記事目録

2019.02.16 Saturday

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    『桜降る代に決闘を』の公式サイトはこちら

     

     

    第0話:或る最果ての社にて

    序章:小さな地の小さな野望

    第一章:天音家の戦い

    第二章:ふたつの旅

    第三章:狭間の時代

    第四章:四人の英雄

     

    第70話:未来のための戦いへ

    第71話:終焉の影

    第72話:陰陽事変

    第73話:彼女が望んできたもの

    第74話:武神ユリナの初陣

    最終話:桜降る代に幕開けを

    エピローグ

     

    『桜降る代の神語り』は完結しました。次の物語は、3月を予定しております。

     

     

    禁止改訂

    2018年6月禁止改訂

    2018年7月禁止改訂

    2018年8月禁止改訂

    2018年9月禁止改訂

    2018年10月禁止改訂

    2018年11月禁止改訂

    シーズン3禁止改訂

    2018年12月禁止改訂

    2019年1月禁止改訂

    2019年2月禁止改訂

     

    カード更新

    シーズン1→2カード更新

    シーズン2→3カード更新

     

    次回の禁止改訂は3月4日(月)となります。

     

     

    最新記事

    Ride on & Open the Gate!(後篇)

     

    過去の記事(上の記事ほど新しいです)

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    イベント今昔、そして第四時代へ向けて

    Ride on & Open the Gate!(前篇)

    今後の展望、2018冬

    ゲームマーケット2018秋の出展内容をすべてお届け

    デジタル版の今後と2つのテストについて

    第弐拡張プレリリースに新アナザーあり

    黒幕よ雄弁に語れ(後篇)

    黒幕よ雄弁に語れ(中篇)

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    コラボカフェ期間変更のお知らせ

    シーズン2でイベントが新時代へ!

    対応不可1.1

    コラボカフェが再びやってくるぞ!

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    狂気カラクリ博覧会(後篇)

    第壱拡張プレリリースを開催します!

    舞台は大阪、大規模大会に挑戦しよう!

    狂気カラクリ博覧会(中篇)

    狂気カラクリ博覧会(前篇)

    今後の展望、2018春夏

    ニコニコ生放送でふるよにをお送り

    新幕に向けてイベントをお届け

    ゲームマーケット2018春をまとめましょう!

    『新幕』のバランス調整のための宣言

    新たなメガミと自然に適合

    もっと悪いことをしましょう

    GM2018春はエリア出展します!

    新たな幕の「はじまり」

    細音雪花がDL版で帰還

    外套の裏には歪な心(後篇)

    外套の裏には歪な心(前篇)

    大決戦のために問題解決

    大決戦の時は近い!

    公式ネットショップと再版計画

    雄大な地に鐘が鳴る(後篇)

    雄大な地に鐘が鳴る(前篇)

    今後の展望、2017冬

    コミックマーケット93と公式通販

    第参拡張の修正とお詫び

    新たなメガミと未来へ拡張

    第参拡張とゲームマーケット2017秋

    イベントは次のステージへ

    コラボカフェがやってくるぞ!

    新たなメガミと原点に回帰

    テレビに出ることになりました

    質疑応答の時間です

    決定版に向けて大調整

    これまでとこれから

    未来をつくるために(後篇)

    未来をつくるために(前篇)

    炎天は熱く熱く輝く(後篇)

    炎天は熱く熱く輝く(前篇)

    今後の展望、2017秋

    技の果てはどこまでも静か(後篇)

    技の果てはどこまでも静か(前篇)

    より楽しいイベントを目指して

    新たなメガミと怒涛の疾走

    第弐拡張やイベントの速報をお届け

    より良いゲームのための見解報告

    新たなメガミと狂気を組立

    忍の道をいざ行かん(後篇)

    忍の道をいざ行かん(前篇)

    今後の展望、2017夏

    悠久不変に舞い踊れ(後篇)

    悠久不変に舞い踊れ(前篇)

    ゲームマーケット2017春まとめ

    全国大会に向けていざ進め!

    祭札、そして様々な流れを楽しもう!

    チカゲ反省会とカード調整

    今後の展望、2017春

    新たなメガミには毒がある

    新たなメガミと世界を拡張

    第一幕の覇者たちを讃えよう!

    今後の展望、2016冬

    第二の幕開けは近い:後篇、新作発表

    第二の幕開けは近い:中篇、問題解決

    第二の幕開けは近い:前篇、問題提起

    新たなメガミをお出迎え

    今後の展望、2016秋

    楽しき代のためカード調整

    今後の展望、2016夏

     

    次回更新は2/15(金)を予定しております。

     

     

    『新幕』の攻略記事

     

    『桜降る代のいろは道』(初心者向け、動画シリーズ)

    第1回:はじまりの決闘

    第2回:サンプルデッキで遊んでみよう

     

    『新幕 半歩先行く戦いを』(初級者から中級者向け)

    第1回:前進と後退

    第2回:全力で行こう

     

    『第二幕』の攻略記事

     

    『半歩先行く戦いを』

    第1回:前進と後退

    第2回:全力で行こう

    第3回:切札は秘めてこそ

    第4回:攻めと守りに基本あれ

    第5回:決闘いろいろ小噺集

    第6回:30秒で組み上げな

     

    『双つその手に導きを』

    第1回:ザ・ビートダウン

    第2回:攻め×守り=超対応力

    第3回:遥か果てからバンババン

    第4回:いつもあなたのそばに

    第5回:集めて揃えてOTK

    第6回:千変万化に煌めいて(前篇)

    第7回:千変万化に煌めいて(後篇)

     

    『いろは道』『半歩先行く戦いを』ともに次回は2019年となります。

     

     

    シーズン1 作:hounori先生

    第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回

     

    シーズン2 作:あまからするめ先生

    第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回 第9回

    第10回 第11回 第12回 第13回

    第ex1回

     

    シーズン2は現在、不定期掲載中です。

     

     

    新涼の大交流祭レポート(シーズン2大規模イベント)

    炎熱の大交流祭レポート(シーズン1大規模イベント)

     

    第二回全国大会「第二幕大決戦」レポート

     

    コラボカフェ開幕式&閉幕式

     

    錦秋の大交流祭レポート

     

    全国大会レポート(前篇)

    全国大会レポート(後篇)

     

    第1回 第2回 第3回 第4回 第一幕最終

    第1回大乱闘 第2回大乱闘

     

     

    『桜降る代の神語り』エピローグ

    2019.02.15 Friday

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       瑞泉への強襲、時代を巡る英雄たちの激闘、終焉の影の目覚め、記録には残されていない初陣、そして三柱の和解と宣言。
       あまりにも多くのことがあった一夜から、時は流れて一ヶ月。
       狭間の時代は終わり、新たな始まりを人々は感じていた。だけれども、日常にはまだまだ動乱の余韻は色濃く残っている。
       桜降る代は、そんな夜明けを迎えていた。

       

       

       

       


       奥へ踏み込むには灯りの一つも欲しくなるような洞窟。わだかまる闇は、壁面のそこかしこに水晶が顔を出していたとて払えるものではない。
       ただ、その暗がりの中、吹き込んでくる風もないというのに、風を切るような音が次々と生まれていく。

       

      「ふッ……はッ……!」

       

       己の吐いた白い息をも断ち切るのはサイネだ。
       一人、演舞をするように薙刀を操る彼女には一糸の乱れもない。僅かにでも集中を欠けば、長い得物が壁や天井に当たってしまうというのに、一太刀ごとに勢いを増してすらいる。美しくも力強い薙刀捌きは、人間時代の愛刀から持ち替えたところで、むしろさらなる冴えを見せているようであった。

       

       やがて手を止めたサイネは、手ぬぐいで汗を拭いながら、上気した身体を冷ますように洞窟の外へと向かう。
       御冬の里。雪に覆われた彼女の故郷の外れに、小高い丘がある。彼女の姿は今、そんな里を遠くに見下ろす位置にあった。

       

      「相変わらずですね……」

       

       視力のないままである彼女が嘆息したのは、その耳が捉えた里の様子のせいだった。
       御冬の里は本来、雪に音が吸われきってしまったように静かな場所だ。海に寄ればまた違ってくるが、外ではしゃぐ子供の声すらあまり聞こえてこない。南に比べたら寂しさもあれど、耳の良すぎるサイネにとってはそれがありがたくもあった。

       

       けれどここ1,2週間、里には普段とは違った騒がしさで溢れていた。祭の季節でもないのに、どこか活気に満ちているようだった。その源泉こそが、ようやくこの北限の玄関口にまで届いた、様々な噂話である。
       動乱の委細についてがその大半を占めている。だが、中にはサイネのことも含まれており、耳をくすぐられる度に彼女はむず痒さを覚えるのだった。
       そして人々の関心の中心の一つが、新たな桜花決闘について、である。

       

      「大したものです」

       

       発起人として挙げられた好敵手の名を、彼女はもう何度聞いたか分からない。それも、あの日サイネが刃を交えた強大なメガミと共に、だ。感心する想いに偽りはなかった。過去にユリナが打ち明けてくれた通りに事が運ぼうとしているのだから。
       けれどサイネは同時に思うのだ。決闘を推し進めていくのは結構だが、自分と渡り合えるだけ武に力を注げるのか、と。

       

      「今度は、私が……」

       

       口に出しかけて、やめた。渦巻いた感情を打ち払うように首を振り、己の不出来を認めて微笑んだ。
       時代は変わって次の流れが始まり、ユリナとの付き合いもまた長くなる予感はしていた。けれど、メガミになっても修行を続けているように、自分は自分らしく武の道を進めばそれでいい。自分の道からでも、賑やかな流れを感じることはできるのだから。

       

       再び洞窟へ戻ろうとしたサイネを、南からの風が撫でた。
       心なしか温かなその風の来た道には、因縁の地からの脱皮を図ろうとしているらしい、この地で最も騒がしい町の一つがあるはずだった。
       そう、動乱の始まりの地、龍ノ宮が。

       

       

       

       

       


      「はーい、そこ止まってー!」

       

       ねじり鉢巻を頭に巻いた童女が、建材を運ぶ大工たちに指示を飛ばしていく。

       

      「そのおっきい石、たぶん割れやすくなってるから下のほうに積むのはやめてね。細工の人に持ってくといいかも」
      「こいつらは如何しましょう!」
      「おー、そっちの丸太はよさそうだね! それはあっちのおじさんに回して! で、こっちは……ジュリにゃん!」

       

       喧騒に負けないハガネの大声に、遠くから銀の髪を揺らして少女が駆け寄ってきた。

       

       旧龍ノ宮領。此度の動乱の始まりの地でもあるここも、ようやく大火からの復興の終わりが見えてきたところである。しかし町並みは戻せても、生活や人の心まで元通りというわけにはいかない。当主の死や瑞泉の支配による余波は、依然として残ったままであった。
       しかし、そんな領内にあって往時に負けない賑わいを見せる一角がある。それが、ハガネたちのいるここ――龍ノ宮が守護していた神座桜のうちの一つが膝下であり、そこに堂々とした建造物が新たに築かれつつあった。舞台があり、それを取り囲む客席があれば芝居のそれかと思われるものの、彼女たちの目指すものは、一柱の武神の望みを体現する場であった。

       

