『桜降る代の神語り』第39話:世界が反転するとき

2017.10.27 Friday

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     影の仕掛けた挑戦は、一般的な挑戦とは少しばかり異なっていた。三対三。元来にして壮絶なメガミへの挑戦が、驚くべきことに三つだ。まさに豪華、そして絢爛。どの戦線も目まぐるしく乱動し、結晶が舞い散っていく。
     ああ勿論だよ。すぐにでもその戦いを語ろうじゃあないか。

     

     

     

     

     弓矢という武器は、一対一における圧倒的な有利を約束してくれる。だが、それはあくまで使い手の優位をさらに保証してくれるだけであって、対等の立場から無条件に勝利をもたらす類のものではない。
     静かに、一方的に仕留める。まさに狩りのため武器。
     決闘の場で用いるには、使い手の力量がより求められる。

     

    「……っは!」

     

     取り回しやすい小型の弓から、二本の空色の矢を一度に放った浮雲。そのうちの一本はライラの右脚を貫通し、桜吹雪を散らせたが、浮雲の顔に余裕の色はない。
     それは、射手が常に気にかける矢の残りが故か。いや、違う。メガミ・ミソラの力を凝縮して織り上げられた矢は、意思が尽きぬ限り狩人に供給され続ける。
     それは、射手が常に保つべき彼我の距離が故か。いや、少し違う。決闘の場において、狙撃手が至近されるのは真理であり、それまでにいかほど傷を与えられるかが焦点となるからだ。

     

    「ちぃっ!」
    「うん、いい」

     

     すかさず放った二の矢を、ライラは避ける素振りすら見せなかった。むしろよく当てられたものだと感心を示してすらいる。
    そんなライラへ向け、次の矢をつがえた瞬間だ。

     

    「……!」

     

     獣が、視界から消えた。
     否、あまりにも速く、獣の姿勢となって、あと一矢放つだけの余裕があった間合いを一瞬で詰めたのである。
     瓦の上へ散り積もっていた結晶が、遅れて吹き上がる。

     

    「おぉッ……!」

     

     下から躊躇なく喉元を狙った爪撃を、浮雲は咄嗟に顕現させた左の鉄拳で逸らす。頬を掠めたライラの爪の軌跡から、ばりばり、と雷が空間を裂く音がする。
     相手が常識的な相手ならば、射手は相手が自分の下へ辿り着く前に、致命の一撃すら入れることができるだろう。しかし今、浮雲が相手取っているのはメガミであり、風を権能に持つライラである。
     速すぎる。そんな暴力的なまでの単純な性能差が、彼女に早くも弓を捨てさせるに至った。

     

    「――くぅーっ!」
    「すごい」

     

     ライラの短い賞賛は本音だ。人間の狩人どころか、並のミコトですら風のように疾走る彼女を射ることは難しい。ライラは避けなかったのではなく、そもそも当てられるとは思っていなかったのである。
     弾かれた爪を無理に戻すことなく、後ろへ反らされた腕についていくように蹴り上げる。宙を回るその一撃に浮雲は慌てて右の鉄拳を合わせ、吹き飛ばすように弾き飛ばした。
     ライラは全身のバネをふんだんに使って受け身を取り、風を纏いながら間合いを離した。

     

    「でも……だめ。あれ、よくない。だから――」

     

     再び弓を使うべきか。一矢分作れた間合いに、浮雲は思案する。
     だが、そこに割り込むのは、

     

    「オ、オォォォォォォォォァァゥゥッッッ!!!!」
    「……!?」

     

     動物じみたライラの叫び。自然に生きる者に本能を呼び覚まさせるその声は、彼女の同胞たる風と雷を呼んだ。
     今や彼女は、雷雲纏う竜巻の如く。

     

    「全力、やる」

     

     息を呑んだ浮雲は、拳をしっかりと前に構えた。

     

     

     

     


    「んぬぁッ!」
    「……ふん」

     

     交差と共に繰り出した架崎の爪撃は、軽く掲げられたコダマの拳に弾かれる。作り出した氷の地面を滑ることで速度を稼いでいた彼は、無論体勢を崩され隙を晒してしまうが、コダマの追撃はない。

     

    「あ、ぐ……はぁ、はぁ……」

     

     架崎は、己に有利な状況を確かに作り出している。そして活かした攻撃もできている。
    だが、相対するコダマは、傷の一つもなければ、汗一つかいていない。
     それどころか、不動。

