプレイヤーとしての気質にもかみ合ったためでもあります。私は対戦型のカードゲームにおいて、コントロール的な立ち回りを好みますが(ゆえにトコヨもまたゲームを遊ぶという側面において私のお気に入りのメガミです。ええもちろん、キャラクターとしては全員大好きですよ)、それと同じくらい奇天烈で、カード同士の相互作用を意識したコンボデッキが好きなのです。
     
    (その反面、素直に盤面を取り、殴り合う戦略は苦手です。この気質は厄介なものです。ゲームは王道の戦い方がちゃんと強く、魅力的である必要があるため、私は自分が好む戦略が強くなりすぎないよう、欲望を慎重に制御する必要があるのです)
     
     そして私は妄想に入りました。コンセプトのアイデアが浮かぶと妄想し、カードのアイデアを広げていくのはいつものことですが、この妄想はあまりにも捗りました。そしてその中で切札が未使用に戻ると同時に様々な事柄が誘発するのは極めてシステム的であり、カード1枚1枚が歯車のようにかみ合っていることに気付いたのです。
     
     この感覚から、彼女はカラクリを操るメガミであると確信しました。そしてあまりにこのアイデアを気に入ったために、この時点で『第弐拡張』へと彼女を入れることは私の中で確定していたのです。
     
     折角ですので、その頃のカードをいくつかお見せしましょう。


    すとーむ        攻撃
    2, 5    2/1
    【常時】駆動―あなたが切札を未使用に戻した時、このカードが捨て札にあるならば、このカードを使用する。

     

     このころはまだ攻撃カードが存在していました。また、サリヤで実現した離散間合の攻撃が最初はここに存在していたのは興味深いところです。


    りぱるさー        行動/全力
    あなたのコスト3以上の切札を1枚選び、それを未使用に戻す。

     

     切札を未使用に戻すことに意味があるため、当然そのためのカードは存在します。


    ほっぴんぐすてっぷ        行動    3
    【使用済】あなたの基本動作に「跳ね:ダスト→間合」を追加する。
    再起[あなたが山札を再構成する時、その直前にこのカードを未使用に戻す]

     

     同時に自身の切札は未使用に戻るような機能を持っています。しかし、未使用に戻すことをデメリットとしても働くようにしていました。また、同じくサリヤで実現した追加基本動作のアイデアはここから始まっていました。
     
     
    さあ現実へと帰る時だ
     
     時は流れ、妄想の時間は終わりました。2017年2月。いよいよ『第弐拡張』と『第参拡張』のデザインが始まったのです。『第参拡張』での大きな失敗でお話ししたように、これら2つの拡張は印刷の都合から同時期にデザインされていました。
     
     こうなると、いつまでもキモい表情でにやにやと妄想しているわけにはいきません。現実へと帰って、きちんと機能するカードリストを仕上げる必要があります。私はクルル、サリヤ、ウツロら3柱の原型を作成し、プレイテストへと臨みました(ホノカの原型はアイデアがまとまっておらず、それから数週間後にデザインされています)。
     
     ハガネとチカゲ、つまり第壱拡張での学びから、私はあるメガミをデザインするにあたり、彼女を宿すプレイヤーにどのような体験をさせたいのかを強く意識するようになりました。例えばハガネならば力を溜めて、ドカンとパワフルな一撃を撃ち込みたい。チカゲならば毒で相手を苦しめたいという具合です。それらの体験の意図を意識することで、気質のあったプレイヤーの満足度向上を図ったのです。

     

     ではクルルはどうあるべきでしょうか。その答えは誰よりも簡単でした。なぜなら他ならぬ私にそのような気質があるのですから。その類のプレイヤーは発明品を通して自己表現をすることを望んでいます。「ワシの新しい発明品を見せてやろう……!」とかそんな感じでにやにや笑いながら出現したいのです。つまりはクレイジーな発明家になりたいのです。

     

      その基本を踏まえ、掘り下げましょう。発明家はどのような時に心を震わせるのでしょうか。普通でないイカれたことが実現できること、そしてカードが部品として働くことが条件だと私は考えました。

     

     前者は簡単です。クレイジーでこれまでにない効果を実装すれば良いのです。例えば切札を再利用したり、全力カードを全力でないタイミングで使えたりという具合です。

     

     後者について説明しましょう。カードを部品として感じさせるとは、カードがデッキの一部であり、そしてデッキのために寄与している歯車であるような感覚を強めることを指します。私はそのために、カードを単独で機能させずらくしました。例えば先の例でも、切札や全力を適切に組み合わせて初めてクレイジーな効果になるのであり、単独では何もしません。逆の例も挙げると、「斬」はそれ単独として攻撃カードとして機能します。
     
     また、彼女をカラクリのメガミたらしめた、誘発する効果もまたその感覚を強めます。ゆえにその類のカードも他のメガミより多く持つように設計するべきでしょう。

     

     これらを意識してリストを設計した結果、驚くほどスムーズに楽しそうなおもちゃ箱が完成しました! おおブラボー。なんと楽しそうなのでしょう。さあ、実験です!
     
