記事目録

2017.06.23 Friday

0

    『桜降る代に決闘を』の公式サイトはこちら

     

     

    第0話:或る最果ての社にて

    序章:小さな地の小さな野望

    第一章:天音家の戦い

     

    第18話:旅立ち

    第19話:奇縁

    第20話:細音と久遠

    閑話:ある三柱の一幕

    第21話:ゆりな珍道中

    第22話:再び交わる道

    第23話:死の自覚

    第24話:渦中へ

    第25話:武神ザンカ

    閑話:ある山間の邂逅

     

    次回更新は6/30(金)です。しばらくは週間連載になります。

     

     

    最新記事

    忍の道をいざ行かん(前篇)

     

    過去の記事(上の記事ほど新しいです)

    今後の展望、2017夏

    悠久不変に舞い踊れ(後篇)

    悠久不変に舞い踊れ(前篇)

    ゲームマーケット2017春まとめ

    全国大会に向けていざ進め!

    祭札、そして様々な流れを楽しもう!

    チカゲ反省会とカード調整

    今後の展望、2017春

    新たなメガミには毒がある

    新たなメガミと世界を拡張

    第一幕の覇者たちを讃えよう!

    今後の展望、2016冬

    第二の幕開けは近い:後篇、新作発表

    第二の幕開けは近い:中篇、問題解決

    第二の幕開けは近い:前篇、問題提起

    新たなメガミをお出迎え

    今後の展望、2016秋

    楽しき代のためカード調整

    今後の展望、2016夏

     

    次回更新は6/30(金)を予定しております。

     

     

    シーズン1 作:hounori先生

    第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回

     

    メガミの日常をまったりお届け、そんなかんじのゆるい午後。

    アンソロジー的に様々な先生に、桜降る代を描いて頂いています。シーズン2の開始はいくらか遅れる見込みです。申し訳ございません。

     

     

    第1回 第2回 第3回 第4回 第一幕最終

    第1回大乱闘 第2回大乱闘

     

    ゲームマーケットの準備と並行して行っておりますので、レポートが遅れております。ご容赦いただければ幸いです。

    忍の道をいざ行かん(前篇)

    2017.06.23 Friday

    0

      前回の好評、反響に深い感謝を。

       

       こんにちは、BakaFireです。5月下旬にから6月頭にかけてお届けしたトコヨ特集では、多くの反響ありがとうございました。作品としてニュースがあるという類の記事ではなかったため、実験的なものでしたが、好意的に受け取っていただけたようで安心いたしました。

       

       それを踏まえ、本日は続編として、次のメガミの特集を行うことにしました。前回のトコヨ特集を一部踏まえた内容となっておりますので、お時間があるならば先にお読みなることをお勧めします。

       

       そして前回同様、アンケートも行いました。

       

       

       129票のご協力ありがとうございました! 勝利を飾ったのはオボロとなりますので、今回の記事はオボロ特集となります。

       

       とはいえ、アンケートそのものは前回ほど魅力的ではなかったようです。新たなメガミとしてハガネを追加していたため無意味ではありませんでしたが、前回で一度結果が出たものを掘り返す形になってしまっていました。それを反省し、以降のこのシリーズ3回分ではアンケートは行いません。前回と今回の結果に即し、サイネ、ヒミカ、ハガネの順で進めていきます。

       

       さて、反省はこのくらいにして、早速はじめましょう!

       

       

      やり方は前回のままで

       

       どのようにメガミを語るかは、トコヨ特集のものを踏襲します。どういうものか、簡単にまとめておきましょう。

       

      • 前篇ではメガミの歴史を語り、後篇では個々のカードを語る。
      • 第一幕での六柱を語る際は、本作そのもののゲームデザインと紐付けて語る。

       

      桜が降るより前の話、その2

       

       トコヨ特集で触れたとおり、本作は最初は和風ではありませんでした。トークンが桜の花びらになるまでは、西洋風コロセウムの世界でラノベ風戦士が決闘するゲームだったのです。そしてトコヨはその頃に存在した3人目「盾」と6人目「扇」が融合した存在でした。

       

       では、オボロもまたその頃から存在していたのでしょうか。答はいいえです。強いて言うならばスピード&行動回数タイプである4人目の「スカーフ」が該当するかもしれません。スカーフって何やとお思いの皆様、試作段階のゲームの世界観などそんなものなのです。いえいえラノベ風世界ですしね。きっと格好良いはずですとも。

       

       とはいえカードリストを見直しても、オボロらしさは見当たりません。折角なので、カードリストを何枚か紹介しましょう。むしろユキヒの原型とも思える箇所が目立ちます。

       

      手裏剣    スカーフ

      《攻撃》    適正距離4    2/1   

      このターンのエンドフェイズにこのカードを手札に戻してもよい。

       

       どうやら手裏剣を投げているようなので、オボロの原型と捉えました。しかしこの効果は……、そう、やりすぎてしまったのです。

       

      暗殺    スカーフ    コスト6

      《攻撃》    適正距離0    -/5

       

       何の原型かはお判りですね。そしてこれがそのまま印刷されなかったことを偉大なるメガミに感謝します。

       

      顕現武器コンペティション

       

       オボロの話に戻りましょう。それでは世界が和風になった時、何が起こったのでしょうか。「刀」「銃」「扇」が採用され、残る3キャラの武器は考え直す必要がありました。そこで私どもはプレイテスター全体で、武器のコンペティションを行ったのです。

       

       やり方はこうです。まず全員で武器の名前をひたすらに出していき、リストを作ります。そして紙片を多数用意し、本作に必要と感じる武器に投票していくのです。他のメンバーの意見に影響されないよう、投票は秘密裏に行われました。さて、見事に1位を獲得したのは何だったのでしょうか。

       

       

       そう「忍者」です! 武器じゃねーじゃねーか。武器だって前置きしただろ。誰だよ入れたの! 俺も入れたけど。

       

       しかしこの結果は私どもにやるべきことを教えてくれました。和風の世界観であり、さらに現実に忠実でないファンタジー和風ともなれば、忍者を出さないのはありえないということです。即ちオボロは、忍者のメガミが必要だという世界観の要請から生まれたのです。

       

      閑話:伏せ札の話

       

       それではオボロのキーワードの成り立ちを話していきたいところですが、ご存じの通りオボロは伏せ札に強く関係づけられたメガミです。予備知識として、伏せ札についての昔話を行いましょう。

       

       

       トコヨの「境地」は集中力と共に生まれました。ではオボロの「設置」も伏せ札と共に生まれたのでしょうか。答えはこれまたいいえです。伏せ札というゲームシステムは相当に昔から存在していました。どのくらい昔かと言えば、西洋コロセウムなくらいには昔の話です。