     

    「くそ……おぉっ……!」
    「どうした? 終わりか?」

     

     間合いを測るように周囲を滑っていく架崎を、腕組みをしたまま無感情に目で追うコダマの姿は、凍土の中心にあった。
    彼がこの場を作り出して以来、彼女は一歩も動いていない。
     凍ったままの素足が、それを証明している。

     

     斯様にして、あえて攻撃を受ける構えを見せるコダマに対し、切り裂かんと何度も突撃を敢行していた架崎であったが、未だ有効打はない。むしろ、試行を重ねるごとに対処されやすい単調な攻撃になってしまっていた。
     彼の戦いは、翻弄を基本とする。慣れない氷の足場に気を取られた相手に、滑走しての高速攻撃を繰り返すもので、よほど対応力のあるミコトでなければろくに刃を合わせることなく破れていくだろう。

     

    「薄弱」
    「は……?」

     

     肩で息をする架崎に対し、コダマはぽつりとそう言った。
     そして意図を汲み取れなかったと見るや、さらに付け加える。

     

    「お前の腕が泣いているぞ。それしきで、我が通せると思うか」

     

     だらん、と拳を下げるコダマの声色には、若干の諦めが乗っていた。

     

     翻弄を得手とする者は、如何に野分であっても大きな山を動かせないのと同様に、小揺るぎもしない相手に対面したとき、相手ではなく自分自身に翻弄される。風は確かに時には人を吹き飛ばせるが、山にぶつかった風は、自ら散っていくものである。
     架崎は、自分が築いた優位が優位でもなんでもないことを悟ってしまった。行く手を阻む山の大きさに気圧されてしまっていた。

     

    「ぐぅぅぅぅぅ……!」
    「来い。力は、考えるより前に手の中にある」
    「くそぉぉッ!」

     

     挑発ですらない誘いに、一直線に滑走を始める架崎。両の手の爪の狙いをコダマに定め、すれ違いざまの一撃ではなく、真っ直ぐな一撃を狙う。

     

    「ッッぁあああああッ!」

     

     動かないコダマの腹へ、右の爪を突き上げる。動かないままだとすれば、正中への打撃は必ず拳で弾かれる。しかも一直線に突っ込んでいるため、速度の乗った体当たりも同時に迫ることになる。彼の狙いはそこにあった。
     垂れ下がっていたコダマの両手が、腹の前で構えられた。受け止める動きである。
     それを認めた架崎は、すかさず、

     

    「おぉぉッ……!」

     

     先行させていた右手を追うように、左手でコダマの顔面を狙った。左右に避けるしかない、上下同時攻撃。
    陽動たる右手は、コダマの両手によって抑えられた。
     そして左の爪による一撃は、今ここで成され――

     

    「ふんッ!」
    「――!」

     

     勢い良く振り下ろされたコダマの額が、架崎の爪を叩き落とした。受けて余りある力をまともに浴びた彼の左腕は、瞬く間に氷の地面へ突き刺さる。
     そして、掴まれていた右の爪を中心にして半ば宙に浮いた彼を、桜の光を纏ったコダマの拳が打ち据える!

     

    「はッ!」
    「が――」

     

     大量の結晶を散らせながら、氷上を吹き飛ばされていく架崎。辛うじて保っていた意識をつなぎ合わせ、どうにか敵から目を離さずにはいられたが、その目には恐怖の色すら滲んでいる。

     

    「もう十分か?」

     

     その視線の先にあったのは、拳を突き合わせ、氷を噛み締め歩み寄る、力そのものだった。

     

     

     

     


     爪と鉄拳であれば、打ち合わせた際に小気味よい音が鳴るのは道理であろう。

     

    「ふっ、ぅぐッ……」

     

     だが今、浮雲が鉄拳で捌いているのは、ライラの爪だけではない。その拳、その脚、体術とも呼べない野性的で獰猛な一撃が、瞬き一つの間に何発も襲い掛かってくる。
     一発打てば、風より速く。二発打てば、雷より速く。
     本命の爪撃以外であっても、次第に風雷そのものと化していくように加速していく攻撃は、決してミコトが捌ききれるものではなかった。

     

    「ちッ!」

     

