『桜降る代の神語り』第38話:影の目覚め

2017.10.27 Friday

0

    《前へ》      《目録へ》      《次へ》

     

     天音揺波が今まで抱えてきた、一つの大きな因縁。
     メガミ・ハガネへの挑戦を経て無事解消と相成ったそれは、あくまでも表側に過ぎない。
     未だ彼女が真に至ることのない、炎の陰で結ばれていた裏の因縁。
     旅を通して垣間見てきたそれは、闇の中からじっと天音揺波のことを窺い続けていた。

     

     しかし――その因縁は、くるりと反転する。
     裏から表へ。
     個から全へ。
     この桜降る地全土を揺るがす一大事が、いよいよ奈落から姿を現したのさ。

     

     ここで君には、裏側の物語も語るとしよう。
     天音揺波とハガネの戦い……それと時を同じくして行われた、もう一つの戦いを。

     

     

     


    「ふっふふーん、くっくるーん、くるくるっくるーん☆ くるくるくるぅーっと。あーよしよし、いい子ちゃんですねぇ歯車ちゃんたちは仲良しでよろしい!」

     

     能天気な鼻歌を交え、木製の歯車を次々と組み合わせていくのは、想像と創造の化身たるメガミ・クルル。彼女の態度は、子供が竹とんぼでも作っているような、遊び心に溢れたそれ。だが、手がける物の規模は、文字通り人間が地上から見上げるほどであった。
     翁玄桜。瑞泉城を厳しく見守り続ける、半町もの樹高を誇る大神座桜は今、灰色の雲の向こうの太陽へ伸ばしたその幹を、数多の歯車で覆っていた。

     

     クルルが現在作業を行っているのは、落ちたらまず助からないような翁玄桜の中腹。地上で技師たちが組立作業に奔走する一方、老獪のように曲線を有する桜を器用に登りながら、彼女は一人で膨大な部品の取り付けを行っていた。

     

     

    「三二七番から三九九番までよーし! 四〇一番から五一二番までよーし! さあさあ、今度はおっきいお友達ですよぉ。四〇〇の大判行っちゃいましょー! ――おぉい、下見といてくださいねー!」
    「〇三番から〇五番だ。計測班は配置につけ!」

     

     クルルの言葉を受け、地上の瑞泉驟雨は指示を飛ばす。語気を荒げてしまうのは、決して苛立っているわけではない。不必要なまでに翁玄桜を見上げる彼は、来るべき時を前にしてらしくないほどに浮足立っているのである。

     

    「連結、問題ありません!」
    「わっほう☆ ヨン、マル、マル、どーん☆」

     

     クルルは地上からの返答を受け、地上に安置されていた一際大きな歯車を三度指差してから、最後の掛け声と共に自分の足元――桜の幹を両の人差し指で指し示した。
     すると、その歯車は次の瞬間には、翁玄桜を中心にして回っていた。一瞬、がくり、と重さに引かれて落ちかけたが、すぐさま浮力を得たように安定し、クルルによって取り付けられた歯車の鎧の隙間をなぞるように何かを刻んでいく。

     

    「おーぅ、くるくるしてます! くるくるぅー!! そっちもくるくるですかー!?」
    「四〇〇番、結合問題ありません!」
    「おぉ……!」

     

     報告に色めきだつ驟雨とその配下。各々、あと一歩という感慨をさらに糧とし、残った作業へと向かっていく。

     

    「いよいよ……いよいよかッ……!」

     

     そんな興奮に包まれた城の敷地内、桜に一番近い城壁の上で守護の任に就いていた 架崎宗明 かざきそうめい は、目を向けるべき外側ではなく、作業の進む内側へと目を奪われていた。興奮のあまり、涼やかな曇り空にも関わらず、はだけた傷だらけの上半身からは湯気が立っている。
     隣で瓦の上に片膝立ちになって弓を携える 浮雲耶宵 うきくもやよい も、目線こそ城外の町と林に注いでいたが、異形の装置と化していく翁玄桜に意識が割かれていないと言えば嘘になる。各所に配置されている守護も、多かれ少なかれ似たようなものであった。

     

    「はー……ほんと、どうなっちまうんだろうねえ。いや、どうしちまえるんだろうねえ」
    「なんだ。事ここに至って疑念を抱くのか?」
    「いんや? あまりに大それたことだから、起こすことも、起きることも、一度頭に収めたはずなのに、酒に任せて出てきた絵空事なんじゃないかって脳みそが言って聞かないのさ」

     

     呆れたように弓の端でこんこん、と叩く。
    そんな浮雲に、架崎は込み上がってきた笑いを噛み殺して言った。

     

    「だが、現実だ。そして、驟雨様の描く未来だ」
    「あぁ……そうさ――、……!」

     

     浮雲の同意は、けれど最後までは成されない。
     突然素早く矢をつがえた浮雲は、迷うことなく城外の一点を射た。風を切る音で変化に気づいた架崎が矢を目で追うと、その先にあったのは、林から飛び出してきた人影であった。
     矢は距離を物ともせず、吸い込まれるように人影へと走る。だが逆にその人影は、むしろ一直線に浮雲たちへ、そして矢へ向かってきているようであった。
     そして矢が刺さるか否かという瞬間、人影は地を蹴り、宙で猛烈な捻りを生んだ。