       

       本当に最初のプレイテストの日、プレイテスターは前進も後退もできないスーパークソゲーを遊ぶ羽目になったわけですが、その際には当然の結果として、手札1枚をコストとした前進と後退が生まれることとなります(ちなみに纏いや宿しはこの時点では存在しませんでした)。

       

       その様子を観察していて、私はひとつのことに気付いたのです。コストとして手札を捨てるたびに、対戦相手がそれを強く注目するのです。対戦型カードゲームとして、それはおかしなことではありません。勝利のためには、わずかな情報すら見逃すべきではないのですから。使われたカードは表向きで捨てられるものなのですしね。しかし本作に限っては、その通例に従ってはいけないという確信めいた予感がありました。

       

       帰宅してからこの予感について分析したところ、問題点は2つあると分かりました。1つ目は基本動作という「ゲーム内で何度も行う操作」のコストであること。そして肝心の2つ目は「山札が8枚(当時は!)しかない」ということです。

       

       説明しましょう。山札が少ないということは1枚当たりの情報がより重要になるということです。何がデッキに入っているのか、何がもう使われているのか。30枚や40枚のデッキでも重要なのですから、いわんや8枚ではといったところです。それ故に、勝利に貪欲なプレイヤーは捨て札に注目します。

       

       あるカードは使われたのであれば、それが捨て札に行ったかどうかは確認するまでもありません。実際に効果を適用したのですから。しかし、何かのコストとして捨てられたのであれば、何が捨てられたのかを確認する必要が生じるのです。そして基本動作というまさに基本の行為のコストなので、何度も起こるのです。本当に何度も! それはあまりにも鬱陶しいものでした。

       

       また、コストで使われたカードまで捨て札に行ってしまうと、8枚しかないデッキではあまりにも早く内容が割れてしまうという問題もありました。これではデッキを組む対戦型カードゲームが持つ、情報戦という魅力を捨て去ってしまっています。

       

       これらをどう解決したかは、ご存じの通りです。実際に使用される以外の方法で消費されたカードは、基本的に「裏向きで」捨てられるようにしたのです。こうして伏せ札は、わずか2回目のプレイテストの段階からずっと変わらずに存在しつづけたのでした。

       

      忍びの道は長き道

       

       さて、本題に戻り「設置」の歴史を語ることにしましょう。しかしこれは長く厳しい道程でした。ひとつずつ、紐解いていきましょう。

       

       まず最初の時点では、設置とはかけ離れたコンセプトが与えられ、オボロの原型とシンラの原型が共有していました。しかしそれには問題があったため没になりました。これはいつの日か芽を出すかもしれませんので、今は秘密にしておきます。

       

       ここでオボロが生まれた理由に立ち返り「忍らしい」能力が模索されました。結果として伏せ札に目が向けられました。忍とは密かに動き、秘密を隠すものです。伏せ札という秘匿情報はまさにフレーバーに即していました。

       

       それを活かすためにまず作られたキーワードが「罠」です。

       

      散らし鉄線    罠 

      罠:相手がダスト⇒自オーラを解決する。

      相手フレア⇒ダスト:◇1

       

       罠は伏せ札にある時のみ効果があります。相手が特定の条件を満たしたら伏せ札から使用でき、その効果を与えるのです。しかしこれはより上位のゲームデザインから見て問題がありました。割り込み要素なのです。

       

       本作の割り込み要素は「相手の攻撃への対応」に制限されています。プレイヤーが自分のターンで割り込まれずに自由に動けることはプレイ時間の短縮に役立ちます。しかしその一方で、一切の割り込みがないと駆け引きが不足してしまいがちです。

       

       本作はそれを巧妙に解決したと自負しています。攻撃されたならば、どのみちオーラかライフのどちらで受けるかを選びます。ゆえに優先権は相手へと移行し、そこで割り込んでもストレスはないのです。本作のデザインはその点において自信があったため、それを乱す罠は没になりました。

       

       次に、伏せ札の枚数を数えるというアイデアが出ました。

       

      忍者刀    攻撃    適正距離3    1/2

      伏せ札が2枚以上の場合、このカードは+1/+0となる。

       

       まあ弱いことはさておいても、魅力的なカードではありませんでした。伏せ札は簡単に置けるため、単にカードを伏せてから使えばよいだけで、展開が単調になるのです。この類で生き残ったのは1枚だけです。つまり……。

       

       

       

       次のアイデアは、伏せ札からカードを使うというものでした。

       

      口寄せ    消費6    行動

      あなたの伏せ札から《攻撃》を望む枚数だけ公開する。それらの《攻撃》をすべて行う(解決する順番は自由である)(射程が適正でない攻撃は解決されない)。

       

       この方向性は悪くはありませんでした。しかしこのカードも単にカードをたくさん伏せてから雑に撃つだけであり、さして魅力的ではありませんでした。しかし失敗だけではありません。傑作も生まれていました。

       

       

       

       ここまでの経緯は悪いものではありません。順調に魅力的なカードは揃いつつあります。しかしながら、あと一味足りないのです。パズルのピースは揃っているはず、あとは組み立て方です。

       

       これまでの成功を振り返ると「熊介」は伏せ札の枚数が多い時ほど危険性が上がり、「鳶影」は対応ゆえに伏せ札から奇襲できました。そう、伏せ札の有無を相手に意識させていたのです。理不尽な押し付けではなく、対処できうる形で。これはゲーム性を向上すると同時に、失敗した相手を罠にかけたという感覚が強まり、忍らしさも高めていました。

       

       罠はその要件を満たしています。しかし相手のターンの割り込みは相応しくなく、また通常札においては複雑性を下げるためにも条件を揃えたいところです。それでいて相手に対処の余地を与え、罠らしくしたい。悶々とした思考が渦を巻いていました。

       

       そんなある日。私は夢を見ました。私は夢の中で正体不明のゲームをやっていることがあります。そしてそれが魅力的であれば、そのまま興奮してゲームにすることもあるのです。例えば『モノポリー』のような円形のマップを周回し、各マスに『ドミニオン』のサプライにあたるカード群があり、止ったマスのカードを獲得してデッキビルディングをするゲームであったり。

       

       しかし今回の夢は明確に本作でした。私はオボロを使い―いやオボロかどうかは判然としませんが―伏せ札からカードを使っていたのです。開始フェイズに。開始フェイズ!?