      「オォ……チョウドぴったり! コノ七十三から七十八番に使えそうデス! 中心軸をチイサイ歯車で組み合わせるのムズカシくてですね、台を支える重さも考えると、やっぱりアブナいのは、ココ! から、ココ! なんですよ。この角度に負荷かかるのが大変デス」

       

       材木を運んできた大工に、設計図片手のジュリアが説明を始める。彼女一人で設計した絡繰仕掛けの舞台装置を、彼女以外の人間が理解できるはずもない。その饒舌な説明も、だ。辛うじて意訳してくれていた従者も今は側にいない。
       目を回しそうになった大工へと助け舟を出したのは、ジュリアの陰からひょっこりと現れたこそ泥であった。

       

      「あー、つまりですね? 七十三番から七十八番の大歯車を切り出してくれ、って話なんだけども、向かって右っかわに繋がる歯車からの力がヤバイかも、って。形ぴったりでも、力に耐えられなかったら意味ないからさ、ちゃんと耐えられそうか確認しといてちょ」
      「お、おぅ。分かった。あんがとな、兄ちゃん」

       

       礼を述べ、去っていく大工に笑顔で手を振る楢橋。
       そんな彼の手を取って、ジュリアは目を輝かせていた。

       

      「ヘータサン、ありがとゴザイマス! カラクリのこと、いっぱい興味持ってくれてホントに嬉しいデス!」
      「い、いやぁ、役に立ってるんだったらオレっちも大感激! ジュリアさんのとこだったらバリバリ働いちゃうもんね! こ、こんなキレーな手に力仕事とかさせるわけにいかないしさ、いくらでも手伝っちゃうよ!」

       

       彼の鼻の下は、噛み砕いて伝えた内容が合っていたことへの安堵と、柔らかでいながらもある種の強かさを併せ持つ彼女の手から伝わる温もりによって、際限なく伸び切っていた。
       けれどこの楢橋、ジュリアの周囲を勝手にうろついているだけである。もちろん、ジュリア本人を含めて、誰からも従者の真似事をしろなどと請け負ってはいなかった。
       つまるところそれは、本来の仕事をすっぽかしているわけで。
       背後から迫る巨大な拳骨に、苦笑いするジュリアを見逃したのが、彼の運の尽きだった。

       

      「楢橋てめぇ!」
      「い、っだぁぁーっ!」

       

       丸太のような腕から繰り出された拳骨に、楢橋はあえなく撃沈し、激痛に地面を転がることとなった。制裁を成した山岸は、肩に乗せて運んでいた木材の先で、しぶとく逃げようとする楢橋の背中を軽く押さえつける。
       そこへさらに、汗を滲ませた銭金が顔を突き出した。

       

      「貴様、あれほど持ち場を離れるなと言っただろうが! なんとしてでも納期に間に合わせなければならんのだぞ!」
      「だ、だってぇ……」
      「だってもへちまもあるか! これが一体どれだけの収益に繋がるか、耳にタコができるくらい聞かせてやったと思ったんだがまだ足りんか! 商人として、この新しい流れに乗らんわけにはいかんのだ!」

       

       小太りの中年男性から飛んでくる叱責に唾と汗が混ざっていれば、楢橋がげんなりとするのも無理はない。
       暴れるのを諦め、言い訳だけが地面に吸われていく。

       

      「ちぇ……いいじゃんかよぅ。ジュリアさんの助けになれてたし、今もいい感じで……」

       

       それを小馬鹿にしたように鼻で笑った山岸は、

       

      「やめとけやめとけ。てめぇに勝ちの目はねぇからよ」
      「それどういう――っておい、離せ! やめろってば! 頼むから、ジュリアさんと愛の共同作業を続けさせてぇーー!! おっさんばかりはやだぁーっ!!」

       

       木材とは逆の肩に楢橋を担いだ大男は、銭金と共に別の作業場に向かっていった。響き渡る悲鳴も、もうこの場の皆も慣れてしまったのか、最後まで成り行きを見守ることなく粛々と作業に戻っていた。
       一人取り残されたジュリアだったが、隣に並んだハガネが悪戯めいた笑みを見せていた。

       

      「相変わらず、面白い人たちだね」
      「ソ、ソウデスネ……いいヒト、思います」

       

       思いもよらない同意を求められて、言葉が見つからなかったジュリアは雑に返してしまう。彼女自身は研究絡みで破天荒な行動をすることが多いものの、以前は従者がいたし、家柄から周りには落ち着いた人間たちばかりだった。だから彼女は、拙いこの地の言葉ではうまく言い表しきれないほどには、賑やかな人々に呆気にとられているのである。

       

       吹き飛んだ頭の中の作業手順を整え直そうとしていたジュリアは、しかし空から聞こえてきた風を切る音に意識を取られる。
      見やればそこには、炎を使って飛ぶヒミカの姿があった。

       

      「よう、順調か?」
      「ダイジョブですヨ! ヒミカサンも、1週間ぶりですけど、ドコ行ってましたか?」

       

       とつ、と降り立ったヒミカにジュリアが問う。
       ヒミカはそれに、ちろちろと頭上の炎を揺らしながら、

       

      「そこらじゅう回ってきたんだよ。やっぱどこも盛り上がってるわ。そりゃ百云十年ぶりかって一大事だもんな、みんなわくわくするに決まってる!」
      「ヒミカっちはもーっとわくわくしてるでしょ!」
      「たりめーだろ!」

       

       からから、と相手の背中や肩を叩きながら二柱は笑い合う。その遠慮のなさが、彼女たちの心の距離の短さを物語っているよう。
       そこでふと、ヒミカは思い出したように、

       

      「そういや、この間港にデカい船来てたみたいだけど、あれ大丈夫だったのか?」

       

       本来、おまえたちが乗るはずのものだったのでは、と。
       動乱の中、不安渦巻く胸の奥で幾度求めたか知れない帰郷の手段。結果的にジュリアたちは救いの手として必要とされたが、それももう終わった。だから今度こそ、異邦の地から脱する術に彼女が手を伸ばすのだと、多くの人が当然のように、それでいて仕方なく思っていた。
       だが、

       

      「オコトワリ、しました」

       

       爽やかな笑顔を浮かべ、何も後腐れを感じさせないよう、彼女は答えた。

       

      「調査は続けます。マダマダ知りたいコト、たくさんありますし、ミナサンと一緒に何かを造れるの、トッテモ楽しいデス。色々報告したら、心配されましたケド。デモ……」
      「でも?」
      「イチバンは、ここにサリヤがいるからデスヨ!」

       

       ジュリアの視線の先では、一本の神座桜が立派に花弁を咲き散らせていた。
       未だ姿を見せない従者が、そこから繋がる世界のどこかにいるのだと彼女は知っている。たとえ直に触れ合うことがまだ叶わなくとも、健在であることを聞き及んでいる。実在をその目で確かめるまでどこか不安が消えないのは、技術者であるが故か。

       

       答えに満足したのか、ヒミカはにかり、と歯を見せて笑った。
       そして、ジュリアの想いに応えるようにこう言った。

       

      「心配すんなって、あいつがちゃんと新入りの面倒見てるはずだからよ!」

       

       

       

       

       


       ぺらぺらと捲れる冊子の感触は、今までのものと遜色ない。少し前まではどこか少しだけ浮いた感じがしていたものの、背中を預けている樹皮の手触りも、仄かな桜に色づいた空気の味も、もう彼女のよく知るそれでしかなくなっていた。

       

      「うーん……うん?」

       

       頁を行ったり戻ったりしながら、サリヤはうまく飲み込めないその内容の難しさに、眉間に皺を寄せていた。
       渡航前にみっちりと予習していたサリヤは、この地の言葉での読み書き会話は難なくこなせていた。だから今読んでいる本も、所々難解な表現がありはしたものの、意味をなぞるだけならば彼女には問題はないはずだった。
       ただ、彼女の持つ常識との齟齬が、その読解を妨げている。

       

      「えっと……ユキヒ? ちょっといい?」

       

       自力での理解を諦めたサリヤは、未だ呼び慣れない名で講師に助けを求めた。
       斜めに伸びる大きく太い桜の根の一部に、鉋を突き立てたかのように抉れた場所がある。十分に駆け回れるだけの広場になったそこでは、まどろみに意識を任せかけていたユキヒと、その傍らでごろごろと暇そうに転がるライラが、新たにメガミとなったサリヤの目付けとして、彼女の勉強の様子を見守っていた。
       柔和な笑みで応じたユキヒに、本を掲げるサリヤは困惑した表情で訊ねる。

       

      「あの……私の理解が間違ってたらごめんなさい。でも、なんというか、ここからはメガミの役割がうまく読み取れないというか……その、適当? って言えばいいの?」
      「ちゃんと適当よ。適当に、適当なメガミをやっているわ」
      「えぇ……もっとこう、持てる者の義務、みたいなものはないの? 言い方は悪いかもしれないけど、色んなことが主従なくなあなあで決まっていると言うか。てっきり、メガミが一番上で、次にミコト、それ以外、みたいな階級があるのかとばかり思っていたのよ」

       

       だが、彼女が渡されたこの地についての書に、そのようなことは一切書かれていなかった。存在からして既に異なっているという以前に、サリヤの故郷とは文化の面からして違う。だから、彼女がいくら肩に負った気でいた義務に背筋を正そうとも、それを求める者は誰もいないのである。

       

      「ふふ、海の向こうは大変なのね。そんなにかっちり考えなくても大丈夫よ」
      「自然、従う。それ、すべて」
      「……そういうもの、なのかしら」

       

       先輩からのふわふわとした回答を理解しつつも、釈然としないサリヤ。
       そこへ、

       

      「ユキノたちの言う通り、ですよ」

       

       根の下のほうから登ってきた影から、追認する声がかかる。揺れる襤褸の外套はこの優しい桜色に満ちた世界では少々浮いていて、枝から離れられずに朽ち果てた葉のようだった。
       同じくメガミの一員となったチカゲは、言葉を続ける。

       

      「ホロビも、オボロ様もユキノも、チカゲに優しくしてくれます。でも、本質的には自由な存在なんです。ぎ、義務なんてもってのほかですよ」

       

       その言葉を受けてユキヒは声を上げるが、

       

      「だから私はもうユキヒだって――」
      「チカゲにとっては、ユキノとホロビですよ」
      「…………」

       

       はっきりとそう言い切られてしまえば、ユキヒはもう眉を下げて言及をやめる他ない。
       現れたチカゲは、外套の裏地から小さな薬包を取り出し、摘むようにしてサリヤに掲げてみせる。

       

      「身体、大丈夫ですか。一応、用意しておきましたけど」
      「もうだいぶ馴染んできたみたい。おかげですごい助かったわ、ありがとう!」
      「お、恩を返しただけです」
      「でも、やっぱりチカゲちゃんがすんなりいったのは羨ましいわ。覚悟はしてたけど、最初は身体がばらばらになりそうだったもの」

       

       そう言って、サリヤは自分の身体をゆるく抱きかかえる。
       チカゲは自身とサリヤの差異がまだ腑に落ちていないようで、先達であるユキヒに水を向けた。

       

      「こういう拒否反応じみた症状に、前例はないんですか」
      「そうねえ。比べられるほど、メガミ成りしたての子に会ったことはないのよねえ。ひょっとしたら、ミコトの身体じゃないから、なんて話だけかも」
      「そ、それを言ってしまえば、サリヤさんはこの地の生まれですらありません。それとも、チカゲのようにメガミの何かを受け継いだとか、そういうきっかけもなく飛び込んだから、という可能性のほうがもっともらしいとは思いませんか。権能もまだ、判然としていませんし」
      「それ、すぐ、見つかる……ぐぅ」