     
    実験は失敗じゃよ……。

     


     プレイテストの結果、非常に厄介なフィードバックが帰ってくることになりました。まず最も厄介だった事実は、当時のプレイテスター(当時はデザイン班がバランス調整を兼ねていました)には「クレイジーな発明家」は私しかいないと分かったことです。
     
     このアイデアが楽しそうであること、これを強く楽しむプレイヤーが間違いなくいることについては全員が同意してくれましたが、残念ながら誰もが「自分には厳しそう」と感じてしまったのです。気質が合い、楽しめるかどうかはもはや天性のものであるため、無理を言うわけにもいきません(事実、クルルはほぼ全てを私一人で調整しました)。
     
     そして彼らのフィードバックは十分に的を射ていたとも分かりました。いくつかの思いついていたデッキこそ楽しく回せましたが、「クレイジーな発明家」である私ですらも、それ以降のテストではどうにも歯車がかみ合わず、楽しくない感覚を味わうことになってしまったのです。
     
     なぜ駄目なのかは、テストを重ねるたびに明確になっていきました。発明品を作れど作れど、まるで動かないポンコツなのです。なぜ動かないのでしょうか。冷静に考え、いくつかの結論が導き出されました。
     
     第一に、駆動ギミックが駄目だと分かりました。私が最初のテストで作った発明品はトコヨ/クルルであり、「無窮ノ風」を軸にして様々なカラクリが「駆動」するデッキでした。これはとても楽しく魅力的でした。
     
     しかし、このような滑らかな駆動が望めるメガミは限られています。駆動はギミックとして働くために再起を求めすぎています(もちろん、クルルのカードの中にも再起を入れる程度の工夫はしていましたが、自己完結もまたメガミの魅力を削ぎ落してしまうため、その再起はさほど強力なものではありませんでした)。
     
     結果として、クルルは一部のメガミとしか組み合わせられず、ほとんどの対戦で楽しくないものになってしまったのです。駆動ギミックは間違いなく楽しいですが、コンセプトの中心に置いてはいけません。カードを一部だけ残し、ほぼ全ては撤廃するべきと判断しました。
     
     第二に、クレイジーな効果が絵空事に過ぎないとも分かりました。ヤバそうで楽しげなおもちゃ箱は、実際にヤバくなってしまうとゲームを破壊します。それを避けるために私は、実現を難しくするような工夫を凝らしていました。
     
     しかしその結果として、カードの効果から想定されるゲームプランが薄く、なんかヤバそうなことが書いてあるバラバラのパーツになってしまっていました。それゆえ、ヤバい効果は実際には起こりません。楽しそうなおもちゃ箱はなんてことはありません。実際はただのガラクタの塊だったのです。
     
     この問題を解決するにはカードに一貫性のあるゲームプランを内包させる必要があります。しかし、一貫性のあるヤバそうなものは実際にヤバく、ゲームを破壊します。我々には危険な装置を制御するための安全弁も求められていました。
     
     こうして、幾度かの検証の結果、実験は失敗だと分かったのです。
     
     
    今こそ組み立てよう
     
     しかし私は諦めませんでした。私の中で、このコンセプトへの思い入れはあまりにも強いものでした。カラクリとは何なのかを考え、そしてクルルを用いたデッキを回し続けていたのです。
     
     このように書くと、また苦闘と難産の日々が続いたのかと思われるかもしれません。しかし、回答は驚くほどにするりと、歯車がかみ合うように生まれ出ました。カラクリ、安全弁、私はそれらを考えながらゲームを遊び終え、ふと気づきました。カラクリは、組み立てるものなのです。
     
     つまり、カラクリを組み立てればよいのです。ゲーム内での何かしらの行動を通してカラクリを組み立て、それが完成しない限りは効果が発生しないようにします。これは正しく安全弁であり、カラクリらしいものです。
     
     ではどのように組み立てるのか。追加のカラクリボードなどを用いるのが下策なのはすぐに分かりました。第一に本作はそれなりに複雑で、クレイジーな効果を持つクルルも複雑です。そこにさらに複雑さを加えると間違いなく遊ぶに堪えないものになります。第二に自己完結の問題があります。あるメガミのカードのために同じメガミのカードが「必ず」要求されるのは良い結果を生みません。もう一柱のカードを入れる理由がひどく薄れ、本作の2柱を組み合わせるという魅力がなくなってしまうのです。
     
     それゆえ、要素を追加せずにそこにあるもので自然に、それでいて一定の苦労をしてカラクリを組み立てる必要があります。そんなものはあるのでしょうか。丁度ゲームを終えたばかりの私は、自然に盤面に視線を落としました。そこには、当然のようにカードが並んでいたのです。
     