       

       そこで飛び起きました。開始フェイズです。開始フェイズにあるものは何か? 集中力の増加? カードのドロー? いや違う、山札の再構成です! それならば直前に相手のターンがあるから相手は対処や準備の余地があります。さらに毎ターン必ず起こる訳ではなく、例外的な(山札が0や1でない時の)再構成をするならば、それは罠に嵌めた感覚を生むはずです。

       

       私はそのまま近所のドトールコーヒーへノートと共に向かいました。そして、しっかりと埋まったカードリストを片手に笑顔で帰宅したのです。長く厳しい忍の道も、ようやく終着点へと至りました。

       

       まだまだカード個々の物語は続きますが、「設置」の話はここまでで十分でしょう。

       

       

       

       次回の更新は来週、オボロ特集の後篇にて、現在のカード個別の話をさせて頂きます。ご期待くださいませ。

       また、今回の特集への感想や、他に行ってほしい特集などありましたらTwitter(@BakaFire)までお伝えください。あなたの一声が、今後の記事を変えるかもしれません。お待ちしております! 

       この記事に関するツィートはこちらです。もしこの類の記事に魅力を感じて頂けたならば、いいねあたりを押して頂けると、好評と判断しやすくて助かります。

      『桜降る代の神語り』閑話:ある山間の邂逅

      2017.06.23 Friday

      0

        《前へ》      《目録へ》

         

         はためいた青年の外套が落ち着いたとき、意識ある者は彼と少女一人を除いて皆無だった。

         

        「お嬢さん、お怪我はございませんでしたか? ――おっとこれは失礼」

         

         へたり込んでいた少女に差し出した手が、まだ武器を――甲から爪を生やした手袋を纏っていることに気づき、外してから再度差し出す。角ばった眼鏡の奥から覗く目は、実に知的で落ち着いていながら少女への気遣いの想いで溢れていた。
         手を借り立ち上がった少女は、辺りを見渡して唖然とする。無理もない、己を襲った野盗たちが、この体力より知力と言わんばかりの青年に一人残らず倒されて転がっているのだから。

         

        「あー……アリガトウ……ございます」
        「いえいえ、当然の行いをしたまでです。それに、この 佐伯識典 さえきさとのり 、こんな連中に負けるほどやわな鍛え方はしておりませんから」
        「サェ……サーキ? あなたの名前、ですか?」
        「おや……?」

         

         佐伯は、改めて助けた少女を観察した。駆けつけた際に遠くから彼の目を引いたのは、胸元からくるぶしまですっぽりと亜麻色の布の筒に身を通したような格好であった。間近で見るとそれはいくらか汚れており、小豆色の腰巻きなど端が破けてさえいる。最悪の事態を想像するほどではないが、以前にも荒事に巻き込まれたのだという印象を受ける。
         しかし、対面した彼の注目は、目線一つ分も違わないその背丈に始まり、小麦よりなお焼けた肌と、緩く波打つ銀の長い髪に向けられていた。

         

        「そうです。私の名前は、佐伯、識典、です」
        「ぁ……ワタシの名前は、ジュリア、です」
        「じゅ……?」
        「ジュリア。ジュリア・ヴェラシヤ・クラーヴォ、です」
        「ふむ……」

         

         口の中で、聞きなれない音の羅列を反復する佐伯。そして、解せないという表情で彼女へと問う。

         

        「ジュリアさん……でよろしいでしょうか。貴女は、渡来の方――海の向こうから、来たお人でしょうか?」
        「……! はい、です! 船乗って、来ました!」
        「そのようなお方とお会い出来るとは……さぞ大変だったでしょう」

         

         その異邦の容姿は確かに人目についた。野蛮な輩に目をつけられるのは避けられなかっただろう。ここは割合内陸の土地であるが、そんなところをぼろぼろになりながら一人で歩いているその境遇に、佐伯は胸を痛めていた。
         そんな彼とは裏腹に、ジュリアと名乗った少女の目は希望と、好奇心に満ちていた。

         

        「サーキ、あなたは強い。あなたは、ミコト。違いますか?」
        「ええ、如何にも。シンラ様とライラ様を奉ずるミコトの身です」
        「シンラサマ……ライラサマ……メガミ? アー、読んで知ったことあります。シンラサマはコトバ、ライラサマは、カゼとカミナリ?」

         

         記憶を紐解きながらのためか、さらに言葉が怪しくなっていく。そんな彼女に佐伯は眼鏡のずれを直しながら、感心したように唸った。

         

        「おぉ……渡来の方とは思えぬ博識ですね。概ねその通りです」
        「オオムネ……? 惜しい、ですか? 詳しくは、どうなのですか?」

         

         眼鏡に添えていた佐伯の手が、止まった。

         

        「……偉大なるメガミ様に、ご興味が?」
        「ぁ……、はい。知りたい、です。ワタシ、ソレも調べるため、来ました」
        「ほう……」

         

         ……ジュリアの悲運は、怪しく光った眼鏡の向こう側に、彼の眼差しが隠れてしまっていたことだった。
         少女のそんな、好奇心と探究心を向けられた青年は。

         

        「ぃぃぃいいいいいいでしょぉぉうッッ!」
        「……!」

         

         突然、拳を握りしめて、腹の底から声を出した。
         少女の肩が跳ねたことに構わず、言葉への気遣いも忘れて語りだす。

         

        「私の信奉するメガミは社会学及び弁論を象徴なさるシンラ様と、風や雷といった自然を象徴なさるライラ様でありますこのお二方を何故私が選んだか! そう! お二方の権能が私の生き様、その理念に実に! 即しているからです。ご説明しましょう」
        「ォォ……」
        「人の営みとはとても高度な知的活動の結果成り立っていますしかし! その中で人は自然の中に生きる獣としての本分を忘れることはできません。連綿と続いてきたこの歴史において、人は、自然と生きてきた中で培われてきた知識を活用することで今の姿であることができています。……ですが悲しいことに、人は己を特別なものと動物と区別し始めて久しい。己は森に生きる獣ではないのだと。己はもっと高尚な生き物なのだと」
        「ぇ……ぁ……ジッサイ、ミコトの存在自体、他の生き物と人間、違う証拠なってると、コノ国の話聞くと思いますが……」
        「ちがァァぁぁぅうのですッ!!!」
        「ひっ」

         

         ジュリアの冷静な指摘に対し、先程野盗を蹴散らしたとき以上の興奮で以って佐伯はさらにまくし立てた。

         