       

       議論を交わす二柱と、睡魔に囚われた一柱。その間もチカゲは、誰からも一定以上距離を保ったままだ。それはユキヒであっても例外ではない。けれど、こちらに来てから生えた警戒の棘はもう随分と折れかけているようで、無防備に寝返りを打ったライラ相手に間合いを保つ努力は放棄していた。
       と、自分のことについで論じられていたサリヤは、二柱に対してわざとらしく肩をすくめてみせた。

       

      「私の権能だとか、それこそ私を宿すミコトが出てくるとか、どうしてもまだ信じられない。メガミになってこれからどうしようかなんて、想像もつかないわ。ジュリア様はまだこの地にいらっしゃるみたいだから、どうにか守っていきたいけど……」

       

       主の名を口にしたことをきっかけに、サリヤの表情に僅かな陰が差す。
       装備もほとんどそのままだし、彼女の愛機もついてきている。しかし、自分という存在が絶対的に変わってしまったことへ順応することは難しい。守り続けてきた主が隣にいないという以上に、見知らぬ地で分不相応の立場を手に入れてしまった事実はあまりにも大きかった。
       ただ、

       

      「いいじゃないですか。チカゲなんてもういるんですよ」
      「えっ」

       

       自分で言ってから渋い顔をするチカゲに、サリヤは思わず聞き返した。

       

      「だから、もうチカゲを宿す酔狂なミコトがいるんです。正直、むず痒くてやめてほしいんですが」
      「あ、そういう感覚なの……?」
      「い、いえ、宿されているという事実が既に……」

       

       やり場のない感情を握りつぶすように外套の裾を掴む。
       けれど、うつむき始めたチカゲを追撃するのは、微笑みを湛えたユキヒだ。

       

      「何言ってるのよ。薬学の権能を頼りに、お医者様なんかが宿してるのよ? とっても素敵なことじゃない!」
      「ど、どどどうして知ってるんですか、知らないでおいてくださいよっ! 情報が伝わるのが早すぎます!」

       

       慌てふためいたチカゲは、そのうち何かに気づいたよう叫びを上げ、頭を抱えてうんうん唸り始めた。
       彼女の古巣は、対外的には諜報を売りにしている組織なのだから。

       

      「ううぅぅぅ、ユキノが知ってて、皆が知らないはずがありません……絶対です、知らないほうがおかしいんです! 一体どういう顔で接すればいいっていうんですか! チカゲを避けてた人たちからいきなり敬われても嫌ですっ! 挙げ句宿されるなんてもっての外、気まずいにもほどがありますっ!」
      「ま、まあまあ、すぐそうなると決まったわけでもないし」

       

       気まずさというより怖気の源を取り込まないように頭を押さえつけていたチカゲは、ありもしない視線を気にして忙しなかった瞳を地面に向けた。長く息を吐き、苦笑いを浮かべるサリヤとユキヒの目も避けるようにそっぽを向いてしまう。
       そこでチカゲは、自分を宥めるようにとつとつと、

       

      「あの愚弟が宿していないだけマシと思いましょう……」
      「ああ、そうだ。宿す宿さないは置いておいて、一度は会いに行ってあげたら? 彼も大変みたいよ」

       

       その提案に、チカゲは小さく鼻で笑った。
       そこに浮かべられた微笑みを、誰も目にすることはなかった。
       メガミになっても消えることはなかった、優しい姉の表情を。

       

      「まあ、当然の報いです。チカゲを、こんなふうに引っ張り出したんですから」

       

       

       

       


       動乱の最中、炎に飲まれた地は多い。ヒミカに焼かれた龍ノ宮城や天音邸だけではなく、侵攻の果てに人の手によって燃やされた集落も無視することはできない。
       そんな焼き討ちに遭った場所の中でも、最も復旧が早かった忍の里は、強襲をかけられる以前の姿に戻っていた。建材には事欠かない地であることもそうだが、優秀な忍たちの手の速さは市政の大工たちにも引けを取らない。

       

      「闇昏千鳥」
      「は!」

       

       里の広場に、青年の力強い返答が響き渡る。硬く、どこか緊張を隠すような発声だ。
       そのまま千鳥は集団から抜け出すように一歩前へ。彼の前にはずらりと上位の忍たちが立ち並び、中には千鳥のことをあからさまに睨みつけてくる者もいる。
       そして今、彼の目の前には、忍の元祖たるオボロがいた。

       

      「お主の弛まぬ研鑽を認め、ここに中位の証を贈ることとする」
      「一層精進することを誓いますっ!」

       

       簡潔で、ほとんど定型句でしかないやり取り。オボロの手から真新しい小刀を受け取ることもまた決まりきっている、そんな儀礼。
       見た目以上にずしりとしたそれを千鳥は恭しく両手で受け取り、顔も上げないままその場で手早く腰に佩く。
       それもまた、決まった手順だった。緊張のせいで少しだけまごついただけだ。
       けれど、姿勢を正した千鳥が目にしたのは、表情を崩したオボロだった。

       

      「よくがんばったな。自慢の弟子だ」
      「え……」

       

       

       予定になかった言葉に、千鳥は戸惑う。
       あの終焉の影との戦いをくぐり抜け、彼女に褒められはした。けれど、それも非常にそっけない、普段と変わらない調子であった。

       

       今まで一度も受け取ったことのない称賛に、うまく応えることができない。
       落ちこぼれだった自分がそう呼ばれる日など、出来損ないの見習いだったときの彼は想像もしていなかった。ずっと願っていた姉との再会も果たし、背中を預け合うまでとなった。
       その得難き結果が手中にあるのだと、オボロによって改めて悟った千鳥の瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出す。

       

      「ありがとう、ございますっ!」

       

       再度一礼をした千鳥が顔を上げたときには、オボロが呆れたように下がるよう目で追い払われていた。
       ……その様子を、非常に気に食わないといった態度で、上忍の列から眺める者が一人。

       

      「見習いから一気に中忍など異例にも程がある……俺はまだ、あの姉弟を認めていないというのに……!」

       

       藤峰徹。今回の動乱と決戦において、最前線で戦うことになった忍である。
       ぎりぎりオボロに聞こえるかどうか、という小声で悪態をつく彼と意見を同じくする者は少なくない。けれど闇昏が成した功績はあまりに大きく、過去については早めに忘れてしまおうという忍らしい合理的な考えの者もまた多い。
       最も近くでそれを見てきた藤峰が千鳥たちを認められないはずもないのだが、騒動からこちら、ずっとこの調子であった。

       

      「藤峰よ、貴様も素直になったらどうだ?」

       

       くつくつ、と含み笑いと共に姉弟の肩を持つのは、隣に立つ榊原。
       煽ったような物言いに、藤峰は矛先を榊原へと向けた。

       

      「俺は正しく評価しているつもりだ。お前こそ、闇昏姉に請願したとはどういう了見だ」
      「なに、私も彼女の精進と、今回の努力を認めたからこそ。貴様がメガミを変えた理由も同じだと思っていたのだがな」
      「その口を閉じろ」

       

       じろり、と睨む藤峰に、榊原は言われた通り口を閉じたまま静かに笑った。
       小さく咳払い一つ、無理やり平静を装った藤峰は、

       

      「例の件はどうなった」

       

       強引に変えられた話題に、しかし榊原は素直に応じる。実務の話であれば、戯れを続ける理由など彼らにはない。

       

      「もうひと波乱あるかと思ったが、連中、意外にも大人しい」
      「ほう。逆に不安になるな」
      「念の為、漆谷を送り込んである。……が、この様子だと問題は起きんだろう」

       

       楽観ではなく、確たる己の推測を語る榊原と、直に振り回された藤峰との間の温度差は激しい。ただ、藤峰はそれが、深手を負わされた恨みからくる個人的なものであるということをきちんと理解していた。

       

      「瑞泉共も、このままおとなしくしてくれればいいが……」

       

       彼は、願うことしかできない。
       もう当分、動乱の中心だった地へ行かなくて済むように、と。

       

       

       

       


       広い畳の間にぽつんと座り続ければ、脚も心もしびれを切らすというもの。たとえそれが三人揃ってのものだとしても、いつ来るか分からない待ち人相手に焦れてしまうのは仕方のないことである。

       

      「美の都という割には質素だな」
      「おい」

       

       景観と沈黙に飽きた末の失礼な文句に、浮雲は右隣の架崎の腿を叩いた。彼女たちが今、身を置いているのが古鷹の都であり、ただならぬ因縁を抱えていたことを考えれば、常識的には出てこない発言だ。
       しかし、浮雲が頭痛を覚える中、彼女の左隣から同調の声を上げるのは五条だ。

       

      「もう少し豪華にしてもいいんじゃないかとは、私も思いますがね。そう、例えばあの欄干の細工に仕込みを入れて、一定周期で木彫りの鳥を羽ばたかせるとか!」
      「やめなやめな! こういうのは、これで収まってるもんなんだよ。あたしもよく分からないけど、少なくともあんたらよりはよっぽど趣味がいいさね。……ったく、邪魔になるんだったら、大人しく寝ててくれたほうがいくらもよかったよ」

       

       大きなため息が一つ。
       彼女にとっては毒づいただけだろうが、当の男二人はただの心配と捉えたようだった。

       

      「はっ! 安心しろ浮雲、俺の肉体はあんな土石流程度に負けるような作りはしていない。見ろこの腹筋を! 果敢にも臓腑を最後まで守り通したおかげで随分と傷んでしまったが、もはや傷は見る影もない。むしろ躍動を抑えきれんほどだ!」
      「いやいや、人間の再生力に頼るよりも、部位を代替可能にしたほうが便利ですぞ! 真っ二つにされたこの腕も、一週間も経たないうちに時計の組み立てまでできるようになりましたからな! ある意味、病床とはもう無縁の身体と言えましょう!」

       

       甦った己の肉体を自慢する架崎と五条に、浮雲はわざと聞こえるように舌を打ち鳴らした。暑苦しい空間に、心底鬱陶しがっているようだった。
       架崎はそれに、「冗談だ」と詫びながら、静かに笑みを深めた。

       

      「この状況で瑞泉の地を守るためには、倒れている暇などないからな。心配は無用だ」
      「はは、そうかい。――っと」

       

       近づいてくる気配を察し、二人に黙るよう身振りで伝える。ややもしないうちに、す、とほとんど音も立てずに襖が開き、桜色を基調とした装いに身を包む少女と、彼女の後ろに控える初老の男が姿を見せる。
       ただ黙って部屋に足を踏み入れただけなのに、少女の発する威圧感に浮雲は息を呑んだ。それは少女が浮雲の正面で向かい合うように膝を折った後も、収まることはなかった。

       

      「確認は終わったわ。心身共に問題なくて結構」

       

       至って事務的に告げたのは少女・トコヨだった。浮雲たちは、瑞泉家が引き受けていた古鷹の者をここまで護送するという役割を担っていた。トコヨの言葉は、そんな爆弾のような案件が無事完了したことを意味しており、浮雲は思わず安堵に表情を崩しかける。
       だが、戦後処理はまだまだ続くのだということも、彼女は理解していた。

       