     

    「こりゃあ……!」

     

     そこには旋風があった。
     城内に詰めていた者たちが、思わず地に足が着いているか確かめてしまったほどに、強烈な旋風が場を駆けていった。言うに及ばず、浮雲の放った矢などどこかへ失せていた。
     顔を覆ってしまった浮雲は、元いた場所に人影が見当たらないことを悟る。
     そして、

     

    「……おいおい」

     

     その人影は、人のカタチをしていながら、人ではないということもまた、悟る。
    旋風と共に駆け抜けてきたソレは、四つの手足をついて、城壁の上で隠すことなく敵意を振りまいていた。

     

    「らい、見つけた。嫌な感じ……違う、これ、悪い。ここから、変」

     

     所々雷じみた色模様の差す長い黒髪と、紅い腰巻きをなびかせて、異様な神座桜に嫌悪感を抱いた女。その耳……頭頂部に一対生えた狼のような耳は、この場の音全てを拾うようにぴんと張り詰めている。手に装着した雷色の爪は、稲妻の如く鋭い一撃となるに相違なかった。
     不用意に動けば、その瞬間に噛み殺される。力なき者がそんな空想を抱いてしまうほどに、たった一瞬で、この場の力関係は証明された。

     

    「ライラ……様……!」

     

     その例外の一人である架崎は、苦虫を噛み潰したような顔で、彼女を――風と雷を権能に持つメガミの名を呼んだ。
     ライラは架崎に気づくと、それから表情一つ変えずに翁玄桜と架崎を交互に見た。その間、じりじりと間合いを取る浮雲も視界に入っていたが、気にかける様子もない。

     

    「架崎、腹ぁ括りな」
    「い、いや……しかし……」
    「それとも何か? 縁のあるメガミ様だから、説得してご覧に入れようっていうのかい? 知らない間に随分と弁が立つようになったじゃないか。なあに、世間話でもしてれば、起動を待ってお帰り願うくらいには時間が潰せるだろうよ」

     

     発破をかける浮雲も、血を見ずにはいられないだろう展開に冷や汗が止まらない。饒舌になっているのは彼女のほうだった。
    話し合いの余地もないメガミ相手に時間を稼ぐ。
     それがどれほどの難行であったとしても、二人にとってそれは仕事であり、同時、礎となる覚悟を示す場でもあった。

     

     だが、その覚悟は、大地を砕くような破壊音と共に揺らされることになる。

     

    「なんだ!?」

     

     桜の下にいた驟雨の叫びは、浮雲たちのいる北城壁にではなく、翁玄桜のある庭を囲むもう一方の東の城壁へと向けられていた。
    立ち上る土煙。それをゆるりと破って出てきたのは、二つの人影。

     

    「ライラの勘は流石ですの」

     

     一人は、小柄なのに大柄という、相反する娘。この城の姫と言われても納得してしまいそうな可憐な少女が、城を身にまとったような鎧と、天守の頂を思わせる兜を身に着けている。振る舞いも淑やかなれど、彼女の腕ほどもありそうな兜の二本角が、守ることによる確かな攻めの意思を主張してやまない。

     

    「ああ。壊して、帰ろう」

     

     肌の焼けた、筋肉質で長身の女のドスの利いた声が、城内を凍てつかせる。襟足に絞って一本に細くまとめた髪は、これほどの破壊を起こしたとは思えないほど静かに腰まで垂らされている。両手にはめた手袋は、ただ威力を求める純粋な意思の発露として、飾り気のない鉄の板で覆われていた。

     

    「うそ……だろ……」

     

     守護を象徴するメガミ・ミズキ。
     力を象徴するメガミ・コダマ。
     そして、風と雷を象徴するメガミ・ライラ。
     浮雲の口をついて出た本音は、焦りも恐れも吹き飛んだ先にある、唖然がもたらしたものである。

     

     メガミは、それぞれが権能を持ち、それぞれが何かの象徴となっている。それはつまり、メガミは強烈な個として存在しているということであり、メガミ同士の気質は基本的に似通わないということでもある。
     特別に好きでもなければ、特別に嫌いでもない。つまり、無関心。
     そんな、悪く言ってしまえば自己中心的なメガミは、メガミ同士での集団行動などまずしないというのが、人間メガミ双方にとっての常識である。

     

    「話、そっち、いい。らい、聞く。でも、納得、たぶんない」

     

     それが、三柱。それも、束ねられた敵意を持って。
     もはや厄災と表現してもおかしくない事態に、架崎の口は空いたままになっていた。

     

     と、

     

    「これはこれはメガミ様方お揃いで。ようこそ、我が城へ」
    「ぷーぅ! らいらいなんで邪魔しちゃうんですかぁ!? 今チョーーーーーーいいところなんですよ!?」

     

     桜から降りてきたクルルと共に、驟雨は悠々とコダマ、ミズキの前へと歩み出る。
     それから、城壁で構えを崩さないままのライラに対し、

     