     浮雲にどうにか対応を可能にさせているのは、背中に生えた、晴れた空に桜色を溶かし込んだ色合いをした猛禽の翼。四肢だけでは追いつかない姿勢の制御を賄うそれは、交わした爪撃から間髪入れず繰り出された回し蹴りを回避すべく、浮雲を後ろへ運ぶ。
     しかし、獣は獲物を逃がさない。

     

    「だめ」
    「ちょ――」

     

     瓦の上にも関わらず、回し蹴りの最中だというのに、ライラは軸足で前へと踏み切った。届いてしまった蹴りを受け止め切れなかった浮雲が城壁の上を転がった。
     如何に空を飛ぶ手段があったとして、飛び立つ前に捕まえられてしまえば意味はない。しかも、飛び立てたところでライラにはここへ接近してきた際の強烈な旋風がある。本来一方的に有利な間合いを作るはずの翼も、追い詰められた浮雲を必死に支える手足でしかない。

     

     跳ね起きた浮雲は、ライラのいる方向へ向け、己を守るように腕を翳した。同時、更に距離を取ろうと試みるべく、翼を力強く羽ばたかせようとし……その甘えが通らないことを、悟った。
     音を置き去りにしたライラが、眩く発光するほどに雷を纏った爪を、目の前で既に振りかぶっていたからだった。

     

    「終わり……!」

     

     それはもはや、切り裂くというよりも、叩き落とすと言ったほうが的確だった。
     目にも留まらぬ速さで振り下ろされたライラの左の爪は、宙に浮きかけていた浮雲の肩を強打し、城壁の上から敷地の中へ叩き落とした。地面を何度も跳ね、その度に結晶を吹き散らせ、止まった頃には彼女の鉄拳もまた消え失せていた。

     

    「あッ……が――!」

     

     そして浮雲の後を追うように、吹き飛ばされた架崎が顕現させた靴と爪を花と散らせ、土の地面を転がった。

     

    「はは……まい、ったね……」
    「う、ぐぐ……これでは……」

     

     強すぎる。メガミの力をその身に叩き込まれた二人は、それでもまだ起き上がれることに呆れた。己の耐久力にではなく、動ける程度には加減をしてくれたメガミに。
     この調子では主も同じ道を辿っている――そう失意に襲われた架崎だったが、

     

     

     

    「驟雨……様……」
    「やはりお前たちでは厳しかったか」

     

     彼の目に写ったのは、影を寄せ集めたような大鎌を、地に伏すミズキに突きつける驟雨の姿であった。

     

    「なん、で……ですの……」
    「相性が良かった……その一言に尽きるでしょう」

     

     言葉では敬意を示す驟雨は、にやにやと倒れるミズキを見下ろしている。不思議なことにミズキの鎧兜に激しく傷つけられた形跡はない。むしろ、余裕を見せてこそいるが、息が上がり、大きく着崩している驟雨のほうが追い込まれたように見える。

     

    「ミズキ、情けないぞ」
    「ですが……」
    「コダマ、今、話違う。次、こいつ」

     

     城壁からライラが降り立つと、戦いの中で散っていった結晶がぶわりと巻き上がる。ミズキを見据えたまま翁玄桜のほうへとゆっくり後退していく驟雨を睨みつつ、負けた鎧の少女へ駆け寄った。
     ミズキを倒したところで、まだ二柱が健在である。挑戦の枠組みに則ったところで、その事実は変わらない。

     

    「まだやるのか?」
    「らい、容赦、しない」
    「おお、怖い怖い。流石の私も、メガミ様方相手に戦い抜けるほどの自信はございません」

     

     ただ、その状況下にあって驟雨は、薄く笑みを浮かべるほどに、未だ余裕だった。
     それどころか、そのまま次の戦いが始まってもおかしくないというのに、顕現武器であろう大鎌を手中から消した。さらさらと風に流れていく塵は、他のそれよりも色褪せた結晶の塵であった。

     

    「だから……私はもう何もする必要がない。命がけのお膳立てとは肝が冷えた」

     

     はん、と鼻で笑った驟雨。
     何か策がある。そう受け止めたコダマとライラは、一歩、踏み出す。場合によっては有無を言わさずに殺す覚悟で。

     

     ――故に、二人は、気づけなかった。

     

    「我々の切り札は……どうにも大食いなものでね」

     

     背後。
     ず……、と。彼女たちの死角の地面から、影法師が、這い上がった。
     それは、三つの決闘によって大量に生じ、地面に散らばった桜花結晶の塵が、ひとりでに寄り集まってできたような、灰の髪の少女。