      「あなたたちが瑞泉の代表、でいいのかしら」

       

       トコヨは胡乱げに浮雲たち三人を見渡すと、そっけなくそう訊ねた。

       

      「はい。当主驟雨は臥せっておいでですので、私・浮雲耶宵以下三名が代理として遣わされています」
      「そう。世話になったから挨拶したかったんだけど、ならいいわ。で、早速本題だけど……」

       

       適当に納得したのか、端から言うほど興味がなかったのか、トコヨは半ば一方的に話を進めていく。

       

      「今回のお詫びの話。こっちも色々考えたんだけど、瑞泉の絡繰技師を何人か、うちに派遣してもらうって案が出てね。どうかしら」
      「なる、ほど……それは――」
      「はい、お任せを! 謹んでご協力させていただきますとも!」

       

       浮雲の言葉を遮って、応じたのは五条だった。
       トコヨの出した案は、そういう話になるかもしれない、と事前に打診されていたものの一つだ。けれど、いかに浮雲が気を病んだ当主に代わって重い決定権を預かっているとは言え、提案された段階のそれを即決してしまう勇気は彼女にはなかった。
       けれど五条が発した言葉はもう戻らない。幸いなのは、内容的にどのみち判断材料を彼に求めていたであろうことだ。歯噛みする浮雲は、睨みを利かせながら、黙って様子を伺った。

       

      「此度の騒動においては大変ご迷惑をおかけしたものの、クルル様の技術は混乱をもたらすものばかりではありません。枢式絡繰を取り入れた我々瑞泉の技術力は、この地随一だと自負しております。麾下の者をお送りしますので、必ず役に立ってご覧に入れましょう」
      「そう言って、爆発しなければいいけどね」
      「クルル様のことをよくご存知で。ですが、爆発には我々ももう飽き飽きしておりますので、古鷹の技術者が爆発に悩むことはないかと」

       

       自身を売り込む五条は、流石に専門ということもあって口が回る。クルルの名前が出てきた段階でトコヨの眉がひそまったものの、特段事を荒立てるつもりもないようで、程々の嫌味を五条は無事に受け流した。

       

      「じゃ、そういうことにしておきましょう。仲小路」
      「詳細については、私から詰めさせていただければ幸いです」

       

       そこからは、トコヨの隣に座した仲小路との交渉が始まった。賠償の名目である以上、古鷹側主導で出された条件に、瑞泉側は大きく抗うことはできない。あまりに一方的なものではないにしろ、分かりづらい細かい部分まで引き出されたあたり、仲小路の性格と秘めた想いが知れる。
       やがてそれも一段落し、深い因縁にも関わらず、割合あっさりと会談は終わる。結局、茶の一つも出されないままに、浮雲たちはこの場から去っていった。

       

       トコヨと共に部屋に残された仲小路。
       彼は瑞泉との間に交わされた証文を整理しながら、トコヨに問う。

       

      「これでよろしかったのですか」

       

       それに彼女は、感情を揺るがすことなく答える。

       

      「新しい流れが来ているわ。だから、伝統はその新しきを十分に知り、いずれ膝元に置かなくてはならないの。好きになんてさせないわ」
      「座員からは反発もありそうで心配なのですが」
      「それを抑えるのはあんたの約目でしょ。あたしは別にそういう折衝がしたいわけじゃないもの。そういう意味だと、天詞の教育方針も早いとこ考えないと」

       

       突然次期当主の名を負ったまだ若い娘の未来に、鞠つきでもして遊んでいるような見た目のトコヨが思い馳せる。
       仲小路はそれが頼もしいやら可笑しいやらで、笑みを漏らしながら懸念を告げる。

       

      「筋はいい、学もある。ですが、いかんせん身体の弱さだけはどうにも……」
      「それよねえ。舞にしても演奏にしても、すぐ息が上がっちゃうんじゃ」
      「詩文方面の才覚もありますし、政を学ぶにつれ、いっそう筆が手放せないお人になるやもしれません」
      「うー、そうよね、当主だものね。統治者としてのお勉強……あいつがまた話振ってきそうだなあ」

       

       トコヨの脳裏に浮かんでいる顔に、仲小路は心当たりがあった。交流のあるメガミではあるのだが、芸事についての話題で出てくるときはともかく、損得の絡む話になるとトコヨは必ずと言っていいほど渋い顔をするのだ。
       彼は、そのメガミの力も知っているため、背中を押すばかりである。

       

      「悪い話ではないと思いますが」
      「悪くはないだろうけど、あいつだからたちが悪いのよ」

       

       けれどトコヨはやはりいい顔はしなかった。天秤が動いたまま定まらないといった様子だった。
       足を崩し、畳に手をつきながら天を仰ぐ彼女は、溜まった疲れを吐き出すようにぼやく。

       

      「どうせ、ろくでもないこと考えてるだろうしねえ」

       

       

       

       


       天窓より差し込めた光は、静謐な空間にもたらされる恩寵のようだった。紙が擦れる音、筆が走る音、時折交わされる会話も落ち着き払ったもので、荘厳さを醸し出す室内には知性もまた溢れている。
       その文机の並んだ一角から、佐伯は書を片手に立ち上がった。
       向かうのは、部屋の最奥で構える、彼が崇敬するメガミの下である。

       

      「シンラ様、誘致に際して提示する書面の確認をお願いします」

       

       まるで鎧のように何重にも着込んだ服を畳に広げるシンラは、目を通していた書を横に置き、無言で彼の書を受け取った。
       それから手早く目を動かして内容を確認すると、

       

      「問題ないでしょう、ご苦労さまでした」
      「……! じ、じじ直に労っていただくなど、恐悦至極に存じます!」
      「……何度も顔を合わせているのに、いまさら何を言っているのですか」

       

       呆れるシンラ。彼女の言う通り、ここ碩星楼の秘密の部屋で佐伯は度々シンラを交えた議論に加わっていた。
       しかし今、佐伯たちがいるのは碩星楼でも表の場所。
       佐伯と共に書き仕事に励んでいた構成員たちの中には、ついこの間までシンラの顕現体に対面したことすらなかった者までいる。

       

      「皆と同じ空間に、シンラ様がいることがまだ慣れないのです……。この試みを伺ったときの驚きすら、まだ忘れられないというのに」
      「もう少し、表に出るだけですよ。そんなに驚くようなことではありません。むしろ、暁星塾の設立と合わせても、半ば当然の帰結とも言えるでしょう」

       

       為政者に知恵を貸す賢人集団としての表の顔と、己の理想へ世界を誘導していく秘密結社としての裏の顔。二つの顔を持つ碩星楼でも足りないと踏んだシンラは、碩星楼の面々を動かして新たな学習機関を創設するために動いていた。
       と、シンラは自分が口にした言葉に、自嘲気味に笑った。
       そして彼女は、佐伯に謝罪を述べる。

       

      「折角、最善を尽くしたのに……最後に負けていなければ、また遠回りをすることもなかったでしょうに。申し訳ないわ」
      「そ、そんなとんでもない! 道はまだ潰えていないと、ご自分でおっしゃっていたではありませんか。この佐伯、どんなに絶望的な状況であっても一生お供させていただきます」
      「頼もしいですね」

       

       でも、とシンラは続けて、

       

      「今回の件……すべてが理想通りとはいきませんでしたが、別に悪い結果に終わったわけではありません。ヲウカは姿を変えて生き長らえていましたが、少なくともヲウカの糞婆そのものは消えたのですから」
      「…………」
      「つまり、老練に事を進め、私の動きを抑制していた存在が消えたと断言してよいでしょう。ホノカとかいう小娘をどう扱うべきかは、桜花拝宮司連合でも判断が分かれている通り、今は混乱の最中にあります」

       

       一呼吸入れたシンラに、佐伯は先を訊ねた。

       

      「だからこそ、ですか」
      「そう……今こそ、表舞台へと駒を進めていくべき時……今こそ、この世界に考え方という種を撒いていくべき時なのです」

       

       そう言うと彼女は、笑みを張り付かせて脇に退けてあった複数の書簡をやんわりと指した。それらは各地から報告された、新たに生じた勢力の動向についてまとめたものである。
       シンラは、他ならぬ自分に言い聞かせるように、言葉を作る。

       

      「ユリナたちの高い求心力によって、『新たな桜花決闘』を中心に大きな流れが生まれつつあります。そのような中で、一つ覚えで逆行するのは賢いとは言えません」
      「厳しい時代が、始まりますね」
      「幸い、あの連中は糞婆のように悪賢く地位を築こうとするでもなければ、この地を致命的にかき乱すほどに愚かすぎるということもありません。ならば急ぐ必要はなく、理想の世界を作るために、正しく時間を使っていくとしましょう」

       

       そして彼女は、今は何処とも知れぬ宿敵に、冷たい笑顔で語りかけた。

       

      「武神ユリナ。次の戦いは、長く続きますよ」

       

       

       

       

       


      「ん〜! やっぱりここのお団子が一番ですねえ」

       

       美味に緩んだ頬。みたらし団子を手にしながら、ユリナは昼下がりの細い街道を行く。
       彼女の後ろにはホノカとウツロが続き、桜団子を頬張っていたホノカは上機嫌で笑顔を咲かせていた。

       

      「ですね! 本当においしいです! ほら、ウツロちゃんも食べて食べて!」
      「ん……」

       

       口元に運ばれた団子を、ウツロは小さな口でひとかじり。もぐもぐと無表情で味わっていた彼女は、やがて微細に表情を緩めてから、ぽつりと呟く。

       

      「おいしい……」
      「ですよね! ウツロちゃんも自分の買っておけばよかったのに」
      「私は、別に――んぐ」
      「そんなこと言ってー、ほっぺたはもっと食べたい、って言ってますよ。こんなに美味しかったら、ほっぺた落ちちゃうのも仕方ないですよねえ。わあ、ほっぺぷにぷにです!」

       

       

       ユリナにされるがままになっているウツロ。逆の頬をホノカにも弄られ、おかしな顔になったところで一同から笑いが起きる。
       あまりに平穏な時間。けれど、彼女たちは理想に向かって進む者たちである。
       この一月の間にも、少しずつ、着実に彼女たちは歩んでいた。

       

      「それにしても大変でしたね。まさか龍ノ宮さんの名前で、あんなこと企んでたなんてひどいですっ!」

       

       つい先日の出来事を思い出しながら、ホノカは頬を膨らませる。
       ユリナたちは現在、見聞を広めるための旅の道中にあった。今は蟹川を西に発った後で、そこでかの最強の男を騙る者が引き起こした事件を解決していたのだった。
       ユリナは残りのみたらしをホノカと交換しながら、

       

      「ですねえ。でも、蟹川が龍ノ宮さんの故郷だったとか、お兄さんがいたとか、全然知りませんでした。そもそも、蟹川ってかなり近かったのに、知らないことばっかりで……サイネさんと来たときも町まで行きませんでしたし」

       

       緩んだ表情が引き締められていく。けれどそれは深刻というよりは、己の想いの先にあるものを、自然と見定めているからだった。
       吐露するように、確認するように、ユリナは口にする。

       

      「世界は、分からないことだらけ。わたしたちが素敵な桜花決闘を広めていきたいと思っても、みんながどう感じるか、これからどう変わっていくかは分からない」
      「ユリナ……」
      「だから、世界のことをちゃんと知ろう。大きな間違いを犯さないために。今は三人で、世界を回ろう」