        「何故そこで歴史を振りかえらない何故そこで無意味な自尊心を育てる! その人として積み上げられてきた知識! 獣として備わっている知恵! それらを一つにすることで、人間という生き物はさらなる高みへ登ることができる! 私はそう信じています。だからこそ、知識ある社会的動物であるためにシンラ様を、自然の存在として知恵を研ぎ澄ませるために、獣性をお持ちになるライラ様をそれぞれ信仰しているのです! おわかりですか!!」
        「ア、アノ……」
        「もしかしたら外聞だけで、ジュリアさんはメガミのお力がどのようなものか勘違いなさっているのかもしれない。ああ、こんな鍛錬用ではなく、お二方の顕現武器をご覧になるだけできっとご納得いただけるはずです。天地の書も、雷螺風神爪も、その有り様を感じ入らずにはいられない佇まい、お国で後世まで是非語り継――」
        「アノ! ごめんなさい、早い、分からない……」

         

         そこでようやく、相手がやや怯えの色すら伺わせていることに佐伯は気づいた。口角泡を飛ばしていた己を改め、居住まいを正す。

         

        「……大変失礼しました」
        「ウン……ワタシも、ごめんなさい……」
        「メガミ様方も大切ですが、今はこの場を脱する方が先決でしたね。そもそも何故ジュリアさんはこのようなところへ?」

         

         ちらほら呻き声が聞こえ始めた周囲に目を配ると、それに倣ったジュリアの顔がこわばる。ただ、彼の問いに答えようとした途端に上げた微かな悲鳴は、決してこの場にいる下手人たちだけに向けられたものではないようだった。

         

        「ワタシ……捕まって、逃げて、ここまで……」
        「なんと! ではひとまず、安全なところまでお連れせねばなりませんね」
        「アリガトございます……でも、一人いない、探してます」
        「お連れ様とはぐれてしまったと?」

         

         頷くジュリアは、気を紛らわすように自分の毛先を手慰みにしていた。

         

        「ワタシの、付き人……? です。キット、心配してます」
        「ふーむ、しかしご覧の通り最近は物騒ですからねえ。探すとしても、こんな人気のないところに女性が一人で居れば、それだけで狙われかねません。ましてや貴女のような異国の方ともなれば……」

         

         もう一度同じことが起きるだろう。言葉の達者でないジュリアであっても、その先は想像できた。
         佐伯としては、場違いなこの異邦人に対して湧く知的好奇心を満たしたい欲求に駆られていた。お互いそうであろうとは、彼女の渡航の目的を考えればそう予想するに容易い。できれば皆に黙ったまま客として迎えたいくらいだ、と歯噛みする。
         そう、彼は今、ジュリアに構いっきりになれる状況ではなかったのだ。

         

        「では、こういうのはどうでしょうか。お探しになるにしても、安全面からも効率面からも、人の多い所に居るのが一番です。私が近くの村落までお送りしましょう」
        「ホントですか!」
        「ええ。しかし、それには条件があります」

         

         ほころんだ顔がまたこわばったのを見て、少々言葉選びを間違えたかな、と反省しつつ佐伯は続ける。

         

        「私には今、やらなければいけないことがありますので、それが済んでから、ということでしたらお手伝いできるでしょう」
        「もしかして、迷惑、でしたか……?」
        「とんでもない! 幸い、用向きというのは、ここから半日もしない所にある陰陽本殿という遺構の調査をすることだけです。ずっと昔に使われなくなった神殿……のようなものを調べるだけなので、危険もないでしょうし、お連れ様をそう待たせることもないでしょう。それでジュリアさんがよろしければ」

         

         にこりと、先程の弁舌が嘘のような微笑みだった。

         

        「しん、でん……」
        「そこはメガミ様ととても関係の深い場所です。もしかしたら、貴女の調査のお役に立つかもしれませんね」
        「……! 嬉しい、よろしくです!」
        「よかった! では日が暮れないよう、参りましょうか」

         

         なんとか不安を少しは拭うことができたというような、ぎこちない彼女の笑み。その裏にあるものへ想像を巡らせる佐伯は、自分が把握しているよりも世の中は大きく動いているのではないか……そう、好奇心の陰で憂うことしかできなかった。
         少女の小さな歩幅に合わせながら、佐伯は一路北へと向かう。

         

         


         この地の多くの人々は、メガミへの信仰を持っている。もちろん、その度合いは人による。
         カナヱはメガミとして信仰には当然感謝もしている。でも、あれはちょっと……例外かな。
         ああいうのを何と言うか分かるかい? 狂信者さ。
         いいか、君はああはなるんじゃあないぞ。いいな?

         

        語り:カナヱ
        『桜降代之戦絵巻 第三巻』より
        作:五十嵐月夜  原案:BakaFire 挿絵:TOKIAME

         

        《前へ》      《目録へ》

        『桜降る代の神語り』第25話:武神ザンカ

        2017.06.23 Friday

        0

          《前へ》      《目録へ》      《次へ》

           

           幸いというべきか、生家より発った天音揺波の旅路に、これといった波乱はなかった。
           明瞭さを欠いた同行者との間に諍いが起こることもなかったし、いっそ虚しさを覚えるほどには順調だったよ。
           一つ夜を越え、朝日と共に山を越え。
           彼女は、捜し物の果てにザンカの社へたどり着く。

           

           


           背後の山から吹き下ろすように、荒涼とした大地が広がっている。茶けた地面から乱雑に伸びる雑草も、どこか肩を落としているよう。さらにはしばらく雨も降っていないとなれば、ひび割れた土の底から飢えを訴えているようにも見えた。
           しかし、それらよりもなお、この地に淋しさを与えているものがある。
           無数に遺棄された武具。主なく、あるいは主だった物と共に朽ちるだけの道具たち。
           今や草木の拠り所にすらなっているそれらは、その昔、ここが血で血を洗う戦場であったことを告げていた。

           

           そんな戦場跡に、一箇所、ぽっかりと天に向かって口を開けている場所がある。周囲には穴を覆っていたであろう建造物の残骸が、すっかり虫に食われた状態で散らばっていた。下へ繋がる石造りの急な階段も、時間についていけなかったように土埃を被り、風化していた。
           揺波はそんな階段を下りきった奥に、見覚えのある光景が広がっていることに安心した。

           

          「じゃあ……行ってきますね」

           

           地上から覗き込んでいた千鳥にそう告げると、一歩一歩踏みしめるように前へ進む。
           幾許かすると、行き止まりになっていた。それも、揺波の記憶通りだった。違うことがあるとすれば、前は随分と広く感じられたこの洞穴が、飛び跳ねられないほどには手狭だった、ということくらいなものだった。
           もう衝立としての役割を果たせていない障子戸の先。そここそが、彼女の社である。

           

          「よっ……と」

           

           持ち上げるようにして戸を退けた、その奥。
           地上からの光が、辛うじて潰えるか否かという位置に、彼女はいた。

           

          「えと……お久しぶり、です……?」

           