     

    「後ろですわ……!」
    『……!?』

     

     ミズキが叫び、口端を釣り上げ嗤う驟雨を尻目に振り返ろうとするライラとコダマ。
    だが、それでは、遅い。

     

     無感情で、か細い、少女の声が――

     

    「―― 灰滅 ヴィミラニエ

     

     

     全てを吹き飛ばすような威力はなかった。
     風を、雷を、追い越すような速度はなかった。
     ただそれは、少女の言葉を皮切りにして起きた自然現象のように、一瞬で、絶対的な、変化をもたらした。

     

    「あ、が……」

     

     ライラの身体は、内側からばらばらになって砕けてしまいそうな衝動に襲われていた。顕現体を直接破壊されたときのようなそれではなく、顕現体を構成するのに必要な結晶の力が尽きかけているような、そんな喪失を覚える衝動。
     目の前に、その大きな供給源である神座桜があるはずなのに。
     混乱したライラは、背後から現れた新手すらろくに目に入らないまま、必死に自分の身体をつなぎとめようと試みる。

     

    「ら、イラぁ……お前、の……足なら……」
    「コダマ……!?」

     

     と、隣で同様に息を荒くしていたコダマが、ライラの腰に手を回す。
     不穏な動きに灰の少女は、驟雨と同じ影色の大鎌を瞬時に生み出し、振りかぶる。
     だが、脚の筋肉を盛り上がらせたコダマの凄まじい踏み込みが、大きな揺れと風圧と生み出し、少女の体勢を崩す。

     

    「ぁ……」
    「逃げ、ろぉぉォォッ!!」

     

     そのままコダマは、ライラの身体を彼女が戦っていた城壁の外まで投げ飛ばした。
     そして、その残身すらろくに保つことなく……コダマの身体は、桜と散った。

     

    「う、そ……」

     

     目の前で消えていったメガミの姿に、ミズキの焦点は落ち着かない。
     顕現体の消失は人間の死とは違う。あくまで仮初の身体が消えただけに過ぎない。
     だが、たった一撃だ。
     顕現体を崩壊させる、常識の埒外にあるただ一撃。それが、目の前で繰り出されたのだ。

     

    「くくく……ふ、ふふ……どうですか、ミズキ様」

     

     こみ上げる笑いをわざとらしく漏らす驟雨が、倒れ伏すメガミへ歩み寄る。その道すがら、コダマがいた場所に積もった結晶の塵を、これみよがしに蹴り払う。
     ミズキは侮辱的な行いに牙を剥こうとしたが、それより先に彼女の兜の角を乱暴に掴み上げられた。

     

    「いっ――離、しなさい……!」
    「何をおっしゃるのですか。私は、あなた方に挑み、勝った。だから私は私の為すべきを為し……それをミズキ様のご覧に入れようとしているだけなのですから。何、ご安心ください。ご友人のように、無理やりお帰り願うことはありませんから」
    「あの、メガミ……ウツロ、って……」
    「ああ、ウツロですか」

     

     屈んで、声の上ずるままにミズキへ敗北を突きつけていた驟雨は、ミズキの問を受けると、一度視線を外し短くクルルを呼んだ。それに応え樹上から駆け寄ってくるクルルは、両腕で大きく丸を描いている。
     それを見てさらに歪な笑みを強めた驟雨は、コダマを倒したきりぼうっと立ち尽くしているウツロを横目に、

     

    「皆さんよくご存知の、あのウツロです。今や素晴らしき我々の仲間ですよ。彼女の力がある限り我が覇道に敵はない……たとえ、メガミであったとしても」
    「……! おまえ、何を――」
    「ほいほーい。ばっちしちゃんちゃんなので、ちょーど組み立て完了致しまし! いつでもいけるぜぃ!」

     

     傍までやってきたクルルによって、ミズキの言葉は遮られる。
     クルルの手には、中心がせり上がった小さな小箱が握られていた。興奮ぎみで親指を立てる彼女の眼中に、非道な扱いを受けるミズキの姿はない。

     

    「では、始めよう――さあミズキ様、ご覧あれ!」

     

     クルルはそれを、驟雨の深い頷きを受けて、押した。

     

    「おっひょー☆」

     