       

       故に、彼女たちは途上にある。自分たちの信じるものが、みんなにとってどういうものかを理解するために。
       言い出したユリナも計画を明確に持っていたわけではなく、ふらふらと何かに導かれるように旅は続いている。目的地はなく、しいて言えば『みんな』こそが目指すもの。はっきりとした形が見えてきたということもないが、幼いメガミたちは、少しずつ確実に己の世界に色を塗っていた。

       

       何度目かの決意に沈黙が降り、黙々と足を動かす中、街道の脇から山へと続いていく林が目に留まる。ユリナはとても見知ったその景色に笑みを取り戻した。

       

      「あそこを抜けたらすぐですよ」

       

       心なしか、足取りが速くなる。
       天音領。山に囲まれ、見上げるような神座桜もなければ、常に活気に溢れた町もない。見渡せば田畑が延々と続くような、面白みがないと言われてしまえばそれだけの場所である。

       

       けれどユリナは、そこから始まった。
       天音揺波を形作ったものは、そこにある。
       変わり果てた姿になっていようとも、桜花決闘を愛する少女の礎は、今もそこにある。

       

      「あれが、ユリナの故郷……」
      「はい、とっても素敵な場所ですよ」

       

       呟いたウツロに、ユリナは微笑んだ。
       近づいてくる故郷の姿は、やはりユリナの記憶と相違なかった。修練のために駆け回った畦道が懐かしく、点々と構えられた家もそのままだ。実際、年を一つや二つ数えたところで風景が劇的に変わることもないが、ここはさらに時間の進みが遅くなったようだった。

       

       けれど、そんな変わらない光景の中に、ユリナの知らないものが一つ。
       街道の先で、集まる人々がいる。

       

      「え……」

       

       彼らは皆、手を振っていた。
       誰かを迎える、歓迎の手を。
       それは、農作業をほっぽりだした天音の領民たちであり、天音家に奉公に来ていた者たちであった。ユリナが随分と世話になった女中の姿もある。
       そのみんなは、ユリナたちを迎えようとしていた。

       

      「わぁ……!」

       

       感嘆の声を上げるホノカの見上げた先、ユリナの目頭に涙が滲む。
       失くなったと思った帰る場所は、ここにある。ミコトからメガミになっても、変わらずここにある。
       未知に向かって駆け出した彼女を、よく知るみんなが迎えてくれる。
       だからユリナは、誰からも見えるように大きく手を振り返した。
       そして、万感の想いを込めて叫んだ言葉は、遍くこの地に響き渡った。

       

      「ただいま!」

       

       

       

       


       そして、桜降る代へと世界はたどり着く。
       ひとつ前の時代の英雄たちは結末へとたどり着き、ひとつ上の視点から次の物語を見届けていくのだろう。
       新たな桜花決闘が広がり、人々の賑わいも、神座桜の働きもより大きくなった黄金の時代へ。

       

       カナヱが語るべき歴史はもはやこれで終わりだ。
       だってこの先どうなるかなんて、全く分からないのだから。
       でも、この先の時代を作り、世界を進めていくのが誰かははっきりしている。

       

       さあ、物語を次の段階へと進めて、

       

       

       

       

       

       君たちの物語をはじめよう。

       

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      『桜降る代の神語り』最終話:桜降る代に幕開けを

      2019.02.15 Friday

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         全ては、落ちこぼれた家の野心から始まった。
         それは最強の男の死へと繋がり、雨の時代が訪れ、メガミの存在をも揺るがす未曾有の厄災がこの地を襲った。
         そして英雄は立ち上がり、雲を晴らし、やがて影をも晴らし、光は取り戻された。

         

         始まりがあれば、終わりもある。けれど、終わりの先には、次の始まりがある。
         この長い長い始まりの物語も、ついに終わりを迎えるときがきた。
         激闘の果て、シンラを打ち倒したユリナ。彼女の想いが向かう先はただ一つ。


         さあ今こそ、桜降る代の幕開けへ。

         

         

         

         


         ふわり、と桜色の翅が空を舞う。つむじ風に乗る花びらのように、できる限りの速さで突き進む二つの人影。

         

        「――ちゃん」
        「…………」
        「ぽわぽわちゃん!」
        「……! は、はいっ!」

         

         再び先導を務めていたホノカは、ユリナの呼びかけによってようやく進路を大きな根が塞いでいることに気づいた。
         ゆら、と身体を倒し、右側から回り込むべきだと行動で示す。けれど制御がうまくいっていないのか、旋回中も時折がくりと高度を落とすことがあり、伸びた木枝に危うくぶつかってしまうところであった。

         

        「大丈夫?」

         

         後ろから、心配そうなユリナの声が届く。一戦終えた後だというのに、彼女は未だ芯がはっきりとしていた。
         そんなユリナに倣うよう、ホノカは意気高く応じる。

         

        「大丈夫ですっ! あれくらいへっちゃらでしたから!」
        「ならよかった」

         

         ただ、ユリナから返ってきた答えは、そんなやや淡々としたものだった。
         冷たい態度、というわけではない。ひどく考え込んでいる、というようでもない。彼女の視線の先に、今までと同じものがあるままだということは間違いなさそうだった。
         不安を覚えるものではないと理解しつつも、いつもとは異なる様子にホノカは、

         

        「あの……ユリナさんも、大丈夫ですか……?」
        「大丈夫だよ。それより、ウツロさんのところに急ごう」

         

         そう言われてしまえば、ホノカは翅に力を込めるしかなかった。頷きを一つ作り、まだいくらか感覚の定かではない身体でさらに加速していく。
         だから、風を切って行くホノカの耳に、その呟きは届かなかった。

         

        「シンラさんの言う通り、本当に全てを桜花決闘で決めちゃうのは、きっと間違ってるんだと思います」

         

         語るようでいて、誰に聞かせるでもないユリナの独白。
         彼女はただ、確かめるように口にする。

         

        「それでも桜花決闘は、胸がどきどきするような、とっても素敵なものだから……」

         

         己の、想いを。

         

        「わたしは、わたしにできることを、するんです」

         

         

         

         


         四方から天地に至るまで、彼方を淡い光に飲まれたこの世界では、物の大きさや距離の感覚が狂ってしまう。人間たちに大樹と呼ばれるような大きさの樹と、同じかそれ以上の太さの根がそこかしこに伸びているのだから無理もない。
         ユリナたちがたどり着いたのは、そんな尺度の異なるメガミの世界でもひときわ巨大な桜の根――否、幹であった。それはさながら世界を支える柱のようで、近くで見るほどにその荘厳さに圧倒される。この地の未来を定める今この時を、桜は確かに見守っているようだった。

         

         伸びる枝の上に降り立つユリナとホノカ。
         彼女たちの視線の先では、幹を見上げるようにして、ウツロが佇んでいる。

         

        「私をまた、閉じ込めに来たんでしょう」

         

         小さく、それでも強い拒絶。全てを諦めきってしまったような絶望の声音が、両者の間に見えない壁を作っていた。身の丈以上に、その背中は小さく見えた。
         思わず反論しようとするホノカ。だが、湧き上がった感情がそのまま言葉として飛び出すことはなかった。
         先んじて囁いたのは、ユリナだった。

         

        「違います」

         

         小さく、それでいて決意が篭っていて、力強い。
         何よりそれは、温かかった。
         ウツロの言うように放逐を望む者が込めることのない、手を差し伸べるような温かさが、ユリナの言葉にはあった。

         

         だからウツロは、僅かに振り返り、肩越しにユリナたちを見やった。
         ユリナは、続ける。

         

        「違います、ウツロさん」

         

         小さく、微笑みを乗せて。
         一歩を踏み出すことなく、まず言葉を差し伸べたユリナに、ウツロの目が泳ぐ。到来したのは覚悟していた終わりではなかった。それが、少しだけ彼女が持つ拒絶の色を薄めた。
         けれど、

         

        「でも……」

         

         伏せられた目は、澱んだままだった。
         諦観、絶望、恐怖……敗者として自身に刻まれた感情は、もはや本能に寄り添うようにウツロを苛んでいる。伸ばされた手の温かさだけでは、溶かしきれないほどに。
         ただ、ウツロはもう、その苦悩を叫んでいた。
         彼女の本能が、元凶だと謗る者へ。
         だからこそ、彼女に共感する者が、ここにいる。

         

        「ウツロさんのこと、分かりましたからっ! だから、私のことも分かって欲しいんです!」

         

         突然、力いっぱい叫んだホノカにウツロは面食らう。
         そしてさらに告げられたホノカの言葉に、驚きに飲まれることになる。

         

        「だって、ウツロさんと友達になりたいからっ!」
        「え……」

         

         予期していなかったのだろう、ウツロは口を開けたまま、呆然とホノカを見返していた。ウツロを囲んでいた負の感情の脆い箇所を突くということはなく、鋭く力強い一撃で強引に隙間をこじ開けるような、そんな想いの吐露だった。
         半歩、ウツロが後退る。けれどホノカは、一歩を詰めた。
         自分は、共にある者なのだと。

         

        「あのとき……何がしたいか分からない、何にもない、って言われたときに、色々言い返しちゃいましたけど……でも、私すごい安心したんです! 同じ気持ちの子が、他にもいたんだなあ、って!」
        「…………」
        「自分が誰かも分からないまま、気づいたらこの世界に居て、とっても怖かったんです。私も同じ、何もない、だったんです。そんな気持ちを、私はウツロさんと分かち合いたい! 分かち合って、一緒に何かを見つけたいんですっ! それが友達だって、私は思うから……だから!」

         

         あのときと変わらない、真っ直ぐな意思。ウツロがついに応えることができなかった、前を見据えるホノカの言葉が、より強く、不器用ながらも寄り添うように向けられる。
         永劫とも思われる孤独を生きた者に、隣人はいなかった。
         それが今、ホノカという形となって、影から連れ出そうとさえしている。
         ひとりぼっちではなくなる未来を前にして、飢えた彼女が拒絶を抱き続けることはできなかった。

         

        「とも、だち……」

         

         遠慮がちに、手が伸びる。諦観も絶望も、未来から溢れてくる光に溶け始めていた。
         しかし、光は一方で彼女に孤独をもたらしたものである。
         ヲウカの光は、彼女にとっての終焉の象徴だった。

         

        「や……」

         

         胸の奥から恐怖が蘇ってきたのか、手が引っ込められる。ウツロの瞳に、じわりと再び拒絶の色が刺した。
         だが、その光は、

         

        「私は、ぽわぽわちゃんですっ! ヲウカじゃありません!」

         

         感情を爆発させたように背中の翅を大きく羽ばたかせ、ホノカが飛び出した。真っ直ぐに向かうはウツロの下であり、殺しきれなかった勢いにたたらを踏みつつも、ウツロの震える小さな手を握った。
         ホノカの目には、涙が浮かんでいた。

         

        「……!」
        「ちがうんです、分かってくださいよぉ! 私は、ウツロさんを傷つけたいなんて、思って、ないんですっ! どうしたら……うぅ、信じてくれるんですか……! ヲウカじゃなくて、わ、私を、見てほしいんです! 私も、今のウツロさんを、見ますからぁ……!」

         