           揺波の視線の先にあったのは、地面に突き立つ一本の刀。何千何万と打ち合ったように刀身を欠けさせたそれは、纏った紙垂を朽ちさせながらもなお、凛として洞穴の最奥にあった。
           それは、彼女であって、彼女ではない。
           揺波の言葉が外へ抜け出ていってしまってからしばらくして、暗がりであった社の中を、淡い光が照らし始めた。

           

          『――な…………ゆり、な……』

           

           それは、彼女の御神体である刀から発せられたものであった。まるで、無骨に闘いの激しさだけを物語る刀身に映ったその向こう側から、薄闇に佇む愛しき者をよく見たいがためのようだった。
           芯の強くも憂い疲れてしまった女の声は、けれど抑えきれない喜の感情を端々に滲ませながら、次第に揺波へとはっきりと伝わってくる。

           

          『ああ、揺波……我が同胞よ、久しいな……』
          「はい……」

           

           メガミ・ザンカ。武を司る存在にして、多くのミコトがその前に散っていった武神。
           短くない歳月を経て再び間近でまみえることとなった揺波は、彼女の声に安心感を覚えつつも、不思議と懐かしい気分にはならなかった。

           

          『嘗てなれの迎えし試しより幾星霜、諸々の艱難辛苦、ひいては零丁孤苦、見事打破し、再び相見えようとは……。我が魂、その芯底より湧き上がる歓喜は雀躍を抑えるも能わぬ』
          「…………」
          『此地、此時、飽くまで言祝ぎ、なれの歩みを――揺波……?』
          「は、はい」
          『どうした……? 我が言の葉は、然と届いているか?』

           

           いえ、と小さく首を振った揺波。いくらか言葉を探すも、観念したように口端に僅かな笑みを乗せながら、少し困ったように返す。

           

          「ザンカの言うことって、やっぱり難しいな、って……」
          『…………そう、か』
          「あ…………」
          『…………』

           

           気まずい沈黙の中、両者は言葉を作れずにいた。社の仄暗さも相まって、会話の糸口をどこか暗がりへやってしまったようだった。
           そしていくらか経って二人は、

           

          「あの!」『揺波よ』

           

           重なった声が消え、再びの沈黙。
           ただ、今度の沈黙はそう長くは持たなかった。

           

          『なあ、揺波よ。我はずっと、そなたの闘いを見ていた。そんなそなたと、また言葉を交わすことができて……そなたに会えて、嬉しいのだ』
          「えっ……あ、わ、わたしも――」
          『ただひたすらに勝利を見据え、間断なくそうあり続けるその姿、今も変わらず……いや、尚高まるその有り様。地を駆ける星と評して過言にあらず。かの頂きにあった龍の輝きが失われた口惜しさ、堪えうるものではないが……しかしてそなたとの一戦、御魂の沸き立つような思いであった……!』
          「えっと……」
          『……すまない』

           

           再び言葉を選び始めたザンカの前で、揺波は苦笑いしながらも、彼女の言葉が自分にきちんと向けられていることに嬉しくなった。それは決して揺波の中にぽっかりと空いた穴を埋めてしまえるものではなかったが、自分に残されたものが、そう思っていただけの幻想ではないと確かめられたことは、揺波の心を気持ち程度でも軽くしたことに相違なかった。

           

          「ううん、ありがとう……見守ってくれてた、ってことですよね?」
          『揺波……』

           

           言葉が多すぎたり、少なすぎたりすることはあったが、もう、気まずさはなかった。

           

          『そうだ。我は、そなたの歩みをいつだって見ている。そなたが武の極みに至るその時まで、届くことがなくとも、我は尽きぬ声援を送り続けよう』
          「武の……」
          『だからこそ……!』

           

           顔を曇らせた揺波の言葉を遮った声は、鋭い叱咤のようであり、その実、諦観の先に芽生えた慈悲を孕む許しのよう。

           

          『だからこそ、我は知っている。だからこそ我は、憂いている。そなたが今、歩むべき道を見失っていることを。……それを、我は、悲しく思う』
          「ザンカ……! あの、ここに来たのはザンカのことなんにも知らないからで、わたしがなにをしたらいいか全然分からなくて、だから、おうちなくなっちゃったし、お父様も見つからないし、皆、なくなっちゃって、ザンカだけ……だから…………だから、またザンカに会ってから考えよう、って……!」
          『まあ落ち着け』

           

           くつくつ、と抑えた笑いには、どこか安堵が隠れていた。

           

          『ならば話をしよう。我について、そして、そなたの見失った道への標となれるよう、桜花決闘について。長い話になるやもしれんが、知る限りの全てを、我が同胞に語って聞かせよう』

           

           刺さった刀の真正面に座す揺波。それに満足そうに声を漏らしたザンカは、唯一自分を宿してくれるミコトが理解できるよう、努めて平易な言葉を探しながら語り始める。

           

          『それは今より昔も昔。ミコトたちが我らの力を何処でも借りられた時代のこと――――』

           

           

           

           


           ザンカと言えば可能であれば関わるべきでないメガミの一柱である。それは、千鳥がミコトでなかったときから知っている程度には、戦いというものに縁の深い存在にとっての常識である。ましてやここはその社、血を見るような事態を想起してしまうのは当然だった。

           

          「お、終わったか……!?」
          「お待たせしました」

           

           

           だからその使い手である揺波であったとしても、ここから離れる理由がようやく手に入るのであれば歓迎する他ない。彼がここに来た原因であっても、だ。
           階段から上がってきた揺波を見て、まずは無事であったことに胸をなでおろす千鳥は、曇り空のようであったその瞳にやや光が差していることに気づいた。纏う雰囲気も、以前彼の見た戦闘中の彼女のようとはいかずとも、幾分ハリを取り戻しているようだった。

           

          「どう……って言い方も変だけど、どうだった?」
          「うーん……やっぱりザンカはザンカでした」
          「は……?」
          「やっぱり難しいことはよく分かんなくて」

           

           大きく伸びをした揺波。腰に佩いた刀の柄に手を当てて、今自分が出てきた穴の、さらに奥を見つめる。

           

          「でも、ちょっと元気が出てきた気がします。分かんないものは分かんないまんまですけど、そんなわたしを見てくれて、応援してくれてるってことはちゃんと分かりましたから」
          「おう、えん……? そ、そっか、それはよかった……」
          「とりあえず、分からないことが分かるまでこのまま歩いてみようかな、って。ザンカに色々聞いて、そう思いました。千鳥さんのお仲間さんのこともありますし」

           

           そう言う揺波は、自分の言葉の指すものを思い出したようで、一瞬顔を伏せた。
           千鳥の導きによって、裏側に潜んでいたものの邪さに至ってしまう彼女の姿を目の当たりにする可能性は十分にあった。千鳥にとって、任務と解釈できる余地のある現状が、とても幸運に思えた。