     がたり。ごとり。かたかた、カタカタカタ……。
     一つの歯車が二つの歯車を回し、三つが六つを、十が二十に。そして大樹の表面を覆うあらゆる歯車が鳴動した直後、今までゆっくりと時を刻んでいた樹を囲む巨大な歯車が、息を吹き込まれたようにその速度を増した。
     やがて歯車の音が大きな一つの曲のように秩序を生むに連れ、樹が、歯車が、美しくも不自然でしかない、歪な光の胎動を孕んでいった。

     

    「おぉ、おぉ……! これが私の野望を叶える光! なんと美しい、なんと神々しい! これがあれば、私は、全てを手に入れられる! ああ、讃えよ! メガミの御業を! その叡智の結晶・神渉装置の名を!」

     

     叫ぶ驟雨に無理やり顔を上げられたままのミズキは、絶句し、目を見開いていた。これが実際どういう原理で何をもたらすのか、それは分からない。けれど驟雨が賞賛するそれが、ライラの予想通りおぞましい代物であると、胸の奥から湧き上がる異様な喪失感が示していた。
     と、そんな感覚も、突然途絶えた。
     いや、それどころか、ミズキの全ての感覚は、糸が切れたように失われた。全身の力は失われ、その瞳の光もまた失われた。

     

     そして喝采を叫ぶ驟雨を他所に、ミズキは、桜の塵となって消えた。
     その瞬間を目撃したのは、それが心底どうでもよいと言わんばかりの、灰の髪の少女・ウツロだけだった。
     驟雨が消失に気づいたのは、興奮の中、手に重みがなくなったからだった。

     

    「ふ……はっ、はは、ハハハハッ! あっけない! あっけないぞメガミ! それが……人々に崇敬される偉大な存在か!?」
    「うにゃ? みずきんったらもうばいばいしちゃった!? 人気者ですぅ!」
    「――ああ、そうだ。だからこそ! だからこそ貴様らは、我が覇道の礎となる。メガミよ、私のような人間のために、ありがとう、さようなら。そして、ようこそ私の国へ!」

     

     そして、ミズキ消失の意味をクルルと分かち合った驟雨は、おかしくて仕方がないというように、たがを外し、消え去ったメガミにも聞こえるよう、高らかに笑い始めた。

     

    「…………」

     

     そんな、驟雨も、部下たちも、クルルも、一様に喜んでいる中、ウツロはたった一人、無感動にそれを見上げていた。
    完全なる神渉装置。
     世界を揺るがす大仕掛けが、立ち込めてきた暗雲の下、不気味に起動した様を。

     

     

     

     

     これこそが、その顛末。
     こうして、裏で結ばれた因縁は反転し、表へと姿を現した。
     こうして、個人から始まった野望は結実し、全世界を揺るがすに至った。

     完全なる神渉装置の起動。この一大事をもってひとつの時代は終わり、桜降る代に至るまでの狭間の時代が始まることになる。龍ノ宮一志が築きつつあった平定と繁栄に向けた時代は彼自身の死により綻びはじめ、そしてこの瞬間に終わりを迎えたのさ。

     平和に向かう明るい世界から、野望に支配された暗い世界へ。一目見て分かるような何かが変わったわけじゃあない。しかし、世界の流れは決定的に裏返ってしまった。
     慌てる必要はないよ。世界に何が起こったのかは、これからいくらでも物語ることができる。むしろ君にとっては、それよりも気になっていることがあるんじゃないかい?

     瑞泉驟雨。暗く深い野望を秘めた、狭間の時代の立役者。彼の立つ場所は影であれど、彼もまた英雄の資質を持っていたのさ。彼もまた運命に翻弄されながらも意志を貫き、そして力に選ばれていた。

     そう、この時代で彼は二柱ものメガミから、助力を得ることに成功していた。一柱目は君も良くご存じ。着想を象徴するメガミ・クルル。

     そしてもう一柱こそが彼女だ。
     影を操り、塵を象徴し、
     旧い時代に主神・ヲウカと対立し、
     そして姿を消したとされていたメガミ。


     彼女に何があったのかは、これからのお楽しみだ。この桜降る代に至るまでで、彼女のこれまでは語られ、そしてその在り方も明らかになるだろう。
     だが、それがまだ語られぬとしても――

     見よ! 彼女はもう、君のすぐそばに!

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    語り:カナヱ
    『桜降代之戦絵巻 第四巻』より
    作:五十嵐月夜  原案:BakaFire 挿絵:TOKIAME

     

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