         ホノカの願う声は次第に上ずっていき、堰を切ったように涙は流れていく。袖で拭いながら泣きじゃくる姿は見た目相応に子供らしいけれど、それは真摯な想いが受け入れてもらえず、胸の内で行き場をなくしているからであった。
         素直な感情をだだ漏れにさせた相手を目の前にして、警戒心などあったものではない。ましてや恐れなど抱いたままでいられるはずもない。

         

        「え、っと……」

         

         ウツロの顔には、混乱と困惑の色がありありと浮かんでいた。むしろ、泣きじゃくるホノカを前にして、おろおろと対処を決めかねているような様子で、この場の空気も徐々に和らぎ始めていた。
         そこへ、くすくす、と笑うユリナが加わる。
         彼女は小さな二柱を順に見ながら、

         

        「ウツロさん、ぽわぽわちゃん。ずっと考えてたことがあるんです。聞いてくれませんか」
        「ぅ……?」

         

         しゃっくりを飲み込むホノカは、これから何が語られるのか知らないという様子だ。ウツロはそれを見てか、あるいは泣き顔がユリナへ向いてくれたからか、黙ってホノカと共に言葉を待つ。
         ユリナは集まった視線に満足して、先を続けた。

         

        「桜花決闘は、始まりはよくないものだったかもしれません。それに、桜花決闘だけで全てを決めちゃうのもよくないんだと思います」
        「…………」
        「それでも、桜花決闘は楽しくて、みんなが本気になれて、胸がどきどきするような、素敵なものなんです」

         

         真っ直ぐに二柱を見つめる目は、希望を宿していた。

         

        「だからわたしは、桜花決闘をもっと広めて、もっと素敵なものにしていきたい。もっともっと楽しくて、苦しいしがらみのない桜花決闘をみんなが楽しめるような、そんな時代を作りたいんです」
        「そんなの、どうやって……」
        「まだ分かりません。分からないことだらけです。でも、これがわたしのやりたいことなんです。昔はお家のために戦うだけで何も分からなかったわたしですけど、やっと進みたい道ができたんです」

         

         だから、とユリナは胸に手を当ててから、手を差し出した。

         

        「ウツロさん、ぽわぽわちゃん。二人がやりたいことを見つけるまで、わたしに力を貸してくれませんか」

         

         影から無理やり引きずり上げるのではなく、手をとって欲しい、と彼女は言っていた。
         寄り添うだけではなく、求められる。
         真っ直ぐな想いと信念が詰まったその問いに、偽りを疑う余地などなかった。だからこそウツロは、それが自分に向けられていることが信じられないのか、伺うように戸惑いの目を返していた。
         けれど、応じたウツロの声には、光の温かさが滲んでいた。

         

        「いいの……? 私で。どうして……?」

         

         ユリナに奮い起こされたように、希望がウツロの中で芽生えていたようだった。望外の誘いを確かめざるを得ないのは、ここに至るまでにあらゆるものを灰燼に帰した己の行いが故か。
         ユリナはそれに、しっかりと頷く。

         

        「はい。ウツロさんと仲良くなりたいし、それに多分……ウツロさんの力は絶対に必要だと思うんです」
        「それって……」

         

         途切れた言葉の先を、ユリナはすぐに悟った。ウツロの力を求めた瑞泉の企図を打ち砕いたからこそ、三柱はここにいる。
         再び力を求められれば、同じ結果が待っているかもしれない。それは恐怖を喚起するのに十分な想像であり、ウツロの表情に躊躇の翳りが差すのは当然だった。
         ただ、それはホノカにとってはありえない疑いだ。故に彼女は、自分の言葉で説得を重ねようとした。

         

        「瑞泉なんかと一緒に――」
        「ぽわぽわちゃん!」
        「……!」

         

         けれどそれは、ユリナに少しだけ厳しく制止される。
         ユリナは、返事を待ち続けていた。言い繕うことなく、ただウツロに考え続けてもらった。どれだけ言葉を重ねても、それらがどんなに理屈が通っていても、自分自身を信じてもらわなければ始まらない。
         伸ばした手は、取られるそのときまで伸ばし続ける。
         想いを伝え終わったユリナは、だからこそじっと、ウツロを待ち続けていた。

         

        「ぁ……」

         

         つー、と。
         ウツロの頬に、雫が伝った。
         一瞬、ユリナとホノカの間に僅かな動揺が走るが、その涙は悲嘆でも、恐怖でも、怨嗟でも、どんな苦しい感情のものでもなかった。
         ただ、信じてもらうために手を伸ばし続けることを選んだユリナの態度に、ウツロの全身から緊張が抜けた。それが、涙という形となって、静かに流れ出ていた。

         

         拒絶されるでもない。
         利用されるでもない。
         求めるために、信じ合いたいことを訴える者。
         ウツロはその手を、掴んだ。

         

        「アマネユリナ……ううん、ユリナ、ありがとう……」

         

         涙で歪み始めたその顔に、はにかむような小さな笑みを浮かべて。

         

        「今は……、一緒に、頑張りたい。だから……よろしく……」

         

         不慣れな想いにどう言葉を作っていいのか迷いながら、ユリナの想いを受け入れた。
         ぱあっ、とユリナの顔に笑顔が咲いた。

         

        「ありがとう……ありがとう、ウツロちゃんっ!」

         

         彼女も張り詰めていた緊張が解けたのか、うれし涙が溢れていた。ウツロの手を両手で包み込み、ただただ感謝の言葉を繰り返す。
         そこに重ねられたのは、涙に濡れたホノカの手だった。
         彼女は泣き笑い半々といった様子に、少しの嫉妬を浮かべながら、

         

        「ずるいですよ、ウツロさん。わたしも、もちろん手伝いますからっ!」
        「うん……うん!」

         

         ホノカに涙を拭われるまま、これ以上言葉が出てこないのか、ひたすらにウツロは頷く。拭っても拭っても止まらない涙は、干上がったウツロの心を潤していっているようだった。
         孤独の終わりに泣き、未来の始まりに笑う。

         

        「ぽわぽわちゃん、ウツロちゃん、ありがとう……!」

         

         寄り集まった三つの光は、厳めしい桜に見守られながら、希望を語らう友となった。それを確かめ合うように吐き出される感情は、しばらく収まることはなかった。
         そんな中、ふと何かに思い至ったようなユリナは、

         

        「そうだ。わたしたちの宣言を、しませんか?」

         

         唐突な提案に、ウツロは首を傾げる。離れていくユリナの手に寂しさが差し込めるが、信じて彼女の説明を待った。

         

        「今の桜花決闘の宣誓は、花隠れの物語のときに、決闘に魅せられて人々の前に出てきたヲウカが、桜花決闘の成立を認めたときのものですよね。だったら、別のものにしたほうがいいと思うんです。わたしたちの新しい桜花決闘を、これから始めるために」
        「何か、考えていたものがあるんですか……?」

         

         恐る恐る伺うホノカに、「それはね」と満面の笑みで答えたユリナは、二柱に対して耳打ちをした。
         そして円形に向き合った三柱は、微笑みを浮かべてそれぞれ頷き合った。
         まずはウツロが手を差し出し、唱える。

         

        「胸に想いを」

         

         果ての見えぬこの地の底から、暗い塵が舞い上がる。けれどそれは万物を灰燼に帰す恐ろしいものではなく、彼女の胸の奥の想いが燃え上がり、踊り出しているようだ。
         ウツロの手に、小さな光が灯った。
         次に、ホノカが手を差し出し、唱える。

         

        「両手に華を」

         

         天に円を描くように桜花結晶が舞い、彼女たちの居る枝の上が満開の華で満たされたようになる。想いを受け、華たちが応えたかのように。
         ホノカの手に、小さな光が灯った。
         そしてユリナが、最後に唱えた。

         

        「桜降る代に、決闘を……!」

         

         

         塵も桜も混ざり合い、場が光に包まれていく。ユリナの手にも光が灯り、三柱の持つ光がさらに強まっていく。
         想像もしていなかった出来事に唖然とするユリナだったが、彼女はこれを祝福として受け入れた。だからこそ、驚きを力強い確信の笑みに変えて、桜の後押しされるよう、ユリナは己の信じる道を前へと進むことを選ぶ。

         

         見回せば、この地の桜花結晶全てがその宣言を見届け、受け入れたかのように輝き、踊り出していた。
         その中から飛び出した結晶たちが、ユリナたちの手のひらの光へ惹かれていく。まるでそれは彼女たちの告げた盟約を確かなものとするように、大きな一つの花弁の形を成す。
         三柱が三つの華となり、新たな桜花決闘の象徴であると認めたように。

         

         そして三柱は手を掲げ、三つの華は空へと昇っていった。
         彼女たちの、想いを乗せて。

         

         


         こうして桜花決闘は、一人の少女の想いの果てに、在り方を変えていくことになった。
         始まりは終わり、およそ二十年の時を経て、君の興じる今の桜花決闘がある。
         あぁ、決して今まで語ってきた内容を思い起こして、決闘を必要以上に重く捉えないでおくれよ? それはユリナの望むところじゃあない。
         桜花決闘を、今まで以上に楽しむ。そうしてくれれば、カナヱも長いこと語り続けてきたかいがあったというものさ。

         

         さて、これにて英雄譚は真の終わりを迎えた。最後まで聴いてくれてありがとう!
         ……おや? なんだか少し物足りない、って様子だね。
         ふふ、分かったよ。ここまで付き合ってくれた君の頼みだ。
         幾ばくかの未来を、最後に語ることにしよう。

         

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        2019年2月禁止改定

        2019.02.04 Monday

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           私どもはバランス調整の宣言と、それに基づく理念に従い毎月第一月曜日にカードの禁止改訂を行います。この記事はその2019年2月のものです。禁止カードを出すことそのものについて疑問や不安を感じる方は、宣言あるいはそれを要約した理念をご一読いただければ幸いです。

           

           

          2019年2月禁止カード

           

          ハガネ/『終章』ウツロで禁止

          大重力アトラクト

           

          ※ これらの禁止はシーズン3の間、即ち2019年5月下旬まで継続し、『第参拡張』でのカード更新を通して解除されます。

          ※ この禁止は『終章』ウツロ固有のものです。通常のハガネ/ウツロでは「大重力アトラクト」は使用できます。

           

           こんにちは、BakaFireです。結論から申し上げますと新たな禁止カードはありません。そして今月は多くを語りません。現在、第三回全国大会「天音杯」の予選がまさに開催中であり、プレイヤーの皆様が創意を凝らし研鑽を積んでいるところです。ここで私が環境について語るのは野暮というものでしょう。

           

           また、このタイミングで禁止カードを出すのはその創意を無にする行為であり、同時に予選ごとに使用できるカードが変化してしまうという不平等さも生んでしまいます。それゆえに今月に禁止カードを出すとすればよほどのことが起きた場合に限られます。そしてご覧いただければわかる通り、それは起きていません。

           

           本日は以上となります。次回の禁止改訂は3月4日(月)となります。3月もまた全国大会の前であるため禁止カードを出す予定は今のところありません。しかし私どもは予選の結果や状況やフィードバックについて観察を続けており、予選を通して多大な問題が見つかった場合に限っては行動に移すことでしょう。

          Ride on & Open the Gate!(後篇)

          2019.02.01 Friday

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            Recall of Record II

             

             

             こんにちは、BakaFireです。今回の記事はサリヤ特集の後篇となります。前篇、中篇をまだお読みでない方は、こちらこちらから読まれることをお勧めします。
             
             このシリーズは特定のメガミに注目して、本作のデザインを語るというものです。今回は第二シリーズ第4回にして累計第9回となります。

             

             前篇ではメガミ・サリヤに関する歴史を説明し、彼女のコンセプトやルールが生まれるまでの話をしました。中篇と後篇のやりかたは今回から変更されています。中篇ではまず新幕における変化を軽くお話しし、N1からN4までの4枚のカードについての歴史を書きました。従って後篇では残るカードN5から原初札までをお話しすることになります。
             
             それでは、さっそくはじめましょう!