           

          「じゃあ里まで急がないとな。……ってところで悪いんだけど、これから任務で南に下らなきゃいけない。ああ、里は西のほうね」
          「えーと、どっちだろう……」
          「あっちあっち。ちょっと戻って街道をずっと下る感じかな。陰陽本殿跡っていう、咲ケ原の端っこにある遺跡なんだけど、ここからならどんなに遅くても一週間はかからないと思う」
          「よかった。では行きましょうか」

           

           歩き始めた揺波の脚が、心なしか来る時よりも急いているように千鳥には見えた。けれどそれは、戦場跡を行く彼女の足取りが、散らばる兵たちの遺物を越えていく相応しさを最低限取り戻したようで、全く窘める気にならなかった。
           稀代のミコトを導き、千鳥は一路南へと向かう。

           

           


           天音揺波は自らの宿すメガミ、ザンカの下を訪れた。
           残念ながらその邂逅だけで、天音揺波が救われ、全てが改められるなどはありえない。
           君は彼女たちの会話が不十分なことに不満を感じているかもしれないね。
           けれど安心してほしい、もちろん、然るべき時には語らせてもらうさ。
           そう、天音揺波が大きな一歩を、自らの求める道へ踏み出す時に。

           

          語り:カナヱ
          『桜降代之戦絵巻 第三巻』より
          作:五十嵐月夜  原案:BakaFire 挿絵:TOKIAME

           

          《前へ》      《目録へ》      《次へ》

          『桜降る代の神語り』第24話:渦中へ

          2017.06.16 Friday

          0

            《前へ》      《目録へ》      《次へ》

             

             今度こそ、あの闇昏千影に相対することとなった氷雨細音。
             決闘ではない死と隣り合わせの戦いを繰り広げる彼女を、磨いてきた武は裏切らなかった。
             飛び交う苦無や針を冷静に捌いて、狭い森の中、闇昏千影に対して猛攻をも仕掛けている。
             そう……氷雨細音は、恐るべき毒使いを相手に優勢に立ち回っていたのさ。

             

             


             鋭い踏み込みと共に、八相の構えから振り下した刃。素直に相手を叩き割ることはなく、柄の運びによってそれは脛を断ち切る弧を生んだ。

             

            「ぃひッ……!」

             

             飛び退っての回避を選んだ相手から漏れる小さな醜い悲鳴の影に、尖った何かが空気を裂いて飛翔するか細い音を細音は捉える。
             刃を戻すことは諦め、余剰の勢いを利用して身を低くしながら、薙刀を逆立てるように自身の盾とする。細音の横顔を狙っていた苦無は、横っ面を張り飛ばされたように柄に弾き飛ばされた。

             

             あからさまな舌打ちに対して、細音は幾度となく流した冷や汗を拭った。
             細音にとって、飛び道具というものはよほど速度と物量がなければ当たるものではない。投擲されたその瞬間に生まれた音を聞いて、着弾する位置がかなりの確度で分かるからだ。さらにそれを捌くために必要な力は十分に備わっているとなれば、メガミの力をろくに借りられない者の飛び道具はまず打ち払うことができる。
             だが、細音の肝を冷やしていたのは、襲撃者の使う獲物がただの鋭利な飛び道具であるわけがないという、半ば確信に近い予想であった。

             

            「あぁァ……っ! なん、でッ!」

             

             隠すこともなくなった苛立ちと共に、人を貫けるほどの針が仕向けられ、そして薙刀に叩き落される。
             決闘のような力を発揮できないという条件は細音も同様であった。そしてそれは、結晶による守りは期待できないという後のなさと、いつまでも正確に打ち落とせるとは限らないという現実を意味している。
             振り回す音によって獲物の形状は分かっても、それによる傷がどれほどのものになるかまでは把握できない。そしてその懸念は、彼女が対峙している千影が毒使いであるという時点で正鵠を射ていた。

             

            「…………」

             

             故に細音は、攻め得るほどには技量の優位を自覚していても、相手の焦燥を好機と見て一気に決着をつけることはできなかった。
            お互い、一撃で勝敗が決する。
             決闘のように自分の身そのものを考慮する必要のない場とは違い、たった一手の誤りが死に直結する。慎重を期すのは、もはや命ある者としての義務ですらあった。

             

             と、樹を盾にした千影をどう攻めたものか、考えあぐねていた細音の背に、鳥肌が走る。

             

            「な……!」

             

             千影の位置から、細音が今まで味わったことのない、それこそ千影のどろりとした殺気を何倍にも濃縮したような気配が発されたのである。
             何より彼女を驚愕させたのは、それはメガミの力なのだというミコトとしての直感。
             襲ってきた悪寒が理屈を全て吹き飛ばすほどではなかったのは、その力の禍々しさには相手の殺気が見合っていないという、まだそれが明確に自分に向けられているわけではない幸運を信じられるだけのか細い感覚のおかげだった。

             ……ただ、そこへ光明を見出す前に、細音は再び薙刀を強く握りしめることになる。

             

            「まだ仕留めていなかったのですか」
            「チッ……」

             

             千影のさらに奥から発された、聞き覚えのある男の声。
             細音がここへ来た理由……その中核。

             

            「五条……やはりあなたは……」

             

             小綺麗な容姿も、傲慢さの燻る理知的な雰囲気も、細音と会ったときから変わらないその男は、身を隠す千影の横を通り過ぎ、細音の前に身を晒した。些事に煩わされることへの微かな不満が顔に滲んでおり、およそそれは殺し合いに乱入する者の態度ではなかった。

             

            「まあ、貴女のことだ、殺していなかっただけよしとしましょう。少しでも遅れていたら、骨折り損になっていたようですがね」
            「ぅるさい! ……ですよ。あ、あ、あなたに何が分かるっていうんですか!?」
            「はぁ……。少なくとも、早めに作業は終わらせるべき、ということは分かりますよ」

             

             千影がそれに答えることなく、細音の背後を取るように大きく回り込む動きを取った。
             無論細音はそれに反応するも、目の前の男は実力も獲物も実際未知数。故に判断を迷い、どちらにも対応できるよう中段に構える。

             

            「よろしい!」

             

             言葉と共に、五条が何かを構えて一直線に駆け込んでくる。

             

            「く……!」

             

             相手が二人になった時点で、もはや細音には、活路も、退路も残されていなかった。
             安全圏に逃れた千影が、水を得た魚のように狙いを済ませて苦無を次々投げてくる。下がりながらなるべく身のこなしでかわし続けようとするも、わざとらしい正中を狙ったそれは、薙刀で払わざるを得なかった。
             大きく払い、そして獲物を叩きつけてこようとする五条の打撃への牽制に代える。それは、一瞬に二つを捌くための後手であり、詰みへの布石でしかないのだと歯を食いしばりながら細音は悟る。