     私は思わず、ええ、狂った発明家のように笑ったはずです。このゲームでカードを使用し、捨て札に置くのは言うほど簡単ではありません。なぜなら常に競合する使いみちとして基本動作があるからです。ならば、捨て札にあるカードの何かに注目すればいいではないですか。
     
     何に注目するべきか。少し考えれば自明でした。「カードタイプ」と「サブタイプ」こそが相応しいでしょう。データとして必ず存在し、種類が限られ、そして使用しやすさに差があるのです。例えば攻撃は間合を合わせなければ使えず、付与はダストの状況に強く依存します。
     
     さらにもう一歩考え、使用済の切札も含めるべきと分かりました。捨て札は山札の再構成でなくなってしまいますが、これは残り続けます。即ち、それ以降のカラクリが組み立てやすくなるのです。これは直感的に、ボードゲームにおける拡大再生産の理念に近いと感じました。となれば正解のはずです。拡大再生産は、原則として楽しいのですから。
     
     (ちなみに展開中の付与札を数えるべきなのは1回プレイテストをした際にすぐに分かりました。カードを使用したにも拘らず、その付与札が破棄されるまでカラクリが組みあがらないのは、明白なストレスだったのです)
     
     ここまで思いつき、その日はもうクルルを回さないことにしました。そしてその日の夜のうちに私はカードリストを仕上げ、次のプレイテストに備えたのです。


    ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン

     

     そして次の実験で出た結果は、想像をはるかに上回るものでした。安全弁は正しく安全弁として働きました。カラクリを組んでいる感覚がありました。そして何よりすばらしいことに、相互作用していないカードですら歯車のように感じられたのです。そう、単純に強いから入れたそこらの「斬」ですら、デッキという全体を構成する歯車だという感覚が強まりました。ダメージを相手に与えつつ、カラクリの貴重な赤いパーツとなるのですから。
     
     デッキ内の全てのパーツが、デッキという巨大なカラクリのために。そして巨大なカラクリは、勝利というひとつの目的のために。この時私は確かに自らのデッキを、偉大な発明品だと感じたのです。
     
     さらにその日、何度かクルルを回した後、当然ながら他のメガミの状況を確認するために他のメガミを回そうとしました。その時、私は驚くべき体験をしました。特にゲームでの意味はないにもかかわらず、カードタイプとサブタイプの確認をしてしまったのです。
     
     僅か一日で、独自の脳回路が形成されました。この感覚は間違いなく他のメガミにはなく、すばらしく魅力的でした。もはやここまでくれば明らかでしょう。
     
     ええ、実験は成功ですとも!
     


     
    良い物語には良い敵がいる

     

     これで「機巧」をめぐる物語は終わりなのですが、もうひとつ書いておくべきことがあります。ストーリーについてです。

     

     『第二幕』で初登場したサイネ以降のメガミは、常に裏でストーリー『桜降る代の神語り』と共に考案されてきました。それではクルルはどのような扱いだったのでしょうか。
     
     上記の通り、私の妄想と思い入れ故に、カラクリのメガミが登場することは本来の計画より早く決まっていました。ならば、彼女にはどのような役割が相応しいのかを考える必要があります。
     
     当時の物語に不足していたのは何でしょうか。私は「敵方のメガミ」だと結論付けました。主人公と対立する敵方の存在には魅力があります。本作の花形はメガミです。ならば当然、敵方のメガミが存在すべきなのは明白でしょう。クルル、そしてウツロはそのために物語に配置されました。
     
     さらに物語におけるパワーバランスの問題も併せて解決しようとしました。第二章が終わるまでは天音揺波は不完全な存在です。しかし第三章では彼女は強大な実力者となり、そして何柱かのメガミの助力や、強力な戦友も得ることになります。
     
     我らが大敵である瑞泉驟雨はそんな彼女に立ち向かう必要があります。そのためには彼にも、メガミの助力があるべきでしょう。そして互角ではいけません。敵は一見して、主人公よりも強大でなくてはいけないのです。
     
     そしてカラクリ、即ち科学的な発明品はその陰謀を大きく助け、幅広くすることができます。彼女の助力こそが、敵を間違いなく魅力的にすると確信しました。同時に敵であることは、彼女の人格を定める助けにもなりました。メガミが純粋に悪であることは望ましくありません。それゆえ彼女は無垢であり、同時に狂気的なのです。
     
     面白いのは彼女の存在はその後の物語を大きく動かしていった点でしょう。彼女が味方に加わったからこそ瑞泉は「神渉装置」計画を実行に移し、この時代を大いに動かしたのですから。彼女は間違いなく、物語においても欠かせない歯車でした。

     

     

     今回はこんなところでしょう。次回の更新は来週、クルル特集の中篇にて、『第二幕』でのカード個別の話をさせて頂きます。ご期待くださいませ!