             

             

            第二幕

             

             中篇にて、通常札の中では「Steam Cannon」が定まるのが一番遅かったと書きましたが、「Stunt」はその次、6番目に決まった通常札でした。残る5枚はサリヤのコンセプトや戦い方を実現するため、ゲームデザインから必然的にカードプールに収まりましたが、「Stunt」はそうではありません。
             
             「Stunt」はフレーバーから来たカードです。サリヤの乗騎をバイク(のようなもの)になった以上は、バイクらしい格好よさを模索したいところです。そこでバイクに乗って戦闘中にやりそうで、他のカードがやっていないことを私どもは探したのです。
             
             そして見つかったのがウィリーなどをはじめとしたスタントでした。それをしたら何が起こるのかは少し難しい問題でしたが、意気を昂揚させる効果があると判断し、2回の「宿し」を行うカードにしました。これまでにありそうでなかったカードであり、ルールが複雑であるためサリヤのカードはシンプルにしたいという方針とも合致していました。
             
             プレイテストでも魅力的と判断され、一度も変更されませんでした。
             
            新幕

             

             『第二幕』の「Stunt」は少しだけ弱めという評価を受けたと認識しています。そこで強化するために、まずは2つでなく3つの桜花結晶を「宿し」できるようにしました。
             
             しかし問題がありました。「闇昏千影の生きる道」をはじめとした特定の切札を高速で使う類のコンボデッキで、過剰な結果を出してしまったのです。序盤から3回分の行動をカード1枚で実現できるとフレアの運用が極端に早くなってしまいます。序盤の間合で攻撃できるメガミは限られるので、コンボが早すぎるだけでなく安定するのも問題でした。
             
             「闇昏千影の生きる道」に限れば他での調整も可能ですが、これは将来的なカードのデザイン空間も大きく圧迫しています。私どもはそれを問題と判断し、やり方を見直しました。
             
             そこで用いた便利な道具が「畏縮」です。畏縮は『第二幕』における「大地砕き」が好評だったことを受け、その類の効果を記録しやすく、扱いやすくしたものでした。私は大成功と評価しており、新幕における発明のひとつと考えています(※)。
             
             しかし畏縮は注意して扱うべき道具でもあったため、私どもは通常札で畏縮を使う際にはルールを定めました。それは「安易な撃ち得にしないこと」です。そのために「そのカードを使うことが安定にはつながらない」あるいは「上手く使わないと単に畏縮させるだけで終わってしまう」という2通りの方法が考えられます。
             
             「Stunt」は前者の好例です。2回の「宿し」はアドバンテージを得ますが、オーラは間違いなく2少なくなります。つまり相手の攻撃が予見されるようなタイミングでは、「Stunt」は死への特急券かもしれないのです。
             
             こうして『新幕』での「Stunt」は良い調整ができました。しかしサリヤ全体として見ると、畏縮について私どもはひとつ失敗もしていました。それについては後ほどお話ししましょう。
             
            ※ 調整において1行動分のアドバンテージをカードに付随させたいことはよくあります。しかし本作では行動回数を増やす効果(カードを引く、集中力を得る)はおまけにしては強すぎ、カードを捨てる効果は相手の行動を妨害し過ぎてこれまた強すぎます。そこで、集中力を1だけ抑制する効果はカードのデザインをやりやすくするのです。

             

             

            第二幕

             

             燃料――造花結晶は基本的には使いきりですが、回復手段はあるべきだとも判断していました。そうすることで回復手段をデッキに入れるか入れないか、ひいてはいくつの燃料で戦うつもりなのかというゲームプランを計画する楽しさが生まれるのです。
             
             デッキに入れるかどうか、検討の幅を広げるには通常札に1枚、切札に1枚作るのが良さそうです(「Thallya's Masterpiece」では後から燃料回復が追加されました)。「Roaring」はその中の通常札の枠でした。
             
             しかしながら、通常札で単に燃料回復を行うのは良いデザインとは感じられませんでした。前篇を思い返せばその理由は明白です。サリヤの問題は燃料循環の繰り返しの感覚にありました。単に「燃料を2回復する」のようなカードを作ると、あるカードで燃料を消費し、このカードでその分の燃料を回復するという循環が山札1週の中で結局起こってしまうので、繰り返しの感覚を再燃させてしまう恐れがあったのです。
             
             そのため、燃料の回復には別の要素を絡め、リスクを伴わせるようにしていました。初期案は次のようなものです。


            付与 納5
            【展開中】あなたは基本動作を行えない。
            【破棄時】あなたの燃焼済の造花結晶を全て回復する。

             

             残念ながら不自由で苦しすぎたためにフィードバックは悪く、このカードは没になりました。しかしそのエッセンスは完成版にも生きています。基本動作を封じると結果的に、集中力の使用が封じられます。ならば逆に集中力を燃料回復に投じなければならないとすれば、先の案よりもマイルドに基本動作を抑制してリスクを与えられるのです。
             
             この時点で過去のサイネがコンセプトとしていた集中力をコストとするカードへと思い至り、そのアイデアを再発明することになります。こうして「Roaring」の半分は完成しました。
             
             もう半分が作られた理由は「Julia's BlackBox」です。このカードのコンセプトは魅力的なものの、造花結晶が0になるまで消費するのに時間がかかり、戦略に組み込むのが難しいという意見が上がったのです。そこで「Roaring」でも燃料を消費する選択肢を用意し、その補助としました。
             
             では燃料を消費して得られる効果をどうするべきか。カードの認知を簡単にするためには、カードの主張は一貫しているべきです。このカードは集中力と燃料を扱うカードなので、集中力を得られるようにするのが妥当でしょう。さらにそこから、両方を行うという第3の選択肢も用意するというアイデアにも至りました。
             
             最後に、相手の集中力を失わせるという効果が加えられました。この理由はトコヨへの対策です。当時はトコヨが極めて強力であったため、彼女を安易な正解にしないために、デザインしていたメガミに彼女への対策を与えるようにしていたのです。後に私はその指針を失敗と判断し、『第二幕決定版』においてトコヨへの下方修正を行いました。


            新幕

             

             「Roaring」の評価は「Stunt」に近く、良いカードだが少しだけ弱いという程度でした。そこで『新幕』では若干の強化を行うべきです。そこで私どもはこちらでも畏縮を採用しました。
             
             「Roaring」はすでに複雑なカードなので、燃料と集中力を扱うという一貫性だけは崩してはいけません。さらに燃料を消費する方の効果であれば、安易な撃ち得にはなりません。この2点を鑑みて、畏縮は最適な選択肢だったと言えます。
             
             しかし、私どもは小さな失敗をしており、さらに「Form:YAKSHA」にも相手を畏縮させる効果を加えてしまったのは致命的な失敗でした。「Stunt」「Roaring」「Form:YAKSHA」のいずれも単独のカードとしては畏縮を持つに相応しく、問題ありません。ですがこれらが1柱のメガミに固まっているのは問題でした。これはトコヨ、そして集中力を溜めたうえで一気に動く必要のあるメガミに対して大きすぎる相性上の問題を生み出してしまいます。

             

             シーズン3の現状においては「Stunt」と「Roaring」だけならば、辛うじてセーフであると判断しています。私どもはこれからも畏縮を使っていくつもりですが、今のサリヤ以上に1柱に畏縮の手段を集めることは決して行わないでしょう。


             

             

            第二幕

             

             2つの面から必然的に生まれたカードです。第一にバイクに乗って高速戦闘を行うのならば、機動力で攻撃をかわすカードはあるべきであろうこと。第二には燃料という縛りと引き換えに、攻撃力、防御力、機動力の全てを高水準にしたかったことです。

             そこで私は通常札でありながら、前進後退両方への移動を対応で行えるカードをデザインしました。このコンセプトはまさに大正解であったようで、プレイテストでも極めて魅力的と評価され、最後まで変更されませんでした……しかし、この変更されなかったというのは少し話が違います。
             
             告白しましょう。私どもは危うく愚か極まりない過ちを犯すところでした。その時に変更されず、印刷直前まで進んでいたカードは以下のようなものでした。


            行動/対応
            燃焼
            あなたは基本動作を1回行う。

             

             今の知識で言うと誰がどう見てもおかしいカードです。『第弐拡張:機巧革命』が入稿される直前に、私は全てのカードを見直したのです。クルル特集でお話しした通り、その際には「びっぐごーれむ」の消費も引き上げられました。
             
             私はもう1枚、「Turbo Switch」が明らかにおかしいことに気付いたのです。冷静になってみればあからさまに駄目でした。そこで私は緊急的に効果を差し替え、消費される燃料が2になるようにしたのです。
             
             本当に危ないところでした。「びっぐごーれむ」については結論が出るまで多大な時間がかかりましたが、もし「Turbo Switch」をそのまま出していたら発売当日には環境は破壊されたことでしょう。幸いにして、変更後の効果は絶妙なバランスでした。

             

            新幕

             

             このカードは『第二幕』の時点で十分に強力であり、完成されていました。変更すべき理由は全く見当たりません。

             

             

            第二幕

             

             サリヤの問題が解決され、併せて「Burning Steam」や「Waving Edge」で移動と攻撃を同時に行うことで機動戦闘を表現するという指針が示されました。「Alpha-Edge」はその時の会議でデザインされた一枚で、一度も変更されませんでした。

             サリヤは複雑なルールが多いものの、本質としては分かりやすいビートダウンのメガミですので、攻撃の切札が1枚は必要です。そのやり方は大別して2つ。使いきりの大技にするか、再起を持つ連続攻撃型にするかです。
             
             騎動を行って間合をずらしながら連続攻撃するというコンセプトからも、その武器の形状からも、後者が正解なのは明白です。そして再起の条件も、騎動こそが相応しいのは明らかでしょう。
             
             一工夫したのは適正距離です。これはクルル特集でお話しした離散間合を再利用しました。額面の異常さから海の向こうという特殊性を表現できているのも魅力ですが、それ以上に「Alpha-Edge」では離散間合にきちんとした意図があるのが素晴らしいと言えます。
             
             間合が連続していないので「Alpha-Edge」を使用してから騎動を行うと「Alpha-Edge」の間合から必ず外れます。ゆえに滑らかにコンボを繋ぐには、もう一工夫が必要となるのです。他方で間合が離散して広いため、コンボの起点を固定しないので、間合を渡り歩くコンセプトも邪魔しません。

             

            新幕

             

             カードを全体的に強化する過程で、私どもは一度だけ消費を0にして試しました。結果として愚かだったため、すぐに戻りました。

             

             

            第二幕

             

             「Roaring」が通常札の燃料回復ならば、これは切札の燃料回復です。切札である以上、その効果は通常札よりも極端で、ゲームに1回しか使えない点を意識すべきです。初期案は次のようなものでした。


            消費0 行動
            あなたの燃焼済の造花結晶を全て回復する。

             

             これは燃料を12にして長めに粘るという意思表示であり、意図としては明瞭なカードでした。しかしどこか煮え切らず、プレイテストでの評価も必要性は認められるが面白いという評価は下されないというものでした。
             
             そこから「Omega-Burst」を救ったのは「Julia's BlackBox」のデザイン過程、ひいては燃料を消費することに報酬を与えるというアイデアでした。燃料消費は基本的にはデメリットであることを守りつつも、それを純粋なデメリットにしないようなカードを入れることで、より複雑で楽しいジレンマが生まれるのです。
             
             「Julia's BlackBox」の草案が完成した後、私はお風呂に入りながらぼんやりと考えていたらふと閃いたのです。その閃きは直ちに多層に渡ってアイデアを結び付け、1枚のカードが生まれました。それこそが今の「Omega-Burst」そのものだったのです。私はそれを直ちに文章に起こし、一目で大ファンになりました。複雑なジレンマが絡み合い、実に玄妙なゲーム体験が期待できそうではありませんか!
             