             

             転じて襲ってくる攻撃がなければ、千影はさらに投擲を重ねるのみ。
             それをさらにもう一度捌いたところで、無理な体勢になってしまうのは必然だった。
             踏み込んでくる五条に対応しなければならなくとも、そのための何もかもが、彼女から失われていた。

             

            「がッ――」

             

             五条の打突を脇腹に食らった細音に、全身をくまなく駆け巡る刹那的な痛みが襲う。
             細音に理解できたのは、それは打撃というよりは、獲物を身体に押し付けることを主としていたような衝撃であったこと。そして、そんな痛みをもたらす武器には心当たりがないということ。

             

             自分が地面に倒れたことを理解する前に、細音の意識は闇に落ちた。

             

             

             

             

             


             肌で感じる不快な生ぬるさ。カビに囲まれているような空気の悪さ。処分すべきものをどこかに放置しているとしか思えない悪臭。
             細音が次に目を覚ましたのは、そんな誰にでも分かる劣悪な環境下であった。

             

            (冥土への道なのだとしたら、未練のない者でも引き返したくなるでしょうね)

             

             この先にはもっとひどいものが待っている……そんな予感を抱かせるには十分であったが、それを自分で冗談だと思える程度には、細音の思考は取り戻されていた。
             床を触ったり叩いてみたり、状況の把握を始めた細音は、ここが粗雑な石造りの小さな空間でありながら、一面は開放されていることに気づいた。嫌な気持ちになりながら、その一方に手を伸ばすとそこは格子になっており、不必要な不衛生さと合わせて、ここがどこかの地下に存在する牢獄であると結論付けるには十分であった。

             

            「あぁ……」

             

             壁にもたれかかり、天を仰ぐ。
             元より不穏なものを感じ取ったからこそ龍ノ宮領に赴いていたわけだし、明らかに怪しい五条を調べるのに覚悟がなかったわけではない。捕まってしまったことそのものについては、自分の不甲斐なさに反省するばかりであった。
             しかし、どことも知れぬ場所に閉じ込められたと理解した直後に、彼女が悲壮感で塗りつぶされることはなかった。

             

            「もうっ! 皆して、なんて……」

             

             事ここに至ってなお、細音は自分を襲った二人に憤っていたのである。
             以前彼女が揺波に癇癪玉を使われたときと同じく、自分一人に対して二人で襲ってきたり、そもそも遠くから毒針を投げてきたりした連中のことを卑怯だと断じていた。無論、本物の殺し合いであったとは理解も納得もしていたが、それでも細音はその卑劣さに拳を震わせる。

             

             またか、と最近ずっと頭に居座っている悩みを反復する。
             決闘では古鷹に勝利への貪欲さが足りないと言われ、実際その通りだった。舞台が殺し合いになっただけで今回も構図は一緒だ。卑怯とはつまり、勝利という目的に貪欲なあまりに手段を選ばなかっただけ。殺すことに忠実だった二人と比べてしまえば、その意思の弱さが起因となって毒牙にかけられたという筋立ては、至極真っ当なものに細音は思えた。

             

             打倒する意思、殺意、勝利への執念――それらが欠けていることそのものが、己の至らなさなのではないか。
             こんな目に遭っても、悩みへの答えが変わることはなかった。
             それどころか、命がけの戦いという、武人にとって貴重な機会であったことは間違いなかったのに、と得るもののなかった己にさらに反省する始末であった。

             

             そこへ、

             

            「おねーさん」

             

             軽薄な男の声を細音の耳が捉えた。
             声色からしてろくな人間ではなさそうだ、と細音は音源の位置から、通路を挟んで反対側に自分と同様に捕らえられているであろう彼のことを無視することにした。
             しかし、男は諦めずに語りかける。

             

            「おねーさん、ってば。ちょっと冷たくない? オレっち、おねーさんのことずっと心配してたのにそりゃーないっしょ」
            「…………」
            「野郎ども、おねーさん意識ないってのに適当にぶち込んだもんだから、まーた美人台無しにするような真似しやがって、ってさ。いや、別に直接文句言ったわけじゃないんだけど? 言ったところで誰も聞いてくれないぽいんだけども?」

             

             聞き流したところで男が口を閉じる気配はなさそうだった。このまま放っておけば一日中喋り続けていそうな雰囲気は、久遠と相手をしていた酔っぱらいたちとは一線を画していた。

             

            「……何かご用ですか」
            「おっ! いや用ってわけじゃないんだけどさ。あ、オレ、 楢橋平太 ならはしへいた 。平太って気安く呼んでくれちゃって構わないからさ! いやーちょっと前までおしゃべり相手だった子がいなくなっちゃったもんだから、退屈でしょうがなくて。おねーさんお名前は?」
            「はあ……氷雨細音と申します」
            「細音サン! キレーな人は名前もキレー、ってオレそれ知ってた知ってた!」

             

             いちいち話し方が癪に障る男だったが、人物評に感情を交えられるほど今の細音は余裕ある立場にない。彼の言が正しければ、自分より前に投獄されていた人間のことを知っているくらいには、ここに長く居ることになる。軽薄さも、口の軽さを思えば悪いものではなかった。
             脱出するにしても情報が必要なことには変わりなく、それ以外にすることも見つからない彼女は、現状の把握のために彼に付き合ってやることにした。

             

            「楢橋さん。あなたはここがどこなのか、ご存知ですか?」
            「だから名前で呼んでくれてもいいって言ったのにー。へ・い・た! へ・い・た!」
            「……平太、さん」
            「さん付けも――って、ごめんごめん! さん付けでもいいからそんな顔しないで!」

             

             手元に薙刀がないことを嘆いたところで無駄だった。

             

            「おねーさん、この町の人じゃないっしょ?」
            「は? ……え、えぇ、そうですが」
            「分かっちゃうんだよねー。……ここって、城下からちょーっと行ったところにある地下牢でさ。いつもは町の牢に入れられるんだけど、なーんか最近になってやたら使われ始めたんだよねー。別にさ? 向こうがなくなっちゃったわけでもないだろうし。しかもしかも、普段ならとっくに出してくれる頃なのに、もう何日目かも覚えてない……! そんな憐れな平太クンなのでした」
            「いつも、って……あなた何をしたんですか」
            「いやいやいや。ほんの少し、持ち合わせがなかったから拝借しただけ! ホントホント!」

             