    「ああ、お話を聞いていただけるのでしたらちょうどいい。話すこと? もちろんありますとも。ですからどうぞ、こちらまでおいでになっていただければ」
    「ここでいい。話せ」
    「おぉ、それはそれは。ではこちらから失礼しましょう」

     

     三柱に向かって代わる代わるあっかんべーを見せつけるクルルとは違い、驟雨は余裕をもって丁重に彼女たちへ接している。敵である以前に、敬うべき相手である――そう態度で示しているようだったが、頭一つ分目線の低いミズキの視線はさらに鋭くなるばかりだった。
     配下の技師を含め、全ての者が注目したと認めるや、驟雨はこう切り出した。

     

    「こうして三柱もお越しになった以上、もはや交渉の余地はありますまい。我々の行いが、あなた方への不利益になるという事実をまずは認めましょう」
    「案外素直ですのね」
    「この段になって、あなた方相手に言い逃れができるとは思うほど、私は楽天家ではありませんので。……が、かと言って、私のための私の行いを、あなた方のために諦める訳にはいきません」

     

     そこで、と言葉を継いだ驟雨は、大きく手を広げ、

     

    「伝統に基づき、今ここで偉大なるメガミ様方に『挑戦』をさせていただきたい」
    「……ほう」

     

     ぴくり、と黙って顰められたままだったコダマの眉が、興味をそそられたように動いた。

     

    「オレたちを乗り越え、我を通すか。……その挑戦、面白い」
    「受けるんですの!?」
    「コダマ、だめ。今、それ、違う」

     

     提案へ意外な反応を返したコダマに、ミズキとライラは焦りの表情でコダマを見やる。だが鉄拳を突き合わせ、完全に乗り気になった彼女を説得する方法は二人にはなく、それ以前にこの『挑戦』は状況に適っており、否定することもできなかった。

     

     メガミへの挑戦。それは古くから主にミコトによって行われてきたものであり、目的も様々である。己の限界を試す者、技を請うための試練とする者、技を認められるための儀礼とする者……内容が決闘とも限らないそれの根底に流れるのは、メガミへの請願である。
     興りを紐解けば、不漁や干ばつに対して救いを請うたことが始まりとされる。それから意味合いは変わりこそすれ、上位者であるメガミは人間の願いを聞いてやるものだ、という不文律には今も変わりない。

     

     ただ、挑戦の内容が腕試しばかりになり、そして決闘が廃れ始めた現在、挑戦を行う者はめっきり減った。そんな伝統をわざわざ持ち出してきたこと、何より腕試しを喜んで受ける側であったコダマは、単純にして明快なその結論に、好感すら覚えていたのだ。
    話を聞くと言った手前、ライラも強硬手段には訴えづらかった。それに、挑戦は概ねメガミの勝利に終わる。勝って、驟雨の意を挫けばよいだけなのだ。

     

    「……分かった」
    「全く、仕方がないですの」
    「それはよかった! では――」

     

     合意に至ったことにわざとらしく安堵した驟雨は、まずクルルに視線をやった。メガミにメガミを当てても問題はないが、当のクルルは腕でばってんを作り「ぶー!」と連呼しながら、組立作業に戻っていってしまった。
    そうなると、手近に居るのは浮雲、架崎の二名。

     

    「ふむ……架崎、お前はコダマ様の相手をして差し上げなさい。浮雲はライラ様に」
    「……御意」
    「あたしも腹括ろうかね」
    「そして私は……」
    「わたくしが遊んで差し上げましてよ。このミズキ、ミコト風情に一太刀も通すつもりはありませんの」

     

     一歩前に出たミズキが、その動きで鎧を軋ませる。
    その隣のコダマが、城壁から降りてくるよう架崎に顎で空いた敷地を指した。彼の背中を拳で送る浮雲は、そのまま城壁の上にてライラと対峙する。

     

    「さて……では、始めるとしましょう!」

     

     宣言と同時、驟雨に並ぶように、影が形を作っていった。彼の背丈ほどの長い柄に、化物がにたりと嗤ったような曲がった刀身。
    それは、鎌。草木を刈り取るそれよりも、遥かに大きく、そして影色に燃える、大鎌。

     

    「我々の意思を通すための、戦いを」

     

     メガミと対峙する驟雨の口もまた、不遜に、嗤った。

     

     

     

     影も大きくなり続ければ、いずれ姿を曝すことになる。それが暗く、そして恐ろしいものであれば、なおのこと隠し続けることはできない。
     影が一切の困難なく目的を成し遂げる、そんな都合のいいことがあるわけないだろう? 裏に潜んでことを進めようとも、知略の限りを尽くそうとも、いつしか意志を貫くべき時が来る。
     
     そう、瑞泉驟雨にとっては今がまさにその時なのさ。
     影もまた、強大なる存在へと挑む――

     

    語り:カナヱ
    『桜降代之戦絵巻 第四巻』より
    作:五十嵐月夜  原案:BakaFire 挿絵:TOKIAME

     

    《前へ》      《目録へ》      《次へ》