             そしてプレイテストでの結果も期待通りでした。当然ですが、そのまま印刷されましたとも。強いて失敗を言うならばサリヤのカードでは唯一、半歩だけバランスを壊していたことです。他の弱めのカードを少し強くして、その上で「Omega-Burst」は消費を5にしたほうが理想的だったかもしれません。

             

            新幕

             

             コンセプトが明瞭で完璧なカードなので、効果で直すべきところはありません。『第二幕』での反省と、『新幕』ではライフが2多いゆえにフレアも溜めやすいことから、消費を5にして始めました。
             
             しかしその途中で、中篇にてお話しした通り造花結晶の数が5に変更されました。こうなると「Omega-Burst」の運用は露骨に難しくなります。どうするべきかは簡単な話で、消費が4へと戻りました。

             

             

            第二幕

             

             メガミの中で元は人間であったメガミたちは、その人間時代の神髄を体現するようなカードを持っており、それらは彼女ら自身の名前を冠しています。「天音揺波の底力」「氷雨細音の果ての果て」「闇昏千影の生きる道」がその例です。
             
             このカードはサリヤの名を冠するカードであり、彼女の神髄を表現するものです。彼女が最も優れているのは運転技術であるため、それを表現するためにカードの効果をデザインしました。

             

             しかし残念ながら、私の中での評価は低いカードです。また、私が聞いた範囲のフィードバックにおいてもサリヤのカードの中では珍しく魅力的ではないというものでした。

             

             その原因としては、他のメガミの攻撃と騎動を紐付けることがメリットとなる機会が少ないということが挙げられます。攻撃できているならば当然望ましい間合にいるはずであり、そこから改めて(燃料を使ってまで)移動したい場面は少ないのです(例外は対応で攻撃する場合で、トコヨとの組み合わせでは活躍していました)。

             

            新幕

             

             『第二幕』での結果を踏まえ、私どもは「Thallya's Masterpiece」のデザインをやり直しました。しかしそれは茨の道でした。アイデアをいくら並べても絶妙なものにはならず、ともすれば最も難産となった枠かもしれません。
             
             最終的にはシーズン1における「Thallya's Masterpiece」のようなものができ、それまでのアイデアの中では最も楽しかったため、この方針で行くことになりました。

             

             新幕のシーズン3まで至って、もしかしたら問題の本質は「Julia's BlackBox」にあるのではないかと考えつつあります。この1枚が広域にわたる効果を持ちすぎているために、1柱のメガミの範囲において、もう1枚として使えるデザイン空間が狭くなっているのです。しかしながらこれはもはやコンセプトの話であるため、受け入れて最善を尽くすほかないでしょう。

             

             ここまでが悩みと反省の話です。ここからは『新幕』最大級の愚かな過ちの話をしましょう。これまでの禁止カード改訂やカード更新の記事で、これに対する謝罪はやりつくしました。折角の特集記事ですので、この先はひとつ、小噺としてお聞きくださいませ。
             
             ご存知の方も多いかもしれませんが、「Thallya's Masterpiece」はシーズン1から2においてゲームを破壊し、禁止カードとなりました。しかし最近の禁止改訂で少し触れましたがこのカード、バランス調整の間に実に4回もの下方修正を受けているのです。
             
             それでは、初期案は果たしてどれほど愚かだったのでしょうか。ご覧いただきましょう。


            消費2 行動
            【使用済】あなたの開始フェイズに、あなたは騎動を1回行ってもよい。
            【使用済】あなたが騎動を行うたびに「間合⇔ダスト:1」

             

             本作に慣れていれば慣れているほどにやばさがにじみ出てくる1枚ですが、最もやばかったのは「闇昏千影の生きる道」との組み合わせでした。当時はなぜか未使用に戻らなかった消費0の「Julia's BlackBox」も併せて、5ターン目に100%「生きる道」を成功させるデッキが生まれてしまったのです(対ヒミカは除く)。
             
             そして「生きる道」への調整のために消費が上がっていきました。しかし次は「大天空クラッシュ」との組み合わせで暴れはじめ、最終的には1つ目の効果が取り除かれことになりました。そりゃそうだ。


             

             

            第二幕

             

             前篇でお話しした通りサリヤは再編され、問題は解決し、カードプールは魅力的に整ってきました。しかし私は僅かに不足を感じていました。もう一つ、脳天を突き抜けるようなジューシーさが欲しいのです。

             

             そんなある日、ふと思いました。バイクが変形したら格好いいのではないかと。

             

             この発想はかつて、スーパーロボットたちを愛していた私の心を躍らせました。何を隠そう私は『真ゲッターロボ 世界最後の日』の大ファンなのです。3つの変形した姿を使い分ける。何と格好いいのでしょう!(※1)
             
             問題はどのように変形を実装するかですが、素晴らしいアイデアはすぐそこに転がっていました。最初期のクルルの切札は、自らに追加パーツを付けることで追加の基本動作を得る(※2)というものでした。このアイデアは切札として魅力的なバランスを見つけられなかったため没になりましたが、今回はまさに今がその時だと言えるのではないでしょうか?

             

             では、変形のための条件はどうするべきでしょうか。それはピンチ、それもスーパーピンチに陥った時に間違いありません(話は変わりますが私は『スクライド』の大ファンでもあります)。サリヤのデザインに当てはめると、造花結晶が0の時とするのが良さそうです。
             
             こうして仕上がった1枚を試してみると、素晴らしいプレイ感でした。特に燃料を消費することにメリットも見いだせるようになった点が絶妙な相互作用を生んでおり、後の「Omega-Burst」にも繋がりました。変形した3つのフォルムの内容は何度か調整されましたが、コンセプトはこのまま完成へと至ったのです!

             

            ※1 なぜ3つなのかと言えば、特に考えるまでもなく3つだと確信していました。当然ですが『ゲッターロボ』のせいです。一応後付としてゲームにおける選択は、3択にしておくと丁度よいという理屈もあります。チカゲの毒も同様ですね。

             

            ※2 そして山札の再構成で再起します。この場合の再起はデメリットですが、当時のクルルには駆動ギミックがあったため、それを活用することもできました。

             

            新幕

             

             『第二幕』では間違いなく興奮するジューシーな1枚でしたが、実際のところの強さはそこまでではなく、相手を選んだテックカードに留まりました。
             
             そこで私どもは3つのTransFormそれぞれの強さを底上げし、より積極的に変形させられるように調整しました。結果としては少しばかりやりすぎてしまったのは否めません。シーズン1→2、シーズン2→3での2回の調整を経て、今の「Julia's BlackBox」は良い塩梅に仕上がったと感じています。

             

             

             原初札は基本的には「メガミに挑戦!」で使用されるものです(メガミと挑戦者で対戦し、メガミ側は原初札を用いる代わりに1柱しか使えず、挑戦者は相手のメガミを見たうえで宿す2柱を選ぶ)。そのため、そのメガミ単独での戦いを実現できるようにデザインされます。特に通常札は、その戦いの円滑化が目的となります。
             
             サリヤの弱点は明白です。彼女のカードは強力ですが、その大半が燃料を要求します。しかし造花結晶が6つしかないという事実は変わりませんので、彼女は単独で戦うと瞬く間にガス欠に陥ってしまいます。
             
             燃料を回復する手段を増やすのが安易な解決手段です。しかし、単に燃料をいくつか回復するカードを入れた場合、何も考えずに山札1周で1回そのカードが使われるだけであり、全くもってゲーム体験が膨らまず、魅力的ではありません。
             
             さらに小さな問題として、サリヤは攻撃力も防御力も高いとはいえ、1柱の範疇を超えてはいません。サリヤ単独で戦う場合、ほんのわずかに攻撃力も防御力も不足しているのです。
             
             それらを総合して生まれたのがこの1枚です。1/1の攻撃とすることでほんのわずかな攻撃力不足を補い、対応で騎動を選べることで防御力を補いました。興味深く、またバランスを整えているのはその文面ほどには防御力は高まっていない点です。
             
             「Turbo Switch」から分かる通り、対応での騎動は極めて強力な対応です。しかしこのカードで騎動を行うと、燃料が明らかに不足するという大本の弱点を補うべきカードで燃料を回復できないという事態に陥るため、そう安易には騎動を選べないのです。

             

             

             原初札の切札も同様のコンセプトで作られますが、こちらは「刺激的で特殊な舞台を作る」ことを意識してデザインされます。
             
             このカードはこれまでの原初札における切札を強く意識してデザインされました。それは「頭が悪く、インパクトのあるテキストを入れること」です。交流祭という舞台を盛り上げ、興奮するような体験にするには、思わず笑ってしまうようなパンチの効いたテキストが有効なのです(※)。

             

             事実、それまでで成功した原初切札は「X/Xの攻撃」「集中力と手札の最大値を変更する」「ライフへのダメージを2倍にする」そして「相手のメガミを封印する」という狂ったテキストが含まれていました。ならばサリヤはどうしましょうか。このような意識の下で日々を過ごした結果、幸いにも天啓は降りてきました。「あなたは3回TransFormする」のです。

             

             他の効果についてはそのテキストを含めたうえで、どのような効果であれば魅力的になるのかを考え、実装しました。すばらしいことに「サリヤに挑戦!」も成功しました。傑作とは呼びづらいですが、欠点もなく、まさしく佳作と呼ぶにふさわしいでしょう。

             

            ※ 当たり前ですが、より重要なのは「メガミに挑戦!」というゲームが面白いことです。ウケ狙いや奇をてらうことに執心し、より重要な課題を忘れてしまわないようにも注意していました。

             


             本日はここまでとなります。来週以降はルールガイドを完成させ、PC版サイトにおけるメガミ一覧やカードリストの最新化に向けた作業を進めるためにブログ記事としてはお休みをいただきます。

             

             皆様に対して可能な限り誠実であるため、もうひとつ簡単にお知らせいたします。現在、私は大きな転機を迎えつつあり、今はそのために必要な努力を重ねているところです。まだお話しできないのが申し訳ない限りですが、拙作にお付き合いいただいている皆様を裏切るようなことにはならないよう尽力しておりますので、なにとぞ暖かく見守って頂けるとありがたいです(※)。

             

            ※ 念のため補足しますと、『桜降る代に決闘を』シリーズの展開には影響はありません。ただ、少しばかりブログ更新に割ける時間が減るかもしれません。