             呆れる細音だったが、思ったよりは遠くに連れ去られていたわけではないことを知り安堵する。ただ、その安堵の先にあるものをたぐろうとして、やめた。
             平太は加えて、やたらと来る巡回に、乱闘騒ぎでもあったかのような大量の投獄……そんな事態にただならぬものを感じていたことを打ち明けた。

             

            「細音サンもその一人だった、ってワケ。これ絶対なんか起きてるって分かってるんだけど、見廻りは教えてくれねーし、正直ビビってたんだけど――外で何かあったの? ってか細音サンなんか悪いことしたの?」
            「してません! 少し不覚を……いえ、卑劣な罠にかけられたのです!」
            「うわぁ。女の子っつっても細音サンミコトっしょ? 思ったより大事? もしかしてお城攻め落とされたとかそんな?」
            「あなた……もしかしてあの大火より前からここに?」
            「大火……? え、嘘、町燃えたの?」

             

             その驚きの声に偽りの色がないと知ると、細音は小さく嘆息した。
             前提が食い違いすぎていても支障が出るとして、細音は情報の対価代わりに龍ノ宮殺害とそれに伴う混乱の様子を言って聞かせた。平太は飄々としていた表情を曇らせていたが、たとえ細音にそれを知る術があったとしても構うことはなかっただろう。

             

            「私は暗躍していると思われる者の影を追っていたのですが、二人がかりで襲われ、ここへ。恐らくですが、大勢新たに拘留されたというのは、私と同じく罠にかけられた無実のミコトたちでしょう」
            「流石にそんなことになってるとは思わなかったっす……」
            「そう、ですね。町の方たちが、気づいてくれればよいのですが……」

             

             あるいは被害が拡大する前に、自分が企みを打ち砕くか、脱出して警告する必要がある。しかし大勢のミコトを捕らえたということは敵の実力が相応だということであり、考えなしに逃走を図ったところで今度は本当に命が危ないかもしれない。
             そういえば、とそこで細音は、平太の言葉で引っかかっていたことを問う。

             

            「先ほど、前まで話し相手だった方が居たと言っていましたが」

             

             いなくなったのだとしたら、黒幕の意図通りにしろそうでないにしろ手がかりになる。そう考えての問だった。

             

            「そうそう! 何日前だったかなー……いやもう分かんないんだけど、細音サンが来る前はそこに別嬪さん二人組がいたんだよ。細音サンも結構見た目他所の人、ってカンジだけど、あの子たちはどこの出よー? ってカンジでさ。銀髪に……色黒? って言っていいのかな。あんな濃い肌初めて見たわー。あんまりにも変わってるもんだから、最初はもしかしてどこぞのメガミ様ですかよ、って思ってたんだけど、まあこんなところにメガミ様いるわけないわなーって話よな」
            「その方たちはどちらへ?」
            「さあ……オレも分かんないんだよね。気がついたらいなくなってて。――ああ、違う違う! 別に意地悪してるとかじゃなくて、寝てる間にそこ空っぽになってたんだもん。片っぽの子泣きっぱなしだったし、もう片っぽの子もその子庇ってめっちゃ泣きそうになりがらピリピリしてたもんだから、結局名ま――」

             

             平太の証言は、そこで断ち切られることになった。

             

            「おいてめェ!」
            「……!」
            「くそッ、放しやがれってんだ! 俺様を誰だと思ってやがる!」

             

             怒号が、いくらか離れた牢から地下に響き渡る。
             荒事の到来する確かな予感。細音の耳が捕らえたのは、その怒号を皮切りにして数名がどこかへ連れて行かれる様子だった。解放を訴える声は五条の集められたミコトたちで違いなく、その中には細音が倒した山岸という名のミコトも含まれていた。
             ただ、細音の耳は、叫び以外の音も拾っていた。

             

            「この騒ぎですら起きていなかったのなら、どうしようかと思っていましたが……」

             

             足音の特徴に加え、その声まで届いたとなれば間違えることはない。
             そそくさと奥へ引っ込んでしまった平太とは対照的に、その人物を細音は檻の際から光の映らない目で睨め上げた。

             

            「五条……!」
            「ふふ、どうやら大事ないようで安心しました」

             

             他の牢に目もくれることなく細音の牢の前で立ち止まった彼は、以前にはつけていなかった小ぶりの眼鏡を通して、彼女を見下してはにやにやと笑っていた。

             

            「何をするつもりですか、この卑怯者め」
            「ほう……必要以上に大人しくなられていても困りものでしたが――」

             

             そこで言葉を切った五条は、突然その笑みを獰猛なそれへと変貌させる。そしてわざとらしく大きな音を立てて格子を掴み、間際にあった細音の顔と己の顔を突き合わせる。
             嘲るように絞った声が、もはや彼は仮面を脱ぎ捨てたと示していた。

             

            「まあ焦るな……その卑怯者に負けたという汚名は、すぐにでも雪がせてやるのだからな」

             

             ははは、とさも愉快そうに笑う五条は、細音の顔に困惑の色を見て取ると、牢から離れ、さらに告げる。

             

            「そう、決闘だ。何をするつもりかと訊かれれば、私と決闘してもらいたい、と答えよう」
            「なん……」
            「安心したまえ。正真正銘、本物の桜花決闘だ。桜のないあの場で二人がかりで襲ったことが卑怯と言うのなら、喜べ! 君は雪辱を果たす機会を与えられた。そしてその決闘は、私の望みでもある。お互い、得をしているだろう? 無論、勝てば解放してやる」
            「…………」

             

             くつくつ、と可笑しさを漏らしたように口元を抑える彼の言葉は、あまりに予想外な提案であった。最も自信のある決闘であれば、と思わぬ好条件に希望が湧くが、その希望すらも作り物のようでしかなく、細音は足場を外されたように戸惑うばかり。

             

            「まあ気楽に臨めばよい。どうせ私が勝つと決まっているのだからな」

             

             そんな細音を背後に見送りながら、五条は高らかな笑い声を響かせて去っていった。
             きちんと告げられたはずなのに、目的がさらに分からなくなった。疑念渦巻く細音の脳裏には、桜の前で勝利に笑う五条という、縁起でもない光景がよぎっていた。

             

             


             状況も把握しきれぬまま、突然決闘を申し込まれた氷雨細音。
             あまりにも奇妙な五条の提案に、彼女は困惑の底へと突き落とされていった。
             自らの道をさらに行く旅路でもあったというのに、暗躍する影は容赦してはくれない。
             彼女にとっての、ひとつの試練が始まろうとしていた。

             

            語り:カナヱ
            『桜降代之戦絵巻 第三巻』より
            作:五十嵐月夜  原案:BakaFire 挿絵:TOKIAME

             

            《前へ》      《目録へ》      《次へ》